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穏やかに、夫婦別室 その4

2009.05.04 (月)


前回その3からの続き)

シンガポールにいる間、夫の電話はごく事務的だった。私も手短に話すと、すぐに子どもたちに受話器を渡した。まだ幼かった2人は、電話で夫と話すのが大好きだった。

うれしそうに一生懸命英語で話している子どもたちを見ながら、夫が帰ってきたらどうしようかとぼんやり考えた。

私たちは離婚しないだろうという確信があった。別に根拠があったわけではない。夫は子煩悩で、子どもには両親が揃っていたほうがいいという人だった。そして、専業主婦でしかも外国人である私を扶養する義務があると信じているようだった。

もっとも、それは私の単なる思い込みだったかもしれない。

*     *     *

夫は日曜日に戻る予定だったが、タイ女が去って週末に残る必要がなくなったのだろう、土曜日に帰ってきた。夫も私も "Hi." しか言わなかった。もうハグもキスもしなかった。

子どもたちは夫にまとわりつき、おみやげをもらい、きゃーきゃー騒いだ。2人がやっと寝付いたころ、夫が私に言った。

「この家を出て行けというなら、そうするよ。」

「あなたがそうしたいなら、そうすれば。私は出て行けなんて言ってない。第一、子どもたちのことを考えたら、そんなことできないでしょう。」

「嘘を付いて悪かったと思ってる。あっちが無理やりにシンガポールに来たのは本当だ。これでもう最後にしようと思っていたんだ。きみから電話がかかってきたときに、目が覚めたよ。」

メールには、これで最後なんて書いてなかった。仮に、夫が手を切ろうとして、金づるがなくなると困るタイ女に言い寄られたとしても、出張の予定を教えて、飛行機代やホテル代を払ったのは夫だ。

でも、私はもう何も言わなかった。

「彼女は貧しい家の子なんだ。会ったばかりのぼくを自分の家族に紹介してくれた。きみに愛されていないと思って寂しかったぼくは、くったくのない彼女が心地よかった。彼女が現地妻みたいにふるまって、ぼくもお金をあげることを約束した。出張のたびに会ったし、しょっちゅう電話もした。もっとも、彼女の英語が下手すぎて、まともな話はできなかったけどね。」

「あとから、彼女の兄さんが刑務所に入っていると聞かされた。そういう境遇の子だ。男相手の商売をしなくていいように学校に行きたいと行っていた。何かしてやれると思って、お金をあげたけど、本当に学校に行く気があったのかどうかわからない。ただ巻き上げられただけかもしれない。」

「結局あの子はタイに逃げ帰ってしまって、ぼくはきみを傷つけた。日本人にとっては慣れない愛情表現をするために、きみがどれだけ努力していたか、よくわかっている。これで、ぼくに愛想を尽かしてもしかたない。」

私は黙って聞いていた。

「ぼくがシンガポールで彼女に会うことを知っていたなら、どうして止めなかったんだ?」

どうしてか、私にもよくわからなかった。2人を会わせたくないのに、現場を押さえるためには会わせるしかなかったのだ。夫をタイから引き離すにはそれしかないと思った。

「もう彼女とは一切の連絡をしない。信じてくれないと思うけど。」

「こういうことがあった直後に信じろというのは、難しい相談ね。それに、私はもうあなたにすがり付いて引き止める気持ちはないのよ。メールでも電話でもいくらでも勝手にしてくださいと思うわ。出張のついでに会いたければ、それもどうぞ。ただし、絶対に私にはわからないようにやってください。」

夫は、シンガポールにいる間に、すべてのパスワードを変えていた。私でなくても、だれかが夫かタイ女のパスワードを盗んでいたと思ったらしい。タイ女はバンコクのネットカフェから英語のできる友だちに頼んでメールしていたので、カフェの経営者かあるいは友だちが私の「知人」に買収されたと思っているふしもあった。

メールが読めなければ、もう夫の動きはつかめない。でも、もうどうでもよかった。

相談に乗ってくれたタイ在住の日本人には、一部始終を話して、たぶんもうお世話になることはないと思います、と書き送った。

*     *     *

それから、夫も私もタイについて話をしなくなった。私は、一連のことが発覚してから初めて心の安定を取り戻した。ときどき思い出しては、心にさざ波が立ったが、それもだんだん間遠くなっていった。

私には恐いものがなくなった。死ぬのも恐くなかった。誰にどう思われようと平気になった。そして、自分にうそをつかないで生きていこうと思った。

カウンセラーにも、「私はもうここに来る理由はありません。」と宣言し、セッションを打ち切った。

それでも、夫と普通の会話ができるようになるまでには非常に長い時間がかかった。いくら私のせいではないと自分に言い聞かせても、どこかで責任を感じた。夫だけが悪いとは思えなかったし、「文化背景の違い」で片付けることもできなかった。

一方で、夫との肉体的接触をことごとく避けた。夫が誰かと寝たければ、それでもいいと思った。私は自分を解放したのと同じように、夫も解放した。なんでも夫の好きなようにさせようと思った。めったに小言を言わなくなった。

そうして、10年以上過ぎて、夫と私には別々の部屋、別々のベッドがある。

子どもたちもそれを当然のように受け取っている。お母さんは1人じゃないと眠れないんだって。猫だけだよ、お母さんと寝ていいのは。

夫は毎日、私の部屋のドアを開けて、「今日の調子はどう?」と聞く。私は、まあまあね、と答える。そして、静かにいろいろな話をする。でも、タイの話だけはしない。私は夫のPCに触らないし、電話の通信履歴も調べない。

言い争いもなく、家の中は平和で、私はよく眠れる。

アメリカでは、夫婦が別室で寝るなんて公言できない雰囲気がある。いろいろ詮索されるに決まっている。だから、私たちは誰にも言わない。


<今日の英語>

Watch out where you are going, or you will run into someone.
前を見て歩かないと、誰かにぶつかるよ。

スーパーの通路から飛び出してきた小さな兄妹。妹の方が私のカートにぶつかりそうになった。その子のお母さんが言ったセリフ。叱られたのに、OKと言いながら、あんまりわかっていない様子。お兄ちゃんと手をつないで、ニコニコしている。昔は、しつけがなってないと思ったが、最近はこの程度のはしゃぎぶりなら許せるようになった。あれくらいのときが一番幸せなのよ。



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テーマ : 国際結婚 - ジャンル : 結婚・家庭生活

 |  わたし  |  コメント(4)

Comment

コメントありがとうございました

情熱*おねぇ様さん
まみぃさん
pさん
非公開コメントをくださった皆さん

夫婦別室について書き始めたら、こんな方向へ行ってしまいました。「穏やかに」などというタイトルには合わない話でした。書くのにもずいぶんとエネルギーが要りました。

私の中ではすでに昔の話になりつつあるのですが、わだかまりが完全になくなったわけではありません。この先どうなるかわかりませんが、「あれはなかったこと」にはたぶんならないと思います。

子どもがいなかったら、もっと若かったら、経済的に自立していたら、他の選択をしたかもしれません。インターネットが今くらい発達していたら、行動する前にあちこちでアドバイスを求めたかもしれません。当時はそれができませんでした。

同じような状況で、私とは違う選択をした人もいるでしょう。何が正解なのか、私にはわかりません。

外から見るとごく普通の家庭にも、こんなことがあるのだなと読んでいただければと思います。あるいは、今まさにトラブルの渦中にいる方に、何らかのなぐさめにでもなれば。
komatta3 |  2009.05.04(月) 10:30 | URL |  【編集】

胸がざわざわしながら読んでいました。今全て読み終えて、頑張られたkomatta3。本当に頑張られたと思います。夫婦のありようはもちろんさまざまなので応えはそれぞれあると思います。私には違う事で旦那さんに対しあきらめでないけれども、考えた時期があります。その応えは出ていません。ただこれから二人に戻っていく時なので(子供が成人しているので)新しい時ではあります。
k |  2009.05.04(月) 19:01 | URL |  【編集】

コメントありがとうございます

> kさん
なかなか答えは出ないですね。うちもあと5,6年で子どもたちが家を出る予定なので、そうなるといろいろ考えなくてはならないのですが、そのときになってみないとわからないんじゃないかなあと思います。
 komatta3 |  2009.05.06(水) 23:03 | URL |  【編集】

コメントありがとうございます

> 5月4日付私信をくださったaさんへ
時間という名前の薬ですね。もう立ち直れないと思ったけれど、時間が少しずつ癒してくれました。私だけでなく、夫との関係も。

日本人の奥さんをもらったアメリカ人は、妻からの愛情表現が足らないと不満に思う人が少なからずいるみたいですね。最近の若い日本人は変わってきているかもしれませんが。

長年一緒に暮らすと、無駄なケンカが無くなりますね。私は年のせいかと思ってましたが、お互いに学習したのかもしれません。あちらはどうか知りませんが、情が移りますしね。
 komatta3 |  2009.05.06(水) 23:10 | URL |  【編集】

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