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老いる

2013.11.10 (日)


義父は1週間滞在した。

駅までお迎えに行ったときには、血色もよく、声もしっかりしていると思った。ウォーカー(歩行補助器)につかまっていて、助手席に座るにも難儀そうだったが、89歳なのだから当然だ。

家に着くと、ドライブウェイから玄関までの煉瓦の道をウォーカーで進み、玄関の4段の階段は自分で上った。

うちにはLa-Z-Boyみたいな調節できる安楽椅子はない。義父が座るのは、ソファよりは立ち上がるのが楽な、猫が傷だらけにした安物の椅子と決まっている。起きている時間の7割は、義父はそこから動かなかった。

残り3割は、台所の横の食事用テーブルの椅子である。5歩も離れていないが、最初の日はウォーカーで移動した。転ぶのが怖いのか、それほど足元が覚束ないのか、わからなかった。


        *


トイレは春先に3つのうち2つを取り替えた。ADA承認という障碍者規格の、座高の高いもので、座るのも立ち上がるのも従来の型より楽だ。

でも、義父に使ってもらう主寝室にあるバスルームのトイレは替えなかった。いずれリモデルが必要なときに一緒にやろうと思った。しかも、トイレタンクから水音がするので、元栓を止めて長いこと使わないでいた。

しかし、義父が夜中にトイレに行くときに、ゲストバスルームまで歩かせるのは危険だ。途中には1階への階段もある。

夫は次男を連れて日曜大工のお店に行き、パイプやら何やらいろいろ買い込んできた。結局、出来合いのつかまり棒もちゃんと売っていたのだが、夫は自作したかったらしい。

義父はどれも使わなかった。

2~3日して、義父がシャワーを使っていないことに気づいた。夫をまた日曜大工のお店に向かわせ、滑り止めのマットやらシャワー用の椅子を買ってこさせた。

でも、義父は1週間一度もシャワーを使わなかった。

夫は1回くらい使っただろうと言ったが、その形跡はなかった。NYCに戻る日、駅でハグしたときに体臭があった。以前は、シャワーはもちろん毎日だし、夕食の前に着替えをする人だった。

私は夫にシャワーに付き添ってあげたらと提案したが、夫と義父はそういう関係ではないので、頼まれるまでしないと言い張った。

これが私の母と私だったらどうか。

私たちはたまにメールするくらいで、べったり母娘ではないし、同年代ではごく普通の、ハグなどしない関係である。それでも、もし高齢の母が慣れないシャワーに入ると言えば、少なくとも私はシャワーのすぐ外で立ち会うだろう。本人が大丈夫と言っても、なんだかんだと言い訳をして。


       *
   

義父が来る前に何を準備したらいいかと尋ねる私に、義母が言った。

「ゴミ袋をトイレに置いてくれる? おむつを捨てるのに要るの。替えるのは自分でやれるから大丈夫よ。私は毎晩おむつを外のゴミ箱に捨ててるから、あなたもそうして。」

「黒い大きいビニール袋ですか」と私。

「ううん、スーパーのレジでくれるやつ。あれをいくつか。1日に1回替えるから。」

取り出しやすいように紙袋にレジ袋を20枚も入れて、すぐ手の届くところに置いた。おむつは本当に1日持つのだろうか。最近のおむつは吸収性がいいのか。それにしても、気持ち悪くないだろうか。本当は何回か取り替えるんじゃないだろうか。

そういえば、カリフォルニアに遊びに行ったとき、潔癖症の義母がよくこぼしていたのを思い出した。

「おむつを替えないのよ。漏れるし、臭いし。バスルームを汚すし。もうたまらないわ。」

「どうして替えないんでしょうねえ。忘れてしまうとか? 濡れているのに気が付かないとか?」くらいしか私には思いつかない。

「めんどくさいだけでしょ。それにシャワーも入らないし。あなたたちがいるから、今週はちゃんとしてるだけよ。」


         *


主寝室にはなるべく入らないようにしていたが、義父が階下にいる間にバスルームに入ってみた。

トイレの横に、おむつとみられるビニール袋が置いてあった。ちゃんと縛ってある。持ち上げてみて、重さに驚いた。私は大人のおむつなんか見たこともなかった。まして、使用済みのおむつがどんなものかもわからなかった。

義父は早くても朝10時、下手すると11時に起きてくる。それから夜までずっとリビングルームとキッチン横のテーブルにいる。

仮に、日中おむつを替えたくても、階段を上り下りするのが難儀かもしれない。私は夫におむつの替えを1階のトイレにも置いたらどうかと提案した。夫は本人に聞いてみると言ったが、結局それはうやむやになった。

朝食時に新聞を読み(私は毎朝、NYタイムズを買いに出かけた)、そのあとはずっとリビングルームの椅子に座りっぱなし。字幕つきでテレビを見るか、本を読むか。たまに夫が話し相手をするものの、これでは何のためにわざわざうちまで来たのかわからないくらいだった。

義父の楽しみは、夜遅くまでテレビを見ることだった。ニュース番組や科学番組を見て、ちゃんと電気を消してから主寝室に上がる。

滞在4日目くらいのある夜、義父はなぜか9時前に引き上げた。物音に気付いた夫が自室から出てきて「今日はテレビは見ないの?」と聞いたが、そそくさと主寝室に入ってしまった。やり取りを耳にした私も出てきて、夫と顔を見合わせた。

「大きいほうのコントロールができなくなったんじゃないかな。なんか臭ったよ」と夫。

「そんな臭いしなかったわよ」と言いながら、それがもし本当だったら、老人ホームに行ってもらうと義母が言っていたラインを超えたことになる。でも、便の臭いは強烈だ。すぐわかる。夫の思い込みだ。


         *


猫の晩御飯をあげようとキッチンに行ったら、床が濡れていた。

誰かがコップの水をこぼしたのかなと思った。あるいは、猫が水の容器を蹴とばしたか(よくやってくれる)。パーパータオルを取ろうと数歩進むと、水が点々としている。こんな濡れ方は見たことがない。

ハッと思って、義父が座る椅子を見た。

座椅子のクッションは薄いグレー。それがぐっしょり濡れていた。周りの床も濡れている。慌てて夫を呼んだ。

「グランパはこれで早々に引き揚げたのよ。一言言ってくれたらよかったのに。」

「言えなかったんだろう。でも、言ってくれたらよかった。単なるアクシデントなんだから。」

そして、クッションを持ち上げると、椅子の本体まで染み込んでいた。とにかく、床を掃除しなくてはいけない。消毒も必要だ。私一人で片付けたほうが効率がいい。夫はありがとうと言った。

夫にクッションを地下室のシンクへ持って行かせた。あとで、椅子本体も地下室へ動かした。

ちょうど同じ型の椅子がもう一つあった。それを移動させて、いつもの場所に置いた。今度はタオルでも置くべきか。でも、そうしたら義父が気にするかもしれない。私はもともとこの椅子を捨てようと思っていたくらいだ。汚されてもどうってことはない。

仕事で疲れていたうえ、予定外の床掃除その他でさらに疲労したのに、なかなか寝つけなかった。

義父には相当ショックだっただろう。カリフォルニアの自宅ではやったことがあるだろうが、まさかよその家で、しかも椅子のクッションは洗えるが、相当汚れてしまった。

階段のカーペットはどうなのか。少しは自分で拭いたのだろうか。どうやってそれ以上汚さすに階段を上がったのか。

なぜ一言、自分の息子に言わないで、知らんぷりをしたのか。すぐに発見されてしまうのに。

おむつはもう何年も前からしている。それは諦めがついただろう。大きいほうのコントロールはまだできる。今回だって、せめて1日2回おむつを取り替えていれば防げたと思う。それができない、あるいはしたくないという思考なのか。おむつ代がもったいないからだろうか。


          *


翌朝、どんな顔をして義父に挨拶したらいいのかと悩んだが、義父はいつもより少し早く、台所へやってきた。

私はいつもと同じように、「おはようございます。新聞は買ってありますよ。またオムレツを作りましょうか」と尋ねた。義父もいつもと同じだった。

そして、粗相の話はしないまま、お茶を入れ、朝食の支度をしてから、私は2階で仕事を始めた。これでいい。お互い知らんぷりでいいのだ。

昼食に下りていくと、義父が言った。

「息子がなにかの薬が足らないと言っていたようだが、あなたにドラッグストアに行くように頼んだかね。」

「いえ、聞いてませんけど。それに彼の薬はオンラインで注文して、郵送してもらってるんです。だから、この辺のお店では扱ってないんですよ」とそこまで言って、もしかして義父は私にドラッグストアに行ってほしいのかもしれないと思った。

「なにかお薬が必要なら、近くのドラッグストアに行ってきましょうか。車で10分だし、すぐですよ」と私。

「じゃあ、タイレノールを頼む。Slow releaseというのがあるから。なるべく安いのでいいよ。」

痛み止めか。痛いのを我慢していたのだろうか。これも遠慮しないで言ってくれたら、夜でも買い物に行ったのに。私はすぐに出かけた。


       *


「いくらだったかね」と義父。

「ストアブランドだし、私はメンバーズカードで割引してもらえたし、5ドルもしませんよ。いいですよ」と断った。義母に頼まれて、到着早々に義父のズボンをドライクリーニングに持って行った。そちらは12ドルくらいだったか。そのことは忘れているのだろう。どっちみち、請求するつもりはなかった。

朝、階下に来てから、夜までは2階に行かない義父が、階段を上がっていく気配がした。

不思議に思っていると、夕食の支度をしている私のところにやってきて、20ドル札を1枚差し出した。それを持ちに行くために、わざわざ階段を上り下りしたのか。

「タイレノールの代金。」

「いえ、いいです。ほんとに」と続ける私に、義父が真面目な顔をして言った。

「それと、掃除をしてくれたことに」

義父は自分の粗相を忘れたり、無視したりしていたのではない。ずっと気に病んでいたのだ。私は涙が出そうになった。でも、泣きたいのは祖父のほうだろうと堪えた。

「そんな!ぜんぜん、なんでもなかったんですよ。気にしないでください」と断ったが、義父は20ドル札を引っ込めない。そうすることで義父の気が晴れるならと、私は受け取った。義父はサンキューというと、ゆっくりとリビングルームへ歩き始めた。

おそらく、痛み止めは口実だ。私にお金を渡すための取っ掛かりがほしかったのだろう。

食事の支度の目途がついてから、夫の部屋に行き、20ドルを見せた。

「これ、お義父さんから。掃除のお礼だって。私は要らないって言ったのよ。」

「こんなことしなくたって。ただのアクシデントなのに」と夫も言葉を失った。

「でもね、これで本人の気が済むなら、受け取ったほうがいいと思う。とりあえず、あなたに渡すわ。帰りの電車代を払ってあげたら?」

「切符は往復で買ってある。でも、そうだな。突き返すのもよくないか。ちょっと考えるよ」と夫は自分の財布に入れた。

その後、夫を通じて何度か洗濯を申し出たが、義父は断り続けた。汚した服はシンクで洗ったのか、ビニールにでもしまってホテルに持ち帰ったのか、わからない。

この件は、義母には伝えなかった。


        *


ふだん老人看護をしている人には見慣れた光景かもしれない。

夫も私も戸惑ってばかりだった。そして、老いるとはこういうことかと考えさせられた。

単に体の自由が利かなくなるのではない。自分でおむつが取り替えられても、それを捨てに行くことができない。もし粗相をしたら、誰かに片付けてもらわねばならない。粗相をしないように、何度かおむつを替えようとは思いつかない(あるいは、それだけの体力気力がない)。

これが小さいほうだからまだいい。大きいほうのコントロールができなくなったら、さらに深刻になる。

耳が聞こえなくなり、補聴器もうまく働かない(日本製ならもっといいものがあるのだろうか)。本人も周りも不便だが、排泄の問題に比べればどうということはないと思う。

生まれたばかりの赤ん坊が自分で何もできないように、老いるというのはそれを逆に辿っていくことだ。

ただし、赤ん坊には世話になっている負い目はない。それに、おむつも手助けもだんだん要らなくなる。成長する楽しみがある。老人は、ボケている人以外は、自分でできなくなったという意識があるはずで、しかもだんだんに頼ることが増えていく。

人間の尊厳の一つは、自分で排泄の始末ができるかどうかだ。

腰が痛いの、トイレが近いのと文句を言いながら、ちゃんと自分でトイレに行けることに感謝する日々である。


       *


老人介護の本のレビューに、こんな一説があった。

「奥野修司氏の本に、"人間には、仕事を辞める「社会死」、自分で何も出来なくなる「生活死」、そして肉体が滅ぶ「生物死」という3回の死がある"という記載があります。」

私は長男を産んでから仕事を辞め、3か月前からやっとフルタイムに戻ったので、社会的には19年も死んでいたことになる(お小遣い稼ぎのパートは勘定に入れない)。母親というのは仕事ではないし、専業主婦と威張れるほど家事能力はない。

生活死と生物死が同時に来るのがいい。自分で何もできなくなったら、それで人生終わりでいい。

私も夫も延命処置不要である旨、遺言にしてある。

私の理想は、雪の降る寒い日に裏の森で凍え死ぬことである。問題は、そうしたいと思ったとき、はたして裏庭まで歩いて行けるほど体の自由が利くかどうかである。


<今日の英語>

I'll leave soon. Please don't go to any trouble for me.
すぐにおいとまします。どうぞお構いなく


人付き合いの悪い私は使う機会はめったになさそうだが、コピーしておいたフレーズ。もてなす側の決まり文句は、It's no trouble at all.(ぜんぜん面倒なことではない)。



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 |  生活  |  コメント(12)

Comment

続きが知りたいです

こんにちは。日本人学校を検索していたら、こちらにたどり着き色々と記事を読ませてもらっているうちに、主人に早く寝なさいと言われながらも愛人ごっこを一晩で完読してしまいました。光景や心情がストレートに伝わる文体で久しぶりに読書をした気分になりました。面白かったです。その後パウェル君はどうなったとか、交流は続いているのだろうかとか、卒業後またお会いしているのかとか色々気になります。知りた〜い。。。でも読者の想像をかきたて余韻を残すために続きは書かないことにしているのかしら。続きが知りた〜いと読者に思わせる物語をかけることってある種の文才ですよね。この場合は物語ではなく本当の出来事なのでしょうけど。
続きを書いていただけるならうれしいです。毎日あの話が頭から離れません。
Ken |  2014.01.10(金) 17:52 | URL |  【編集】

2014年一月

明けましておめでとうございます。久しぶりに訪問致しました。ブログ昨年より更新されていませんがお元気ですか?貴女のブログは赤裸々な 文であるのに小説を読んでるごとく魅力があります。お元気なら更新を楽しみにしています。
yonmama |  2014.01.18(土) 18:14 | URL |  【編集】

明けましておめでとうございます。久しぶりに訪問致しました。ブログ昨年より更新されていませんがお元気ですか?貴女のブログは赤裸々な 文であるのに小説を読んでるごとく魅力があります。お元気なら更新を楽しみにしています。
yonmama |  2014.01.18(土) 18:15 | URL |  【編集】

はじめまして

TVの料理番組で料理人が自信満々で作ったエンジェルケーキを食べた後に、近所の子供にあげたら「スモアーズみたい」といわれて、「きっと、おいしいってことよね」とつぶやいていました。
スモアーズって何だろうと検索して、こちらに流れつきました。

日本の料理番組では料理人が自分で食べるということは、ほとんどなくゲストが食べて感想を言うので(だから嘘っぽい)新鮮でした。

老いですが、ことあるごとに死のことは考えてしまいます。日本では40歳以下の死亡率のトップが自殺です。
数年前に加藤和彦が自殺した時の言葉「もう、やることもないし、死んでもいい時期」というのに妙に納得してしまいました。
どんな死に方をしたいかは、時々考えます。理想的な死に方を見つけるとホッとしたりします。
アメリカのSFで、年をとった女性が末期癌になり、病院のそばにある森で焚き火をしている熊たちをみつけて、そこで座っていっしょに火を見ていて逝ってしまう話が大好きです。
子供たちから見た介護など、いろいろな現実問題の出てくる話ですが、不思議なくらい安らかな話で、今のところ理想の死に方の有力候補です。
ぽんたん |  2014.06.27(金) 07:59 | URL |  【編集】

はじめまして

はじめまして!とても文章が上手い方だと思いました。わかりやすい平易な文章なのに、小説のように読ませる、引き込まれる魅力があります。
それに内省的で、優しいお人柄が伝わってきます。
ブログが更新されてないですが、ご無事でしょうか。

ぴよら |  2015.05.17(日) 02:59 | URL |  【編集】

komatta3さん、どうされてるんでしょうか???また再開楽しみにしています。あなたの文体が好きです、やっぱり。
lumama |  2015.10.21(水) 01:30 | URL |  【編集】

もう3年も経ってからのコメントです。
いまごろどうなさっているでしょうか。

恋のときめきと老いのせつなさは、名文を産むのでしょうか。
小説の一節を読んだかのように心に光景が浮かんできました。

東京オリンピックまであと4年、私の会社は英語至上主義になりつつあり、なんとか話せるようにならねばと勉強しています。
そんなハードルはとうに超え、それでいて私共も直面する介護や自身の老化についての悩みは共通したものがあるというのが、なんとも不思議な感覚です。

3年前のコメットさんへ、尊敬と親愛をこめて
SARASARA |  2016.04.16(土) 22:50 | URL |  【編集】

更新をお待ちしています

他の方のコメントが承認されていたので、チェックしていらっしゃるのだなと思いコメントさせていただきます。

とても興味深くよませていただいています。
ずっと更新をお待ちしています。
みつき |  2016.04.30(土) 01:01 | URL |  【編集】

文を書くのがとても上手なんですね。
ゲスト |  2016.05.26(木) 17:10 | URL |  【編集】

もうすぐ3年

熱心に読んでた20代、とても行き詰まりたくさんの嫌なことや楽しいことがありながらもなんとか過ごしていた自分が懐かしいのか、kometto3のブログが純粋に好きなのか、時々ふと思い出しここを訪れてしまいます。
そんなブログは人生の中で、まだここしかありません。

お元気ですか?
はる |  2016.06.18(土) 13:59 | URL |  【編集】

承認待ちコメント

このコメントは管理者の承認待ちです
 |  2016.10.13(木) 22:34 |  |  【編集】

承認待ちコメント

このコメントは管理者の承認待ちです
 |  2017.01.03(火) 07:37 |  |  【編集】

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