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義父の食事

2013.10.14 (月)


義父がこちらに泊まりに来る前々日、リンから電話がかかってきた。

ニューヨークのホテルに無事に到着したこと。リンの娘ウェンディも同行していること。そして、義父の送り迎えをどうするかの相談。

私はフルタイムで働き始めていたし、夫はG氏のプロジェクトを手伝ってはいたが、私たちはほとんどずっと自宅にいた。次男が退院して、遠くまで出かける必要もなくなっていた。

いつでもいいとリンには言ったが、日曜日に決まってほっとした。片付けの時間を確保するためには、遅いほうがありがたい。しかし、その後、話が二転三転して、土曜日になった。

私は仕事の合間にちょくちょく掃除をした。それでも、土曜日は一日中片付けに追われ、夫が義父をつれて帰宅したころにはクタクタだった。

老人は転びやすいからと、床に敷いてあるラグはほとんどすべて地下室へ持って行った。

私がふだん使う主寝室を明け渡すことにしたので、ぶつかりそうな家具や箱なども動かす。夫が捨てたがらない古くて重くて大きいテレビは、カートごと部屋の隅に転がす。配線コードも引っかかりそうなものはどかさねばならない。大仕事だったが、もともと無駄に広い主寝室がさらに大きく見えるほどスッキリした(まだその状態を保っている。それだけに、テレビが目障りでしょうがない)。


         *


好き嫌いの激しい私は、もてなしが苦手である。自分が料理を供するのはもちろん、よそのお宅でごちそうになるのもストレスがたまる。

結婚当初は、義父母が来るたびにパニック状態に陥った。年を経て、どうにかごまかす術も覚えたが、ほかの人のために食事の支度をするのは極力避けたい。

義父は好き嫌いなく、何でも食べる。大恐慌時代を経験しているだけに、出されたものは残さない。もともとが食いしん坊である。これが最後の滞在になる可能性が高いし、何もない田舎だから、せめておいしいものでも作ってあげようと思った。

「グランパはこの頃どんなものを食べてますか。ずいぶん前にコーヒーをやめてお茶にしたことは知っていますけど、お茶はどんなお茶がいいでしょうか」と私はリンに聞いた。

「お茶はあなたが飲むのといっしょでいいわ。」

「じゃあ、ダージリンとかイングリッシュ・ブレックファストとか普通の紅茶ですけど。朝はシリアル、それともパンのほうがいいですか。」 義父はなんでも食べるが、こだわりもある。

「シリアルは食べないわ。パンも。」

「えっ、どっちもですか。じゃあ、ヨーグルトは?」

「ヨーグルトは食べるわ。フルーツも。卵もOK。でも、パンはだめ。シリアルもだめ。それから、ポテトもお米もパスタもだめ。チーズはいいけど。」

「そんな!私はお米なしじゃ生きていけません。」

「あなたはそうよね。でも、太るのよ。パンもパスタもポテトも。まあ、あなたが作るなら、グランパも食べてもいいわ。」


        *


義父母に会ったのは2年ほど前。そのときには普通に食べていた。

それまでにも、朝は豆を挽くところから始めるほどコーヒーにこだわっていたのが、突如として朝は緑茶(砂糖入り)になったことがあった。流行りものが好きで外見にもこだわる義母は、ピラテスやらバランスボールやらにも手を染めたりして、あの食べ物は太るのどうのとよく話題にした。

いつから炭水化物を抜かすようになったのか。1年に数えるほどしか電話しないが、体重が減ったという話は聞いたことがあった。私は人のそういう話に興味がないので、すぐに忘れてしまう。

「ちょっと!リンもグランパも、ノー・ブレッド、ノー・シリアルですって。パスタもお米もだめで、お芋もダメって言うのよ、リンが。いったい何を作ればいいのよ?」と私は夫に訴えた。

「そういえば、そんなこと言ってたなあ。いつもみたいに作ればいいじゃないか。そんなものに、付き合えんよ」といい加減な夫。

それでダイエットできるなら、夫こそ食事制限すべきだと思うが、まるっきりやる気がない。セロリをかじって相当痩せたのに、いつの間にか元通りになっている。ヨーヨー・ダイエットの典型である。

義父は心臓も患ったし、足腰にも故障を抱えている。少しでも体重を減らしたほうがいいのは確かだ。義父は、夫のお腹周りなど問題にならないほど、太っていた時期がある。


         *


確かに義父はずいぶん痩せて見えた。全体に小さくなったのだが、それでもお腹や腰の脂肪は落とせないようだった。

結局、朝はノン・ファットのプレーンヨーグルトに、あるだけの果物を小さめに切って出した。紅茶とオムレツとナッツ。ワンパターンの朝食である。しかも、朝が遅いので、ほとんどブランチで朝兼昼だった。

小麦粉がダメなら、クッキーもケーキもパイもなし。とにかくフルーツとサラダしか出せない。

夕食は、ビーフシチュー(シチューの中にも付け合せにもじゃがいもはなし)やサーモンのオーブン焼きはよかったが、そのあとはラザーニャやヤムなど炭水化物を出さざるを得なかった。なるべく野菜を増やしてみた。

慣れない仕事で疲れ、パートタイムと違って時間に余裕がなかった私は、「ラザーニャでいいでしょうか」と義父にお伺いを立てた。義父はいつでも「もちろん、なんでもいいよ」と答えた。一度だけ、イタリアン・レストランからテイクアウトしたが、仔牛肉とピーマンのソテーとサラダだけを食べた。

でも、テーブルに出ていれば、義父はヤムでもパスタでも食べた。とくにヤムは自分でお代わりをよそった。南部の生まれだからか、そういうものが好きなのだ。

確かに体重を減らせたのはよかっただろう。でも、義父は89歳である。私がその年なら、好きなものを好きに食べたい。お米は太るからいけませんなんて言われたら、生きる楽しみがなくなる。

義父の滞在の終わりに、私は思い立って日本風のスポンジケーキを焼いた。前にカリフォルニアのお宅で焼き、義父はアイスクリームと一緒に食べて、とてもおいしいと言った。うちにはアイスクリームはなかったが、「リンには言わないでくださいね。私が食べたくて焼いたケーキが、たまたまテーブルにのっているだけなんですから」と一切れを出した。私の声が聞こえたのか聞こえなかったのか、義父はニコッとした。


         *


実際、義父母がこのダイエットをどこまできっちりやっているのかわからない。

父親をマンハッタンまで送り届けた夫は、リンや姪っ子、ボストンから合流した長男と一緒に、ビストロなんとかという高級そうなフレンチレストランで昼食をともにした。まさかそんなところまで行って、パンも取らず、お芋の付け合せにも手を付けず、だったのだろうか。夫はそこまで観察していなかったようだ。

ここ数年、義父は外出が極端に減ったらしい。買い出しも料理もすべてリンがやっていた。歩くのが困難なので、スーパーの中も見て回れない(車椅子はあるが、リンの負担が増える)。昔は、自分で朝から魚屋まで出かけて、鮮魚を選び、自分でさばいたほどの食いしん坊だった。

義父自身も体重を減らしたかったのかもしれない。確かに、その必要はあった。足腰や内臓への負担も軽くなっただろう。

しかし、と私は再び自分に照らし合わせる。

結婚当初、鉛筆のようにガリガリだった私には戻れないし、戻りたくもない。仕事のせいで少し痩せたが、すぐに元に戻った。日本では決して痩せているとは思われないだろうし、年齢相応に足腰に脂肪がのっている。あと5キロ落としたい。

炭水化物をやめたら5キロくらい減らせるかもしれない。しかし、お米やうどんやお菓子を諦める気はさらさらない。意志薄弱なので、どうあがいても無理だ。

それに、もうあと何回、おいしいお米が食べられるかどうかわからない。白米も炊き込みご飯もおにぎりもリゾットもチャーハンも食べたい。それで体重が1キロ増えたり、寿命が3年縮んだりしてもかまわない。ご飯を我慢してまで長生きするほど、人生に価値があるとは思えない。

それでも、毎日体重計に乗っては200グラム程度の増減に一喜一憂している。不惑をクリアできないまま、五十にして天命を知るどころではない。

不惑も知命も、孔子がその年でそうだったというだけで、凡人のための到達チャートではないということがよくわかる。


<今日の英語>

I am a rising sophomore at L University where I am studying art.
L大学でアートを勉強している、今度ソフォモア(2年生)に上がる者です。


この新学期が始まる前、夏休みのある日、大学の事務局に電話した長男が名乗ったときの一言。初めて聞いた表現で、なぜか印象に残っている。



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 |  生活  |  コメント(1)

Comment

kometto3は優しく思いやりがあるのでお義父さまは幸せですね。

体への負担を考えて節制されてるのでしょうが
kometto3もおっしゃるように、好きな食べ物を我慢するのは、ただでさえ楽しめることが少ない高齢の方には少し辛いように思えます。

今回の滞在は美味しいケーキも食べられて、お義父さまにとって楽しい滞在だったでしょうね。
Yuka |  2013.10.23(水) 17:10 | URL |  【編集】

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