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最後の旅行

2013.08.26 (月)


先週、義父とスカイプをしていた夫が私を呼んだ。

いつもなら耳の遠い義父と怒鳴るような大声で話すのに、そんな気配はまったくなく、夫の部屋に入ってパソコンの画面を見て、スカイプをしていたのだとわかった。それも、テキストでやり取りしていた。

なぜか義父はテキストが使えなかった。そういうことになっていた。いくら老人でも物理の博士号を持っている人がそんな馬鹿なと私は思っていたら、やれば当然できるのだ。

もっと前からやっていれば、夫との意思疎通も穏やかにできたのに、なぜ今頃になってと不思議に思った。

おそらく、義父にとっては肉声での会話が大事なのだろう。何度も聞き返される夫がかんしゃくを起こそうと、直接話すことにこだわっていたのはそのせいかと今頃気がついた。それをあきらめたということは、補聴器を使ってもほとんど耳が聞こえなくなったのかもしれない。

義母の父親に一度だけ会ったことがある。相当長生きした人で、パーティの席にもしっかりした様子で座っていたが、「何も聞こえてないのよ」と義母が私にささやいたのを思い出す。

無音の世界。

目が見えないよりマシかもしれないが、バイオリンが聞こえないのは寂しい。デイヴィッド・ギャレットとフリッツ・クライスラーの演奏を脳細胞にしっかり記憶させて、耳がだめになっても頭の中で再生できるようにしておかねばと思う。

運動もせず、持病も好き嫌いもあるのに、私はとんでもなく長生きしそうないや~な予感がするのだ。


      *


「9月22日にお父さんがこっちに来るんだそうだ。うちに泊まりたいって言ってるんだけど、いいかな?」と夫。

いいも悪いも、義父は89歳である。

私が日本にいた5月にまた入院して、秋のイギリス旅行をキャンセルしたはずだ。これまで心臓発作も起こしたし、足腰が弱くなって車椅子がないと出かけられないし、排尿をコントロールできなくてずっとオムツをしている。

「ニューヨーク?イギリスの帰りに?そりゃ、私はいいけど」と私。

来客が大の苦手ではあるが、断れる状況ではない。夫は律儀にいつも私の都合を聞く。結婚以来20数年、ずっとそうだ。しかし、私に拒否権はない。私は義父母にとてもよくしてもらっている。気を使って心身ともに疲れ果てるが、ノーとは言えない。

「イギリス旅行はやめたんじゃないかな。そのへんはよくわからん。とにかく、9月の終りにニューヨークに来るらしい」と、夫は義父にテキストを打ちながら言う。

「リンは来るの?」

「さあね。ユタからニューヨークまではいっしょだろうけど、彼女は孫娘たちに会うのが目的で、マンハッタンにずっといるんじゃないか。お父さんだけ電車でこっちに来るか、あるいはぼくたちがJFKまで迎えに行くか」と、あいかわらず夫側の家族の旅行は流動的で私を不安にさせる。

しかも、夫と継母にあたるリンは、去年の秋から絶交状態だ。素直に謝らない夫と珍しく折れない義母で冷戦が続いていたが、それも義父の病気で必要な会話だけはするようになったらしい。でも、義母は夫のいるこの家には意地でも泊まらないだろう。

潔癖な義母が来ないほうが私は楽だ。それでも、義父が来るとなると、さぼっていた掃除に真剣に取り組まねばならない。


        *


「次男はここにいるけど、長男はもうボストンに帰るからなあ。そうだ、ここから車でボストンに行くのはどうかな。お父さんもそれはいい考えだって」と、まだスカイプでテキストしている夫が言った。

「ちょっと!ここからボストンまで3時間半よ。私だってきついのに、あなたのお父さんがずっと車に座っていられると思う? 休憩所だって限られてるし。次男は学校があるし、私は付き合えないわよ。そしたら、あなたが行きも帰りも運転するってことよ。冷静に考えたら?」と、私はやたらに思いつきで決めてしまう夫を諌めた。

躁うつ病は薬で対処できていても、こういう場面に遭遇すると、もしや躁状態かと疑いたくなる。

「リンがマンハッタンにいるなら、彼女はアムトラックで行ってもいいとしても。長男の予定だってわからないし。ちゃんと計画しないと大変よ」と私が止めようとしても、「運転は大丈夫だよ。なんとかなる。お父さんはきっと長男に会いたいだろうし、ボストンも見たいと思うよ」と浮かれている。

夫につける特効薬はない。私は作戦を練った。


         *


次の日、リンから電話があった。

「元気?私たち、9月22日にニューヨークに行くの。グランパがあなたたちのところに泊めてもらいたいんだけど、いいかしら?」

「ええ、そのことは夫から聞いてます。もちろんかまいませんよ」と、いい嫁を演じる私。

「よかった。まだ切符は買ってないんだけど、ソルトレークシティからニューヨークに飛んで、最初の3日くらいはマンハッタンのホテルで、グランパはそのあとであなたのとこに向かわせるわ。電車に乗せるから、駅まで迎えに行ってね。それから、ボストンまでは車でしょ。」

「ちょっとボストンは大変じゃないでしょうか。車で3時間半だし、私は一緒に行けないし。ボストンやケンブリッジは、歩けない人には大変だと思います。あなたとグランパがぜひボストンを訪れたいなら別ですが、長男が週末だけマンハッタンに帰ってくるほうがいいですよ。ボストンからアムトラック一本ですし、若いからとんぼ返りも平気です」と私は長男の意向も確かめずに、勝手に話を進める。

「あらー、それ、いいわね。私たち、別にボストンに行かなくたっていいのよ。そんなつもりなかったし、あなたの夫が言い出しただけで。じゃあ、長男くんが来るなら、ホテルを予約するわ。」

よし、一つ片付いた。長男はおそらく承諾するだろう。

「それから、グランパが電車でこちらに来る話ですけど、夫にマンハッタンまで迎えに行かせます。グランパ一人だけで、1時間半以上も電車なんて危ないですよ。途中で何が起きるかわからないし、荷物もあるし。」

「そうね。そうしてもらうわ」と義母はあっさり同意した。

夫と義母(夫にとっては継母)の仲たがいは終わったのかどうか、私は聞かなかった。義父の病気でいったん話をしたとはいえ、もともと微妙な間柄である。一切関わらないに限る。


        *


次男は予定より早く通院が終わった。長男はもうすぐ大学に戻る。

やれやれ、これで多少は落ち着くと思っていたところへ、義父母がやってくる。1週間か10日程度のことだが、私は彼らがユタに戻るまでリラックスできまい。

しかし、義父にとってはこれがおそらく最後の旅行になる。直接会うのも、これが最後になる可能性だってある。

階段の苦手な義父だが、シャワーは2階にしかない。がんばってもらうしかない。

私は長男のベッドで寝て、義父には主寝室を使ってもらおう。私と夫はもう10年以上も別室で寝ている。今さら隠すつもりもないが、義父母はいまだに同じベッドだし、彼らの年代のアメリカ人夫婦にとっては別室はありえないかもしれず、私たち夫婦の仲を心配されては困る。

私たちはベッドも違うし、セックスどころかハグもキスもしないが、まるで悟りの境地にいるような、落ち着いた関係である。

会話は多く、率直で、言い争いもない。口論はしても、悪意がない。次男の発病と入院でそれどころではないし、20年以上も一緒に暮らして、私は50を夫は60を過ぎて、もう無駄なことにエネルギーは費やさないのだ。


         *


義父は私が作るものは何でもおいしいと食べてくれる。しかし、1日3食を出すのは私には大仕事。何回かテイクアウトをしなければ私が倒れる。

1階から2階へ上がるくらいの階段は大丈夫、バスルームにゴミ袋を置いておけばオムツの処理も自分でやるからと義母は言う。

しかし、うちの階段の手すりはこの頃ちょっとぐらつく。キッチンや窓際にあるマットもどかしたほうがいいだろう。老人はつまづいて転びやすい。主寝室のトイレは、なぜかタンクの中の水がずっとちょろちょろしてうるさいので、水を止めて使えないようにしてある。義父にはゲストバスルームを使ってもらわねばならない。

猫2匹は換毛期なのか抜け毛がすごい。窓ガラスも拭かねばならないし、庭木も伸びている。豆を挽くところからやっていたコーヒーをすっぱりやめて、その後は日本茶あるいは中国茶を飲むようになったらしい義父は、今はいったい何を飲むのか。

私には、もてなしの才能がまるでない。今からストレスをためている。それでも、私が飛行機を使って義父母のいるユタの親戚宅に滞在するよりはマシか。


        *


老体に故障を抱えながらも、飛行機で大陸横断し、マンハッタンはタクシーか車椅子で移動し、そしてこんな田舎まで電車でやってこようという、行動的で前向きな89歳の義父。

出不精どころか、ベッドで終日ゴロゴロしていたい私とは正反対。

開拓精神のかけらもない自分がアメリカに住んでいていいのか。

私が清教徒だったら、未だにマサチューセッツでうろうろしているだけで、200年経っても西海岸どころかミシシッピを越えることもなかっただろう。

しかし、そういう人は最初からメイフラワー号に乗って大西洋を越えようとはしないわけで、そういえば私は無神論者であって、清教徒とはこれっぽっちも縁がないのだった。

私はあまり深く考えずにアメリカ人と結婚してアメリカに来てみただけだなとつくづく思う。


<今日の英語>

It sure looks good on paper.
計画としてはよさそうに見える(でも実際はうまく行かないだろう)。


老人の安楽死に関するフォーラムに寄せられた、ある悲観的な投稿者の一言。「好きなだけ老後の計画を立てるといい。紙の上の理論だったら、そりゃよく見える。でも、どういう最後になるかは、お金でも遺伝子でもなくて、運命だ。」



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 |  生活  |  コメント(1)

Comment

私も来客は苦手です。

何日も前から準備をしながら色々と考え過ぎてしまい、当日には既に疲れ果ててます(笑)

Yuka |  2013.08.26(月) 18:20 | URL |  【編集】

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