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夫と義母の仲たがい

2013.08.05 (月)


日本に行く1ヶ月前に、義父とスカイプをした。

どういう状況だったのか、もはや覚えていない。

スカイプはG氏以外には市外への電話に使うだけだ。たまたまログインしていたときに、義父から呼びかけがあったのかもしれない。補聴器をつけても耳がよく聞こえない義父と会話するのは、だんだん難しくなってきた。

義父は私にはとても礼儀正しく接してくれる。本当は血の気が多い人なのに、私に怒ったことは一度もない。からかうことはあっても、私を傷つけないように気を使っているのがわかる。

義父母が予告もなしにカリフォルニアを引き払って、義母の娘の住むユタ州に引っ越してから、もう1年近くになるのか。


        *


夫は、父親の後妻であるリンに失礼な態度を取ることがあった。

馬鹿にしたり、適当にあしらったりして、私がいい年をした夫をたしなめねばならなかったことも1度や2度ではない。

リンは根に持たないタイプだし、生さぬ仲の継子とは距離があるのも納得しているようで、表向きはふつうの大人の付き合いをしていた。

夫の生母が病死したのは彼が大学を卒業した頃で、もうママを追い求める年ではなかった。義父が再婚したのはそれから10年も経ってからだった。

義母は学術的な知識は足らないかもしれないが、有能なセールスウーマンだったし、世間知においては夫など太刀打ちできない。夫もその点は認めていて、特に義父が年を取って弱くなるにつれて、世話をする義母に感謝するようになっていた。

ところが、去年の秋の終りにハリケーン・サンディがやってきてから、ややこしいことになった。

うちは丸4日以上も停電したのだが、2日目くらいに義母から電話がかかってきた。最初は次男が出て、夫に代わった。私は真っ暗な部屋でベッドに横たわり、漏れ聞こえる会話をウトウトしながら聞いていた。

「こっちは停電してるんだ!電話してもらったって、そっちにできることはないよ。だいたい、時差も考えずに、こんなに夜遅く電話してくるっていうのは、どういうつもりなんだ?」と夫は大声で義母にまくしたてた。

カリフォルニアに住んでいたころも、彼らはたまにニューヨークとの3時間の時差を忘れて電話することがあった。でも、夜行性の夫は夜中だって起きているのだ。たいした問題ではない。

今回も私が起きていたのだから、それほど遅くないはずだった。せいぜい11時頃だろう。

「あら、そりゃ悪かったわね。バーイ」と義母はすぐに電話を切った。

私は夫が半ば冗談であんなことを言い、義母は軽く受け流したのだろうと思った。機嫌の悪い夫と話をするのは無駄だと、賢い義母はよくわかっている。


       *


「昨日、リンにあんな言い方することなかったんじゃない?」と翌朝、私は夫を諭した。「きっとニュースを見て、心配して電話くれたのよ。ちょっと遅かったかもしれないけど、次男もあなたも起きてたんでしょ。」

「そりゃそうだけど、ちょっと考えればイースト・コーストが何時かなんて、わかるもんだよ。父もリンも考えないんだよ。思いつくとすぐに受話器に手を伸ばす。こっちの都合はおかまいなしだ」と夫は続けた。

「あの人たちは老人じゃないの。リンは電話を切っちゃったし、きっと傷ついたわよ。あなたから電話したら?」

しかし、夫は電話するつもりはなさそうだった。もともと義父にもアリゾナの弟にもめったに電話しない人なので、私はそれ以上しつこくしなかった。

2、3日して電気が戻り、私は義母に電話した。

「やっと停電が直りました。この間、夫が失礼な言い方をして、ごめんなさい」と私は夫の代わりに謝罪した。

「本当に失礼だったわ」と明るい義母が珍しく憤った。

「私は冗談で言ってるのかなと思ったんですけど。」

「冗談なんかじゃなかったわよ。本気でそう言ってたわ、あなたの夫は」

「すみません。停電でパソコンが使えなくて、機嫌が悪かったんだと思います。それでも心配して連絡してくれたあなたに、あんな態度は許されないことですけど」と私は言い訳をした。

もともと夫はかんしゃく持ちだし、義母も夫の性格は承知しているはずだが、なぜか今回の義母はいつもと違った。


      *


それから何ヶ月かして、義父とスカイプをしていた夫がやってきた。

「お父さんが秋にイギリスに旅行するんだそうだ。オックスフォードで何かのセレモニーがあるらしい。それで、ぼくも一緒に来ないかと誘われたよ。Gの仕事のほうが忙しいし、次男のこともあるし、タイミングが悪いけど、お父さんの年齢を考えると、旅行できるのはこれが最後かもしれない。」

「じゃあ一緒に行ってあげたら? あなたが付き添わないと危ないわよ」と私は賛成した。

ロンドンで落ち合い、イギリスでの用事が済んだら、いっしょにニューヨークに来て、それからユタに帰るという計画らしい。

「問題が一つある。ぼくが謝罪しなければ、いっしょに旅行しないとリンが言ってるんだそうだ。それどころか、ぼくがユタの家に泊まるのも拒否しているらしい。彼女にメールできちんと謝れとお父さんに言われたよ。」

停電の夜の電話がまだ尾を引いているのを知って、私は驚いた。

あの、さっぱりしたリンがそんな条件を出すとは、かなり根に持っているのだろう。

「じゃあ、メール書いたら? あれは確かに失礼だったわよ」と私は簡単に片付けようとした。

「いや、ぼくは書かないよ。これは一種の脅迫だ。ぼくのほうから自主的に謝るならともかく、お父さんを通じて脅しをかけてるのと同じだよ。そういう要求には答えられないね」と夫は真面目な顔をした。

「そんな大げさな問題なの? だって、お父さんと旅行なんて何年ぶりなのよ。これで本当に最後かもよ。お父さんにしたって、息子と妻が仲たがいするなんて悲しいじゃないの。だいたい、リンがお父さんのことすべて見てくれてるのよ。私は本当にありがたいと思ってるのに。」

「それはわかってる。その点はぼくも感謝しているし、何度も彼女に伝えたよ。でも、それとこれは違う」と夫は譲らなかった。


          *


私が義父とスカイプしたのは、それから何日かしてからだった。

「イギリスに遊びに行きたいかね? 秋に私たちといっしょにどうかね? それで東海岸に戻って、孫たち全員の顔を順に見ていこうと思ってるんだよ」と突然のお誘いだった。

カリフォルニアやアリゾナの孫たちは、就職や大学進学でニューヨーク・シティやロードアイランドに移っていた。何年も前からオムツが手放せなくて、車椅子にも頼るようになった義父の、これが最後の遠出になりそうだった。

マンハッタンから離れているここにも来るんだろうか。あちこち片付けないと。それに階段が上れない義父のベッドやシャワーはどうする。義母の猫アレルギーはどうしよう。ご飯はどうしたら。

来客の苦手な私は不安になった。

「あの、今年は4年ぶりに日本に行くことになっていて、次男の病気のこともあるし、私はちょっとイギリスは難しいんですけど。でも、夫にはぜひ行くように勧めているんですよ」と私は答えた。

イギリスには夫と結婚した直後に一度だけ行ったことがある。

朝食がおいしくて、でも物価は高く、夕食の野菜は繊維になるまでくたくたに煮てあって、方向音痴の私がなぜか一人で地下鉄に乗って観光名所に出かけたりして、でも郊外に住む義父の友達の家に向かう電車を乗り間違えて夫が怒って私が泣いて、そこの晩御飯はステーキで私は食べられなくて、翌朝ゆで卵を作ろうとしたら、そこの奥さんに水を入れすぎだと指摘されてと、そういう断片的な記憶しかない。

「わたしも息子といっしょに旅行できたらうれしいね。ただ、リンがちょっとこだわっていてねえ」と義父は言葉をにごした。

「わかりますよ。あんな失礼な電話したんですから。夫には謝りなさいって言ったんですけど、なんだかすごく頑固で。ちょっと作戦を立てて、説得してみます」と私はあてもないのに約束した。

「そうしてもらえるかね。もうすぐ日本に行くんだね。楽しみだろう。お母さんは元気かね」と義父はいつものようにたずねてくれる。


       *


その後、私は夫にそれとなくイギリス旅行の話をし、高齢な義父の願いであることを思い出させた。でも、夫は謝る気はなさそうだった。

私は長男と次男に事情を話し、「なにかいい方法ない?」と相談した。

「ダディって馬鹿じゃない?グランパのために、ちょっと謝ればいいのにさぁ。ほんとに困るよね」と長男は呆れて、どっちが親だかわからない。

次男は「ぼく知らないよ。ぼくどうでもいい」と関わりたくないらしい。

「そうよねえ。グランパは88歳で、ダディが61でしょ。グランマは73歳かな。そんな年でよく喧嘩が続くわねえ。私がそんな年だったら、とてもそんな気力ないと思うわ」と、私にも名案は浮かばなかった。


         *


私と長男は日本に向かい、2、3日を横浜で過ごして実家に向かった。

母のパソコンで久々にメールをチェックすると、夫からメールが来ていた。次男に何かあったのかとドキッとした。

「ユタから電話があった。お父さんが入院したそうだ。胆石らしい。リンは、重態じゃないからぼくが来る必要はないと言ってる。心臓のこともあるし、年が年だから、なにがあってもおかしくない。きみたちが日本に行くたびにお父さんが病気になるのはジンクスかな。もちろんきみたちは予定通り、日本に居ていい。次男は特に問題ない。猫もちゃんと生きてる。」

絶交していたはずのリンが電話をくれたのか。

夫はまだ謝ってなかったはずだ。しかし、緊急時ではそうも言っていられなかったのだろう。

私は、夫が行きたければいつでもユタに行くべきだということや、リムジンの会社の番号やペットシッターの連絡先を改めて教えた。

幸い、義父は持ち直し、1週間ほど入院して、その後はリハビリに移った。心臓の薬のせいで、すぐには手術ができない、早くても9月まで待たねばならないという医者の見立てだった。

夫はユタに行かなかった。リンに謝罪する件も、そのままになっている。


       *


秋のイギリス旅行はどうなったのか。9月に手術なら、おそらく中止せざるを得ないだろうが、夫はその件については義父と話していないから知らないと言う。

私は日本から戻って、一度だけリンに電話した。義父の容態や次男の病状などを話したが、夫の謝罪についてもイギリスへの旅行についても触れなかった。

義父の急病のおかげで、絶交は免れたが、夫と義母の冷戦状態は続く。

夫が謝罪メールを書けば解決すると思うのだが、ここにきてリンは義理の息子に対する積もり積もった悪感情が一挙に噴出したのかもしれない。

夫と私は、それぞれの家族の問題には基本的に関与しないという方針でやってきた。

でも、今回は、なかなか治らない指先のささくれみたいに、ずっと気にかかっている。


<今日の英語>

I would say one.
まあ、1だと思います。


検眼中に、レンズを入れ替えた医者から1と2のどちらが見えやすいかと聞かれたときの長男の返事。どっちがいいとも言いがたいが、強いて言えば1かなという婉曲表現。



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