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4年ぶりの日本 その5

2013.07.05 (金)


あと2日でNYに戻るという日に、長男は一人で電車に乗って出かけた。

前の週に私の用事でいっしょに行った町だが、一人で行くのは初めてだ。マジックというカードの世界同時発売日だとかで、どうしても行きたいと言い張る。電車で一本だし、長男が行きたいお店は駅の近くにある。帰りの切符さえあれば、うっかりぼんやり長男でも自力で帰ってこられるだろう。

しかし、切符を買うところから長男はつまづき、「往復」でなくて「回数券」を押してしまった。漢字が読めないせいだ。

念のため、実家の電話番号や時刻表も持たせた。

「なにかあったら交番に行くのよ。交番ってわかるでしょ。ポリスボックスよ。xx駅にはどうやっていったらいいですかって聞きなさい。そうだ、おまわりさんに電話借りて。うちに電話して。何時の電車で帰ってくるの?」と私もしつこい。

「お母さん、ぼくはボストンでいつも電車に乗ってるんだよ」と長男はうっとうしがった。

なにしろ携帯がなかったので、連絡が取れない。私は1日中ハラハラして過ごした。電車は1時間に2本しかない。そろそろ戻るはずだと母と二人で窓から道路を見張っていたが、なかなか来ない。今度の電車で来なかったら、お店に電話してみようと話していたところで、やっとご帰還となった。

カードのお店が入っているビルには、ほかにもいくつかアニメのお店があって、楽しく見てきたのだそうだ(お決まりの散財)。そして、お昼はうどんを食べ、アイスクリームも食べ、帰りの電車にも間違えずに乗れたという。

まったく、私は心配性で過保護である。

世界一安全な日本で、しかもこんな田舎で(長男が行ったのは新幹線が止まる町だが)、いったい何が起きようというのか。日本語で尋ねたら、誰もが親切に教えてくれるだろう。むしろ迷子になるくらいの冒険になればよかったのかもしれない。そうすれば、日本語のできるありがたみがわかる。私の苦労も少しは報われよう。


         *


帰りもスーツケースを羽田近くのホテルまで送った。

なぜかホテル宛てには配達時間を指定できないとのことだった。出発前日に届けば何時でもよかったが、飛行機は早朝出発なので、あまり夜遅いと困る。「夜8時、9時くらいなら大丈夫でしょうか。まさか真夜中ということはないですか」と宅配に電話で聞くと、「申し訳ありませんが、何時かはお約束できません」と言われた。

しかし、姉によると、絶対にだいじょうぶ、たぶん午前中にはホテルに届くと自信満々だった。念のため追跡したら、その通りだった。おおよその時間でも教えてくれなかったのはなぜか。お客のクレーム対策だろうか。

新幹線に乗るところまで付き合うという母と叔母を説得し、実家最寄の駅までにしてもらった。

二人とも入場券を買わず、一人だけいる駅員に「ちょっとそこまで見送るだけだで、すまんね」みたいなことを言って、いくら田舎の駅だからって堂々とホームまでやってきた。

彼女らに比べたら、私のずうずうしさなど子猫みたいなもんだ。

私と長男が東京で新幹線を降りると、姉がホームで待っていた。そして、昼食後にホテルまで付き合ってくれた。次男へのおみやげや、私と長男の夕食(おいしいサンドイッチ)と朝食(おいしいデニッシュ)も用意しておいてくれた。それが食べ納めだった。

翌朝5時。がらがらのシャトルバスに乗り、羽田に向かう。

母にもらった20万円を換金すると、ちょうど2000ドルだった。ドル高がうれしい。これは母から子どもたちへのお小遣いで、里帰りのたびにくれる。私はそっくり大学の授業料のために預金している。

私にはスーパーや百円ショップで使えと5万円くれたが、アメリカで換金した円やカードで支払ったので、まるまる残った。持って行って次に来るときに使えと母は言い、こちらは円のままパスポートといっしょにしてある。

私は帰り道はパニックにならない。どこへ出かけてもそうだ。自分の家に帰るのだと思えば、心は軽い。

センチメンタルにもならないが、「上げ膳据え膳の生活もこれまでか」と名残惜しくはある。


          *


機内ではまた薬を2回飲んでずっと眠っていた。機内の記憶はない。降りてからも朦朧として、長男のあとをふらふら付いていった。

預け入れ荷物が出るのを待っていると、ビーグル犬がやってきた。

私は働く犬が好きである。「まー、かわいい!お仕事してえらいわねえ」と思ったら、私の機内持ち込みかばんの前にちょこんと座った(長男によると、犬は手を私の荷物の上に乗せて合図したそうだ)。農産物を調べる犬らしく、警察官が「フルーツかなにか、入ってますか」と私に聞いた。

「ノー!持ってません。えーと、日本のお菓子には小豆のゆでたのがはいってますけど。あとは、クッキーと、なんだっけ」と回らない頭でジッパーを開けては説明した。警官は私に1枚の紙を手渡し、「これをあっちの人に渡してください」と指差した。

そっちには別の係員がいた。「農産物は何も持ってないんですけど。ぜんぶ出しましょうか」と聞いたら、「いや、いいですよ」とすく釈放してくれた。

警官も係員もまったく高圧的ではなかった。ごくビジネスライクな対応に、NYに戻ってきたんだなと思った。

いくら訓練された犬でも間違えるのか。でも、警官は犬を褒めて、小さいおやつを口に入れてあげていた。こんなことなら、みかんの一つでも入れておけばよかった、ビーグルのお手柄になったのになどと妙なことを考えた。

今思うと、姉がくれたお土産に簡易包装のフルーツケーキがあった。でも、あれは生ではない。もしかして、ずっと前にカリフォルニアへ行ったときに、フルーツをおみやげにもらって、そのときの匂いが残っていたのだろうか。あるいは、朦朧として突っ立っていた私を警官が怪しんだのだろうか。

ともかく、警察犬に検挙されたのは生まれて初めてだったが、やましいところがなくても慌てるものだ。


         *


早朝なのに、夫はちゃんと迎えに来ていた。

私は薬のせいでまた支離滅裂なことをペラペラしゃべったそうで、後部座席で横になってからの記憶はない。

目が覚めたら自宅のガレージだった。車の中で5時間も寝ていた計算になる。夫も長男も、熟睡した私をそのまま眠らせておいてくれたらしい。

時差ぼけが治るまで2週間かかるのは毎度のことだが、今回は英語に戻るのに苦労した。脳が対応しきれないのだ。特に最初の2日くらいは話すほうがひどかった。「お母さんの英語、ぐちゃぐちゃだったよ」とあとで長男に言われた。

ラジオを聴くにも、集中しないと頭に入らない。ニューヨーカーの早口には慣れているつもりだったが、こんなことは初めてだった。

年のせいだとしたら、これから先が思いやられる。

次の里帰り目標は2年後。母が元気なうちに、成長した次男を見せるためだけに行く。

次男がそれまでによくなっていれば。



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 |  生活  |  コメント(2)

Comment

次男君のこと、私が気にしてもどうしようもないとは思うのですが、どういう症状なのか、大丈夫なのか気になります。賢くてしっかり物、でも意外と子供っぽいイメージの次男君。本当に早く良くなりますよう。
lumama |  2013.07.06(土) 02:00 | URL |  【編集】

次回は次男君も一緒に行けると良いですね。

早く良くなりますように。
Yuka |  2013.07.08(月) 18:14 | URL |  【編集】

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