スポンサーサイト

--.--.-- (--)


上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。



クリック募金を始めました。下記サイトにて協賛企業のリンクを各社1回クリックすると、1円ずつ募金できます。
    JWordクリック募金

 |  スポンサー広告

穏やかに、夫婦別室 その1

2009.05.01 (金)


うちにはベッドルームが四部屋ある。

一つはマスター・ベッドルームと呼ばれる主寝室で、一番広い。一つは本来はスタディ(書斎)にしていた部屋で、一番狭い。残り二つのベッドルームは、同じくらいの大きさで、子どもたちに1部屋ずつ与えた。

もっとも、小さいときは二段ベッドを1つの部屋に置き、兄弟いっしょに寝起きさせて、もう一つはゲストルームとして空けておいた。ベッドと本棚、小さいデスクがあるだけ。名前通り、ゲスト(泊り客)のための部屋である。

今は、私が主寝室にあるクイーンサイズのベッド、夫がスタディに入れたダブルサイズのベッド、子どもたちは、二段ベッドを分解して、それぞれの部屋でツインサイズのベッドに寝ている。そして、お母さんの部屋、お母さんのベッド、ダディの部屋、ダディのベッドと区別している。夫と私も your room, my room と呼ぶ。

そうして穏やかに暮らしているのだが、こうなるまでにはいろんなことがあった。

*     *     *

私は他の人と付き合ったことも同棲したこともなく、いきなり結婚してアメリカに来た。

最初は、一晩中いっしょで朝起きると横に夫がいるということがうれしかった。結婚するというのはこういうことなんだなあと思った。冷え性だった私は、夫の体温で暖かく眠れるぞと期待した。

現実はそう甘くなかった。

夫は私より一回り大きい。まっすぐに寝ているだけで、掛け布団の6割以上が彼の身体をくるむのに使われる。彼と私が寝返りを打つたびに、その割合が増えていく。

しかも、夫は布団をだっこする癖があったらしく、朝寒くて目覚めると、掛け布団はほとんど彼の身体に巻きつき、私には端っこがほんの申し訳程度にしかかかっていないことがしょっちゅうあった。

それでいて、夫は暑がりだった(だったら、布団を明け渡せ!と思った)。しかたないので、私の上にだけ毛布をかけたり、セーターを着てみたりしたが、それでも寒い。

夏になって、夫がエアコンを終日がんがん入れっぱなしにすると、私の死活問題になってきた。寒くて眠れないのだ。

掛け布団の攻防だけでなく、夫のいびきという難題があった。耳栓をしてみたが、効果なし。だいたい、異物感が気になるし、夜中に外れてしまう。

さらに、私は朝型、夫は夜型。2人とも、夜寝る前はベッドの中で本を読むのだが、私の方がたいてい先に眠くなる。夫の側の電気はいつまでもついている。私は明るいと眠れないのだ。

子どもが生まれる前は、時々ゲストルームに避難した。私だけでなく、夫が気を使ってゲストルームで寝たこともあった。

長男が生まれて、ベビーベッドを買ったが、添い寝もしたので、主寝室のベッドは狭くなった。それでも、夫と私はまだ一緒に寝ていた。

2年後に次男が生まれ、長男のときより産後の肥立ちはよく、2人目という精神的余裕もあったが、私は疲れ果てていた。とにかく、10分でも長くまともに眠りたい。

夫は、長男といっしょにゲストルームで寝ることが増えた。それで、私は主寝室のクイーンサイズ・ベッドを独り占めした。

泊り客があるときだけ、子どもたちは二段ベッド、夫は主寝室へ戻った。

*     *     *

次男が生まれて3ヶ月くらいたった頃、私は産後うつではない重症のうつをわずらい、歯車が狂い始めた。

抗うつ剤で持ち直したものの、精神状態はよくなく、毎日自責の念にかられていた。そんなとき、夫が出張先のタイで若い女を買い、私はおかしな海外送金の言い訳にピンと来て、夫のパスワードを探し当て、メールを全部読み、彼が何をしていたかを突き止めた。

タイには2人いて、最初の女とはすぐに切れたようだったが、次の女とは何ヶ月も続いていた。英語ができないので、友達に代理でメールしてもらっていると書いてあった。電話の記録でも、ひんぱんにかけているのがわかった。

それが発覚してからの1年間は修羅場だった。

証拠を突きつけた私に夫は開き直り、私を罵って責め、私は夫の変化にショックを受けた。夫は、もう一緒に寝ないと宣言して、ゲストルームに自分の本や服を運び出した。

そんな態度を見て、私は自分を責め始めた。でも、その前から服用していた抗うつ剤のせいかどうか、これが原因でうつがぶり返すことはなかった。世間にはこんなのはよくある話じゃないか、と頭の隅っこで考えた。精神的に追い詰められていたが、重症のうつの苦しみの方が何倍もひどいと思った。実際、うつから完全には抜け出していなかった。

私がカウンセリングに行こうと提案し、最初は夫婦で通ったのだが、そのうち私だけになった。他に、誰にも相談できる人はいなかったし、相談したいとも思わなかった。誰にも何も言わず、表向きは平然とふるまっていた。

夫も私もやり直すことに同意し、夫はもうタイ女とは手を切ったと言った。私は密かにメールをチェックし、まだ関係が続いているのを知っていたが、もう会わないだろうし、言葉が通じないんだから、と黙っていた。

しばらくして、夫がシンガポールに出張することになった。カンファレンスだし、同僚も出席するし、タイ経由じゃない、と夫は予防線を張った。

私は何も言わずに夫のメールを盗み読んだ。夫はタイ女とシンガポールで落ち合う約束をしていた。会社が予約したホテルとは別に、彼女のホテルを自分の名前で予約していた。

次回その2に続く)


<今日の英語>

You get the last word.
あなたが最後の発言者です。


オバマ大統領が就任100日目の記者会見で、手元のリストを見ながら発言を許可する記者を指名していた。残り時間5分になって、最後の人の名前を呼んで、言ったセリフ。

複数のゲストがインタビューされるとき、もう時間がないので、じゃあ最後はあなたにお願いします。というときも聞く。ディベート(討論)においては、ラストワードを言ったものが勝者なのだそうだ。詳しくはこちら



クリック募金を始めました。下記サイトにて協賛企業のリンクを各社1回クリックすると、1円ずつ募金できます。
    JWordクリック募金

テーマ : 国際結婚 - ジャンル : 結婚・家庭生活

 |  わたし  |  コメント(2)

Comment

今日は。
育児で朝も夜もない様な毎日の中、大変辛い思いをされましたね。。。夫婦二人だけで解決出来ない事も長い結婚生活の中であると思いますが、旦那様の様な方法で第三者が入ってしまうとまたそれによって新たなわだかまりが出来てしまいますよね。
何も状況を知らない私が言う事なので。。。でも、旦那様がした事は「旦那様のチョイス」でした事ですから、コマッタ様のせいでは無いと思います。生意気な事言ってごめんなさい。
情熱*おねぇ様 |  2009.05.01(金) 10:57 | URL |  【編集】

色んな夫婦の形があるな、と改めて思いました。うちの夫婦も 色々あります。だって、他人ですもの、所詮。だけど、夫婦ってのは、いつまでも他人なのに、一番 近い他人。親にも見せない醜い自分をさらけ出す相手。 不思議ですね。

一人目が生まれて、私も 軽いうつになって、でも、知らないうちに治ってた。で、そうそう、一緒にベッドに寝るって言うのは、旦那のいびきに耐えるという事で、あとは、ふとんの争奪戦。私は、暑がりだから、夏はいいけど、冬は、いらつきます。寒い時は、温かい体温は有り難いけど、いびきと荒い鼻息には閉口。だから、少し、放れて寝てるけど、それが 旦那には不満らしい。愛情がない、と、文句言うけど、私、腕枕で 一度も快適に寝た事なんてないもの。なんかね、アメリカ人って、体と体がくっついてないと、心が満たされないんじゃないかなと思います。不安になるっていうか。まぁ、小さい時から、ハグだのキスだのスキンシップを常にするから、それがないと、不安になるのかな。
まみぃ |  2009.05.02(土) 07:30 | URL |  【編集】

コメントを投稿する

URL
コメント
パスワード  編集・削除するのに必要
非公開  管理者だけにコメントを表示  (非公開コメント投稿可能)
 

▲ページトップへ

Trackback

この記事のトラックバックURL

→http://halfwaymark.blog114.fc2.com/tb.php/96-ff85224c

この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

この記事へのトラックバック

▲ページトップへ

 | ホーム | 
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。