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さようならカリフォルニア

2013.03.24 (日)


去年の9月も終わりごろ、「お父さんに電話しなくちゃいかん。なにか大事な話があるらしい」と夫が言った。

高齢だし、持病も抱えているし、いやな予感がした。しかし、本人が電話できるなら、まだ大丈夫だろうと思った。

電話といってもスカイプで、義父は性能のいいヘッドフォーンをつける。それでも、聞こえにくいらしく、例によって夫は同じことを何度もくりかえし、しまいには怒鳴っている。

しばらくして自室から出てきた夫は、どこから話したらいいのかわからないという顔をしていた。

「お父さんとリンがユタに引っ越すそうだ。ウェンディのところに。」

彼らは私がアメリカに来る前から南カリフォルニアに住んでいた。一度引っ越したが、車で30分も離れていないところだった。どちらもGated Communityのコンドミニアム。どちらにもプールがあった。新しいほうはもっと広くて、見晴らしがよく、テニスコートが6面もあった。

予期しないニュースに私も半信半疑だった。

ウェンディはリンの下の娘である。彼女の子どもたちは州外の大学寮住まいなので、今はご主人と2人だけで暮らしている。

「いつ引っ越すの? 今の家はどうするの?」と私。

「もう家は売れたんだそうだ。それで10月中には引き払うんだそうだ。言い値で売れたそうだよ。」

「あなたは引越しのこと、知ってた? 家を売りに出してたのは知ってた?」

いや、ぜんぜん。いまさっき聞いたばっかりだよ。いつ売りに出したのか知らないし、そもそもいつ二人が引越しを決めたのか、考え始めたのかも知らない。詳しい話が知りたければリンに聞くといい」と夫。

私は唖然とした。


          *


義父は88歳。後妻のリンは73歳。

義父が80を過ぎたころから、リンの負担は大きくなった。運転はもちろん、すべての家事や雑事を彼女がやった。隔週で掃除のおばさんや庭師が来ていたが、義父の薬の管理や、何度かの入院やリハビリもすべて彼女が付き合った。

15歳年下だから、まだどうにかなったんだろう。

リンは二人の娘と仲がよく、私がカリフォルニアにいるときも毎日何度も電話しているのを見かけた。とくに下の娘のいるユタには、ホリデーやスキー以外にもたびたび泊まりに行き、たまにうちにも電話がくると、「いま、ユタにいるの」ということもよくあった。

リンは私にもいろんなことを話し、排尿のコントロールができなくなってオムツをつけている義父について、「あの臭いはがまんできない。もし大きいほうの始末が自分でできなくなったら、老人ホームに入ってもらうわ」ときっぱり言い切った。

オムツをしていても、たまには漏れたり、リンが考えるほど義父が頻繁に取り替えなかったり、なかなか難しいらしい。老人看護とは無縁な私は、だまって聞いているしかなかった。

それにしても、と彼らの引越しニュースは私には不可解だった。

まず、実の息子に何一つ相談しなかったこと。家が売れてからの事後報告だった。引越しの手伝いの打診すらなかった。

夫と義父は仲が悪いわけではない。月に2、3度は話す。たまに数週間も連絡を取り合わないこともあった。引越しの決断をしてから、夫と義父が話す機会はあったはずだが、義父は秘密にしていたのだ。

もちろん相談する義務はない。独立した大人同士の話だ。仮に夫に事前に説明されても、遠方に住む夫や私にできることはなにもない。

なんといっても自助と個人主義の国である。


            *


アメリカ人はよく引っ越す(一般論)。

転勤がなくても、新婚でスターター・ハウスという小さめの家に住み、子どもが生まれると郊外の一軒家を買い、空の巣になると小さめの住居にまた引っ越すという具合に住み替える。国土が広いために、大学進学や就職でアメリカ大陸の反対側へ長距離移動することもよくある。だから、州をまたいでの引越しは珍しくない。

日本の田舎にいる実家の母やおばたちが結婚以来ずっと同じ家に住んでいるのが不思議なくらいだ。

Mother/Daughter House という物件が昔からあるように、年老いた女性が(おそらく夫には先立たれて)実の娘と日本で言う二世帯住宅に住むのは、アメリカの老後のひとつのパターンと思われる。

自助の精神と相反するようだが、人生そうなにもかも割り切れないといったところか。

リンは昔の怪我でどれかの指が少し不自由だ。それに、義父の世話に疲れていた気配がある。テニスをしたり、ゲート内の花壇プランの会合に出たりしていたが、近所との行き来はなかった。仲良しの未亡人は車で1時間も離れたところにいたし、心細くなったのかもしれない。

ユタ州の家は建て増しをして、かなり大きいらしい。老夫婦が来ても、じゅうぶん対応できると思われる。

リンはスキー用にコンドミニアムをタイムシェアで持っている。それほど熱心なスキーヤーで、しょっちゅう訪れていたのだから、引越し先の第一候補にもなっただろう。義父はプールにも行けなくなり、せっかくの南カリフォルニアのビーチも無縁になってしまっていた。

それに、娘のウェンディは元看護婦。持病を抱える義父になにかあったとき、頼りになる。なによりも、リンは娘たちと親密で、まるで隠し事がないような関係だ。

いろいろ考えると、じゅうぶんありえることだ。転居はリンの意向だろうと思う。


           *


いや、それでも、と私はすっきりしない。

私がそういう年齢になって家を引き払い、他州に引っ越すのが想像できないのだ。それも同居するために。

こちらは娘ではなく息子だが、子どもの生活を邪魔したくない。もし子どもたちが誰かと一緒に住んでいたら、私は一瞬たりともリラックスできない。嫁姑のいざこざは世界共通。特に、私のように好き嫌いが激しくて、文句ばかり言う人間には他人との同居は無理である。

仮に、子どもたちの家が大きくて、非常によくできたお嫁さんだとしても、私は住み慣れた州から出たくない。NYからNJ、NYからCTくらいならまだしも、カリフォルニアからユタみたいに気候も雰囲気も思想もちがう土地への引越しには抵抗を感じる。

だいたい、せっかく見つけてなじみになった歯医者や主治医や婦人科医から離れて、ゼロから探す気力はない。やっと頭にはいった地理だってやり直しだ。

20代30代ならまだしも、80を過ぎてはありえない。

「住めば都」だろうか。出不精の私は、どこに住んでも同じかもしれない。しかし、年老いてからの引越しは考えるだけで厳しい。

体の自由が利くうちはコンドミニアムかアパートメントに住んで、早めにAssisted Living Facilityに移って、そこが終の棲家になれば理想だが、先立つものはお金である。その前にボケるかもしれないし、大病をするかもしれない。

いまはっきりわかっているのは、もう私はカリフォルニアに行く用事がなくなったということである。


<今日の英語>

This side drops off quickly.
こっちは急斜面になっている。


ハイウェイの途中で、片側のガードレール下を指差した夫の一言。先週、そこでトレーラーが横転して崖の下に落ちた。たいした高さではないが、大渋滞になった。反対側は盛り土がしてあり、道路の端っこがすぐ断崖ではない。



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