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巣立ち その3

2012.10.08 (月)


巣立ち その2 の続き)

引越しの日にセレモニーがあるとは知らなかった。

ナーサリー・スクールのままごとみたいな「卒業式」と、つい2ヶ月前のハイスクールのgraduation 以外、学校関係で式らしい式はない。これはおそらく入学式に相当するのだろうと予想はつくが、入学に際してそんなセレモニーがあること自体、初耳だった。

どの学年でも入学式や始業式はなく、初日から授業をし、なんとな~く新学期が始まるのが常だったからだ。

当日の朝、長男がもらった書類のなかに”New Student Undergraduate Convocation”という案内状があった。

convocation は「会議などの招集、大学の卒業式などの集会」を意味する。こんな単語も初耳で、またしても長男のおかげで語彙が増え、次男のときには「ああ、あれね」となるのだ。

案内状によれば、Provost(学務局長)以下、学長、学部長ら数名がスピーチをするらしい。その後、farewell zoneでfinal farewellsをすると書いてある。

まったく大げさな。

私も長男がハイスクールを卒業し、大学への引越し準備を進めるにつれて、感慨深い気持ちにならなかったわけではない。しかし、カレンダーを見ると、9月に入学して、11月末には感謝祭の休みである。クリスマスにいたっては、おそらく3週間以上も休暇になる。

ちょっと長めの泊りがけサマーキャンプに参加しているようなものだ。

最後のお別れなんて、聞いてるほうが気恥ずかしくなる。


             *


しかし、どっぷり感傷モードにひたっている親も少なくなかった。

私の隣に座った中年女性は、スピーチが始まる前からメソメソして、しきりに目をぬぐい、鼻をかんでいた。「あの、あと2ヶ月半で感謝祭ですよ。すぐ帰ってきますよ」と喉まで出かかった。

セレモニーは、屋外の巨大なテントで行われ、学生用の席をはさんで、左右に保護者用の席が並び、正面には簡単な壇上と教授用の椅子が設置してあった。

突然バグパイプの音がして、スコットランド風の衣装を身に着けたおじいさんが1人、後方からやってきた。曲名は知らないが、パレードなどでよく聞くのと同じだった。

夫が「あのバッグに空気を貯めて押してるんだよ、」と小声で言い、私は「バグパイプ」のバグはbagであることを悟った。カタカナでは bug(虫)の発音に近い。音楽方面に疎い私はあの大きな楽器の「袋」には気がつかず、見えてもバグとbagがつながらなかった。きっと頭の中ではbagpipeとbugpipeが共存していたのかもしれない。

アメリカ生活23年、言葉の壁は厚い。

セレモニーは、40分程度の簡単なものだった。スピーチはさすがにどの教授もうまく、ユーモアにあふれていた。美術の学部長が生真面目なのは意外だった。アーティストは言うことも奇抜だろうという根拠のない思い込みである。

最後に、学生が起立して宣誓した。

ある教授がなにごとか言い、学生が復唱したのだが、はじめは「勉学にベストを尽くし、視野を広げ」などといかにも真面目だったのに、途中からは「きちんと睡眠時間を取り、栄養を考えた食生活をし、『お金を送って』という以外の理由で親に定期的に電話をし」と脱線し始めて、テントの中に笑いの渦が起きた。

再びバグパイプの先導で学生は退場。出口で係りの人が一人ひとりに白いカーネーションを渡していた。

まさかあの花代は授業料に含まれていたのではあるまいか、とケチな私は眉をひそめた。


           *


親子の「お別れエリア」は、キャンパス横の道路で、学生と親たちがごちゃごちゃと入り乱れた。

小柄な長男が見つかるか心配だったが、すぐに会えた。そして、「はい、これ」と長男は私に白いカーネーションを渡した。

あれは親にあげるためか! 私にすれば、白いカーネーションは「死人」に関係あるので、長男が受け取るにしろ私がもらうにしろ、ギョッとする。花の意味は各国でちがう。調べたら、アメリカでは white carnationは pure love, sweet love, innocence だそうだ。

私は子どもとハグする習慣はない。周りはハグとキスの嵐で、ちょっと気まずい。なぜか夫は長男にお辞儀して別れた。なにをアピールしているのだろうか。

私は長男の肩をポンポンとするだけのつもりが、長男がハグしてきた。こんなに細いのかと思った。

「悪い女にひっかからないように」と忠告しておかねばと前々から考えていたのに、「じゃあ、元気でね」で別れた。

しかし、その後、学生用のビュッフェに夫が横入りして、ちゃっかりチキンを取り、私にも「あのビーフを1つ取ってくれ」と押し付けた。ばったり再会した長男に「見てこれ。子どもだけでしょ。親は食べちゃいけないんでしょ」とこぼすと、「いいよ、いいよ。気にしなくて」とまったくどっちが親なんだか。


           *


用が済んだら、私は一刻も早く帰りたい。

留守番をしている次男をコンピュータから引き離さねばならない。猫にご飯もあげなくてはならない。次男は猫トイレの掃除ができない(どうしても触れないと言う)ので、それも気になる。

夫の運転でケンブリッジから出て、マサチューセッツ・ターンパイクにのり、最初の休憩所で運転を交代した。夫が眠いというので、家まで私がずっと運転することにした。

往復も2回目で、日曜の夕方とあってラッシュもない。順調に進んでいたが、急にあたりが薄暗くなった。ついこの間まで8時でも明るかったのに、いつの間にか日が短くなっていたのだ。

私はここ2年くらい、夜の運転が難しい。昼間も道路の名前は読みにくいが、暗いと本当に苦労する。

夫に代わってほしいが、もう休憩所がない。コネチカットの西部ならいくらか慣れているので、とにかく早く進むしかない。ハンドルにしがみつくようにして、前のめりになる。夫があれこれ口を出すが、相手にする余裕はない。

GPSがあるのだから、どこの出口で出てもどうにかなるのに、夫は交代すると言わないし、私も出口に出ることすら難しくなっていた。

当然スピードが落ちる。いくら交通量が少なくても、主要ハイウェイである。生きた心地がしなかった。運転しなかった夫も、あんなにヒヤヒヤしたことはないと家に着いてから言った。じゃあ、なんで代わらないのよ?


           *


もうクタクタで何をする気力も残っていない。

せめて風通しをよくしようと、長男の部屋のドアを開けた。

床には、パジャマのズボンがおそらく朝脱いだときのまま、部屋の真ん中にあった。2本足が小さく突っ立っているような形で、シャツはぐしゃぐしゃですぐ横に落ちていた。

なに、これ?! 

部屋を片付けてから大学へ行くんじゃなかった? 

見渡すと、クロゼットの中の引き出しも開けっ放し、買い物袋や自分の描いた絵や他の服も無秩序で床に広がっている。前日遅くまで荷造りをしていたらしいが、片付けるという概念はないのだ。

夫に知らせると、「ワンダフル!そのままにしておこう。長男がいたときのままで、まるでまだ家にいるようで素晴らしいじゃないか。いつもぼくを思い出してっという長男のメッセージだよ」とふざける。

私の疲れは倍増し、ともかく無事に長男を送り届けた安心感から、また次の日は寝込んだ。



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