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「寂寥郊野」

2012.03.12 (月)


この本(せきりょうこうや)は書評を読んで興味を持ち、日本から取り寄せた。

1993年の芥川賞受賞作だったので迷った。最近は(昔からか?)賞を取る小説にガッカリすることが多くなったからだ。

たとえば、たまたま人にもらった雑誌に載っていた「乳と卵」にはまったく感情移入できず、肩透かしをくらった。独りよがりの戯言といった風情で、私には文体も内容もどこがいいのかわからなかった。

賞を取った作品だから読もうとは思わない。むしろ、受賞作は避けたいほどである。しかし、「寂寥郊野」は気になった。

文庫本のカバーにはこう書いてある。

「朝鮮戦争で来日したリチャードと結婚して幸恵がルイジアナ州バトンルージュに暮らしはじめて三十年。その幸恵の言語崩壊が始まり症状は目に見えて進んでいく。(中略) 国際結婚と老いの孤立を描く現代文学の秀作。」

50歳の私には身につまされるテーマだ。

シェリ」と同じく、これも1997年に映画化されていた。

題名は「ユキエ」。倍賞美津子とボー・スベンソンが老夫婦を演じる。映画の解説を読むかぎりでは、原作とだいぶニュアンスが違う。本には出てこないエピソードがいくつもある。

1997年といえば、うちの次男が生まれたあとで、私はひどい鬱になり、映画や本どころではなかった。インターネットも使えなかったし、この映画は記憶にない。


           *


物語は1990年の秋に始まる。

幸恵は64歳。元空軍パイロットである夫のリチャードは70歳に手が届こうとしている。息子2人はすでに独立した。

アトランタ在住の長男マイケルの妻は日本人の由美子、5歳の息子が1人。サンフランシスコに住む次男ランディは独身だが、日本で仕事したこともあり、日本人の婚約者がいる。

退役後に手がけた事業のパートナーに裏切られて、リチャードは財産を失い、軍人恩給だけが頼りの生活は苦しい。かつて空軍の同僚だった友人に、就職の斡旋を頼むほどだ。

幸恵には、自分と同じく戦争花嫁として渡米した日本人の友人が4人、また教会で知り合ったアメリカ人の友人も数人いる。

     【注: 結末を知りたくない人は、ここから先を読まないように】

経済的な問題を除けば、老夫婦は平凡に暮らしている。

幸恵が渡米した当時の苦労は描かれていないが、少なくとも現在は夫との会話も問題なく、自分の意見をはっきり言える女性である。アメリカに根を下ろし、すっかりなじんでいるように伺える。

しかし、徐々にぼけ症状が出てくる。夜中に焚き火という奇妙なことをして、しかも覚えていない。感情的になる。被害妄想が強くなる。迷子になる。

夫が医者に連れて行くと、鬱病かアルツハイマーの初期症状という診断で、抗鬱剤を処方される。

リチャードは、ビジネスの失敗による心痛が引き金だったと信じ、なんとか当時の判決を覆そうとするも、無駄な抵抗に終わる。

そのうち、幸恵の友人たちが彼女の変化に気づく。ただの疲れだ、ストレスだと思い込もうとしたリチャードもごまかせなくなり、クリスマスに帰省した息子たちに打ち明ける。

ここで、次男の嫁が日本人であることが意味を持つ(長男の日本人婚約者は日本にいるという設定で同席しない)。

なぜなら、ディナーの最中に幸恵が突然日本語を話し出したからだ。

その場でリチャードだけが日本語を理解できず、慌てる。彼は、自分のいるところで日本語を話すなと妻に命じていた。彼女はずっとそれに従っていたのだ。

幸恵の症状が悪化するにつれて、教会からも足が遠ざかり、幸恵のアメリカ人の友が心配して様子を見に訪れる。

その頃には、幸恵は日本語しか話さなくなっている。友人たちがリチャードに幸恵が何を言っているのか尋ねるが、「私には日本語はわからない。(中略)だから、さっきユキエが何を喋ったのか、説明することはできない。」

空軍の友人から整備の仕事を紹介され、パートで採用されたものの、幸恵の状況からしてリチャードは家を空けることはできないだろう。絶望的である。

それでも、彼は妻の友人たちに淡々と心境を語る。


          *


この先どうするのか、何も示されないまま話は唐突に終わる。そこが消化不良で物足りなかった。

寂寥郊野にはソリテュード・ポイントとルビが振ってある。

Solitude Pointはリチャードの農薬散布ビジネスで事故が起きた土地の名前なのだが、「孤独な位置」とでも訳せる。

異国で回復の見込みのない病に冒され、崩壊していく幸恵といい、長年連れ添った妻の話す言葉が理解できないリチャードといい、いっしょに暮らしていながら一人ぼっちなのだ。

苦しい家計から治療や看護の費用をどうやってまかなうのか、考えただけで気が滅入ってくる。

「寂寥郊野」という硬い題名は最初から好きではなかったが、話を読み終えて改めて見ると、字面からして殺伐としていて、ますますどんよりした気分になった。文庫本の装丁も茶色っぽい草原の暗い写真で、寒々しい。

「シェリ」と違って、すぐに読み直す気にはならない。でも、この本はしばらく手元に置いておこうと思う。


          *


気になることがいくつかあった。

幸恵は、知人から「アメリカに来て、何年になる?」と聞かれ、「三十七年になるかしら。朝鮮戦争が終わった年よ。それから日本には、一度も帰っていないわ」と答える。リチャードのビジネスがうまくいっていたときは、経済的に豊かだったのに、なぜ帰らなかったかという説明はない。

1950年代ならともかく、1980年代なら飛行機の旅もかなり一般的になっただろう。私は自分が毎年のように里帰りをしていたので、それほど長い間に一度も帰国しない人を想像するのが難しい。

それほど長い間離れていても、ぼけたら母国語になったということを強調するためか。

もう一つの疑問は、子どもたちの日本語教育である。

リチャードの前では日本語を使わないというルールで、どうして2人の息子が日本語を覚えたのか

クリスマスに突然母親が日本語を話したら、次男は日本語で流暢に答えた。彼は日本語ができるから日本で仕事をしたという設定になっているし、長男も日本語を理解しているようだ。

ありえない。

百歩譲って、2人とも大学で日本語を勉強したとしても、バイリンガル教育の現実と違いすぎる。

それに、どちらも日本人女性と結婚するという設定は、都合がよすぎる。

小説にそんな細かいことを追求されても作者は困るだろうが、私は文句の多い読者である。それに、こういう話にはリアリズムを期待してしまう。


           *


幸恵は積極的だ。教会でボランティアをしたり、日本人・アメリカ人とも努めて親しく付き合う。

見上げたものである。社交嫌いの私とは大違い。

しかも、閉鎖的な南部である。おそらく専業主婦だったのだろうが、子どもが学校で人種差別を受けたときには、先生に文句を言いに出かけたりもしている。

彼女はいったいどこで英語を勉強したのだろう。米兵とのやり取りで覚えたのだろうか。日本人がほとんどいない土地であれば、英語を話さざるを得ない。チャイナタウンで暮らす中国人が英語を覚えなくても生活できるのとはちがう。

彼女の父親が岩国基地の中で洗濯屋を開いていて、そこで米軍兵士のリチャードと出会ったという設定である。

戦争花嫁は、二度と日本の土を踏めない覚悟で海を渡ったと聞く。親の反対や世間体もあっただろうし、アメリカは遠い国だっただろう。

若い日本人がアメリカ人との婚姻を国際結婚と呼ぶようになった昨今、戦争花嫁だった自分たちとは違うと幸恵が嘆くシーンもあった。


           *


幸恵が日本語しか話さなくなる背景には、夫の前で日本語を禁じられたことがからんでいるかもしれないと思わせる。

どこにいてもアルツハイマーになる人はなるのだろうが、外国に暮らすストレスが当人の気づかないうちに心身に影響を与えているという説を聞いたことがある。

幸恵の場合、おそらく大人になってから覚えたであろう英語がまるで蒸発したように消えてしまった。

現実にそうなる人もいるらしい。子どもに日本語を教えなかった場合は、老人ホームでも会話ができず、誰かが通訳せねばならない。

何語でも通じないほどぼけるのは哀しいが、ぼけていないのに英語だけ忘れてしまったという場合も惨めである。

英語を話すのがめんどくさいと思う今日この頃。

「おかあさん、日本語ばっかりしゃべってるから、英語がうまくならないんだよ」と偉そうにのたまう次男にカチンときながらも、そりゃそうだわと反省しつつ、「でも、ダディには英語でしゃべってるじゃない」とむなしい反論を試みる。

英語がうまい、へただなどと論じる余裕があるのは、ありがたいことである。


<今日の英語>   

He is a head taller than you.
あいつはきみより頭一つ大きいな。


次男と並んで立っていた私に、夫が一言。



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 |  本と映画  |  コメント(1)

Comment

kometto3さんのおかげでダイジェスト版が読めました、
ありがとうございます。

さてさて、今回の小説は国際結婚組は多かれ少なかれ
興味がある問題ですよね。
ただ私がTVで観た母国をずっと離れた人の状況とは真逆
の内容です。
私が観たのはロシアの残留日本人兵。
自分の名前と両親の名前がかろうじて言えるだけで
すっかり日本語を話せなくなっていました。
それから在日朝鮮人のおじいさん。
TVの捜索で祖国にいる親せきを見つけてもらいテレビ
で会話したのですが、おじいさんの話す朝鮮語を誰も
理解できませんでした。
ただ、本人は正しい朝鮮語を話しているつもりのようでした。
最近見たのは満州でロシア人と駆け落ちした日本人女性。
日本に住むお姉さんと話したいと言って、skypeのような
感じで会話していましたが、妹の言葉はどう聞いても
日本語が半分のロシア語でした。
大人になって外国に住む事になっても母語を忘れてしまうんだ、
と思い衝撃的でしたのでとてもよく覚えているTVの内容です。
ひまわり |  2012.03.13(火) 16:28 | URL |  【編集】

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