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夫が退職した日

2012.02.08 (水)


夫は去年の12月6日付で正式に退職した。

年齢と勤務期間により、リタイア(引退)の扱いとなった。

障害給付期間が終わったのを機会に、半年以上前に元の上司に退職届をメールしたのだが、なぜか手続きに手間取った。電話はたらいまわしされ、問い合わせる部署によって、すでに退職したことになっていたり、まだ休職扱いだったりした。

どこかで事務処理が滞っていたと思われるが、結局なにが問題なのか最後までわからなかった。夫は「もうほっとけ」と言い、私もどうでもよくなって、成り行きに任せることにした。

その間、休職前と同じように健康保険が使えたのはありがたかった。毎月の保険料も、通常の社員と同じだった。

その点だけは中途半端な状況も悪くなかった。

11月には次年度のための健康保険加入手続きをした。現役社員としての保険料が提示され、確認のメールが来た。やはり、まだ退職扱いではなかった。

12月になって、会社から夫宛に封書が届いた。私は開封せず、台所のカウンターに置いた。たぶん福利厚生の確認だろうと思った。

1週間ほど経っても、夫は中身を確かめなかった。私は郵便はその日に開けるたちなので、だんだんイライラしてきた。そして、ある日「これ、健康保険の話だと思うけど、開けるわよ」と夫に告げて、レター・オープナーを手にした。

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社員番号 xxxxxx
退職日 2011年12月6日

我が社の退職者の方へ

このたびは退職おめでとうございます。長い間、我が社のために働いてくださったことに感謝の意を表します。

退職者のバッジを同封します。氏名、社員番号、退職日が記載してありますので、大事に保管してください。

退職者向けの福利厚生に関する冊子を同封しました。ご質問等ありましたら、従業員サービスセンターまでお問い合わせください。
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あっさりしたものだ。バッジと言っても、ただの紙である。

夫に見せると、「やっと決まったか。なんだかほっとしたよ」と言った。


          *


夫は16年間この会社に勤めた。アメリカでは長いほうかもしれない。その前の会社でもやはり15年以上働いていたので、そう頻繁に転職した人ではない。

私はせめて子どもたちが大学を卒業するまで、今の会社にいてくれるだろうと思っていた。毎月2回の給与振込み、年1度のボーナス、大企業の健康保険その他の福利厚生、401K。

しかし、そのシナリオは夫がパニック・アタックを起こした日に変わってしまった。

夫の会社では、ときどきレイオフがあった。

夫はそのたびに「今度は危ないかもしれない」と言いながら、一度もレイオフされずにすんだ。でも、仕事には自信があり、妥協を許さない夫の性格からして、上司や同僚とぶつかることが多く、電話のやり取りを聞きながら、私はしょっちゅうハラハラしていた。

夫はしなくてもいい苦労をしているように見えた。わざわざ自分を難しい状況に追い込んでいるようで、もっと要領よく割り切ればいいのにと思った。

夫は会社の文句を言ったりしながらも、取引先や他の部署からの感謝メールなどをときおり私に見せ、それを励みにしていた。夫のやり方は敵を作るが、逆に夫を非常に高く評価する人もいた。男女に関わらず、少数の同僚とは親しく長電話をすることもあった。

リストラで人が減ると、仕事量は増えた。夫にとっては無駄としか思えない仕事を命じられ、かと思うと、重要なプロジェクトの期日は早められ、夫のストレスは最大になった。

夫は完璧主義のところがあったので、根をつめて働いた。私は何度か「少しは妥協してもいいんじゃない」と話してみたが、夫は「ぼくもそう思う」と言いつつ、やり方は変えられなかった。


           *


自宅で仕事をする日が増えていった。

夫の会社ではテレコミュートはごく一般的だったが、日本的な感覚で私は気になった。

もともと世界中に散らばっている人たちとの共同作業もあったので、会議電話ができれば場所はどこでもよかったのだ。それにしても、あまりにも家にばかりいて、たまには顔を出すとか郵便物を片付けるとかしなくていいのかと私は心配した。

私は子どもが生まれてからずっと専業主婦だったので、夫の収入だけが頼りだった。いつリストラがあるかもしれないのに、これ以上上司の覚えが悪くなるようなことはしてほしくなかった。

夫の上司はしょっちゅう入れ替わった。しかも、たいていは遠く離れたところにいる人たちだった。ただでさえ夫の仕事に興味のなかった私には、ぜんぜん覚え切れなかった。

最後の上司リサだけは印象に残っている。彼女のオフィスはシカゴだった。

リサは夫の悩みを理解していたが、どうすることもできなかった。彼女は、彼女の上司からせっつかれて悩んでいたのだ。彼女も鬱でカウンセリングに通っていた。結局、夫が休職したあとで、彼女もしばらく会社を離れた。彼女の場合は、自閉症の疑いのある子どもがいて、ご主人との離婚話も出ていたので、夫の相談に乗れる余裕はなかった。

それでも夫のためにできるかぎりのことはしてくれた。夫とかなりフランクに話し合っているのを何度か聞いたことがある。

夫の休職中にも何人もがレイオフされていた。


           *


夫がいきなり退職したら、私もショックが大きかっただろうが、病気のために短期・長期で休職したのがクッションになり、夫が退職するという考えにだんだん慣れていった。

夫の症状は落ち着いたし、うちにはそこそこの貯金もあった。まだ引き出していないが、ありがたいことに終生年金もある(夫が入社して数年後に経費削減の対象となり、若い人たちは当てに出来なくなった)。G氏のビジネスはまだ利益が出ていないので、夫は雇われていない。それでもG氏に頼られて、アドバイスをしたり資料を探してあげたりしている。なにもすることがないよりはいい。

夫が退職してよかったことがある。

まず、もうレイオフの心配をしないでいいこと。

それから、大組織の中での人間関係や勢力争いに悩まされないこと。(ときにして無能な)上層部の理不尽な要求に我慢しなくていいこと。それによって、夫のストレスが軽減されたこと。

夫はまだカウンセリングに通っているし、薬はおそらく一生飲み続ける必要があるだろう。年齢と病歴からして、これから一般の会社に雇われることはまずない。G氏のビジネスが軌道に乗って、正式に社員となれたら一番ありがたいが、どうなるかわからない。

実家の母は、夫が大会社に勤めていたので安心していた。これから子ども二人が大学に行くのに、夫が退職したと知ったら心配するだろうと、なにも知らせていない。躁うつ病のことも、パニックアタックのことも何一つ話していない。

母には、私がアメリカでお気楽な生活をしていると思わせておきたい。


<今日の英語>  

Take it or leave it.
条件をのむか、のまないかの二つに一つ。


アメリカン航空がリストラの一環で従業員の15パーセントに当たる13000人の解雇や年金の廃止を提案したのを受けて、あるビジネスマンがコメント。「組合はもちろん反対しているが、破産裁判所で合理的な再建策だと認められれば、従業員には交渉の余地はない。」 直訳は、目の前に差し出されたもの(条件)を取るか、それとも手を触れずにそのままほっておくか。



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