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ERでMRI その1「混乱」

2012.01.27 (金)


昨秋の季節はずれの大雪で立ち往生した日、長男は空手教室で腹部に怪我をした。

その前の週にも「ここが痛いんだよね」と言い、私も長男もただの筋肉痛だろうと思った。でも、なかなか痛みがひかず、お腹に力が入らないと言い始めた。

空手ではなくて、どこかにぶつけたのかと聞いたが、そうじゃないと言う。外傷はないし、熱もない。

そのうち、多少よくなったり、やっぱり痛かったりした。そうして迎えた大雪の日の特別レッスンだった。

型と技が決まらない長男に先生がデモンストレーションをして、長男のお腹を打ったらしい。お腹に力を入れていれば問題なかったが、まともに衝撃を受けた長男は体を半分に折り曲げて座り込んだ(私はクラスは見ない。この経緯は、私を呼びにきたよそのお母さんと長男の話を総合したものである)。

私が教室へ入ったとき、長男は立って先生と話をしていた。私は大雪が心配で、そこへ長男の怪我が加わって、欠席しなかったことを後悔した。

その後すぐに停電になり、私は死ぬ思いで吹雪の中を運転した(そのときの話はこちら)。

やれやれひどい目にあったわと落ち着いたあとも、長男のお腹の具合はよくならなかった。


        *


週明けの月曜日、授業後に小児科クリニックに連れて行った。

いつものドクターMは2週間の休暇中で、代理の医師がいた。強いロシアなまりのある中年女性で、長男にいろいろ質問し、触診したのだが、内出血すらしていないので、外からではわからないようだった。

「spleenかもしれません。そのあたりを強く打たれたんでしょう。時間が経てば、痛みも引くと思います」と先生。

Spleenって日本語でなんて言うんだっけ? 私は人体模型を思い浮かべながら、臓器の名前を頭の中で翻訳し始めた。kidneyは腎臓だし、もっと背中よりにあるはずだし、pancreasは膵臓。グランパが手術したgallbladderは胆嚢。あのへんにあって、臓がつくのは、脾臓? 脾臓って何をするところだったっけ?

私が悩んでいる間に、先生は「この痛み止めを飲んでください。もし3日経ってもまだ痛むようなら、電話ください」と処方箋をくれた。

なんだか腑に落ちないが、他には何の症状もなく、それほどたいした怪我ではないように思えた。

長男は痛み止めを飲み、普通に登校した。しかし、痛みはしつこく残った。それどころか、「前より痛くなった」と言う。


        *


3日後、再び小児科クリニックへ。

今度はまた別の女医さんだったが、彼女には何度も診てもらっている。長男の話を聞き、カルテを読み、ロシア系の先生に電話をするために出て行った。

「私もspleen だと思いますが、外からではどれくらいダメージを受けたのかわかりません。ERでMRIをやってください。」

私はギョッとした。これっぽっちでMRI? しかもER? 

長男は過去2回もERに行ったことがあり、保険があってもERの使用料だけで500ドルだった(まだ年の初めで、年間の自己負担分に達していなかったため)。そこでMRIなんかしたら、いったいいくらかかるのか。

「なんでもなければいいんです。でも、もし内臓がやられていて大事になっては困りますから。こんなに長引いているのが心配なんです」と先生は続ける。

「ERじゃなくて、普通に病院にMRIの予約を取って行ってもいいですか」と、ER代をケチろうとする私は粘る。

「う~ん、なるべく早いほうがいいと思いますよ。MRIの処方箋を書きますから、それを持ってERに行けばすぐやってくれます。」

時計を見ると、4時過ぎ。

「いったん家に帰って、夕食を食べてからERに行ってもいいでしょうか」と私は質問を続ける。

ERでは何時間も待たされるのが常である。傷口の縫合とは違って、MRIはすぐに順番が来るとはかぎらない。日付が変わる前に帰宅できる保証もないのだ。空腹では(私が)耐えられない。

「いいですよ。でも、必ず、今日、行ってくださいね。それで結果を連絡してください」と先生は念を押した。私は小児科の指示を無視したことはないのだが、こんなときに自分の夕食の心配をする母親は信用されないのかもしれない。


       *


一刻の猶予も無いほどの重態でないのが何よりだった。

その日の夕食が何だったか、覚えていない。ERでの長期戦に備えて、文庫本や水、ミントをバッグに入れた。不覚にも、チョコレートの備蓄はなかった。

次男には自分でちゃんとやって、早めに寝ることを申しつけ(おそらく、これ幸いとゲーム三昧だっただろう)、夫にはERから電話するかもしれないからヘッドフォンを外すように頼んだ。

夫に代わりに行ってもらおうとは思わなかった。夫に任せると、なにかと話がややこしくなり、しかも肝心なことを抜かしたりするので、こういうことは私がやったほうが早くて確実なのだ。

行きなれた病院のERに向かう。暗くて寒い。ERの待合室にそれほど混んでいなかったが、ヒスパニックの家族連れが4~5グループいて、夕食を食べたのは正解だった。

トリアージュのナースに呼ばれ、痛みの度合いを聞かれる。1から10段階で、長男は6と答えた。

「えっ、そんなに痛いの? 2か3くらいだと思ってたわ」と私は驚いた。

「もっと痛いよ」と長男。

「じゃあ、それらしくもっと大げさに痛いって言ってよ。そしたら、順番が早く来るじゃない」などと不道徳なことを吹き込む。


        *


また待合室へ戻り、しばらくすると別の窓口に呼ばれた。

保険証を出し、書類にサインする。一刻も早く済ませたい私は、もうなんでもいいからサインする。ERで差し出された書類にサインしなかったら、治療は受けられないんじゃないだろうか。どっちみち、いつも同じような医療に関する書類である。

「これに記入してください」とクリップボードを渡された。連絡先や既往症、服用薬などを書く。

「いま飲んでる薬って、あの痛み止めの名前、なんだっけ」と記憶をたどるが、まったく思い出せない。薬のビンを持ってくるべきだった。家に電話するしかない。

長男を待合室において、外に出た。ERで携帯を使っていいのかわからない。

「テーブルに長男君の飲んでた薬があるでしょ。ERの書類に書くんだけど、ちょっと見てくれない?」と次男に頼んだ。

「わかった。えーと、C, Y, C」

「ちょっと待って。I なの、Yなの?」 屋外なのに音が小さいうえ、次男はもごもごしゃべる。

「Y。」

「もう一度最初からやって。AならA as in appleとか言ってよ」と私は注文を出す。しかし、次男はそういう言い方に慣れていないので、適当に思いつく単語を使う。

L as in London とかLarryと言えばいいのに、紛らわしい言葉を言う。寒いのと、長男がいつ呼ばれるのか気が気ではない私は、「ダディに替わって」と次男をクビにした。

夫のところに行ったはずの次男は、しかしまだ受話器を持っている。夫がそばで言うのを、繰り返す方法を取ったらしい。ところが、夫もまともな単語を出さない。

「それ、Pなの?Tなの? PならPeter,TならTomとかTokyoとか、そういうわかりやすい決まったい言い方、知らないの? そんな単語じゃ、おかあさんどっちかわからないじゃない」と怒った。

ネイティブスピーカーが2人もいて、なんでこんなことができないのだ。

私はあきらめて待合室に戻り、長男に携帯を渡した。そうして、やっとCyclobenzaprineというややこしい名前が判明した。

私のほうがERのベッドに横たわりたくなった。

あとになって、夫が使ったのはNATO Phonetic Alphabetだとわかった。それによると、たとえばLはLima、PはPapa。RとLの区別が難しい私にとって、リマはわかりにくい。それに、なんで突然パパが出てくるのか、理解に苦しむ。

(次回その2に続く)




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