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そういえば50歳

2012.01.25 (水)


ブログを休んでいた間に誕生日が来て、50歳になった。

なんの変哲も無い日だった。夫も子どもも私の誕生日は忘れていたが、私は気にならない。アメリカではBig Five O(オー)として盛大なお祝いをする人たちがいる。そんなことをされたら、私は逃げる。

パヴェルは律儀に誕生日カードをドイツから郵送してくれた。ベラルーシで買ったらしく、ロシア語で印刷してあり、英語でメッセージが書き込んであった。「あなたがいくつになったのかわからないけど」という一文は、本当に知らないのか、私に気を使ったのか。

85歳で死ぬとして、あと35年。先は長いが、このところあっという間に1年が過ぎるから、案外すぐ終わるかもしれない。

平均寿命は年々延びる。下手すると、90まで生きてしまう。だったら、あと40年もある。やっと折り返したくらいだ。

私は周りのことにあまり興味が持てない。数字を覚えるのが苦手なせいもあって、人の誕生日や年齢は特に覚えられない。最初から覚える気がないのだから、当然である。

他人どころか、自分の年齢すら怪しくなった。

特に子どもが生まれてからは、2人分の誕生日と年齢とソーシャル・セキュリティ番号、スクールバスの時間、習い事のスケジュールなど覚えるものが飛躍的に増えた。ナーサリースクールだの、スクールサプライだの、補習校の宿題だのとバタバタしているうちに、40歳になったときの記憶がすっぽり抜けている。

その後、病院で年齢を聞かれたり、オンラインでフォームを記入したりするときに、「47? 46か?いや48だったかも」と自信がなくなっていった。「今年の西暦マイナス誕生年」の計算をしたことが何回かある。

50は区切りがよくて覚えやすい。これは助かる。


          *


しかし、私は年齢に実質が伴わない。

仕事はしていないし、家事もさぼってばかり。ボランティアも近所づきあいもしない。時間の余裕がある。それだからこそ、長いブログ記事を書けるわけだが。

読書以外に趣味らしい趣味はない。テニスはしたいが、まだテニスひじがしつこく残っている(雪かきができるくらいに回復したし、硬いビンのふたを開けることもできる。それでも、ときおりひじにピリッとした痛みが走る。ここで無理すると、完治しないような気がするので、じっと待つことにした)。

私の父方の祖母は長生きした。私がまだ小さいとき、「年を取るってどんな感じ?」と祖母に聞いたことがある。

「そんなに年取った気がせんだよ。そりゃあ体はえらいけど、娘の頃とたいして違わん気がするだよ」と祖母は照れながら答えた。私には祖母の若い姿は想像できなかった。

まだ私が日本に住んでいたときに読んだフランソワーズ・モレシャンのエッセイにも似たようなエピソードが載っていた。彼女も80近いおばあさんから「20歳をいくつも出ていないような気がする」と打ち明けられたという。おばあちゃんと同じだと、なぜかその一節はよく覚えている。

そして、30歳を過ぎ、40歳、さらには45歳になっても、私自身が21歳、つまり大学3年生くらいの感覚しか持てなかった。大人になれば悟りを開くとは思っていなかったが、少なくとも年齢相応の自覚のある人間になるだろうと予想した。

実際は、外見が老けただけで、中身はたいして成長していない。

年齢とともに度胸はついたし、経験から来る余裕もできたのだが(おばさんに怖いものはない)、自分の中にある自分自身の精神的なイメージは21歳で停止している(これは、外見や身体年齢とは無関係。精神年齢でもない。脳の核のようなもの、意識年齢とでも呼びたいが、正式な名称はわからない。誰もがこういう感覚を持っているのかどうかも知らない)。

50年も生きてきて、仕事も海外移住も結婚も子育てもしたのに、意識の上では、あの頃のなんにもわかっていない小娘のままというのはいったいどうしたわけだろう。

別にその頃の自分がよかったというのではない。あの頃に戻りたいとは思わない。私は頭の固い、自信のない孤立した女子学生だった。

私は今の自分のほうがずっと好きなのだ。


           *


目の前に高校生の息子が2人もいて、日本を出て23年近くになるのに、それだけの時間が経ったという実感もないのは不思議だ。

もっとも、自分が年を取ったのは事実で、小じわや白髪は増える一方だし、体は硬い。すぐ疲れる。肉体は確実に衰えてきている。

ある朝、開いたラップトップと電源コードを持って階段を下りたら、片足がパジャマの裾に引っかかって、階段を踏み外し、転がり落ちそうになった。

幸い、あと4段ほどで、片足でドタドタしているうちに一番下に着いた。両手がふさがっていたので、手すりにつかまれなかったが、けちな私はパソコンを放り出すことはできなかった。もし怪我でもしたら、その治療費はパソコンの何倍もしただろうに。

最近は脳みその衰えも著しい。

2ヶ月ほど前、スーパーで買い物をし、カートから車に食料品を積み込んだ。空のカートをカート置き場へ押して行って、ガシャンと前のカートにくっつけてから車に戻った。鍵をポケットから出して、リモコンでロックを解除。運転席に座ろうと思って、バッグを肩から外そうとするとない。あっと思って、カート置き場に走って戻ると、さっきのカートの取っ手近くに私のバッグがそのまま座っていた。ほんの10秒くらいのことだったが、こんな失敗は初めてである。

その後は必ずカートを確認するようになり、同じ失敗は(まだ)していない。

3週間ほど前、やはりスーパーで買い物をし、駐車場でカートの食料品を車に積んでいると、「あなた、今、私のレジにいた人?」と中年女性に呼びかけられた。見覚えがあるレジの人だ。

「これ、あなたのだと思うんだけど」と私の長財布を差し出した。

クレジットカードをリーダーに読み込ませ、財布にしまったのだが、まだ袋に入れなくてはいけない品物がたくさんあったので、いったん財布をレジの台に置いたのだった。画面にサインをして、レシートをもらい、そのままカートを押してお店を出た。財布を置き去りにして。

サンキュー!を繰り返す私に、「あなたの次のお客で、ちょうど休憩時間になったから外へ探しに来たのよ。よかった、間に合って」と、レジのおばさんはにっこりして立ち去った。


         *


子どもたちに一連のできごとを話すと、「ちょっと、おかあさん…」と不安そうな顔になった。

彼らは私がおっちょこちょいなのを知っているが(財布を持たないでスーパーに行ったことも1度ではない。そのために、車にはいつも現金100ドルが隠してある。パンプキンパイを作ったときに砂糖を入れ忘れたこともある)、これは重症だと思ったらしい。

夫に話すと、「これからは長男か次男のどっちかを連れていったほうがいい。」

この年で付き添いが必要では困る。

しかし、子どもたちにとっておきの話をしようと思って始めると、「おかあさん、それもう聞いた」とさえぎられることが増え、先週などは「もう2回聞いた」「3回目だよ」とさえぎられた。そうだっけ?

いつ誰に話したのか、覚えていない。長男か、猫か、夫か。子どもたちが二人揃っているときだったか。姉に電話で話したときか。覚えていないので、初めてのつもりで繰り返す。

きっとブログにも同じことを何度も書いていると思われる。

ダラダラと長い記事の中に埋もれて目立たないのは幸いである。


<今日の英語>  

The line starts back there, just so you know
列の最後はあっちですよ、一応言っておきますけど。


列に割り込まれたときにどう対応すれば角が立たないかという質問への回答。もしかして皆が並んでいたことをご存じなかったかもしれませんねと、ちょっとやわらかめになる。にっこりして言えば、さらによし。



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 |  わたし  |  コメント(6)

Comment

無事新しい年齢を加えられたことおめでとうございます。
50歳はまだまだ若いです。60歳となると回りに孫が出来ている人が多くなり年齢を感じさせられますが、これからの10年(厳密に言えば下のお子さんが大学に入った後)が本当に自分だけの自由を持てる素晴らしい時となるはずです。
それには体力を付け健康でなければいけません。先月の大雪の快挙の様子からするとまだまだ大丈夫のようですね。これからの先の楽しみに向かって体力作りをなさってください。と言ってkometto3にジムに行ったりエックササイズをするようにとは言いません。体に良い物を食べガーデニングをしたりして体を動かせば良いと思います。テニスが出来ると一番良いですね。近所ではbook Club と言うのはありませんか。向いていると思いますが。
楓 |  2012.01.25(水) 04:40 | URL |  【編集】

同感!

「意識年齢」について、
私も以前から20歳くらいから全然変わってないなと思ってましたよ!

脳の関連分野で研究されてるかもしれませんね?
太吉 |  2012.01.25(水) 14:01 | URL |  【編集】

お誕生日おめでとうございます。

私は10ほど年下ですが、kometto3さんの
自分の中にある自分自身の精神的なイメージ
わかります。

確かに若いころよりは
「年齢とともに度胸はついたし、経験から来る余裕もできた」のですが・・・

私も35くらいまではもっと年齢相応の自覚のある人間になると思っていました。

違いますね。
小さい子でも大人はいますね。

ブログ再開うれしかったです。
勝手にココロの支え、癒しでしたから。
また具合悪くされているのか、何かあったのかと心配でした。

殺伐とした日々や仕事でのストレス、子育ての難しさ、コントロールできない感情を、
いつも救ってくれるkometto3のブログです。


lumama |  2012.01.25(水) 14:46 | URL |  【編集】

非公開コメントをくださった方へ


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kometto3 |  2012.01.26(木) 01:45 | URL |  【編集】

お誕生日おめでとうございます。

私はカートの下の部分に入れたソーダのケースを車に積むのを忘れたことがあります。
家に帰ってから気づいて店に戻ったけど、もちろんありませんでした。
自分用なら仕方ないと諦めますが、夫用なのでまた買いました。(もちろん置き忘れたことは内緒)
普段はカートを確認するのに、その時に限ってぼんやりしていて確認しなかったみたいです。重さで気づかないものかと、自分で自分にがっかり。

それとスーパーのセルフチェックアウトで、前のお客さんが商品を置き去りにしていったことが何度かありました。
自分が袋詰めをする時に気づいて、店員に教えました。
小さいものだと気づきにくいようで、自分でも気をつけるようにしています。
サンチップス |  2012.01.28(土) 00:15 | URL |  【編集】

同感です

はじめつ、コメントします。
明日、私も50歳になります。
半世紀。この日をどうすごそうかと、考えています。
私は、いまも、27歳のままです。自分は何かできるはずだ!と信じている、あのころのままです。
定年まで15年、やれることは限られてるのは解ってますが、実感わきません、無限に何でも出来る気がしています。
そろそろ現実路線にしたほうがいいのかな?
ひろし |  2012.07.12(木) 22:52 | URL |  【編集】

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