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無音の世界

2011.09.09 (金)


義父は、80歳を過ぎたころから聴力が衰え始めた。

まず、孫娘たちの甲高い声が聞こえなくなった。そのうち、電話での会話が難しくなり、特にスピーカーフォンが曲者だった。

補聴器を試したものの、聞きたくない音まで一律に大きくなるらしく、使ったり使わなかったりしたようだ。

それでも、大きくゆっくり話せばどうにかなったので、夫はしばしば怒鳴るくらいの声で父親と電話をした。傍で聞いているほうが飛び上がりそうになった。義父は何も言わなかったが、私の日本語アクセントも妨げになったと思う。

夫自身も耳はよくない。

チャットやスカイプをするときはヘッドフォンを使うのだが、年代からして、若いころに大音響で音楽を聴いた後遺症だと私は見ている。

今年になって、夫は義父にもヘッドフォンを使うことを提案し、そのころ同居していた孫のアンドリューに買いに行かせた。ヘッドフォンを使えば、さすがによく聞こえたらしい。


        *


私も夫も、義父の難聴はスカイプとヘッドフォンで解決したような気になっていた。

補聴器もあるし、私たちがカリフォルニアにいる間は目の前にいるのだから、電話よりはるかに聞き取りやすいはずだ。

しかし、義父は少し前に耳に炎症を起こし、補聴器が使えなくなっていた。それでもすぐそばで大きめの声で話せば大丈夫だろうと楽観していた。

それは大きな間違いだった。

誰もが義父の難聴を知っていて、最初からかなり大きい声でゆっくり話すものの、義父には聞こえない。2回、3回と繰り返し、そのたびに音量は上がり、より簡単な単語だけになり、最後は大声で怒鳴るようにして、かろうじて義父の耳に届く状況だった。

いっそのこと筆談のほうが効率がいいのではないかと思ったが、リンも夫も言い出さなかったし、そんなことをしたら義父のプライドを傷つけるような気がして、私も黙っていた。

物理の博士号を持っている、とても頭のいい人である。会話も議論も好きで、昔の話をしたり、それを聞く私たちの反応を喜んだりしたものだ。

それなのに、もはや本当にどうでもいい話さえ聞こえない。


          *


リンの声は私や夫、子どもたちの声より届くようではあった。しかし、ダイニングルームの大きなテーブルで、リンと義父が両端に離れて座ると難しくなった。

私と次男が義父に一番近く、夫は私の隣の席に座ったが、会話にならない。

夫が普通の声で何か言う。義父は”What?”と尋ねる。
夫が声を張り上げる。義父はまだわからない。
次男あるいは私が至近距離で大きめに言い直す。
それでもだめなら、夫は隣近所に聞こえそうな大声で叫ぶ。ときには、2人あるいは3人が同時に叫んだりして、まるでScreaming Matchだ。
ようやく義父はわかったとうなづく。
皆はやれやれとひそかにため息をつく。
こんなことが続くと、疲れてくる。
義父の前での会話をためらうようになる。

それでも聞こえないときがあった。

夫が”Forget it. もういいよ”と打ち切ったのも一度や二度ではない。それでは義父がかわいそうだと思って、私は次男に「もう一度だけ言ってあげて」と頼んだりした。

しまいには、次男も私もまるでパントマイムをしているように、身振り手振りが派手になった。唇の動きを見せようとして、発音練習のように口をきっちり開けてもみたが、効果はなかった。

これが込入った話とか重要な話題ならともかく、取るに足らない会話のきれっぱしみたいなものなのだ。


         *


義父母のリビングルームには大型スクリーンが壁にかかっていて、画面にはCC(Closed Caption)が常に出してあった。

うちでも夫がCCをつけたがるが、周囲が静かにするか、テレビの音量を上げれば聞こえる。聞こえにくいときの手助けにしているだけだ。

私は画面が見えにくくなるので、CCは嫌い。なぜか、子どもたちはそれほど気にならないらしい。

今回、ほとんど何も聞こえないらしい義父と過ごして、CCは彼にとって映像や音声の世界との最後のつながりに思えた。

義父の耳の炎症が治れば、また補聴器をつけられるのだろうが、いつになるかわからない。


          *


まったく音のしない世界を想像してみた。

サイレント映画の中に入り込んだようなものだろうか。でも、あれにはストーリーがあり、大げさな身振りや文字だけの画面が手助けしてくれる。

普通の生活ではそうはいかない。

私は静寂が好きで、大騒ぎや雑踏やテレビが嫌い。でも、静寂と同じくらいラジオも好きなのだ。NPRやBBCを毎日何時間も聴く。これが聴けなくなったら、かなりつらい。

うちは森の中に住んでいるも同然で、夫が寝ていて、子どもたちが学校に行っている間はとても静かである。

それでも何らかの音がある。

ラジオを消していても、パソコンを使えばキーボードをたたく音がする。猫が何かにじゃれる音がする。冷蔵庫はビィ~ンとうなり、電子レンジが終わると、ピーッと鳴る。外で鳥が鳴き、雨がザーザー降る。電話が鳴る。窓を開ければ、風に揺れる木々の音がする。

義父は、そういう音すら一切消えてしまった世界に住んでいる。


<今日の英語>  

Not so fast.
そううまくは行きませんよ。


USオープンの準々決勝に進出したストーサーについて、「このままあっさり決勝に進めると思いたいところでしょうが、早まっちゃいけません。そう甘くはなさそうですよ」とTV解説者が一言。




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