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年の功

2011.04.15 (金)



うちの実家は東海地方にある。

もう何年も前から東海地震が来ると言われて、どの家でも防災無線がつけっぱなしだし、あちこちに難所地図が大きく掲示してあって、町の避難訓練もある。

実家の母は、億劫がって行かない。大きいのが来たら、「ハイ、それまでョ」。

地震が来て慌てて走り出しても、きっと避難所にたどり着く前にやられるワと言う。それでも、組長さん(持ち回り制)のときだけはしかたなく参加した。

実家のある田舎町は、保守反動の牙城と呼ばれるくらいガチガチで、いまだに回覧板が昔ながらの茶色い箱で回ってくるのだ。帰省するたびに、「戦時中から変わってないじゃない」と母に嫌味を言う。

私が左がかっているのは、この町のせいか。

そういう母なので、私が「せめて水と非常食を買い置きして。非常袋の中身も確かめて」と何度メールしても、「このへんはいつもと同じ。平和です。スーパーには何でもあります。いつものように、必要なときに必要なだけ買います。桜の花が満開です」なんていう、ふわ~んとした返事しか来ない。

「自分ひとりではなくて、都会から疎開してくるかもしれない親戚のためにも準備してください」と書き送った。

すると、
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kometto3は日本が沈没しかけているとでも思っているのでしょうが、こちらはいたって平和です。非常袋には予備のめがねと下着とタオル等入れました。今日はお友だちが来るので、美味しい天ぷらうどんを作ります。みんなで数独の難しいの楽しんでます。

屋根瓦はスレートに替えてあるし、箪笥(注:こんな漢字、私にはもう書けない。文脈で読めるだけ)は固定してあるし、そのとき何処に居るかが運です、非常袋何処だったけ?の年齢になったので心配してません。
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もう78だとはいえ、私よりよっぽど肝が据わっている。

また再建しましょう」のおじいさんではないが、人生キャリアがちがう

私は口先だけなのだ。最初に東北大震災の知らせを聞いたとき、ついに東海地震が来たかと手足が震えた。


            *


まだ水道水が汚染される前にも水のボトルを買うように母に言ったら、川があるからいいという返事だった。昔とちがって、川はきれいになったそうだ。母はオムツを小川で洗った最後の世代である。

もともと母は車の運転以外何でもできる。調理師免許を持ち、和裁・洋裁・書道はプロ並み。経理も畑仕事もできる。絵心もあって、この間まで日本画を習っていた。

夫は「きみのおかあさんの才能は、いったいどこで消えてしまったんだ?」と、そろばんで足し算さえできない(ボタンすらまともにつけられない、花も育てられない…以下できないことが続く)私をからかう。

(それを言うなら、夫だって同じだ。夫の父は、電気関係はじめ修理一切ができる。魚をさばくのでもグルメ料理でも庭仕事でも暗算でもペンキ塗りでも物理学でも、なんでもできる。夫はりんごの皮もむけない。あなたこそ、おとうさんの才能はどこで消えたのよ?

母は、戦前に短大でほんの少しかじった英単語だけで、夫をもてなす。

70過ぎて始めたパソコンでは苦労しているが、メールのやり取りはできる。ワープロもできる。

実家の電話に、よく使う電話番号を覚えさせたら便利であると主張する私に、「そんなことしたら忘れるからいやだ」と抵抗した。外出したときに思い出せないと困るという。実際、ぜんぶ頭に入っているのである。

自分が年を取れば取るほど、母にはかなわないとヒシヒシと思う。


               *


余震はこれから少なくとも半年、長ければ数年続くと聞いた。

アメリカの学会で「マグニチュード(M)7以上の大地震は、起きやすい「活動期」が存在し、現在がその時期にあたる」という発表があった。

日本では地震がつきものだったけれど、最近の余震は規模が違う。

母はもちろんどこへも逃げる気はない。選択肢のある人のほうが少ないと思う。

それに、地震は日本国土のどこにでも起こりうるのだから、絶対安全な場所はない。だったら、母には、東海地震の予想区域であっても、住み慣れた今の家がいい。

姉も、仕事があるから疎開するつもりはないと言う。そうして、毎日出社している。ただし、靴はスニーカーで、ショルダーバッグはちょっとしゃれたリュックサックに替えたそうだ。中には万が一のためのものが入っているという。

私だけがオタオタしている。

安全なところにいる私だから思い悩む余裕があるのだ。




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 |  生活  |  コメント(2)

Comment

年の功。そうですね。私も時々、目からうろこが落ちるようなことを母や叔母に言われます。

今日のニュースは、「住民によると、震災5日後に地区に入った自衛隊員たちは『ここまで自力で復旧させるとは』と片付けたがれきの様子に驚嘆したという。町職員たちも『あそこ(吉里吉里地区)は住民の結束力が強く、まさに独立国』とたたえる。」
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110414-00000018-mai-soci

日本を離れてボランティアをする仲間がガンジーの言葉とともに送ってくれました。

「世界を変えたければ、
あなた自身が世界に望むような
『変化』とならなければならない。」

映画「ガンジー」の冒頭、ガンジーの葬儀に集まる民衆が巨大な道を埋める場面は忘れられません。私の活動は続けつつ、ワンクリック、毎日やっています。
raiders |  2011.04.15(金) 23:05 | URL |  【編集】

ああ、そうだ、この人達は戦争も生き抜いてきたのだ・・・と、私も思いだしました。
普段家族には少々困りものの(?!)昭和一桁の我が家の父も、そこかしこのおじいさんもおばあさんも、このこの未曾有の事態を長い人生の一部と捉えるたくましさがあることを思いだしました。
力強い言葉をサラリと言ってのける方々はお年寄りに多くいらっしゃいました。

我らは彼らの子。たくましくあらねば、そして子どもに伝えないと。大人にならねば。『変化』にならねば。

・・ガンジーの言葉、とてもしみました。
h-r-m |  2011.04.16(土) 21:36 | URL |  【編集】

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