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ダンバー数の法則

2011.01.07 (金)



イギリスの人類学者ロビン・ダンバー氏によると、人間にとって、「それぞれと安定した関係を維持できる個体数の認知的上限」は平均約150人だという(ウィキペディアより)。

つまり、よく理解し合える友達の数はせいぜい150人ということである。

ダンバー氏は、毛づくろいをするゴリラやチンパンジーを観察して、こういう結論にたどり着いた。大脳皮質の大きさと関係しているのだそうだ。

Dunbar Number(ダンバー数)については、ダンバー氏が年末にNYタイムズに書いた記事で初めて知った。眉唾ものだなと思った。しかし、実際に150人単位のものがいろいろあると知って、少しは根拠がありそうだと考え直した。

軍隊のあるユニットは古代ローマでも現代でも150人が基準で、未開地の農村も平均して150人の部落が多く、遊牧民のグループも150人程度。生き残りの危機にさらされる集団ばかりである。

Facebookでは理論的に何千人もの「フレンズ」が登録できる(らしい)のに、実際の平均は120人にとどまっている。これもダンバー数に近い。

私はSNSもツイッターもやらないので、どんなものかよくわからないが、100人ものユーザー名を覚える段階でたぶん脱落する。100人がツイートしたり、FacebookやMixiを更新したりして、そのたびに通知が来たら、それを追うだけで1日が終わってしまいそうだ。

現実でもわずらわしいのに、どうしてわざわざ仮想世界でもややこしい人間関係を築こうとするのか、私には理解できない。


             *


「一年生になったら、友だち百人できるかな」という歌を思い出した。

私が幼稚園のときに歌った記憶はない。もう少し後になって広まったのではないかと思う。 

小学生の頃から人見知りだった私には、友だちが百人なんて考えただけで逃げ出したくなる。

しかも、富士山の頂上まで上って、そこで百人といっしょにおにぎりを食べるのか。山登りは疲れるから嫌いだし、だいたい百人が座れる場所が富士山頂にあるのか? 寒くておにぎりなんか凍るんじゃないのと夢のないことを考える。

最近は子どもが減ってきて、一学年全員集めても百人にならない学校も少なくないと聞く。あの歌を聴いて、「小学校に入ったら、友達を百人作らないといけないのか。」と心配した幼稚園児にとっては、へんなプレッシャーがなくなってよかったではないか。

調べたら、作詞はまど・みちおだった。御年101歳で、ご健在なのだそうだ。これにも驚いた。

日本を離れていると、とりあえずニュースの見出しだけは読んでいるつもりでも、どの著名人が死んだのかわからなくなる。日本に帰るたびに、「えっ、あの人、まだ生きてたの?」「死んだの? いつ?」と浦島花子丸出しになる。

まど・みちお作詞の歌では、やぎさんゆうびんの不条理さが私好みなのだが、いったい最初の手紙に何が書いてあったのか気になってしょうがない。

お互い、もらった手紙はパクパク食べるくせに、自分の書いた手紙は食べない。そんなに紙があるなら、せっかくもらった手紙を食べなくてもいいはずだ。

いや、どっちも差出人の名前だけは読んだのか。だからこそ、「さっきの手紙のご用事や如何に。」と返事をするのである。

郵便配達人は誰なんだろう。きっと、口答で用件を伝えたほうが早いよと思っている。黒ヤギと白ヤギの間を何度も行ったりきたりして、もういい加減にしろ!と怒らないだろうか。食べる前に、読め! 


             *


ダンバー氏によると、顔合わせをしなくなると、感情的なつながりは1年に15%ずつ減っていくそうだ。6年も経つと、ほぼ完全に切れる計算になる。

私の感覚では、年率15%より大きい。

最初の1年は15%でいいとしよう。2年目は25%(この時点で40%消滅)、3年目はガクッと50%(この時点で90%消滅)。つまり、3年も会わないと「ああ、そういう人がいたっけ。」という程度になる。

去るもの日々に疎し。Out of sight, out of mind.

これは人類共通の事象だと思われる。動物もそうかもしれない。

うちの猫なんか、たぶん3日で私のことを忘れる。夫によると、私が子どもたちを連れて日本に行くと、兄猫は初日から夫のベッドにもぐりこむのだそうだ。ふだんは絶対にそんなことをしない。犬はあんがい律儀に覚えているかもしれない。

日本を出てから一度も会っていない親戚などは、とっくの昔に記憶のはるかかなたに消えた。日本の高校時代の友人に会ったのは、1歳未満の長男を連れて里帰りしたときなので、15年前。もはや完全に連絡が途絶えた。顔は思い浮かぶが、名前が思い出せなくなってきた。

おそらく実家経由で問い合わせたら、メールアドレスや現住所がわかると思うが、このままでいい。

年賀状は1枚も来なくなった。私は1枚も出さないのだから、当然だ。日本からのクリスマスカードは1枚来た。くれた人にはメールで返事をした。

私の孤立度は、年を追うごとに高くなる。

こんな私の一方通行ブログを数百人(?)もの見知らぬ人が読んでいると思うと、なんとも不思議な感覚にとらわれる。



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 |  社会  |  コメント(2)

Comment

実生活では孤立していても、kometto3は「誰かに見せたい、そして自分の事に関心を持ってもらいたい気持ち」、自己顕示欲が本当に強いんだと思いますよ。オフラインで日記をつけて自分だけが後で読み返すのではなくて、ブログで夥しい数の人々に自分自身の事を、時にはこちらがこっぱずかしくなるような内容まで赤裸々に晒してしまうんですもん…
Yutampo |  2011.01.08(土) 11:34 | URL |  【編集】

無題

あなたの心は日本に100%ありますね。アメ人にはなれないわ。
and why |  2011.01.08(土) 12:23 | URL |  【編集】

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