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戸籍の中で生き続ける人たち

2010.08.30 (月)



生きていれば111歳だったはずの男性の白骨死体が7月末に見つかって以来、日本の新聞サイトには毎日のように行方不明の高齢者ニュースが載っている。

「死体と何十年も同居できるなんて。」と私はそっちのほうが気になった。葬式代がなかったのか、めんどくさかったのか。「即身成仏すると言った。」という説明も奇想天外だが、それをほっておける精神状態は尋常ではない。

戸籍のずさんな管理については、いかにもお役所のやりそうなことだと思い、それほど驚かなかった。

古い戸籍をずっとキャビネットに入れたまま、中身を確かめることなく、次の担当に延々と引き継いでいっただけの話だ。

もっとも、「生物学的にまず生きてはいないだろうという人を消し忘れておりました。」というだけならまだしも、年金や祝い金の不正受け取りという実害があっては、もはや放置できまい。


         *


ウィキによると、1994年に戸籍事務の電算化が始まったという。

でも、それはあくまでも「事務」(たとえば、戸籍抄本の写しを申し込むなど)をコンピュータでできるようにしたのであって、これまで紙でやってきた戸籍の書類そのものの電算化はあまりすすんでいないという。財政不足の折に、江戸時代の戸籍のデータベース化にかけるお金はない。

長男がエレメンタリー・スクールのとき、家系図を作る宿題があった。

私は祖父母、曾祖父母あたりまでさかのぼってやるつもりで、戸籍謄本を送ってくれと母に頼んだ。ところが、その話を聞いた親戚の誰かが勘違いして、私では読めないような古いものをお寺から取り寄せてくれた。

大きな誤解だったのだが、せっかくなのでもらっておいた。まだ取ってある。

ああいう文書を入力するには、相当の手間がかかる。

今の戸籍謄本ですら漢字だらけで、私は見るたびに圧倒される。そして、時間が経てば経つほど、「この字、読めません。意味がわかりません。」という人が増えてくる。そんな頃には戸籍の持ち主はとっくにこの世にいないだろうが。


          *


行方不明の高齢者にしても、125歳あたりはご愛嬌だったが、そのうち幕末生まれの149歳なんかが出てきて、SFか怪奇ものの様相を帯びてきた。

単なる書類の不備(抹消し忘れ)なのだから、111歳があれば、150歳だって充分ありうる。

1810年生まれで、生きていれば200歳の人の戸籍が残っているというニュースにいたっては、「よくまあそんなに長い間紛失もせず、記録を保管していたもんだわ。」と別の意味で感心した。

そして、(ありえないが)もし生きていたら、まさに歴史の生き証人。江戸時代から21世紀までの怒涛の200年を体験したわけだ。そういう人の話は貴重である。「私が43歳のときでしたか、ペルリ(ここはペリーでなく、ペルリと発音してもらいたい)の黒船が浦賀に来ましてねえ。」と想像するだけで楽しい。

私の実家のほうでも、75歳以上(寿命が延びた今は、対象年齢を上げたかも)にお祝い品を配ったり、米寿や白寿になると市報に名前が載ったりする。

ヒネクレ者の私は、冷めた目で市報を読む。

長生きがそんなにめでたいのかね。市長のサイン入り表彰状なんかより、おいしい食べ物のほうがうれしいんじゃないだろうか。それに、しわくちゃの写真を撮られて、一般公開してもらいたいだろうか。

私は断る。現金だけもらってお引き取り願う。

田舎だから、まだ人の目がある(信じがたいことに、いまだに回覧板があるのだ。戦時中から使っているような、大きな茶色い紙箱が近所を一周する)。誰かが死ねば、有線放送でお通夜や葬式の情報を流し、町内会で手伝いに出たりする。

身寄りのない人だったら、役所の手続きも町内会の誰かがやるんだろう。でも、なにかの拍子に、うっかり死亡届が出されなかったら、その人は戸籍の中で永遠に生きるのだ。


          *


私が夫と結婚したとき、市役所は私だけの独立した新しい戸籍を作った。

しかしアメリカ人である夫には戸籍がない(アメリカには、戸籍どころか、住民票も転入出届けもない)。本籍がないのは住所がないのと同じなのか、夫の名前と生年月日しか書いてない。

私が筆頭者で、父母の名前があり、「妻 kometto3」となっている。そして、「昭和xx年x月x日アメリカ国籍(夫の名前)(夫の生年月日)と婚姻届出」。

東京のアメリカ大使館近くの港区区役所で手続きしたので、それを実家のある市へ送付。父親の戸籍から新しい戸籍へ入籍という追記がある。

詳しい記述のない夫は、どこかから突然ぬっと現れたかのように見える。

その後、ニューヨークの総領事館で出した出生届を元に、戸籍には長男と次男の欄ができた。夫は、「父」の欄にカタカナで登場する。それだけ。いかにも端役といった風情である。

私はまだ市民権を取っていないので、日本のパスポートを持った日本人だ。領事館に在留届は出してある。渡米前に、市役所で海外転出届をしたので、住民台帳には載っていない(はず)。


           *


仮に、日本国籍を維持したまま、私が死んだとしよう

夫は死亡証明書をもらって、社会保障庁とか投資会社に連絡をするだろう。でも、日本領事館で手続きをするとは思えない。私は何も指示していないし、事務全般に弱い夫がそこまで頭を回せるとは思えない。

そのころ母も姉もすでにいないか、ぼけているとする。ほかの親戚とは疎遠なので、日本側の手続きをする人はいない。おそらく、夫は連絡することすらできない。息子たちも頼りにならない。

そうなると、私が筆頭者になっている戸籍では、私は死んでいないことになる。

百年くらいたって誰かが気づくまで、ずっと生き続けるのだ。
なんだかシュールで、ちょっとワクワクする。

海外に出てそれっきりになった人の戸籍は、きっとたくさんある。「私もその一人になるかもね。」と思いながら、日本の非実在高齢者ニュースを読む。


<今日の英語>

That’s the rule of thumb.
それが大体の目安です。


災害に備えてどれくらいの飲料水を準備したらいいかという質問に、「1人当たり1日1ガロン。おおざっぱに言えば、だいたいそれくらいです。」という専門家の回答。文字通りには、親指のルール。



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 |  社会  |  コメント(2)

Comment

すごく面白く読みました!!
みんな自分のことで精一杯ですね^^
さりげなく風のように死ぬのがいいな
自由がいいな
kumi |  2010.09.08(水) 09:57 | URL |  【編集】

確かに

私も永住権でアメリカに住んでいますが、今回のこのニュースでこのような考えは思いつきもしませんでした。
確かにKometto3の言われるような状況が起こりうるわけですね。

管理システムが変わらない限り、私も戸籍上ずっと生き残っている人になるのかもしれません。

とても興味深い内容でした。


ST |  2010.09.12(日) 16:01 | URL |  【編集】

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