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26時間の旅の終わり

2009.08.01 (土)



NYの自宅を出て、ちょうど26時間後に実家に着いた。

成田エキスプレスも新幹線もうまく乗り継ぎできたけれど、最後のローカル線で私たちが乗るはずだった電車が運行中止になっていた。

山奥のほうで倒木があり、町へ向かう電車が足止めをくっているが、現在は復旧しているというアナウンスがあった。

「お急ぎのところ、大変ご迷惑をおかけしております。」

ところが、次の電車はいつ動くのかという情報は流れなかった。私の目的地よりもっと町寄りの駅へ向かう電車もあった。それは通常通りなのか。私の降りたい駅まで延長してくれるのか。40分後の山奥へ向かう電車は動くのか。そういう説明はいっさいなかった。

まだ夕方6時ごろで、通勤や通学の客がいた。田舎のこととて、プラットフォームにあふれるほどではない。でも、蒸し暑いし、ローカル線はラッシュ時でさえ1時間に3本程度。1本逃すと、待ち時間が長い。

それなのに、だれも何も言わない。悪態をつく人もいないし、文句を言う人もいない。3分の1はさっきからずっと携帯でメッセージを送っている。3分の1は連れと話をして、残りはただじっと前か足元を見ていた。

もしアメリカで同じような状況になり、"We apologize for the delay and thank you for your patience."だけで構内放送が終わったら、「原因は何なの? ちゃんと説明してよ。」や「いつ動くんだ?ついてないなあ。」の一言くらい誰かが言いそうな気がする。

ここが田舎だから、誰も波風を立てたくないのか、単にのんびりしているのか。


           *     *     *


私はどうなっているのか知りたくて、子供たちに荷物を任せて窓口まで行った。

「すみませんが、ここは私鉄ですから、JRのことはわかりません。2階のJR窓口でお問い合わせください。」

そうだ。ここは都会ではないが、いろいろな会社の電車が乗り入れているのだった。エスカレーターはなぜか下りしかないので、階段を駆け上がり、JRらしき窓口を探す。改札のところに駅員を見つけて、聞いてみた。

「今のアナウンスで、S駅行きは運休だとのことですが、次の電車はいつ出ますか。T駅行きはそのまま出るんですか。S駅まで延長するということはないでしょうか。」

若い駅員さんは私の問い合わせに驚いたふうで、「すみませんが、わからないので聞いてきます。」と奥へ引っ込んだ。

待つこと2分。

「すみません。まだ状況がはっきりしておりませんので、わかり次第また放送いたします。ご迷惑をおかけして申し訳ありません。」

結局、わからないまま、息子たちのいるプラットフォームへ戻りかけると、構内放送があった。

「大変お待たせいたしました。2番線にR駅行きの電車が入ります。本日は大変ご迷惑をおかけしております。」

誰のせいでもないのに、謝罪の言葉がふんだんに耳に入る。謝らないアメリカ人に慣れているせいか、なんだか悪いことをしているような気になる。

いや、駅員さんを責めてるんじゃないんです。ただ、どういう事情か知りたかっただけです。そんなに謝っていただかなくても、と心の中でつぶやく。

昔の私なら、駅員に尋ねることなどしなかった。あんなふうに駅員に聞きに行く人も少ないのだろう。若い駅員さんを驚かせてしまったらしい。おばさんになっただけなのか、アメリカに感化されたか。


            *     *     *


ともかく、この電車に乗れば、S駅に行ける。階段を下りたところで、次男とかちあった。

「電車が来たから、おかあさんを探しに来たよ。」

「この電車でいいから、乗って。」

見ると長男がスーツケース3つと立っていた。

「ぼくは、弟に行っちゃだめだって行ったんだよ。おかあさんと会えなかったら、こんどはあいつが迷子になるのに。」

まあ、そんなに迷子になるほど大きな駅ではないけれど、そこで待っていろと言ったのに従えない子はいるのだ。次男のほうが心配性なのか、まだ幼いのか。 やっぱり一人旅はまだ無理だ。

歩いたほうが早いのではないかというくらいの鈍行列車に乗ること10駅。単線なので、すれ違いのときは待たなくてはならない。

息子たちは疲れていて、あといくつ?と聞く。

「もうすぐよ。あと4つ。それより、おばあちゃんに会ったら、お世話になります、よろしくお願いしますって、ちゃんと挨拶してよ。」

「わかった。」


               *     *     *


やっとS駅―夜間は無人駅で閑散としている―にすべり込む。車窓から、プラットフォームの向こう側のベンチに母が座っているのが見えた。どこかの若いお母さんと赤ちゃんも一緒。きっとご主人をお迎えに来た近所の人だろう。

もともと小柄な母が3年前よりさらに縮んで見えた。ずっと若く見えるねえと言われていたが、完全に初老の女性になっていた。

電車を降りて、橋を渡り、反対側のプラットフォームに出ると、母が立ち上がってこちらに向かって来た。

間近で見ると、母の小ささが実感できた。髪の毛もほとんど真っ白だし、少し猫背になったかもしれない。顔のしわも深い。それに、痩せた。

私よりも大きい息子たちを見て、まあまあこんなに大きくなって、と言ったきり言葉が出ない。

子供たちは、こんにちはとぺこっと頭を下げた。お世話になりますもよろしくもない。

駅から実家まではほんの少しなので、4人で歩く。

「まあ、らくになっただねえ。荷物も持ってもらえて。晩ごはん、作ってあるで。ほら、車が来たよ。」

見上げるような息子たちに、車に轢かれないように気をつけろと促す。

玄関に入る前に、息子たちには靴を脱いでよと再度申し渡した。NYでも土足厳禁の生活だが、きっちりした境界がないし、修理屋などは作業靴のままなので、日本ほど徹底していない。

次男はたたきのところで靴を脱いだのはいいが、靴下のままでたたきにおりた。3年前と同じである。

「それじゃあ、靴下が汚れるでしょ。汚れた靴下であがったら床が汚れるじゃない。ここは靴だけ、靴下をはいた足はこっち。」

3人が玄関に立つと、なんだか狭い。子供たちが大きくなったのだ。


               *     *     *


荷解きもそこそこに、長男、次男、私の順にシャワーに入る。

すでに布団も敷いてあった。シーツは糊でパリッとしている。ずぼらな私はそんなことはやったことがない。

エアコンがゆるく効いた部屋で、低いテーブルで夕食。ざぶとんなので、子供たちは最初正座をしていたが、すぐに足がしびれてしまった。それは私も同じこと。

子供たちは母の用意した巻き寿司やえびの中華風やら、すいかや白桃など、テーブル一杯の料理をどれもおいしいと言って、パクパク食べた。

小さいときは、ふだんアメリカで食べるものと実家の母が出すものとちがっていたのか、幼かったせいなのか、あれもいやこれもいやで私も母も苦労したが、今回はそんなこともなさそうだ。ティーンエージャーなんだから、ともかくお腹が膨れればいいのかな。

出かける前に、ここはおばあちゃんの家で、おばあちゃんのルールがあるんだから、私たちの分のご飯を作るのは大変なんだから、と言い聞かせておいたのがよかったかもしれない(もっとも、彼らは私の母の料理好きを知っている)。


            *     *     *


出発直前は例によって「出かけたくない」病に取り付かれていた私だったが、着いてみれば、そんなに遠くもないような気がする。

特に今回は子供たちが大きくなったせいか、疲労度がぜんぜん違う。それに飛行機の中でトランキライザーを2回服用して、ほとんど寝ていたから、休息できた。子供たちをほったらかして寝ることができたのも今回が初めてだった。

無事到着した、ねこの世話をよろしくというメールを夫に出した。私たちだけで日本に旅行させてくれてありがとうの一言とともに。

気兼ねしているわけではないが、そう言っておくほうが万事うまくいくのである。




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