スポンサーサイト

--.--.-- (--)


上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。



クリック募金を始めました。下記サイトにて協賛企業のリンクを各社1回クリックすると、1円ずつ募金できます。
    JWordクリック募金

 |  スポンサー広告

セラピストの差し金?

2009.07.17 (金)


この頃、夫がやたら昔の話をする。

「あのとき、ナリタまで会いに来てくれて、うれしかったよ。」

ナリタ? 私の記憶は戻ってこない。たぶん、夫が出張の途中で成田で乗り継ぎをしたんだろう。そして、私はそのときに空港まで会いに行ったのか。そんなことがぼんやり思い出される。

「そんなこと、あった?」

「あったよ。そのとき、きみは青いレインコートを着ていたじゃないか。」

そんなの持っていたっけ? もしかしてあのペラペラのやつかな。もう20年以上前のことなんか、覚えていない。

「出かけるのがきらいなきみが、わざわざ数時間ぼくに会うために電車とバスで来てくれたなんてね。」

まだ結婚する前のことである。プロポーズもまだだったかもしれない。

成田には外国人が大勢いたから、注目されなかったと思うけれど、私は夫と公衆の面前でキスをした。若気の至りである。思い出したくない。今なら絶対やらない。

幸い、夫はそのことには触れなかった。

*     *     *

長男の誕生日だったので、久しぶりに中華韓国風ジャパニーズ・レストランに出かけた。その帰りの車中で、突然夫が長男が生まれたときのことを話し始めた。

「おかあさんの産科医はインド人、難産だったから途中で応援にきた医者がユダヤ人、看護婦はフィリピン人。それで、麻酔医は黒人なんだけど、なんと日本語を話すんだよ。奥さんが日本人だとかでね。お母さんは日本語で話しかけられてびっくりしてたよ。」

「コニチワというレベルじゃなくて、ちゃんとした日本語だったけど、私は英語のほうがよかったのよ。あんなときに、言葉の切り替えなんてやってられないわ。それに、他の人はみんな英語しかわからなかったのよ。」

「まあ、それはそうかもしれないけど。でも、お母さんが長男を生んだときは、こういうインターナショナルなスタッフだったわけだ。プラス、イギリス生まれのアメリカ人であるぼくがいたんだし。おかあさんは日本人だ。」

「あのナース、わたしのことをヨーコとかキョーコとか呼んだわよ。いきんでるときに、ガックリ来たわ。私の名前とぜんぜん違うのに。どこかで聞きかじった日本人の名前とごっちゃにされた身にもなってよ。」

「ああ、そうだったね。でも、医者たちはよかったんじゃないか。」

「インド人はどういう階層の出だか知らないけど、お高くとまっていて、毎月の健診でもツンケンしてたし、麻酔医は腰椎麻酔だけじゃなくて、1時間くらいして戻ってきて、また別の麻酔をやったのよ。私なんか、たぶん微弱陣痛でぜんぜん痛くもなんともなかったのに。だから、いきもうとしたって感覚ゼロだった。

あの病院は新築できれいだったけど、産後のいたわりみたいなのはなかったわね。どっちみち48時間の入院だったけど。まるでドライブスルーよ。

もう思い出したくないから、やめましょう。」

車の後部座席にいる長男がへんに責任を感じるといやだなと思って、話を打ち切った。

はどうしてこんな話を持ち出すんだろう。やっぱり自分で生んでいないから、スタッフの国籍なんか話の種にするのだ。

息子たちに言う。

「子どもを生むのって、本当に大変なことなのよ。今は麻酔があるけれど、使えない人、効かない人、日本みたいに根性で乗り切れみたいなところにいると、麻酔無しなのよ。ものすっごーく痛いらしいわよ。それだけで女の方が男よりタフと思うわ。」

夫も慌てて、それはそうだ、その通りだと賛同する。

*     *     *

スーパーから帰り、次男に荷物を運ばせる。夫が二階から降りてきて、袋の中身をカウンターに並べ始めた。こういう中途半端な手伝いは困るのだ。

「そんなこと、私がやるからいいわよ。薬のせいで、まだふらつくんでしょ。次男にやらせるから。」

「これくらいやるよ。多少は手伝いになるだろう。袋から出すだけだよ。やっちゃいけないのか。」

やってはいけないとは言わないけど、しまいながらやらないと、カウンターの上がいっぱいになってしまう。それに、夫は私が買ってきた食料品から自分が食べたいものを探し、すぐ開ける。

長男の好きなBBQ味のチップスが安売りだったので買ってきたのだが、夫に見つかってしまった。買い物につきあった次男が見つけたマンゴー・パイナップルジュースも。

別に夫が食べたり飲んだりするのはいいけれど、いつもはほとんど全く手伝わない人である。急にこういうことをされると、疑惑が頭を持ち上げる。

*     *     *

もしかしてこれはセラピストに言われてやっているのだろうか。

夫は毎週1回ずつ心理学者と精神科医に通っている。夫が私との関係をどこまで正直に話しているのかわからない。

夫がタイに女を囲っていたこと、もう縁を切ったと言ってからも内密で会おうとしたこと、夫婦関係がないことなどを話したとしたら、セラピストは「それでは奥さんがあなたに愛情を示したときのこと、子どもたちが生まれたときのことなど話してみたらどうか。それから、家事をもっと手伝ったらどうか。」などとそそのかさないとは限らない。

猜疑心の固まりである。夫が何か企んでいるような気がする。

もしかして、単に思い出話をしていたのかもしれないし、たまには食料品をしまうくらい手伝おうと思っただけかもしれない。

それでも、なんだか迷惑に思ってしまう。こんなことで、この先20年、30年とやっていけるだろうか。

私たちは離婚する気はないのである。少なくとも今のところは。仮面夫婦というのでもない。それでも、ときどき不安定な空気が漂う。


<今日の英語>

I have tried to put them behind me.
私は(嫌なことを)忘れようとした。

7歳のときに広島で被爆した三宅一生。これまで被爆体験を誰にも話さないできたが、NYタイムズに寄稿。「原爆生き残りのデザイナー」というレッテルを貼られたくなかったし、破壊より創造、そして美と喜びをもたらすことを考える方がよかった。だから、結局忘れることはできなかったけれど、原爆についてはつとめて考えないようにしてきたという。



クリック募金を始めました。下記サイトにて協賛企業のリンクを各社1回クリックすると、1円ずつ募金できます。
    JWordクリック募金

 |   |  コメント(0)

Comment

コメントを投稿する

URL
コメント
パスワード  編集・削除するのに必要
非公開  管理者だけにコメントを表示  (非公開コメント投稿可能)
 

▲ページトップへ

Trackback

この記事のトラックバックURL

→http://halfwaymark.blog114.fc2.com/tb.php/198-157c4d7f

この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

この記事へのトラックバック

▲ページトップへ

 | ホーム | 
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。