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母からのメール

2009.05.05 (火)


実家で一人暮らしをしている母からメールが届いた。

「長男くんや次男くんにとても会いたい、と強く思う日があります。」

もう丸3年近く、日本に帰っていない。

子どもたちが小さいときは毎年、小学校に上がってからも1年おきに帰っていたのだが、学年が上がるにつれて、学年相応の日本語力がないために体験入学させられなくなった。また子どもたち自身もアメリカでのサマーキャンプのほうが楽しくなった。

現地校を長いこと休めないので、どうしても真夏の帰国になる。NYの気候に慣れた身体には、日本の湿度がつらい。エアコンの部屋から出られない。

私は昔から乗り物が苦手で、出かけるのもきらいだったが、年を追うごとにますます億劫になってきた。エコノミー席で13時間。成田についたら電車を乗り継いで、やっと実家に着く。NYの家を出てから、24時間後である。考えるだけで息苦しくなる。

どこでもドアがあったらなあ、と思う。

*     *     *

母は70近くになってPCを買い、メールを覚えた。

本当に基本的なことしかできない。アドレス帳のことを「お得意様」と呼んで、そこに載っている数人に新規メールを出し、届いたメールを開き、返信する。それだけ覚えた。実際に母がメールを出すところを見たことがあるが、本当にそれだけなのだ。フォルダーも削除も何も理解していない。

ちょっと違うところをクリックしてしまって、いつもとちがう画面が出るともうわからない。私宛にも、本文のないメールが届いたり、同じメールが何通も入ったりする。届いたか自信がなかったそうな。横浜で一人暮らしの姉には、「メール出したけど、届いた?」と電話する。エラーメッセージが出ても、意味がわからないという。

母は、コンピュータ関係の仕事をしている姉にときおり電話でへんてこな質問をする。ぶっきらぼうな姉があきれ返る。「ぜんぜんわかってないでしょー。わたしゃ、もう知らん。説明したって無駄。もーそのままにして電源切ったら?」

20年後の私を見るようである。

75歳の母は、運転が得意だった父が亡くなってから、車での外出が気軽にできなくなった。ふだんは自転車で行けるところだけだ。

でも、同じように未亡人になった友達が何人かいて、「浅井さんの奥さんの車で、みんなで温泉に出かけました。魚料理がおいしかったです。」「今日は女学校の同窓会でした。」「お寿司を作って鈴木さんに届けました。帰りにお花をもらいました。」といった小学生の絵日記みたいな報告がときおり届く。まあ楽しくやっているらしい。

それでも、孫の顔が見たいんだろうなあと思う。孫たちは小柄な祖母の背をとっくに追い越した。

カリフォルニアにいる夫の父からも遊びに来いと言われているが、あちらには毎年1回は顔を出している。今年は日本に帰ろうか。子どもたちを連れて。


<今日の英語>

It's too early to tell.
まだどうなるかわかりません。


豚インフルエンザはこのまま収束するだろうかというニュース・アンカーの質問を受けて、専門家が「そういう判断を下すには早過ぎる。これまで通り手洗いなど予防策を怠ってはいけない。」と戒めたときの一言。



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テーマ : アメリカ生活 - ジャンル : 海外情報

 |  生活  |  コメント(7)

Comment

ハローです。

お母様、きっとお孫さんにもだけど、娘であるkomatta3に会いたいのだろうと思います。

うちの母も今か今かと待っている節があるし、帰国のたびいにいつ戻ってくるのか聞くし、渡米の日が近づくとあと何日、、とカウントダウンしながらため息は尽くし、、。こちらとしても何時もこれが最後かもと悲しく寂しく思いながら自分の生活へと帰って行く訳です。
寂しい思いをさせているけれど、どうしようもないので、現実逃避の日々ですが、いずれはどうにかしないといけないんですけどね。

ほんとにどこでもドアがほしいです。
ミント |  2009.05.05(火) 14:29 | URL |  【編集】

初めまして。
なんか読んでいて少し悲しくなってしまいました。俺も今は日本に居ますが、今年アメリカに戻る予定なので両親のことがちょっと気がかりです。
幸い、まだ姉も日本に居るし、両親共に健在ですが、あと10年後20年後が心配です。

お母さんの顔を見に日本に帰ってあげたら、きっと大喜びすると思いますよ。v-290
マキシます |  2009.05.05(火) 23:03 | URL |  【編集】

コメントありがとうございます

>ミントさん
いつこれが最後になるか、ほんとそうですね。どこでもドアさえあれば…年を取るごとに切実です。もう母は飛行機に乗ってアメリカに行けないというし、私もいつそうなるか。ミントさんと同じく、私の生活は今もこれからもアメリカなので、「どうしようもない」というお気持ちわかります。

>マキシますさん
10年後20年後、私もどうしようかと思います。私も姉が日本にいますが、実家から離れているし、仕事もしてますので。日本国内でも親の老後は問題になっているでしょうけど、やっぱり太平洋を越えてアメリカにいると、遠いですね。若いときはそんな先のこと考えてなかったです。そうして私も親もあっという間に年を取ってしまいました。
 komatta3 |  2009.05.06(水) 23:22 | URL |  【編集】

はじめまして♪

はじめまして♪
おそらく、私はkomatta3さんと年齢が同じ位だと思います。
しかし、私の場合、嫁入り前がかな~り長過ぎて、
去年、やっと?脱・行かず後家となり、(苦笑)
今は、アメリカ中西部に住んでおります。

私の母も日本に一人で生活しているので、結婚の条件の一つに
私が帰国したい時に帰国する…ということで、
今度の夏に一ヶ月以上、一人で帰国します。
予定としては、その間、主人も二週間ほど滞在する予定でしたが、
ご存知のように経済の悪化で収入も半減しているものですから、
貯金も出来ない彼は、諦めてもらいました。(←鬼嫁?でも私は自腹ですから・・・)

もうから永住帰国したいと思ってます。
できれば母が生きている間に・・・。
私も『どこでもドア』欲しいです。
さくら |  2009.05.07(木) 23:24 | URL |  【編集】

コメントありがとうございます

> さくらさん
私は条件は付けませんでしたが、帰りたいときに帰るのは暗黙の了解でした(アメリカ人相手にそんなのが通用したのか?)。うちの場合、子どもの日本語のためという大義名分があったので、話は簡単だったんですけど。
飛行機代は去年より安いようですが、それでも高いですね~。うちも夫は留守番です。

子どもたちが小さいときに、「お母さんは、ドラえもんの道具で何が一番ほしい?」とよく私に聞きましたが、答えはいつも「どこでもドア」でした。「お母さんはいっつもそれだね~。」と言われたものです。切実です。
komatta3 |  2009.05.08(金) 11:19 | URL |  【編集】

はじめまして。

このブログを読んで身につまされました。ぜひ、お母様に会いに日本に帰国してください。お母様もkomatta3もきっと心安らぐ時間が持てると思います。

私も80歳の母を置いて、昨年末こちらに来ましたが、やっと一時帰国できます。いい年齢になってこちらにきましたから、永住のことはちょっと考えられません。これを言うと相手はちょっと寂しそうな顔をしますが、仕方ないかなと思うようにしてます。

いつでも帰れると思うとずいぶん気持ちが楽です。



Barry |  2009.05.15(金) 11:55 | URL |  【編集】

コメントありがとうございます

> Barryさん
私は最初から永住のつもりで来ましたので、そのへんは割り切っていますが、自分も親もあっというまに年をとってしまって、飛行機の長旅が本当に億劫になってしまいました。

日本人女性の寿命が延びる一方ですけど、70歳80歳になったときに日米往復できるか…。

今年の夏は帰ろうと思ってます。
komatta3 |  2009.05.15(金) 22:01 | URL |  【編集】

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