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うちの大学生

2013.09.02 (月)


長男は9月2日に大学寮に戻る。

つまり明日。

それなのに、今日の夕方になってやっと荷造りを始めた。5月に大量の荷物を持ち帰って、それを自分の部屋とダイニングルームとリビングルームに広げたまま、あっという間に休みが終わる。

夫へのプレゼントとしてボストンから持ち帰ったポスターは、額縁に入れてから2階の通路の壁に立てかけて、それっきり。

日本で買った服や友だちへのお土産、コミックはどうするつもりだろう。

先週やっと大きなスーツケースを注文した。私がアマゾンのページを長男にメールしたのは、日本から帰った直後だから、もう3ヶ月近く前だ。高い買い物なのに、いつまでたっても決めない。ぎりぎりになって、「これにする」と言われても、送料無料のオプションでは配達に時間がかかる。

ああ、もったいない。

経済観念がまるでない。どケチな私の子どもとは思えない。

いっしょに買い物に行っても、値段を見ていないのがよくわかる。それほどぜいたくをさせたつもりはないが、どこに行くにも車で親といっしょという育ちのせいか。

大学生活で初めて自分で財布を持って買い物に行くという経験をするようになったが、銀行の残高が減れば私が入金するわけで、お金のありがたみがわかるはずもない。

今年度からwork studyという学内でのアルバイトをさせてもらえる。労働時間にもよるのだろうが、1年間で1800ドルと書いてあった。学費と寮費と食費以外は、自分でまかなってもらおう。

3日には倉庫に預けてあった荷物が新しい寮に届く。授業は4日から始まるらしい。

こんなことで大学2年目は大丈夫だろうか。


       *


去年、長男が初めて家を出て行ったとき、私は何から何まで手伝った。

今年は車で送っていく以外は何もしない。

計画性がなさすぎる、泥縄式の長男。

やはりうろうろしているだけの、ハイスクール最終学年の次男に言う。こっちも火曜日から新学期なのに、したくしている気配はない。

「ほんとに長男はお尻に火がつかないと始めないタイプね。お尻どころか、もう背中にも燃え移ってるんじゃない。どうしてぎりぎりまで待つのかしら。見てるだけでいらつかない?」と私。

「英語でも同じ言い方あるよ。Like your ass is on fire.」と頓珍漢な答えが返ってくる

(こちらの意味は、大急ぎである場所に向かう、あるいは今いるところから慌てふためいて離れる様子。文字通り、お尻に火が付いて走り去るアメリカのコミックが目に浮かぶ。日本語の「事態が差し迫って、追いつめられた状態になる(出典:大辞泉)」とは微妙に違う。ちなみに、assはお下品なので、淑女は使わないように。)


        *


まだ一度もボストンに行ったことがない次男を連れて、再び片道3時間の運転である。

長男はきっと今夜遅くまで荷造りで、明日は朝寝坊だろうし、次男は入院のせいでここ1年ほとんど運転していないからハイウェイは無理だ。昼夜逆転の夫は、まず車中で寝るだろう。

ということは、明日もまた私がハイウェイをほとんど全部運転して、ボストン・ケンブリッジ市内だけを夫に任せることになる。

ハイスクールのジュニアを棒に振った次男は、大学進学の意欲も消えてしまったように見える。

大学の街に出かけて、長男の大学や寮を見て、少しはやる気を出してくれればなあと思う。

新入生だった去年とは違って、今年はどこに車を停めて荷物を降ろしたらいいのかもわからない。長男に聞いても、「行けばわかるんじゃない?」とのん気な返事が返ってくる。

短気な夫と、おっとり長男と、興味のなさそうな次男と、往復6時間の運転。

留守番の兄妹猫に代わってもらいたい。


<今日の英語>

I think I've got it sorted.
解決できたと思います。


仕事の内容がよくわかっていない女性がいた。ディスカッションの際に質問をして、スーパーバイザーから回答を得られたときの彼女の返事。
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19年ぶりのフルタイム

2013.09.16 (月)


長男が生まれてから、私はずっと専業主婦だった。

長男がハイスクールに入ったころから、ちょくちょくパート仕事をした。出不精な私にはぴったりの、在宅でコンピュータ相手の単純作業である。

4か月で「プロジェクトは終わりです。ご苦労さま」と切られた後は、もっと低賃金で時間ばかりかかるクラウド・ソーシングをしてみた。ノルマもないし、好きな時にタスクを選べばいいのだが、小学生の小遣いにもならない。

しかし、ほかに当てはないので、英語の勉強と思って続けていた。


      *


1年ちょっと前のある日、昔レジュメを送った会社からメールが来た。

さるIT大企業から仕事を請け負っている、いわば下請け企業である。いくつかポジションがあるので、興味があれば再度レジュメを送られたしとのことだった。

簡単なテストに合格し、1週間のトレーニングの後で、再びテストがあって採用された。

これも安い時間給のパートで、週にx時間以上は働くべからずという上限もあった。福利厚生は一切なし。仕事がない日はもちろん収入なし。毎週成績が出て、数字が悪ければまたテストを受けねばならない。私は2回は再テストを命じられた。

夫と子供たちには、「今週こそ、首だわ。明日で終わりかも」などとしょっちゅう宣言していた。

単純作業であることには変わりなく、1年も続けてほとほといやになる日もあった。G氏のプロジェクトが軌道に乗って、いくらかでもうちに分け前が入るようになったら辞めるつもりだった。

しかし、スタートアップはいっこうに離陸しない。それどころか、私の微々たる収入で支えている状況だった。

おかしなことに、「もう首でもいい。首にしてください」と投げやりになると、リラックスしてか成績が上がった。1年近く続けて、多少は仕事がわかってきたのかもしれない。それでも、成績は安定せず、また再テストの通知が来たらもう辞めようと思っていた。それほど、飽き飽きしていたのである。


        *


7月末日。

「成績優秀につき、新たに設けられるQuality Analystへの応募資格を与えます」とマネージャーからメールが来た。フルタイムで、今ほどの単純作業ではないらしい。コンピュータ画面だけを相手にしていた従来の仕事とは違って、IT企業のエンジニアと直接関わる立場だが、契約会社からの出向なので、福利厚生はなし。

そういえば、このところの成績はわりと安定していたなと気がついたが、特に優秀だとも思わなかった。もしQAのテストに受からなくても、今の仕事は続けていいと書いてある。

「フルタイムのQAポジションに応募しませんかって。今の会社の所属だから、契約社員のままだけど。どう思う?」と夫に相談した。

"Do it!"

「でも、テストがあるのよ。合格したら面接もするって。それに基本はフルタイムだって。どうしてもというならパートも考慮しないではないって。パートで申し込んでもいいみたい。週に40時間もできるかしら。今みたいな単純作業だったら、発狂するわ。時給がどれくらい上がるかわからないし。それに、次男の通院だってあるし」と私はぐずぐず言い訳をした。

Just do it! 次男の送り迎えはぼくがやれるよ。きみがどう言おうと、会社はきみを優秀だと思ってるんだから。すぐ返事したほうがいい。もちろんフルタイムだよ。」

夫のソーシャル・セキュリティしか収入がない今、お金がほしいのはやまやまだが、いくら自宅勤務でもフルタイムで大丈夫だろうか。なによりも、私の体力が持つかどうか。


        *


指示通りに、カバーレターとレジュメを送った。

折り返し、テストの説明があった。IT企業なのにテスト用のシステムが作動せず、実際にテストに取り掛かれたのは2日後だった。そのくせ、提出締切日は同じ日なのである。

今と同じような仕事ではあるが、より詳細な分析をしろという。半分終わって、これはだめだと思った。全部終わったときも、まずだめだなと思った。

どうせフルタイムは大変だから、当分いまのパートでいいわ。早くG氏のスタートアップがどうにかならないかなあと、私はどこまでも他力本願である。

テストの翌日、面接の日付を選べという連絡が来た。

1人1時間ずつの枠で、5人分。マネージャーにテストの結果を聞くと、IT企業からは説明がないと言う。私は自分がテストに受かったのかどうかも知らないままで(最初のテストを何人が受けたかも不明)、面接の予約をした。4日後である。

すると、IT企業の面接官2名の名前と面接サイトへのリンクが届いた。

オンラインでの面接は初めてである。

面接そのものは22年ぶりだ。長男を生む前に3年働いた会社での採用面接が最後だった。今の下請け企業では単純作業要員なので、レジュメとテストだけだった。そのレジュメだって、あまりにも書くことがなく、日本での25年前の勤務先や6年前の補習校でのボランティアで膨らませたほどだ。

ともかく、面接のコツをネットで調べて、対策メモを作った。

面接官を検索すると、一人は台湾出身のエンジニア。台湾とアメリカの両方で大学を出て、もちろん博士号持ち。もう一人は北欧出身のプロジェクト・マネージャー。おそらく二人ともまだ30代。


        *


ビデオなのか音声だけなのかもわからず、念のためブラウスを着て化粧をし、あまり見苦しくないところを背景にしてパソコンをセットした。いい迷惑は猫で、地下室で1時間待機である。

面接サイトのリンクはうまく開き、しばらくして二人のプロファイル写真が画面の中央に出た。女性の声が聞こえる。

「私の声が聞こえます? あなたのマイクロフォン、オフになってませんか?」

見ると、それらしいアイコンに斜線がついている。慌ててクリックして、ようやく先方に私の声が届いた。契約社員であれ、IT企業に雇ってもらおうという人間がこれでは先が思いやられる。もしかして彼らには私の顔が見えるかもしれず、無理に笑顔を作った。

女性が少ししゃべったあとで、男性が仕事内容を説明した。事前に聞いていたこととまあ同じである。私はいくつか質問をした。そのうちの一つに、"Good question."とエンジニアは言い、私はほんとにいい質問なのか、ただの社交辞令でそう言われたのか、判断できなかった。

「では、あなた自身について話をしてください」とエンジニア。

準備していたはずなのに、あがっていた私は、「私は日本で生まれ育って、アメリカには25年ほど住んでいます。今の派遣会社には1年ちょっと勤めています」と言った後で、何を話したらいいのかわからなくなった。

「今の仕事で何を学びましたか。わからないことがあったときは、どう対処しましたか。」

私は例をいくつかあげて、説明した。緊張で英語を間違え、5分ほど話すと汗だくだった。これが1時間も続くのか。

「では、今の仕事をどれくらい理解しているかちょっとやってみましょう」とエンジニアは続け、まず私に3つ問題を作らせた。そしてどうやって分析したかを説明させた。どうもうまくいかない。面接官は両方とも英語が母国語ではない。しかし、そんなこと何の気休めにもならない。だいたい、多少のアクセントがあっても、二人とも素晴らしく上手な英語を話すのだ。

どうにか3問を片付けると、今度はエンジニアが問題を出すと言う。あとから思うと、ひっかけ問題ばかりだった。

もはや私の分析はほとんど屁理屈となった。時計を見る余裕もなかった。

「では、最後に何か質問はありませんか。」

もうすぐ1時間が経とうとしていた。最初にあれこれ質問していた私は、何も思いつかなかった。しかし、面接の心構えとして、この最後の質問をちゃんと準備しておけとよく言われる。

「いえ、特に何もありません。」

「わかりました。あ、そうだ。もし採用されたら、いつから働けますか。」

「明日はどうでしょう? いつからでもOKです」と私にできる唯一の売り込みをし、それで面接は終わった。


        *


猫を地下室から解放してやらねば。

1階へ降りていくと、長男がソファでパソコンをしていた。

「ぜんぜんダメだわ。頓珍漢な受け答えばっかりしたような気がする。それに、英語もむちゃくちゃだった。こりゃ無理だわ。」

「お母さん、そんなこと言って、きっと合格だよ。いつもそうなんだよ。毎週クビになるって言ってたのに、QAのインタビューだよ。」

「そうかしら。私って自己評価が低すぎるのかしら。でも、今度はまずだめだと思う。9割ダメだわ。」

あとで考えれば考えるほど、エンジニアの出した問題のうち1問でもまともに答えられた自信がなかった。夫にもそう伝えた。

「やれるだけのことは、やったじゃないか」とどうでもいい返事だった。私はこれまで通りの単純作業に戻った。

仕事をしながらも、あのときああ答えていれば、最後の質問を考えておけばなどと、後悔ばかりしていた。


      *


3日後、今の会社の知らない人からメールが来た。

「残念ながら」というアレだなと思って開くと、合格通知だった。驚いた。

しかも、IT企業側の面接官が私に非常にいい印象を持ったと書いてある。これまたお世辞だなと思った。アメリカ人は、日本人とは別の意味で社交辞令が好きだ。

週40時間のフルタイム勤務。当初は今年いっぱいのプロジェクトと聞いていたが、来年の6月までで、延長もありうる。時給は今の2倍。仕事時間が2倍で、時給が2倍ということは、単純計算で年収は4倍か。もっとも、今年は残すところ4か月だし、来年も6か月間としたら、総収入はそこまで増えない。

「合格って!信じられない。あの面接でよ? 時給は2倍で、フルタイムだから仕事時間も2倍」と夫に告げると、「じゃあ年収は4倍だ」とさっそく計算する夫。そして、Congratulations!と右手を差し出した。

長男にも伝えると、「ほら~。ぼくが言ったとおりじゃん」と、のたまう。

「でも、フルタイムなのよ。あんたが生まれてから初めてよ。あんた、いくつ? 19?」

いくら契約社員でも、もうすぐ52歳になろうという、英語もネイティブでないおばさんを採用するほうもするほうだ。大学卒業年度や日本での勤務年で、私の年齢などすぐ見当がつく。

単純作業からいくらか解放されるだろうという嬉しさと、昇給のありがたさに思わずにんまりする一方で、またしても、私は相当買いかぶられている、QAなんてやったこともないし、すぐ首になってまた今までのパート仕事に戻るだろうと思った。

そうなったときに傷つかないための自己防衛機制である。


<今日の英語>

Let's aim for Monday.
月曜日を目標にしましょう。


派遣会社のマネージャーにいつから始められるかとメールで聞かれて、私は明日にでもと答えたが、IT企業側の都合もあるし、切りよく週明けからにしましょうという返事が来た。



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