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今日の英語 2012年2月掲載

2012.03.01 (木)



2/2/12
I am going through the same exact thing. 
私もまるっきり同じことを経験しています。

2/3/12
I did so deliberately.
わざとそうしたんだよ。

2/5/12
What's the story with you today?
今日は何かあるのか?

2/8/12
Take it or leave it.
条件をのむか、のまないかの二つに一つ。

2/10/12
What time and day would work best for you? 
いつがご都合がよろしいですか。

2/14/12
They are putting their energy in the wrong place.
彼らは間違ったことにエネルギーを注いでいる。

2/15/12
Thank you for inviting me in.
家の中に入れてくれてありがとう。

2/16/12
I don't know off the top of my head.
今すぐパッとわかりません。

2/19/12
Cut them some slack.
大目に見てあげなさい。

2/20/12
How many years now?
もう何年経った?

2/23/12
There are still some kinks to be worked out.
解決しないといけない問題がまだあります。

2/25/12
Are you still there?
聞いてる? まだいる?

2/26/12
You are definitely on to something.
それはほんとに言えてるね。

2/27/12
Will you be around?
そのへんにいる? 会える?
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「シェリ」

2012.03.04 (日)


私は小さいときからお話が好きだった。特に、女の子が主人公の「赤毛のアン」シリーズや「若草物語」「ジェーン・エア」の類は片っ端から読んだ。

一番好きだったのは、「あしながおじさん」。

少女マンガにも夢中だった私にとって、あの筋書きはまさに少女マンガの王道を行くものだった。冷めたおばさんとなった今は、ジュディに奨学金を出してやった大富豪の男は何歳だったのか、総資産はいくらで何に投資したのかなんてことが気になる。

中学・高校時代はロシア文学やフランス文学を手当たり次第に読んだが、今思うと、ただ活字を追っていただけである。

なぜか日本文学はあまり読まなかった。外国に憧れていたせいだろう。

大学時代に読み直した作品もあるが、そのときでさえ、たとえば「赤と黒」や「アンナ・カレーニナ」を理解できたとは思わない。小娘に人生の何がわかる。

社会人になると、文学を落ち着いて読む時間も体力もなくなった。

薄い文庫本だからと選んだのが、ジョルジュ・サンドの「愛の妖精」。

日本語の題名があざとくてずっと避けていたのを、どういう気の回しか買ってみた。なるほど、こういう話を書かせたらやっぱりフランス女性だと思った。おもしろくもないのにもてはやされたサガンを読んで以来、フランスものはもう結構と思っていたが、さすがに古典は違う。


           *


去年の夏、カリフォルニアに行ったとき、古本屋の棚にコレットの「シェリ」を見つけた。

コレットといえば「青い麦」だが、私は読んだことがない。「シェリ」は題名すら知らなかった。

表紙には「五十歳を迎えようとする元高級娼婦と、シェリ(いとしい人)と呼ばれる親子ほども年の違う若者との息づまるような恋」と書いてあった。フランスのお話には、やたら若い男と年上の女の組み合わせが出てくるが、五十歳とは思い切ったことをする。

さらに「ジッドが『一か所として軟弱なところ、冗漫な文章、陳腐な表現もない』と賛嘆した」、コレットの「最高傑作」。

これは聞き捨てならない。設定といい、作品の質といい、ぜひとも読まなくてはと思い、その場で買った。


         *


読んだのは秋も終わりになってからだった。

1回読んで、すぐまた最初から読み直した。原書で読んだらさぞかしと思ったが、私はフランス語がわからない。

冒頭、シェリのせりふがいやに粗野で、翻訳が気に入らなかった。でも、彼の生い立ちからしてそうあるべきだとわかった。高級娼婦だった母親に甘やかし放題で育てられ、まともな教育を受けていない放蕩息子である。しかし、美貌と若さと意地悪なのに甘えん坊の性格で、母親の友人であるレアを虜にする。

彼を子どもの頃から知っているレアも元高級娼婦。公称49歳。

2人が恋愛・肉体関係になったのは、シェリが19歳のとき。年齢差24歳という設定で、関係は6年間続いた。

もともとは1920年にフランスの大衆紙に連載された小説である。今ならともかく、当時で50歳の女性というのはほとんど老女ではなかっただろうか。

もちろんレアは魅力にあふれ、手練手管に長けていて、健康でおしゃれでスタイルもいい。シェリは自分からキスを迫っておきながら、あっさり参ってしまう。

しかも、彼女は高級住宅街に居を構え、召使を何人も抱えた贅沢な生活をするに十分な資産を蓄えた。だからこそ、シェリはジゴロみたいな生活ができたのである。こういう関係を続けるには、経済力がものをいう。

もっとも、彼も母親から財産を分けてもらっていて、学もないのになぜかお金の管理だけはできる。

貧乏ったらしい話は出てこない。

結婚だけでなく、恋愛においてもお金は大事である。


            *


当初、シェリの母親は、自分にはお手上げだった息子をレアになんとかしてもらおうと、わざと2人きりにしてけしかけたふしがある。レアもほんの短期間のお遊びのつもりだったのが、ずるずると関係を断ち切れない。

しかし、シェリが24歳になったとき、彼の母親は彼を知り合いの若い娘エドメと結婚させてしまう。

      【注:結末を知りたくない人は、ここから先を読まないように

レアは自分がどれだけシェリを愛していたかを自覚して苦しみながらも、身を引くことを決心する。そして、誰にも行き先を告げず、パリを離れる。

レアがいなくなって動揺したシェリは、18歳の新妻をほったらかしにして、友人の泊まっているホテルに転がり込み、放蕩生活を続ける。3ヶ月経って、やっと家に戻ったとき、そんな夫を愛するエドメはおとなしく待っていたのである。

そうこうするうちに、レアがパリに戻る。

でも、シェリには会いにいかない。本当は会いたいのだが、シェリの母親から息子夫婦がうまくやっていると聞いて、今度こそあきらめようとする。

ある夜更けに呼び鈴がなり、召使を押し切って、シェリがレアの寝室のドアを開けて入ってきた。その直前にレアは「白粉をはたきに走った」が、半年ぶりに会うのに、いつものめかした自分に仕立てる時間はなかった。

嫌味の応酬や抱擁や愛の告白のあと、ベッドを共にする。翌朝、レアはシェリが自分のところに戻ってきたと有頂天になり、2人でパリを離れようと時刻表を調べ始める。

しかし、シェリは1人で喋りまくるレアを黙ってぼんやりとみているだけ。

一言も意見を言わないシェリに、「あんたはいつまでたっても12歳みたいよ!」とレア。

われに返ったシェリは、「あんたと一緒にいれば半世紀でも12歳のままかもしれないよ」とぽろっと本音を口にしてしまう(なぜそこで年齢を話題にするのだ?)。

沈黙と弁解。同情と皮肉。

それでもまだレアはシェリへの執着を捨てきれない。

言い争いのなかで、シェリはレアがいなかった半年間、自分がどれだけ彼女に恋焦がれて捜し求めたかを切々と語り始める。それは本心だったのだろうが、終わってみれば幻想にすぎない。

「そんな生活が何ヶ月もあってさ、それでぼくはここへきたんだ、そしたら…」と言いかけて、押し黙ったのをレアは引き取る。

「それであんたはここにやってきて、ひとりの婆さんを見いだしたってわけよね。」

レアは真実をオブラートに包んだりしない。現実を突きつけられて、シェリが絶対に口にできないことをさらりと言ってしまう潔さ。

エドメがどれだけレアに及ばないかとけなしながらも、シェリは若妻になじんでいたのだ(「あんたは味をおぼえたのよね、若さの味を!」)。前夜の情事は嫉妬心にかられて、もう一度レアを征服し、快楽を得たいがためにやっただけで、よりを戻すことはできないと気づく。

一夜明けてみたら、あれだけ恋焦がれた愛人は1人の老女でしかなかった。

寝たふりをしていたシェリの目に入ったのは、「まだ白粉もつけず、うなじに貧相な巻き毛の房を垂らしたまま、二重顎と衰えた首筋をあらわにした」レア。

何より残酷なのは、シェリがレアに希望を持たせてしまったことである。

それでも、自分がどう振舞うべきかを悟ったレアは、シェリをかいがいしく身づくろいしてやり、家に帰らせる。2階の窓から見送っていたレアは、シェリが中庭で立ち止まるのを見て、「もどってくる!もどってくるんだわ!」と腕を振り上げて叫ぶ。まだ最後の望みを捨てきれない哀れさ。

しかし、「ひとりの老女が息をはずませながら、彼女と同じ身振りをして」いるのを鏡の中に見出し、「この気違い女とあたしはなんか関係があるのかしら」と思う。

コレットは容赦ない。


             *


コレットは、再婚相手の息子との仲が噂になり、離婚した。奔放な恋愛遍歴で有名な人なので、この作品にも自伝的要素があるらしい。

それにしては、冷静な筆致で、孤独な女性の老いを非情な目で追う。

いくらお金を貯めても、しょせんは裏世界の女たちである。

元娼婦仲間で集まっては、時間をつぶす。70歳近いのに未成年のジゴロをひきつれた老婆がいる。シェリの母親は「樽みたいに」太って、下品な甲高い声でわめく。まだ若くて魅力的なつもりのレアも、遠からずその中の1人になるのだろうかと不安を抱えている。

レアとシェリの母親のあいだには、「友達の顔に最初の皺と白髪があらわれるのをじりじりと待ちこがれるライヴァルどうしの苛立った友情」があった。表面上は親身にしていても、お互いに気を許さず、残酷な意図を探り合う。それでも、娼婦だった彼女たちには、この狭い世界で生きていくしかない。

解説によると、「シェリ」には「シェリの最後」という続編がある。

読みたいのだが、「レアは見る影もなく肥満して風情のない老婆になってしまっている」というキビシイ設定に、さすがコレットと恐れ入った。

本書でとても魅力的なレアを想像した私には、まだ続編を読む勇気がない。


          *


この小説は2009年に映画化された。

レアを演じるのは51歳のミシェル・ファイファー。本のイメージでは、もっとたくましい腕をした豊満な女性なのだが、あれくらい華奢でなければ映画になるまい。

シェリの母親はキャシー・ベイツ。これは想像とぴったり。脚本のせいでカリカチュアみたいなキャラクターになっているという批評があったが、本から受ける印象がまさにそうなのだ。

肝心のシェリは、ルパート・フレンドというイギリスの俳優。私は聞いたこともない。ちょっとナヨッとしていて、ジゴロの設定にはいいのだろうが、町を歩くと女が振り向くほどの美貌ではない。怠惰で意地悪な雰囲気もいまひとつで、もっと他に適役がいたのではないかと思う。

同じ監督による「危険な関係」とちがって、「シェリ」はヒットしなかった。ファイファーとフレンドの間にケミストリーがなかったらしく、それは致命的である。

私は映画の宣伝を見た記憶すらない。

しかし、予告編のビデオを見ると、ベル・エポックのコスチュームやセットは素晴らしい。ミシェル・ファイファーの衰えつつある美貌を拝むだけでも見る価値はあるかもしれない。



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レストランの風景

2012.03.06 (火)


先日、わりと最近オープンしたレストランに行った。

外食は半年ぶりである。

わたしは重症の出無精なので、もともと出かけるのがきらいなのだが、このあたりにはまともなレストランがない。私はケチでもあるので、まずいものに高いお金を払うのはがまんできない。ふと気がつくと、何ヶ月も外食していないなんてことがよくある。

しかし、子どもたちの冬休みも終わりかけたある日、ご飯を作るのがどうしてもいやになった。

そういえば去年の秋に新しいイタリアン・レストランができたのを思い出し、検索するとお店のメニューが見つかった。

このへんでイタリアンというのはピザ屋と同義語なのだが、そのお店ではリゾットを出す。これはいいかもしれない。

長男は友だちの家に呼ばれていたので、私と夫と次男の3人だけで出かけた。

「おかあさん、あんまり期待しないほうがいいよ」と次男。

これまでも「グルメ」・デリだの「本格的」ジャパニーズ・レストランだのにいそいそと出かけては、落胆したわたしを見ているのだ。

「そうなのよ。期待しちゃいけないの。期待しない、期待しないって自分に言い聞かせてるから、だいじょうぶ」と私。しかし、自分でご飯を作らなくていい、片付けなくてもいいと思うだけでウキウキしてしまう。


            *


わりと大きめのレストランで、かなり混んでいた。

お決まりの前菜は、イカのリングフライ。ふだんは4人で分けるのに、長男がいないので、3等分する。

「もうすぐ長男が大学へ行ったら、いつもこうなるんだな。今日は予行演習だ」と夫が次男に言う。

最初は私と夫の2人だけで、長男が生まれたら3人で、そして次男が生まれて4人で出かけたのが、だんだん元に戻っていくわけだ。

いつもとちがって、4人がけテーブルには椅子が1脚空いている。

パンはおいしく、期待が高まったが、リゾットはだめだった。しかも、あまり考えずにシーザーズ・サラダを頼んでしまい、どっちもコッテリですぐに満腹になった。それほど量が多いようには見えなかったが、久々に食べる外食の一人分に手こずった。とてもデザートまでたどりつけない。

夫は眠気を覚ましたいとエスプレッソを飲み、自分だけロブスター・ビスクも頼んだ。まだブランチメニューもあって、エッグズ・ベネディクトという動脈硬化直行便のようなものを注文した。

次男はラビオリ。めずらしく残して、お持ち帰りにしてもらった。やっぱり前菜の3等分が効いたか。

夫があれこれ頼んだわりに、会計は少なかった。やはり3人なのだなと思った。


           *


斜め向かいのテーブルに、50代後半くらいの夫婦らしい2人が座っていた。注文を済ませたあと、ご主人は新聞を広げた。奥さんは黙って前を見ている。

料理が来た。ふと見ると、ご主人は携帯で話している。奥さんが「やめなさいよ」という感じでご主人に言う。それほど大声ではなかったが、やはり目立つ。奥さんはとてもいやそうだった。ご主人はようやく電話を切って、食事に戻った。

2人は無言で食べ続ける。

子どもがいるのかどうかわからないが、いかにも長い間いっしょに暮らしてきた夫婦に見えた。いまさら何も話すことはないという風だ。

黙っていても心が通じているような老夫婦もいるが、この夫婦はそういう雰囲気ではなかった。もちろん、私が受けた印象だけで、本当のところはわからない。

次男が家を出て、私と夫だけがレストランに行ったら、どんな夫婦に見えるだろうか。

私たちはわりとしゃべる。唯一そうでなかったのは、夫が出張にかこつけてタイ女と会っていたのを発見したとき。修羅場であっても外では平然と会話できるほどの演技力は、私にはなかった。

でも、それはもう10年以上前のこと。忘れてはいないが、傷の上にできたカサブタさえも取れたような気持ちになった。ただ、そこには見えない傷があるのかもしれない。セックスレスの話はどちらからもしない。そのせいか、(それ以外は)なんでも話す間柄でありながら、どこかに壁を感じる。


          *


となりのテーブルには4人家族がいた。
 
まだ小さい女の子が何かの画面を叩いていた。うちの子供たちが小さい頃は、クレヨンと紙、しばらくしてニンテンドーDSだったが、ハイテクになったもんだ。

「ねえ、あの子のやってるの、リープパッドとかいうやつ?昔、よくコマーシャルやってたじゃない? フォニックスみたいな」と次男に聞いた。

次男は首を伸ばし、一瞥して言った。「あれ、iPadだよ。」

「えっ、そうなの? ふちが緑色だから、てっきりおもちゃかと思った。へー、あんな色のiPadがあるの」と私はまるっきりおのぼりさんみたいになった。

私はアップルのお店で実物を見たことがあるが、レストランに持ち込むものだとは考えなかった。

ふと見ると、その子のお母さんの手元には携帯が2つも置いてある。私も携帯は持ってきた。万が一、長男から連絡があったときのために、オンにしておいたが、かばんの中に入れたままで、一度も出していない。テーブルの上に置くのは憚られる。

アメリカ人もフェイスブックやブログに料理の写真を載せるために、レストランでパシャパシャ撮る人もいるんだろう。食い意地の張った私にはそういう発想がない。食べ物が目の前に来たら、食べることしか頭にない。

ウェイトレスに案内されながら、携帯で話し続けていた人もいた。若い人は、歩きながら(おそらく座ってからも)テキストを打つ。驚いているのは私だけで、当人も回りも平然としていた。

私が家にこもっている間に、こんな田舎でも世の中はずいぶん変わっていた。


<今日の英語>   

I took the heat off you last night.
昨晩はきみのプレッシャーを軽くしてあげたよ。


毎日、私にくっついて寝たがる猫たち。暖かいのだが、重いし寝返りが打てない。昨夜は気を利かせた夫が兄猫を自分の部屋に入れたのだそうだ。夫はそういうことをいちいち報告したがる。兄猫はすぐに抜け出して、早朝から騒いだので、なんの軽減にもならなかったのだが、サンキューと言っておいた。



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春眠

2012.03.08 (木)



今年は暖冬で、昨日は60度(15℃)近くまで気温が上がった。

買い物に行ったら、半そでの人がいた。今年は重いジャケットの出番がほとんどなかった。せっかく次男に買った厚手のフリースジャケットもハンガーにかけっぱなしである。

このまま春に突入すれば、雪かき費用が100ドル以下というありがたい年になる。

すでに日差しは春のもので、日が長くなり、夕方6時でもほの明るい。今度の日曜日から夏時間が始まるのも違和感がない。

春はうれしいのだが、木の芽アレルギーの私はこのところぼ~っとしている。

頭も痛いし、目もかゆい。喉もおかしい。ベナドリルを飲みたいが、眠気で運転できなくなるので、子どもの送り迎えがある日は飲めない。

起きていても不快で、ついベッドでうとうとする。特に兄猫が朝4時から騒ぐ日は、昼寝をしないと夜まで持たない。

昼夜逆転の夫は午前中はもちろん、午後1時を過ぎても寝ていることが多く、下手すると、夫も私も猫2匹とぐうぐう寝ていたりする。

私が惰眠をむさぼっている間にも、世間ではキビキビ働いている人たちがいるのだなあと思う。


           *


いま、夫の収入は障碍手当てだけだが、そこそこの貯金はある。

企業年金はまだ引き出してもいない。終生毎月もらうべきか、一括で受け取るべきか迷う。年金にすると総額は多いが、インフレに食われそうで決心がつかない。

夫はあと6年すれば、ソーシャル・セキュリティの全額がもらえる。

手持ちの現金は少ないが、まだ売る株もミューチュアル・ファンドもある。家のローンはあと1年半で完済する。

これから2人ぶんの大学授業料と寮費その他を捻出しなくてはならないが、それぞれ10万ドル以上の教育資金を貯めた。足らないぶんは他の貯金から出すか、教育ローンを組むか。

大きな病気をしなければ、経済的にはおそらくこのままやっていける。

私は幸運だったのだろうか。

夫は休職して、結局退職してしまったし、躁うつ病できっと死ぬまで投薬が必要だ。一時はどうなることかと思ったが、落ち着いた。

私は言いたいことを言って、やりたいことをしている。

アメリカに住む日本人女性が夫のDVにあったり、お姑さんにいじめられたり、離婚したくてもできなかったり、お金がなくて医者にかかれなかったりという話を読むと、私の苦労は苦労のうちに入らないなと思う。


          *


アメリカでは2組に1組が離婚する。

アメリカ人夫と日本人妻の場合、言語や文化背景の違いからしてトラブルが起きやすい。国際結婚が増えれば、国際離婚も増える。8割という数字も聞くが、きちんとした統計はないらしい。

補習校で会った日本人女性で、アメリカ人男性と離婚していた人も何人かいた。最初は驚いたが、「実はあの人も」という形で話を聞くに及んで、わりといるんだなと慣れてしまった。それでも、離婚率8割はありえないだろう。

5割は平凡に(離婚の危機なしに)暮らしていると私は思う。

うちは私が拒否してセックスレスになったのだから、いつ夫が離婚を申し出てもおかしくない。もしそうなったら、私は同意するつもりでいる。

しかし、今のところ、その気配はない。

夫はお金の管理やその他日常のこまごましたことを私に任せっぱなしなので、それだけでも私といっしょにいる価値があると思っているかもしれない。あるいは、子どもが大学を卒業して独り立ちするまではと考えているのかもしれない。

私たちはリベラルな思想といい、本好きで外出嫌いなところといい、共通点がわりとある。 なによりも、私たちは変わり者だと思う。いろんな点でズレているんじゃないかとぼんやりした頭で考える。そのズレがうまく合っているのかもしれない。

子どもたちを学校へ送り出し、静まった家の中で、私はお気楽な1日を始める。


<今日の英語>   

Miso soup is a snap.
味噌汁は簡単にできますよ。


ラジオに出演したシェフの一言。ミソを作るのは大変なんでしょうと尋ねるホストが、実はミソ・スープのことを言っているのだとわかり、味噌汁の作り方を説明した。アメリカ人が発音すると、ミゾあるいはミズに聞こえる。むかし、夫が日本レストランでミズ(水)を頼んだら、味噌汁のお代わりが来た。



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新しいガールフレンド

2012.03.09 (金)



冬休み直前の金曜日、学校のクラブに残っていた長男から電話があった。

「きょう、クラブの子たちと映画に行きたいんだけど、お母さん運転できる?」

「いいけど。なんの映画?」

「宮崎駿の新しいやつ。今日がオープニングだって」

大学も決まったことだし、明日から休みだし、健全な仲間とアニメならいいだろうと承諾した。もちろん次男もいっしょで、高速を20分飛ばして送っていった。

私は宮崎アニメには興味がなく、新作についても知らなかった。映画館の上映時間を調べたとき、「借りぐらしのアリエッティ」だとわかった。題名は聞いたことがあるような気がしたが、どんな話か知らない。

「借り暮らしってわかる? Rental housingってことよ」と、夢をぶち壊すような日本語訳をする私。ちなみに、アメリカでは"The Secret World of Arrietty"という題で上映している。


           *


映画館のあるショッピングセンターで2時間以上も時間をつぶし、待ちくたびれた。

やっと長男から電話があり、やれやれと思ったら、「映画終わったんだけど、これからみんなでスターバックスかどこかに行こうって、いい? ちょっと時間ある?」とのたまう。

「みんなって、誰よ。」

「別のクラブの子たちもグループで来てて、あれーって、ロビーで会ったんだよ。」

「だめ。お母さんはもう帰りたいの。疲れたの。また今度にして。だいたい、このへんにスターバックスなんかないじゃない」と即座に却下した。

帰りの車中で、長男が意外なことを言った。

「アナスタシア(彼女はずっと前に長男をふった)がテニスクラブの友だちを連れてきてて、その子がぼくと会おうって。」

「うちの学校の子?」と私。

「R市のハイスクールだって。シニアで車持ってるって。アニメが好きなんだって。ぼくとアニメの話をして、なんか話が合ったんだよね」と長男。

そのテニスクラブには次男も通っている。ちょうどうちとR市の中間にある。

「R市? 遠いじゃない? そんな遠くの子と出かけなくたって。名前はなんていうの?」と言いつつ、私は考えた。

うちから高速で30分以上離れたところにあるR市は高級住宅地で知られ、学校のレベルも高い。うちみたいな田舎とはちがう。映画の前と後にちょっとロビーで話したくらいで付き合いたいとは、どういう了見なのだろうか。

「名前はケイティ。月曜日にテニスがあるから、その前にスターバックスにでも行こうって。ケイティがぼくを迎えに来てくれるから、お母さんは運転しなくていいよ。」

まったく、高校生がスターバックスに何の用事があるのだ。長男はコーヒーすら飲まない。

だいたいうちの近所にスターバックスはない。ダンキンドーナツかピザ屋だ。


           *


長男は、大晦日にジェシカと別れた(そのときの話はこちら)。

あれから2ヶ月しか経っていないのに、もう次のガールフレンドか。しかも、他の学校に行っている子だ。どうせ高校を卒業したら、離れ離れになるのに、なぜめんどうなことをするのだろう。

ジェシカをフェイスブックからUnfriendした長男は、いまやケイティをFriendにして、毎日テキストとスカイプで連絡をしているらしかった。

6月まで授業はあるんだし、まじめに勉強して卒業してもらいたい私はやきもきし始めた。

約束どおり、月曜日にケイティがやってきた。長男によると、愛車はフォード。BMWでないだけ、好感が持てる。

呼び鈴がなって、私が玄関のドアを開けると、小奇麗な身なりの小柄な女の子がにこやかに立っていた。

初めまして。ケイティです」と握手の手を伸ばす。これまでうちに来たどんな女の子よりも、自信にあふれ、しっかりしている。matureという表現がぴったりくる。

「もし長男をここまで送る時間がなかったら、私がお迎えに行くから電話してね」と言うと、「大丈夫です。私が送ってきますから、ご心配なく」とそつがない。

私はすっかり感心してしまった。


           *


長男は7時ごろ戻った。

ピザ屋で2時間以上も粘ったらしい。

「なに、話したの? あの子、大学はもう決まったの?」と私は質問攻めにした。

「うん。G大学だって。ポリティシャンになりたいんだって」と長男。

やっぱり!政治家志望か。道理でしっかりしているわけだ。あの笑顔と握手は、すでに候補者のそれじゃなかったか。

「G大学って、すごく有名で、入るの難しいのよ」と驚きつつ、いったいそんな優秀な女の子がどうしてうちのぼんやり長男を気に入ったんだろうと不思議でならない。

彼女の通うR市のハイスクールにお相手はいないのだろうか。ガールフレンドというより、アニメ好きの仲間扱いなんだろうか。

これっきりかもしれない。

その後、デートの話はあったが、雪で1回、彼女の病気で2回、ドタキャンになった。そのたびに長男は落胆した。きっと本当は付き合いたくなくて言い訳をしたんだろうと私は思ったが、黙っていた。


          *


しかし、先週の日曜日、今度はR市の近くで会うことになった。

長男はちょうど中間地点にある展覧会に行く用事があり、彼女がそこまで迎えに来る手はずになった。帰りは電車である。

今度はレストランで食事をしたのだそうだ。このお付き合いは、お金がかかる。

しかも、ケイティも駅のことはよく知らず、入り口をまちがえて予定の電車に乗りそこなった。1時間に1本なので、遅くなる。私は長男に「ケイティにもう家に帰りなさいって言って」と命じたものの、彼女はいっしょに残ってくれたのだそうだ。

あとで聞くと、彼女の両親は帰りは何時でもいいと言っていたらしい。おそらく9時半には帰宅しただろうが、よっぽど娘を信用しているのか。あれだけしっかりした子なら、ありうる。

私が彼女の母親だったら、まだ一度も会ったことのない、よその町に住む高校生の男の子と食事に出かけるなんて、落ち着かないだろう。

アメリカでの性教育は、運転免許が取れる16歳以前にしなくてはならない。

いったん車を運転し始めると、もう親の目は届かなくなる。前のガールフレンドは運転できなかったし、映画以外はたいてい家で遊んだ。長男がこうやって車で2人だけで出かけるデートは初めてだ。


            *


その翌日もケイティは長男と会いたいと言い(前日に会ったばかりで、なんでまた?)、授業後にうちまで迎えに来るはずだったが、彼女の弟をホッケー試合に連れて行く用事ができて、キャンセルになった。

長男はおそらくボストン、彼女はワシントンDCの大学に行く。遠距離でもあり、お互いに新しい出会いもある。

高校卒業までの軽いお付き合いなのだろうか。

それにしても、こうしょっちゅうデートしては、お金がかかりすぎる。彼女のお宅はやっぱりお金持ちなのだろう。G大学の年間授業料は4万5千ドルである。

最初のデートは彼女がわざわざ来てくれたので、「ガソリン代がかかるから、今度は飲み物くらいおごったら」と長男に言うと、「お母さんには言わなかったけど、この間のピザはぼくが払ったの。ぼくだって、それくらい考えてるよ。」

つまり、長男は「メッシーくん」というやつか!

しかし、2回目のデートは割り勘だったらしい。デザートは1つ頼んで、シェアしたのだそうだ。「ちゃんとチップも置いてきたよ。」 

まあ彼女がついていれば、そのへんは間違いなかろう。

それにしても、そんなに優秀な女の子に気に入られるほど長男は魅力があるのだろうか。

長男は背も高くない。特別ハンサムでもクールでもない(ハーフを見慣れていない人にはエキゾチックに見えるのか)。優しいところはあるが、自分がこうと思ったら頑固でしつこい。インテリでもないし、アスレチックでもない。運転免許もない。ジェシカと別れる原因になったアルコールやタバコに関しては、固すぎるくらい固い。

「アメリカのハイスクールでモテる要素」がことごとく欠けているのだ。

また長男が痛い目に遭わなければいいがと、私は気をもむ。


<今日の英語>   

A lot of us saw the writing on the wall and moved away.
私たちの多くが不吉な前兆を感じて、引っ越して行きました。


シリコンバレーで生まれ育った人の一言。不動産価格が上昇し始めたとき、いやな予感がして他の町へ移ったと言い、「もう自分の故郷は生活費が高すぎて暮らせない」と嘆いていた。The writing on the wallは失敗・災いの前兆。語源は旧約聖書の記述から。



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One Year Later あれから1年

2012.03.11 (日)


東日本大震災から1年が経った。

ここ数日はアメリカでも特集番組が組まれて、被災者のインタビューを聞く機会が多かった。ずっと英語でぼんやり聞いていても、日本語が流れるとすぐに耳が反応する。

もう1年経ったのかと思う。

それでいて、なぜかずいぶん前のできごとのような気もするのだ。

原発事故から目が離せず、終日ネットに張りついていたのが、ほんの1年前とは思えない。

NYの9/11ではそうではなかった。1年どころか、3年経っても非常に生々しい記憶があった。5年くらい経って、やっと「あんなことがあった」という過去の意識が持てるようになった。

地元で起きたからか。ツインタワーの崩壊をライブ中継で見てしまったからか。

自分でもわからない。

もちろん大震災の映像を見れば、いまでも落ち着かない。体の中になにかズシリと重いものが広がる。当時は毎日ネットで見ていたはずなのに、今見るとかなりきつい。直視すると苦しくなる。

地球の裏側で安全な場所にいて、家族も知り合いも直接震災の影響を受けなかった私が、そういう甘ったれたことを言っているのだから世話はない。


         *


アメリカの暮らしが長くなるにつれて、日本は少しずつ遠くなっていった。

1年おきに帰国していた頃でさえ、私はすでに「お客さん」になってしまっていた。そのうち電車の切符の買い方がわからなくなり、お店でのやり取りにまごついたりした。

インターネットがあっても、物理的な距離は変わらない。体がそこになければ、事情に疎くなるし、気持ちも離れるものだ。

それでも、大震災と原発事故の際は、日本が自分の生まれた国だと改めて思い知らされた。

いまだに20万人以上が避難生活を余儀なくされているという。それは私の住む田舎町の人口の20倍。そうして比べてみて、やっとつかめる数字である。

【追記: 「震災の被害は10日時点で死者1万5854人、行方不明者3155人。震災や原発事故で、仮設住宅や親族宅などで避難生活を続ける人はなお34万3935人にのぼる」 日経新聞より】

3月11日を境に、不透明なことが増えた。

廃炉に40年かかると聞いて、私が生きているうちに終わらないかもしれないなと思う。しかも、格納容器は放射線量が高くて誰も近づけず、いまだに実際どこがどうなっているのかわからないというし、次の大地震がいつ起きるかもわからない。

不安材料ばかり目につく。


          *


情報はいくらでもネットで探せるのに、「本当のところはどうなのか」はなかなかわからない。

特に、一般の日本人がどんな風に今の状況を受け止めて、どう毎日をやり過ごしているのか、アメリカにいる私には想像するのが難しい。

9/11のときに私を心配した母や姉の言葉がちょっとずれていたのを思い出す。それと似ているかもしれない。

地震国であるかぎり、大きな地震はいつか起きる。それなのに、これだけ科学が進歩しても、地震予知は占いと同じくらい当てにならない。阪神淡路大震災が起きる確率は0.4~8%と予測されていたそうだ。今は東京直下型や南海沖などの話が、今後何十年に何十パーセントという大きい数字になっている。

どうしようもない。

唯一、予知できる可能性があるという東海地震は、かなり昔から警戒されているのにいつまで経っても起きないので、狼少年みたいになってきた。

そういう見込み違いならいいのだ。ほんとうに狼が来るよりずっといい。

3/11から復興できるまで、日本を取り巻く活断層がおとなしくしてくれることを願う。



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「寂寥郊野」

2012.03.12 (月)


この本(せきりょうこうや)は書評を読んで興味を持ち、日本から取り寄せた。

1993年の芥川賞受賞作だったので迷った。最近は(昔からか?)賞を取る小説にガッカリすることが多くなったからだ。

たとえば、たまたま人にもらった雑誌に載っていた「乳と卵」にはまったく感情移入できず、肩透かしをくらった。独りよがりの戯言といった風情で、私には文体も内容もどこがいいのかわからなかった。

賞を取った作品だから読もうとは思わない。むしろ、受賞作は避けたいほどである。しかし、「寂寥郊野」は気になった。

文庫本のカバーにはこう書いてある。

「朝鮮戦争で来日したリチャードと結婚して幸恵がルイジアナ州バトンルージュに暮らしはじめて三十年。その幸恵の言語崩壊が始まり症状は目に見えて進んでいく。(中略) 国際結婚と老いの孤立を描く現代文学の秀作。」

50歳の私には身につまされるテーマだ。

シェリ」と同じく、これも1997年に映画化されていた。

題名は「ユキエ」。倍賞美津子とボー・スベンソンが老夫婦を演じる。映画の解説を読むかぎりでは、原作とだいぶニュアンスが違う。本には出てこないエピソードがいくつもある。

1997年といえば、うちの次男が生まれたあとで、私はひどい鬱になり、映画や本どころではなかった。インターネットも使えなかったし、この映画は記憶にない。


           *


物語は1990年の秋に始まる。

幸恵は64歳。元空軍パイロットである夫のリチャードは70歳に手が届こうとしている。息子2人はすでに独立した。

アトランタ在住の長男マイケルの妻は日本人の由美子、5歳の息子が1人。サンフランシスコに住む次男ランディは独身だが、日本で仕事したこともあり、日本人の婚約者がいる。

退役後に手がけた事業のパートナーに裏切られて、リチャードは財産を失い、軍人恩給だけが頼りの生活は苦しい。かつて空軍の同僚だった友人に、就職の斡旋を頼むほどだ。

幸恵には、自分と同じく戦争花嫁として渡米した日本人の友人が4人、また教会で知り合ったアメリカ人の友人も数人いる。

     【注: 結末を知りたくない人は、ここから先を読まないように】

経済的な問題を除けば、老夫婦は平凡に暮らしている。

幸恵が渡米した当時の苦労は描かれていないが、少なくとも現在は夫との会話も問題なく、自分の意見をはっきり言える女性である。アメリカに根を下ろし、すっかりなじんでいるように伺える。

しかし、徐々にぼけ症状が出てくる。夜中に焚き火という奇妙なことをして、しかも覚えていない。感情的になる。被害妄想が強くなる。迷子になる。

夫が医者に連れて行くと、鬱病かアルツハイマーの初期症状という診断で、抗鬱剤を処方される。

リチャードは、ビジネスの失敗による心痛が引き金だったと信じ、なんとか当時の判決を覆そうとするも、無駄な抵抗に終わる。

そのうち、幸恵の友人たちが彼女の変化に気づく。ただの疲れだ、ストレスだと思い込もうとしたリチャードもごまかせなくなり、クリスマスに帰省した息子たちに打ち明ける。

ここで、次男の嫁が日本人であることが意味を持つ(長男の日本人婚約者は日本にいるという設定で同席しない)。

なぜなら、ディナーの最中に幸恵が突然日本語を話し出したからだ。

その場でリチャードだけが日本語を理解できず、慌てる。彼は、自分のいるところで日本語を話すなと妻に命じていた。彼女はずっとそれに従っていたのだ。

幸恵の症状が悪化するにつれて、教会からも足が遠ざかり、幸恵のアメリカ人の友が心配して様子を見に訪れる。

その頃には、幸恵は日本語しか話さなくなっている。友人たちがリチャードに幸恵が何を言っているのか尋ねるが、「私には日本語はわからない。(中略)だから、さっきユキエが何を喋ったのか、説明することはできない。」

空軍の友人から整備の仕事を紹介され、パートで採用されたものの、幸恵の状況からしてリチャードは家を空けることはできないだろう。絶望的である。

それでも、彼は妻の友人たちに淡々と心境を語る。


          *


この先どうするのか、何も示されないまま話は唐突に終わる。そこが消化不良で物足りなかった。

寂寥郊野にはソリテュード・ポイントとルビが振ってある。

Solitude Pointはリチャードの農薬散布ビジネスで事故が起きた土地の名前なのだが、「孤独な位置」とでも訳せる。

異国で回復の見込みのない病に冒され、崩壊していく幸恵といい、長年連れ添った妻の話す言葉が理解できないリチャードといい、いっしょに暮らしていながら一人ぼっちなのだ。

苦しい家計から治療や看護の費用をどうやってまかなうのか、考えただけで気が滅入ってくる。

「寂寥郊野」という硬い題名は最初から好きではなかったが、話を読み終えて改めて見ると、字面からして殺伐としていて、ますますどんよりした気分になった。文庫本の装丁も茶色っぽい草原の暗い写真で、寒々しい。

「シェリ」と違って、すぐに読み直す気にはならない。でも、この本はしばらく手元に置いておこうと思う。


          *


気になることがいくつかあった。

幸恵は、知人から「アメリカに来て、何年になる?」と聞かれ、「三十七年になるかしら。朝鮮戦争が終わった年よ。それから日本には、一度も帰っていないわ」と答える。リチャードのビジネスがうまくいっていたときは、経済的に豊かだったのに、なぜ帰らなかったかという説明はない。

1950年代ならともかく、1980年代なら飛行機の旅もかなり一般的になっただろう。私は自分が毎年のように里帰りをしていたので、それほど長い間に一度も帰国しない人を想像するのが難しい。

それほど長い間離れていても、ぼけたら母国語になったということを強調するためか。

もう一つの疑問は、子どもたちの日本語教育である。

リチャードの前では日本語を使わないというルールで、どうして2人の息子が日本語を覚えたのか

クリスマスに突然母親が日本語を話したら、次男は日本語で流暢に答えた。彼は日本語ができるから日本で仕事をしたという設定になっているし、長男も日本語を理解しているようだ。

ありえない。

百歩譲って、2人とも大学で日本語を勉強したとしても、バイリンガル教育の現実と違いすぎる。

それに、どちらも日本人女性と結婚するという設定は、都合がよすぎる。

小説にそんな細かいことを追求されても作者は困るだろうが、私は文句の多い読者である。それに、こういう話にはリアリズムを期待してしまう。


           *


幸恵は積極的だ。教会でボランティアをしたり、日本人・アメリカ人とも努めて親しく付き合う。

見上げたものである。社交嫌いの私とは大違い。

しかも、閉鎖的な南部である。おそらく専業主婦だったのだろうが、子どもが学校で人種差別を受けたときには、先生に文句を言いに出かけたりもしている。

彼女はいったいどこで英語を勉強したのだろう。米兵とのやり取りで覚えたのだろうか。日本人がほとんどいない土地であれば、英語を話さざるを得ない。チャイナタウンで暮らす中国人が英語を覚えなくても生活できるのとはちがう。

彼女の父親が岩国基地の中で洗濯屋を開いていて、そこで米軍兵士のリチャードと出会ったという設定である。

戦争花嫁は、二度と日本の土を踏めない覚悟で海を渡ったと聞く。親の反対や世間体もあっただろうし、アメリカは遠い国だっただろう。

若い日本人がアメリカ人との婚姻を国際結婚と呼ぶようになった昨今、戦争花嫁だった自分たちとは違うと幸恵が嘆くシーンもあった。


           *


幸恵が日本語しか話さなくなる背景には、夫の前で日本語を禁じられたことがからんでいるかもしれないと思わせる。

どこにいてもアルツハイマーになる人はなるのだろうが、外国に暮らすストレスが当人の気づかないうちに心身に影響を与えているという説を聞いたことがある。

幸恵の場合、おそらく大人になってから覚えたであろう英語がまるで蒸発したように消えてしまった。

現実にそうなる人もいるらしい。子どもに日本語を教えなかった場合は、老人ホームでも会話ができず、誰かが通訳せねばならない。

何語でも通じないほどぼけるのは哀しいが、ぼけていないのに英語だけ忘れてしまったという場合も惨めである。

英語を話すのがめんどくさいと思う今日この頃。

「おかあさん、日本語ばっかりしゃべってるから、英語がうまくならないんだよ」と偉そうにのたまう次男にカチンときながらも、そりゃそうだわと反省しつつ、「でも、ダディには英語でしゃべってるじゃない」とむなしい反論を試みる。

英語がうまい、へただなどと論じる余裕があるのは、ありがたいことである。


<今日の英語>   

He is a head taller than you.
あいつはきみより頭一つ大きいな。


次男と並んで立っていた私に、夫が一言。



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やっと3校目

2012.03.14 (水)


本命のA大学から合格通知が届いて、早1ヶ月。

すでに入学金と寮費の頭金を払ったこともあり、残り2校のことはほとんど忘れていた。

昨日の午後、私が昼寝をしているあいだに帰宅した次男が郵便物を持ってきた。朦朧としながら、晩ごはんを作らねばと起き上がる。郵便物の中に合格通知特有の大きい封筒はない。

しかし、中くらいの大きさのビニール袋が目に入った。中身はカラフルな冊子で、封筒には細く白いシマシマが印刷してあり、かなり凝ったデザインである。

カタログかジャンクメールだろうと手に取ると、ボストンのM大学の文字がある。

不合格ならこんなお金のかかることはしないで、普通のビジネス封筒に「残念ながら」の紙1枚が入っているはずだ。もしかしたら、合格か?

封筒を裏返すと、シマシマの向こうに”YES”の文字が透けて見えた。封筒いっぱいの大きなフォントである。

長男は運転の学科教習でまだ帰宅していなかった。次男に「ねえ、これ合格ってことじゃない?!」と聞く。

「ちょっと見せて」と、なんだかこの頃とっても偉そうな次男。「イエスだね。」

G氏との電話を終えた夫にも持っていく。「たぶんそうだな」と夫。

もうA大学に決めたあとでは、あまり感動がない。最初の1校が受かるまで、大学見学からSATから願書提出と、キリキリしていたのはいったい何だったのだろう。


       *


夜7時に長男を迎えに行った。

教習の話などをして、家に近づくまでM大学からの封書の件は忘れていた。

「あっ、そうだ! 思い出した。M大学から封筒が来てるのよ。さすがアートカレッジっていう感じのデザインで、おしゃれなんだけど、封筒の後ろにYESって文字が浮いてるの。まだ開けてないんだけど」と私。

「ふーん。じゃあ合格かもね」とこっちも盛り上がらない。

おしゃれな封筒には開けやすいように点線がついていて、Congratulations!と書いてある冊子の表紙は学生のデザインらしい。

これまたCongratulations!で始まる手紙が入っていた。Dean of Admission(入学試験事務局長)の直筆署名で、M大学がどれほど素晴らしいか、入学金のデポジットはいくらか、その他見慣れた情報が並ぶ。

奨学金の話はない。

ここは公立の大学なので、出身州によって授業料が違う。マサチューセッツ州の住人なら、年間9700ドル。New Englandの州(CT, ME, NH, RI, VT)なら16600ドル。それ以外は州外となり、26400ドル。

NYはニューイングランドではないのである。

1万ドルの奨学金をくれた私立のA大学のほうが、年間7千ドル以上も安い。


        *


どこの州も財政難で、州立大学の授業料は年々上がっている。しかし、住人であれば、やはり格安だ。

次男はニューヨークの州立大学に行かせるべきか。

State University of New York(略してSUNY。スーニーと呼ぶ)は全米最大の公立大学システムで、64ものキャンパスがある(2年制のコミュニティカレッジを含む)。1つくらい、次男に合う大学がありそうだ。

しかし、誰もが同じことを考えるもので、SUNYへの入学は年々難しくなっている。従来なら有名私立大に行くような子が授業料の安いほうへ流れて行き、州立大学の入学基準を上げているのだ。

やっと長男の進路が決まってやれやれと息をつく間もなく、次男の大学選びにも本腰を入れねばならない。

次男も長男とは別の意味で幼く、あと2年でハイスクール卒業とは信じがたい。

長男は早々とアート専攻を決めていたので、案外大学の絞込みは簡単だった。次男は何を勉強したいのかもわからない。成績は長男よりずっといいが、ずば抜けている科目はない。ボランティアもしていないし、クラブ活動でもリーダーではない。長男は何人かの先生と非常に親しくして、推薦状もきっといいことを書いてくれたが、かたくなな次男ではそうもいかないだろう。

成績がぱっとしない長男のことばかり心配していたが、よく考えると、次男のように特徴のないタイプがアメリカでは一番だめなのかもしれない。

この2年でアメリカの大学入学手続きは一通り経験したので、次男のときはもっとうまくやれると思うが、結局は受験する当人の資質なのである。

「双子で生んでおけば、いっぺんに終わったのに」などと、甘いことを考える。

【関連記事】
まずは1校合格 2012.01.26
そして2校目 2012.02.15


<今日の英語>   

What would make you most comfortable?
あなたはどうするのが一番いいの?


大学1年生の娘が初めてボーイフレンドを伴って帰省するが、狭い家にはゲストルームがないというシングルマザーの母親。リビングルームのソファにすべきか、娘の部屋でいっしょに寝てもらうかという相談に、「モラルを気にしているなら、ソファに寝かせなさい。礼儀作法が気がかりならば、事前に娘さんにどうしたいか尋ねなさい。そして、あなたの判断力を信用していると暗に伝えることです」とアドバイザー。



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崖っぷち

2012.03.16 (金)


いつもの歯医者へ、今年最初のクリーニングに行って来た。

保険は年2回しか払ってくれないのに、私は3ヶ月に1回来いと言われている。それでも歯だけは何ものにも代えられないので行く。

もう10年以上診てもらっているドクターCは、Periodontist 歯周病専門医。

出無精でケチな私が、家から高速を飛ばして30分かけて通う価値があると認めるくらい、有能である。

子どもが生まれるまでは、歯が痛くなってやっと歯医者にかけこみ、クリーニングは年1回行けばいいほうだった。

もともと私は歯が弱く、子どもの頃から苦労した。母もそのまた母も歯が悪かったらしく、遺伝かもしれない。そのうえ母は歯科衛生の概念に乏しかったので、小さかった私が寝つけないでぐずると、よりにもよって砂糖水を与えたのである。

大学に入るまでは、デンタルフロスの実物を見たことすらなかった。

それがアメリカに来て、「輝くように白い、まっすぐに並んだ歯」がどれだけ重要かを実感し、ドクターCに会って歯のメンテナンスについてコペルニクス的転回が起きた。

痛くなる前に歯医者に行くことだ


               *


私の歯並びはそう悪くなかったが、ドクターCのところで下の前歯だけ矯正した。

それ以外にも、Gum Graft 歯茎移植 やRoot Canal 根管治療 などいろんな処置をしてもらい、私はドクターCに全面的な信頼を置いている。もし引っ越すなら、この歯医者に通えるところでなければと半ば本気で考える。

そういう歯医者さんなので、歯科衛生士も粒ぞろい。

ただし、あの仕事は腰に来るらしく、数年すると新顔が現れる。歯科衛生士を指名する人もいるが、私は「誰でもいいです」と受付で言う。たまに、おしゃべり過ぎる女性だったり、いまひとつ荒っぽいやり方だったりすると、「次回は他の人がいいなあ」と思う。

このごろは、もし指名したいときのために、歯科衛生士のファーストネームをしっかり覚えるようにしている。

今回の担当はスー。まだ小さいお子さんがいるという。

おしゃべりは適度で、手際がよく、とても丁寧だった。ガリガリやられても痛くない。私の質問にも詳しく答えてくれる。4枚レントゲンを撮ったが、いつもほど不快ではなかった。これからは彼女にしようと、名前を頭に叩きこむ。


            *


クリーニングの前に歯周ポケットの深さを調べていたスーが言った。

「ほとんど問題ありませんが、上の一番奥だけ両側とも4ですね。」

4?! それは相当ひどいっていうことじゃないですか」と落ち込む私。

「ふつう1から3までが正常です。でも、この程度の4なら十分回復しますよ。2ヵ所だけですし」と彼女はポジティブに持っていこうとする。

しかし、ポケットは4段階で、4が一番深いんじゃなかったか? 初めてドクターCのところに来たとき、私の歯はスケーリングが必要なほどで、確か4があちこちにあったはずだ。

「ポケットの深さは1から4までですよね?4が一番悪い状態で」と聞いてみた。

「いいえ、9までありますよ。これが深さを測る道具なんですけど」と先のとがった金属の棒を見せてくれた。

細かい横線がいくつも入っていた。単位はミリメートルらしい。なぜかこういうところはアメリカでもメートル法になっている。

そうか、9が最悪なのかと勉強になったものの、私にとっては4だって崖っぷちである。

前回のチェックアップで、別のところにあるクラウンの手入れがよくないと指摘され、そこに集中していて、上の奥歯がおろそかになったのかもしれない。クラウンのところはバッチリできていたのだ。

「そうですね。ときどき、そうやって患者さんを脅かすと効果があるんですよ」とスーは笑った。


            *


ドクターCがチェックアップにやってきて、「Good, good. 骨がしっかりしてますね」と私のレントゲンを指差してほめてくれた。白っぽい影で見分けがつかない。毎日飲むカルシウムのおかげだろうか。万が一インプラントが必要になっても、どうにかなるかもしれないと希望が持てる。

おみやげ(フロスとスレッダー)を渡しながら、スーが言った。

「いちばん大事なのはフロスだと私は思ってます。とにかくフロス。Cの文字みたいにして。あとはやわらかいブラシを使って優しく磨くことですね。」

ほとんど自宅にいる私は、歯の手入れをする時間も機会もじゅうぶんにある。「もう後がない」と自覚しているので、めんどくさがりの私にしては真面目にやっている。それなのに、4ミリのポケットができてしまうのだから、やり方が下手なのか、そこまで私の歯はだめなのか。

しかし、医療費の高いアメリカで歯にトラブルが起きると、それこそ百ドル、千ドル単位でお金が飛ぶ。予防しかない。

スーによると、年を取るにつれてバクテリアへの抵抗力がなくなり、持病あるいは服用薬が増えることで歯にも悪影響が出るようになるのだそうだ。

本来、人間の歯は80年、90年も持つものではないと聞いたことがある。インプラントなど新しい技術ができても、骨や歯茎の土台が弱ってはどうしようもない。

歯がなくなるなら、長生きしてもうれしくない。

私は食べることが楽しみなのだ。


          *


日本には80歳で20本の歯を残そうという運動がある。

ウィキペディアによると、2005年の調査では、80歳での残存歯数は約10本、80~84歳で20本以上の残存歯を持つ者は21.1%だった。

アメリカの高齢者はどうだろうか。

8020財団のページに統計があった。アメリカには8020運動はなく、調査内容も違うので、一概には比べられない。それに1980年代後半から90年代の数字なので、データが古い。

それでも、65~74歳では、未処置歯数はアメリカのほうがだんぜん少ない(アメリカ0.7本、日本2.3本)。喪失歯数もアメリカ10.1本、日本14.3本で、アメリカ人のほうが自分の歯を残せている。

さすがにアメリカのほうが意識が高いなと思ったら、こんなデータもあって驚いた。

65~74歳で無歯顎者(歯が1本もない人。漢字で書くと怖い)の割合は、アメリカ36.9%、日本30%。歯が1本もない人は、アメリカ人のほうが多かった

ただし、75-79歳では、アメリカ45%、日本49%。80歳以上 では、アメリカ46%、日本59%。年齢が上がるほど、日本人のほうが多くなる。


          *


アメリカでは65歳以上の高齢者向けにメディケアという公的保険がある。しかし、歯科は適用されない(顎の損傷で手術するなどの特例があるのみ)。

私費で歯科保険にはいっていなければ、予防のためのクリーニングや簡単な詰め物やブリッジ、インプラントにいたるまで、全額自費である。

それでは歯医者から足が遠のくはずだ(アメリカで歯科保険を持っていない成人は、4500万人もいる)。

歯を見れば、その人の懐具合がわかると言ってもいい。

そういえば、それほど年を取っていないアメリカ人でも、歯が抜けたところをそのままにしている人がたまにいる。歯の保険がないのか、あっても自己負担分が払えないのか。

それなのに、マニキュアをべっとり塗って、安物のアクセサリーをゴチャゴチャつけたりしていると、「そのお金で歯を治せばいいのに」とおせっかいなことを思う。

医療保険制度改革法案では、21歳までの子どもに関しては歯科医療がカバーされる。大人には何もない。22歳以降、自分の歯は自分で面倒見ろということか。

アメリカでは健康もお金で買うのだとつくづく考えさせられる。


<今日の英語>   

Are you having fun yet?
楽しい?


歯科衛生士がクリーニングの途中で私に言った皮肉な一言。



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どこの国の話?

2012.03.17 (土)


朝日新聞のサイトに、「『大学無償化』国連人権規約を協議へ 外務省が留保撤回」という記事が載っていた。



外務省は、大学や高専など高等教育の段階的無償化を求めた国際人権規約の条項について、30年余り続けてきた留保を撤回する方針を固めた。(中略)

規約は1966年に国連総会で採択。日本は79年に批准したが、「高等教育は、無償教育の漸進的な導入ですべての者に均等に機会が与えられるものとすること」などとする条項は留保。「国公立で無償化が進めば私立と格差が生じる」と説明してきた。留保は約160の締約国のうち日本とマダガスカルだけで、国連は2001年に撤回を日本政府に勧告していた。」





アメリカは40年以上も前、この規約(International Covenant on Civil and Political Rights)に同意していたと思われる。

追記: 外務省のサイトによると、アメリカ合衆国は1977年に署名、1992年に批准したとされている。しかし、ウィキペディアでは、「2011年3月現在、署名国は69か国であり、そのうちまだ批准していないのはベリーズ、コモロ、キューバ、サントメ・プリンシペ、南アフリカ共和国、アメリカ合衆国の6か国である」となっている。Wikipediaに、どの国がどの条項を保留にしているかのリストがあり、やはりアメリカは批准していない。】

公立高校は確かに無料だが、長男が今年の秋に私立大学に進学する予定の私としては、大学無償化の話は信じがたい。

いったいどこの国の話かと思う。

ヨーロッパはほとんど無料だと聞いた。パヴェルは留学生だったのに(しかもEU圏外)、健康保険だったか登録料だったか、ほんの小額しか払わずに済んだ。ドイツ政府の懐の深さに感心した。

イギリスの学生が授業料値上げ反対デモをしたという報道を覚えている。アメリカに比べればタダみたいなもんだ、それくらい負担すればと思った。


            *


各国の状況をまとめた(OECD加盟国の大学・高校の授業料無料化と給付制奨学金の有無)があった。

ヨーロッパでも、たとえばスペインは「学生の75%が授業料を払う。」オランダは「1329.58ユーロ(約14万円、2001年)。入学後10年以内に卒業すれば返還不要となる奨学金がある。 」

まったくタダではないらしい。

イギリスは「授業料は3000ポンド(約67万円)が上限。後払い制。給付制奨学金は、いったん廃止されたが2004-05年に復活。スコットランドは無償」と、なんだかややこしい。

イタリアは「ボローニャ大学経済学部952ユーロ(約12万円)。」 安い!

日本は「授業料は、国立53.58万円(標準額)、私立約83.48万円(平均)」となっている。

北米を見ると、カナダは「4025加ドル(34万円、2003年)。州政府実施の給付制奨学金制度あり。」 これは州立大学の話だろう。ウィキペディによると、カナダにはなぜか私立大学が少なく、16校しかない。

アメリカ合衆国は「授業料は州立5,027ドル(約57万円、2004年)、私立18,604ドル(約212万円、2004年)。」

ちなみに、2012-13年度ニューヨーク州立大学の年間授業料は5,570ドル。これはニューヨーク州の住民限定である(州外出身者は15,180ドル)。

登録料など諸費用が1,332ドル。

これに寮費7,070ドル、食費4,360ドル、健康保険料1,791ドルを追加。さらに、本代、交通費、個人的な費用の見積もりが計3,468ドル。

〆て23,621ドル(州外なら33,231ドル)。

これのどこが「無償」なのだ?

諸外国では学生の食費や本代がどうなのかわからないが、健康保険料はたぶんないだろう。そんなのを徴収するのは、アメリカに国民皆保険がないからである。この問題は、あらゆるところに顔を出す。


         *


私のイメージでは、たとえばドイツは中学の頃に進路が決まる。

アカデミック系か職業高校に早々と分かれると、大学に進む人の数が限られ、適性のある人が進学するのだろう。

それに比べると、日本やアメリカは、猫も杓子も大学(短大、コミュニティカレッジを含む)に行くといってもいい。

アメリカは、パート学生や社会人学生も珍しくないし、途中でドロップアウトする人も多いので、他の国と比較するのが難しい。

本当に優秀な人を教育するために授業料を免除するのはいいが、3流大学にかろうじてひっかかり、4年間遊ぶようなやつを税金で面倒見るのはやめてもらいたい。

日本だって、今こんな条項を受け入れる財政的余裕はあるのか。ないから、消費税を10%にして財源を確保しようとしているんじゃないのか。

教育は大事だが、中身をどうにかしないで無償化したって意味がない。他にしわ寄せが来るだけである。


            *


それにしても、アメリカの大学の授業料は天井知らず。

ハイスクールに通う子どもが二人いる私には、切実な問題である。この話を始めたら終わらない。

College Boardの統計(授業料+寮費)によると、一番高いのは、ニューヨーク州にあるSarah Lawrence Collegeで$59,170

NYUも$56,787。ニュー・ヨーク・ユニバーシティなんていうと州立大学みたいに聞こえるが、全米で3番目に高い私立である。

2011-12年度の全米私立大学授業料の平均は$38,589だそうだ。

返済不要の奨学金もあるし、政府系の学生ローン制度もあるが(2011-12年度の利率は3.4%。2012-13年度は6.8%)、寮費や食費の免除はよっぽど貧乏でないとしてくれない。

なぜここまで授業料高騰を野放しにしてしまったのか。

それだけ高くても大学に入りたいという風潮(市場原理?)のせいで、大学はどんどん値上げをしてきたと思われる。


          *


不景気になって、大学を卒業しても就職できず、多額の学生ローンを抱えて困っているというのは当たり前すぎて、もはやニュースにもならない

それでも大学に行く。高卒では将来が期待できない。

私も日本で大学を卒業したが、あの4年間にどんな意味があったのかわからない。勉強だけはしたが、何のクラブやグループにも所属せず、教授陣とも親しくならず、友だちもほんの数人だった。

うちの子供たちにはもう少し中身のある学生生活を送ってもらいたいと思う。そもそも家が1軒買えるだけのお金をかけて行くのだが、長男を見ているとどうも自覚が足らない。

まあ私だってなんとなく進学して、確固とした目的も無くぼんやり4年間を過ごしたので、偉そうなことは言えないか。


<今日の英語>   

Give me a ten and two fives.
10ドル札1枚と5ドル札2枚でください。


スーパーで現金を受け取っていたおばあさんの一言。



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死ぬまぎわの5つの後悔

2012.03.18 (日)


緩和ケアに長年関わってきた人がAARP(全米退職者協会)に寄稿した記事"Top 5 Regrets of the Dying"を読んだ。

患者が死ぬ前の3~12週間をいっしょに過ごし、人生にどのような悔いがあるかを尋ねたのだそうだ。

よくある答えは次の5つである。



1. I wish I'd had the courage to live a life true to myself, not the life others expected of me.
(他人が私に期待する人生ではなく、自分自身に正直に生きる勇気があればよかった)

2. I wish I didn't work so hard.
(そんなに一生懸命仕事しなければよかった)

3. I wish I'd had the courage to express my feelings.
(自分の気持ちを伝える勇気があればよかった)

4. I wish I had stayed in touch with my friends.
(友だちと連絡を絶やさなければよかった)

5. I wish that I had let myself be happier.
(自分がもっと幸せに過ごせるようにすればよかった)




一番多いのは、1の「自分に正直に生きなかった」後悔。

本当にやりたいことや夢を追わずに年を取り、あるいは病気になってから、もう遅すぎると気づく。ほとんどの人は意識しないが、健康だから自由になれる。それを実感するのは、健康を損なってから。

2は彼女が接した男性患者の全員が口にしたそうだ。ほんの数年、助手的な仕事をしただけで、あとは怠け専業主婦になった私には、縁のない話か。

3は他人とうまくやるために、自分を抑えてなあなあにやり過ごしてしまった後悔。あるいは、無理して相手に合わせてきた苦々しい思い。

案外、アメリカ人も他人に気を使って、本当に正直にはなれないらしい。

著者は「他人をコントロールすることはできません。あなたが正直になれば、最初は抵抗されるかもしれませんが、最終的には、今までとはちがうレベルでの健全な関係が築けるものです」と言う。

アメリカ人は表面的にはうまくやれる。初対面でも親しくできるし、赤の他人にも気軽に話しかけたりする。でも、ご近所の人たちを見ていても、上っ面だけということがたびたびある。弱みを見せたくないからだろうか。

4を読んで、アメリカでは友だちの概念が日本人が考えるであろうそれと違うような気がして、戸惑ったことを思い出す。

死ぬ間際になれば、お金はどうでもよくなる。結局残るのは、Love and Relationshipだそうだ(私にそれがあるか?)。

だれもが忙しい一生を送って、友達にかける時間もエネルギーも後回しになる。気がついた頃には友だちとのつながりがなくなり、なんとかしようにも病気で動けない。そして、悔やむ。


         *


私には友だちと言える人はほとんどいない。

子どもの友だちつながりで、アメリカ人の知り合いはいる。

補習校で親しくなった日本人もいるが、卒業して何年も経つと疎遠になった。しばらくは日本人の集まりに何度も招待されたが、私は送別会以外は行かなかった。偶然に日本食品店で会えば、楽しくおしゃべりする。しかし、定期的に会うことはない。

日本にいたときから友だちは少なかったので、アメリカに住んでいるのが理由ではない。

アメリカで初めての職場に日本人女性K子さんがいた。

私と同じ年で、彼女もアメリカ人と結婚していた。とても気が合った。昼休みや休憩時間はいつもいっしょに過ごした。そんなことは私が中学以来のできごとで、うれしかった。

私が1年で退職したとき、彼女は残念がった。でも、すぐに連絡は途絶えた。一度手紙を書いたが、返事はなかった。彼女は大学に戻ったご主人を支えるために働いていた。私は転職し、3年して長男を身ごもり、出産後に退職した。

ときどき、K子さんのことを思い出す。

もう20年前の話だ。それ以来、本当に気持ちの通じ会える友だちに出会っていない。


        *


5について、”Happiness is a choice”(幸福は選ぶことができる)だと著者は言う。

たいていの人は、「いつものパターン」に陥り、変化を恐れる。他人にも自分にも、自分は今の状態に満足しているふりをする。本心ではたわいもないことで楽しみ、もっと心底から笑いたかったのに。

これは意外だ。楽天的で自己主張が強いというアメリカ人のイメージに合わない。

「死の床では、他人が自分をどう思うかなんて全くどうでもよくなります。そうなってからではなくて、まだ生きているうちに自分を本当に幸せにできたらどれほど素晴らしいか。人生は選択。賢く正直に選びましょう。幸福を選ぶのです。」

こういう一節を読むと、なるほどと思う。

自分勝手に生きている私は、他人がどう思うと気にしなくなっている。だいたい他人とのかかわり自体を避けている。楽でいいが、これでいいのかとたまには考える。

そのときは真剣に受け止めるのだが、すぐに忘れてしまう。煩雑な毎日に流され、年だけ取っていく。

「ハピネスを手に入れよう!」と熱心にもなれない。ものすごく幸せではないが、とりわけ不幸でもないからか。


         *


スティーブ・ジョブズがスタンフォード大学の卒業式で行った「伝説のスピーチ」の中に、こんな一節がある。



もし今日が最後の日だとしても、今からやろうとしていたことをするだろうか」と。「違う」という答えが何日も続くようなら、ちょっと生き方を見直せということです。

自分はまもなく死ぬという認識が、重大な決断を下すときに一番役立つのです。なぜなら、永遠の希望やプライド、失敗する不安…これらはほとんどすべて、死の前には何の意味もなさなくなるからです。本当に大切なことしか残らない。自分は死ぬのだと思い出すことが、敗北する不安にとらわれない最良の方法です。我々はみんな最初から裸です。自分の心に従わない理由はないのです。





私は「自分の心」が何を求めているのかを見つけることから始めねばならない。

死ぬまでにそれが見つかる保証はないが、ジョブズみたいな壮大な夢を持った人が早死にして、私みたいな適当な人間にかぎって長生きするような気がする。

まったく人生は不公平である。


<今日の英語>   

One blink and it's gone.
まばたきしたら、終わっている。


5つのリストに寄せられたコメントより。「楽しめるうちに楽しんだほうがいい。人生は一瞬だ。」



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見習い姑

2012.03.20 (火)


【追記あり】

土曜日の午後、長男のガールフレンド、ケイティが家にやってきた。

先日、長男を迎えに来たときは玄関先だけだったが、今回は数時間の滞在である。

午前中は長男の空手、午後は次男のテニス。しかも、アレルギーで私は何もやる気がしなかった。しかし、猫の毛だけはどうにかせねばと、スイーパーでざっと床を掃除し、1階のトイレとキッチンだけきれいにした。

さらに、ダイニングルームのテーブルに置きっぱなしだった長男の大きな絵や大学関係の書類を子どもたちに片付けさせた。

前のガールフレンドのときは、他の友達も男女取り混ぜて集まってワイワイやっていたので、彼女1人ということは一度もなかった。

ケイティは高級住宅地で知られるR市に住んでいて、授業料の高いG大学へ進むということから、私はなんだか気後れしてしまっていた。

おやつを作る元気がなかったので、スーパーのベーカリーでチョコレートチップ・クッキーを買い、チップスやアップルサイダー、アイスクリームも買い込んだ。もし彼女が遅くまでいるならと、ラザニアの材料も確かめた。

子どもたちは、どのお客が来るときも私が神経質になるのを知っている。「おかあさん、何もしなくていいよ」と言ってくれるが、日本的なもてなしの観念がプレッシャーになり、何もしないわけにいかないのだ。

お客は子どもなのに、私は見栄っ張りである。


           *


ケイティが呼び鈴を鳴らしたとき、私は2階にいた。

「おかあさん、ケイティが来たよ」と長男が呼ぶ。

「ハーイ」とだけ言って、私は下りていかなかった。こういうときは、どうすべきか。やっぱりちゃんと挨拶すべきか。いかにも待ち構えてましたと思われるだろうか。悩んでいる間に、階下では2人の話し声がした。

いや、ほとんど彼女がしゃべっている。なんだか知らないが、彼女だけがしゃべりまくっている。

2時からテレビでテニスが始まった。彼女もテニスクラブに通っているので、そのタイミングでリビングルームへ顔を出した。

「ハイ、ケイティ。いま、ジョコビッチとイズナーのセミファイナルをやってるわよ。見たければテレビをつけてね」と言うと、「オーケー」と彼女はにっこりした。リビングルームのカウチに、長男とぴったりくっついて座っている。二人の前には長男のマックがある。ビデオでも見ていたのか。

「えーと、私はもうすぐ次男をテニスクラブにお迎えに行くから」と関係ないことを口走り、2階に戻った。

長男の部屋は次男のほど散らかっていないが、とてもガールフレンドに見せられる状態ではない。その隣は夫の部屋で、G氏と話している声が聞こえるし、きっと2階へは来ないだろう(実際、ずっと下にいた)。

もし長男の部屋で過ごすなら「ドアを開けておきなさい」と命じるつもりだったが、その心配はなかった。


          *


そのうち、ピアノが聞こえてきた。

もう何年も調音していない、ほこりだらけのピアノだ。彼女が使うとわかっていたら、磨いておくんだった。下りていくと、今度はピアノの前の長いすに2人でぴったりくっついている。長男もピアノは少し習ったが、猫ふんじゃったも怪しい。

彼女は即興のような、ジャズのような曲を弾き、うちにあった楽譜を台に載せて、それも試していたらしかった。

こういう子だからG大学に行けるんだなあと私はまた感心した。成績が優秀なのはもちろん、テニスをやって(それもかなり真剣なレベルで)、ピアノもさらりと弾いて、堂々としているし、まるで長男の家庭教師が現れたみたいではないか。

ほどなく、夫が台所へやってきた。

頭はボサボサ、よれたTシャツで、残り物のピザを立ったままパクつく。彼女のために買っておいたクッキーに手を出す。勝手にポテトチップスの袋をあけ、そのへんのボウルに全部出して、つまみ食い。夫の位置からは、ピアノを弾くケイティの背中が見えるのに、どうでもいいことをしゃべり続ける。結局、まともにケイティに挨拶しなかった。

幸い、夫はすぐに自室に引き上げた。

私が3時半に次男を連れて戻ると、なんだか静かなリビングルーム。

しばらくすると、2人は裏庭に出た。長男が学校のクラブ活動で作った刀を持ち、向かい合ってしゃべっている。まあ、ずっと家の中にいてもつまらなかろう。

シャワーを終えた次男はリビングにある自分のパソコンに向かっていた。「あんた、ケイティにハーイって言った?」と聞くと、「ぼく、知らない。自分のことやってたの」と知らん顔をする。

これはダメだ。マナーが悪い父親と無愛想な弟。ケイティはどう思っただろう。


            *


夕方になって私がラザニアを作り始めると、長男とケイティはガレージのほうのドアから台所に入ってきた。

ああ、そっちは掃除が行き届いてないのに、長男は気が利かない。

「あのチャンバラ、長男が無理にやらせたんじゃないでしょうね?」と私が聞くと、「ノー、ノー!私がやりたいって言ったんです。ああいうこと、好きなので」とにこやかなケイティ。

そして長男に「お水、もらえる?」とハキハキ頼んだ。

お水でいいの? ジュースとかサイダーとかあるのに、長男は何も勧めずにお水を渡す。

もしかして、オーガニックしか食べない子か? 今日はミート・ラザーニャだけど、菜食主義だったらどうする? いつもみたいに半分ほうれん草にすべきだったか。

「よければ、晩御飯をいっしょにどうぞ」と誘おうとしたら、ケイティが長男に話すのが聞こえた。

「今日は6時までしかいられないの。セント・パトリックス・デーだから。父が今日だけはアイリッシュのディナーにこだわって、いっしょに食べなくちゃいけないのよ。」

彼女はアイリッシュ系なのか(あとでイタリア系だとわかった)。立ち食いなんかするうちの夫とはちがって、きちんとしたダイニングルームで正統派のディナーなんだろうなあと考える。

ラザーニャをオーブンにいれ、私は2階へ戻った。


              *


そのうち、玄関のところで声がして、ケイティが帰る気配がした。私は下りていかなかった。

キッチンのタイマーがなったのでオーブンを見に行くと、長男がまだリビングルームにいた。次男も1人でパソコンをしていて、なんだか静かだ。

ケイティはつまらなかったんだろうか。長男はアニメの話やちゃんばらなんかして、幼稚に見られたんだろうか。彼女の家とは格が違うと思われたんだろうか。こんな田舎まで片道30分以上かけて来るのがいやになったんだろうか。

私は長男を傷つけまいと、今日のデートについては聞かなかった。

1時間ほどして、「ケイティ、家に着いた?」とわざとらしく尋ねると、「うん」と一言。

おとなしすぎる。やっぱり、これで終わりか。今でさえ遠距離なのに、あと数ヶ月で大学に行ったら、それこそ遠くなる。今のうちに、すっぱり別れたほうがお互いのためだ。


            *


夕食が終わって、後片付けをしていると、長男がやってきた。

「ぼくに、ケイティの家で家族といっしょにピザ食べてって。」

「ケイティの家?! いつ?」

「こんどの金曜日」

「なんで?! 家族に紹介したいってこと?」と混乱する私。

「いやー、知らないけど。それで、ケイティが学校終わったら、ぼくの学校まで迎えに来てくれるって。」

「ちょっと、それはかわいそうでしょ。また35分もかかるのよ。それでとんぼ返りなんて、大変すぎるわよ。」

「でも、帰りは電車で来るよ。」

いや、そういう問題じゃない。なんで彼女はまた長男と会いたいのだ? 勝手に破局ドラマを脚色していた私は予想外の展開に驚いた。

「ケイティの住所知ってる?」 グーグルマップで探そう。

「知らない」と長男。なんのためにもう3回も会ったのだ。長男は私のように下調べをする気はないらしい。


            *


今朝、一部始終を夫に報告した。

「やっぱり彼女のR高校はちがうのよ。長男に、あなたはどんなクラブに入ってるのって彼女が聞いて、長男がなんとかGamingとかLive Actionなんとか、それからPhilosophyもやってるって言ったら、彼女がうちの高校もフィロソフィはあるけど、みんなそのクラブで哲学がきらいになっちゃうのよねって。ゲームなんて面白いクラブはないの。ともかく、学校は生徒にAPのクラスをたくさん取れってうるさいからって。やっぱり進学校ね。きっと哲学だって本格的で難しいのよ。こんな田舎とは違うんだわ」と私。

「まあ、そうだろうな」と夫。べつだん驚いているふうでもなかった。

「だから、彼女もG大学なのよ。それでどうして長男とまた会いたいのかしら。てっきり終わったと思ってたのに。R市でしょ。きっと彼女の家は豪邸だわよ。こんな田舎で何時間もいて退屈しないのかしら。」

「広い裏庭とか静かなとことか、珍しいんじゃないか」

「R市だって、シティみたいな大都会じゃないし、豪邸なら庭も広いわよ」

「きみはケイティの家を見たことがあるのか。」

「見てないけど。だって、彼女がここまで迎えに来てくれるんだから」

「じゃあ、今ダラダラしゃべってたことはまったくの想像か?!本当はどんな家だかわからんじゃないか」と夫は呆れた。確かにそうだ。

「でも、彼女のバッグはMarc Jacobsなのよ。玄関のスツールから落ちてたから拾い上げたんだけど、留め金にそう書いてあったの。質のいい本革だし、すてきなデザインだった。ああいうのが買えるってことは、やっぱりそれなりの家の子じゃないの?」と続ける私に、夫はもうつける薬がないという顔をした。

ケイティのブーツも質がよさそうだった。車はフォードのSUVでおそらく家族用なのだろう。ちょっと汚れていて、かえってホッとした。そこまできっちりしたお家ではないかもしれない。


          *


長男は前のジェシカと付き合っていたときも、たびたび彼女の家族と外出をし、いっしょにファミリーレストランに行ったりした。

ジェシカは冬でも裸足で、左右色違いのゴムぞうりを履いてやってきた。プロムの日に彼女の両親に会って、彼女の家の前までお迎えに行ったこともある。そのときもいろいろ想像したが、同じ町だからだいたいわかるし、どうせハイスクールを卒業したら終わりだろうと思っていたので、そう気にならなかった。

しかし、ケイティの場合は事情が違う。釣り合いが取れてない。

どうもいやな予感がするのである。

ただのガールフレンドなのに、私はまるでお姑さんみたいに持ち物だの態度だの観察しているではないか?!

これがお見合いなら、「とってもありがたいお話ではございますが、愚息にはもったないお嬢様でいらっしゃいますので」と社交辞令ではなく、本気で申し入れているかもしれず。

だいたい彼女の両親だって、G大学に行って政治家を志す娘がなんでまた美大で絵を描く学生に興味を持ったのか、不思議に思うだろう。ケイティは長男や私たちのことをなんと両親に説明しているのだろうか。

もしや、今度のピザは面接試験か!

長男は立派なフォーマル・ダイニングルームで高尚な会話ができるだろうか。ティーンにありがちなおかしなしゃべり方をしないだろうか。食事のマナーは大丈夫だろうか。ピザをイタリア製の高級ダマスク織テーブルクロスに落として赤いシミをつけたらどうしよう(夫は昨夏これを義母の家でしでかしてくれた)。ケイティのお母さんはビジネスウーマンか、はたまたチャリティ・パーティの常連みたいな有閑マダムか。

もしケイティが本当に政治家になって、政敵に夫や私のよろしくない過去を暴かれたらどうする?

私の妄想は広がる。

しかし、夫や子どもたちに話しても「また始まった」と思われるので、ここに書き留めるだけにする。

追記: こんなことを付け足しては台無しなのだが、当記事は一種のジョークである。暇な私は、くだらないことを楽しくブログに読み物として載せているだけで、本気で悩んでいるのではない。他の記事についても概ね同様。なんでも生真面目に受け取る読者がいるらしいので、これ以上「それはおかしい、私はそんなことはしない」という類の真剣コメントが届く前に、釘を刺しておく。ブログは話半分に読むことをお勧めする。】


<今日の英語>   

Don't push your luck.
調子に乗るなよ。


私や夫が何も言わないのをいいことに、いつまでもリビングルームでパソコンをしていた次男に警告した夫の一言。



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それでもテフロン

2012.03.21 (水)


他の持ち物と同様に、調理道具もなるべく増やさないようにしている。今持っているフライパンは4つ。

All Cladのステンレス製。ちょっと小さめ。しばらくこれでがんばっていたが、どうにも張りつく。油を足すのもいやだし(それでも張りつくときがある)、あまり出番がない。

ノンスティック加工された深めで大きいフライパン。Oneidaという、どこにでも売っている庶民ブランド。

やはりノンスティック加工された浅いグリル・パン。シマシマ模様がつく。

そして、お店でAs Is(現品限り。返却不可)の棚に大幅割引で置いてあった、ノンスティック加工の小さいフライパン。これはもっぱらオムレツやスクランブルエッグなど、卵料理専用。かなり長く使っている。ブランド名はわからない(あとでよく見たら、Anolon Advanced Hard Anodizedと裏に書いてあった。個別売りのものはセット売りよりもかなり厚みがあり、長持ちするとアマゾンで評価されていた)


           *


もともとたいした料理はしないので、これで十分なのだが、最近深いノンスティック・フライパンの底にチャーハンや焼きそばがびっしり張りつくようになった。油を多めに入れても、温度を上げてもだめだった。

水につけておくと取れるが、明るいところでよくよく見ると、どうもテフロンの表面がガザガザしている。

まだ買って1年くらいなのに、使い勝手がよくて一番出番が多いからか。

まだ使えそうだが、チャーハンの分量が減るのは悔しい。なにより、剥げたテフロンの行方を考えると、ケチな私もこれ以上このフライパンを使うのは、はばかられる。

台所用品のお店に行ったら、今のと同じフライパンを売っていた。

その半額のフライパンもあり、結局テフロンは長持ちしないから安物にしようかと一瞬迷ったが、持ち手や深さなどがいまいちで、結局同じものを買った。

ちょっと見ない間に、テフロン加工にもいろんな種類ができた。

「金属製のフライ返しも使えます」というのも多い(私が買ったのもそう。ただし、私は木あるいは耐熱プラスチックの道具しか使わない)。2重3重のコーティングだったり、表面がざらついていたり、各社工夫を凝らしているのだが、しょせんテフロンはテフロンである


           *


新しいフライパンの包装を解き、お湯と洗剤で洗う。

ご多分にもれず、これもMade in China. こういうものはいつの間にか中国の独壇場になってしまった。ますます安全性が気になる。

10年保証。レシートがあれば不良品を取り替えますと記してある。私はこのレシートを10年も保管する気はない。せいぜい1ヶ月だ。

この保証にしても、通常の扱いで問題が起きた場合限定なので、たとえば大事に3年使って表面が傷んだとき、それをどうやって証明すればいいのか。郵送料をかけても拒否される可能性が大きい。無駄である。

テフロン加工の10年保証は、「一応書いておきました」程度のことだと私は受け止めている。

それでも新しいフライパンを少しでも長持ちさせようと、注意事項の細かい字を読む。

「フライパンを火にかけっぱなしで、離れないでください」
「磨耗させるようなブラシや強い洗剤は避けてください」
「長時間、空焚きすると表面を傷めます」

空焚きはしないが、何も入れないで余熱する場合はどうなのか。

カロリーを減らすためにも、オイルは入れたくない。ほんの少しスプレーするときもあるが、たとえばオムレツ用の小さいフライパンは毎回洗わないし、たまねぎを少量炒めたあと以外は洗剤もほとんど使わない。そのせいか油膜らしきものがあって、ひっつかない。だからオイルは不要なのだが、それは空焚きになるのだろうか。

オイルを入れても、表面全部にいきわたるとは限らない。オイルのないところは空焚きと同じ状態ではないのか。

混乱するばかりである。


              *


読み進めると、こんな項目があった。



注意!
安全のため、ペットの鳥はキッチンに入れないでください。鳥の呼吸器官は繊細で、極度に加熱されたノンスティックのフライパンからのfume(煙、ガス)も含め、家庭内で発生するいろんなfumeに反応します。



初耳である。

いや、聞いたことはある気はするが、記憶がはっきりしない。常識なのだろうか。私は表面が剥がれ落ちることしか考えていなかった。

炭鉱にカナリアを送り込むような話だ。Extremely overheatedというのがどの程度がわからない。

普通に加熱するなら大丈夫だと思うが、では子猫なんかも台所から追っ払うべきなのか。特に最近は張り付き防止の試みで、愚かな私は一番高温でチャーハンを作っていた。カナリアほど弱くないにしても、しょせんは体の小さい動物だ。

うちの猫は小さいときから台所の隅っこでご飯を食べてきた。すでに有害物質をたっぷり吸い込んでしまったか。


            *


ウィキぺディアによると、商品名テフロンはポリテトラフルオロエチレンという化合物である。

「ポリテトラフルオロエチレンそれ自体は化学的に不活性で毒性はない。しかし、調理器具が約260°Cに達すると劣化し始め、約350°C以上になると分解する。」

フライパンの中でこんなことが起こっていたのか! 

私は化学も苦手なので、「分解する」と言われても、テフロンの表面がボロボロ剥がれる様子しか想像できない。

そして、剥がれたモノはチャーハンの具となるのだ。

2003年と古いが、「樹脂加工フライパンから有害ガスが発生」という記事もあり、考えさせられる。


            *


新しいフライパンで作ったら、チャーハンはきれいにお皿にすべり落ちた。

ただし、いつもは高温で作るのを強めの中火で我慢した。チャーハンは強火でやらないとパリッとしないが、しょうがない。チャーハンの下で化学分解が起きては困る。

ステンレスのフライパンでチャーハンを作る気力はない。中国料理家のように、なんでも鉄製の中華なべと金属のお玉で作れたらいいのだが、腕力も火力も足らない。

やっぱりテフロン加工のフライパンを選ぶ。この便利さには勝てない。

私の年齢からして、今さら有毒ガスもなにもない。おそらく、もう手遅れである。

今は意識して強火を使わず、空焚きしないようにしているが、きっとそのうち忘れる。このフライパン第1号を買ったときにも、おそらく同じ注意事項を読んだはずなのに、記憶が抜け落ちている。

何年かして第3号を買い、今日と同じように説明書を読んで、「鳥が!化学物質の分解が!」と慌てるような気がする。

あいかわらず、ちっとも学習していない。


<今日の英語>   

It's just a cherry on top.
ちょっと花を添えるくらいのものです。


アップルの株価が600ドルの高値をつけた折から、「配当金は、株主にとってうれしいおまけみたいなものです」と説明した経済ジャーナリストの一言。アイスクリーム・サンデーの上に飾ってあるさくらんぼのこと。



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結婚してはイケナイ男性

2012.03.22 (木)


昨日の日経に、「お金の使い方で分かる、結婚してはイケナイ男性とは」という記事があった(有料会員限定記事。ただし、登録すれば毎月20本まで無料で読める)

著者はファイナンシャル・プランナーで、「深田晶恵の目指せ! マネー美人」という連載をしているらしい。対象は若い女性か。

「目指せ! マネー美男」というコラムは見当たらない。

「いけない」ではなくて、「イケナイ」とカタカナにしているところも軽くて、女の子扱いしているのが気に食わんと思ったら、「婚活中の20代、30代の女子と飲む機会があると」という書き出しである。そういえば、どこかのニュースサイトで「初老女子」という見出しがあったのを思い出した。

それはともかく、すでに20年以上も結婚生活をしてきた私には遅すぎるが、お金の話は好きなので読む。

「お金の価値観が大きく異なると、結婚生活はストレスフルなものになる」「まずは何でも話し合える関係をつくって」という分かりきった結論だった。

避けるべきタイプとして、「人にケチ男くん」と「見栄はり男くん」。

読んで字の如しである。

その中でも、「他人と妻にはケチだけれど、自分と自分の身内にはケチじゃない」タイプは、エゴが強いので要注意。 他人だけにおごり、彼女(もしくは妻)にはおごらない」タイプも危険。とりわけ、「おごる相手を選ぶタイプ」はエゴが強い。

結婚前に、冷徹に相手の男を観察することである。


            *


私は石橋を叩いて渡るタイプだったので、夫の財政状況については慎重に考えたつもりである。

アイビーリーグ卒で大会社の本社にいたので、そこそこの給料はもらっているだろうと踏んだ。給料や銀行の明細書も見せてもらった。家を購入する手続きをしていたことから、頭金を出せるくらいの貯金はあると思った。

実際その通りだったが、年齢と収入のわりに貯金は少なかった。

401Kすらやっていなかった。私と結婚するまでの15年以上の独身時代勤務生活で、もし5%でも401K に入れていればさぞかしと悔やまれる。

しかし、お金の管理に無頓着な配偶者というのも楽チンである。

夫婦揃ってそれでは困るだろうが、幸いにして私はそういうことが大好きときている。いちいち夫に口を挟まれたら、うっとうしくてたまらない。

数学はきらいだが、(自分の)お金の計算だけは別である。口座の残高が大きくなるのを眺めるのは楽しい。

ただし、結婚して渡米するまで、夫が家計管理を苦手としていたことは知らなかった。難しい仕事をしていたし、計算は早かったので、丸投げされたときは驚いた。奥さんに給料袋を渡す日本とちがって、アメリカではご主人が奥さんに「今月はこれだけでやって」と食費を渡すという話も聞いていたのに。

収入がよかったからまだしも、確定申告をしない年が1回あったり、公共料金の請求書をほったらかしにしたりと、ありえないズボラさで、「この人でよかったのだろうか」と不安になった。

結果としてうまくいったが、躁鬱でADDとOCDの気がある夫がお金をコントロールしたがった可能性もある。そっちに転がらなくてよかった。

それ以外の価値観が似ていたのも幸いだった。

それでも衝突があり、修羅場があったのだから、これでお金がなかったら悲惨だっただろう。


             *


日経の記事では、「結婚相手として避けたいのは、自分本位で思いやりがない人です(男性も女性も同じ)」と書いてあった。

これはまさに私のことではないか

自分で言うのもなんだが、私はいつも自分が大事で自分がかわいいのである。小さいときから周囲に興味が持てなかったのも、今思えば、他人なんかどうでもよかったからだろう。

自分の利益を一番に考える。自分が嫌なことは極力避ける。人に押し付けて知らん顔をする。

母には「あんたはほんとに気前が悪いで」とよく言われた。性格が悪いという意味である。

私は冷たい。夫のほうがまだしも思いやりがあるのだ。

こんな母親なのに、子どもたちはなぜか優しい。意地悪ができないタイプ。最近は兄弟げんかすらしない。生意気なときはあるが、反抗期があったのかわからないくらいだ。

義父も短気だが優しいし、これは夫のほうのDNAが強かったのかもしれない。ありがたいことである。

しかし、優しいだけではアメリカでやっていけない、もっと競争心や野心を持て!と願ったりして、私のあきらめの悪いことったらない。


              *


結婚相手の金銭感覚についての話だった。

高収入でもギリギリの生活費しかくれないのはいやだし、貧しくて貯金もできないのは惨めだ。浪費家はごめんだし、私が日本食を買うのに文句を言うケチもお断り。

自分で稼げ!という声が聞こえるが、専業主婦歴18年にもなろうとする私は他力本願の怠け者。内職でキャットフード代を稼ぐのがせいぜいである。

私が働かないと「一家4人と猫2匹路頭に迷う」という状況であれば、そんなことも言っていられないが、まだ余裕がある。

このごろは管理職についたり、起業したりする女性もいて、また離婚もめずらしくないから、結婚=永久就職という概念は一般的ではないだろうが、そうなると、自分が稼いだお金を夫に使い込まれる、あるいは離婚裁判で持っていかれる可能性も出てくるわけだ。

そのうえ、いくら医学が発達しても、出産は女性の役割。福祉の行き届いたヨーロッパならともかく、日本でもアメリカでも働く女性にとって子育ての状況は厳しいと思う。そこでお金があれば、人を雇うことができ、無給でも休職できる(復職の問題はあるにしても)。

夫の協力度は予想できないが、役に立たないと仮定して、お金だけは素直に出す、そして十分に出せる相手でなければならない。


            *


アメリカでは学生ローンはじめ、若い人が多額の借金を背負っているのは珍しくない。クレジットカードの残高を毎月ミニマムしか払わない人だっている。

そんなことも知らなかった私は、クレジットレポートを取るどころか、夫に借金があるかを聞くことすら思いつかなかった。幸い、なにもなかったが、これは運がよかっただけだ。

赤の他人が人生の途中で出会って、その後の人生をいっしょに過ごそうというのは、単なる偶然のできごとである。

テニスの試合の前にコインを投げるのと同じようなものだ。

表か裏か。

吉と出るか凶と出るか。

離婚率50%というのは案外理にかなっているのかもしれない。



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これで最後、4校目

2012.03.24 (土)


先週の土曜日、長男が郵便を取って来た。

「A大学の大きい封筒があるよ」と言う。すでに合格したところなので、またお金の話だろう。もう何度も奨学金やローンの件で、書類を受け取っていた。

「U大学のもあるよ。大きい封筒」とおっとり長男。

最後の1校U大学も合格か? 開けてみたら、やはりCongratulations!で始まる手紙が入っていた。

U大学からは、3日前にビジネスサイズの封筒も届いていた。「これは不合格だ。一回くらいrejection letterをもらうのもいい経験かも」と思って開くと、2012年度の授業料値上げのお知らせだった。まだ審査をしているのだろうと思ったが、合格したからそのお知らせも来たらしかった。

私はフィラデルフィアのU大学のほうが好みなのだが、長男はボストンのA大学のほうに行きたいと言い張る。

A大学を訪問したのはオープンハウスの日で、説明会も充実していた。長男は自分のポートフォリオを見てくれた教授に非常に感銘を受けた様子だった。

「すごい頭のいい人だったよ!」と興奮していた。長男の絵を誉めてくれ、助言もしてくれたそうだ。

おそらく他の子のポートフォリオにも同じように対応したのだろうが、長男はすっかりA大学が気に入ってしまった。


          *


ありがたいことに、U大学も奨学金をくれた。14,000ドルである。

A大学より4,000ドルも多いが、U大学の授業料は35,000ドル近いので、正味はあまり違わない。

A大学の諸費用のリストを見ると、合計3,800ドルにもなる。登録料、健康保険料などはわかるが、Department Fee (学部費?)500ドルは最初から授業料に入れるべきじゃないだろうか。

なんだか知らないが、Student Activity Feeが250ドル。

新入生オリエンテーション費125ドルもしっかり徴収される。

Degree Completion Fee(学位修了費?)とは何だろう。学位を終えるために追加の費用がかかるのか。授業料はなんのためにあるのだ。

U大学の封筒には2011年度の諸費用リストしかなく、しかも寮費、食費、健康保険料のみ。ウェブサイトにも2012年度の詳細は見当たらない。

「こういうところがちゃんとしてないのは気になるなあ」と夫。

U大学は芸術だけの単科大学。A大学は総合大学と何年か前に合併したので、事務処理は総合大学がまとめてやっていて、書類やお知らせにぬかりはない。


        *


しかし、私はU大学も捨てがたいのだ。

長男と見学したときは、まだポートフォリオもできておらず、誰にも見てもらえなかった。大学は休みで閑散としていた。個別に予約を取ったので、詳しいプレゼンテーションもなく、対応してくれたのは案内役の卒業生とアドミッション・オフィスの1人だけで、あっさり終わった。

これだけで却下するのは惜しい。

「もう一度、U大学も見てみたら」と長男に水を向けた。

「どうして? ぼくA大学のほうがいい。」

「でも、U大学はちゃんと見たって感じじゃないでしょ。今なら大学も開いてるし、あのとき見せてもらえなかった新しいカフェテリアとか見られるかもしれないし、プロフェッサーと話ができるかもしれないじゃない。」

「行かなくていいよ。ぼくU大学には行かないから。」

この頑固さはいったい誰に似たのか。

夫も両方の学校をもう一度見てみることのメリットを説いたが、長男の意志は固かった。

困ったことに、Accepted Students Dayという合格者対象の見学会は、A校もU校も3月31日。ボストンとフィラデルフィアでは掛け持ちできない。

すでにA校には申し込み、ホテルも予約してある。U校はまた別の日に学校を休んで出かけることもできるが、本人にその気がない。

A校の見学会でよっぽど失望しないかぎり、これで長男の大学は本決まりになる。


            *


ジュニアになって慌てて始めた大学探しだったが、終わってみると、「な~んだ、こんなもんか」と思う。

ずいぶん無駄なこともした。

1泊して見学したバーモントの大学は的外れだったし、ハイスクールのガイダンス・カウンセラーの言うことに従って2回も受けたACTテストのスコアは、結局どこの大学にも提出しなかった。

エッセイについても、長男は苦労していたが、あんなもんでよかったのかと拍子抜けした。

しかし、これも長男がアート専攻に絞っていて、GPAやSATスコアからみて受かりそうなところを受けたからだ。それに、家から遠くないほうがいいというので、NYとボストン、フィラデルフィア限定だった。

M大学には応募ガイドライン・ギリギリのGPAだったが、他に応募するところもなくて出したら受かった。もっとランクの高い芸術大学にも挑戦させればよかったなどと、浅ましいことを考える。

1年前は、ぼんやりおっとり長男が入れるならどこでもいいと思っていたのに、あっさり4校全部に合格したとたん、「もっといいところ」に行けたかもしれないと悔やむ。

まったく人間の欲は底なしだ。私だけか。


<今日の英語>   

I can’t seem to break out of the rut.
マンネリから抜け出せそうにありません。


「うちは毎週毎週同じものばっかり食べています」と夕食のアイディアに行き詰まった人が、レシピのサイトに寄せたコメント。



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Wolves Eat Dogs

2012.03.27 (火)


マーティン・クルーズ・スミスのWolves Eat Dogsを読んだ。

1ヶ月ほどまえに夫から渡され、何回か手に取ったが2章で止まっていた。話の進み方が遅くて食いつきが悪かったのを、昨日と今日で一気に読み終えた。

つまり、そのあいだは家事はいつも以上に手抜きということであるが、これは夫が持ってきた本だ。夫は私がいやいや台所に立つより、自分が薦めた本を熱心に読むほうがうれしいタイプ。

夫が本好きでしかも捨てられない人なので、うちには英語の本ならお店が開けるほどある。

スミスの本は何冊か日本語にも翻訳されているようだが、私は読んだことがない。名前も知らなかった。

私はもちろん日本語のほうが楽だし、日本語の本を読みたい。

でも、手持ちの本は限られている。カリフォルニアで買ったのも実家から送ってもらったのも全部読んでしまった。同じ本ばかり読み返すのもつまらない。

日本語の電子書籍事情はよくわからないのだが、日本のアマゾンには、アメリカのアマゾンみたいにPCにダウンロードできるKindle Editionという選択肢はない。いつになったら、日本語の本を気軽にネットで読めるようになるのだろうか。

ドルは弱く、郵送料は高い。

しかも、本屋で手に取ることができないので、書評が頼りである。わざわざ取り寄せたのに失望したケースも少なくない。おのずと慎重になる。


        *


夫がたまに聞く。

「ぼくの持ってる本で、どれがおもしろかった?」

夫の本棚には小難しい本もあるが、pulp fictionと呼ばれる三文小説、空港の売店で買って機中で読み捨てるような本もずらりと並んでいる。サイエンス・フィクション、ファンタジー、ミステリー、歴史ものなど。

私は日本語でもそういう本は手に取らないのだが、たまにおもしろいのもあって、寝る時間も削って読んだりする。Page-turner(読み始めたら止まらない小説)なので、文学性は低い。単なるエンタテインメントである。

夫のこの質問には何度も答えているのだが、昨今あちらの記憶力も私と同じくらい怪しい。

数年前、夫が子どもたちをつれてカリフォルニアに行っている間、何の気なしに手に取ったのがThe Grid.

舞台はロサンゼルス。すべてコンピュータ制御されたハイテクなビルが完成間近なのだが、ソフトウェアの異常で建築関係者や警備員がビルに閉じ込められてしまう。エレベータを開かないようにしてしかも空調を冷凍庫並みにして凍死させるとか、トイレを密封して清掃のための水を出しっぱなしにして溺死させるとか、いろんな方法で殺されていく話。

コンピュータは、脱出しようとした社員に彼の友人のふりをして話しかける。社員は信用していいのかわからない。やり取りの末、「神は存在するか?」という質問を投げかけ、コンピュータの仕業だと見破る。

テクノロジーに詳しい人にはありえない設定らしいが、わくわく楽しく読め、私にしては珍しくあらすじを覚えている。


          *


The Gridか。じゃあ、これだな」と夫が持ってきたのが、同じ作者フィリップ・カーによるA Philosophical Investigationと今回読んだWolves Eat Dogs.

やっぱりロシアの話にしようと、後者を選んだ。

The New York Times Bestsellerと書いてあるが、あのリストにはダニエル・スティールだって載るのだから、当てにならない。

モスクワのペントハウスから、ロシアのオリガークである元物理学者パーシャ・イヴァノフが投身自殺を図った。手にはソルト・シェーカー。彼の部屋のクロゼットには、大量の塩。

刑事アルカディ・レンコはただの自殺ではないと調査を始め、上司に睨まれる。

1週間後、イヴァノフの右腕だったティモフェーエフが、チェルノブイリにある墓地で他殺体で見つかる。

   【注: 結末を知りたくない人は、ここから先を読まないように

刑事レンコは体よく現場へ飛ばされ、原発事故から20年経ってもまだお守りをしている原発労働者、研究員、警備関係者らから情報を得ようとするも、行き詰まる。

研究所のボスは、アレックス・ゲラシモフ。彼の元妻であるエヴァは医者。彼女は、慣れ親しんだ土地に舞い戻ってきた老人たちの健診をしている。

レンコは、ティモフェーエフの死体を発見した若い警官カレルを突き止める。イヴァノフのクロゼットに塩を運び入れたのは彼だった。しかも、その塩にはセシウムが混ぜてあった。カレルは内部被曝してしまい、瀕死の状態にある。

すべての黒幕はアレックス・ゲラシモフ所長。

彼の父親フェリックス・ゲラシモフは、原発事故当時モスクワの責任者だったが、酔いつぶれていて、部下だったイヴァノフとティモフェーエフに処理をまかせた。現場から届いたのは、「だいじょうぶです」という虚偽の報告。イヴァノフらも自己保全のために隠蔽を計る。

フェリックスが事態を把握したときは、すでに遅し。

何も知らない住民は、メーデーのお祭りのために戸外で過ごし、ソ連政府が避難勧告を出した頃には大量の放射能を浴びていた。

フェリックスはそれ以後、毎年メーデーになると良心の呵責からアルコールに逃げ、さらに責任者として当局に連行されている間に糖尿病の治療ができずに両足を切断しなくてはならなかった。

ソ連崩壊後に億万長者となったイヴァノフとティモフェーエフに対して、アレックスが父親の復讐をしたということになるのだが(2人とも死ぬ前に内部被曝させられていた)、動機としてはやや弱い。だいたい酔っ払っていた当人の責任はどうなる?

舞台が大きいので、壮大なクライマックスを期待すると、がっかりする。


        *


刑事レンコは、女医エヴァと懇ろになるのだが、嫉妬に狂ったアレックスに邪魔される。

アレックスがイヴァノフらの死を仕込んだと知ったレンコは、彼に撃ち殺されそうになるが、カレルの姉が現れて危機一髪で助かる(これは都合がよすぎる)。

エヴァとレンコがくっつくだろうという予感はある。しかし、彼がエヴァの家にいきなり押しかけてベッドに倒れこむ場面は取ってつけたような感じがした。

そこにいたるまでの2人の関係がちゃんと描かれていないせいである。

エヴァの魅力もいまいち伝わらない。

また、レンコはモスクワの孤児院にいる男の子ゼニャの世話を押し付けられているのだが、この子は一言もしゃべらない(最終章を除く)。なぜか童話(たとえば、ババヤガというロシアの魔女の話)とチェスを抱えている。

作者はババヤガを一種のモチーフにして、孤児院の院長を困らせる少年にレンコが電話で創作童話を聞かせてやる場面が何度が出てくる。あれは、ロシアらしい雰囲気を出すのに一役買っている。

このほか、レンコの同僚刑事ヴィクトルや、ユダヤ系アメリカ人ホフマンと彼の連れであるユダヤ老人(死者のための祈りその他、ユダヤの話が絡まる)、ロシア・マフィアのボス、チェルノブイリで狩猟した動物を剥製にするのが趣味の老人とその孫娘(彼女の弟カレルが、墓地での死体発見者。レンコの命を救うのは彼女)、カレルに従うスケボーに乗る兄弟など、アミダくじのように話が広がり、誰がどう関わってくるのかさっぱりわからなくなる。

それがミステリなのだろうが、もう少し練るべきである。あまり意味のないサブプロットがうっとうしい。

題名になっている「狼が犬を食べる」もたびたび引用されるわりに、こじつけに思える。

政府の勧告に従わず、チェルノブイリに戻ってきた老夫婦一組と老女が3人。昔ながらに、畑を耕して野菜を作り、牛や豚を飼って生活している。お酒を作り、歌い、踊る。

周りの家は朽ちていくばかり。赤い森と動かない観覧車と石棺。

物語は、レンコがモスクワからゼニャとエヴァを伴って、老夫婦を訪ねるシーンで終わる。

豚の喉を切り、逆さづりにして血を出してから丸焼きにする。その豚には名前もつけて飼っていたのに。私は肉を食べないが、私みたいなヤワな神経ではロシアの田舎に遊びに行けそうにない。

豚がどれくらい放射能で汚染されているかという話は出ない。


        *


この作品はシリーズなので、レンコと孤児ゼニャの関係については前の作品に成り行きが出ていると思われる。

「これより、有名なGorky Parkを先に読むべきだったんじゃない?これまでレンコが何をしてきたかわからないじゃない」と夫に言うと、

「いや、それは関係ないね。それに、あいにくその本だけうちにないんだな」とやぶへびであった。

「いいの、いいの。買わないで!図書館で借りるから!」と私。

「あれを買えば、シリーズが揃う」と夫。夫の前で、あの本が読みたいなどと言ってはいけないのである。

しばらくして、夫がまたやってきた。

「次はこれなんかどう? 薄いよ」と私にThree Stationsを手渡す。刑事レンコのシリーズである。

私はレンコにそれほど興味はない。クリーシィの魅力には到底及ばない。

あっちもパルプ・フィクションではあるが、キャラクターに思い入れがないとシリーズで読んでもおもしろくない。たくさん読めば愛着がわくのかもしれない。しかし、いくら私でもそうそう寝転がって本ばかり読んでもいられない。

「とりあえず、もらっとくわ」とベッド脇に置いた。

この本は、どうしても家事をやりたくない日の大事な助っ人となるのである。


<今日の英語>   

I'm oblivious to the score a lot of times.
スコアに気づかないことが何度もある。


相手にマッチポイントがあったのを知らなかったので、それほどプレッシャーを感じずに接戦を勝ち抜くことができたというヴィーナスの一言。



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先週末の覚書

2012.03.28 (水)


金曜日の午後

ほぼ毎日、5時まで学校に残る長男が3時半に帰宅して、シャワーへ飛び込む。ケイティのお宅に呼ばれているからである。

ふだんは「もっと早く帰って部屋を片付ける!」と命じると、「だめだよ。クラブがあるから。ぼくリーダーだし」と真面目くさっていたのに、ガールフレンドのためならあっさり途中で帰って来られるのか。

4時45分。玄関に人影が見えた。

彼女を待たせないように外で立っていたらと長男に言っておいたのに、モタモタしていて結局間に合わなかった。

遠いところをまたお迎えに来てくれたケイティは、裾が(たぶんおしゃれで)ビロビロしたショートパンツとタンクトップで現れた。まだ3月なのに初夏の陽気が続いていた。

お迎えのお礼を言う私に、「ノープロブレム!」とにこやかなケイティ。若い子は、とんぼ返りで往復1時間以上の運転くらい平気なんだろうか。

さすがに帰りは電車で、私が最寄の駅までお迎えに行くことにした。


          *


5時15分、電話が鳴った。

次男がバスに乗り遅れたかと思ったら、「おかあさん、ぼく、これから学校でプレイを見るの。チケットが12ドルだって。いい?今からぼくが家に取りに来る」

次男はこのところ、ステージ・クルーと称して、お芝居の大道具係みたいなことをしていたらしく、毎日帰りが遅かった。いつオープンするのか知らなかったが、この週末だったのか。

私はそういうお知らせに興味がないので、見かけても記憶に残らない。ファンドレイザーなのかどうかも知らない。

「何時に始まるの?」

「7時半。ぼく、まだ手伝ってるの。それでプレイが終わったら電話するから、迎えに来て」

「晩御飯はどうするのよ」

「友だちとデリでサンドイッチ買ったから、いい。」

うちはハイスクールから近いが、歩けば20分はかかる。慌てて事故にでもあったら困るので、私がお金を届けることにした。

次男は何でもギリギリにならないと報告しない。こういうことははよくある。

専業主婦の私がいつも家にいるからなんとかなると甘えているのであって、働いているお母さんだったらどうするつもりだと思うが、子どもたちには想像できまい。


            *


G氏との電話を終えて、夫が台所に下りてきた。

「長男はどこにいる?」

「ケイティのお宅でピザ」

「次男は?」

「ハイスクールでなんかのプレイを見るんですって。さっきチケット代を届けてきたところ。」

夫はルーマニアの「友だち」に頼まれたと言い、翻訳料の支払いを仲介するために送金手続きをしに行くところだった。

これで2回目。またおかしなことを始めたなと思って、調べてみた。ルーマニアではペイパルがかなり厳しく規制されていた。直接ペイパルで送金できないので、誰かが夫のペイパルにドルで送金し、夫はウェスタンユニオンかなにかで海外送金をしているらしい。

金額は100ドル以下。手数料のほうがもったいないんじゃないだろうか。どうも引っかかる。

しかし、追及するには情報が足りない。金額も小さいので、しばらくほっておくことにした。

「あれ、玄関に誰か来たよ」とガレージへ向かう夫が言った。

午後6時以降に来る人なんかいない。宗教だろうか。無視しようとしたら、夫が「誰かがいるって」としつこい。

ノー・サンキュー!と言うつもりで玄関に行くと、ドアの向こうに立っていたのは息を切らせた次男。学校から走ってきたのだ。お芝居を見るのは止めたんだろうか。

「おかあさん、15ドル、だった。12ドルは、ネットで買うときで、入り口、だったら15ドル、だって」ととぎれとぎれにハーハー言う。

「なんで電話しないのよ? また3ドル持っていったのに。バカだねえ」と呆れる私。

「ダディが出かけるから、ついでに乗せて言ってもらえば?」と言ったら、「ううん、ぼく走ってく。」 いくら田舎でも帰宅時の車は多いし、薄暗い。説得して、夫の車に乗せた。


          *


子どもたちがいない静かな金曜日の夜

夫も私もそれぞれの部屋でパソコンに向かう。

早く寝たいが、子どものお迎えは私なので、起きていなくはならない。

電車は1時間に1本。6時にケイティの家についたとして、9時にはおいとまするだろうか。10時過ぎには駅に戻ってほしいが、次男の見ているお芝居も9時半に終わるらしく、かち合うかもしれない。

私はうとうとしながら、ネットサーフィンをしてひたすら待つ。

10時少し前にやっと電話が鳴った。

「あ、おかあさん、うん、ぼく、10時xx分の電車に乗るから」と長男。こっちの駅に着くのは11時過ぎだ。

電話中にCall Waitingの音がしたので、慌てて切った。

今度は次男。「おかあさん、今終わった。」

2人のお迎えが終わり、結局寝たのは12時。夜が苦手な私は疲労困憊である。

ちなみに、ケイティのお宅には親戚一同が毎週のように集まって夕食を食べるそうで、長男は今回それに呼ばれたのだった。庭も広く、デックの向こうにはブリック・オーブンがあって、ケイティのお母さんがピザを13枚焼き、イタリア系の一族は10時過ぎまでワイワイやっていたそうな。私の予想とはだいぶ違うようだ。

      
            *


翌日は土曜日

いつものように、午前中は長男の空手。午後は次男のテニス。

双方の送り迎えで、運転にうんざりする。日曜日に出かけたくないのはそのせいである。

しかし、今回は2人の共通の友だちセスの誕生日パーティに呼ばれている。うちには何度か来たが、相手の家にいくのは初めて。地図を見ると、わかりやすいところにあり、15分で行けるのでほっとする。

なぜか長男だけは土曜日の夜からスリープオーバーに呼ばれていた。セスは次男が関わっていたお芝居をまだ手伝っていて、土曜日のプレイと片づけを終えた夜11時にお迎えに来た(らしい。私は寝ていた)。

そして、日曜日

次男や他の子どもたちは朝10時に集合とのことで、また私が送る。

なぜかGPSはなかなかサテライトを見つけられない。次男は地図で確認してこなかったので、私の記憶が頼りだった。

「あんたがパーティに行きたいのよ。なんてちゃんと調べておかないの?友だちに住所を聞いただけで、グーグルマップで確認してないんでしょ」と説教し、次男は少しは反省したようだった。

しかし、こんなことはしょっちゅう起きるのだ。

アメリカの教育は、自助努力の精神を叩き込むんじゃなかったのか。


          *


運転はいやだが、夕方6時まで、また子ども抜きの静かな1日となった。

Wolves Eat Dogsの続きを読む。

6時のお迎えは微妙である。きっとお昼はピザで、夕食は出ないだろうと、手抜きカレーを作った。

そして、5時45分に家を出る。まだ本は読み終えていなかったが、30分で戻れるはずだ。

しかし、パーティでは、やっとピザが届いたところだった。それからケーキ。何が入ってるんだか、生地は毒々しい赤で、全体を覆う白い極甘の人造クリームの上には赤いスプリンクルズ。私は遠慮した。

結局20分以上待った。

こういう送り迎えも早ければあと1年で終わるのだと自分に言い聞かせ、家に向かった。

私の週末はこれで終わり。

あれこれやったようで、結局何一つ成し遂げていないのだった。

おまけに水曜日の夜になってこんなことをダラダラ書き、非生産的な存在とは私のことである。


<今日の英語>   

He is out of sorts today.
今日は機嫌が悪いよ。


パソコンに向かっていた次男に話しかけようとした私へ、夫が忠告したときの一言。夫は、私より先に次男の邪魔をして、嫌がられたらしい。



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鈍る恐怖感

2012.03.29 (木)


BBCに"Probe finds high radiation in damaged Fukushima reactor"という記事が出ていた。

前日に日本語の新聞サイトでも見たはずだが、細かいことは覚えていなかった。

福島原発が冷温停止状態になったという政府発表を安全宣言と受け止めた人はいないだろう。事実、そのあとも温度計が壊れていたとか、汚染水が海に漏れていたとか、空恐ろしいニュースがたびたび流れた。

最悪の状態だと思っていたのに、それをさらに上回る悪い状態だったと知らされてぞっとする。

しかし、人間は良いことにも悪いことにも慣れるものだ

福島原発について、「事態は予想よりはるかに深刻でした」と何度も聞くたびに、「どうせそんなことだろうと思った」と驚かなくなる。どうせ東電も政府も真実は明らかにしないだろう。またしばらくしたら、もっと悪いニュースを小出しにするだろう。

私はアメリカにいるから、のんきなことを言っていられるのだが、ネットを通して見るかぎりでは、日本に住む人たちも緊急事態という意識は薄らいでいるような印象を受ける。

個人レベルでは身を守るためにできるかぎりのことをしているのだろうが、いかんせん、ああいう政府である。

原発事故の収拾にも避難民の対応にも、一貫性が感じられない。総指揮を取れる責任者が短期・長期で取り組んでいるのかどうかもはっきりしない。

事故当時の大本営発表にも呆れるが、その後も次々に信用をなくすことばかりしてくれた。

もはや政府には期待しないから失望もしないのである。


           *


このニュースについて、NHKが詳しい解説(ニュース詳細:2号機格納容器内の映像公開)をしている。

「最大で1時間当たり72.9シーベルト=7万2900ミリシーベルトと非常に高い放射線量を検出し」と、単位をこれまでよく登場したミリシーベルトに換算してあった。

それがなければ、私は気がつかなかったかもしれない。

それだけ感覚が麻痺しているのだ。数字を疑うことすらしない。

しかし、こんな危険な測定は誰がしたんだろう。危なくて近づけないのではなかったか。作業員を使い捨てにしているんだろうか。それに、これほど高い放射線量を正しく計る機械はあるんだろうか。

予想していた水位は3メートルで、実測は60センチという危うさ。

AP通信は"Very high radiation, little water in Japan nuclear reactor"としており、60センチとは「水がほとんどない」のと同じらしい。

「1時間当たり数トンの水が流れ出ているとみられ、格納容器かその下部にある圧力抑制室に一定の大きさの穴か隙間が開いている」と日本の専門家は指摘している。水の中に溶け落ちた燃料棒を取り出すにしたって、格納容器の状態はまだ把握できないのである。

これでは廃炉に30年、40年どころではない。しかも、常に後ろ手になる。

BBCの記者は、2号機よりも残りの原子炉のほうがもっと危険な状態だと言っている。そういえば、使用済み核燃料はどこにあるんだったっけ。

こんな状況で次の大きな地震が起きたらなんて、考える意味があるのか。


          *


チェルノブイリを舞台にした小説Wolves Eat Dogsを読んだとき、実在のモデルがいるのかどうか気になった。

特に、原発事故の責任を取らされたフェリックス・ゲラシモフ。

しかし、膨大な検索結果に圧倒されて、あきらめた。

その代わりと言ってはなんだか、ヴァレリー・レガソフなる人物をウィキペディアで見つけた。

原発事故の調査委員会責任者を務め、モスクワ物理工科大学教授でソ連科学アカデミー正会員でもあった。

「『今対応をとらないと、放射能は世界に拡散する』と声高に主張、鉛や炭酸水を混ぜた砂袋を空中から投下する緊急対策を認めさせ収束に寄与した」とあり、事故の2年後に「チェルノブイリ事故発生直後から災害防止の活動ぶりや住民避難を生々しく記述した告発文」を書いたものの、一本の録音テープを残して、自宅で遺体で発見された。

ソ連時代に共産党機関紙幹部に事故の真相を文書で渡すなんて、命がけである。

今の日本政府にそれだけのことができる官僚が1人でもいるか?


         *


告発文の内容の一部は、ウィキペディアに載っている。

貧弱な制御システムや診断システム、手抜きの溶接、緊急時に作用すべき防護システムの異様さ、なぜか内容を消されたマニュアルに従えという指示。

福島原発でも、なにかが逆向きに設置されていたとか、雑草が空けるようなちゃちなパイプを使っていたとか、事故後にも防護服が万全でなかったとか、ソ連顔負けの杜撰さが明らかになった。

原発事故が収束にはほど遠いにも関わらず、避難民を帰宅させるために除染作業し(その効果のほどは如何に)、汚染された瓦礫を動かすのが本当にやるべきことなのか疑わしい。

地震と津波で被害を受けた原発から、1メートルでも離れるしかないんじゃないだろうか。放射能からは逃げるしかない。

忘れた頃になって、「実は水位は予想したより非常に低かった」とか「6時間で死ぬくらいの高い放射能レベル」「毎時数トンの汚染水が漏れているようだ」とか他人事のような報道がされる。

確認できなかった間も、水位は低く、放射能は高く、汚染水はずっと漏れていたのに。

もう何を聞いても驚かないぞと思いつつ、いったいこのニュースがどれくらい恐ろしいのか、わからなくなっている。

そういうのが一番だめなのだろうが、地球の裏側の煩雑な日常の中で、危機感は鈍るばかりである。



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予感的中

2012.03.30 (金)


あさって土曜日は、A大学で合格者向けのオープンハウスがある。

長男の第一希望なので、すでに入学金は払った。今回は、大学のメイン・キャンパスと寮を見ること、長男が専攻する分野の教授陣に会うことが目的である。

去年の夏のオープンハウスは私がアムトラックで連れて行った。まずマンハッタンへ出るのも一苦労だし、ともかく長い電車の旅でくたくたになった。

車なら3時間半で行けるのだが、前回はG氏のスタートアップが大事な時期にさしかかっていて、夫が2泊3日も家を空けられず、電車にした。

しかし、今度は次男も連れて、全員で行く。

ニューヨークとコネチカットは私で、マサチューセッツに入ったら夫に運転を交代してもらう計画だった。

ところが、ハイスクールの春のスポーツが始まり、長男のテニスも週末練習があることがわかった。テニス・クラブでの練習も土曜日にある。先週あたり、「Varsityのテニスはやりたくない」とぐずっていたのが、いざ練習が始まると、毎日楽しそうにやっている。

1人で3時間以上の運転はきついだろうが、この際、夫にだけ行ってもらわねばならない。

テニスは次男が大学願書に書ける唯一のスポーツでもあり、夫もそれが大事なことはわかっている。

わりとあっさり承諾してくれた。

夫と長男がいない間に、私と次男でおいしいものを食べに行こうと密かに計画した。


               *


G氏のビジネスはとりあえず正式に製品をリリースしたが、売り込みはこれからである。

セールスマンとしてのG氏は相当に有能らしく、ある有名人が関わる組織にプレゼンテーションをすることになった。投資なのか、売買なのか知らないが、G氏にとっては大きなチャンス。

そして、夫にプレゼンテーションの準備を手伝ってほしいと頼んだのだそうだ。

私はいや~な予感がした。

「これは予想してなかった。すごくいい話だけど、いまボストンに1泊するのは最悪のタイミングだなあ。いや、ちゃんと長男を連れて行くけどさ」と夫。

夏休みのときも、そうじゃなかったか?

そして、今日、木曜日の午後3時を過ぎてから、

「ごめん。悪いけど、ボストンまで行って来る余裕はない。他のプレゼンテーションならGも平気なんだけど、これはちょっと相手が違いすぎる。」

ホテルの予約をしたころから、なんだかそんな気がしていたのである。

「わかったわよ。私が連れてくわよ」と私はあきらめて言った。


           *


しかし、内心ではパニックに陥った。

ボストンの荒っぽい運転は有名で、英国の真似をしたロータリーというややこしい道路があり、道は狭く、通行人や自転車も多い。

すでに夫と長男のために道順を調べ、ホテルのサイトにある道案内と比較し、いくつかのルートを印刷しておいた。それにGPSがあれば、どうにかなるだろうと思った。

しかし、私は都会で運転したことがない。運転感覚が鈍いうえ、方向音痴で、目も悪いという三重苦

ホテルはボストン市内でなく、ケンブリッジに取ってあるが、運転事情はボストンと変わりないらしい。ともかく検索、予習するしかない。

"13 tips for safer driving in Boston"によると、1番のコツは Don't、つまり Don't drive in Boston ボストンで運転するな

倒れそうになった。そこまで危ないのか!

しかし、それで終わりではない。

「誰かが道順を教えてくれたとしても、もはや地図に載っていない(あるいは、これまで一度も載ったことがない)道路の名前を使うかもしれないので注意」とか「信号はたんなるサジェスチョンだと思え」とか、「人が方向指示器を使うだろうと期待してはいけない」とか、空恐ろしいことが書いてある。


           *


怖気づいて、電車、バスその他、私が運転しなくてもボストンに行ける方法を探した。

ニューヨークからボストンへは、本当にいろんな手段があるらしい。

しかし、どれも時間がかかりすぎる。それというのも、うちがマンハッタンから遠すぎるせいだ。

もう腹をくくって私が3時間運転するしかない。長男はやっと運転の練習を始めたばかりで、まったく頼りにならない。

なんとか旅行そのものをキャンセルできないだろうかと頭をめぐらせる。

すでに長男はこの大学に決めている。夫が行ける日に個別に見学させてもらったらどうだろう。

夫は「車はホテルに置いて、あとはタクシーか電車にすればいいんだよ」と言うが、ホテルまで行く自信もないのである。しかも、Valet Parking. 私は1人でそんなものを利用したことすらない。

どうしてもケンブリッジにたどり着けなければ、途中で引き返す。

事故にあうよりマシだ。

こんなブログを書いている場合じゃないと思いつつ、こういう場合こそ現実逃避が必要なのである。

しかし、あと半日もすれば現実に立ち向かわねばならない。

長男を説得するか? 夫に泣きつくか? 

それとも、死ぬ覚悟で車を出すか。



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