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今日の英語 2011年9月掲載

2011.10.01 (土)



9/4/11
That's hardly anything.
それじゃあぜんぜん足らないわ。

9/5/11
We didn't see any of your trees down.
倒れた木は見当たりませんでした。

I’ve heard so many nice things about you.
お噂はかねがね伺っておりました。

9/6/11
That's what I say.
まさに私の言いたいことです。

9/8/11
Do me a favor.
頼みがあるんだけど。

9/9/11
Not so fast.
そううまくは行きませんよ。

9/10/11
I have my brights on.
ハイビームを点けてるの。

9/11/11
I just lost it.
感情を抑えきれなくなった。

9/12/11
Kudos to the ref.
審判、よくやった。

9/14/11
Who left the milk out?
牛乳を出しっぱなしにしたのは誰だ。

9/15/11
We have idiots in charge.
馬鹿が仕切っているんだよ。

9/17/11
It seems like we never get a chance to see each other.
ぜんぜん会わないですね。

9/18/11
It's a bitter pill to swallow.
つらいことですが、耐えなければなりません。

9/23/11
That will make your life easier.
そうしたほうが楽です。

9/25/11
I'm just giving you the truth.
事実を述べているだけですよ。

9/26/11
She is almost always in heels.
彼女はほとんどいつもハイヒールを履いている。

9/27/11
There is no harm in asking.
聞いてみるだけなら差し支えない。

9/28/11
You look out of it.
ぼーっとしてるみたいだね。

9/29/11
This is a grave we dug ourselves.
これは我々自身が招いたトラブルですよ。

9/30/11
Isn't that enough for today?
今日はもう充分やったんじゃないか。

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最悪のシナリオ

2011.10.03 (月)


他のことを書こうと思ったが、どうしても頭から離れないのでやっぱり書く。

先日、朝日新聞で「セシウム汚染の帯、首都圏に 千葉・埼玉の汚染地図公表」という記事を読んだ。

「セシウム134、137の蓄積量」の地図を見ると、いかに広範囲に及んでいるかが一目瞭然。とっくにわかっていたことだと思いつつ、暗澹とする。

半年以上が経って、やっとこんな数字が出てくるとは。

なぜかセシウムだけ。しかも、東京都のデータはまだないという。

千葉県には、チェルノブイリで汚染区域とされたところより高い数字が検出された町がいくつもある。そんなところで住民は何ヶ月もふつうに生活をしていたという事実

いや、こうやってデータが発表されても、いったい誰が家や仕事や学校を捨てて、遠くへ移住できるだろう。

原発付近の濃いオレンジ色の部分が思ったより大きくて驚いた。元からこうだったのか、それとも半年の間に広がったのか、私にはわからない。


        *


原発の敷地外でプルトニウムが検出されたニュースもあった。

それでいて、原発から半径20~30キロ圏の「緊急時避難準備区域 」を抱える市町村は、来年3月に住民の帰還を完了する計画だという。除染すれば住めるのだろうが、あの地図を見る限り、安全とは思えない。

かといって、いつまでも難民のような仮暮らしをするのも限界がある。自分の家に帰るチャンスがあれば、きっと私もそうする。

やわなプレハブ物置のような仮設住宅の写真を見た。あれで東北地方の冬を越すのは相当きびしいだろうと思う。義援金でもっとまともな住宅が作れないものか。いったい義援金はどこでどう使われたのか。

除染作業で集めた放射性物質にまみれた物をどこへ持っていくのかも疑問だ。

住民の反対にあって瓦礫を受け入れるところがないと聞いたが、学校を再開するために掘り返す校庭の芝生や土はどこへ捨てるんだろう。原発作業員の服や靴もきっと増える一方だ。燃やすわけにいかないだろうし、埋めたら土壌が汚染されるんじゃなかろうか。

考え始めると、堂々巡りになる。

私はもはや原発の詳しい状況は逐一追っていないので、ニュースを読んでもさっぱりわからなくなってきた。


        *


昨日、東京電力が「最悪のシナリオ」を明らかにした。

「復旧作業中の福島第一原発1~3号機で、仮にすべての対策ができずに原子炉への注水が中断したまま38時間過ぎると、核燃料が再び溶け出し、多量の放射性物質が放出される」という(朝日新聞の記事より)。

トラブルの原因になりうることとして、「炉内に注水しているポンプの故障、ポンプへの電源の喪失、タンクなど水源の喪失、注水ラインの損傷など」が挙げられた。

東電は「ポンプには予備もあり、注水する経路はいくつもあるので注水が長時間中断することは考えにくい」と説明しているものの、地震と津波に耐えられず、まだ制御にてこずっている原発である。

考えにくいことが実際に起きてしまった。

また「想定外」の一言で片付けられたらたまらない。

ポンプの故障なんていうローテクの問題が今以上の大惨事を引き起こしかねない。そんな綱渡りをこれから何年しなくてはいけないのだろう。

今だって、原発の状況は不確実要素がいっぱいだし、余震というには大きすぎる地震もたびたび起きている。

3月13日以後、私はNHKにかじりついていたが、いったい何日そうしていたのか、もはや覚えていない。

あの頃の緊張感が薄れたかわりに、じわじわと浸み込むような不安感が消えない。地球の反対側にいるのに。


        *


長男の大学進学が決まったら、子どもたちを連れて一度実家に帰ろうかと思っていた。まだ先のことだが、二の足を踏んでいる。

もちろん、私には日本に行かないというオプションがある。

実家は東海地方なので、福島原発の影響はおそらくないのだろうが、原発はほかにもある。それに東海地震の防災指定地域でもある。本当にいつ何が起きてもおかしくないのだ。

もっとも最近の航空機運賃の値上げでは、3人分買ったら5000ドル近くかかる。気軽に帰れそうにないのが、いいのか悪いのか。

夫は、いよいよになったら私の母や姉を呼び寄せたらどうかという。

しかし、母には母の、姉には姉の暮らしがあり、花を植え替えるようなわけにはいかない。英語のできない人がアメリカで一生暮らしてはたして幸せだろうか。健康保険や年金の問題もある。子どもたちが家を出た後、夫と私の間がどうなるかもわからない。

第一、私はまだ永住権しか持っていない。非市民が家族を呼び寄せようとしたら、何年もかかる。

そんな心配をしなくてすむように、明るい見通しが出てくればいいのだが、高層ビルのかなり上の階で働く姉が「また今日も揺れた」と淡々と語るのを、私は黙って聞くことしかできないんだなと重苦しい気持ちになる。


【追記】 「最悪のシナリオ」の英文記事を読みたいというリクエストをいただいたので、探してみました。どちらも共同通信を元にしています。今のところ、BBCやNYタイムズには見当たりません。

Nuke plant has 38-hour margin for meltdown
(Japan Times)

Fukushima plant crisis could erupt if water injection stops for 38 hrs
(The Mainichi Daily News)



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うまくやった人たち

2011.10.04 (火)


夏にカリフォルニアへ行ったとき、義父母の家から南へ20分ほど離れたところに住む友人Dに会いに行った。

私が最後に彼に会ったのは、おそらく8年前。

その後、一度電話で話したことがあるくらいだったが、夫はずっとメールでやり取りしていたらしい。

Dは私が日本で働いていたときのアメリカ人同僚で、私が結婚してアメリカに移住してしばらくしてから、彼も一家で帰国した。

その後、夫は転職し、彼も会社が統廃合を繰り返したせいで、別の大企業へ移籍したのだが、50歳で早期退職した。

Dは若い頃に結婚し、子どもも早かった。だから、退職した時点で上の子は社会人、下の子は大学3年生くらいだったはずだ。ちなみに、子どもたちは二人とも東部の有名大学を卒業している。

D夫妻は、退職と同時にコロラドへ引っ越した。なぜそこを選んだのか知らない。

半年前にコロラドの家を売り、南カリフォルニアに引っ越していた。夫が連絡をすると、ぜひ寄ってくれという話になった。

Dは人当たりがよくて、かつての同僚たちとも親しい。

私は昔の知り合いがその後どうなったかなど聞きたくない。だから、あまり気乗りがしなかったが、「きみが行かなかったら、そりゃガッカリするよ」と夫にせっつかれて出かけた。

子どもたちは義父と留守番をするという口実で、久々にゲーム三昧。

義母の友だちベティがD夫妻の近くに住んでいるので、義母に送ってもらい、彼女はベティと買い物に行き、夕方夫と私を迎えに来る手はずになった。


      *


義父母はオレンジ郡のgated communityに住んでいる。文字通りゲートがあって、住人しか入れない。

2年前、義母は中古のレクサスを運転していたのに、今度は新車のメルセデスだった。義父は反対したらしいが、見栄っ張りの義母には高級車は生活必需品なのである。

しかも、ご近所でもスーパーでも、駐車場にはメルセデス、レクサス、アウディ、BMWがずらりと並び、それ以外の車が珍しいくらいの高級住宅地。

義父母は以前にも近くのgated communityに住んでいたが、そこは55歳以上でないと住めないシニアコミュニティでもあった。それで、てっきり今の住まいも老人向けだと思い込んでいたが、年齢制限はないのだそうだ。お金さえあれば、誰でも住める。

D夫妻が購入した家はやはりgated communityで、そちらは50歳以上が条件。夫婦のどちらかがクリアしていればいいらしい。

しかし、一番の違いは、義父母の家ほど高級ではなく、あとで義母に聞かれた夫が「modestな(控えめな、地味な)住まいだよ」と説明していたように、コミュニティ全体がいかにもミドルクラスという雰囲気だった。それでもオレンジ郡なので、安くないと思う。

何百も家が連なって、10以上あるゲートに番号がついており、広大なコミュニティの中はまるで迷路。先にDが「途中まで出迎えるよ。わかりにくいから」と話していた通り、家の番号と通りの名前だけではとても見つかりそうになかった。

私のような方向音痴には住めない。

しかも、ゲートには門番がいて、Dの名前をつげても要領を得なかった。ちなみに、門番は住民のボランティア。名簿を見て、訪問宅の情報と照合するのが仕事らしい。国境警備かと錯覚しそうなほどだった。

結局、夫がDに電話し、細い道を入ってDの姿が見えるまで、携帯で誘導してもらった。


      *


3ヶ月前にリノベーションが終わったばかりのその家は、夫婦二人にはちょうどいい大きさで、若い人たちがいないせいか、付近はしんとしていた。

家というよりは平屋建てのコンドミニアムと言うべきか。2軒ずつ背中合わせになっていて、ガレージはなく、広いカーポートが並んでいた。

私は「ここが彼らの終の棲家か…」とぼんやり考えた。

Dは数日前にひざの手術をしたばかりで、杖をついていた。

「早期退職のパッケージに、退職後も従来どおり健康保険が適用されるとあったから、飛びついたんだよ。おかげでこの手術も払ってもらえた」とD.

かつて手厚かった大手でも、いまや福利厚生を少しずつ削っている。現役社員に対してもそうなので、退職者への健康保険を保障してくれるという条件は非常に恵まれている。

Dがコロラドの家を売却したのは去年のことで、不動産不況もなんのその、わりと早く買い手がついたそうだ。

そして、高級住宅地ではないが、気候のいいオレンジ郡に安全な住居を手に入れた。

D夫妻は、うまくやった人たちの代表だ。

若い結婚だったので、最初は苦労しただろうが、その後は子どもの成長に合わせて家を買い替え、大企業でもレイオフにならず、優秀な子どもたちが有名大学に入り、とても恵まれた早期退職者のパッケージをもらい、コロラドでの生活を楽しみ、60歳を前に南カリフォルニアに腰をすえた。

Dは頭がよく、楽器もできて、セスナの操縦を習ったりして、人生を楽しむことを知っている。それほど友だちが多いタイプではなさそうで、ちょっと神経質なところもあるが、私には昔からとてもよくしてくれた。

「ほら、xxを覚えてるだろう? 彼(彼女)、その後こうしてこうなって、今はどこそこでああいうことをしているんだって」ということさえ言わなければ、私は彼が気に入っている。

幸い、今回は私の嫌いな「あの人は今」は一切出てこなかった。何年も会っていなくて、D夫妻の引越しやひざの手術、夫の躁うつ病や退職など、他の話題が多かったせいかもしれない。


       *


ところで、Dの奥さんは台湾出身で、Dより3つか4つ年上。

Dとは大学時代に知り合ったらしい。留学できたのが不思議なくらい貧しかったそうだが、台湾にはもう家族はいないと言っていたから、アメリカの市民権を取ったと思う。

二人の子どもに中国語のみで話しかけ、週1回はチャイニーズ・スクールへ通わせ、英語と中国語のバイリンガルに育てた。読み書きは最初からあきらめていて、会話だけだそうだが、たいしたものである。

18年前に会ったきりだったので(それまでも親しかったわけではない)、今回の対面には緊張した。

私よりさらに小柄で驚いた。私の記憶と違う。

髪は短めで茶色に染めていた。さすがに老けていたが、昔の面影があった。

気取りのない人である。地味なTシャツとジーンズ。椅子に座ると、彼女のお腹がかなりプックリしていて、なぜか私はホッとした。私も適当な服を着て来たが、私は義母とは別の意味で見栄っ張りなので、彼女よりおばさんぽくみえたらいやだなと思っていたのだ。彼女は私より一回りも年上なのに。

私が「痩せたい」とこぼすと、「どうして?ちょうどいいじゃない!」と社交辞令をまるで本心みたいに言ってくれる優しい人。


      *


彼女は思ったより英語が下手で、ちょっと驚いた。

いや、決して下手ではないのだが、語彙が少なく、非常にシンプルな言い回しや受け答えをする。これは私の記憶違いというよりは、私の英語が上達したせいかもしれない。

昔の私は自分の英語に自信がなく、英語を外国語として話す人の誰もが上手に思えたのだろう。

もちろん今も英語で苦労しているし、子どもたちにしょっちゅう発音や文法を直されるのだが、やっと落ち着いて周りを見渡す余裕ができたということである。

20年かかった。

私は彼女にどうしてここに引っ越そうと思ったのかと尋ねた。

私のチャイニーズの友だちがいるから」と彼女は即答した。実際、私たちがいる間にも2回ほど電話がかかり、彼女は中国語で受け答えしていた。

まったくの偶然らしいが、昔の友だちの何人もがこの広大なGated Communityに移り住んでいたという。D夫妻がコロラドを引き払おうとして、家を探していたとき、オレンジ郡に来なさいよと誘われ、気に入って決めたのだそうだ。

義母も、「あそこはチャイニーズが多いわね」と言っていた。「ベティがいつもこぼしてるのよ。どこに行っても、チャイニーズばっかりって」。

ベティも義母も、ある年齢の白人女性にありがちな人種偏見を持っている。


       *


ベティは医師だった夫とともにgated communityに家を買い、夫婦で余生を楽しむために引っ越したのだが、1ヶ月もしないうちに夫が脳梗塞で倒れ、そのままナーシング・ホームに入った夫は数年後に他界した。

それで、ベティは1人では広すぎる家にもう何年も1人で住んでいる。

なかなか予定通りにはいかないものだ。

しかし、D夫妻はちがう。

東京で働いていたときに、国際結婚していた同僚が何組かいたが、そのうち半分は離婚している(それもDからの報告で知った)。

D夫妻は、いろんな意味で一番安定している。

結婚生活35年。お金や健康保険の心配もなく、子どもたちは社会人として自立し(つい先日、親たちの新しい住まいを心配して見に来たそうだ)、奥さんは同国人の友だちがいて、Dは誰とでも仲良くやれるタイプ。奥さんのためにここへ引っ越したようなふしすらある。

外からはうかがい知れない悩みもあるだろうが、「うまくやったなあ」と私は羨ましくなる。


<今日の英語> 
 
We should follow suit.
我々も見習うべきだ。


デンマークで飽和脂肪酸が2.3%以上含まれる食品に課税する「脂肪税」が導入されたというニュースに、あるアメリカ人が「あとに続け」とコメント。トランプで、前に出たカードと同じ柄(suit)のカードを出すときの言い回しから。



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伝説のスピーチ

2011.10.06 (木)


夏にスティーブ・ジョブズの伝記 "iCon"を読んだ。

彼にはヴィジョンも才能も実行力もあったが、かなりえげつないことをした嫌な奴だったという人物像がここかしこに描かれていた。人間らしくていい。

もっとも、彼といっしょに仕事するのは相当大変だったらしく、その本のためにインタビューされた元同僚の中には、「もう思い出したくない。せっかく立ち直りかけたんだから」と何年たっても傷の癒えない人たちが少なくなかった。輝かしいアップル製品の陰には無数の犠牲者がいたのである。

ジョブズは公に姿を見せるたびに衰えが目立ち、8月の終わりにはCEO職を退いた。かなり悪いんだなと思ったが、訃報を聞いたときは「まさか」と驚いた。

早すぎる。

56歳。私より数年年上なだけだ。同年代と言ってもいい。

ジョン・レノンが40歳で死んだときも、同じように世界中で早すぎる死が悼まれたが、あの頃私はまだ子どもだった。

すい臓がんの5年生存率は20%以下で、ジョブズの死は予期できたとは言え、今回のほうがショックが大きい。

前日、初めて新しいCEOがiPhone4Sを発表したものの盛り上がらず、やっぱりジョブズでないとだめだという雰囲気で、iPhone5を期待していた人たちには失望感が広がった。

真偽のほどはわからないが、新製品の名前は"iPhone for Steve"(スティーブのためのiPhone)を意味するという話を聞いた。遺作か。


        *


私はiPadどころか、iPhoneやiPodすら持っていない。うちにあるアップル製品は、美術を専攻したいという長男のために去年買ったMacBookだけ。

それを買うために、初めてアップル・ストアに足を踏み入れた。せっかく来たのだからといろんな製品に触ってみたが、どこをどう押したらいいのかわからず、長男に「ねえ、これどこを押すの?」何度も聞く羽目になった。

会計のときもレジに向かおうとした私に、店員は「ここでできます」と言い、手に持っていた何かでその場でなにやら打ち込み、「レシートはメールしました」と言った。プリンターのリベートもついでにやってもらった。

ほー!へえー!すごい!

と感激する私に、長男は呆れていた。しかし、私はそんなハイテクな手続きは初めてだったのだ。

アップル製品に縁のない私にとって、スティーブ・ジョブズといえば、2005年のスタンフォード大学卒業式でのスピーチである。




【追記】 「ハングリーであれ。愚か者であれ」 ジョブズ氏スピーチ全訳
(日経新聞)



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ネットのトラブル・メーカー

2011.10.08 (土)


ハイスクールのオープンハウスへ行って来た。

子どもたちの時間割を片手に教室を回るのだが、移動時間3分で教室では8分という慌しさ。

話の下手な先生は、ちょっとした挨拶をしているうちに終了のベルが鳴る。そんなものに参加する意味はないという親も多いらしいが、私は先生の顔を拝むのが目的で毎年出かける。

次男もハイスクールに入った去年からは、長男と次男の時間割を照らし合わせ、より重要と思われるクラスを選ぶ。

要所には道案内役の生徒が待機していて、「ルーム210はここをまっすぐ行って、階段の向こうの左側です」などと教えてくれる。方向音痴の私は彼らがいなければ、とても3分でたどりつけない。

なんとか正しい時間に正しい部屋へ到着するも、サインアップ・シートに記名する段になって、このクラスが長男か次男のか忘れている。2枚の時間割を取り出して、再照合せねばならない。

しかし、これも今回限り。来年からは次男だけのオープンハウスになる。

キンダーガーテンから毎年続いた行事がこうやって少しずつ減っていくと思うと、感慨深い。


         *


教室めぐりの前に、オーディトリアムで10分間ほど校長先生の話がある。

毎回同じような「生徒たちはグレイトで、先生たちはワンダフル」の自画自賛を聞いてもしょうがないと思ったが、他に行くところもないので、後ろのほうに座った。

テニスひじのストレッチをしながら、聞くとも聞かずともいえないふうでぼんやりしていると、時間に押されている校長が「最後に、皆さんに一つだけお願いがあります」と大きい声で呼びかけた。

「容易ではないかもしれませんが、お子さんたちがオンラインで何をしているのか、できるだけ見張ってください。フェイスブック、ツイッター、チャット。インターネットでのトラブルが学校生活に影響を及ぼしています。」

校長によると、昔は校内で起きたような喧嘩やいじめが金曜日の夜から日曜日にかけてオンラインで頻発するのだそうだ。それを受けて週明けの月曜日に学校でゴタゴタが起き、勉強の前にまずそちらの問題を解決しなくてはならないという。

具体的にどういうことがあったのかまで校長は言わなかったが、オープンハウスの日にインターネットにまつわるトラブルがここまではっきり取り上げられたことはなかった。


          *


長男は私が知らないうちにフェイスブックをしていた。

判明したのは半年前。次男は知っていたのに、私には教えてくれなかった。長男も隠していたわけではない。聞かれないので言わなかっただけだそうだ。

私はフェイスブックをやっていないし、興味もないのだが、少し見せてもらった。学校での友だちばかりで、まあ健全である。

カリフォルニアの義母もフェイスブックをしていて、「あなたもやるといいわ! 楽しいわよ。写真をアップしたり、お互いにコメントを残したり、どこで何をしているかわかるし。自分が友だちになりたい人とだけつながればいいのよ」と私に熱心に勧めた。

新興宗教の勧誘と同じである。

実名で日常生活や個人的見解を知り合いに披露する必要性を感じない私は(平たく言えば、めんどくさい・わずらわしい・うっとうしい)、「comfortableじゃないので、やりません」とごまかした。

しかし、長男は義母を友だちに入れてしまって、「グランマがまたコメントしてる!いつもグランマってサインするんだけど、そんなことしなくてもちゃんとわかるよって言ったのになあ」などとこぼしていた。

グランマが長男を監視してくれているようなもので、私は助かる。


       *


次男はフェイスブックをやらない。

あいかわらず、仲良しグループで戦闘ゲームと自分たちの家を作ったりするゲーム(この間はメロンをバーチャル栽培したのだそうだ。食べられない食べ物を育ててどうする?)に忙しい。

宿題もチャットしながらやっている。集中力どころではない。

学校から戻ると、すぐにパソコンの前に座る。そして、「まだ誰も帰ってないなあ」と言う。うちが一番学校から近いので、当たり前だ。しかし5分もすると、「あっ、ジョーが家に着いた」と喜び、パコパコとメッセージを書いて、ケラケラ笑う。

「ちょっと!10分前までジョーと学校で話していたんでしょ。向こうだって、おやつを食べるとか、宿題とかやることがあるんでしょ」と聞くと、「学校でそんなに話す時間、ないの。それに宿題はジョーがパートナーで、いっしょにやらなくちゃいけないの」と言う。

そうやって付き合ってくれる友だちがいるのはありがたいが、やりすぎじゃないかとたまに思う。

「ジョーやニックと学校で会って、それでまたネットで何時間もチャットして、飽きない?」と次男に聞いてみた。

「飽きない。」

「みんな違う大学に行ったらどうするのよ。っていうか、きっとそうなるわよ。」

「それでもチャットするからいいよ。」

昔なら、クラスが違ったり、別の大学へ進んだりすれば、自然と疎遠になったものだが、もはや物理的な距離はあまり意味がなくなってきたらしい。長続きする友情は美しいが、反面いやな過去を断ち切れないんじゃないかといらぬ心配をしてしまう。

先日、次男が妙なことを言った。

「ぼくね、ジョーと会って話すよりチャットのほうがいいの。会うとあんまりしゃべることがないときがある。何しゃべったらいいのか、わからないときがある。」

それはちょっと危ないぞと思ったが、電話より手紙やメールのほうがやりやすい人がいるのと同じか。


       *


次男の英語の先生は、「子どもたちが1ヶ月に何通のテキストをやっているか、ご存知ですか」と親に問いかけた。

2500、4000という声が上がったが、答えは6000だった。1日に200。チャットやツイッターやフェイスブックへの書き込みなど、あらゆるテキストを入れたらそれくらいになるらしい。

先生は、「なぜ人間はこういう形でコミュニケーションを図るようになったのか」を授業のテーマにとりあげ、子どもたちに考えさせると言っていた。

次男のチャット画面を見ると、文法をまるっきり無視していることがある。たとえば、"Where be Joe?"(正しくは、Where is Joe?) 意図的に間違えている。

確かに英語なのだが、私には判読できない部分もある。LOL (laughing out loud) のような省略ならまだしも、もっと別の次元で文法が破壊されているような感じなのだ。

あれで長い論文が書けるのだろうかと心配になる。

なによりも1ヶ月に6000もテキストをしていたら、本を読む時間がなくなる。もったいない!と私は思うが、SNS不参加の人間はもはや少数派なのだろう(ブログもSNSの一つかもしれない。ただし、このブログでソーシャルなネットワークを作っているわけではないのだから、私の場合は当てはまらないと思う)。


       *


久しぶりに不快なコメントが来た。

うまくやった人たち」の記事ついて、私の人間性を批判したものである。内容からして、かなり前から私のブログを読んでいることが伺えた。

私は将来このブログを読み返して老後の楽しみにしようと思っているので、たちの悪いコメントは消した。ついでにお引き取り願った。

公開ブログでは、歓迎できないコメントを受け取る可能性が常にある。

コメントを受け付けなくなったり、ブログそのものを閉鎖したりするケースも見聞きする。

投稿者はもちろん匿名で、正体がばれないのをいいことに、わざわざ私を不快にするような捨て台詞を残す。そんなことを書き送る手間がもったいないと思うのだが、どうしても愚弄したいらしい。

私を批判して悦に入る当人の人間性がどう現れるかについては、まったく自覚がないのである。

なまじ実名だったら(ネットで実名ですと書かれても証拠はない)、そのコメントをそのまま載せたいくらいだが、外国で5年暮らしたことがあるという日本在住の自称「チェリー」さんだった。

ハイスクールじゃあるまいし、こんなブログに悪口を書いて憂さ晴らしするしかないとは。


        *


もっとも「チェリー」さんも、明日会社に行けば「おはようございまーす」と愛想を振りまいて、前の夜にネットで見も知らぬ私のことを悪し様にけなした素振りはこれっぽちも見せないだろう。

たとえば私と面と向かって会うことがあれば、「初めましてー。アメリカは長いんですかー。お子さんたちはバイリンガルですごいですねー」などと、にこやかに話したりするのかもしれない。

しかし、そういう日は来ないのである

私が知っている「チェリー」さんは、何の恨みか知らないが、外国に住む「典型的な日本人女性(「チェリー」さんによるkometto3評)」を非難する機会を伺っていて、ちょっとした言葉の端を捉えては、ここぞとばかりにあげつらう、狭量で攻撃的で惨めな人間でしかない。

田舎で怠惰な生活をしている専業主婦を標的にしなくてもと思うのだが、「してやったり」の気分が味わえたらそれでいいんだろう。

しかし、私のどこが「典型的な日本人女性」なのか。

夫が聞いたら大笑いするにちがいない。


<今日の英語> 
 
I'm not making this up.
作り話じゃありません。


どこかの国で、不法移民を国外退去させられない理由として、「本人を帰国させたらペットの世話をする人がいないため」とされたケースがあったらしい。反移民の政治家が「信じられないでしょうが、本当の話です」と一言。



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 |  生活  |  コメント(5)

ケンカに聞こえる日本語

2011.10.09 (日)


カリフォルニアの義父母宅に滞在したときのこと。

夫と長男は書斎でパソコンをし、私と次男はゲストルームでしゃべっていた。

何の話だったかよく覚えていないくらい、どうでもいい内容だった。おそらく、猫はどうしているだろうかとか、あの本を持ってくればよかったとか、日本のスーパーで何を買おうかとか、英語でいうところの単なるchit-chat(雑談)である。

うちはみんなおしゃべりなのだが、特に次男は小さい頃から、のべつ幕なしにしゃべっていた。おしゃべりだと思っていた長男がおとなしく見えたくらいで、それはティーンエージャーになってからも変わらない。

おしゃべりな性格は彼らが日本語を覚えるのに役立った。語彙が少ないのも、つっかえるのもお構いなく、私には日本語でしゃべりまくる。

そろそろ「はぁ?」「別に…」くらいの愛想の無い受け答えをする年頃だという予想は、みごと外れた。

そういう次男と話をすると、私はいつも以上に早口になり、口を挟むタイミングを逃すまじとしゃべり続ける羽目になる。

私にとって、日本語で話すのはストレス発散。機嫌のいい次男と存分に話し、「そろそろグランマと晩御飯の話をしようかな」と言うと、次男は長男のいる書斎へ行った。

あーなんか楽しかったわと、私はキッチンへ向かった。


       *


ドアのないオープン・レイアウトなので、キッチンもファミリールームも朝食のテーブルも見渡せる。

義父はファミリールームでリクライニングチェアに座ってテレビを見ていた。

義母はキッチンに立っていたのだが、私を見るなり心配そうに歩み寄って、”Are you OK?”と私をハグした。

私には何のことかわからなかった。

「大丈夫ですけど? 何かありましたっけ?」

今、次男君と長いことargue(口論)してたでしょ。彼、何か気に入らないのかしら。何か私にできることある?」と義母。

私と次男が日本語で話しているのを聞いて、彼女はてっきりケンカだと思い込んだらしい。

次男は声が大きく、コーラスをやらせたいくらい歌もうまい(本人は好きな歌が歌えないからいやだと抵抗して、やらずじまい)。

私はアメリカに来てから声が大きくなった

自覚はなかったが、実家に戻るたびに「あんた、そんな大きい声出して!隣近所に聞こえるに」と母にたしなめられ、姉にも「なんでそんな大きい声でしゃべるのよ。うるさいよ」と文句を言われて、やっと気がついた。

うちはアメリカではごく標準的な家だが、やはり一つ一つの部屋が大きいのだろう。

台所から「ごはんよー!」と2階の連中に知らせるには、叫ばないと届かない。ときには、地下室から「カゴ持ってきてー!」と頼むこともあるし、夫の呼ぶ声がリビングルームにいる子どもたちに聞こえなさそうなときは、私が「ダディが呼んでるよー!」とひときわ大きい声を出さねばならない。

そんな生活を続けていたら、地声が大きくなろうというものである。


       *


カリフォルニアのゲストルームで次男と楽しくおしゃべりしているうちに、ついボルテージが上がったのだ。笑いながらしゃべっていたはずだが、義母にはわからなかったらしい(難聴の義父には何も聞こえない)。

彼女は日本語はまったくできない。

私は義父母の前でも子どもたちには日本語で話す。「いまこういうことを話してました」と英語で要約することもあるが、特に義父は日本語教育に賛成なので、好きにやらせてもらっている。

ともかく義母の誤解を解かねばならない。彼女はお客に楽しく過ごしてもらうのが好きなので、余計な気遣いをさせたくない。

「おしゃべりしてただけです。すみません、声が大きくて」と謝った。

「ほんと? それだったらいいんだけど」と義母は首をかしげた。

グランマにケンカしてたと思われちゃったわよっ!」とあとで次男に言うと、「えー、なんで?」と驚いていた。

私たちは楽しくおしゃべりをしていただけで(ちょっとはしゃぎすぎたか)、次男にも口論の意識はまったくなかったようだ。
 
しかし、これを肝に銘じて、その後は少しおしとやかに話す努力をした我々であった。


        *


夫も、ときどき私と子どもたちの会話を口論だと思い込む。

決まって、夫だけ別の部屋にいるときである。いっしょにいれば、その場の雰囲気でわかるのだろうが、日本語の会話を耳だけで聞くと、言い争いをしているような気がするらしい

確かに私がガミガミ叱ることもあるし、子供たちが口答えをすることもある。

しかし、そうでないときでも、"Stop yelling!"(わめくのはやめろ)とか"What are you arguing about?"(何を言い争ってるんだ)とか、夫が2階から下手な合いの手を入れたりする。そのたびに、"I'm NOT yelling!" あるいは"We are NOT arguing anything!"と、これまた大きい声で返事をせねばならなくなる。

日本語を解さない英語話者にとっては、日本語が耳障りに聞こえる可能性が高い

母音の多い日本語は英語話者にはきつく聞こえるという説をどこかで読んだ。英語に比べて抑揚がないのもぶっきら棒に響く一因かもしれない。

それに加えて、私の声は高めで早口。

しかも、夫は会話の内容がまったくわからないときている。


        *


夫は20年以上私と暮らしているのに、ほとんど日本語がわからない。夫より猫のほうが日本語の語彙が多いくらいである。

自分だけが理解できない言語で家族が話をするという状況はどんなものだろう。

私はそういう立場に置かれたことがないのでわからない。

夫は最初からバイリンガル教育に賛成だったし、今も自慢の種らしいが(子どもたちの日本語レベルを知らないせいだ)、私と子どもたちが話していると、ときどき「ドアを閉めてくれ」と言う。そういうときに限ってドアが開いているのだが、やはり耳障りなんだろう。

しかし、今さら変えられない。

あと3年もすれば子どもたちは家を出る。そうしたら、私が日本語で話す相手は猫だけになる

夫はやっと日本語話者に囲まれた生活から開放される。

私は英語しか通じない相手との二人暮らしに戻る。ひょっとして英語が上達するのではないかと期待している。


<今日の英語>
  
He is climbing up the wall.
彼は発狂寸前だ。


締め切りに追われてカッカしているG氏の様子を、夫が私に説明したときの一言。文字通りには、壁をよじ登る。



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イナバの白いラビット

2011.10.11 (火)


5月、オーブンから取り出したフライパンの取っ手を素手でつかみ、左手にひどい火傷をした(その話はこちら)。

痛みは一晩で引いたものの、指を触ると、火傷の部分がゴワゴワした。医学サイトでは、そのうち水疱になって破れると書いてあったが、1週間してもその気配はなかった。このまま火傷の下に新しい皮膚ができるまで、ゴワゴワ部分が保護シートのように残るかもしれないと思った。

しかし、そうは問屋がおろさなかった。

過去に大勢の人が火傷をした結果、医学は火傷の治癒経過について結論を出したのである。私だけが例外になるわけがない。

ある日、気がつくと、ゴワゴワは消えていて、明らかに表層のない皮膚が見えた。ツルッとしていて、濃いピンク色だった。

まさに赤ムケ状態

火傷直後の眠れないほど強い痛みとは違うが、敏感な指先はヒリヒリする。

ゴワゴワはいつどこへ消えたのかわからない。シャワーで流れたのか、手を洗っているうちに少しずつ溶けたのか。

たった1枚(?)の皮膚がないだけで、こんなに過敏になるのだ。


      *
      

それでもご飯のしたくはせねばならない。

子どもたちに手伝わせても、結局かなりの部分は私がすることになる。

「これが日本だったら、スーパーのお惣菜かコンビニでお弁当を買ってくるんだけどなあ」と次男に恨み言を言った。うちの近所で手に入る出来合いの品を考えると、手が痛くても作ったほうがマシなのだ。

「赤ムケって言うけど、本当に赤いのよ。因幡の白兎も赤ムケになって泣いてたけど、気持ちはわかるわ。因幡の白兎って知ってるでしょ」と私。

子どもたちが小さいとき、ヤマタノオロチやイザナギ・イザナミなど、基本的な日本の神話は読んで聞かせたはずである。

しかし、次男は忘れていた。

「白いウサギがいて、皮が剥がれたのよ。そしたら、通りがかった神様がフカフカの草でゴロゴロしたら治るって教えてあげた話。神様はサンタクロースみたいな大きい白い袋を担いでいるのよ。あの袋の中に何が入ってたのかしらね。どうして皮が剥がれたかというと、…あれ? 何があったんだっけ?」

私の記憶も怪しくなってきた。

もともと私は神話や童話の話がごちゃごちゃになりやすい。西洋の話でも、いろんなお姫様が混じって収拾がつかなくなることがある。

「その神様が来る前に、海に入って治そうとしたのよ。塩水だから痛いじゃない? 馬鹿じゃない?」と説明を続けながらも、思い出せない。

Googleの出番である。

もはや私はGoogleに記憶作業を委託しているようなものだ。わからないときは検索。答えはすぐに見つかるが、私の頭には残らないので、記憶力は後退の一途となる。

「あ、わかった。なーによ、ウサギが悪いんじゃないの。それに、海に入れって言ったのは悪い神様だったんだわ」と記憶がよみがえる。

次男はそれでも思い出せなかった。私があれだけ時間と労力をつぎ込んで読んでやった日本語の本は、いったいなんだったんだろう。


      *


翌朝、次男が何の脈絡もなく言った。

「遊戯王にイナバ・ホワイト・ラビットっていうカードがあるよ。」

「なんで昨日言わなかったのよ?ほんとにあの因幡の白兎なの?やっぱり赤ムケなの?」

「昨日は思い出してなかったの。だって、ジョーが持ってるの。ぼくは持ってない。」

遊戯王にはそれまでも小難しい説明が出て、私は子どもたちの質問にしばしば答えた。

しかし、因幡の白兎を持ち出すとは、遊戯王のメーカーもアイディアが尽きてきたと見える。

次男は自分のパソコンに打ち込み、「おかあさん、これだよ。Inaba White Rabbitって。」

遊戯王は英語でも日本語でも私には理解不可能。だいたいあの細かい字を見ただけで、放り出したくなる。

次男のパソコン画面を見ると、なるほど白いウサギだった。しかし、餅つきをしている。カード作成者は、神話や説話をテキトーに組み合わせたらしい。これ以上、混乱に拍車をかけるのはやめてもらいたい。

いくら私の記憶が怪しくても、因幡の白兎は絶対に餅つきをしなかったと断言できる。

「あの赤ムケになったウサギは、お餅なんかついてないわよ。お餅つきは月のウサギがやるの。別人よ」と次男に説明しながら、私も混乱してきた。

それにしても、「ホワイト・ラビット」ではピーター・ラビットみたいな外国種を連想してしまって、日本神話とイメージが合わない。


       *


あとで長男にもこの話をした。

「ねえ、因幡の白兎って知ってるでしょ。あれ、遊戯王のカードになってるのよ。ほんとにイナバ・ホワイト・ラビットっていう名前で。イタリア語だとビアンコで、スペイン語だとブランコで、ドイツ語ではヴァイスで、アラビア語もあったわよ。あんなの、世界中でやってんのねえ。でも、ホワイト・ラビットって変じゃない?」

「遊戯王には日本のキャラクターがいろいろあるんだよ。日本人が作ったゲームだから」と長男。

「あんたは因幡の白兎の話、知ってるでしょ。神話の本を読んだでしょ。ウサギが川向こうの島に行こうと思って、鮫をだまして並ばせるのよ。それでもう少しで向こう岸にいけるところで、『やーい、騙された』って言ったら、怒った鮫に皮を剥がされるの。」

長男のほうが日本語の本をたくさん読んだはずだし、漫画も好きだった。少しは覚えているはずだ。さもなければ、私の努力は無駄だったことになる。

「あれ、鮫じゃなくて、ワニだよ。それに、川じゃなくて海じゃない?」

日本にワニがいただろうか。赤ムケの肌にしみるんだから、やっぱり塩分のある海か?

もう一度調べたら、「鰐鮫(ワニザメ)」という言葉があったらしい。島も、隠岐島、あるいは「沖にある島」を漠然と指すなど、諸説あるのだそうだ。

まことに昔話は奥が深い。

私は長男が細かいことを覚えていたのに驚いたが、絵が好きな子なので、ワニ(鮫)が並んでいるところがしっかり記憶に残っていたのではないかと思う。

これ以後、私の火傷の赤ムケは「因幡の白兎」と呼ぶことになった。


<今日の英語>  

You want to be in the right lane.
右車線にいたほうがいい。


運転している私に夫が一言。やっぱりネイティブ・スピーカーだなと思うのは、こういうなんでもない表現を聞くとき。



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カフェインの発音

2011.10.12 (水)


数年ぶりにガトー・ショコラを作った。

アメリカ人はブラウニーが好きなので、プレイデートやおやつには出来合いのブラウニー・ミックスでごまかしていた。どっちみち、そのほうが喜ばれる。

うちの近所では、ねっとりした糖分過多のブラウニーか、オイルとベーキング・パウダーで膨らませた人工香料のきついチョコレート・ケーキくらいしか売っていない。

おいしいものは自分で原材料から作るしかないのである。

ベーキング用のチョコレートを買い、材料をカウンターに並べながら、「危ないわー、太るわー」と言いながら、まじめに作った。

夕食のあとに焼きあがったので、まだ熱かったが、寝る前に一切れ食べようと(すでにダイエットという観念は消えうせた)、12等分した。

おいしい。でも、ココアを入れすぎたせいか、ちょっと苦い。

これで明日の朝起きる楽しみができたわとベッドにもぐりこんだ。


        *


夜中に目が覚めた。

心臓がドキドキする。たいていどこでもすぐに眠れるはずの私が寝つけなくなった。

これという心配事はない。いや、いろいろあるのだが、今さら眠れないほど悩むことはない。

もしかして、ガトー・ショコラが原因か?

久しぶりに濃厚なチョコレートとたっぷりの純正ココアパウダーが体内に取り込まれて、心臓がびっくりしたのかもしれない。

私はふだんコーヒーは飲まない。ミルクティーを朝と午後に飲むくらいである。このところ、チョコレートも買っていない。

カフェインの刺激が強かったのだ。


       *


翌朝、ガトーショコラは減っていた。

誰か2切れも食べたヤツがいる。

「ねえ、これおいしいでしょ。ガトー・ショコラよ。でも、チョコレートケーキって言うと、ありがたみがないわねえ」と子どもたちに言うと、

「おいしいよ。でも、ちょっとパサパサしてるね」と長男。

「ぼくは、ブラウニーのほうが好き」と次男。あんたはもう食べなくていい。

「おかあさんねえ、昨日の夜食べて、夜中に起きちゃったのよ。カフェインの取りすぎだと思うわ。あんたたち、これ食べて心臓がドキドキしなかった?」と聞いてみた。

彼らは平気だった。うちではコーラも買わないし、学校のランチでは水か牛乳のはずだ。彼らはコーヒーもお茶も飲まない。せいぜいインスタントのココアだ。

白人のほうがカフェインに強いのだろうか。

ヨーロッパに比べて、アメリカのコーヒーは薄いらしい。しかし、アメリカ人はコーラを水みたいに飲むから、それで耐性ができるのかもしれない。


       *


ケーキの減り具合からして夫も食べたはずだ。

「チョコレート・ケーキ、どうだった?」と聞いてみた。

「おいしいよ。ドライだけどね」と夫。

「ドライ? そんなことないでしょ。まあいいわ。アメリカ人はブラウニー食べてなさい。そうだ、あれ食べて心拍数が上がらない? なんだか心臓がドキドキして、夜中に目が覚めたのよ。キャフェインの取りすぎだと思うわ。」

すると夫が大げさに言った。

「キャフェイン?! なんだ、キャフェインって? キャフィーンだよ。キャフィーーン!

「キャフェインじゃないの? 日本語だとカフェインなのよ、カフェイン」と自信がなくなってきた私は、階下にいる子どもたちを呼んだ。

「ねー、カフェインって英語で言って。」

「キャフィーン!」と長男と次男はユニゾンで叫んだ。

「キャフェインじゃだめなの?」としつこい私。

「だめ。キャフィーン!」と再びユニゾンが響く。


          *


私は英語しかできないアメリカ人と22年もアメリカに住んでいる。

それなのに、いまだにこんなことが起きるのだ。ああ恥ずかしい。

Caffeineと言う単語を口にする機会はそうなかったかもしれないが、日常使う言葉だ。むしろ、しょっちゅう聞いているはずだ。

キャフィーンという音が入ってきても、脳内ではキャフェインと登録したのだろうか。22年間、誰も指摘してくれなかったのだろうか。

カフェの部分をキャフェに変えて英語を話していたつもりで、実は50%カタカナ英語であった。固くなった頭に覚えさせるべく、キャフィーン、キャフィーンと繰り返す。

あとで子どもたちに聞いた。

「おかあさんはずっとカフェインって言ってたのに、どうして直してくれなかったのよ。」

日本語はいいの、カフェインで」と長男。

そうじゃなくて、英語のキャフェインよと言いかけたが、疲れてやめた。

ついでに、デカフェ(decaf)の発音はディ・キャーフが一番近い(気がするが、キャフェインの私が言うことなので信用しないように)。


<今日の英語>  

I'm barely functioning.
どうにか動いてるんだよ。


夫が台所へ降りてきたので、電話するからシティバンクと話してくれと言ったら、「今? 起きたばかりで無理だ」と言い訳を始めた。脳みそが機能していようがいまいが、機会を逃すと夫はズルズル後回しにする。強行決定。



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デモをする国、しない国

2011.10.15 (土)


ウォール街でのデモが4週目に突入した。

デモの許可をもらわなかった橋に行進して逮捕者が出たり、ジョージ・ソロスやオノ・ヨーコが支持を表明したりして、毎日ニュースのネタになっているようだが、なんだかワケのわからんデモだなと私は思う。

問題は、デモそのものより、Zuccotti Parkに立てこもる人たちである。

彼らのためにNYPDの残業手当が増え(すでに200万ドル以上を費やした)、近隣のお店が迷惑をこうむっていると聞くと、公園の占拠に何の意味があるのかわからない。

「アラブの春」みたいに確固とした目的があるわけでもない。不満があるからデモをするのだろうが、いろんなグループが勝手な要求を掲げているような印象を受ける。

最初のうちは、高額の学資ローンを組んで大学を卒業したのに就職できない人などがよくインタビューに登場していた。その後、NY市の予算カットで失職した教師やナース、現役の大学生らも参加し始めた。週末には家族連れや引退した人たちも集まった。単にデモをしたいために便乗する人もいた。

リベラルだけでなく、保守派も環境保護者も無政府主義者も社会主義者もいて、混戦状態。全体をまとめるリーダーはいない。

私は富裕層への増税は賛成なので、それを邪魔する共和党をどうにかしてもらいたいのだが、このデモにはなぜか期待できない。

親近感も持てない。うちがマンハッタンから遠いせいかもしれない。

その後、ボストンなど他の都市へも広がったようだが、どこも線香花火のようで、ニュースを追いかけていなかった私は詳しいことは知らない。


       *


まだ平和にやっているうちはいい。

エジプトやシリアのように、「デモに参加したら、生きて帰れるかどうかわからない」という緊迫状態はない。中近東に比べると、ウォール街のデモはママゴトと言ったら言い過ぎか。

公園にテントを張ったり、炊き出しをしたり、ギターを弾いて歌ったり、1960年代のヒッピー集会を連想させる。発電機を持ち込んで公園のWi-FiでSNSを駆使するのは、さすがに21世紀ではある。

しかし、その公園にはトイレがない。それで近くのお店のトイレを借りる。

個人でシャワーを提供している人の話をラジオで聞いた。信用できると判断したデモンストレーターにチケットを渡すのだそうだ。彼らの主張に賛同するからこその援助だと思うが、赤の他人にお風呂を貸すなんて私にはできない。

もう夜は肌寒く、これからのテント生活は厳しくなる。病気が流行る。いさかいも起きる。

当局は、冬になって脱落者が増えるのを待っているんじゃないだろうか。

本当に生活の苦しい人はデモに出かけるだろうか。そんなエネルギーがあるだろうか。仕事がなくて時間が有り余っているから、1日中ダウンタウンで過ごせるのであって、最低賃金のパートでもしていたら、そんな余裕はないと思う。

私は出不精だし、人ごみが嫌いだし、知らない人と公園でテント生活なんかお金を積まれたってできない性分なので、このデモに共感するのは難しい。投資をしているので、株価が上がったり下がったりして一喜一憂している。デモより株式市況のニュースを真剣に聞く。

お気楽な傍観者である。


       *


ここまで書いてほっておいたら、進展があった。

もともとキャンプ用の公園ではない。百人以上も寝泊りしていたら、不衛生になるのは当然だ。掃除をせねばならない。もちろん税金で。

市が公園の3分の1ずつ掃除するので、デモ参加者は順に移動すればいいという話だったが、キャンプがこのまま撤去されると思ったらしい。ほうきを手にした人たちの写真が出た。清掃を理由に立ち退きを命じられないための自衛である。これまでは汚し放題だったのか。

調べたら、この公園はPublic Plazaではあるが、私企業が所有している。デモ参加者が占拠するまでは、毎晩清掃していた。これだけの(といっても具体的に常時何人がいるのか知らないが)人間が飲み食いするのだから、ごみの量もすごいことになっているだろう。

それだけでなく、花壇が荒らされたり、木々やベンチが傷んだりして、所有者は市に応援を頼んだ。

ブルームバーグ市長は、最初から「デモをする権利」や「言論の自由」を保証するようなことを言っていた。このへんは、中近東やベラルーシと別の意味で、発言に注意しなければならない。しかし、不衛生な公園をそのままにしておけない。

「スケートボードをしてはいけない」という規則はあったが、「テントを張って寝泊りしてはいけない」というのはなかったのだそうだ。

清掃後はテントや寝袋の持込を禁止するという噂が流れ、昨夜のうちに千人も集まって、デモ隊と警察の間が緊張したが、清掃開始時間の30分前になって清掃作業は延期された。

公園に居座る人たちに掃除をさせればいいではないか

ニューヨークの財政も厳しい。こんなことに税金を使うのはおかしい。汚した人がきれいにするべきである。


       *


ロンドンでもシティを占領しようという呼びかけがあるそうだ。数千人が集まるという予想を聞いた。

原因は違うが、この間過激な暴動があったばかりである。ニューヨークよりロンドンのほうが燃え上がりやすい気がして、私はそちらのほうが気になる。

アメリカの大学でデモを呼びかけたが、反応ははかばかしくなく、誰も集まらない大学もあった。失業率や貧富の差を問題視していても、ウォール街を基点とする呼びかけで動くほどではないらしい。

アメリカではかつてベトナム戦争反対デモや黒人解放運動などがあったが、ヨーロッパに比べたらデモもストライキも非常に少ないと思う。NHLやNBAの選手によるストライキで試合が中止になると、大きく扱われるくらいである。

航空会社や病院のスタッフがスト突入かというニュースがあっても、たいていは回避される。あるいは、ストになっても予備のスタッフを投入してしのぐ。

イラク侵略反対!とか、地球温暖化の危機!とか、ゲイ・レズビアン差別反対!とか、デモ行進のニュースもちょくちょく出るが、私にしてみれば「一部の物好きな人がやっている」というイメージが抜けない。


        *


それに比べて、ヨーロッパはどうだ

私はアメリカにしか住んだことがないので、イメージだけで思うのだが、たとえばフランスなんかしょっちゅうストライキをしている。そして、丸1日電車が止まり、郵便が止まり、飛行機が飛ばないのである。よくこれで国が回るものだ。

先生たちがストライキに参加して授業が行われないとか、美術館や博物館の従業員がスト中なので見学できないとか、アメリカでは信じがたいことも聞く。

フランス人は週35時間しか働かず、1ヶ月もヴァカ~ンスがあるのに、政府が「ちょっと長めにお仕事をしてくれませんか」と頼むと、ほい、ストライキ! 「定年を60歳から62歳にしたい」と現実的な改革法案を出すと、はい、デモ! それも全国規模で。

この夏の経済危機でミーティングをしようとしたら、フランスの経済閣僚がいっせいにバカンスで出払っていたというニュースを聞いて、呆れるやら感心するやら。

イタリアでも、公務員のストだかでごみ収集が行われなかったことがあり、道路に山積みされた黒いゴミ袋の写真を見た。

経済的にもうにっちもさっちもいかないようなスペインやギリシャでも、大勢の人がデモ行進していた。お金がないんだから、みんなで我慢して引き締めするしかないと思うのだが、どうもそういう発想はないらしい。

もっとも、BBCでインタビューされたギリシャ人は「何ヶ月も給料をもらっていない。これ以上、税金を取られたり、手当てをカットされたりしたら、生きていけない」と答えていた。ギリシャの自殺率はこの2年で倍になったそうだ。

ウォール街のデモンストレーターはそこまで切羽詰まっていないと思う。

ヨーロッパに比べると、アメリカのデモやストライキはアマチュアに見える。9月にテントを張った人は、真冬のことまで考えていなかっただろう。トイレやシャワーやごみの対策もしていなかっただろう。

デモをしたければすればいいが、なにもテント生活をしなくてもいいのに、とぬくぬくと布団に入って思う。


         *


日本もストライキが少ない。

デモも少ない。平和である。おとなしい。

反原発デモもドイツのような大規模なものではなかった。震災後半年目の9月11日にはかなり大きいデモがあったと聞いた。調べたら、東京の明治公園では6万人、名古屋では2千人、福岡で千人。いずれも主催者側の数字なので、実際はもっと少ない可能性が高い。

それより、民放のテレビ局が韓国を贔屓しすぎるという理由で、反対デモやらスポンサーのボイコットやらをして、そんなことが大きく報道されていた。

私が渡米してから、日本では韓国ドラマのブームが起きたらしく、なんとかソナタとかヨン様に会うための韓国ツアーの話を聞いた。韓国を嫌う日本人が多いと思っていたので、意外だった(ちなみに、初めてヨン様の写真を見たときは女かと思った。ああいうナヨッした男はタイプではない)。

一時帰国してNHKをつけると、日本語字幕つきの韓国ドラマをやっていた。興味がないので消したが、韓国ものはすっかり主流になったんだなと思った。

それが急にテレビ局への非難ごうごうとなって、今は落ち着いたらしいが、まったくくだらない。嫌いなら見なければいいのだ。ブームもアンチも、結局何か(誰か)に踊らされているだけである

放射能汚染問題でそれどころではないはずなのに。

デモをすれば事態が好転するとは限らない。日本政府に何を言ってもしょうがないという気持ちは私にもあるが、それにしても日本人は怒らないなあと思う。

大震災のあと、暴動も盗みもせず、助け合いながら自宅を目指して整然と歩き続けた忍耐の国民である。

自己主張であるデモは、性に合わないのかもしれない。ウィキぺディアによると、デモを取り締まる日本の警備は、他の先進国に比べて非常に厳しく、「デモ隊より警備の警察官の方が多くなることもしばしば」あるのだそうだ。

デモをしない国ではなくて、デモができない国だったのか。


<今日の英語>

Sorry, I can’t today.
悪いけど、今日はできないの。


隣の若夫婦からベビーシッターをちょくちょく頼まれて困っているという引退した女性。子どもはかわいいが、いそがしい日もやりたくない日もある。どうやって断ったらいいかという相談に、「言い訳を書いた紙は破り捨てましょう。そんなものを持ち出したら、罪悪感がつのるだけだし、かえってややこしくなります。単に『できません』で十分」というアドバイザーの一言。私もたいていはこれで断る。



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一人の時間

2011.10.15 (土)


今日は、また大学の見学日。

マンハッタンのダウンタウンなので、大遠征である。春にも、その近くで別の大学のオープンハウスがあり、夫が連れて行った。

それまでは郊外の大学しか見ていなかった。私はぼんやりした長男がニューヨーク・シティに住むのが想像できないのだが、本人はあまり気にしていないらしい。私はよけいに不安になる。

夫は設備、とくに充実したパソコンに感心していた。授業料が年間3万5千ドルもする大学なんだから、当たり前。

今日のS大学は、そちらより多少は安いが、寮費や食費などを含めると、たいして変わらない。しかも、寮はフレッシュマン(1年生)しか保証してくれない。あとは自分でアパートを探すのだ。ルームメイトといっしょに暮らせばいいのだろうが、私は気に入らない。

マンハッタンは表はきらびやかでも、ゴキブリやネズミやトコジラミがうようよしていそうで、私は住めない。

空気も汚い。長男は小さい頃に咳喘息になり、今もちょっと空手の練習が厳しいと咳き込む。そんな子が排気ガスにまみれて生活するのも賛成できない。

しかし、一番の目的は長男が行きたい大学に行くことなので、とりあえず今日も見学だけはしようと思った。


      *


夫はこのところ連日G氏と長話をしていて忙しそうだった。

もしだめなら私が連れて行こうと、またしてもマンハッタンの地下鉄路線図やダウンタウンの地図と首っ引きになった。なぜか私のGPSは都会に持っていくと反応が鈍い。「サテライトが見つかりません」と言い張る。ボストンでも使い物にならなかった。

次男は次男で、PSAT(大学入学のための統一試験SATの練習版)がある。午後にはテニスもある。そちらの送り迎えを夫に説明せねばならない。

昨日の夕方、夫に聞いた。

「明日の朝、私と長男を駅まで送って行って。」

「どうして?」

「S大学のオープンハウス。あなたが行きたいなら、それでもいいけど。」

「できないよ。Gと打ち合わせがあるし、追い込みだから。」

「そうだと思ったわ。じゃあ、朝早く私たちを駅まで送って、それから次男をハイスクールまで送って、PSATだから。それが終わったら、またお迎えに行って。それから、1時までにテニス・クラブまで送って行って、お迎えは3時。私たちはシティから電話するから、また夜、駅までお迎えに来て。」

たいした運転ではない。テニスだって片道15分ちょっとで行ける。

しかし、夫はそういうこまごましたことが大嫌い。

「ぼくがシティに行く」と宣言した。

私はミッドタウンのブックオフで古本を買ってこようと思っていた。それくらいの動機がなければ、遠いマンハッタンまで出かける気はしない。

しかし夫が行ってくれるなら、古本は別の機会にしよう。私はなによりも家にいるのが好きなのだ


       *


今日は早朝から全員をたたき起こし、子どもの遠足みたいに持ち物を確認し、夫には現金を持たせ、最寄の駅まで運転した。

土曜日なので、1時間に1本しか走っていない。グランドセントラルは遠い。彼らが戻るのはおそらく10時過ぎになる。

私は家に舞い戻り、今度は次男を拾ってハイスクールへ。

テストは8時に始まるが、終了時間がはっきりしない。たぶん11時半ごろ。終わったら家に電話するように言う。

家に戻ると、妹猫が台所で待っていた。

今日は誰もいないのよ~!おかあさん一人よ~!」と、つい頬が緩む。

平日は子どもたちは7時20分には家を出る。帰宅は早ければ2時半。遅いと5時半。

しかし、夫はほぼ一日中、そして一年中、家にいる

医者やカウンセラーとの予約以外は、ルーマニアに送金するために銀行へ出かけるくらいで、ほとんど家にいる。昼夜逆転なので、午前中から午後の早い時間まで寝ている。起きていても、自室でパソコンに向かう時間が長く、用事がなければ出てこないと言ってもいい。

私は私の部屋でパソコンをしたり、本を読んだり、昼寝をしたりして、好き勝手にやっている。夫は眠りが浅いので、夫が寝ているときは、泡立てのいるお菓子は作らない。それを口実に、掃除機もかけない。

気楽に過ごしているのだが、夫が家の中にいると、私は完全にはリラックスできないのだ。別室で寝ているのと不在はちがう

かといって、買い物や外出は極力避けたい。そうなると、夫が長い時間出かけるチャンスを待つしかない。

今日は久々にやってきたそういう貴重な日である。


     *


亭主元気で留守がいい。

20年前以上の防虫剤のコマーシャルで流行った言葉だが、結婚生活の真理を言い当てている。心療内科では、「主人在宅ストレス症候群」と呼ぶらしい。

人間には、一人になれる空間と時間が必要なのだ

こころなしか、妹猫も「今日は静かね~」とリラックスしている。

兄猫はまだ若いのに、このごろ1日中寝ている。いや、去勢はしたが、あれもオスの仲間。意味もなくちょっかいを出す兄を、妹はうざったいと思っているかもしれない。

二匹の間には微妙な距離がある。



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自費で行う土壌検査

2011.10.17 (月)



NYタイムズに東京のホットスポットに関する記事が載っていた。

市民グループが調査した結果、東京周辺で20ヶ所のホットスポットが見つかったという話である。

一時は「もっともメールされた記事」の上位にランクしていて、読者の関心の高さをうかがわせる。

私は朝日や日経の見出しくらいしか読まないが、それでも奥多摩や葛飾区でセシウム濃度の高い地域があるとか、横浜でストロンチウムが測定されたとか、世田谷区の高放射線は実は地下室にあったラジウムの瓶が原因だったとか、ちょくちょく報道されてはいるなと思っていた。

NYタイムズには、東京の市民グループ Radiation Defense Project放射No!防御プロジェクト)の名前が出ていた。

彼らの調査した132ヶ所のうち、22ヶ所で1平方メートル当たり3万7千ベクレルと言う数字が出た。チェルノブイリで汚染区域とされたところと同じレベルである。

ホットスポットは、広範囲が汚染されたチェルノブイリほど深刻ではないが、ホットスポット付近で生活する人は、安全基準である年間最大1ミリシーベルトのリミットに達してしまうという。

NYタイムズは、「どちらかといえば飼いならされている」日本の主要マスコミは、「草の根運動よりも政府発表のほうを報道することが多く、この市民グループの検査結果をおおむね無視した」と書いている。

朝日と日経しか読まない私が知らなかったのも当然か。

政府も都も、福島から遠い東京は心配無用と言い、土壌検査をする予定はないと知ったある父親は、市民グループに参加して、息子が練習する野球場付近の土を検査してもらった(写真にはEDOGAWAという文字が見える)。結果は、チェルノブイリ汚染区域並みの放射能汚染だった。

彼の一家は岡山に引っ越した。東京に残ってもたぶん問題ないかもしれないが、「放射能の不安のない将来」を選んだそうだ。


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研究者によると、3月11日に原発事故が起きて、3月15日に東京で放射能レベルが一気に上昇、その後3月21日の夕方に降った雨で再び放射性物質が拡散したが、その後、大気中や水中の放射性レベルは急速に減っていったという。

つまり、事故後10日間で起こるべきことが起き、そのあいだまともな防止対策は立てられなかったわけだ。

そんなことはわかりきっていたとも思うし、ほとんどの人は逃げたくても逃げられなかっただろうとも思う。私がまだNHKにかじりついていた頃なので、「雨にぬれないように」「洗濯物は外に干さないで」「マスクをして」という呼びかけが記憶にある。

NYタイムズは、東京都職員(健康と安全にかかわる部署にいる)カオル・ノグチという女性の回答を引用している。

いわく、東京ではすでに十分な検査が行われたし、放射性物質はコンクリートに落ちて、流された場合のほうが多い。

一日中同じところに立っている人はいません。それに、土を食べる人もいませんよ。

この人は日本のマスコミのインタビューにも同じように答えるのだろうか。


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東京都がやる気のない土壌調査を、市民グループはどうやっているのか。

放射能防衛プロジェクトのFAQにはこう書いてある。

Q:土壌調査結果の場所の詳細を教えてください。

A:土壌調査プロジェクトでは、参加した市民の皆さんがそれぞれ15,750円の検査料を払ってご自宅の庭などを検査したものであり、検査結果の場所の詳細は個人情報にあたりますので、教えることは出来ません。ご了承ください。


1万5千円出しても、検査項目はヨウ素131、セシウム134、セシウム137だけで、他の放射性物質は対象外。

安全のために自腹で1万五千円を払うのか。これこそ国がやるべきことじゃないのか。

NYタイムズによると、分析機関はthe Yokohama-based Isotope Research Institute。横浜市産学共同研究センターにある同位体研究所である。

同研究所のトップページには、水・土壌・食品のストロンチウム精密検査は1万円または1万5千円と書いてある。株式会社なので利益を出さないといけないのだろうが、まるでアメリカの医療みたいに、お金で健康を買うような感じがする。


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リンクをたどったら、あるサイトに出くわした。こう書いてあった。

現在、原子力緊急事態宣言が発令されています。
東京電力福島第一原子力発電所から放出された放射能により
愛知県以北の東日本地域が汚染されています。


ドキッとした。

この宣言は、解除宣言がなされるまで有効なのだそうだ。つまり、3月11日以来、日本ではずっと原子力緊急事態が続いているのである

忘れていた。

このサイトにはいろんな汚染マップが載っている。

アスファルトで舗装された道路では、放射性物質は雨で流され、雨どいや軒下、側溝に集積する。そういうところでは草地や土よりも高い数値が観測されるらしい。

それがまた雨で道路にあふれ、ついには川や海に流れ着くんじゃないだろうか。

除染作業をしても放射性物質が移動するだけで、結局どこかに溜まる。使用済み燃料を捨てる場所がないのと同じだ。


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上記サイトに、オーストラリアの報道番組で放映されたビデオがあった。



ニューヨーク大学理論物理学者のミチオ・カク教授(日系三世)が出演している。ビデオの題名がセンセーショナルなので、どんな人かと思ったら、まともな研究者らしい。ウィキペディアのページはこちら

カク教授のCNNでのインタビューもあった。これは日本語字幕なし。




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マリア・シャラポワの両親はベラルーシに暮らしていたが、チェルノブイリ事故のあと、シベリアに移住した。彼女は事故の1年後に生まれた。

旧ソ連なら、そうやって国内移住できる場所があったし、ソ連政府に強制力もあった。ウィキペディアによると、チェルノブイリ事故のあと、「原発から半径30km圏内の住民約11万6000人が即時に強制避難、ついで線量ホットスポットである北西約100km圏内も避難対象となり、計40万人超が移住を余儀なくされた。」

その後、戻ってきた人もいるらしいが、放射能からは逃げるしかない

福島の避難対象区域やその周辺の除染作業に意味があるのか。チェルノブイリみたいに完全封鎖したほうがいいような気がしてきた。

それにしても、核燃料を作った人はどうして色か匂いをつけなかったんだろう。こんな危険物なのに、そこにあるのかどうかはガイガー探知機で数字にしないとわからないなんて無謀すぎる。


<今日の英語>
 
Can we pick up the pace a little bit?
ちょっとスピードを上げられないかな。

モールでストローラーを押していた若いお父さん。後ろをぐずぐず歩いていた4歳くらいの男の子を急かしたときのせりふ。



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