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一進一退

2011.02.01 (火)



右手の親指が痛くなってから一週間、安静第一にしていた。

パソコンをまったく使わないわけにはいかないが、タイプはパスワードか、どうしても必要な短いメールにとどめ、クリックは左手を使った。しもやけができるくらい、ずっと冷やし続けた。

「あ、よくなってきた感じ。やれやれ」と思って、ふだんどおりのことをすると、やっぱり痛みは残っている。

だましだまし過ごしてみたが、これは医者に診てもらうしかないかもしれない。

しかし、小康状態らしい今はそれほどでもないという気もするのだ。私は往生際が悪い。

こうなってみると、人間はいかに親指を使っているかがよくわかる。

包丁はなるべく親指以外の指に力を入れ、蓋を開けるときはゴム製の布を置いて左手でやって、右手がないつもりでいろいろ工夫はしてみた。それでも、左手で何かを開けるとき、右手で押さえなくてはならない。

一番影響があるのは、はさみ。

あれだけは左手ではできない。左利き用のはさみは、うちにはない。

意外だったのが、スプリングで開閉できるバインダー・クリップ。

猫のドライフードの開け口がこれで留めてある。ほんの少し開けるだけなのに、ズキンとする。

缶切りも使えないので、子どもを呼ぶ。それ以外にも、しょっちゅう子どもに助けてもらっている。長男のPCが壊れて、ゲームは次男のPCで交代制になっているのがもっけの幸いで、どちらかに頼める。彼らは案外すなおにやってくる。


           *


右手が痛いという記事を書いてからまもなく、「ド・ケルヴァン腱鞘炎ではないか」というコメントをいただいた。

教えてもらったリンクをたどってみると、まさに私の症状である。あの記事に書いただけの情報でよくわかったなあと感心した。その人も同じ経験をしたのだそうだ。そして、コルチゾン注射で解決したという。

テニスひじの治療で受けたコルチゾン注射は、劇的な効果があったものの、右指の痛みと連動してか、ごくかすかにピリッと来るようになった。本当は完治していなかったのかもしれない。

注射は11月の終わりだったので、まだ2ヶ月しか経っていない。でも、注射の効き目は人によって違うのだから、早々と2本目を打ってもらうのもありうる。

ともかく、確実に健康保険がある今のうちにどうにかすべきなのだ。ひじへの注射はたいして痛くなかったが、親指への注射は繊細な神経が集中していそうで怯む。

しかし、1週間のアイスパックと安静でもだめだったのだから、そんなことは言っていられない。

テニスひじの治療でフィジカル・セラピーに通っていたときは、似た症状が左手の親指に出た。それは1週間くらいで治ったが、たぶん右手はそれよりひどい。

どう考えても、私よりも夫や子どもたちのほうがパソコンに向かっている時間は長いのに、彼らは指や手が痛いとは言わない。夫は5年か10年前に carpal tunnel syndrome(手根管症候群)みたいになり、少しだけフィジカルセラピーをして、なんだかあっさり直って再発もしていない。


           *


ド・ケルヴァン腱鞘炎は中年女性に多く発症するという。

安静第一とどこかのサイトに書いてあったが、手を使わないで生活できない。これが独身だったら、食事は出来合いのものか外食で済ませられるのにと思った。

掃除はいつも以上に手抜きで、洗濯は機械だし、本当に困るのは食事作りだ。この1週間はフードプロセッサーでみじん切りをして、できるだけ大きな肉の固まりをドンと焼いて、細かい手作業は省いていた。

落第主婦が両手が使えないのではどうしようもない。

夫は昔から家事についてうるさくないので助かる(そういう夫だから、私の怠けぶりに拍車がかかったとも言える)。

とりあえずご飯だけは出るせいか、夫も子どもたちも、私の症状がこれほど深刻だと思っていないらしい。

ブログ記事は毎日ほんの少しだけ書いて、まとまったら載せようと思っていたが、私は書き始めると止まらなくなる。困ったことに、タイプするだけならそれほど痛みがないのだ。

歯磨きのチューブをぎゅっと押したり、冷蔵庫から牛乳を出したり、肉をこねたりするとてきめんに響く。今もついこんなにタイプしてしまって、後がこわい。

「1回に5行まで、1日3回、4時間休憩を挟む」くらいの制限つきならどうだろうと懲りない私は考える。

手を酷使する作業は何もしていないので、タイプを打つときの手の置き方か指の動かし方か、PC周りが原因だと思う。ダメージが発生してから、ちょっと休憩したくらいではだめなのだ。

整形外科医には金曜日の朝、診てもらえることになった。
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(ただの)関節炎

2011.02.06 (日)



雪が溶けないと駐車場が狭くなる。除雪車で寄せられた雪が見上げるような山をいくつも作り、車を入れるべき場所から動かない。数百台が停められそうな病院の駐車場もほぼ満杯で、どうにか1台分のスペースを見つけた。

ドクターFのオフィスは秋に2回診察してもらったばかりなので、さすがによく覚えていた(でも、診察室からロビーに戻るとき、やはり迷子になった。方向音痴の治療は何科だろう)。

診察室に案内してくれたナースもドクターFも、"How are you?"と言う。

故障があるから来ているのに、つい Fine やGood が口をついて出る。これはもはや脊髄反射だなと思う。先方も私もただの挨拶だと承知している。

患者が "I'm doing great!" なんていうことはありえないのだが、ふだんの口癖が出てしまうのだ。薄っぺらいやり取りだわと白けつつ、日本だって「おかげさまで」だの「お世話になってます」だの、社交辞令では負けない。


            *


ドクターFに親指が痛くなった経過を説明した。

実は、診察の予約を取ってから、徐々に痛みが引いてしまっていた。はさみや包丁を使ったり、蓋や蛇口を開けたりすると響くのだが、最悪の状態に比べたら、ぜんぜんたいしたことがない。アイスパックと安静の効果がやっと出てきたのか、もともと一時的な痛みだったのか。

予約をキャンセルしようか迷ったくらいである。でも、ドタキャンして、診てもらわないのに診察料を取られたらもったいない。

アイスパックを止めて、みじん切りもやって、玄関の氷をアイス・チョッパーで砕いて、親指を甘やかすのを止めてみた。それで少し痛みが戻ったのだが、どうも医者に痛みを訴えるレベルではない。ドクターにはちょっと大げさに伝えた。

ドクターFは私に質問しながら、私の指の関節を押したり曲げたりした。

「レントゲンを取りましょう。」

レントゲン室で右の親指だけ3枚撮った。どうせフィルム(最近はデジタルではあるが)を使うなら、手全体を撮ればいいのにと思った。

レントゲン技師は「妊娠の可能性はありますか」と私に聞いた。

私が避妊手術をしていようが、50歳目前であろうが、必ず聞く。生理の日も聞く。マモグラフィーでもそうだ。そして、お腹の周りにかけるように重いエプロンをくれた。これを食事時に着たら、あまり食べられなくて痩せるかもと考えた。

レントゲンのメーカーはシーメンスと東芝で、東芝の製品には社名と「東京都港区芝浦」の住所が漢字で書いてあった。なんだか懐かしい。この病院でその表示を理解できるのはおそらく私だけである。機械も私も遠くへ来たもんだ。


            *


診察室へ戻って、ドクターFの見立てを聞く。

「これは arthritis (関節炎) ですね。レントゲンでも腱が薄くなっていました。30歳くらいでなる人もいますが、40代、50代になるとかなり多いですよ。もともと女性は男性にくらべて関節がゆるくできてますから。」

出産のためだろうか。私はただの関節炎だったのか。

「あなたの場合はかなりマイルドです。まだ10日くらいですから、コルチゾン注射には早すぎますね。これが3ヶ月も続いたら話は違いますが。とりあえずアイスパックをして、なるべく負担をかけないようにしてください。5、6週間様子をみましょう。痛みが引かないようなら、セラピストのところであなたの指に合ったサポーターを作る方法もあります。処方箋を書きますよ。」

そういうものを付けている人を見たことがある。骨を折ったのだろうと思い込んでいたが、関節炎のせいで固定していたのかもしれない。何ドルするんだろう。

「痛かったら、Aleve (炎症を抑える市販薬)を飲んでください。処方薬はまだ必要ないでしょう。」

ということは、私の関節炎はごく軽いのだ。ドラッグストアで売っている薬とアイスパックで乗り切れるらしい。ドクターに診てもらうほどのことはなかったのか。診察代とレントゲンはもったいないことをしたが、今後のためにも基準となるベースラインのレントゲン写真はあったほうがいい。進行度を見るのに役立つ。

「実は私も親指の痛みはあるんです」とドクターF。

そして、ポケットから医療用のはさみを取り出し、こう握ってこう押すと、親指の関節がこう動くから、ここに影響が出ると説明してくれた。「今日はそうでもないかな。あなたもそうでしょうけど、いい日と悪い日がありますよ。」

もしかして、私みたいな関節炎は、程度の差はあっても中年女性は誰しもが経験しているのだろうか。これっぽちのことで整形外科医に駆け込んだのが恥ずかしくなった。

「私は親指を酷使する作業は何もしてません。パソコンでこんなことになるでしょうか」と聞いてみた。「うーん。パソコンではそれほど親指は使わないと思いますが」とドクターはタイプする真似をした。

「年を取ったということですよ。」と言いたかったのかもしれない。

「私と同じような症状になった人から、ド・ケルヴァン症候群じゃないかと言われたんですけど」と確認してみた。せっかく専門医に来たのに、ただの関節炎ではいまいち物足りない。もっともらしい病名がほしい。

「いや、違いますね。あれはもっと手首に近いほうですから。」とあっさり却下された。ネットで情報を仕入れて自己診断したがる患者には慣れているらしい。


            *


ドクターFの秘書は1ヵ月後の予約を入れながら、「私は首の関節炎なの。もう痛くって」と首を曲げたり回したりした。彼女は私より年上だった。

やっぱり! みんな黙って耐えていたのか。

義父はAleveを常備していた。私はあれはもっと年を取った人か、激しい運動をする人のための薬だと思って、買ったことはない。

帰宅して、長男に arthritis だったと話すと、

osteoarthritis (変形性関節症)じゃないの?」

テレビの見すぎである。コマーシャルでしょっちゅうこの病気の治療薬を宣伝しているのだ。たいてい中年か初老の女性が出演する。

「おかあさんはそうじゃないって。ただの関節炎だって。でも、痛いのよ」と、これからも私を手伝うようにとそれとなく訴える。

ドクターFにテニスひじについて聞き忘れていたのを思い出した。しかし、今日はごくわずかなピリッすらない。お医者の前で症状が引っ込んでしまっては困るのである。体の持ち主と同じで、炎症まで気まぐれにできている。

ところで、なんだか右のひざに違和感を感じるのは気のせいか。


<今日の英語>  

Be careful what you wish for.
願い事をするときは慎重にしなさい。


ムバラクの退陣を要求するエジプト人について、在米イラク人がインタビューに答えて。望んでいたことが本当になって、それですべてうまくいくとは限らない。むしろ状況が悪くなるかもしれませんよという忠告。これに続けて、"because you just might get it" (願い事が本当にかなってしまうかもしれないから)と言うときもある。



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「難しい話」

2011.02.07 (月)



2週間前のこと。

子どもたちは階下でパソコンをしていた。夫が私の部屋に来てドアを閉め、「難しい話をしなくちゃならん」と言った。

職場復帰の話か。それとも、G氏のスタートアップがついに行き詰ったか。夫はG氏と大声で口論することも増えたし、もしかして喧嘩別れでもしたか。

夫はG氏の会社が置かれた立場について話し始め、一般的な費用対効果の解説をした。夫は話が長い。私は半分考え事をしながら聞いていた。

「というわけで、費用を抑える必要がある。じゃあ、どうするか。」

「インターンにやらせるか、アウトソースするかでしょうね。」

「インターンはだめだな。この場合はアウトソースしかない。問題は場所だ。」

「中国とかインドとか?」

「Gが取り扱っているデータは、そういう国の基準ではできない。物が物だから、なるべくアメリカというか、西洋的な部分が重要だ。」

なんだか遠回りの話ばかりで私はイライラしてきた。難しい話って何よ。

「ルーマニアだよ。きみの言いたいことはわかってる。だから難しい話だと前置きしたんだ。」

私はもう答えない。夫に勝手に続けさせた。つまりこういう話だった。


            *


G氏はデータのコーディングを安くやってくれる人を探していた。いくら安くても、中国やインドその他アジア諸国には任せられない。そうなると、もう東ヨーロッパしかない(と夫は決めつけた)。夫はルーマニア女をG氏に紹介し、彼女にコーディングをさせた。

約束した報酬は2000ドル。ただし、契約先がいつ支払うかは未定である。政府関係機関なので、予算配分や各局での手続きに手間取っている。

ルーマニア女はそれを承知の上で仕事を引き受け、予定よりも早くコーディング作業を終えた。

「ところが、彼女が交通事故にあって、車が大破したんだよ。」

ほら、出た。最新の言い訳だ。

これまで、体育の授業中に歯を折っただの、犬が死にそうだの、火事や強盗にあっただの、B級映画でもここまでご都合よくトラブルが起きないだろうという話を聞かされた。それも、男の学生だったり、DVを受けている女だったり、いったい何人が実在なのかわからない。

「まあ、それは災難でしたわね。」と私は抑揚をつけずに言った。

「うん、車がないと仕事に行けないんだそうだ。」

「バスに乗るとか、友達に乗せてもらうとか、工夫していただきたいわね。」

「いや、それができないらしい。前払いという形になるんだが、$500送ってあげたいんだ。言っておくけど、これはGが彼女に約束した2000ドルから出る。だから、最終的にはきみに500ドル返す。差し引きゼロだよ。」

「G氏が2000ドル払うのを待つべきじゃないんですか。うちのキャッシュフローを考えたら、500ドルなんて出せません。」

こんなこともあろうかと、私は当座には250ドルくらいしか入れてない。オンラインの銀行口座にはもっとあるが、夫は知らない。投資口座にすぐ現金化できるファンドがあり、それをちょくちょく換金する。夫には、ファンドを売って銀行へ動かすのに最低3日はかかると洗脳してある。

「なんとかならないかな。彼女には1月に払うと言ってあるんだ。それに、これはG氏の懐から出るのと同じだよ。いわば立替だ。2000ドルが来たら、うちに500ドルくれるんだから。」

「じゃあ最初からG氏が出せば?」

「彼にはできない。自分の金を会社につぎ込んで、彼の奥さんがどれくらい怒っているか、言っただろう?」


            *


私はG氏は信用できると思っている。どうやって夫がルーマニア女をG氏に売り込んだのかはわからない。実際にコーディングをしたのは、ルーマニア女の仲間かもしれない。

「私は名前も知らない人に送金したくないのよ。あなたはその人のファースト・ネームすら私に教えてないでしょう。」

「きみが何をするかわかったもんじゃないからね。」

私は笑った。夫は私がタイ女の居所を突き止め、ホテルに電話したことで、私の探偵能力を買いかぶっているのだ。

「ちょっと待って。私はルーマニアに知り合いはないし、言葉も知らない。ルーマニア人の名前だけわかって、何をどうするって言うのよ。」

「とにかく$500を都合してくれ。ビジネスの費用だと思って。ぼくが返済を約束するメールをきみに出すよ。ファーストネームを教える。」

「あなたじゃなくて、G氏から私にメールしてもらって。彼に説明してもらいたいの。ルーマニア人のフルネームもね。」

「わかった。じゃあ、Gと話すよ。」

夫は自室へ戻り、すぐにスカイプを始めたらしかった。やけに声が大きいなと思ったら、ドアが1センチくらい開いていた。慌てていて、閉め忘れたのだろう。夫はヘッドフォンをして、スピーカフォンでG氏と話していた。


             *


G氏はもっぱら聞き役だったが、夫に異論を挟んだ。

「いや、それは100%真実じゃない。1月に払うとは約束してないよ。」

「そうだけど、彼女は予定より早く仕事を片付けた。車がなくては仕事にいけないんだ。気の毒だよ。」

「わかるよ。でも、悪いけど、ちょっとそういうことに巻き込まれるのは…。事実でないことは書けない。ともかく支払いがいつになるかはわからないという条件でやってもらったんだし…。ごめん。」

「そうだな。いいよ。どうにかするよ。」

夫が電話を切る気配がしたので、私は慌てて階下へ行った。子どもたちとどうでもいい話をしながら考えた。

ルーマニア人がG氏のビジネスを手伝ったことは本当らしい。1月に支払うことと交通事故の件はおそらく夫の作り話だ。忙しいG氏を煩わせるまでもないか。それに名前を聞いたって、それが本名である保証はない。夫の頼みをしりぞけたG氏に好感を持った。メールなんて何の拘束力もないのに。でも、これで私と夫の間がおかしくなったら迷惑なのだろう。夫は私たちのことをどれくらいG氏に話しているのか、私は知らない。

夫も台所へ下りて来た。

「G氏じゃなくて、あなたが私にメールで約束してくれてもいいわよ。$500は来週ATMから引き出せるようにするから。」 もちろん立ち聞きしたことは言わない。

「いや、ちょっと時間をくれ」と、なぜか夫はこだわる。



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G氏からのメール

2011.02.08 (火)



せっかく私が譲歩して、G氏にメールを書いてもらわなくてもよいと言ったのに、夫はその日とうとうメールを送ってこなかった。電話での受け答えからして、G氏は関わりたくなさそうだった。いったい夫は何を画策しているのだろう。

夫とG氏の会話から、ルーマニア人とビジネス上の付き合いがあったことが確認できたので、私はそれ以上追求するつもりはなかった。

翌朝アウトルックを開くと、G氏からのメールが届いていた。Ccには夫。

これまでも夫が彼のメールを私に転送したことはあったが、直接私宛に来たのは初めてだった。きっと夫があれからG氏を説得して、夫の都合のいいように書いてもらったのだろうという予感がした。

件名は「ハロー、kometto3、このメールはGが書いています」となっていた。

「500ドルの件」あるいは「ルーマニア人への支払い」にしなかったのは、G氏の気遣いか。夫は前日の電話で「ぼくはルーマニアに関してはぜんぜん妻に信用されてないんだよ」とこぼしていた。G氏はこれまでの経緯もかなり知っているのかもしれない。

メールの内容はこんなふうだった。


        *

「あなたに会うのをとても楽しみにしています。お互いの存在はとっくに知っているんですから(特に私はとんでもない時間に電話してあなたを起こしたりしますね)、でも、近々実際にお目にかかりたいと思っています。

ご主人からお聞き及びかもしれませんが、私は10歳くらいまで日本に何度か住んでいました。出会った人も場所もイベントも、とても楽しい思い出ばかりです。」

私は他人の話をあまり熱心に聞かないので、そういえば夫がそんなことを言っていたようなおぼろげな記憶があるだけだ。父親の仕事の都合だろうが、どんな職業だったのか、どこに住んでいたのかなど何も覚えていない。

私はG氏からの電話には出ないことにしている。夫でなければ話にならないのだし、私が伝言を書き取るより留守電に残したほうが効率がいい。

その前の週に、初めてG氏と会話らしいことをした。

1日おきくらいに学校から「今日は雪のために休校です」という電話が入っていたときで、たいてい朝6時ごろにかかってきた。その電話もまた学校だろうと、半ば朦朧として出た。たいてい録音なので私はただ聞くだけなのだが、なぜかメッセージが流れない。人間の声がしないとスタートしないのかなと思って、「ハロー?」と言ってみた。

少しの沈黙の後で、"I'm so sorry."

間違い電話だと思ったが、G氏だった。「本当にすみません。Gです。今までご主人とスカイプで話していたんですが、切れてしまったので、電話をかけてみたんです。申し訳ない。まさかあなたを起こしてしまうとは思わなくて。」

スピーカフォンで聞くよりも深めの、自信に満ちたいい声だった。

時計を見たら、まだ4時半ごろだった。

私はぼんやりと「ちょっとお待ちください。きっと起きてると思いますから、見てきます」というようなことを口走った。直前までスカイプをしていたのだから、起きているに決まっている。ヘッドフォンのせいで呼び出し音が聞こえなかっただけだ。

夫の部屋をノックして、受話器を渡し、もう一度寝た。

その後、G氏がまた謝っていたというので、「ふだんなら猫に起こされる頃だし、学校からの電話だと思いこんでいただけだから気にしないでって言って」と夫に告げた。あとから考えると、メールをもらう前に、そんなやり取りでも実際に言葉を交わしたのはよかったのだ。


           *


メールでは、G氏のプロジェクトにどういう人が関わっているかという説明が続いた。

ルーマニア女の名前は Zoica C. 夫もG氏もゾーイと呼んでいるらしい。ラストネームもちゃんと書いてあったが、本名かどうかの確証はない。

夫は、正式な契約を結ぶ前に仕事と報酬の話をゾーイにしてしまい、彼女は仕事を終えたらすぐに支払ってもらえると思い込んだという話だった。

"It was a mistake."

夫のしでかしたことなのだから、his mistake と書けばいいのに。

ゾーイは口約束の報酬のうち500ドル分だけ先に払ってほしいと頼み、G氏の会社が発注先から支払いを受け取ったら、その分だけ差し引いてくれと言ってきた(というのがG氏の解説だが、これは夫の計画だと私は睨んでいる)。

「残念ながら、いつそのお金が入ってくるか正確には予測できません。ご主人は彼女に期待を持たせたことで責任を感じています。それで、まだ会社には収入として計上されていないのに、個人的に500ドルを支払いたいと考えているわけです。」

「こんな形で自己紹介するはめになって残念です。難しい状況を説明する必要が生じてしまったことについても申し訳ないと思います。お会いしたときに許してもらえるといいのですが。いずれにせよ、これで我々(夫とG氏のこと)がゾーイとどういう立場にあるのか、また背景をいくらかご説明できたと思います。」

前にも見たことがある、ちょっとしゃれた署名があった。


             *


私はすぐに返信しなかった。

10時ごろ、夫が「Gからメールが届いてるはずだけど、読んだ?」と聞いた。「ざっと読んだだけ。あとでじっくり読むから」と私。「返事を書くなら、ぼくもCcに入れてくれないか。」

夫は私がG氏に何を書くのかを心配していたらしい。

言いたいことは山ほどあったが、これもビジネスのメールだと私は受け止めていた。しかし、返信を読む夫に向けて一言チクリと言いたい。

夫には必ずCcするとなだめておいて、どういう返事をすべきか考えた。G氏のメールは長かったが、私からはごく短くしよう。とても忙しい人に、これ以上の手間隙をかけてはいけない。

そして、午後2時ごろ、こういう趣旨の返事を書いた。

「お時間を割いて状況を説明してくださり、ありがとうございます。

こんなに面倒をおかけするつもりではなく、この女性が実在の人物であり、費用はビジネス関連であることを確認したかっただけです。毎月のように事故やトラブルでお金の援助が必要なルーマニア人へこれ以上の送金はしたくありませんでした。特に、彼女のファーストネームすら知らされていないとあっては。

おっしゃるとおり、雇用条件の合意も正式な契約書もなく、彼女に仕事を始めさせたのですから、夫の勇み足だったと思います。支払日の保証もないのに彼女に前払いしたいのは、夫個人の考えであると理解しております。

あなたの会社がどのような状況にあるか、だいたいのところは存じています。これまでのハードワークが報われ、会社が成功することを祈願しています。

先日の電話のことはお気になさらず。私もいつかお目にかかるのを楽しみにしています。」

夫からもG氏からも更なる返信はなかった。


             *


週が開けて、「500ドルは銀行にあるかな。今日は大雪で出られないけど」と夫が聞いた。

すでに当座に入っていて、ATMから引き落とせるようになっていた。雪が降ると医者の予約もキャンセルする夫なので、銀行に行くのは週の後半だろうと思った。

ところが、翌日の夕方、もう暗くなってから、夫が出かけるしたくを始めた。

「どうにも良心の呵責を感じる。今日、送金するよ。」

「まだ雪が残っているし、日が沈んだから気温が下がって凍結してるんじゃない。明日にしたら?」 無駄とは知りつつ、言ってみた。歯医者にもそれくらいの根性で行けないの?

「いや、今日行くよ。」

まあ勝手にどうぞ。

夫は30分もしないで帰宅した。いろいろまくし立てていたが、どうやらATMが故障していたらしい。日本ではありえないだろうが、半年に1回くらいはATMが使えないことがある。夫がまたクレジットカードを使ったのではないかと思った。でも、前回のファイナンスチャージで私が文句を言い、私と同じくらい銀行の手数料を嫌悪している夫はあきらめたようだった。

その夜は夫の機嫌が悪かった。

そして、翌朝、夫にしては早い9時半に銀行へ行き、スーパーのカスタマー・サービスにあるウェスタン・ユニオン経由で送金したらしい。もちろん私にはレシートは見せない。


              *


私はいまだにゾーイなる女性を検索していない。そのうち調べてみようと思っている。

関節炎でパソコンから離れていたせいもあるが、G氏も彼女の正体、少なくとも契約書に書く名前や住所、さらにはメールアドレスなども持っていると思われ、そちらのルートで情報が手に入る可能性が出てきたわけだ。

G氏は私の味方になったのではない。夫が正式に彼の会社に参加したら、ビジネス・パートナーとして夫の側につくかもしれない。

それでも、夫と電話していたG氏の言い分を聞き、こういうメールを受け取ったことで、私はなぜか落ち着いた。ルーマニアの件が持ち上がるたびに、心の中が泡立つような不快感にとらわれたのに、それに比べたらごく平静でいられた。

500ドルがいつ戻ってくるのかわからない。夫はまたありえない言い訳を持ち出してくるかもしれない。

でも、ルーマニアのことで話ができそうな人が初めて現れたのは、私にとって大きな進展だった。まさかG氏だとはまったく予期していなかった。

これだけで全容はつかめないにしろ、なんらかの糸口になりそうではある。




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<今日の英語> 2011年1月掲載

2011.02.10 (木)



1/1/11
Reschedule the appointment two weeks out.
予約を2週間先に変更してくれ。

1/3/11
I make no bones about loving television.
テレビ好きなのを隠したりしません。

1/5/11
I can barely taste it.
ほとんど味がしない。

1/6/11
No one is going to think you're a snitch.
あなたが密告者だなんて、誰も思いません。

1/8/11
After the last one, this is a walk in the park.
前回の大雪の後では、こんなのは朝飯前ですよ。

1/10/11
Guns don't kill people, people do.
銃が人を殺すのではない。人が人を殺すのだ。

1/11/11
Soderling is growing on me.
ソデルリングが好きになってきた。

1/12/11
I've got to draw the line somewhere.
どこかで線を引かないといけない。

1/13/11
You'll be sore tomorrow.
明日は痛くなりますよ。

1/14/11
Sometimes you get a curve ball.
ときには、不意をつかれることがあるものです。

1/17/11
I have a mental block about it.
それは生理的に受け付けない。

1/18/11
This has been making the rounds for a few months now.
この話は、ここ二、三ヶ月ずっと出回っている。

1/19/11
She is backpedaling in the face of the criticism.
批判を浴びて、彼女は自分の言ったことを撤回しようとしている。

1/21/11
I have met her type before.
彼女みたいな人に会ったことがある。

1/22/11
That's always in the back of my mind.
そのことはいつも頭の隅っこにあります。



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やっぱり全額、そして確定申告

2011.02.11 (金)



昨日、夫がやってきて言った。

「こういう話はきみが嫌がるとわかっているし、ぼくも持ち出したくないけど。」

もう続きは聞かなくてもわかった。

「ゾーイの報酬の残り1500ドルも、今払いたい。わかってる。これはすべてぼくの責任だ。請け負った仕事を済ませたらすぐに報酬が手に入ると思わせたぼくが悪い。Gがクライアントからお金を受け取ったら、2000ドルすべてきみに送金するように話しておくから。」

「500ドルだけでもルーマニアなら相当の金額でしょうね。」と私は嫌味を言う。

私が盗み聞きしていたのを知らないG氏が嘘をつく理由はないので、ルーマニアにコーディング作業を外注したのは本当だろう。そして、G氏のメールにあったとおり、契約と支払いについては夫が勝手に話を進めたのである。

500ドルでも2000ドルでもまあ同じようなものだ。現金を引き出したくないが、うちが立替をすると考える。おそらく、G氏は2000ドルになにがしかプラスしてうちに払う。

交通事故で車が破損したなどと、夫がくだらない作り話を持ち出す必要などどこにもなかったのに。

「彼女も単なる口約束で、それでも500ドルはもらえたわけでしょう。私なら、残りはクライアントからの入金を待つところだけど、そういう人ではないみたいね。」

夫は何か言いたそうだったが、私は続けた。

「またファンドを1500ドル分だけ売らなくちゃ。今日明日というわけにはいかないわよ。」

「それは承知してるよ。2、3週間だろう。」

そんなにかかるわけないじゃない。夫はとことん事務処理に弱いのだ。金融関係はすべてオンラインで処理しているのだから、せいぜい3日。でも、長めに言っておこう。

「1週間くらいで引き出せるんじゃないかしら。手続きは私がやるけど、この件についてもメールしてくれる? G氏に頼まなくていいから、1500ドルも500ドルと同じように私が立て替えたという文書を残しておきたいの。」

夫は承諾して、自室に戻った。

ルーマニアで2000ドルというのは、実際どれくらいの感覚なのだろうか。

夫が安請け合いしたにせよ、おそらく契約の観念はアメリカと違う。手に入るものは早めにせしめようという考えか。いや、夫が格好をつけたいだけという気もしてきた。それでルーマニア人が恩を感じるかどうかは疑問だ。


          *


今年の、つまり2010年のTax Return(確定申告)はだいたいできた。うちのように単純な家計なら、市販ソフトで充分である。

連邦政府とNY州政府から、今年も1万5千ドル近いお金が戻ってくる。源泉徴収分を2009年よりかなり少なくしておいたのに、こんなに戻るのかと驚く。収入は減ったけれど、税金はそれをはるかに上回るほど減った。昔は夫が昇給するたびにごっそり税金を取られて、私は憤慨していたのだ。

これで子どもたちが大学に行くと、授業料も控除の対象になる。

医療費は、長男と夫のER、夫のヘルニア手術や私のフィジカルセラピー、夫の毎週のカウンセリングと処方薬などで、かなり高額になった。交通費も計算した。これらは、AGI (Adjusted Gross Income 課税対象所得)の7.5%を超える金額が控除になる。

救世軍に寄付したものは、たいした控除にならなかった。

厳密に換算したらもっと多くなるのだろうが、500ドル以上だと別の書類が必要になり、結局は医療費と同じく一部しか控除してくれないので、欲張っても意味がない。時間の無駄。

今ファイルすれば、2月末か3月初めにはお金が戻ってくるなと皮算用をして、最後のエラーチェックに進んだ。

ところが、プログラムが先に進んでくれない。もう何年も同じソフトを使っているが、こんなことは初めてである。


           *


こんなメッセージが出た。

"Congress passed many tax laws late in the year. Due to these late changes, the IRS won't begin processing returns with itemized deductions until mid-February."

去年の終わりごろ、議会が税法をいじって法案を通過させた。そういうギリギリの変更の影響を受けて、国税庁は itemized deductions(項目別控除)を適用した申告書類は2月半ばまで受け付けないという。standard deductions (標準控除)を選んだ人は影響ないらしい。

うちは住宅ローンの金利も固定資産税も医療費もあるので、項目別のほうが標準よりはるかに大きい控除額になる。

せっかく終わらせたのに、これは悔しい。お役所のやることだ。2月半ばが3月にずれこむことも大いにありうる。そして、遅れた分の利息はつけてくれない。

「いくらぐらい、戻ってくる?」と夫が私に聞く。

夫は自分では計算しないし、ここ数年は書類も見ず、署名すらしない。でも、ケチな私が早めに申告することは知っている。

「一万ドルくらいかな」と私はここでも少なめに言う。そして、そのお金はどういうことに使わねばならないかを手短に伝える。

夫の気が大きくならないように、予防線を張っておくのだ。


<今日の英語>  

It's a chicken-and-egg problem.
鶏が先か、卵が先かという問題です。


老人向けの商品について、「この先ベビーブーマーが老齢にさしかかるので、需要はあるはずだが、老人差別のせいで各方面に抵抗が強い。まず小売業者が販売スペースを用意するのか、それともメーカーがどこで売ってくれるか見通しもないのに商品を開発するのか」と、あるIT企業の担当者が一言。 
"Which came first, the chicken or the egg?"という言い方もある。



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チェック・エンジン・ライト

2011.02.13 (日)



10日ほど前のこと。

スーパーまで出かける途中、突然チェック・エンジン・ライトが点灯した。

私は車の仕組みがわからない。フロントガラスの洗浄液とガソリンを入れることしかできない。こういう警告灯は困るのである。

しかたないので、そのままスーパーまで行き、恐る恐る帰宅した。

帰り道で凍った道に差し掛かったら、今度はTCLライトがついた。これはタイヤが滑ったり、スピンしたりすると一時的につく。よくあることだが、ふつうはタイヤの動きが戻ったらライトもすぐ消える。でも、今回はいつまでたっても消えない。

最近の車はパソコンで制御されているらしく、あれこれ教えてくれるのはありがたい反面、どこかおかしい車だと知りつつ運転するのは心臓によくない。

帰宅したときにはグッタリしていた。

夫も私と同じくらい車のことを知らないので(私より少しはマシか)、夫に聞いても無駄だ。グラブ・コンパートメント(日本語でどう呼ぶのか調べたら、グローブ・ボックスだった)に入れっぱなしのマニュアルを引っ張り出した。

「ガソリンを注ぐ口にあるキャップが緩んでいるかもしれません」

チェック・エンジンなのに、こんなアナログな説明で拍子抜けした。キャップを閉めなおした後、3回ほど運転しないと消えないとも書いてあった。

信じがたいが、それで直れば越したことがない。やってみたが、ダメだった。

その間にネットで調べたところ、「コード番号が違っているだけだから、リセットすればいい」というアドバイスが見つかった。それもディーラーに持っていかなくても、安くあるいはタダでやってくれるチェーン店があるのだそうだ。でも、うちのような田舎にはない。

自分でコードを直したという人が細かい説明を書いていたが、私には理解不可能。コードのある場所すらわからない。第一、時速100キロ以上も出して走るのに、ド素人が下手にコードを入れ替えていいのだろうか。

車好きの集まるサイトでは、チェック・エンジン・ライトがついていても運転には支障がないというコメントもあった。しかし、曲がりなりにもエンジン関係の警告である。エンジンといえば、車の心臓ではないのか。どうも信じがたい。


            *


キャップ締め直し作戦があっさり失敗したので、ディーラーに電話した。

毎日のように雪が降った頃だったので、天気予報を見て、3日後に予約を入れた。

「エンジン・ライトがついていても、運転して大丈夫なんですか。」と聞くと、「別に問題ないですよ。」と他人事のように無気力な返事をするおねえさん。

「安全上の話ですけど。」

「大丈夫です。」

そんなもんなの? じゃあどうしてエンジン・ライトがつきっぱなしなのよ?と聞きたかったが、彼女はメカニックではない。


            *


警告灯は予約当日になっても消えなかった。

11時半の予約だったが、駐車場に入ると係りが誰もいない。寒いからだろうと思ったが、それにしてはいつも通りの看板(アテンダントが来るまで、ここでお待ちください)が出ている。3分待ったが、やはり誰も来ない。

サービス部門のドアを開けて「今日はアテンダントの方はいますか。」と聞いてみた。サービス・デスクのおじさんは首を伸ばして、「いると思いますが、ここでも受け付けますよ。」

おそらくいないんだろう。じゃあ、どうしてそれを看板に書かない? 私が帰るころにやってきた女性がやはり「アテンダントが来ないんだけど。」と顔を出した。メモ1枚張っておけばいいのに。気が利かなすぎる。日本なら誰かが「今日はここに駐車して、そのままサービスへお越しください」くらい書くだろうに。

デスクのおじさんにエンジン・ライトとTCLの話をした。

「診断には99ドル99セントかかります。それをしないと、何が問題なのかわかりません。いいですか?」とおじさん。

良いも悪いも、私は素人である。

「コードを直せばいいだけだと思ってました。」とダメもとで言ってみる。

「まず、コードを直せばいいだけの問題かどうかを調べないことにはどうにもなりませんよ。もしエンジンに故障があれば、うちとしてもお客さんにこのまま乗ってもらいたくないですから。」

しょせんはネットで聞きかじった付け焼刃の私であった。

2時間かかるというので、前みたいに長々と待合室で過ごすのはごめんこうむる。今日はシャトルサービスでいったん家に戻ろうと思った。

ところが、運転手はちょうどランチで誰もいないという。これも怪しいもんだが、予約の際にどれくらい時間がかかるのか確かめなかったのを思い出した。

「じゃあ、待合室で待ってますから、どなたか戻ったら呼んで下さい」と頼んだ。


           *


そして、待合室で過ごすこと2時間15分。

HGTVのリモデル番組を見て、パソコンでネットサーフィンをして、テーブルに置いてあった雑誌を読み、持参の本を読み、お腹はすくが、自動販売機でジャンクを買う気はない。のど飴とブレス・ミントで空腹をごまかす。

半ば朦朧とし始めたところで、やっとサービス・デスクのおじさんが書類を手に現れた。

「エンジン・バルブの故障でした。バルブ・キットの交換が必要です。部品はここにはないので、注文しないといけませんが。500ドルです」

そんな部品は見たことも聞いたことがない。でも、2時間かけてメカニックが調べたなら、そうなんだろう。

「エンジンそのものは大丈夫なんですね。」と一番心配だったことを尋ねた。

「そうです。エンジンそのものは問題ありません。それを取り替えるとなったら、500ドルじゃ済みませんからねえ。」

この車は2000年モデルだが、まだ10万マイル(16万キロ)を少し過ぎたくらいで、私はあと3年は乗るつもりでいる。11月の車検でタイヤの溝が薄くなっていたとわかり、12月に4本全部を交換したばかりである。

「この修理は今すぐでなくてもいいですか。予約をしたときにも運転するのは問題ないと言われましたけど。」 

「ええ、大丈夫です。安全性や走行性には問題ありません。燃費が少し落ちるかな。それから、このライトがついていると、NY州の車検には通りませんので、次の車検前には直したほうがいいですよ。部品は注文した翌日に届きますから、事前に電話ください。」

やっぱりあっさりした返事だった。チェック・エンジン・ライトはいったい何なのだ。どうもよくわからないが、今すぐ500ドル出さなくてもいいと言うなら、そうしよう。


           *


待ちくたびれて腹ペコで帰宅し、夫に修理代500ドル(実は検査に100ドル近く払ったので、最終的には600ドルになる)の件を話した。

「安全性には問題ないって言うし、税金が戻ってきたらまたディーラーに持っていくわ。」

夫は興味がないようだった。そういえば、夫の車も私が車検やらサービスに持っていくのである。セダンもミニバンも私の名義なので、ディーラーに行って名前を告げると、あれっという顔をされる。コンピュータには私の名前で2台が登録されているらしい。

それはともかく、確定申告で戻ってくる1万5千ドルのうち、こういうわけで500ドルは私の車に費やすことが決まっている。

それ以外にも、去年できなかったペンキ塗りやドライブウェイの舗装やり直しがある。台所も直したいが、そういう大きなプロジェクトに取り組むエネルギーがない。HGTV の専門家集団がやってきて、センスよく、しかも安く makeover してくれないかなあ、と相変わらず他力本願の私であった。


<今日の英語>  

So, this is where all my money goes.
なるほど、私が払ったお金の行方はここだったのか。


ディーラーの待合室がいやに立派なのを皮肉った、あるおじさんの一言。



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G氏の奥さん デニース

2011.02.14 (月)



休職中の夫にG氏が連絡してきたのは、たぶん2年前のこと。

ふだん以上に生活が不規則になり、手持ち無沙汰だった夫に何かやることができて、私はほっとした。無報酬であっても、毎日G氏と話をして、助言したり討論したりするのは精神安定のためにもいいと思った。

その後何度かG氏の仕事の話を聞いたが、どうも私にはよくわからなかった。

「Gの奥さんも手伝うらしいよ。きみもやってみる?」と言われたこともあった。少し書類を見たが、とても私には歯が立たない。データ入力を少しだけ手伝った。

もしG氏の会社に正式に参加して引っ越すとなれば(そのころには少なくとも長男は大学に行っているはず)、雑用くらいはできると思うと夫には伝えた。

私は単純作業が好きなのである。

書類を作ったり、ファイリングを工夫したり、何かを順番にしたり、そういうことが性にあっている。その割には片付けがはかどらないが、オフィスという環境ではやる気が違う。

G氏が私を雇ってくれるという保証はない。関節炎と老眼に悩む私よりは、大学生のインターンでも使ったほうがよさそうな気もする。一日中夫と同じ空間にいるのも疲れる。

私はお菓子の差し入れ係くらいがちょうどいいが、すべては今後G氏のスタートアップがどうなるかにかかっている。


            *


G氏は自己資金をミリオン単位で会社につぎ込んでいるので、奥さんのデニースは機嫌が悪い。

私は彼女に会ったことも話したこともない。たぶん私と同じくらいの年齢ではないかと思う。子どもは2人いて、1人は大学生、もう1人はハイスクール。

「それだけお金があるんでしょうけど、貯金をミリオンも使われたら、私だって怒るわよ。」と夫に言う。

「Gは前にも会社を作って、それが成功したから、確かにお金はあるみたいだ。でも、会社を立ち上げるのは大変なんだよ。特に最初のうちは、いくら投資家が出してくれても、ある程度は自己資金も必要になる。」と講義を始める夫。

私だってそれくらい想像がつく。

「デニースはちょくちょく旅行に出るらしい。この間も、友だちとハワイかどこかに行っていたし。まあ、Gもそのほうがたまには解放されていいと思うよ。」

まだ貯金はあるのだろうが、腹いせに旅行に出るのか。それとも、ご主人と顔を合わせると愚痴が出るから、わざと離れるのか。

奥さんはかなり勝手にやっているような印象を受けた。典型的な、ちょっと強気のアメリカ人奥さんかもしれない。


            *


あるとき、夫はG氏と丸一日連絡が取れなくなった。

いつもスカイプとメールでやり取りをしていたのに、電話にも出ない。ちょうどその頃、G氏の疲れがたまっていて、夫は最悪の事態を危惧した。奥さんは泊りがけで出かけていて、不在だった。

夫はG氏の町にある警察に電話をして、警官にG氏の自宅まで見に行ってもらった。私は大げさなと思ったが、言わないでおいた。

G氏は生きていたが、どうにも仕事から離れたくなって、寝たり、外を歩いたり、ボンヤリしていたらしい。「Gに感謝されたよ。」と夫。

いきなり警察がうちの玄関に現れたら迷惑だし、事件でもないのに警察を呼びつけるのは気が引ける。ただし、警察は嫌味も言わず、「これが仕事ですから」と無事を確かめて立ち去ったのだそうだ。

そんなこともあって、G氏の苦労がわかるのは夫だけかもしれないと思うようになった。


            *


「デニースが実家に戻るというくらい、こじれてきたらしい」と夫が言う。

「貯金をこれ以上スタートアップにつぎ込まれたら、そりゃ心配にもなるでしょう。」 私なんか、500ドル単位で夫にムカムカするのに、あちらはミリオンなのである。

「それもそうなんだが、彼女は家でパーティをやりたいらしい。前はよくやっていたのに、それができなくなって、怒ってるんだそうだ。」

「パーティ? G氏の会社のために取引先でも招いたの? G氏の立場なら、そういうのも必要じゃない?」

私はパーティと名のつくものは嫌いである。

出かけるのはもちろん、招くのもいやだ。まあ仕事と思えばできないことはない。私は知らない人とでも適当に話を合わせることができる。そういう場では、ごく表面的な会話でいいのだ。アメリカ人が得意とするところである。

「いや、仕事というか、友だちでも知り合いでもなんでもいいらしい。ともかくケータリングを雇って、皆を家に招待して、パーティを開くこと自体が好きらしい。G氏は会社の立ち上げにかかりっきりだし、資金の問題もあるし、そういう暮らしができなくなって不満が貯まっているんだそうだ。」

夫は私のパーティ嫌いを知っている。デニースは私の対極にある。夫の継母の長女夫妻を思い出した。ハリウッドのエンタテインメント業界周辺にいて、ブラックタイ・パーティが大好きな人たちである。

「それでも、たまにはパーティをやるらしいが、Gにも参加させたがるんだな。お客さんに愛想を振りまいて、気の利いたことを言って、パーティを盛り上げてもらいたいらしい。Gはそれどころじゃない。今は1分でもスタートアップのために費やしたいんだ。」

「G氏はパーティが好きなの? 時間もお金も余裕があるときは、パーティがしたいタイプなの?」

「そのへんはよくわからん。それで、デニースは外食も好きで、Gに連れて行けというらしい。」

「それで! この間も彼がつかまらないと思ったら、奥さんにレストランへ引っぱって行かれたっていう話ね。」

「ちょっとデニースに付き合わなくちゃいかんとGは慌ててスカイプを切って、それから戻ってこなかった。また心配したけど、夜遅くになってディナーに行ってたことがわかった。奥さんのご機嫌取りだよ。」


           *


G氏はかなり奥さんの尻に敷かれているということだろうか。それとも惚れていて言いなりなのだろうか。

奥さんはG氏が毎日どれくらい仕事をしているかわかっていそうなものだが、それでも(おそらく)高級レストランへ(きっと)着飾って出かけたいと言う自分の要求は曲げないらしい。

「もうケータリングを頼んでのパーティができないなら、家にいたってしょうがない、自分の母親の家に行くと言っているらしいよ。」

子どもはどうするんだろう。ハイスクールだから自分のことはまあできるだろうが、それくらいの理由で「実家に帰らせていただきます」となるのか。

彼女と私の接点は、「おいしいものを食べたい」ということだけかもしれない。

私は出かけるのはきらいだし、肉もきらいだが、外食はきらいではない。うちから30分以内にまともなレストランが1つもないので、出かけないだけである(お金がもったいないせいもある)。

ただし、それは高級である必要はない。おいしければいいのであって、有名店でなくてもいい。私は並ぶのも嫌いなので、行列を作らねば入れないようなお店は困る。

私がG氏とデニースに会うのはかなり先になりそうである。


<今日の英語>  

I sized him up.
彼を品定めしました。


ホームレスの男に言い寄られたある独身女性の一言。



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今年の雪かき費用

2011.02.15 (火)



うちのドライブウェイは、ご近所の業者Bに除雪を頼んでいる。

特に安くしてくれているという感じはしないし、雪といっしょに時おり芝生まで削ってくれるが、どこでも似たり寄ったりなので、もう15年も任せている。

請求書は毎月1回ではなく、適当にまとめて来る。暗黙の了解で、請求書と小切手はお互いの郵便受けに入れる。

先週あたりからやっと積もるほどの雪が降らなくなって、やれやれと思っていたら、郵便受けにBからの封書があった。

まだ裏庭も前庭も凍り付いているし、ドライブウェイはようやくアスファルトが一部姿を見せているくらいで、いいかげん雪には飽き飽きだ。これだけ雪が降ったのに、雪かき費用の件はころっと忘れていた。考えるのを忘れていた、あるいは考えないようにしていたというべきか。

恐る恐る封筒を開くと、12月27日から2月2日までの間に11回の雪かき。1回が40ドルで440ドル。税込みで476ドル85セント也。

まだ冬は1ヶ月以上あるのに、500ドル近くもかかった。これは痛い。今年の降雪量は異常だった(と過去形で言っていいのか)。


           *


ドライブウェイの端から雪をガーッと押して隅っこに積み上げるだけで、40ドルかかる。15年前には確か1回当たり20ドルか25ドルだった。

人件費もガソリン代もかかるし、Snow Ploughと呼ばれる除雪機だってタダじゃない。メンテナンスも必要だ。2インチの雪ならともかく、12インチも立て続けに降られたら、とても人間の力ではどかせない。

40ドルは妥当か。いや、やっぱり高い。

うちの近所はドライブウェイが無意味に長い。田舎なので土地があるし、それだけプライバシーは確保できるが、雪が降れば体力的にも金銭的にもダメージが大きい。

雪かきをしてくれる息子たちが家を出たら、うちはほとんど老人世帯である。

夫はめったに雪かきをしないし、私はたぶん体がついていかない。ドライブウェイはBが大型除雪機でやってくれても、あれは小回りが利かない。玄関周りとかドライブウェイから玄関へ続くウォークウェイとかガレージドアのすぐ外といったところは、どうしても人間がシャベルを手に出て行くしかない。

一軒家は大変過ぎる。冬は雪と氷だし、春夏は芝生の管理。この雪でどれくらいまた芝生が痛めつけられたかと思うと、気が重い。こういうときだけは南カリフォルニアに住む義父母がうらやましくなる。

次はコンドミニアムかアパートメントか、せめてタウンハウスに住みたいものだ。誰かにメンテナンスをしてもらいたいというそれだけの理由である。

集団住宅は騒音がネック(マンハッタンなら、ねずみやベッドバグも問題だろうが、私はあそこには住めない。空気が汚すぎ、人が多すぎる)。

私は小さい頃から音に神経質で、夜は静かでないと寝付けなかった。今でも子どもたちが見るテレビやパソコンから流れる音が非常に耳障りである。まあ、そのうち耳が遠くなって気にならなくなるということにしておこう。


            *


向こう10日間の予報を見ると、来週また雪が降るという。でも気温は35度以上だから、たぶんスノー・シャワーで終わる。

3月の天気はわからないが、長期予報の予想最高気温はいずれも40度以上、50度の日もある。ぜひともこのまま春に突入してもらいたい。

除雪費用500ドルと私の車の修理500ドルで、合わせて1000ドル。

灯油もガソリンも高い。野菜も果物も高い。品質を考えると、デフレ分を差し引いても日本の食べ物のほうがずっと安い気がする。

ところで、ガソリンは私がアメリカに来た当初は1ガロン99セントだった。日本で運転しなかった私は、日本のガソリンがリットル単位で売られていることしか知らず、99セントがどれくらい安いのかも知らなかった。

早く税金を取り戻さねばならない。


<今日の英語>  

In the end, it all evens out.
最終的にはバランスが取れる。


友だちと食事に出かけて割り勘にすると、相手のほうが高いものを食べたり飲んだりするので損した気になるという話で、「あるときには自分が多めに払うが、別の機会には友だちがそうするし、長い間にはだいたい同額を払ってることになるから気にならない」という人のコメント。



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子ども時代の終わり

2011.02.16 (水)



ハイスクール・ジュニア(高校3年目)の長男は、来年の今ごろには志望大学への願書をとっくに出し終え、もしかしたら合格通知が届いているかもしれない。

今週は高校で進路指導の個別懇談がある。夫も出席するという。

来週は冬休みなので、大学訪問をするとよいと前々から聞かされていた。しかし、おっとり型の長男は相変わらずのんびりしていて、私はやきもきしている。

ネットで情報を集めて長男へメールしても、読んでいるのかいないのか。

しかたなく夫を巻き込み、ハッパをかけてもらう。

私はアメリカの大学受験を知らない。なにもかも手探りである。夫は普通にアメリカの高校を出て大学へ進学したが、もはや時代が違う。

ガイダンスとのミーティングでは、いくつか大学の名前を持っていったほうが具体的な話ができそうな気がする。幸い、インターネットで情報収集できるし、ハイスクールと提携しているサイトでは長男のGPAやSATスコアや、卒業生の何人が応募して何人が合格し、何人が入学したかというデータも一目瞭然。

条件を入れて、長男の専攻、学力、希望の州、学費その他と一致した大学を抽出するプログラムもある。その上で、一つ一つ大学のサイトでじっくり研究せねばならない。

去年、一番上のお子さんを大学に送り出したご近所のお母さんが言っていた。

「親がやるのよ。子どもなんか、暇さえあればゲームとチャット。ガイダンスは大ぜいの子を見てるから、頼りにならないの。あなたがやるのよ。」


            *


そうは言っても、大学に行くのは長男である。

とりあえず、自分が勉強したいコースのある大学をいくつかリストアップしろと命じた。長男は学力は平均の上といったところだが、アートを勉強したいという。それで将来食べていけるのかという不安は(私に)ある。しかし、今はロースクールを出ても、MBAを取っても、失業する時代だ。

本人がやりたくないことを親が押し付けてもしょうがない。ここまで悟るのにかなり長い時間がかかった。

もちろん長男はおっとりしているので、いつまでたっても私に大学のリストを見せない。唯一メールしてきたのが、私と一緒に検索して、かなり家に近く、よさげな大学一校。「ここはわかってるの。他にないの?」と、再びせっつく。長男は宿題もあるし、空手もあるし、ゲームもカードもしたいし、ねこと遊びたい。

私はしびれを切らして、長男の部屋に行った。

「おかあさんに大学のリストを送ってって言ったでしょ。探したの?」

「うん、ここに書いた。」 長男はメモ帳みたいな小さい紙を私に見せた。これまた小さい文字でいくつか大学の名前があった。

もう少し大きく書いてもらわないと、老眼には読めない。それに、ノートのきれっぱしに大学の名前だけ書いてどうする? いろいろ言いたいことはあったが、長男なりにやったのだと自分に言い聞かせ、読みにくい文字を読んだ。

Columbia Univ

「コロンビア?!」 私は呆然とした。「あんた、コロンビアってどういうところか知ってるの?!」

「うん、聞いたことある」と私の反応に驚いたらしい長男は小さい声で言った。

「そりゃ聞いたことはあるでしょう。私だって知ってるくらいだもの。アイビーリーグよ! GPAは4でSATは満点で、それでも入れない子がいるっていうことよ!」

「あれ? 書きまちがえたかなあ。コロンビア・カレッジだったっけ。コロンバスだっけ。」と長男は大学選びのサイトで検索を始めた。「あ、コロンビア・カレッジだった。ごめん。」

見ると、コロンビアなんていう名前のついた大学は一つや二つではないのだった。それにしても、コロンビア・ユニバーシティと書くか? 

ご近所のおばさんの言った通り、子どもに任せておいてはいけないのだ。あちらのお子さんはそれでもしっかりしていたと思う。おっとり、のんびり、ぼんやりの長男は推して知るべしである。

長男は自分がアイビーリーグに入学できるとは思っていない。そこまでの誇大妄想は持っていないことがわかって、ホッとした。


            *


夫は昔の知人である大学教授をつてに、アート関係の大学を探し始めた。

そのつながりで他の大学教授からもメールが来て、夫は私に転送してくれたのだが、長男とは別の意味で夫も現実を見ていない。

その大学も他によさそうだと勧めてくれた大学も、とても長男の学力では入れないところばかりだ。しかも、長男はアートが好きで、ゲームやカードがアニメが好きだが、コンピュータ・グラフィックスを専攻するほど数学は強くない。

夫は他の大学名も私に言い、授業料はいくらかと聞く。私は授業料だけでなく、合格者のGPAやSAT、そして長男のデータもいっしょに夫へメールした。

「シカゴなら、ぼくが college visit に連れて行くよ。サンディエゴにもいいところがある。」

「シカゴに連れて行ってくれるのはありがたいけど、入れそうもないところに行ってもしょうがないじゃない。それに、サンディエゴは遠いわ。」

「グランパのところからなら遠くないよ。」 でも、うちはNYでしょ。

「長男がカリフォルニアの何レーンもあるハイウェイを運転するのが想像できないのよ。」

「サンディエゴの大学の中だけだから、大丈夫だよ。」

夫はカリフォルニアの大学院に行ったし、私と結婚する前にマンハッタンにもワシントンDCにも住んだ。私とは距離感覚が違うのかもしれない。長男が行きたいといえば異論はないが、本人は自分が中西部や西海岸で暮らしたいかどうかもわかっていないのだ。


              *


あと1年半しかないのに、長男が大学へ行くまでにやるべきことが他にもたくさんある。

中でも車の免許を取るのに一番時間がかかる。まずは Learner's Permit という練習許可を取らねばならない。学校からも安全教室のお知らせが届く。

クレジットカードを使いすぎないよう、お金の管理を教えねばならない。

授業後のクラブもあるし、空手もボランティアもあるし、もう少しGPAを上げるべく、勉強もがんばらねばならない。

なんだかあわただしく、落ち着かない。

ついこの間、ハイスクールに入学してやれやれと思ったのに、あっという間にこんな時期になってしまった。私が焦っているのに、肝心の長男はこんなことでいいのだろうかと心配になる。

私がうるさいのか、「おかあさん、16歳のときにどこの大学に行きたいか知ってた?大人になったら何になりたいか知ってた?」と長男に問い詰められた。

「おかあさんはね、国語と英語しかできなかったの。そうすると、行ける大学もだいたい決まるの。それに、今は知らないけど、日本は受ける前に大学をいくつも訪問するなんてこと、しないのよ。ボランティアやクラブなんかどうでもよくて、成績と当日の試験で決まるんだから。」

大人になったらなんて、私もあんまり考えていなかったのは事実だ。でも、今は大学の話をしている。

18ならまだしも、16はまだ子どもだなあと思う。しかし、そんなことは言っていられない。

長男の子ども時代は急速に終わりかけている。



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胃がキリキリ

2011.02.20 (日)



ここ4日ほど、夜中に胃が痛くなって目が覚めてしまう。

食べ過ぎるほど食べていないし、関節が少し痛むくらいで、体調は悪くない。私は胃腸はわりと丈夫にできている。胸焼けらしきことは生まれてから1回あったかどうかというくらいだし、胃がんや胃潰瘍の家系でもない。

このキリキリはおそらく精神的なものだ。

初めての子は、親にとってもあらゆることが初めて。小さい子どもに縁がなく、親戚も友だちもいなかった私は、赤ん坊を抱いたのも初めて。オムツに離乳食にオムツはずしまで、本を読んで見よう見まねでやった。長男は常に実験台だった。

ナーサリースクールからハイスクールまで、「これでいいんだろうか?」といつも迷った。それでも、ずっとこの町に住んで公立教育制度の中にいる限りは、どうにかなる。そして、2歳下の次男の番になれば、それなりに余裕ができた。

ところが、長男の大学進学がいよいよ現実味を帯びてきて、また初めてのことにオタオタしているのである。

自分が大事な私は「子どもは私の生きがい」というほど真剣に育てていないが、子どもの人生が私の成績証明書のように思えるときはある。子どものことは母親でしかも専業主婦の私がきっちり見てやるべきで、そうする時間も充分あるはずだという世間の目を感じる。それでもあまりがんばれないのは私が怠け者だからだ。

子どもがハーバードや MIT に行けるくらいあらゆることに優秀なら、それはものすごくうれしいだろうと思う。でも、現実はそうではない。もっと必死になって育てたら、もう少しなんとかできたかもしれないと自分を責めたりしたが、遅すぎる。

それに長男は競争にまったく向かない性格をしている。

いつだったか、校内のコンクールか何かで2位を取ったことがあった。「1位はジョンだった。すごかったよ。」とニコニコしていた。

私は自分が取れるなら1位が取りたいし、友達が1位で自分が2位なら悔しいと思う。人間が小さい。長男はよく言えば超越しているが、やっぱり悠長でおっとりなのだ。別の機会に、「1位でなくてもいいの?」と聞いたことがある。いいんだそうだ。むしろ、そんな質問をする私を不思議そうに見た。

ミドルスクールのころ、「ぼく、普通でいい」と言ったこともあった。私は、そんな野心のないことでどうする?と落胆した。

その後、ようやく長男を(だいたい)そのまま受け入れられるようになりつつある。


             *


先週の金曜日はガイダンス(進路指導)とのミーティング。学校には6人くらいのガイダンス・カウンセラーがいて、誰がどの生徒の担当かも年度最初から決まっている。

長男の学年の生徒数は約300人。単純計算してカウンセラー1人あたり50人の生徒の面倒をみる。

私はこれまでも長男のカウンセラー、ミセスJに会ったことがあるし、メールでやり取りしたこともあるが、彼女のオフィスでじっくり話をしたのは今回が初めてだった。

2月1日から予約を取れるようになっていたのに、雪で休校になったり、中間試験があったりして、2月半ばになってしまった。予約の電話をしたら、すでにその週はほぼ予約がいっぱいで、かろうじて金曜日の朝一番に会ってもらえることになった。

ちなみに、大学も志望者にツアーを提供しているが、来週の冬休みはおろか、4月半ばの春休み(どちらも1週間)でも、すでに予約いっぱいのところもある。

それも私の胃痛の原因か。もっと早くやらなくてはいけないらしい。

7時50分から9時15分まで、つまり長男は1・2時限を欠席せねばならない。ぼんやりした子に欠席は痛いが、あとで補講を受けさせることにした。それくらい、このミーティングは大事だと私は思った。

真面目な日本人の面目躍如というべきか、私は試験前の学生のようにそれはしっかりと予習した。

ハイスクールのデータと直結したnaviance というプログラムで、長男に合いそうな大学を70件以上抽出し、スプレッドシート3枚にデータをまとめた。さらに、カウンセラーへの質問リストやGPA換算表を印刷し(そんなのもウェブにいくらでも転がっている)、ノートパッドやフォルダーも持参した。

なるべくミーティング前に長男にも夫にも私が作成した資料を読ませようと思ったが、彼らは私ほど熱心ではない。父子揃ってそんなことでいいのだろうかとイライラした。

夫は長男に関係ない、どうでもいいことを質問し(コーネル大学のナントカはどうなってる?)、長男は「ぼく、お母さんのリストを見て考えるよ」と、まるでカタログからTシャツでも選ぶようなことを言う。

「お母さんのリストって…あんた…」 絶句。


             *


ガイダンスとのミーティングは、予想をはるかに上回るほど有益だった。

詳しく書き残したいが、胃も痛いし、右手も痛い(あれだけ検索してコピー・ペーストすれば、痛くもなろうというもの)。1つだけエピソードを書いておく。

私が事前に検索して、長男の能力と専攻に合いそうな大学のひとつに、バーモントのX大学があった。ちょっと読み方に迷い、夫に「X大学って聞いたことある?」と尋ねた。夫は知らなかったが、たぶんこう発音するのだろうと答えた。

ミーティング半ばで、ミセスJが最近ガイダンス・カウンセラー向けツアーで見回ってきた大学の話をした。

X大学っていう、バーモントにあるところなんですけど。施設はすばらしいし、いい町だし、なによりも大学の雰囲気が長男くんにぴったりだと思います。ご検討なさるといいですよ。」

「これはおもしろい。妻と打ち合わせでもしたんですか」と夫。「まさにその大学の名前をつい昨日うちで話していたんですよ。」

私も驚いた。そして、実際にX大学を見てきたミセスJにいろいろ質問した。ますます長男がその大学に向いているような気になってきた。

これは偶然なのか、運命なのか。

しかし、あとになってよく考えたら、私は長男のデータや希望を入力し、X大学はそれに合致した大学としてコンピュータがはじきだした大学の1つなのだ。そんなに驚くには当たらない。

私は大学探しについてはまだまだ素人なのである。


               *


そして、土曜日には初めてcollege visit なるものに行ってきた。

これについても書きたいことが山ほどある。州立大学なので、たとえばお金持ちの私立大学に比べたら、たいしたことはないのだろうが、施設やプログラムはもちろん、ダイニングホールやセキュリティなど、「ここまで至れりつくせりなんですか!」と私は非常に好感を持った。

こういう大学なら私だって行きたい。しかも、州の住民なら安い。1年の授業料がたったの5000ドル(州外の生徒は13,000ドル)、寮費と食費が9500ドル。

最初は会議室で全体のミーティングがあり、大学の担当者が30分ほど説明と質疑応答をして、そのあと大学生が10名くらい来て、小グループに分かれて構内を歩いた。担当者はプロだし、説明会には慣れているのだろうが、それにしてもメモもなく、スライドもなく、わかりやすいプレゼンテーションをした。

アメリカ人はこういうことがうまい。しきりに感心していたのは私だけか。

参加した高校生や親たちも次々と手を挙げた。夫と私はツアーの合間にそれぞれ一度だけ質問した。聞きたいことは他の人がちゃんと聞いてくれる。

中には、「そんなことをここで聞いてどうする?」と思われる質問も出たが、担当者は上手にこなした。質問した本人も平気である。こういうのもアメリカ人の才能と言える。

風の強い寒い日だったが、案内してくれたシニア(大学4年)の女の子には惚れ惚れした。

21か22なのに、まるでプロのツアーガイドのように、発音明瞭で声は適度に大きく、よく通り、全員に目配りをして、簡潔に大学の説明をした。そして、自分の目から見た大学や自分の大学生活についても、ちょくちょく触れて、型どおりでないところもよかった。質問への回答にも充分時間を取った。メモすら持たず、笑顔を絶やさず、ユーモアがあり、目線を外さず、Student Ambassador(大使)の名前の通りだった。

あまりに感心したので、ツアーの最後に彼女にありがとうと言い、「あなたのツアーはとてもわかりやすく、すばらしかった」と褒めた。どうしても伝えたかった。

何度もツアーを受け持ったのだろうが、それにしても上手だった。キンダーガーテンから培われたパブリック・スピーキング教育がこうやって結実するのかと思った。もちろんアメリカ人でも人前で話したり、案内したりするのが苦手あるいは下手(好きでも才能がない)な人はいる。それに、大学もある程度きちんとした案内(=売り込み)係ができる学生を選ぶのだろう。

1時間のあいだ、建物の中を出たり入ったりして寒い構内を歩き回った。ふだん動かない私にとっては、ほぼ2~3週間分の歩行距離であった。

カフェテリアでランチを食べ、長男も次男も「おいしい!」と喜び、結局、行きも帰りも私の長距離運転だった。クタクタになったが、これでカレッジ・ツアーがどういうものかわかった。次回は、火曜日。


               *


今回のカレッジ・ツアーには、最近ゲームにかまけすぎの次男も連れて行った。まだフレッシュマン(ハイスクール1年目)だが、大学進学についてもう少し真剣に考えさせねばならない。

朝になって、「ぼくも行かなくちゃいけない? どうしてぼくも行くの?」と次男はグズグズ言ったが、「あたりまえでしょ」の一言で車に乗った。どうせ家に1人で残っても、ゲームとチャットをするだけである。

行きの車中ではMP3を聞きながらつまらなそうな顔をしていた(らしい。私は運転中は後部座席を見る余裕はない)が、大学構内に足を踏み入れて、夫と歩き始めてから、足取りが軽くなった。

私は長男と歩きながら、ああでもない、こうでもないと日本語で話していた。ともかく寒いのに、夫も子どもたちも軽装過ぎる。

広い構内でどうにか迷わず、ツアーの受付に行き、説明会会場の小さな会議室に入った。私は座席に座ったが、夫と子どもたちはさっそくドーナツやデーニッシュやコーヒーを持ってきた。りんごやバナナや氷水もあった。

日本の説明会でこんなものを出すだろうか。私はまったく予想していなかったので、ドーナツの山に驚いた。夫は当然という顔をしていた。

私はこんなもので太りたくないと思って取らなかったが、次男が「おかあさん!これ、すごくおいしいよ!クリームのやつ。食べてみたら?」としつこい。こんなもので次男はご機嫌である。

「ほーら、来てよかったでしょ?」とからかうと、次男はニコッとした。まったく男の子は単純でいい。

帰る前にカフェテリアで食事したときも、「ぼく、ここの大学なら来てもいいなあ」と次男が言う。次男の学力ならもっとGPAの高いところに行けるはずだし、上を目ざさないでどうするのだとミニ・タイガー・マザーに変貌する私。

家が一軒建つくらいのお金をかけて大学に行くのだ。食べ物がおいしいからなんていう理由で決められたら困るのである。

こういう子どもたちだから、私の胃は休まらない。


<今日の英語>  

I can just picture him there.
彼がそこにいる様子がいかにも想像できます。


X大学を勧めてくれたミセスJの一言。長男がその大学のキャンパスにいるようすが目に浮かぶくらい、ピッタリ来るのだそうだ。



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3年目

2011.02.21 (月)



ブログが3年目にさしかかった。

次男に言ったら、「えー、もう? まだやってるのー?」と驚かれた。

ある日、ブログをやろうと思い立ち、HTMLがどうの画像がどうの、子どもたちに「これでいいと思う?」と聞いて回っていたのが、毎日は更新しないにせよ、続いているのである。私だって驚く。

これを機に、副題の「アメリカ暮らし21年」を外すことにした。

ブログを始めた一昨年に20年として、去年は21年に書き換えたのだが、どうもブログはしばらく続きそうである。このままでいくと、年数を毎年更新しなくてはならない。27年くらいならまだ可愛いかもしれないが、たとえば「アメリカ暮らし48年」というころになれば、おそらく「何を今さら」と思う。

私はお仕着せのテンプレートにほんの少し手を加えたものを使っている。

全体に関わる箇所を変更するときは、いつも一抹の不安がある。もしかしてレイアウトが全部崩れて、再起不能になるかもしれない。副題はプロフィールに移動した。もし数字が変えられなくなっても、たぶん誰も気づかない。

一番上の画像の変更もできない。何度か試みたが、だめだった。それで季節感ゼロのブログになっていて、ものぐさの証明みたいなものだが、しょうがない。

何よりも、そんな暇があったら、私は文章を書きたい。


           *


私はコメントにまず返事をしないし、相互訪問や相互クリックとやらもしない。

一方通行で、ただ書きたいことを書くだけである。ブログを通して友だちを作ろうとかコミュニティに参加しようとかいう気はない。

私にとってブログの最大の楽しみは何かと考えたら、発信する楽しみだった。

その日にふと思ったことだけでなく、何かの事件や事象について調べたことも、誰が読むという保証もないのに、情報を整理して文章を組み立て、記事にまとめるのはとても楽しい。

子どもの一言やニュースの断片がきっかけで、話が広がることもある。

私はタイプ(だけ)は早い。頭に浮かんだ文章をどんどん打っていく。

かなり長い記事を書いても、投稿する段になってボツにしたものもわりとある。特にテーマを限定していないのだから、何を書いてもいいし、せっかく書き上げたものをゴミ箱に入れるのはもったいないと思いつつ、どうにも気に入らなくなって捨てる。

すべて私が決めていいところも、ブログは自己中心的な私にピッタリである。


           *


私はブログと距離を置くようにしている。

私はブログの主というよりは、ここに来て文章を書き残し、立ち去る。そのうち、
1人2人と読みたい人が訪ねてきて読む。たまに書き置きがしてある。私は再びやってきて、それを読み、また次の記事を書く。その繰り返しである。

自分とブログを同一視しないほうがいい。ちょっと冷めた目で突き放して見るくらいがちょうどいいと思う。

自分が伝えたいことは完全には伝わらない。それによって、読み手との間にズレが生じる。ズレの方向は、プラスとマイナスの両方がある。

たとえば、私のブログの1つの記事だけを読んで、私という人間を決めつける人がいる。「いや、そうではなくて、私は実はこういう人間です。今回のエピソードではその部分が出ていないだけです。」と説明することは無駄である。

すべての記事を総合しても、私の人生のほんの一部を瞬間的に切り取ったに過ぎない。

たとえば、夫がお金や保険に関知しないという事実を書いたら、愚痴を言うな、専業主婦なんだからそれくらいやれと言われる。

うちでは、私が渡米したときからお金のこと一切をやっているのである。夫には心配で任せられない。どう考えても、夫より私に向いている。そのへんはうまいこと分業体制ができている。

「外で働いてないくせに。そんなのは仕事じゃないぞ」と言いたい人がいるだろうが、「いや、だから『分業』というのは物の例えでありまして」などと反論するのも空しい。

夫や子どもたちとの会話にしても、これは録音再生ではないし、英語の部分は私が適当に日本語に直している。

どこかで創作が入るのは致し方ない。むしろ、それだから書く甲斐があるというものだ。

事実を書いたつもりでも、私の指がタイプを始めたとたん、それは私の目が見て私の脳が認識した、限定つきの事実となる。

このブログはフィクションであり、実際に存在する人物、団体等、
実在のものとは一切関係ございません。


と表記したっていいくらいだ。実は、私は犬を飼っていて、息子だけではなくて娘もいて、夫は年下のロシア人の学者で、億万長者(または極貧生活者)で、NYでなくてNJに住んでいるかもしれない。

そう思って私の過去の記事を読んで、何の支障があろうか。


            *


世の中には言葉尻をとらえる人も多い。

いちいち釈明するのもめんどうなので、たいていは「なるほど、そう受け取られましたか」とほっておく。

たとえば、私は夫の頼みをできるだけかなえるべく生活している。お茶を入れるとか何かを買ってくるとか、本当に些細なことなのだが、恩を売っておいていつか有利に使うと書いたら、夫の稼ぎで生活しているくせに感謝が足らないと非難される。

いや、だから「恩を売る」というのは、たとえばピザのテイクアウトをどうしても取りに行きたくないときに、「悪いけど、行ってくれる?」と夫に頼む。あるいは、夫が散髪に行くときに、ついでに息子たちも連れて行ってくれと頼む。その程度のことなのだ。

夫はたいてい引き受けてくれるので、私が下手(したて)に出る必要はない。でも、ふだんから誰かの頼みをことごとく却下していたら、ちょっとしたことでも頼みにくいのが人情ではないか。

それは私が無能・無収入・無責任のパラサイト専業主婦であることとは関係ないと思うのだが、時として主婦のお気楽発言は「養ってもらっているくせに」というところに焦点が集まる。私の管理下で配当金が少ないのにと言われて、はて私がうちの資産を公開したことがあったかと思い返す。

品行がよろしくないという生活指導までされるに至っては、「良妻賢母ブログをお探しの皆さま、お出口はこちらです」と案内したくなる。

でも、ブログを書きながら、「この部分は実は単なるジョーク(皮肉、希望的観測、おふざけ、その他いろいろ)です。」とか「これは一般論であって、すべてのアメリカ人に当てはまるものではありません。」とか「この一節はニュースサイトからの引用であって、情報の信憑性は保証いたしかねます。」とか、注釈をつけていたらキリがないのだ。

ああしろ、こうしろと私に指図する人もある。

周囲になかなか関心がもてない私は、よくまあ他人のためにそんなめんどくさいことができるなあと感心する。そういうのは一種の趣味じゃないだろうか。しかも、私は返事をしないし、私の性格からして、忠告をありがたく受け入れる確率は低い。


            *


ブログをする人は自己顕示欲が強いのだそうだ。

私も過去にそういうコメントをいくつかもらった。「人付き合いが嫌いなんて言いながら、矛盾してます」と糾弾されたり、「結局、人に認めてもらいたいんでしょ」と決めつけられたりした。

中には「なぜ私はこのブログが嫌いで、自分に都合のいいことしか書かない・載せないブログ主が嫌いで、それによって自分はどれだけ傷つき、それなのにどうして読み続けるのか」ということを小論文みたいに長々と書いてきた人もいた(もちろん非公開)。

もう、そういうのはほっておく。

かなり前に、「最近の(注: その頃の)記事はストーリー性に欠けている」というコメントが来て、たまげた。

私はアメリカに住んではいるけれど、出不精で怠惰なただの専業主婦で、平々凡々な生活をしている。物語性のある出来事なんか起きない。

こんな素人の書いた無料のページに過大な期待を抱いてはいけない。

「いつも読み逃げですみません」と謝る人もいる。

食い逃げは困るが、読み逃げ(昔はこんな言い方はしなかったと思う)、おおいに結構。

私はよそのブログやサイトにコメントを残すなど、1年に2回あるかどうかである。それで悪いと思ったことはない。たいていどこでも、ほとんどの人は読んで終わりではないだろうか。全員が毎回コメントを残したら、どこも容量オーバーになってしまう。

読み逃げですみませんというのは、日本的な感覚かもしれないと思った。

まず、「読み逃げ」の語感が悪い。食べたら料金を払わねばならないが、ブログは読んだらそのまま閉じていいのである(購読料を課するブログもあるらしい。読む前に払うのだろう)。

書き逃げと言う言葉があるかどうか知らないが、明らかに敵対心あるいは挑発心を持って書き、しかも「個人的な感想であれば、どんな発言でも許されるべきである」という印籠をちらつかせるのは醜い。


            *


「読者を意識した文章が気に入らない」というコメントもあった。

他人の目に触れるのだから、走り書きをしないのは当然である。自分の頭の中にある考えをインターネットという媒体で送り出す段階で、私以外の人に読まれる可能性も考える。

そんな面倒なことを考えなくても、私はこのブログを書くことが唯一の日本語文章修行の場になっている。

日本語は私の母国語なので死ぬまで忘れないと思うが、読むだけではさびつく。一番ピッタリくる言い回しを考えたり、自信がなくなってきた熟語の意味を調べたり、ほとんどボケ防止策でもある。

そして、やっぱり書くことが好きなので、どうせならちゃんと書こうと思う。読者に気に入ってもらうためでなく、自分のために書く。

「自分は頭がよく、自分は特別だ、有能だと思っているところが気に入らない」というコメントもあった

(私は根に持つタイプなので、記憶力は悪いくせに、こういうことは案外よく覚えているものだ。いや、こういうことを忘れないから、他の重要なことが記憶できないのか)。

頭がよくて特別で有能な人間が、50歳にもなろうというときにこんな生活に甘んじているとは思えない。そもそも、いったいどうやったら私の能力をそんなに買いかぶることができるのか、不思議でしょうがない。私はいつも無知・無能をさらけ出しているような気がするのに。


            *


「ご主人やお子さんに読まれてもいいんですか」と危ぶんだ人もいた。

私は気にしない。彼らの性格からして、英語に機械翻訳したものを読むとは思えない。私がブログを続けていることすら知らない可能性が高い。

読んだところで「これはフィクションなの。あることないこと、おもしろおかしく書いてるの」と言うだけのことである。まあ、おもしろおかしく書けるほどレベルは高くない。

発信する相手は未来の私でもある。

私は自分が読みたいブログを書こうと思った。5年、10年と経って、自分が読み返せるものを書き残そうと思った。

テクノロジーが恐るべき速さで進化しているらしいので、ブログという形式もあと何年続くのかわからない。その前に私の体にガタが来てしまうかもしれないが、書きたい気持ちがあるかぎりは書くつもりでいる。

それにしても、2年もこんなことをダラダラ書き連ねた私は、相当の暇人である。

【関連記事】
自分が読みたいブログを書くく 2009.11.16
ブログでデジャ・ヴュ 2010.10.20




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 |  わたし  |  コメント(14)

大学見学 第2弾

2011.02.23 (水)



州立大学をもう1校見に行ってきた。今週はハイスクールが冬休みなので、平日に見学できる。

しかし、今回はいやな予感がした。最初からゴタゴタがあった。

まず、前夜になって、夫が「えっ? 明日?!明日は行けない」とのたまった。

予約を入れる前に確認して、予約した後もメールと口答で知らせたのに、どうして直前になってそういうことを言うのだ。水曜日は夫の医者の予約があるから、私はわざわざ寒そうな火曜日を選んだ。夫が同行しないなら、もっと暖かくなる水曜日にしたかった。

G氏に頼まれた重要なことがあり、出かけていたら間に合わないのだそうだ。無理に連れて行って、あとで文句を言われるのはいやなので、「あらそう。じゃあ私と子どもたちだけで行きます」と答えた。夫は何度も謝り、私は謝らなくていいと言い、見学当日の朝になった。

夫は早朝から台所に下りてきて、「やっぱり今日いっしょに行くよ。」

夜中にペースを上げて仕事を片付けたから、出かけられると言うのだが、そんなに重要な案件ならG氏から緊急の連絡が入るやも知れず、「いいのよ。あなたは来なくても」と私は言った。今度の学校はもう少し近いし、私はその方面に行ったこともある。地図もあるし、早めに出るつもりだった。

しかし、夫は「大丈夫だ。行くよ」と言い張る。

じゃあなんで昨日は絶対無理みたいなことを言ったのだろう。まあ、本人がどうしても来たいなら、止めない。

私は方向感覚が鈍く、地図があっても自分の場所がわからないなんてことがしょっちゅうある。夫がいてくれたほうが迷う確率が低い。内心ホッとした。


             *


眠そうな顔をした次男がまず起きた。

「8時45分に出るからね」と念押しすると、「ぼく行きたくない。どうして行かなくちゃいけないの?この間、行ったじゃん」と口答えをする。

前回も出かける前はぐずったが、行ってみたら楽しそうだった。今回こんな抵抗をするとは予想外である。

「あんたも行くの。ひとつでもたくさん見ておいたほうがいいし、今日は平日だから学生がキャンパスにいるの。この間の土曜日とは違うでしょ。あんたもあと2年したら、真剣に大学のことを考えなくちゃいけないの。2年後じゃ、長男と同じペースで遅すぎるわ。1年後よ。」とまくしたてた。

「ドーナツ食べたいんでしょ」と言いそうになって、逆効果かと思い、とどまった。

前回あれだけ寒かったのに、今回もまた子どもたちは薄っぺらいジャケットで行こうとする。次男はその下は半そでTシャツ。長男にはモコモコのジャケットを着ていけと前の日に言っておいたのに、朝のバタバタでうっかりしていた。

結局、次男には夫が無理やりにウィンドブレーカーを重ね着させ、長男は長袖シャツを下に来ただけで、コットンのフードつき薄いパーカーになった。

知り合いに会うのでもなく、誰もあんたの格好なんか見てないわよと思ったが、服装には無頓着な子どもたちもやはりティーンエージャー。あれでかっこいいつもりか。

私はもはや人の目はほとんどどうでもいい。日本から送ってもらったヒートテックを着て、ひざ下までの靴下とブーツを履き、絹のスカーフにフリースのマフラーに皮手袋をつけた。フリースの帽子も持参した。これでホッカイロがあれば完璧。


            *


今回も私が往復運転した。

長男には私が印刷した道順や大学構内の地図を渡し、よく研究するようにと言い含めた。その後、夫にも見せた。

ハイウェイを降りる段になって、長男が道案内を始めたのだが、「xxExitを出て、xxRoad に入って、最初のtraffic light を左に曲がって…」という感じで、私は早くも混乱し始めた。プリントしたのはすべて英語である。

「お願い、日本語じゃなくて英語で言って!」と頼んだ。

しばらく行くと、交差路があり、横道があり、「B大学はこちら」という看板もぽつぽつ現れて、ちょっと安心した。しかし、長男が読み上げる道順がいまいちピンと来ない。印刷したときに見たら、すごく簡単そうだったのに。

「今のがFirst Light だったの。ここがSecond Light だよ。だから、次のところでleft turn 、左。」

今のって、どこ? ここって? 道路の名前はないの?

交通量は少なかったが、止まるわけにも行かない。そのまままっすぐに進む。

「今のがleft turn だったんだよ!」

「もうどれかわかんないじゃない。どうするのよ!」と私はパニックに陥った。

夫は「まあ落ち着け。大学のすぐ近くにいるんだよ。このまままっすぐ行けばどこかに出るよ」と平然としている。私は夫に地図を渡すよう、長男に命じた。夫は「やっぱり運転したことがないと、道案内も難しいんだな。運転手が何をいつ知りたいか、想像できないんだ。」

じゃあ、あなたが最初から道案内を買って出ればよかったじゃないの、と心の中で悪態をついた。


             *


どうにか大学の中へ入ったものの、指定された駐車場までたどり着けない。

夫と長男は構内図から把握できたらしいが、私は車を停めて地図を見てもさっぱりわからない。だんだんヤケになり、2人に八つ当たりした。「どこに行けばいいの!」

予約の時間は迫り、しかも、夫の車の時計は一年中、夏時間設定なので1時間進んでいてイラつく。しかも、3分遅れている。見学初日から遅刻なんて、どれほど印象が悪いか、と私は1人でヤキモキした。何分、構内をぐるぐる回っていたのかわからない。私は汗だくになった。

車を停めて、指定の建物へ向かうも、やっぱりどっちの方向へ行けばいいのかわからない。

長男はこっちだというので、従う。学生らしき人が通りかかったので、「あの人に聞いたら」と言ったが、ティーンエージャーでもやっぱり男。道順を尋ねるのは男がすたるとでも思っているのか。

歩いていくと、息子と母親らしきペアが前方に見え、やはり迷っているらしかった。彼女は通りがかった中年の女性に尋ねて、こちらへ戻ってきた。私もその女性に聞き、だいたいの方角はつかめた。

道はあちこち凍っていて、雪も残っているし、強風がその雪を巻き上げて顔に叩きつける。夫の日程に合わせなくて、天気予報に合わせるべきだったと、自分を呪う。

さらに、通りがかりの2人にも聞き、受付にたどり着いたら予約の3分前。私はもうドッと疲れた。なんでもっとわかりやすい表示を出さないのだ。

トイレに寄って、説明会の部屋に入った。正面に大型スクリーンがあり、前方に教卓みたいなのが見え、学会発表の会場のようだった。凍えていた私は、暖かい飲み物を飲んで、甘いものを食べて元気を出そうと思った。

ところが、ここにはクッキー1つ見当たらないのだ。水すら置いてなかった。まず頭に浮かんだのは、「次男をドーナツで釣らなくてよかった。」 


              *


大学見学といっても、いろいろなのだ。

まだ2校しか見ていないが、ドーナツやコーヒー以外にも、かなり違っていた。

説明をしたのはアシスタント・ディレクターの女性。パワーポイントを使い、ときおりメモを見て、早口で話した。独り言みたいに、しょっちゅうジョークを挟むのが気に障った。そして、両手を後ろに回して、髪をまとめる。彼女の癖なのだろう。「時計を忘れました。どなたか終了5分前になったら教えてください」と言う。

最初の学校Aに比べると、かなり落ちる。途中で眠くなった。パワーポイントはきれいだけれど、直接こちらを見て話してくれたA校のほうがずっとよかった。そもそもあちらは話し方や間合いの取り方が上手だった。

話しながら舌を鳴らすアメリカ人女性は少なくない。彼女もその1人で、とても耳障りである。

彼女が"Absolutely phenomenal!" (驚異的に素晴らしい!)を繰り返すのには、食傷気味になった。大学見学は売り込みのチャンスだし、身内を褒め上げるアメリカ人には慣れているが、それにしてももう少し謙虚になれないのかと日本的な感覚が頭をもたげる。

会場に集まった親子はおとなしかった。質問は出たが、A校の活発さはなかった。あれはドーナツによる糖分摂取の効果だったのか?

説明が終わり、現役学生によるツアーの時間になった。女子学生が2人現れ、半分ずつのグループに分かれた。A校のグループよりやや多い人数か。

今度の女子学生の難点は声が小さかったこと。滑らかに話していたが、耳の遠い夫にはどれだけ聞こえただろう。まあ、夫はグループの一番最後にいて、勝手にちょこちょこ離れたりしたので、本人もそれほど熱心に聞いていなかったと思われる。


             *


1時間以上のツアーのはずが45分で終わった。そのあと、カフェテリアで昼食を食べた。

子どもたちはこんなところでもピザ。私はパスタにしたが、くどくて、残りは次男が平らげた。夫はブリトーを作ってもらっていて遅かったので、私と子どもたちだけ先に会計を済ませて、会計のすぐ近くに席を見つけて、食べ始めた。

夫はなかなか来ない。多少並んでいたが、ブリトーでこんなに時間がかかるだろうか。食べ終わった次男に見に行かせた。ダディはいないという。今度は長男が見に行った。やはりいない。奥のダイニング・エリアにも見に行かせたが、いない。夫の携帯に電話させたが、ボイスメールにつながる(あとでわかったが、夫は携帯を家に置いてきた)。

こんな広いところでどうして迷子になってくれるのよ!

しょうがない、私が探しに行くわと思ったら、次男が「あっ、ダディが来た」と言う。夫は会計の横にいた私たちに気づかず、奥へ行って1人で食べ、食べ終わってこちらへ歩いてきたのだった。長男は隅っこにいた夫を見落としていたようだ。

私は怒る気力もなく、早く帰りたかった。なんだかゴタゴタ続きで落ち着かない。

しかし、方向音痴の私はどこに車を停めたのか、そこまでどうやって戻るのかもわからない。長男の後に従う。「おかあさん、ここ通ったじゃない? あれ見えたじゃん? ほんとに覚えてないの?」 覚えてません。

それでもなんとなくわかってきたところへ、夫が「おーい、本屋に寄ろう!」と呼ぶ。夫は本屋があったら、まず見逃さない。私はこれ以上本が増えたらいやなので、日本語で「何も買わないのよ!ダディに買わせちゃダメよ!」と子どもたちに注意した。

本屋といっても、大学名のついたトレーナーやらキャンディやら文房具やらで、ドラッグストアに見えた。次男はこんなところでイヤフォンがほしいと主張する。「長男君がぼくのを取ってって、ぼく無いんだよ」「返してもらえばいいじゃない「だって、長男君もいるんだよ。だから返してくれないの」「じゃあもっとうちに近いところで買って」とゴショゴショやっていたら、

「すみません! 日本人ですか?」と突然話しかけられた。女子学生だった。

「そうです。」と私。こういうとき、息子たちは神妙な顔をして黙る。

「わー、うれしい。ここの学生さんですか。」

「いいえ、college visit に来ただけです。」

「そうですかー。まだ3人しか日本人に会ってないんです。日本語が聞こえたので、日本の方かなあと思って。」と彼女は興奮して話す。「すみません。お邪魔してしまって」と立ち去った。


             *


夫は本を買わず、私たちは車に戻った。夫の案内で、無事にハイウェイに乗れた。私は真剣にGPS購入を検討せねばならない。

「本屋で日本人に会ったって子どもたちから聞いた?」と、余裕が出て、運転しながら会話ができるようになった私。

「へえ、何年生? 何を専攻してる子?」と夫。

「そんなの知らないわよ。日本人ですか、日本人には3人しか会ってませんって言って、すぐどこかへ行ったんだから。」

「それはきみが会話を続けてあげなかったからだよ。きっと日本人が恋しいんだよ。話し相手になってあげればよかったのに。」

なんで私が? 夫は私がそういうことがきらいなのを承知で言う。日本人と見ると、夫はやたらに私と引き合わせたがる。本当に迷惑である。

私は運転したのと迷ったのとツアーガイドの声が小さいのと寒いのとで疲れた。長男の専攻としては今日のB大学のほうがぴったりだが、大学そのものとしては先日のA校のほうがはるかにいい。

迷わずに、気候もよく、ランチに他のものを注文していたら、もっといい印象を受けたかもしれない。これでは「ドーナツとランチがおいしいから、この学校がいい」という次男とあまり変わらないか。

しばらく大学訪問の予定はない。

土曜日にA校構内を歩き回った筋肉痛が、火曜日になって出た。今回の疲れはまた3日後に現れると思う。大学選びは体力勝負でもある。


<今日の英語>  

She was partial to Chanel.
彼女はシャネルに目がなかった。


NYで殺された若い女性についての記事より。貧しいのに、小さい頃から贅沢なものが大好きだったという。ドラッグと売春で転落の人生だった。



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アメリカの「化粧水」

2011.02.24 (木)



うちの中の湿度を測ったことはないが、低めなのは確かだ。

真夏の数週間を除けば、戸外も乾燥しているところへ、ほぼ一年中エアコンまたはヒーターが作動している。

夫が暑がりでアレルギー持ちなので、「こんな快適な日にエアコン?」と思うが、しかたない。夫がいないときに、空気を入れ替え、猫のためにデックへ続くドア(網戸つき)を開けてやる。

私は日本に住んでいた頃は、ガリガリに痩せていた。そして、寒がりだった。

アメリカに移住して、だんだんここの気候に慣れたのだが、自分ではわからないものである。

結婚して5年くらいして、10月半ばに帰国したことがあった。湿度と気温でまいっていまい、母にエアコンをつけてもらった。高校生のときは電気毛布がないと寝られなかった私である。

まさか10月にこれほど暑く感じるとは、と驚いた。そして、アメリカに馴染んだんだなあと思った。

それでも、義父母の住む南カリフォルニアへ行くと、「ここはカサカサだわ」と思う。水着を外に置いておくと、何分も経たないうちにパリパリに乾く。そして、いつものどが乾く。いくら水を飲んでも、体から水分が蒸発していくような錯覚にとらわれる。そういうのも、住めば慣れるのだろう。

子どもたちがキンダーガーテンに入ってから、長期帰国は6月から8月の間だけである。(私が)年を取るに連れて、ますます体にこたえるようになった。

飛行機が成田に着陸したとたん、じっとりした空気が体にまとわりつく感じがする。温暖化のせいか、やはり私の感覚が変わったせいかわからない。私は乗り物がきらいで、飛行機から降りたらヨレヨレになる。弱っているところへ、高温・高湿・人ごみのトリプルパンチで倒れそうになるのだ。


             *


去年の10月に、アメリカに来て初めて電気毛布を買った。

電気毛布のスイッチを入れると、妹猫はカチッという音に反応して、私を見るようになった(ちょっと足らない兄猫は、電気毛布の存在自体わかっていない)。それまでも私のベッドで昼寝をしたが、今は確実に電気毛布が下に来るところを選ぶ。

人間は寝る前にだんだん体温が下がって、寝ている間は起きているときより低体温になるのが自然なのだそうだ。だから、電気毛布を付けっぱなしで寝ると、体が混乱するらしい。

それで私も寝る前に付けておいて、寝るときに消す。たまに昼間寒いときには、1時間くらいつけることもある。

快適なのだが、やはり乾燥するのだろう。毎年ひざから下がカサカサになるところ、今年は例年より乾燥度がひどい。かゆくて、知らない間にひっかいた跡もある。保湿クリームが欠かせない。

しかも、私は裸足が好きと来ている。

夏はもちろん、冬も家にいるときはほとんど裸足だ。むしろ夏のほうがエアコンで冷えて靴下を履く。灯油代節約と乾燥防止のために、室内温度は低めにしてある。夫や子どもが文句を言うと、ほんの少し上げる。

それでも冬の間、裸足でいられるのは、家の中が暖かいのだろう。気密性が高いせいかもしれない。


           *


腕や背中も乾燥しているはずなのに、なぜか膝の関節から足首までが一番カサカサになる。

私はわりとよく手を洗う。ご飯を作る人は誰でもそうだと思うが、野菜を洗うところから、肉を触ったり、汚れたお鍋を洗ったりして、片づけが終わるころには手の甲がかゆくなる。それで、バスルームに出しっぱなしのポンプ式ボディクリームをつける。

顔はあまり乾燥しない。それほど塗りたくっているわけでもないのに、もともと脂性が強かったからだと思う。年を取るに連れて、むしろちょうどよくなってきた。今が一番いいような気さえするのだ。老眼でよく見えないのはありがたい。

私は怠け者なので、「お肌の手入れ」なんて恥ずかしくて言えないくらい、手抜きである。

日本食料店で2本まとめて買った「ソフティモ 天然保湿コラーゲン配合洗顔フォーム(美容成分IN)」(日本の製品はほんとうに優秀で懇切丁寧である)で洗って、これもそのお店で買った「ビオレうるおい弱酸水Moisture Lotion」を手でペタペタと塗り、近所のドラッグストアで買った「OLAY Complete all day UV moisturizer SPF15 normal」を塗る。

朝はこれだけ。

夜も同じようなものだが、ビオレの化粧水は貴重なので、1日2回も使うのが惜しい。次回、日本食を買出しに遠征するまで持たせねばならない。

それで、夜はビオレのかわりに、ドラッグストアで買えるニベアのVisage Moisturizing Tonerを使う。

OLAY のローションはどこでも売っているが、夜はお日様に当たらないのでSPFは関係ない。朝晩同じのも芸がないと思い、CeraVe moisturizing lotion を使う。これもドラッグストアで買える、ごく普通のものだが、どこかのサイトでお勧めだったので、ためしに買ってみたら案外よかった。

土台がたいしたことないので、お金をかけてもしょうがないと思う。それこそ費用対効果の点で割りに合わない。一番の理由は、めんどくさいからなのだが。


             *


私がアメリカに来た頃はインターネットもなく、何かを探そうと思えば、自分の足でお店を見て回るしかなかった。

アフリカの奥地ではないので、ドラッグストアに行けばたいていのものは手に入った。唯一、本当に苦労したのは化粧水である。

化粧水を和英辞書で調べると、こんな英訳が載っている。

beauty wash
face lotion
lotion
skin refresher
skin toning lotion
toner

お店にいけば、なるほどそれらしいものを売っている。ともかく使ってみないとわからないので、私はいろいろ買ってみた。しかし、容器の説明を読んで「うーん」とうなってしまう。どうも日本の化粧水とは違う。違うが、それしかないならしょうがない。

たいていastringentと呼ばれる収れん剤が入っていた。保湿が目的ではない。塗るというより、不純物や油脂をふき取るために使う。すっきりするのだろうが、アルコールと一緒に肌の水分が蒸発するのがわかるくらいで、肌が強くない私にはきつすぎた。

アメリカ人の肌は強いんだなあと思った。

アルコール分のない化粧水はほとんどなかった。ニュートロジーナがAlcohol-Free Tonerを出していて、しばらく使ってみたが、どうも違う。なんだかべとつく気がした。

アメリカには日本の化粧水にあたる製品がないらしいことにようやく気付いた。

じゃあ、アメリカ人は化粧水をつけずに、直接ローションやクリームを顔につけているのだろうか。どうもそうらしい。

その後は、日本食料店で日本製のものを買ったり(輸入品なので高い)、帰国したときにまとめて買ってきたりした。

しばらくして、今使っているニベアのモイスチャライジング・トナーに出会った。ピンクの半透明プラスチック容器に入っていて、7ドル以下で買える。しかし、これはいつでもどこでも売っているわけではなかった。見つけると3本は買っていたのだが、そのうち店頭から姿を消した。ネットで調べたら、製造中止になったらしかった。

ニベアに手紙を書いて、「私にはこれしかないんです。ぜひもう一度売ってください」と直訴しようかと思った。

幸い、何ヵ月後かに姿を変えて、同じようなトナーが売り出された。パッケージのデザインも成分も少し変わったが、やはりこれが私が期待する化粧水に一番近い。アメリカではあまり需要がなさそうな製品なので、販売不振で生産中止にならないように、せっせと買うことにしよう。


            *


白人の肌はきめが粗いとよく言われる。

私も渡米前はそう思っていたが、なかなかどうして白人女性でも肌のきれいな人は少なくない。毛穴なんか1つもない、つるんとした肌。若い女性はもちろん、年を取っても、きめの細かい肌の持ち主を見かける。どういうお手入れをなさっているんですかと聞きたくなる。

カリフォルニアのような砂漠性気候にずっと住んだら、多少は傷みが早いのかもしれない。でも、アリゾナに住む姪っ子たちはそろってきれいな肌をしている。

肌の質を左右するのは遺伝だというのが私の持論である。よほど生活習慣が悪ければ、遺伝子の力にも限界はあるだろうが、生まれつき肌が丈夫できれいな人にはかなわない。

それを言い訳に、私はますます手を抜く。化粧水が少なくなると、化粧水は使わない。直接ローションを塗る。

もともと化粧水とローションの違いもよくわからない。化粧水を抜いても、実は何も変わらない気がする。しかし、長年、化粧水を使ってきたので、完全に止めるのはためらう。すっかり化粧品業界に洗脳されているではないか。

化粧水を手作りする人もいると聞く。なるほど原材料は水とグリセリンだから、できないことはない。そのほうが安くあがるだろうし、余計な香料や保存剤が入らないのもよさそうだ。

しかし、私は材料を調達して混ぜるのがめんどくさい。

毎日パックしたり美容液を塗ったり、きちんとお手入れする人から見れば、私はほとんど何もやっていないと同じだろうと思う。

私だってアイ・クリームとかパック(目と鼻のところが切り抜いてある日本製の優れもの)とか、少しは持っているのである。ごくたまに、つまり半年に1回くらい、出してみたりする。しかし、効果がない。続ければ違うのかもしれないが、私は諦めが早い。

もっと皺が増えて、切実になったら頑張れそうな気もするが、たぶんそのときにはもう遅い。それでやっぱり、「今さら遅いわ」と何もしない私が想像できる。


<今日の英語>  

I want to make sure that I have all my ducks in a row.
ちゃんと準備をしておきたい。


ある州裁判所の判事が週末の過ごし方を聞かれて。日曜日の夜に、必ずその週のお膳立てをしておいて、万全の体制で臨むのだそうだ。文字通りには、自分のアヒルをすべて整然と並べる。



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天変地異

2011.02.25 (金)



ニュージーランドで地震が起きてから72時間経った。

NYタイムズでも報道してはいるが、もう一面には出ていない。

アメリカにとっては、中近東での反体制デモやウィスコンシンの州公務員デモ(両者はいろんな意味でまったく違うのに、なぜか同一視したがるジャーナリストがいて鼻白む)のほうが切実な問題だ。

地震に巻き込まれたアメリカ市民があまりいないのかもしれない。

日本人犠牲者はかなりいるらしい。朝日新聞では今朝もトップニュースだった。

すでに生存者の捜索を断念した現場もあるという話に、たった72時間で見捨てるのかとちょっと驚いた。統計的にそれ以上の時間が経過して無事に救出される人が少ないのだが、もし自分が埋まっていたら無念である。

語学研修中に被害に会った人たちは「英語がやりたい」「英語を話せるようになって海外に住みたい」と言っていたという。

私もその昔、同じような憧れを抱いていたなあと思い出した。もっとも、私は留学どころか、海外旅行をする勇気すらなかった。夫に会うまでパスポートも持っていなかった。

ワーホリでNZに滞在していた人も大勢いたのだそうだ。私は、ワーホリといえばオーストラリアかカナダを想定していて、NZにそれほど人気があるとは知らなかった。NZは地震が多いということも知らなかった。

私は半世紀近く生きてきて、大きい地震に遭遇したことが一度もない。

ニューヨークでは地震はほとんどない。でも、旅行嫌いの私が唯一出かけるところが地震の多い日本と義父母の住むカリフォルニアなので、確率は高いはずだ。

子どもたちを連れて帰国の準備をするとき、「もし日本にいる間に大地震が起きたらどうしよう」とふと思う。私は人生にあまり未練がないほうだが、子どもの一生が短いのは惜しい。でも、そんなことで取りやめるわけにいかない。たいてい旅行のしたくの忙しさで、悩む時間はなくなる。

そして、日本にいる間、地震のことなんかこれっぽっちも考えない。たまに防災無線からピーピーとテストする音が聞こえて、いつ大地震が来てもおかしくないんだなと改めて思う。

実家の母は、非常食や避難袋の準備は何一つしない人である。もし地震が来たらどうするのと聞いたら、「ハイ、それまでヨ。」


            *


私はよくNPRラジオをつけているのだが、定時のニュースで地震レポートが流れるとドキッとする。

英語ではたいていこんな風に始まる。

There was an earthquake...
A major (powerful, strong, big, etc.) earthquake hit...
A 6.3 magnitude earthquake struck...

「どこで?! まさか東京? カリフォルニア? どこか言って!」と不安がよぎる。ほんの1、2秒足らずのことだが、場所がわかるまで緊張する。

日本語ではおそらくこういう言い方をする。

「今日午後xx時頃、xx地方で地震がありました。震度はxx、震源地はxx。津波の心配はありません」

「地震がありました」の前に場所を教えてくれる。

"In Tokyo, a big earthquake hit.." と最初に場所を特定しても文法的に間違いではないが、なぜかその語順では聞かない。

それで、アナウンサーが場所のところを読むまでもどかしいのだ。


             *


私は環境問題にあまり関心がない。

スーパーに行けば、ビニール袋や紙袋をもらう。天然素材の洗剤やオーガニックの野菜は素通りする。暑ければエアコンを入れる。無駄に広い庭で、トマト1つ作らない(作れないというほうが正しい。それに、鹿やリスのサラダバーになると思うと、あほらしくてやっていられない)。

あまり外出しないので、ガソリンは普通の人より使用料が少ないだろうと思う。町のリサイクル・プログラムでは、缶とガラスビンとプラスチックボトルと新聞・ダンボールという4種類の大雑把な仕分けしかしない。

自然現象にはもともと興味がないが、溶け出した氷の上に取り残されている困った顔をした白熊の画像を見て、可愛そうにと同情する。オゾン層に空いた穴が大きくなっていると聞いて、日焼け止めを忘れないようにしようと思う。

その程度である。

しかし、なんだか変だなと思うことが増えた。

猛暑、大雨、旱魃、台風、大雪、いろんなことが極端になってきた気がしてならない。夏の気温は異常に高く、雨が降ると洪水になり、雨が少ないときはひどい旱魃になり、雪が降るときは豪雪で立ち往生する。

異常気象は昔からあったのかもしれない。今はインターネットで情報が逐次流れるために、目立つだけかもしれない。

それにしても、正常値がゼロとすると、昔はプラスマイナス30あたりに留まっていたのが、今はプラスマイナス60くらいに大きく振れているような感じがするのだ。


                  *


私が一番憂うのは食糧危機と水不足なので、天候不良で農作物の出来が悪いというニュースを聞くと不安になる。

アメリカのスーパーで陳列棚が空っぽになるなんてことはない。品質はともかく、いつでも食べ物があふれている。それでも、フロリダとカリフォルニアの天候によっては、イチゴが1パック5ドルもして驚く。「生産地の天候不順で来月まで品不足が予想されます」と張り紙がしてあったりする。いくら機械化しても、やっぱりお天道様のご機嫌次第なのだ。

いよいよになったら、私でも裏庭でジャガイモくらい育てられるかもしれない。

しかし、私は「あなたでも絶対に育てられる。ほとんど何もしなくても大丈夫」という観葉植物やサボテンまであっさり殺してしまうくらい園芸の才能がない。スーパーで野菜を買うと、不ぞろいで見かけの悪いものであっても、野菜を作ってくれる人がいてありがたいとつくづく思う。私みたいな人間だけだったら、人類はとっくの昔に絶滅している。

家庭科では、ちまちましたサラダの作り方でなくて、まず玉ねぎやにんじんの育て方を教えるべきじゃないだろうか。


<今日の英語>  

Try to put it out of your head.
それは忘れるようにしなさい。


「よく吠える犬の隣に住むのは、ジャックハンマー(削岩機)の隣に住むのと同じだ」という新聞記事の入った無記名の封筒を受け取った飼い主。「こんな失礼なことをしたのは、近所の誰かわかっている。どうやって対決しようか」と憤る人に、「そんないやな考えは頭から払いのけて、ご近所さんに謝罪し、犬の訓練士に予約しなさい」というアドバイス。



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レシピ: チキン・マルサラ

2011.02.28 (月)


=== 簡単レシピ その18 ===
 チキン・マルサラ  

 
  1. ボウルに小麦粉1/4カップ、塩小さじ1/2, 胡椒小さじ1/4、乾燥オレガノ小さじ1/2を入れて混ぜる。
  2. 鶏の胸肉3~4枚を1口サイズに切り、1をまぶす。
  3. 大きめのフライパンにオリーブオイル大さじ2とバター大さじ1を熱し、鶏肉の表面がまんべんなくキツネ色になるまで焼き、いったんお皿に取り出す。
  4. 同じフライパンにマルサラ・ワイン1/2カップ、シェリー酒1/4カップ、チキンストック1カップを加える。
  5. 薄切りにしたマッシュルーム6個分を入れて、煮立たせる。
  6. 鶏肉をフライパンに戻し、ふたをして、ときどき混ぜながら5~6分煮て、火を通す。
  7. コーンスターチの水溶きを加えて、とろみをつける。

  • アメリカの1カップは240cc
  • 鶏肉を切らずに、薄くたたき延ばして焼いてもよい。
  • 鶏肉やマッシュルームの量は適当。


             *


うちのご飯はマンネリで、しょっちゅう同じものが食卓に登場する。

誰も文句は言わないが、たまには変わったものを作ろうとレシピを探す。そうやって努力はしても、うちのメニューとして定着するのはごくわずかである。手間がかかったり、火加減が難しかったりで、1回限りで終わったものが多い。

このチキン料理は去年初めて作ったばかりだが、その後1ヶ月に2回は作っている。珍しいヒットとなった。

きっかけは、ピザだった。

うちの近所にはピザ屋が多い(なぜかチェーン店はない)。どこでも同じようなものだが、チキン・マサラがのったピザを売るのは1軒しかない。

いつもペペロニやソーセージを頼んでいた夫がメニューにチキン・マサラがあるのに気づき、試しに注文してみた。

もともと夫はインド料理が好きで、町に唯一ある本格的と名うったインド・レストランに行きたがる。私も子どもたちもインド料理が苦手なので、最後に行ったのは10年前。マサラと聞いて、子どもたちは食べないかもしれないなと思った。

ところが、長男も次男もおいしいと言う。マッシュルームもたくさん入っていて、長男はキノコがあまり好きではなさそうだったのに、パクパク食べた。それからはピザといえば、きまってチキン・マサラ・ピザになった。


           *


しかし、このトッピングはかなり割高で、私は自分が食べられないのもあって、もったいないと思った。

ちょうどその頃、私はピザ用の丸い天板を買った。厚みといい、穴がたくさん空いているのといい、やっと理想どおりのが見つかった。

私はシーフード・ピザが食べたいのに、ここらへんのピザ屋は作ってくれない。自分で作るしかない。それに、ピザは材料のわりに、テイクアウトは高い。取りに出かけるのも億劫だし、ガソリンが無駄になる。

ピザを自分で焼く理由はいくつもあるのだ。

最初はピザ生地もフードプロセッサーで作った。まあ、こんなもんでしょうという出来で、夫も子どもたちも絶賛したが、点数の辛い私は不満だった。後片付けもめんどうだし、今はほとんどお店で出来合いの生地(1枚99セント)を買う。

そして、生地をのばし、外側2センチ幅くらいに薄くオリーブオイルを塗り、削ったモッツアレラチーズを少し広げて、チキン・マサラを適当に散らし、またモッツアレラチーズをのせて、450度で9分焼く。

もっとも私は鶏肉も食べないので、チキン・マサラがどういう味だかわからない。鶏肉とマッシュルームさえあればできるし、簡単なのに夫や子どもたちには受けがいいというそれだけの理由で作る。

たいてい作った日はペンネにかけて出し、翌日はピザのトッピングにしている。


            *


偏食の私は、インド料理も苦手である。

私が肉を食べないと知って、それじゃあとインド・レストランに連れて行こうとする人がいて困る。メキシコ料理よりは口に入るが、私の舌は応用が利かない。エキゾチックな風味を受け付けないのだ。

私が食べられるカレーは、あくまでも日本のメーカーが出しているカレールーを使ったものであって、複雑なスパイスを組み合わせるらしい本家本元のインドカレーはたぶん食べられない。

・・・と、ここまで書いて

「もしかして日本ではチキン・マサラではなくて、マサラ・チキンと呼ぶかもしれない。あるいは、他の名前が一般的なのかもしれない」と思って、チキンマサラで検索してみた。

そうしたら、「きょうの料理」のページが一番上に出た。やっぱりチキン・マサラでいいのかとうなずいたものの、検索結果がどうもおかしい。

まず料理の写真がピザ屋あるいは私が作るのと比べて、とても赤茶けている。まあ、いろんなバージョンがあるんだろうと思ってよく見ると、「本格インド風チキンカレー」「スパイスを使いこなした」といった言葉が並んでいる。

私はそれまで日本語でこの料理のレシピを探したことはなかった。

Chicken Marsala
で英文のレシピを探し、自分好みに変えたのだ。テイクアウトしたピザから、だいたいこんなものだと理解はしていた。実際、作ったものもピザ屋のと似ていた。

 
            *


今回、このレシピを載せるにあたって、私は重大なことに気がついた。

これはインド料理のChicken Masala チキン・マサラではなくて、イタリア料理のChicken Marsala チキン・マルサラ(またはマーサラ)である。

よく考えたら、イタリア料理に決まっている。オレガノが入っているし、田舎のピザ屋がトッピングに採用している。それなのに、私は自分が作っていたのはインド料理だとぼんやり考えていたのだ。まったくつじつまが合わない。

ずっと昔(子どもが生まれる前の話)、"Mississippi Masala" という映画を見た。インド系女性と黒人男性(デンゼル・ワシントン)の異人種間の恋愛を描いた作品である。

もうストーリーは忘れたが、映画のタイトルだけは覚えていた。そして、マサラ=インドという図式が私の頭に刻みつけられたらしい。オレガノやオリーブオイルが登場しても、イタリアには結びつかなかったらしい。

思い込みというのは恐ろしい。

調べてみたら、インドのチキン・マサラは十種類以上ものスパイスを使い、ココナッツミルクを入れたり、鶏肉をヨーグルトにマリネしたりと、とても私のような怠け者には作れない複雑な食べ物だった。

イタリアのチキン・マルサラだって、本格的に作ろうと思えば大変なのだろうが(他のイタリアンスパイスやレモンなどを入れる人もいる)、私はこんな手抜きでごまかしている。

そして、「イタリア料理だったのか!」とまだショックから立ち直れない。明らかなイタリア料理をインド料理だと思いながら、半年以上も作っていた自分に対するショックである。




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