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まさかのクルーズ計画

2011.01.01 (土)



子どもたちがグランパとグランマにクリスマス・ギフトのお礼を書いたが、まだ返事がないという。

ちょっと気になり、私からもお礼を言わねばと、義母の携帯に電話してみた。呼び出し音は鳴ったが、まもなくボイスメールにつながった。そこにメッセージを残し、今度は自宅の電話番号にかけた。

自宅にかけて、もし義父が出たら困る。先日、義父からかかってきた電話を受けたら、私を夫だと思ったらしい。それくらい聞こえていないのだ。

しかし、それは杞憂で、すぐに義母が出た。私が尋ねるより先に、「子どもたちからメッセージをもらったわ。まだ返事してないけど。」と明るい声がした。

「お礼が伝わっていたなら、それでいいんです。ありがとうございました。」と私。

それで切るのも悪いと思って、クリスマスはどうだったか、こちらはブリザードだがカリフォルニアの大雨と土砂崩れは大丈夫か、同居しているアンドリューはいつ戻ってくるのかなど、いろいろと質問をした。


                 *


彼女は話すのが好きなのだ。この間は義父のオムツの件で文句タラタラだったが、なぜかその話は出ない。かえって彼女のストレス・レベルが気にかかる。

「フィジカル・セラピーはもう始まったんですか。」と水を向けてみた。

「今日が初日だったの。立ったり歩いたりするときに、バランスが崩れるみたい。ともかく、歩かないとだめなのよ。あの人は、椅子に座ったらそれっきり動かないんだから。」

私もソファやベッドでゴロゴロするのが好きなので、86歳になったらもちろん動かないだろうなと思いつつ、「私も同罪です。」と冗談めかして言った。

「あなたもそうね。」とはっきり言われた。でも、悪い気はしない。彼女はカラッとしていて、私みたいに根に持たない。だいたい私が外出嫌いで、寝そべっている時間が長いのは事実なのだ。

「オムツのほうはどうですか。昔より品質はよくなっていると聞いたんですけど。」と話題を変える。

「品質は悪くないの。その中に入ってる人間の問題なのよ。」 

やっぱり状況は同じらしい。私に愚痴をこぼしたいならそれでもいいが、もっと彼女の好きそうな話のほうがよさそうだ。彼女の娘たちや他の孫たちの近況を尋ねた。

夫の弟一家はアリゾナ州に住んでいるが、コロラドまでスキーに行ったのだそうだ。「クリスマスに贈り物をしたんだけど、まだ返事がないわ。受け取ったかしら。」とリンがいぶかったので、「コロラドの空港で足止めをくらっているのかもしれませんよ。」と気休めを言ってみた。

「そうね。ほんとにそうかもしれない。届いてることは届いてると思うの。」

だんだん話題が尽きてきた。ルーマニア人のことは言えない。


           *


私との会話を、そばにいるらしい義父へ伝えている様子が聞こえた。

私にはフィジカル・セラピーの効果は疑問だったが、80過ぎの老人にはどうなのだろう。ここ2年ほど、義父はふらついて顔や頭をぶつけ、ERに担ぎ込まれるようになった。

「フィジカル・セラピーはどういうことをするんですか。筋力トレーニング?」とリンに別の質問をした。

「歩く練習はしているの。そうやって少しずつ力を取り戻して、バランス感覚も鍛えるんだと思うわ。今のままじゃ困るのよ。だって、来年は Panama Canal のクルーズに行くんだから。」と義母はごく自然に言った。

クルーズ? 来年? 誰が? 何の話? 

パナマは、太平洋とカリブ海をつなぐ運河だ。西海岸からそんな遠くまで、何をしに行くんだろう。第一、こういう状態の86歳(夏には87歳)の義父をどうやって連れて行くのだ。

「パナマ運河のクルーズですか。」 平静を装いつつ、半信半疑でおうむ返しに聞いた。

「そうなのよ!おもしろそうでしょ!だから、しっかり歩けるようになってもらわなくちゃ。」

確かに義父母は旅行が好きだが、車椅子とオムツが必需品になってもやっぱりそれは楽しみなのか。

出不精の私には想像できない。私はクルーズにも興味がないし、第一、何日も船に揺られてあちこちへ移動し、島に下りるとき以外は船に監禁状態なのもいやだ。

もう何年も前の話だが、「あなたは飛行機も車もきらいで、移動も荷物を持つのもいやなんでしょ。クルーズはね、そういう人にピッタリなの。船室に荷物を置いていけるし、港から出発だし、船には何でもあるの。食べ放題よ。ロシアが好きなの? ロシアのクルーズもあるわよ。」とリンが私を説得しようとしたことがあった。

いや、私は家にいるのが一番好きなんです。船酔いもするし、どうも足が地面についてないとだめなんです。船室も酸素が足りない気がして、呼吸困難になりそう(口には出さなかったが、他の船客と狭いところにずっといっしょだなんて、ごめんこうむる。食中毒もいやだ)。

義母はあきらめたようだった。


            *


今度のパナマ運河クルーズがどこまで具体的な計画なのかわからないが、義父がそれを目指してがんばろうと思い、義母もそれを楽しみに毎日を過ごせるなら、私がとやかく言うことではない。

電話を切る前に、「私たちに何かできることがあれば、いつでも言ってください。」と義母に申し出た。

"Call more often." (もっと電話して。)

あとで夫にリンと話したことを伝えると、「パナマ・クルーズ? そりゃいいね! 父はずっと行きたがってたんだよ。ぼくもおもしろそうだと思う。きみは行く?」と夫。

「いいえ、結構。それより、オムツとか足腰とか心臓とか、旅行して大丈夫なのかしら。今日からフィジカル・セラピーが始まったんですって。」

「旅行に行きたいと思えば、それくらい何でもないよ。」 

夫はさすがに私より旅行好きだが、四捨五入して90歳でクルーズに出る姿は想像できない。

「もっと電話してってリンが言ってたわよ。」

You should. 彼女はきっと寂しいんだな。きみのことが好きだから、きみと話すのはうれしんじゃないかな。」

You って何よ。自分は電話しないつもり?

「でも、あなたとしゃべりたいと思うのよ。なんといっても、自分の夫の実の息子でしょ。いろいろ相談したいこともあるんじゃない。」

夫はことあるごとに、リンが私を気に入っていると言う。怠け者で外出嫌い、偏食で偏屈な私を気に入るはずはない。アメリカ人のお得意の単なる社交辞令として流す。

「いや、ぼくが電話すると、リンは父とも話させようとするんだ。そうすると聞こえないから、大変なんだよ。」

「リンとだけ話せばいいじゃない。お父さんとはメールすれば。」 ルーマニア人とチャットする時間があったら、父親にメールくらい書けるでしょ。

それにしても、クルーズとは驚いた。

義父母のように、他の土地への好奇心が旺盛で、パイオニア精神と行動力のある人たちがこの国を開いてきたんだなあとつくづく思う。

メイフラワー号でプリマスにやってきたのが私みたいな連中だったら、いまだにマンハッタン島にすらたどり着けなかったかもしれない。でも、そういう人間は、たぶん最初からアメリカ行きの船なんかに乗らなかったのである。


<今日の英語>

Reschedule the appointment two weeks out.
予約を2週間先に変更してくれ。


今年最後の歯医者をまたドタキャンした夫。前日に確認したのに、朝こんなメモがカウンターに置いてあった。体調が悪いという言い訳つき。もしまたキャンセル料を取られるなら、私が運転して引っぱって行くつもりだったが、歯石除去後の状態をチェックするための単なるフォローアップだったらしく、「おかげんがよくなったら、またお電話ください。」で放免となった。
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<今日の英語> 2010年12月掲載

2011.01.02 (日)



12/1/10
It will get you over the hump.
それで難関を乗り越えられますよ。

12/2/10
That's not the only game in town.
他にも注目すべきものがある。

12/5/10
That was a nail-biter.
あれにはハラハラさせられたよ。

12/7/10
I'm with you.
同感です。

12/8/10
There is not much wiggle room.
あまり余裕がありません。

12/9/10
I have this thing about fresh newspapers.
配達されたばかりの新聞にこだわりがある。

12/11/10
The anesthesia did not seem to take.
麻酔が効かなかったみたいだ。

12/14/10
Stay warm.
暖かくして過ごしなさいよ。

12/15/10
I think that’s supposed to be off.
消すことになっていると思うのですが。

12/18/10
I'll do it another time.
また今度にします。

12/20/10
The genie is out of the bottle.
もう取り返しがつかない状況になった。

12/22/10
It hit just the right spot.
申し分のない食事だった。

12/25/10
I would reduce the salt to one teaspoon.
私なら、塩を小さじ1杯に減らします。

12/26/10
We are holding our own.
負けずに持ちこたえています。

12/27/10
A big snow storm is ahead of us.
そのうち大雪がやって来るよ。

12/29/10
This is just a lawsuit waiting to happen.
これでは、いつ訴訟を起こされてもおかしくない。

12/30/10
Sorry, but I was next.
すみません、私の番なんですけど。

12/31/10
I think it's just more of the slippery slope.
危険な道に踏み込んでいくだけだと思う。



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解放!

2011.01.03 (月)



クリスマス・イブから始まった10日間の Holiday Recess がやっと終わり、今日から学校が再開した。

New Year's Day だけが休日なのだが、今年は1月2日が日曜日だったため、3日始業となった。

私は子どもたちが家にいるだけでエネルギーを吸い取られるので、彼らが出かけて玄関のドアが閉まったとたん、「バンザーイ!」と叫びたいくらい、開放感でいっぱいになった。長男にかまわれ過ぎてストレスがたまっていた猫たちも、ヤレヤレという顔をしている。

他の長い休暇のあとでも似たような気分になるが、クリスマス休暇のあとは、「これでホリデーが終わった」という安堵感もあって、特にうれしいのである。

ホリデーらしいことはたいしてやらない私も、ハロウィーンの頃から忍び寄り、感謝祭で正式に突入した長いホリデー・シーズンは心身ともに疲れる。

それが、年が明けて子どもたちが登校すると、めでたく終わる。

学校が始まれば始まったで、お迎えなどめんどうなことはあるのだが、数日間は晴れ晴れした気分になる。

しかも、今日は快晴。

ブリザード以来の雪があちこちに積もっていて、気温は低いが、太陽の光がなんとなく春めいている。

冬至を境に、だんだん昼間の時間が長くなるのもうれしい。あと2ヶ月ちょっとで3月。そうしたら、春はもうすぐなのだ。特にがんばるべきことは何もないのだが、がんばれる気がする。


           *


今年もお餅がなかった。

年越しそばの代わりに、私だけラーメンを食べた。

子供たちはお年玉を知らない。アニメで見たことはあると思うが、一度も日本の正月を体験したことがないので、ピンとこないらしい。

おせち料理は昔から好きではないので、恋しくない。日本にいたときも、除夜の鐘とも初詣とも縁がなかった。ウィーンフィルのニューイヤーズ・コンサートを聞くだけだ。もはや、どこに住んでも同じか。

大晦日・元旦の気分は皆無で、なんとなく2011年になった。車を運転していて、気がついたら隣の州に入っていたというのと似ている。

一番意識するのは、小切手の日付を書くとき。これも毎年のこと。


           *


年末に大掃除の真似事をしてみたが、ものを捨てられない夫がいるかぎり、むなしい努力となった。

一番片付いたのは、次男の部屋。やはり去年、物を減らしたのがよかった。長男の部屋には物が多すぎる。棚が多いのもよくない。夫と同じで、物にセンチメンタルな価値を求める長男は、あれもこれも取って置きたがる。

休み中にどうにかしたかったのだが、全員が風邪気味であきらめた。

私の部屋にも着手した。でも、終わる前に、年が明けてしまった。

本棚もテーブルも地下室へ動かそうと思う。本棚の中身は、本よりもバインダーや箱のほうが多く、テーブルはぜんぜん使わない。つまり不要なのだ。なくても暮らせる。

テニスのときだけつけるテレビは年代物で、やたら重く、大きい。いつ壊れてもおかしくない。実際、何度か突然画像が消えたりしたが、そのたびに息を吹き返した。複雑なコンピュータが入っていないだけ、長持ちするのだろうか。毎日テレビをつけたら、早く壊れるかもしれないなどと罰当たりなことを考える。

レターセットなど、おそらくもう出番のないものがいろいろ出てきた。しかし、私はケチなので、捨てるには惜しい。何十本もあるペンも邪魔だ。また救世軍に寄付したいが、夫がごちゃごちゃ言いそうだ。夫の物への執着は死ぬまで直らない。

本当に必要なものだけに囲まれて暮らせたら、さぞかし精神的にも解放されるだろうに。

せめて私の持ち物だけでも減らそう。最近は物を捨てるのもそう簡単ではないのだが、とりあえずしばらくさぼっていた「一日に一つ、物を捨てる」運動(?)を地道に再開することにした。

【関連記事】
一日に一つ、物を捨てる 2010.07.30


<今日の英語>

I make no bones about loving television.
テレビ好きなのを隠したりしません。


あるHBOファンのインタビューより。「日曜日の夜は、I'm glued to the set (テレビにくぎ付け)。他人がどう思おうと、私はテレビが好きだからためらわずに言います。」 語源はよくわかっていない。骨は犬にとって争いの元になる、あるいはスープの中に骨があると飲み込みにくい(でも自分は平気だ)など、諸説あり。



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レシピ: ポップオーバー

2011.01.05 (水)


=== 簡単レシピ その17 ===
 
Popover ポップオーバー 
 
  1. オーブンを400°F(200℃)に暖める。
  2. 無塩バター大さじ1を電子レンジで45秒ほど加熱して溶かす。
  3. ボウルに卵を2個割り入れ、砂糖大さじ1と塩小さじ1/4を加えて泡だて器で少し泡立つくらいしっかり混ぜる。小麦粉1カップと牛乳1カップを入れて、さらに混ぜ、2の溶かしバターを加えて滑らかになるまで混ぜる。
  4. 溶かしバターの器に残ったバターを手でマフィン型に塗る。足らなければ、室温のバターで補う。
  5. 型の半分まで3を入れて【追記参照】、400°Fで15分焼く。
  6. 温度を350°F(180℃)に下げて、さらに15分焼く。
  7. 焼きあがったら、型からはずして網に載せる。

  • この分量で、アメリカの標準マフィン型(2.5 インチ)12個分  【追記: 型の3/4まで入れて9等分にしたほうがちょうどいい感じになる】
  • アメリカの1カップは240cc。
  • 卵は Extra Large を2個使用。Large では、膨らみがやや足らない。
  • Large またはMedium の卵の場合は、3個使って、小麦粉・牛乳とも50cc増やして調節する。卵味が強く、膨らみ過ぎるくらい膨らむ。
  • 砂糖を多めにすると、膨らみやすい。
  • 手早く混ぜ、すぐにオーブンに入れるのがコツ。


             *


クリスマス・イブに初めて作って、なんだか妙に受けたPopover。その後いろいろ試してみて、このレシピに落ち着いた。

クリスマス当日の夜にも翌朝にも作った。私は同じものを何度も続けて作る、ちょっと凝り性の傾向がある。

3日も続いたので、子どもたちも夫もさすがに食傷気味かと思いきや、作る一方から消えた。しまいには「1人2個まで」という配給制にした。そうしないと、私の口に入らない。

ポップオーバーの歴史は19世紀半ばまでさかのぼり、検索すると山ほどレシピが出てくる。アメリカ発祥の食べ物ではあるが、元々はイギリスの Yorkshire Pudding (イギリスの料理名はややこしい。これはどう考えてもプディングではないと思う。そもそもプディングの定義が違うのか?)なのだそうだ。その昔は肉から出た油を混ぜていたらしい。

主材料は小麦粉と卵と牛乳で、ありとあらゆるバリエーションがある。

たとえば、多めの塩だけで砂糖は入れない、バターは大さじ2または3、卵は3個あるいは卵白だけで4個、ハーブやチーズを入れる、など。


            *


アメリカのサイトでは、全部の材料をフードプロセッサーかブレンダーに一度に入れて攪拌するレシピも多かった。

私も最初の2回はフードプロセッサー方式を採用した。しかし、これっぽちの材料を混ぜるだけなのに、洗うものが多くてあほらしくなった。それで、ボウルと泡だて器1本にした。できあがりは同じだった。

型に流すのも、最初はお玉を使ったが、今はボウルから直接注ぐ。トロトロしているので、簡単にできるし、洗うものは一つでも減らしたい。

分量や混ぜる順番もいろいろなら、焼き方もレシピによって違う。

最初から最後まで400度で30分、あるいは350度で40分など。型を余熱する人もいる。できあがったら、ナイフで切れ目を入れて、中の熱い空気を逃がすようにという指示もあったが、せっかくのふくらみがつぶれるし、めんどうなので途中でやめた。

それぞれ根拠があるのかもしれないが、ほとんど好みの問題ではないかと思う。どうやって作っても、それなりのものができそうな気がする。

もう7回以上作ったが、同じように作ったつもりでも、そのたびに出来上がりが違う。しかも、同じマフィン型で同時に作っても、12個のふくらみ具合はいろいろなのだ。


            *


ベーキング・パウダーもベーキング・ソーダも入れないし、適当な分量なので、レシピというほどのこともない。

しっかり油がしみこんだ型なら、バターを塗らなくてもたぶんくっつかない。ポップオーバーの型は、昔日本でよく見たプリン型に似ていて懐かしい (写真は Chicago Metallic 社の製品)。
popover pan
焼きあがったポップオーバーは中が空洞になるのが特徴だが、そうならないこともわりとある(上の写真がまさにそれ。日本ならもっときれいな出来上がりを製品カタログに使うだろうに、いかにもアメリカらしい)。中身が詰まっていても、それはそれでおいしい。むしろ得した気分になる。

もうちょっと甘くしたら、シュークリームの皮の代わりにもなりそうだ。

popover は、文字通りには「跳ねて飛び越す」。コックさんの帽子みたいに、型からモクモクと飛び出して膨らむところから名づけられたらしい。

マフィン型ではそこまで行かない。でも、これだけのために専用の型を用意するのも、無駄にものを増やすだけなので買わない。

パンケーキと似たような材料ではあるが、付きっ切りでフライパンで焼くのと違って、オーブンに入れたらあとはほったらかしなのがいい。それにパンケーキはお腹にもたれるが、ポップオーバーは軽い。

そのためにたくさん食べてしまうのが唯一の欠点である。


<今日の英語>

I can barely taste it.
ほとんど味がしない。


蜂蜜入りの紅茶がほしいという夫に、注文どおりのものを届けたが、蜂蜜が少なかったらしくクレームがついた。自分でやれば?



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2150ドルの申告漏れ

2011.01.06 (木)



IRS(国税庁)から封書が来た。

何も悪いことをした覚えはなくても、政府機関からの手紙はうれしくない。なぜか決まって分厚い。

開けてみると、3つに折りたたんだ数枚のものが3セット入っていた。2009年度の納税申告で、投資会社Sでの2150ドルの配当金が Qualified Dividends としては正しく申告してあったが、Taxable Dividends としてはゼロになっていたと書いてある。

「該当する税金は345ドル、支払い遅延に伴う利息が11ドルで、合計356ドルを1月26日までに支払いなさい。」

こういうことは初めてではない。

払い足らなかったときも、払い過ぎのときもあった。

払い過ぎで税金が戻ってきたときは、IRSからの小切手をすぐさま預け入れた。政府からお金がもらえるなんてことはめったにない。先方が「やっぱり間違いでした」と心変わりする前に、さっさともらっておくに限る。

不足していたときは、本当にIRSが間違っているかを昔の書類を引っ張り出して確かめねばならない。だから、税金の書類は捨てられない。IRSはtax return (納税申告書)の書類は3年間保存してくださいというが(IRSでは6年間保存する)、私は21年分全部取ってある。

IRSは、「あなたの計算はこうで、それはここがこのように違っていて、正しくはこうで、すなわちあなたはxxドル少なく算出した」という表を送ってくる。

2009年度分の申告について、2010年12月27日の日付の書類が来たということは、かなりのスピードアップである。昔は2年以上を要していた。

 
         *


私はすべてオンラインでやっているので、銀行や投資や税金の書類はパソコンに入っている。

とりあえず2009年度の納税書類を出してみたが、2150ドルという数字はどこにも見つからない。IRSの話と違って、Qualified Dividends にも出ていない。

S社の2009年12月の明細書を見ると、確かに2150ドルの配当金はあった。ところが、納税のための書類 1099-DIV がない。1099-B はあったので、そちらはちゃんと申告した。

それで思い出した。

1099書類は、ふつう1月末にすべて顧客に出すはずが、S社はなぜか2月になっても揃わなかった。通知もいい加減だった。他の投資会社との合併もあり、もともと不親切な会社だったので、S社の口座はその後まもなく閉じ、他に移した。

私はおそらく1099-B が来たところで、DIVを待たずにファイルしたと思われる。投資会社はIRSにすべて報告するので、数字が合わない場合はすぐに見つかる。

私は隠していたのではないが、これは戦う意味がない。請求どおりに小切手を切ることにした。

夫も私も、IRSがよっぽど明らかなミスをしたのでない限り、さっさとお金を出して終わらせるほうを選ぶ。支払いが長引けば利息が増えるだけだし、裁判沙汰になっては面倒だ。

私はアメリカ市民ではないので、当局とのいざこざは避けたいのである。


          *


しかし、アメリカは民主主義の国ということになっている。

今回の追徴金に関する「あなたの権利と義務」を長々と解説した7ページの書類が同封してあった。

返信用フォームには2種類ある。1つは「払います」。もう1つは「払いません」。

「支払います」の中に、オプションが3つある。「すべて同意」「部分的に同意」「まったく同意しない」。

IRSの言い分に反対でも、これ以上利子を増やさないためにまず払うだけは払うという人もいるのだ。そして、最終的にはお金を返してもらおうというやり方である。

次のセクションには、さらにオプションが2つあって、「全額払います」と「xxドル払います」。

全額払わない場合の理由としては、「自分が同意した金額だけ払います」と「一度に払えないので、分割払いにしてください(このために別の書類提出が必要)」を選択する。

裏面には、夫と私の署名欄がある。これはオンラインではできないので、夫にもサインさせた。「去年はいくら戻ってきたんだっけ?」と夫。数字に弱い私は覚えていない。

うちはそれで一件落着だが、「払いません」の人は終わらない。

IRSの指摘した修正箇所に関して、やはり3つのオプションがあり、「すべて同意」「部分的に同意」「まったく同意しない」。

支払いをしない理由として、次の3つから選ぶ。

「すべて同意だが、全額を分割して払いたい」
「部分的に同意するので、xxドルを分割して払いたい」
「まったく同意しないし、今の時点では支払わない」

他人事ながら、最後のオプションの人はとことんIRSと戦うつもりなんだなあ、と感心するやら同情するやら。

私だって払いたくないが、どうみても今回は私のミスだ。連邦政府のほうで修正が入ると、たぶんニューヨーク州の税金にも影響する。そちらからはまだ通知がない。


             *


NYタイムズに税法改革の話が出ていた。

税法の文書は、2001年には140万語だったのに、2010年2月には380万語と3倍近くに増えている。

アメリカ人は毎年61億時間もタックスリターンに費やす。それは、300万人がフルタイムで働くのと同じ時間なのだそうだ。連邦政府ですら、210万人のフルタイム公務員しかいなので、どれくらい膨大な労力がかかっているかよくわかる。

うちは単純な家計なので、タックスリターンもまあ簡単なのだが、離婚してチャイルド・サポートを払っていたり、自宅でフリーランスをしていたり、自己破産していたり(それでも税金は払うのだろうか?)、いろいろな事情が絡むと、本当にややこしそうだ。

プロの会計士を雇える人は別にして、タックスソフトウェアを使っても、常に「これで正しいのだろうか」という不安がつきまとう。

私は、ほとんど素人みたいなH&Rブロックの有料サービスは使わない。どうせ間違えるなら、自分でやったほうがまだしも納得できる。

正直にやって間違えたならしょうがないという立場なので、あえて難しいことは考えない。ソフトウェアの質問にできるだけ正確に答えるのみである。

早く申告して、早くリファンドをもらうのが一番重要なのだ。


<今日の英語>

No one is going to think you're a snitch.
あなたが密告者だなんて、誰も思いません。


いじめ防止の集会で、主催者が発した一言。「もし誰かがいじめられているとわかったら、黙っていてはいけません。先生や親に伝えましょう。それであなたがチクリだという人はいません。あなたは悲劇が起こる前に行動したんです。」



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ダンバー数の法則

2011.01.07 (金)



イギリスの人類学者ロビン・ダンバー氏によると、人間にとって、「それぞれと安定した関係を維持できる個体数の認知的上限」は平均約150人だという(ウィキペディアより)。

つまり、よく理解し合える友達の数はせいぜい150人ということである。

ダンバー氏は、毛づくろいをするゴリラやチンパンジーを観察して、こういう結論にたどり着いた。大脳皮質の大きさと関係しているのだそうだ。

Dunbar Number(ダンバー数)については、ダンバー氏が年末にNYタイムズに書いた記事で初めて知った。眉唾ものだなと思った。しかし、実際に150人単位のものがいろいろあると知って、少しは根拠がありそうだと考え直した。

軍隊のあるユニットは古代ローマでも現代でも150人が基準で、未開地の農村も平均して150人の部落が多く、遊牧民のグループも150人程度。生き残りの危機にさらされる集団ばかりである。

Facebookでは理論的に何千人もの「フレンズ」が登録できる(らしい)のに、実際の平均は120人にとどまっている。これもダンバー数に近い。

私はSNSもツイッターもやらないので、どんなものかよくわからないが、100人ものユーザー名を覚える段階でたぶん脱落する。100人がツイートしたり、FacebookやMixiを更新したりして、そのたびに通知が来たら、それを追うだけで1日が終わってしまいそうだ。

現実でもわずらわしいのに、どうしてわざわざ仮想世界でもややこしい人間関係を築こうとするのか、私には理解できない。


             *


「一年生になったら、友だち百人できるかな」という歌を思い出した。

私が幼稚園のときに歌った記憶はない。もう少し後になって広まったのではないかと思う。 

小学生の頃から人見知りだった私には、友だちが百人なんて考えただけで逃げ出したくなる。

しかも、富士山の頂上まで上って、そこで百人といっしょにおにぎりを食べるのか。山登りは疲れるから嫌いだし、だいたい百人が座れる場所が富士山頂にあるのか? 寒くておにぎりなんか凍るんじゃないのと夢のないことを考える。

最近は子どもが減ってきて、一学年全員集めても百人にならない学校も少なくないと聞く。あの歌を聴いて、「小学校に入ったら、友達を百人作らないといけないのか。」と心配した幼稚園児にとっては、へんなプレッシャーがなくなってよかったではないか。

調べたら、作詞はまど・みちおだった。御年101歳で、ご健在なのだそうだ。これにも驚いた。

日本を離れていると、とりあえずニュースの見出しだけは読んでいるつもりでも、どの著名人が死んだのかわからなくなる。日本に帰るたびに、「えっ、あの人、まだ生きてたの?」「死んだの? いつ?」と浦島花子丸出しになる。

まど・みちお作詞の歌では、やぎさんゆうびんの不条理さが私好みなのだが、いったい最初の手紙に何が書いてあったのか気になってしょうがない。

お互い、もらった手紙はパクパク食べるくせに、自分の書いた手紙は食べない。そんなに紙があるなら、せっかくもらった手紙を食べなくてもいいはずだ。

いや、どっちも差出人の名前だけは読んだのか。だからこそ、「さっきの手紙のご用事や如何に。」と返事をするのである。

郵便配達人は誰なんだろう。きっと、口答で用件を伝えたほうが早いよと思っている。黒ヤギと白ヤギの間を何度も行ったりきたりして、もういい加減にしろ!と怒らないだろうか。食べる前に、読め! 


             *


ダンバー氏によると、顔合わせをしなくなると、感情的なつながりは1年に15%ずつ減っていくそうだ。6年も経つと、ほぼ完全に切れる計算になる。

私の感覚では、年率15%より大きい。

最初の1年は15%でいいとしよう。2年目は25%(この時点で40%消滅)、3年目はガクッと50%(この時点で90%消滅)。つまり、3年も会わないと「ああ、そういう人がいたっけ。」という程度になる。

去るもの日々に疎し。Out of sight, out of mind.

これは人類共通の事象だと思われる。動物もそうかもしれない。

うちの猫なんか、たぶん3日で私のことを忘れる。夫によると、私が子どもたちを連れて日本に行くと、兄猫は初日から夫のベッドにもぐりこむのだそうだ。ふだんは絶対にそんなことをしない。犬はあんがい律儀に覚えているかもしれない。

日本を出てから一度も会っていない親戚などは、とっくの昔に記憶のはるかかなたに消えた。日本の高校時代の友人に会ったのは、1歳未満の長男を連れて里帰りしたときなので、15年前。もはや完全に連絡が途絶えた。顔は思い浮かぶが、名前が思い出せなくなってきた。

おそらく実家経由で問い合わせたら、メールアドレスや現住所がわかると思うが、このままでいい。

年賀状は1枚も来なくなった。私は1枚も出さないのだから、当然だ。日本からのクリスマスカードは1枚来た。くれた人にはメールで返事をした。

私の孤立度は、年を追うごとに高くなる。

こんな私の一方通行ブログを数百人(?)もの見知らぬ人が読んでいると思うと、なんとも不思議な感覚にとらわれる。



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さっそく3連休

2011.01.08 (土)



やっと休暇が終わって学校が再開したのに、また大雪で金曜日は休校。3連休になった。

ニュースは「セントラル・パークでの積雪はたった1.7インチ(4.3 cm)でした。」と繰り返すが、うちのあたりはしっかり6インチ(15.24 cm)は積もった。その下には、ブリザード以来の雪が残っている。

空手は当然お休みだろうと思っていたら、夕方5時ごろ電話がかかった。

Caller ID に空手教室と出たので、長男に取らせると、「おかあさん、きょう空手行く?」と私に聞くではないか。

「行かないわよ。外、見てよ。ドライブウェイだってまだ雪かきに来ないんだから、運転できませんって言って。」

My mom が運転しないと言っています。」と長男。

何それ? 私のせいなの? もう少し言い方があるでしょっとカチンと来た。

「今日は誰が来るか、皆に聞いてるんだって。」と、電話を切った長男がのんびり言う。

「この雪で誰が来るのよ。Mom が運転しないんじゃなくって、まだ Snowplow が来ないって言ってよ。運転しないんじゃなくって、運転が不可能なの。あんたの言い方だと、いかにも私が出かけたくないから休むみたいに聞こえるじゃない。」

もちろん私は出かけたくないのだが、どうも長男はそういう立ち回りが下手だ。プレイデート先の親御さんに対しても、傍で聞いていてハラハラする。もう少し年をとれば、上手になるんだろうか。

私とは日本語で、電話の相手には英語だからか。私が英語でこう言いなさいと指示すればいいのかもしれないが、これは言語の問題ではないと思う。


              *


せっかく学校が休みなのに、長男と次男はPCでゲームをしたり、カードで遊んだり、テレビでHouse マラソンを見たりしている。

House の俳優がちょっとサフィンに似ている気がして、私はちらっと眺める。イギリス人なのに、まるっきりアメリカ人のアクセントで話す。ラジオで元々のイギリス英語で話すのを聞いてたまげた。英語が母国語の長男でさえ、まさかイギリス人とは思わなかったそうだ)。

1月24日からの mid-term exam(中間テスト)に備えて、勉強しなくていいのか。部屋の片づけだってまだ終わっていない。

私は雪の積もらないところに生まれ育ったので、雪による休校は経験がない。台風で休みになったことは1回くらいあったかもしれない。高校生のとき、文字通り、特別休暇が降ってわいたとしたら、何をするか考えてみた。

― ベッドでゴロゴロして、本またはマンガを読む。

今と同じだ。自分が怠け者なのだから、子どもたちに偉そうなことは言えないのである。

本当かどうか確かめるすべはないが、「私は子どもに勉強しろなんて一度も言ったことがありません。」という人がたまにいる。そういう子にかぎって、有名大学を出てお医者になったり、学者として名を成したりする。あるいは、学問とは無縁の分野で活躍したりする。

才能か、性格か。はたまた、血筋か、突然変異か。

勉強なんかしなくたって、本人が好きなことに情熱を傾けて生きていけばいいと割り切れるほど私は悟っていない。口うるさく言ってもだめだとわかっていても、「宿題はやったの?」とか「extra credit(追加で点数がもらえる)の課題は全部やるのよ。」とか、ついついけしかけてしまう。


              *


生まれる前は健康で五体満足ならよかったはずなのに、次から次へと欲が出てくる。最近はかなり放任主義になってきた私も、「もう少し頑張ればxxになれるのになあ。」としょっちゅう思う。

子どもの出来が私自身の成績表のように思えた時期があった。

子どもがなにかうまくやると、私がちゃんと導いたからだと満足し、子どもが期待通りにできないと、私の育て方が悪かったからだと自分を責めた。最近は気力体力が衰えたせいか、あきらめ半分になって、そんな束縛から逃れつつある。

子どもは独立した人格を持った他人であり、子どもには子どもの人生がある。

自分が本当にやりたいことを見つけて、それで生きて行くのが本人の幸せなのだ。私は自分が本当に好きでやりたいことが見つからないまま、ぼんやりと年だけ取ってしまった。子どもにはそうなってほしくない。

こう自分に言い聞かせつつも、いい給料のもらえる仕事に就いて、お金の心配をしなくて済むようにと願う。

長い間、アメリカでは「子どもは親よりもいい暮らしをする」というのが当たり前だったが、いろんな意味で将来が不透明になってきた。やっぱり勉強だけはしておいて損はないと思う。

こんな私の心配をよそに、子供たちはゲームに一喜一憂し、コメディ・セントラルを見てケラケラ笑っている。


<今日の英語>

After the last one, this is a walk in the park.
前回の大雪の後では、こんなのは朝飯前ですよ。


今年2回目の除雪作業を指揮する責任者の一言。文字通りには、公園での散歩。転じて、それくらい誰にでもできる簡単なこと。



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Second Amendment (修正第2条)

2011.01.10 (月)



アリゾナ州選出のガブリエル・ギフォーズ下院議員がスーパーマーケットで開かれた政治集会にいたところ、至近距離から頭を撃たれ、弾丸は脳を貫通した。

一命は取り留めて、医師団は楽観的な見通しを発表したものの、詳しい病状は明らかにしていない。

アメリカでは連日トップニュースになっている。

犯人は半自動小銃ピストル(口径9ミリのGlock。33発装填可能)を発射して、9歳の女の子や連邦判事を含む6人を殺し、次の弾倉(31発)を入れようとしていたところを取り押さえられた。弾倉クリップのバネが壊れて装填できなかったのが不幸中の幸いで、続けて撃ちまくったらもっと犠牲者が出ていたはずである。

容疑者は22歳の白人男性。以前から言動がおかしかったらしく、精神分裂症が疑われている。FBIはテロリストとして訴追する可能性があると言う。計画的な犯行だったという証拠も出てきたが、「精神障害者なので責任能力がない」とされたらどうしようもない。

民主党所属のギフォーズ議員は去年の健康保険改革案に賛成票を投じ、強化されたアリゾナ州の移民取締りには反対していた。

共和党が強いアリゾナでは穏健派の彼女に反感を持つ人も多いはずで、中間選挙でもかろうじて勝利した。これまでにも事務所のガラスを割られたり、脅迫を受けたりしていたという。

どうしてスーパーのような誰でも入れるところで集会をしたのだろう。庶民の味方をアピールしようにも、彼女の置かれた状況ではあまりにも無防備すぎる。

しかも、アリゾナ州では「concealed guns (他人に見えないように隠している銃)を許可なしに所持してよい」という、とんでもない法律が2ヶ月ほど前に成立したばかりである。

もちろん、サラ・ペイリンやお茶会派は彼女のような政治家を敵視する。

ペイリンのフェイスブックでは、標的とすべき政治家のいる場所に文字通り標的マークをつけたアメリカ地図が載っていたそうだ。今回の襲撃事件の直後に外したと報道されたが、NYタイムズで画像を見ることができた。

usa map target

元副大統領候補がこんなものを自分のSNSのページに堂々と載せていたとは、呆れてものが言えない。

ペイリンが引き金を引いたのではないが、まともでない人間はこんなものに扇動されるのだ。そして、簡単に手に入る銃を持って、ターゲットを撃つために出かける。


             *


2004年のある調査によると、アメリカ人の36.5%(4400万人)が「家に銃がある」と答えている。

1994年の別の調査では、アメリカ人は1億9200万丁の銃を持っていて(2009年の調査では、2億7千万丁)、そのうち36%がライフル、34%がハンドガン、26%がショットガン、4%が他の銃身が長いタイプの銃だった。

1970年代から80年代にかけて、銃を所持する世帯は45から50%で一定しているが、場所によってかなり違う。たとえばNortheastern States(アメリカ北東部)は25%、East South Central States(東南中部。アラバマ・ケンタッキー・ミシシッピ・テネシー)は60%とされる(以上、ウィキペディアより)。

ちなみに、うちにも義父母の家にも銃はない。他の親戚はどうかわからない。いかにも持っていそうな人たちもいる。

アメリカで銃を買うときは、販売店が購入者の素性を調べて、犯罪歴の有無を確かめる。

ただし、銃を保持するための許可証はいろいろで、州によって違う。なんだかよくわからない。それで規制になるんだろうか。たとえば、ネバダ州で入手した銃をカリフォルニアに持って行くのはいいのだろうか。

ウィキペディアには、銃に関する法律が州ごとにまとめてある。

ニューヨーク州は一番厳しいほうだと書いてあった。

うちのような田舎では銃が関わる事件はめったに起こらないが、ときおり猟銃の音が聞こえる。たぶん鹿を撃っているのだと思う。繁殖をコントロールするためか、単なる楽しみなのか。銃声を聞くのはあまり気持ちのいいものではない。


             *


銃を持ちたい人たちは、水戸黄門の印籠みたいに、アメリカ合衆国憲法修正第2条(Second Amendment)をやたら持ち出す。

A well regulated Militia, being necessary to the security of a free State, the right of the people to keep and bear Arms, shall not be infringed.
規律ある民兵は、自由な国家の安全にとって必要であるから、人民が武器を保有しまた携帯する権利は、これを侵してはならない。
(邦訳はウィキペディアによる)

これは1791年発効の条例で、合衆国憲法が成立した3年後の話である。

今とは時代背景がぜんぜん違うのに、この条項があるために、NRA(National Rifle Association 全米ライフル協会)やタカ派が権利ばかり主張してうるさい。

レーガン大統領が狙撃されたとき、近くにいたブレイディ報道官も頭に銃弾を受けた。命は助かったものの、その後は半身不随で会話も難しく、いつも苦痛にさいなまれていたと聞く。

テレビで見たことがあるが、痛々しくて直視できないほどだった。

彼が推進した銃規制法案「ブレイディ法」は、銃販売店に対して購入者の身元の調査を規定したもので、前科者や麻薬中毒者、精神病者、未成年者への販売を禁止した。でも、この法案は販売店に対しての規制であって、携行・所持については各州の法律によるという中途半端なものだった。しかも、身元調査をしなかった販売店に対する処罰はほとんど実行できなかったらしい。

半自動小銃の販売を禁止する10年間の時限立法Federal Assault Weapons Ban が1994年に成立したが、NRAの圧力で更新されず、2004年、無能ジョージWのときに失効した。

私はそういう国に住んでいる。

アメリカは自国の土地では戦争していない。戦闘地域でもないのに、なぜアメリカ国内の一般人がassault weapon (攻撃用武器・対人殺傷用銃器)を所有する必要があるのだ。家にしまっておくならまだしも、携帯電話じゃあるまいし、そんなものを持ち歩いてどうする? しかも、持ち主がどういう精神状態かわからないという怖さ。

襲撃事件だけではなく、家においてあった銃を子どもが見つけて撃ってしまう事故もなくならない。

ニューヨーク州の銃保有率が25%ならば、4軒に1軒として、うちとお向かいS宅、裏のD宅、斜め向かいのU宅のうち、どこかに1丁はある計算になる。

子どもたちが小さい頃、「プレイデートの約束をする前に、『お宅に銃はありますか。』と相手の親に確かめなさい」という子育てアドバイスを読んだことがある。

私は一度も尋ねたことがない。


<今日の英語>

Guns don't kill people, people do.
銃が人を殺すのではない。人が人を殺すのだ。


銃は自分で引き金を引かないのだから、銃が悪いのではないと主張するNRAのふざけたスローガン。

チャールトン・へストンが1998年から2003年までNRAの会長を務めた。それ以来、猿の惑星でもベン・ハーでも十戒でも、彼が出るとNRAを思い出す。「汝、殺すなかれ」のモーゼスがなんで銃を持つ?! 現実と映画がごちゃごちゃになって困る。



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たかが5ドル、されど5ドル

2011.01.11 (火)



一番近くのスーパーマーケットの割引クーポンが郵便受けに入っていた。

ストアブランドのベーコンやアップルパイ、袋入りサラダなど、私が買わないものばかりだったが、「$50ドル以上お買い上げの際は5ドル引き券」があった。こういうのが一番うれしい。

週末は買出しに行かなかったし、あさっては再び大雪という予報が出ている。向こう3日間の食料を確保すべく、お店を一回りすると、カートはかなりいっぱいになった。

レジに並び、いつもの顧客カードといっしょに5ドル引きのクーポンを出した。

レジ係は、かなり昔からこのスーパーで働いている中年女性レイナ。

昔のように金額を打ち込むのでなくスキャンするだけなので、誰がやってもたいした違いはない。それでも、慣れている人のほうが安心できる。レイナおばさんはレジ係たちの監督役でもある。トラブルが起きたときに見回るのが本来の仕事らしいのだが、レジが混んでいたので、一箇所増やして自分が入り、私を呼んでくれたのだ。

袋詰め係りはいないので、私が自分でやる。彼女もスキャンが終わったら袋に入れてくれるのだが、シリアルと生クリームを一緒にしていた。私はカートに移しながら、せめて乾いたものと冷たいものを分けた。

クレジットカードをシュッとスライドして(日本語では何と言うのだろうか。滑らせて?読み込ませて?)、支払いメニューからCredit Cardを選び、金額が出たらYesを押す。そして、画面にサインする。

プリンターがカタカタと音を立て、レイナおばさんは長いレシートをくれた。Have a nice day!


          *


私はめったにレシートを見ない。

レジの人は、「今日はxxドル節約できましたよ。」とレシートに印を付けてくれるが、私はその数字を確かめることはない。たいていすぐ財布に入れる。そして、すぐ次の日くらいに捨てる。

しかし、なぜか今日は5ドル引きを確かめようと思った。次の人が並んでいたので、カートを動かして、レジから1メートルくらい離れたところで立ち止まった。

レシートの一番下のほうに、割引分が太字で印刷してある。今日もセール品をいろいろ買ったので、-1.00 とか -0.50 など7件くらい出ていた。

でも、-5.00 が見当たらない。

印刷が少しかすれていたので、私の目が悪くて見えないのかと思い、もう一度よく見たが、やっぱり5ドル引きはされていなかった。

すでに次のお客のものをスキャンし始めていたレイナおばさんに言った。

「エクスキューズ・ミー。5ドルのクーポンを渡しましたけど、ここに出てません。」

レジ係はクーポンを最後にスキャンするつもりで手元に置き、結局忘れてしまうことがたまにある。私の割引券もその辺に置いてあるのだろうと思った。

ところが、私のレシートを確かめたおばさんは、すぐにレジ横の電話を取り、「カレン? ちょっと来て。5ドル・オフのクーポンがおかしいみたい。」とカスタマーサービスを呼んだ。

こういう間違いが起きたら、お客にカスタマーサービス・デスクへ行って交渉しろというのが普通だ。でも、レジに来てくれるなら、ここで待とう。


          *


しばらく待ったが、カレンおばさんは来ない。他のお客の相手でデスクから動けない様子が見える。レイナおばさんは、「これを持って、カスタマーサービスに行ってください。私からカレンに電話しますから。」と私のレシートとクーポンを返してくれた。

クーポンには、赤いボールペンで今日の日付が書いてあり、バーコードのところもぐしゃぐしゃに線が入っていた。レイナおばさんが使用済みの印を付けたのだ。

ということは、彼女はスキャンしたのに、機械が正しく読まなかったのか。

カスタマーサービス・デスクに行くと、前の客のゴタゴタを片付けたカレンおばさんが「どうしたんですか。」と私に聞く。

レイナおばさんはカレンおばさんに、「ちょっと、このお客さんの件、頼むわ。」としか言っていなかった。それでは説明にならない。私が事情を話すと、バーコードが消されたクーポンを手に数字を入力し、私にもう一度ここでクレジットカードをスライドしろという。

画面には Refund $5.00 と出た。私のクレジットカードに直接返金されたことになる。

"Sorry about that." とカレンおばさん。このスーパーの従業員は、わりとあっさり謝罪する。めでたく5ドル引きとなった。


         *


買い物を済ませたあと、じっくりレシートを見直している老夫婦の姿をよく見かけるが、私は早く帰りたいので、そんなことはしていられない。

今回も5ドルだからこそ見たのであって、これが25セントや50セント引きクーポンなら、たぶんそのまま立ち去った。今日のは虫の知らせだったのかもしれない。

家に帰ってレシートを見直すこともたまにはあるが、そのときになってレジの間違いを発見しても遅い。だいたいお店に戻るのがめんどくさい。下手したら、ガソリン代のほうが高くなる。

しかも、いったんお店を出てしまえば、私がクーポンを出したという証拠がない。だから、みんなレジの近くでレシートを調べるのだ。

それにしても、どうしてバーコードが読み取られなかったのだろう。印刷ミスか、まさかお店のコンピュータに5ドル引きクーポンが登録してなかったのか。同じクーポンを出して割り引いてもらえなかった人が他にもいるかもしれない。


             *


ときおり、いくらたくさん買い物しても、袋詰めをしないでじーっとレジを見ている人がいる。

スキャンされた商品は山積みなのに、ぜんぜん袋やカートに入れる気配がない。どうして手伝わないんだろうと不思議だった。そんなのお店の人の仕事でしょと拒否しているのか、私のテニスひじみたいにどこか怪我をしているのか、ただ単にぼんやりしているのか。

もしかして、そういう人たちはレジが間違えないかを見張っている?

「レジで提示価格よりも高くスキャンしたら無料にします」のポリシーもあるし、25セントだって何度も間違いをされたら、積もり積もってかなりの額になる。

アメリカに20年以上も住んで今さらという気もするが、やっぱりレシートはちゃんと確かめるべきか。

いくらコンピュータ化されても、データを入力するのは人間だ。スーパーのようにしょっちゅう価格が変わると、変更が追いつかないこともあるのかもしれない。アメリカなら十分ありうる。

私は物の値段を覚えるのが苦手で、しかも何事もどんぶり勘定。夫に「xxは1個いくら?」と聞かれても即答できないことが多い。あまり値段を見ないで買う。いや、見るのだが忘れる。

他に贅沢をしないし、最後に外食をしたのはいつだか思い出せないくらい、ほとんど家で食べるのだから、食料品くらいほしいものを買いたいと思う。それでも、いちおうは節約を意識しながら買出しをしているのだ。

たかが5ドル、されど5ドル。

【関連記事】
疲労困憊のクリスマス・イブ 2010.12.25
男たちの買い出し 2010.10.19



<今日の英語>

Soderling is growing on me.
ソデルリングが好きになってきた。


ブリスベーンの決勝でロディックを破って優勝したソデルリング。彼の魅力がわかってきたらしいテニスファンの一言。



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アメリカ人と銃

2011.01.12 (水)



アリゾナの襲撃事件について、刻々と新しい情報が流れる。

一番驚いたのは、頭を撃たれたギフォーズ下院議員が容疑者が使ったのと同じメーカーの銃を持っていたことである。

去年のNYタイムズのインタビューで、“I have a Glock 9 millimeter, and I’m a pretty good shot.” と答えたという記事があった。 

まさか半自動小銃ではなくて単発のピストルだろうと思って検索したら、Glock はsemi および full automatic しか作っていないらしい。世界中の軍隊や警察が採用しているモデルだ。

アメリカでは、一般市民がこんな破壊力のある銃をそのへんのスポーツ用品店で購入できてしまう(販売店による購入者の犯罪歴・精神病歴チェックは、ザルのごとし)。銃規制を論じる以前の問題である。

「今日は市街地戦闘があるんですか。」と嫌味を言いたくなる。

ギフォーズ議員は自己防衛のために入手したのだろうが、現役の政治家が半自動小銃を所有しているという事実、そして「かなり上手に撃てるんですよ。」と自慢めいた口ぶりで公言。うちの選挙区では考えられない。

アリゾナで票を集めるには、gun culture (銃文化)に理解のあるところを見せないとだめなんだろう。


           *


今回の事件について、NYタイムズには何百もの読者コメントが寄せられたた。その中に、こういう辛辣なものがあった。

「犯人が乱射し始めたときに、皆さんのポケットにあった銃は何をしていたんですか。」

アリゾナ州には、他人に見えない銃を許可なく携行してよいという法律がある。

政治集会はショッピングセンター内のスーパーマーケットの駐車場で行われた。買い物をするのに銃が要るわけないが、銃保有率の高い同州では、本当に武装した人がいた可能性も充分ある。

どんなに性能のいい銃が手元にあっても、突然犯人が撃ち始めたら、普通はパニックに陥って、自分の身を守るためにうつぶせになるか、走って逃げるかじゃないだろうか。いや、腰が抜ける。

半自動小銃から30発を連射するのにどれくらいの時間がかかるのか知らないが、その間に誰も犯人を撃てなかった。仮にその場で犯人を射殺しようとして自分のポケットから銃を取り出した人がいたとしても、誰も巻き添えにしないで犯人だけを仕留めることができるのか。撃たれた犯人が手負いの獣みたいになったら、さらに事態が悪くなる。

銃で自分を守るなんて甘い幻想だ。

私に言わせれば、例外はグリーン・ベレーかスペッツナズか、特殊な訓練を受けた精鋭のプロだけである。


           *


Legal Community Against Violence というサイトに、銃に関する法律について、連邦政府・州・地方の最近の動きをまとめたレポートがある。

アメリカは世界の人口の5%以下なのに、世界中の一般市民が所有する銃の35-50%を所有しているという。アメリカで銃を持つ人は1丁では安心できないと見えて、一番多くの銃を持つ20%の人間が、出回っているすべての銃の60%を持っている。一家に一丁ではないのだ。

皮肉なことに、オバマ大統領が就任した2009年に銃の販売が大幅に伸びた。ジョージWのときより銃の入手が難しくなるぞという誤解から、2008年度に比べて売り上げは22%、武器と弾丸の販売に伴う税収は45%も増えた。

銃に関する州法と統計をまとめてランク付けしたがある。

50州のうち、アリゾナは最下位。許可なしに銃を携帯していいなんて法律があるから当然だ。

ちなみに、同じ法律があるのはバーモントと(グリズリー女サラ・ペイリンの)アラスカ。

今回の事件を受けて、アリゾナに住む人が「私たちを色眼鏡で見ないでください。ほとんどの人はまともです。」と書き込みをしていた。そうでしょうとも。

夫の弟一家はアリゾナに住んでいる。何度か呼ばれたが、一度も行ったことがない。たぶんこれからも行くことはない。外出と飛行機が嫌いだし、私は砂漠性気候が合わない。南カリフォルニアでさえ、日なたの焼けるような暑さと日陰のゾクゾクする寒さに体の調子が悪くなる。

夫がニューヨーク周辺に生活の基盤を築いてくれたのは幸運だった。住めば都とはいえ、西部劇を彷彿とさせる土地やレッドネックがのさばる州だったら、20年も住み続ける自信はない。

夫と私は、結婚当初からリベラルな価値観だけは共有し続けている。その点では当たりだ。

結婚前に、「修正第2条、人民の武装権についてどうお考えですか。」と夫に質問したことはない。そんな法律があることすら知らなかった。


          *


こういう悲劇が起きると、決まって教会でのお祈りと相成る。

お祈りして苦しみから逃れられる人には、大いなる救いなのだろうが、無宗教・不信心の私はお祈りしない。「罪人を許しなさい」と神様に諭されても、もし私が殺された9歳の女の子の親だったら、犯人を許さない。神様を恨む。
【以上、仮定と推測の話。深読み不要、説教無用】

半自動小銃を携行するユダヤ教徒・キリスト教徒の頭の中は、

修正第2条 >>>「汝、殺すなかれ」

そして襲撃事件がおきると、教会に集まって涙を流し、集団でお祈りする。これが欺瞞でなくてなんとしよう。

私は Glock とGod のどちらもごめんこうむる。

【関連記事】
Second Amendment (修正第2条) 2011.01.10



<今日の英語>  

I've got to draw the line somewhere.
どこかで線を引かないといけない。


メールもIMもツイートも自在に使いこなす人の一言。それでも Are you going tonight? の代わりに、r u going 2nite? という表記には抵抗があるという。
「コミュニケーションの道具としてどれも利用するが、一線を引いて、スペリングを破壊するところまではいかないようにしている。」



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初転び

2011.01.13 (木)



火曜日、ハイスクールでNY州の統一試験 Regents Exam があった。ジュニア(11年生)が対象なので、フレッシュマン(9年生)の次男は登校しない。

「ぼく、アンディの家に行ってもいい?」と次男。

「行かなくていいの。それに、おかあさん、今日は11時に歯医者に行かなくちゃいけないんだから、送っていけないでしょ。」

それであきらめる次男ではない。アンディとチャットしながら、

「10時半からだって。いい? ニックもジョーも来るんだよ。いい?」

どうせ家にいても、アンディの家でもゲームだ。どうせなら友だちと一緒のほうがましか。

「じゃあ、少し早めに行ってもいいですかって聞いて。お母さんが歯医者に遅れないように。」


           *


しかし、結局ギリギリの10時半に到着。

この辺はどこもドライブウェイが長い。アンディの家もそうで、しかも彼のところはガレージ外にいつも車が1台置いてある。ガレージの中に入れないのだ。

ガレージ外のスペースは微妙に狭く、車をバックで動かせない私はアンディの家に行くのが憂鬱になる。雪でなければ道路に停めて歩くところ、先日のブリザードでまだドライブウェイが白い。転ぶのはいやだ。それに早くしないと歯医者に遅刻する。

何度か切り返してユーターンすることにして、ガレージの前まで車を進めた。この家はあまり熱心に雪かきをしない。運転席のドアを開けると、雪の固まりにぶつかった。

すでに次男は助手席から降りて、迎えに出たアンディとしゃべっている。

お迎えは5時だが、今日はテニスがあるので4時半に来ることを伝えねばと、運転席のドアを閉めて歩き出した。

そのとたん、体が宙に浮き、気がついたら地面にうつぶせになっていた。

よりにもよって、上の前歯と唇を打ちつけた。どこかわからないが、体のあちこちが痛い。

"Are you ok?" とアンディ。この子は小さいときから大人みたいな言動をする。次男は何も言わない。私を助け起こそうともしない。

まあ、私もすぐ立ち上がったのだが、うまく話せない。早くも唇が張れてきた。前歯が折れたんじゃないかと触ってみたら、まだそこにある。

「大丈夫、大丈夫。えーと、4時半にお迎えに来るから、お父さんにそう言ってくれない?」と私。アンディのお父さんはセミリタイアしているので、プレイデートの見張りや送迎はたいていお父さんの仕事だ。

「それはかまわないけど、本当に大丈夫? うちには病院並みにたくさん薬があるよ。」とアンディ。

「ありがとう。用事があるから、もう行かなくちゃ。」とよろよろ車に戻った。助手席のドアから入って、運転席へ動いた。また転んではたまらない。


              *


アンディの両親はどちらも弁護士で訴訟のプロなのに、きれいに雪をどかすとかソルトを撒くとか、そういうことに無頓着なのである。

この家だけではない。

私はアメリカに来た当初、家の前の道路で通行人が滑って転んで怪我をしたら訴えられると聞いて、本当に一生懸命雪かきをし、ソルトや砂を撒き、家に来る人には歩くときに気をつけるように呼びかけたものだ。

ところが、なんだか適当な家が多くて、拍子抜けした。こういうとき、ものぐさでいい加減な私でも、真面目な日本人の血が入っていたんだなと実感する。

ドライブウェイはともかく、玄関までの小道には雪が積もったままで、ブーツがのめりこんだのも1回や2回ではない。ようやくたどり着いて、呼び鈴を押すと、「あっらー、ガレージから入ってくれたらよかったのよー。」


             *


歯医者で、歯科衛生士のおばさんが体調はどうかと尋ねる。

「健康状態はいいんですが、ここに来る前によそのドライブウェイで転んで、前歯をぶつけてしまいました。」

「オー、ノー!」

「血は出てないし、それほど痛みはないです。唇が腫れてて、足や腕もうちつけたみたいでそっちのほうが痛いくらい。」

「ともかく、歯を見てみましょうか。ほんと、唇が腫れてますね。赤くなってるし。でも、歯は大丈夫みたいですよ。レントゲンを取らないとわかりませんけど、出血したり痛みが出たら来てください。」

歯のクリーニングを終えて、近くで買出しをして、家に戻った。


              *


一番ひどいのは左の腿の外側で、触ると痛い。肉襦袢は役に立たなかったか。

そして、左上腕と右腕全体。いったいどうやって転んだんだろう。後ろにひっくり返ったことはあるが、前につんのめって顔で受け止めたのは初めてだ。

転倒のダメージは大きい。フィギュアスケーターはあざだらけだろうなあと思う。そういえば、かなり高いところから振り落とされて、脳震盪を起こしたペアの女子選手を見たことがある。私は歩いていてこの程度なのだから、氷上に叩きつけられたらきっと痛いなんてもんじゃない。

夫にも長男にも事情を話し、ベッドに横になった。体の節々が痛くて、横になるのも一苦労。

雪や氷が残っているときは編み上げ式のごついブーツを履くのだが、今回は歯医者への途中だったし、うちのドライブウェイはすでに乾いていたので油断してしまった。そういえば、数年前にスーパーの駐車場で派手にひっくり返ったのも、今日のちゃちなブーツだった。

毎年転んだり、少なくとも転びそうになるのに、1年経つと忘れてしまう。雪と氷の季節が戻ってきて、痛い目に合って、やっと思い出すのだ。

しばらくは慎重になるので、転ばない(ことを願う)。


<今日の英語>  

You'll be sore tomorrow.
明日は痛くなりますよ。


私が凍ったドライブウェイで転んだ話を聞いて、歯科衛生士が一言。夫も同じことを言った。翌日どころか、当日の夜からうったところがズキズキし始めた。左腿は真っ青に腫れている。右腕は背中に回せない。Sore というのは、こういう痛みなのだと実感する。高い授業料である。



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「もうすぐ終わった。」

2011.01.14 (金)



うちの子どもたちは、いまだに私とは日本語で話す。

日本人との付き合いはほぼゼロだし、夫は英語しかわからないし、日本語のテレビ放映もない。インターネットで日本語のアニメやドラマを見ている気配はない。もうドラえもんやナルトのコミックスもめったに読まなくなった。

唯一、遊戯王のカードに日本で買ったものが混じっていると、漢字やひらがなを目にする程度である。

そういう環境なので、日本語の語彙は非常に偏っている。

基本は、母親と子どもが日常生活で使う言葉。アカデミックな(学問的な)日本語はたぶん小学生レベルで止まった。ハイスクールで Trigonometry を学んでいても、それが三角関数とは知らない。私は何度かその言葉を会話にわざと入れてみたが、まだ定着していない。

なぜか Physics は物理だと知っている。義父が物理の博士号を持っているので、昔から耳にしていたせいかもしれない。それでも、すぐに「物理」と出てくるときと、「Physics...[ ほんの1秒くらい開いて] 物理」と付け足すときとがある。


               *


長男のほうが日本語能力が高く、アメリカ人特有の訛りもほとんどない。もっとも日本在住の日本人が聞いたら、ちょっとちがうなと気づかれると思う。

次男は長男よりかなり成績がいいのに、こと日本語に関しては発音も会話も兄より劣る。日常の受け答えには問題ないが、たとえば「今日の午後、友だちとオンラインでやったゲームの概要と、自分たちがどういう場面でどのように攻略したか」を流暢に説明することはできない。

本人はそれはそれは熱心に解説してくれるのだが、私がゲームを知らないせいもあって、支離滅裂に聞こえるときがある。次男は英語で考えたことを日本語に変換しながら話している気もする。

ゲームなのでもちろんカタカナが多いし、「えっと」がたくさん入るし、いかにもアメリカ風のアクセントがつく。

私は「ふーん。へえー。」と一応聞いているものの、「そんなに難しい話を無理に日本語でしなくていいのよ。」と言いたくなる。

次男にとってはゲームが人生最大の関心ごとなので、「語学は自分に興味のあることを取っ掛かりにすべし」という原則に従ってはいるのである。

私がちょっと込み入った長話を夫にすると、きっとこんな風じゃないかなと思う。

夫は私の話を辛抱強く聞いてはくれるが、「いま突然出てきた they はいったい誰だ? 前置詞が抜けたぞ 【息子たちが日本語を話すときは助詞を抜かす】。前半の結論は出たのか?今のややこしい構文は何だ?いったい何の話だ?」とうんざりしているのかもしれない。

これは言語というより、男女の話し方の違いか、私個人の問題か。


            *


ともかく、私は子どもたちが日本語で話すかぎりは付き合おうと思っている。

なにしろ私には彼らしか日本語を話す相手がいないのだ。だから、少々難ありの日本語でもよしとせねばならない。

しかし、たまにどうしても見過ごせないときがある。最近一番引っかかるのは、たとえばこういうやり取り。

わたし 「宿題、ホントにぜんぶできたの?」
次男 「もうすぐ終わった。

長男も同じ間違いをする。昔はどうだったか覚えていないが、ここ3ヶ月くらい頻繁にこんな言い方をしてくれる。

英語の未来完了形に引きずられているというのが私の推測である。「もうすぐ」は未来のある時点で、そのときには終えているだろうという感覚で日本語でも「終わった」という過去形にしてしまうのではないだろうか。以下、例文。

I will have finished my homework by then.
宿題はそのときまでに終えているだろう。

私は「もうすぐ終わった。」なんていう言い回しは絶対にしない自信がある。彼らは私からその言い方を習い覚えたのではない。

いちいち指摘しては子どもたちが日本語を話すのを嫌がるかもしれないが、どうにも耳ざわりで困る。間髪入れずに、「もうすぐ終わる!」と私が言い、彼らも言い直す。

「まだ終わってないんでしょ。どうして『終わった』って過去形にするの?」というと、彼らはちょっと困ったような顔をして笑う。

【追記】 "Almost done." を直訳しているのではないかというコメントをいただきました。それで気がついたのですが、日本語でも「ほとんどできた。だいたい終わった。」という言い方をします。「もうすぐ」と「終わった」の組み合わせが問題なので、「もうすぐ終わる」でなく、「ほとんど(だいたい)終わった」と教えるほうが簡単かもしれません。


            *


こういう微妙なズレは他にもいろいろあるのだが、最近顕著なのは「今頃」の間違った使い方である。

「ぼく、算数はねえ、今頃90点くらいだよ。」
(算数の平均点。「今のところ」じゃない?)

「今頃は、クエストの4分の3くらいにいる。」
(ゲームの攻略レベル。単に「今」でいいんじゃない?)

言わんとすることはわかる。よーくわかるのだが、日本語ネイティブスピーカー100%の私としては、非常に違和感があり、見過ごせない。

こういうときは、すぐその場で注意せねばならない。幸い、長男も次男も私が日本語の間違いを指摘すると、素直に受け入れ、言い直す。「もうすぐ終わった」はたぶん10回、いや20回近く私に直されて、ここ2週間くらいでようやく「もうすぐ終わる」と言える回数が増えた。

話す前に考えているのか、それとも自然にそういう言い方が出るようになったのか、私には判断できない。

外国人の話す日本語だと位置づければ、たぶんそれくらいの誤用は見逃してもらえると思う。

しかし、あと数年で彼らは家を出る。大学で日本人の友だちを作るか、日本語を専攻しない限りは、本当に日本語を話す相手がいなくなる。ハイスクールを卒業するまでが、私がマンツーマンで教えられる最後のチャンスなのだ。

英語のダムが決壊して日本語を飲み込まないよう、私1人で堤防を押し戻しているかのような感覚にとらわれる。これをとどめる最強の作戦は、1ヶ月くらい子どもたちを日本へ連れて行くことだが、今年の夏も帰れそうにない。

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<今日の英語>  

Sometimes you get a curve ball.
ときには、不意をつかれることがあるものです。


NYCのブルームバーグ市長が前回の大雪で除雪作業が追いつかなかったことを釈明したときの一言。直球でなく、予期せぬカーブが来て対応が間に合わなかったのだが、彼はいさぎよく自分の責任であると認めた。そして、今回は過剰なほど万全の体制で取り組み、汚名返上となった。



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フィジカル・セラピーの請求書

2011.01.16 (日)



去年の10月から11月半ばにかけて通ったセラピー・センターから、やっと請求書が来た。

保険会社のウェブサイトで明細書を見たときは、請求額が500ドル、750ドルという高額でゾッとしたのだが、センターの会計担当者には、私は保険会社が決めた自己負担分だけ払えばよいと言われた。

今日郵送で届いた請求書では、1回の治療が100ドルとなっていた。

なぜ最初からこういうまともな金額で保険会社に出さないのだろう。とりあえず500ドルで提出して、だめならしょうがない、認められたら儲けものと考えているのか。

100ドルの請求に対して、保険会社による下方修正分が40ドル。

保険会社がセンターに払ったのは48ドル。

私の自己負担分は12ドルとなっていた。

どういうわけか1回の治療が200ドルの日もある。それでも、保険会社は140ドル減額して、48ドルしか払っていない。私の自己負担額は請求額にかかわらず、12ドルである。

初日だけは問診を含んで250ドル。ただし、保険会社は190ドル減額して、60ドルしか認めず、支払額は32.22ドルのみ。私の負担は27ドル78セント。

つまり、「1回当たりの診療・治療費は60ドル」と決められているらしい。

センターはその10倍近くをふっかけたわけだ。しかも、患者(私)に請求書を送る段になって、大幅減額をしたと見える。私はセラピーそのものに懐疑的だったのだが、いい加減な会計処理でますます印象が悪くなった。


             *


最終的に私が払うべき金額は、合計207ドル78セント。

17回通ったので、1回当たり12ドル22セントという計算になる。

結局フィジカル・セラピーでは完全に直らず、整形外科医にコルチゾン注射を打ってもらった。まだ効き目は継続している。

フィジカルセラピーで多少の筋力がついたか、マッサージや冷却で腫れがひいたのかもしれないが、週3回も通って1回に1時間半を費やすほどの価値があったとは思えない。12ドルでおいしいものを食べたほうがよかった。


              *


夫は年末の歯医者の予約をドタキャンしてから、まだフォローアップに行っていない。おそらく春になるまで腰を上げない。

それまでの治療費の請求書が来ていたので、先週私がクリーニングに行った際に保険処理が終わったものだけを払ってきた。

しかし、残高がどうもおかしい。高すぎる。

家に戻って保険会社のサイトで見たら、いくつかの項目(計375ドル)が二重請求になっている。保険会社は当然却下するだろうが、それをこっちに回されたらたまらない。

その歯医者は去年の後半に事務をコンピュータ化したのだが、誰かが入力を間違えたらしい。

スーパーのレジといい、医療といい、まったく油断も隙もない。

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「波乱を生きる 相場に賭けた六十年」

2011.01.17 (月)


アメリカの株式市場がジワジワと上がり続けている。

投資会社の口座残高が増えるのは喜ばしい。何もしていない真性専業主婦なのに、パートなんか馬鹿らしくてやってられないわと思いつつ、そのうちドーンと落ちやしないかと不安にもなる。

是川銀蔵(これかわ・ぎんぞう)の自伝「波乱を生きる 相場に賭けた六十年」を読んだ。日本に住んでいたら、おそらく絶対に手に取らないであろう本だ。

特に興味があったわけではない。日本語の本がそう簡単に買えない環境なので、手に入った古本はありがたく読むことにしている(ただし、例外はある。いつだったか林真理子の「白蓮れんれん」を読んで非常にがっかりした。教訓: 短い人生、駄作で時間を無駄にしてはいけない)。

私みたいな怠け者で数字に弱い小心者は、株に手を出してはいけないということがよくわかる。

是川氏のようにダイナミックな日本人は、もう出てこないんじゃないだろうか。最近は波乱万丈という表現が軽々しく使われると思っていたが、まさに株の乱高下みたいな一生を送った。正真正銘のバクチ打ちである。

株を本格的にやり始めたのは40歳を過ぎてからで、それまでは実業家だった。いくら戦争中でもありえない行動をして、その後も億万長者と破産・極貧を繰り返すような生活である。

ただし、彼は猛勉強家だった。学歴はないが、物事をとことん追求し、理論的に勝算があるかどうかを見極める才能もあった。そして、フェア(公平)ということを知っていた。株で儲けたお金を慈善事業につぎ込んだりもした。

私はむしろ奥さんのほうに興味を持った。

こんな破天荒な人生でよくも別れなかったものだ。奥さんこそタダモノではない。私には務まらない。残念ながら、奥さんは本を書いていない。

是川氏の文章の端々に、奥さんに対する尊敬と感謝の気持ちが感じられる。大正3年生まれの是川氏はおおっぴらに口にしたことはなかろうが、奥さんと子供4人に深い愛情を持っていたことが伝わってきた。


           *


相場は人間の希望通りには決して行かず、逆に逆に出るものである。希望的観測は必ず裏切られる運命にあることを硬く肝に銘じ、忘れてはならない。

しかし、是川氏は株の魅力に取り付かれた。

同和鉱業株で大やけどをして、奥さんにもう株はやらないと約束しておきながら、住友金属鉱山が金鉱を見つけたといニュースに居ても立ってもいられなくなり、「もう一度だけやらせてくれ。」と奥さんに頼み込んだ。すでに80歳を超えていた。

奥さんはこれは死ぬまで直らないと悟って、許してあげた。

私だって、夫が80を過ぎたらルーマニアでもブルガリアでも勝手にしてくれと思う。ただし、夫と私の引退資金に手を付けないという条件つき。私は人間が小さい。

律儀に奥さんの許可を得た是川氏は、即刻、金鉱発見の現場に赴く。

そして十数社の証券会社を陣頭指揮して、住友金属の株を買いまくった。同社の社長から会いたいという連絡が入った頃には、すでに五千万株以上、同社の発行済み株式の16パーセントを所有していたという。

自己資金三十億円では足らず、ありとあらゆるテクニックで株を買い集めた。ついには、自分で金鉱ありと確信した土地まで買ってしまう。

株価は一進一退のあとで、市場最高値でストップ高となるものの、高値反発して、さらに暴落、一気に値崩れした。是川氏は破産寸前となった。このへんでもう私の血圧は急上昇。

株価の急変動の裏では住友グループが糸を引いていた。しかし、最終的には是川氏の逆転大勝利に終わり、1983年には高額所得者番付第一位になった。半年で二百億円もの資産を作った84歳の老人だった。もっとも税金で90%取られて、残りは微々たる物(それでも億単位)だったらしい。

この本は、1990年の年明け、日本の株式が暴落したあたりで終わっている。是川氏は、「日本の円は世界で最強の通貨」であり、「したがって今後日本経済が弱体化したり、円の価値が下がるといったことは絶対にあり得ない」と述べている。

当時は1ドル160円近くまで下落した。1ドル82円の今日からすれば、里帰りもずいぶんお得だった。確かに円は無駄に強い。でも、景気は停滞している。「絶対」なんていう言葉は、ぜったい安易に使ってはいけないのである。

失われた20年について、是川氏の見解を聞いてみたいが、1992年に95歳で亡くなった。


            *


もうはまだなり。まだはもうなり。」と是川氏は諭す。

まだまだ上がると欲の皮を突っ張らせてはいけない。もうこれ以上は上がらないのだ。

人間は欲張りだ。私もある会社の株を売ろうとして、もう少し上がるだろうと待っていたら、あっという間に急降下して、8万ドルを手にし損なったことがある。その後、全部売ってしまった。売値も株数も覚えていない。

まさに是川氏の法則どおり、「希望的観測は必ず裏切られる運命に」あった。

今はほとんどミューチュアル・ファンドだけになった。それも評価が高そうなものを適当に選んでいる日和見投資家に過ぎない。

例外は、夫がストック・オプションで手にした会社の株だ。四半期ごとにきっちり配当金がある優良株なので、これは手放さないつもりでいる。老人ホームへの入居料にするのである。


<今日の英語>  

I have a mental block about it.
それは生理的に受け付けない。


「この料理には、ぜひ clarified butter (澄ましバター)を使ってほしい。」と説明したシェフに、あまり料理が得意でないインタビュアーが一言。「あれはすごく難しそうなので、名前を聞くだけで拒否してしまいます。」 mental block には思考停止、度忘れの意味もある。



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全豪オープン2011

2011.01.18 (火)



今年最初のグランド・スラムが始まった。

メルボルンとニューヨークの時差は16時間。ヨーロッパでの試合も時差があって困るのだが、メルボルンは特に難しい。

朝7時に起きるとメルボルンは夜の11時で、その日の試合は終わっている。NYで夜7時になると、現地は翌朝11時で、第1試合が始まるところだ。ほとんどの試合は私が寝ている間に終わる。

私は毎日が日曜日で、手抜き家事と子どもの送迎以外、たいしたことはしていない。

NYには四季があるので、新緑が出てきたとか、落ち葉が散ってるとか、季節の移り変わりは感じる。でも、私にとっては、往々にして昨日も今日も明日もメリハリのない日々が続くだけなのだ。

そんな暮らしに、特に不満はない。

夫が休職中であれこれ気をもむことはあったが、最近はなるようになるだろうと落ち着いている。株価が上がって資産が持ち直してきたのも、精神的な余裕につながる。

そういう私の節目は、子供たちの学校である。9月から新年度が始まり、やれやれと思ったら、もうホリデー休暇になり、冬休みや春休みがあり、気がつくとファイナルという年度末試験があって、6月には学校が終わる。そして、長い夏休みを挟んで9月に再開する。

それで、かろうじてなんとなくリズムができている。子どもたちがハイスクールを卒業して家を出て行ったら、それもなくなるなあと思う。


           *


テニスは、もう1つの指標と言える。

年が明けて、1月にオーストラリアン・オープン。5月にフレンチ・オープン、6月にウィンブルドンで、9月にUSオープン。11月末に、その年のベスト8だけが出場するワールド・ツアー・ファイナルがあって、終わりとなる。

その間にもマイナーなトーナメントがたくさんあるのだが、ケーブルTVにテニス・チャンネルが入っていないこともあって、ほとんど見ない。

私の部屋のテレビは、以上のトーナメント期間だけは毎日つける。ベッドから見えるように、置き場所まで変える。テレビ放映があれば見ながら、ネットでライブを追い、テニス関連のサイトで記事を読む。

忙しいのである。

ふだんでも手抜きの家事はてきめんに影響を受ける。幸い、夫も子どもたちも期待値が低いらしく、「今日は自分であるものを食べて。」と言っても、まあ聞き分けがよい。

私が見たいテニスを見ないで、八つ当たりしながら料理をするよりは、ベッドでパソコンをひざに乗せて、テレビを見ながら機嫌よくテニス観戦しているほうを彼らは選ぶ。彼らにしても、「もうゲームは止めなさい」だの「テレビの音がうるさい」だの文句を言われるよりは、シリアルでも食べて自由にやりたいらしい。


            *


今年のオーストラリアン・オープンには、手首を手術して長いこと試合から離れていたデル・ポトロが復帰している。よかった、よかった、と親戚の叔母さんみたいな気分になる。

一昨年USオープンでフェデラーを破って優勝して以来のファンである。練習風景の写真では、髪が短くなり、袖なしを半そでに替えていた。そのほうがいい。

そして、アンディ・マレーを追い越して世界ランク4位になったソデルリング。彼はbrutal (残忍な)と形容されるフォアハンドだけでなく、試合中の冷酷な目と対照的なインタビューとえくぼが魅力。

そういえば、彼のフォアハンドを velvet sledgehammer と形容した解説者が、1分もしないうちに velvet (ビロードのように滑らかな)の部分を撤回し、「まさに大きいハンマーそのものだ」と訂正した。

ソデルリングを優勝候補に推すジャーナリストもいて、私は「そうだ、そうだ!」と1人で相槌を打った。

ある人にコメントをもらうまで意識していなかったが、私は背の高い選手が好きなのだ。

ソデルリング193センチ、デルポは198センチ。引退したサフィンは193センチ。

しかし、大きければいいというものではない。ウィットに富んだインタビュー、そそられる話し方や外国語アクセントなども必須条件である。

2日目の今日は、デルポもソデルリングも1回戦に出場する。

どっちを見ようかとワクワクして悩む。そして、「ねーねー!ソダリングとデルポ、どっちを見たらいいと思う?おかあさん、どっちも見たいのよ~。」などと子どもたちに訴えるのも楽しい。彼らはすでに私がそういうモードに入っているのを承知していて、また始まったかと慣れたもんである。


            *


シャラポワは大女(188センチ。ちなみにフェデラーもラファも185センチ)なのに、あの可愛い顔立ちで得をしている。ただし、クロースアップで見るお肌はかなり汚い。強い日差しの下で何時間も練習するのだから当然だ。

いつもおしゃれなテニスウェアを着ていて、今回のグレーとオレンジのナンバーも、とてもキュート。

他のスポーツは知らないが、乳首が見えるのを気にしないらしいテニス選手が目立つ。「あと1枚、胸のところに布が張ってあれば」と思わせるトップがある。しっかりサポートしたほうが動きやすいんじゃないだろうか。最近はキャミソール型とも呼ぶべき、襟ぐりをぐっと開けるデザインが多い。

試合で勝つのが目的だから、機能性が最優先にしても、ちょっと気になる。

アメリカはテレビで乳房を露出することに異様なほど抵抗するくせに、夏はTシャツの下にくっきり乳首が見えている女性も少なくない。ブラが見えるのも気にならないらしい。ブラの紐どころか、背中の部分まで丸見えの人がいる。あれは一種のファッションか。

私は女の子の試合はあまり見ないので、どうでもいいのだが。

ロシアのヴェラ・ズヴォナレヴァに勝たせてあげたいなあと思う。これまで大試合で何度も泣き出したほど感情がブレる子なのだが、ちょっと応援したくなるタイプ。

こんなくだらんことをだらだら書いている間に窓ガラスの1枚も磨け!というのは、重々承知しているのである。しかし、たまには現実逃避が必要なのもまた真なり。


<今日の英語>  

This has been making the rounds for a few months now.
この話は、ここ二、三ヶ月ずっと出回っている。


「カウチポテトの生活スタイルは不健康である」という研究結果に寄せられたコメント。こんな当たり前のことを調べるために研究費を使うなんてもったいない。



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なぜ中国の母親は優れているのか

2011.01.19 (水)


中国系アメリカ人 Amy Chua の本 "Battle Hymn of the Tiger Mother"(タイガー・マザーの軍歌) が物議をかもしている。

発端は、ウォールストリート・ジャーナルが本の抜粋を掲載したことにある。その記事に寄せられたコメントは6800件を超えた。

私はNYタイムズのファッション・ページで知ったのだが、その後NPRラジオでも聞き、NYタイムズのディベートやオピニオンのページにも関連記事が続いた。

チュア氏はテレビ番組に出演したり、インタビューにも応じたりして、反論とも自己弁護とも取れる発言をしている。彼女のフェイスブックにはアクセスが殺到し、脅迫まがいのメッセージもあると本人が言っていた。

なぜそんな反応が起きたのか。

(私は本を読んでいない。以下は、WSJやNYタイムズその他ネットで得た情報による。)


              *


チュア氏は48歳。ほっそりしたきれいな女性である。アメリカに移住したフィリピンの華僑の娘で、ハーバードとハーバード・ロースクールを卒業し、現在はイエール大学のロースクール教授職にある。

ご主人はユダヤ系アメリカ人で、やはり同大学の教授。15歳と17歳の娘が2人いる。

彼女は娘たちを中国式スパルタ教育で育てた。アメリカで育つ子どもなら当然経験するようなことを一切禁止した。やってはならないことは、

  • お泊り
  • プレイデート
  • 学校の劇に出演する
  • 劇に出られないことについて文句を言う
  • テレビを見たり、コンピュータゲームをしたりする
  • 課外活動を自分で選ぶ
  • Aより低い成績を取る
  • 体育と演劇以外のすべての科目で学年トップにならない
  • ピアノとバイオリン以外の楽器を演奏する
  • ピアノとバイオリンの練習をしない

WSJに出ていたのはこれだけだが、他にも山ほど禁止事項があるだろうと想像する。

これだけでもアメリカ人には拒否反応が起きるところ、もっと極端なエピソードが語られる。

・ある難しいピアノ曲がどうしても弾けない娘に対して、弾けるようになるまでトイレに行かせなかった。
・反抗的な態度を取った娘を「ゴミくず」呼ばわりした。
・4歳と7歳だった娘たちが手製の誕生日カードを持ってきたが、「もっと努力していいものを作れ」とつき返した。

この記事を読んだアメリカ人は、「彼女のやっていることは教育ではなくて、児童虐待じゃないか。CPS(児童保護サービス)に立ち入らせろ。」と糾弾し、「子どもを無条件に愛するのが母親だ。これだから、中華系移民の女子生徒の自殺率が高いんだ。」と非難ごうごうとなった。

チュア氏は「私は娘たちを愛しているし、彼女たちはハッピーです。」と主張し、最近初めて下の娘のお泊り会を開いたものの、「あれだけ締め付けられたのだから、母親に迎合しているだけ。ストックホルム・シンドロームだ。」と、さんざん叩かれた。


              *


今日のアマゾンの売り上げランキング(本)では6位。130件のコメントがあり、5つ星が59件、1つ星が43件と両極端に分かれている。

売り上げはわからないが、マーケティングの勝利である。

著者への前金が6桁(10万ドル以上)だったというから、出版社としてもこれは売れるという見込みがあったのだろう。問題はどうやって売るかだ。

WSJでは、この本を書評ではなく「生活と文化」のページでエッセイの形で取り上げている。

子育てがテーマなので、そこでもいいのだが、いかにも「小難しい経済指標や業界話よりもライフスタイルやファッションの話が読みたい女性読者」をターゲットにしましたという匂いがする。NYタイムズの軽~いスタイル・ページで読んだ私も、まさにそういう女性読者の1人なのだ。

そして、WSJは勝手に(チュア氏談)"Why Chinese Mothers Are Superior"(なぜ中国の母親は優れているのか)という刺激的なタイトルを付け、極端な箇所ばかりを抜き出す編集で読者を焚きつけた。

この本には長い副題がついている。

This is a story about a mother, two daughters, and two dogs.
This was supposed to be a story of how Chinese parents are better at raising kids than Western ones.
But, instead, it's about a bitter clash of cultures, a fleeting taste of glory, and how I was humbled by a thirteen-year old.

彼女の子育ては順調だったのではなく、ぶつかり合いや失敗があり、謙虚になったのだ。しかし、それではセンセーショナルな話題にならない。

チュア氏本人は、これは子育て指南本ではなくて回想録だとインタビューで繰り返していたが、WSJが植えつけたイメージを覆すことはできなかった。

中国が経済力をつけて発展し、政治的にも影響力を強めている(らしい)昨今では、中国に対する漠然とした不安がアメリカ人の中にあると思う。厳しく育てられた中華系の子どもに自分の子どもが勝てるのかという心配にもつながる。

チュ ア氏がインド人や韓国人だったら、また少し反応が違ったかもしれない。


             *


そのうち鎮火するだろうが、論争の中身よりも私は別のことに興味を持った。

1つには、チュア氏はアメリカ生まれなのに、英語に中国語なまりがあること。

両親が移民1世だったことを考慮しても、ここまで強いアクセントが残ったことに驚いた。彼女自身、小さいときに細い目をからかわれて、なまりを直そうと決意したとどこかで書いていた。

もちろんハーバードを出て、大学教授をしているのだから、英語能力にはまったく問題ないと思われる。

うちの長男の友だちのお父さんがやはり中国系アメリカ人で、両親はチャイナタウンに住んでいる。英語はほとんどできない。彼はアメリカで生まれ育ったのに、私が気づくくらいのかすかなアクセントがある。

中国人に囲まれて育ち、両親とは中国語でしか意志の疎通ができなかったからだと思われる(似たような環境で育っても、アメリカ英語を完全にものにする人もいる)。

もう1つは、チュア氏がアイビー・リーグのロースクール教授でありながら、本人も「議論を巻き起こすだろうとわかっていた」本を書いたことである。

しかも、娘たちは実名で写真も出ている。この出版によって、まだハイスクールに通う彼女たちがどんな影響を受けるかは考えなかったのだろうか。イエール大学の職員ページにはチュア氏の電話番号が載っている。嫌がらせ電話をかける馬鹿がいるやもしれず、他人事ながら心配になった。

「娘さんたちはどこの学校に行ってるの?将来どこの大学に入って、どれくらいすばらしい人間になったかぜひ知りたいわ。」といった意地悪なコメントもたくさんあった。

彼女たちは成績はもちろんストレートAで、ピアノはカーネギー・ホールで演奏するほどの腕前だし、両親ともアイビーリーグなのだから、きっと彼女たちも有名校へ進学できそうではある。

私はうらやましい。


             *


どこで読んだか忘れてしまったが、チュア氏はマンダリン(標準中国語)を話すベビーシッターを常に雇い、子どもたちに正統な中国語を習わせたそうだ。本人の両親は福建省出身だったので、地方の中国語ではダメだというわけだ。

チュア氏と娘たちの中国語がどの程度なのかは、わからなかった。

それにしても、私に彼女くらいの信念と熱意があったらなあと思う。さすが孟母三遷の国だ。

うなづけないところももちろんあるが、ピアノは3年で止めてしまって、ストレートAでもなく(それどころか、宿題を忘れたりする)、「ぼく、普通でいい」などと野心のないうちの息子たちを思うにつけ、私はもっと頑張るべきだったのではないかと後悔の念にかられる。

本当に一生懸命やって何かを達成することで成長し、それが自信につながる。その点はチュア氏に同意する。

私は息子たちを遠くの補習校に通わせたが、だんだん落ちこぼれて、退学して数年経った今や読み書きは絶望的。日本語の会話ができるだけでもすごいと褒めてくれる人がいるが、私はあれだけの時間と労力を費やしてこんなことでは、子どもを泣かせてまで日本語の宿題をさせたことに何の意味があったのだろうと自問するばかりである。

私はかなり早い段階で子育てに燃え尽きた。日本語教育もそうだし、現地校の勉強もそうだ。

夫や義父の学歴に遜色のないように、アイビーリーグに行かせて、ローズ奨学金でオックスフォードに留学させたいなどというのは、はかない夢となった。

タイプAパーソナリティのチュア氏と違って、もともとめんどくさがりの怠け者なので、もはや気力も体力も使い果たしてしまった。

ほっておいてもできる子はいるが、周囲を見渡すと、そういう子は親がしっかり管理しているケースが多い。または、親自身が刻苦精励する姿を見せている。私はどちらにも当てはまらない。


             *


それにしても、チュア氏への攻撃は激しくなるばかりで、まるで集団ヒステリーである。

ハーバードで彼女とルームシェアをしたという女性によると、チュア氏は大学での社交的な催しに一度も参加せず、拒食症と過食症をわずらっていたという。

また、チュア氏が釈明に努めたインタビューで、移民だった両親が経済的に苦労して明け方まで働いたと話したのだが、フィリピンの華僑事情に詳しい人によると、彼女の両親は裕福で、しかも父親はUCバークレーで電気工学とコンピュータ・サイエンスの大学教授という最初からアカデミックな世界の人間であったと反論した。

どちらも匿名の投稿なので、真偽は定かではない。ともかくチュア氏が反論すればするほど、さらに反感を買うような雰囲気になってきた。

本には、チュア氏の方針に異議を唱えたというご主人も登場するのだが、今や「児童虐待をほっておいたユダヤ人」と彼まで非難の対象である。

チュア氏のようなやり方では想像力が養えないとか、人生に必要なソーシャル・スキルは身につかないとか、アメリカ人のいうことにも一理ある。でも、参加し ただけでメダルやトロフィーを配ったり、ちょっとしたことを大げさに褒めたたえたりするアメリカに、私はイラッとする。セルフ・エス ティーム(自尊心)は聞き飽きた。

アメリカの教育にも問題が山積で、チュア氏の本で痛いところを付かれたふしもある。

OECD65カ国の学力比較(2009年)によると、アメリカは算数28位、理科23位、読解17位とパッとしない。

中国(上海)が3項目でトップなのも、アメリカ人の神経を逆撫でする。もっとも、上海のような都会だけで、おそらく優秀な子だけを対象にしたのだろうと私は見ている。

第一、アメリカは平均点で図れる国ではないのである。優秀な人は天才レベルで、ノーベル賞受賞者数もダントツ。しかし、まともに読み書きや足し算ができない人間も少なくない。それに、全員が英語を母国語の学年レベルで使えるのではない。

いや、こんな言い訳をしていてはいけない。

私はまだアメリカに期待しているのだ。これでいいのか?!と憤慨しつつも、アメリカの底力を感じさせるできごとがたまに起こると、まだまだ捨てたもんじゃないなと見直す。


              *


チュア氏は同書で、「中国の母親は、子どもを過剰なスケジュールに追い込むアメリカのサッカー・ママに似ていると思う人がいるかもしれないが、ぜんぜん違う。」と前置きしたうえで、「中国の母親が信じる7つのこと」を挙げている。

  1. 学校の勉強が第一である。
  2. Aマイナスは悪い成績である。
  3. 子どもはクラスメートよりも算数で2年先にいなければならない。
  4. 公共の場で子どもを褒めることは絶対にしてはいけない。
  5. 子どもが教師やコーチに同意しない場合、親は常に教師やコーチの味方につかなければならない。
  6. 子どもにやらせてあげるアクティビティは、最終的にメダルが取れるものだけである。
  7. そのメダルはゴールドでなければならない。

日本の教育ママにも通じるところがあるのではないだろうか。息子たちに読み聞かせたら、笑っていた。

長男は「おかあさんだって怖いよ。ぼくの友だちもみんな、おかあさんが怖いって。」と言う。

タイガー・マザーに比べたら、私なんか子猫みたいなもんよ。

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<今日の英語>  

She is backpedaling in the face of the criticism.
批判を浴びて、彼女は自分の言ったことを撤回しようとしている。


チュア氏に寄せられたコメントより。文字通りには、ペダルを後ろ向きに漕ぐ。



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アメリカ人とシリアル

2011.01.21 (金)



夫は昔から宵っ張りの朝寝坊だった。

私は夜が弱くて、9時にはベッドに入りたい。朝は猫に起こされるときもあれば、自然に目覚めるときもあるが、早起きのほうだ。下手すると、夫が寝ついて2時間後に私が起きるという、すれ違いが続いたこともあった。

今は私が主寝室を独り占めし、夫は書斎に自分用のベッドを入れている。そして、お互いに干渉しない。喧嘩も冷戦もない。夫がルーマニアの件を持ち出さないかぎり、穏やかな毎日が続く。

私は夫にあれをしろ、これをしろとせっつくことはめったにしない。

だいたい本人のやりたいようにやらせておく。いつ寝起きしようが、シャワーが1日おきだろうが、書斎のドアを何時間ロックしようが、それは夫の自由である(たまには嫌味を言う)。

夫を変えようとは思わない。若かったときは口うるさく言ったり、説得したりしたが、結局むだだとわかった。

その代わりに、私もやりたいようにやる。最低限の家事はするが、眠たければ昼寝をするし、本がおもしろければ夕食は遅くなる。

結婚当初から、夫は私の自由を尊重していた。

仕事を始めたときも辞めたときも、子どもたちに日本語を教えたことも、毎年のように日本に帰ったときも、夫は反対しなかった。その点では私は幸運だったと思う。


         *


自分勝手に暮らしている私が心がけているのは、「夫に頼まれたことは早めにきちんとやる。」 

ただし、ルーマニア人への送金は除く。見たくないテレビを見ろというのも断る。他にも例外がありそうだが、基本は夫の希望をかなえることだ。

たいしたことではない。

お茶を入れてくれと言われたら、すぐやる。「台所へ行く用事がある時、ついでに」と言われても、すぐやる。時間が経ては忘れてしまうせいもあるが、そういう簡単なことをさっさとやって感謝されるほうがいい。

1時に起こしてくれと言われたら、アラームをつけて、鳴ったら起こしに行く。オートミールを買ってきてと頼まれたら、買い物メモを書く。そして、切らさないようにする。「ガソリンがあんまり入ってない」と夫が言ったら、夫の車で外出してついでに給油してくる。眠くて運転できないと言えば、カウンセラーのところまで乗せていく。

こうやって書き出すと、些細なことばかりである。

だいたい私は時間だけはある専業主婦なのだ。お金の管理や子どもの送迎以外は、何もしていない。せめて、夫のささやかな願いくらいはかなえてあげようと思う。それくらいは役に立てる。

私にできることならやろうと思う。それに、小さい恩も売っておけば、山となる。いつ自分に有利な使い道ができるやもしれぬ。

もっとも、そういう願い事をいくら叶えてあげても、セックスの代わりにはならないだろうが、北方領土に関するロシアの言い分と同じく、その問題はもはや存在しないことになっている。


             *


昨日は牛ひき肉を買ってきた。

夫に「ハンバーガーとミートソース、どっちがいい?」と聞いたら、即答で「ハンバーガー。」 私としてはミートソースを作って、半分は冷凍庫で保存し、やる気のない日の夕食にしたいところだが、まあいい。

ここ数日、夫はいつも以上に不規則な生活をしていた。G氏に頼まれた調べものもあったし、睡眠薬の効き目がありすぎた(あるいは、なさすぎた)しで、むちゃくちゃだった。いつ起きて、いつ何を食べたのか。私は夫が台所のカウンターに散らかした残骸で見当をつけていた。

夕方、ひき肉をこねているところへ、夫が眠そうな顔で現れた。

「いま、ハンバーグを焼くから。」と私。

夫はおやつに作っておいたバナナ・マフィンを1つ手に取った。私が言ったことが聞こえなかったのか。

「あと5分でハンバーグもフレンチフライもできるわよ。」

「そうか。」と夫。

でも、マフィンを食べた。きっと昼寝の前は食べなかったんだろう。甘党の夫は、何かお腹に入れたかったのかもしれない。

肉をハンバーグの形にまとめていると、今度はシリアル用のボウルとチリオ(シリアルの名前)とブルーベリーを出してきた。

「もうすぐハンバーグができるのに。いま、それを食べなくちゃいけないの? それにブルーベリーはそれで終わりなのよ。2箱も買ってきたばかりなのに。よっぽど4箱買おうと思ったけど、冷蔵庫にまだ半分あったから。いったい誰がブルーベリーを食べたのよ。」

犯人は次男と夫だ。

「そりゃあ4つ買わなくちゃ。」と夫はボウルいっぱいに牛乳を注いだ。

それを全部食べる気? あと5分なのに。ハンバーガーはあなたのリクエストでしょ。(私は食べないので知らないが、常識的に考えて)できたてのほうがおいしいじゃない。

「心配するな。ハンバーガーも食べるよ。」と夫。

夫と私がワーワーやっていたので(ワーワー言っていたのは私だけか。夫は私の反応をおもしろそうに見ていたのだ)、次男がやってきた。今度は日本語で次男に同じことを言う。夫は理解しないが、状況で私が何を訴えているかはわかるはずである。

ニヤニヤしている次男にテーブルにつけと命じて、ハンバーガーを焼き始めた。

夫はシリアルボウルを手に、書斎へ上がっていった。長男がやってきたので、「私が目の前でハンバーガーを焼いてるのに、ダディはシリアル食べたのよ!」と私は憤慨して言う。

子どもたちは2つずつハンバーガーを平らげ、私は残りの2つをお皿に置いた。トマトの薄切りやレタスもそのまま。まったく、片付かなくて困る。


            *


こういうことは初めてではない。

食事の直後にシリアルを食べたこともある。結婚したばかりの頃は、私の作った夕食が物足らなかったのだろうかと心配した。今は、どうぞご自由に。

食べ盛りの次男が食前食後にシリアルというのはまだしも、せっかくできたての食事があるのに、夫がわざわざシリアルでお腹を膨らませてしまうのはいったいなぜなんだろう。

多くのアメリカ人にとって、シリアルは不可欠な食品だと思われる。

スーパーのシリアル売り場には何十種類もの箱がずらりと並んでいる。ストアブランドのお徳用サイズになると、ドッグフードの袋くらい大きい。

夫が子どもの頃、朝食は毎日シリアルだったそうだし(私が息子たちにオムレツやトーストを作ってやるのに、ひどく感心する。あなた、日本人の典型的な朝食を見たことないでしょ)、息子たちも学校から帰宅しておやつがシリアルで、夜食もシリアルだったりする。

私が食事を作らない(作れない)夜は、「いいよ。ぼくシリアル食べるから。」などと言う。私は楽チンなのだが、よく飽きないもんだ。

長期間シリアルを食べないのは、日本に帰国したときだけである。

1回くらいはコーンフレークスを買ってやるが、箱があまりにも小さくて、息子たちはおもしろがる。2回食べたら終わるくらいの量だ。しかも高い。「アメリカに戻ったら、いくらでも食べられるでしょ。」と、あきらめさせる。まあ、なければないですぐ慣れる。

うちには常に5~6種類のシリアルが買ってある。かなり大箱なのに、減るときはすぐに空っぽになる。シリアルはあんがい高い。大きさやブランドにもよるが、私のイメージは1箱4ドルか5ドル。

ジャンクフードよりは体にいいし、牛乳を入れたらカルシウムも取れる。食事の直前にシリアルでお腹いっぱいにされるのは頭にくるが、「そうだ、私は夫のやりたいようにやらせるんだった。」と思い出した。

今朝起きたら、ハンバーガーは全部消えていた。


<今日の英語>  

I have met her type before.
彼女みたいな人に会ったことがある。


「タイガー・マザーの軍歌」の書評に寄せられた批判的な一言。



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Junior Parent Night

2011.01.22 (土)



今年は雪が多い。今日も雪で休校になった。これで4回目である。

ホリデー休暇が終わり、1月3日から21日までに登校したのはたったの10日間。

毎年、休校日はカレンダーに組み込まれているのだが、たしか4日か5日くらいだと思う。つまり、今年は1月中旬ですでにほとんどの Snow Day を使い果たしてしまったことになる。

今後さらに休校が増えると、春休みを1日ずつ減らしていく。それでも追いつかない場合は、夏休みを遅らせるしかない。

さすがにそこまで雪の影響を受けた年はなかったが、オーストラリアやブラジルで洪水があったり、ヨーロッパで豪雪があったり、去年の夏は猛暑でモスクワで山林火災があったり、なんだかNYの冬もこのままで終わりそうにない。

方向音痴で数字に弱い私は、天気図がよくわからない。道路地図が苦手な人は天気図もダメなのだろうか。

何度も行ったことがあるお医者の診察室からロビーに戻るのに迷子になるくらい、私は方向感覚及び空間把握力が鈍い。来た道を単に後戻りするという誰にでもできることがとても難しい。広い駐車場に車を停め、用事を済ませて戻ったら自分の車が見つからないというのは、かなりリアルな強迫観念となっている。


            *


もう何年も朝のテレビを見ていないので、最近はどうか知らないが、昔は非常にわかりやすい天気図だった。

たとえば、サングラスをかけた太陽がカリフォルニアでニコニコし、マフラーを巻いた雪だるまがNYで震える漫画みたいな図である。アメリカ全土の天気図でも、ジェットストリームがおおざっぱに書いてあって単純だった。

NHKの気象予報図に慣れていた私は感動した。これならわかる。もちろん詳細な天気図もあるのだが、私にはその程度で充分なのだ。

日本に帰って、雲の動きや細かい線(気圧の波?)が複雑に入り組んだ昔ながらの天気図をNHKで真面目に説明しているのを見て、小学生がいきなり大学の気象学科の講義を受けたような気分になった。

そういえば、小学校の理科で天気図を描いて解釈する宿題があった。ぜんぜん興味が持てず、もちろんさっぱりわからない。

私の年上のいとこは山岳部員で、天気図に詳しかった。歩いて5分くらいのところに住んでいたので、私は宿題を持って行って「お任せ」した記憶がある。今思えば、立派すぎて先生にはバレていただろう。

まったく他力本願な子どもであった。そういう性格は変わらない。


             *


昨夜はハイスクールのオーディトリアムで行われた Junior Parent Night  に出かけた。ジュニア(11年生。ハイスクールの3年目)の親向けの説明会である。

長男の空手があったので、夫と私と長男で出かけて、前半が終わったら私が長男を空手へ連れて行き、夫に最後まで残ってもらおうと計画していた。でも、夫は結局出かけなかった。寝不足だったのか、頭が痛かったのか、G氏と話があったのか、理由は覚えていない。ともかく、夕食の時点で夫は行く気がないことははっきりした。

長男すら「ぼくも行かなくちゃいけない? お母さんだけ行って、空手の時間になったら家に戻ってきて、ぼくを空手に連れて行ったら?」などと言う。

あと1年半でハイスクールを卒業するのがわかってるんだろうか。

「あんたが大学に行くのよ。あんたが行かなくちゃいけないの。手紙にも、生徒も参加しろって書いてあったでしょ。お母さんだって、アメリカのカレッジのことはぜんぜんわからないんだから。ともかく資料だけでももらわなくちゃ。」

結局、長男は空手の用意を車に積み、私といっしょに出かけた。


             *


オーディトリアムの入り口で、長男の名前のついたフォルダーをもらった。ジュニア全員の個人フォルダーを用意していたらしい。

すでに開始時間だったが、中は閑散としていた。おそらく50人程度しか来ていない。私も、もしこれが次男の番だったら、「長男のときに聞きに行ってわかってるから、行かない。」となるだろう。それにしても、少ない。

ガイダンス(進路指導)の先生たちがパワーポイントでプレゼンテーションをしたが、下手だった。

ダラダラと話すだけで、わかりにくい。話があっちこっちする。当然ながら、先生たちは内容を熟知していて、親向けの説明会も毎年やっている。初めての子が大学へ行く親たちにとっては、わからないことばかりなのに、それに対する配慮がない。資料にも話し方にもマンネリ感が漂う。

だいたい話の流れが資料と一致しないし、やっと3人目の先生がフォルダーの中身は何が入っているのかを説明したくらい、段取りがなってない。複数の先生が作ったらしく、使うフォントがばらばらで、フォーマットも統一性がない。コピーをくりかえしたと思しき、かすれて読みにくいプリントもあった。

私が学校の書類に文句をつけると、「じゃあ、お母さんが作ったら?」と息子たちはのたまう。本当に私がやりたいくらいになる。


                        *


今回のミーティングは、大学入学に向けてのおおざっぱな流れを説明するのが目的だったと思われる。これから、親向けあるいは親子向けセミナーが何回か予定されている。

計画的なお宅はもうすでに希望校を絞っているだろうし、SATやACTなどのテスト攻略もちゃくちゃくと進めているだろう。大学訪問のための飛行機の手配もしているかもしれない。焦る。

うちはのんびりや長男がやっぱりのんびりしている。

2月の冬休みや4月の春休みに大学を訪問するようにという話だったが、何も決めていない。長男はごく平均的な生徒なので、一流校は望むべくもないが、本人がアートの勉強をしたいというので、私もあまりカッカしないですんでいる。

昨日の説明会では、アメリカには3700のカレッジがあるということだった(ネットで調べたら、4年制公立629校、4年制私立1845校、2年制公立1070校、2年制私立596校で、合計4140校)。

この中から、長男の能力と性格と希望と私の予算にあったところを探さねばならない。

去年、上の子を大学へ送り出した近所の奥さんが、「結局、親が探すのよ。子どもなんか時間があればゲームなんだから。ガイダンスも頼りにならないから当てにしちゃダメよ。」と言っていた。彼女の息子はアドバンスコースをいくつか取って、ボーイスカウトも課外活動もしていたのだ。そんな子でも親掛かりなのか。

雪で休校だと知って、長男はまたベッドに戻った。次男はゲームをしている。

二人とも来週は中間試験だって、わかってる?


<今日の英語>  

That's in the back of my mind.
そのことは頭の隅っこにあります。


全豪オープン3回戦で、去年からすでにケガに悩まされていたヴィーナスが7ポイント目で棄権した。記者会見で「今後、体が回復して、またかなりのレベルで試合ができるようになるとお考えですか。」と聞かれて。ヴィーナスもすでに30歳。もう体はボロボロかもしれない。




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今度は右手の親指

2011.01.23 (日)



土曜日の朝起きたとき、右手にいやな感じがあった。

長男を空手のテストに連れて行き、本を読んだり買出したりして時間をつぶしている間に、右手の親指と人差し指の間がだんだん痛くなってきた。

家に帰って、Advil(イブプロフェン)を飲み、アイスパックをしてみたが、よくならない。暖めても気休め程度にしかならない。時間が経つほどに、痛みは強くなるばかり。

テニスひじを患ったときに主治医が処方してくれた関節炎の薬 Meloxicam がまだ残っていたので、1粒だけ飲むことにした。

ところが、ふたが開かない。アメリカの薬ビンがほとんどそうであるように、Child-proof という子どもが開けられない構造になっている。ふたを押したまま時計回りに回せばいいだけなのだが、手が痛くてできない。

ソファでテレビを見ていた次男に頼んだ。

次男は長男ほど病気にならないので、そういう蓋に慣れていない。クルクル回すだけで、「あれ、あれ?」と言う。やり方を教えてやっとできた。

私はもともとこの蓋が苦手だ。

特に、蓋と本体で小さい三角形を合わせるタイプは、何度やってもダメで、しょっちゅう夫にやってもらっていた。アスピリンが多かった。夫は、私がちゃんと三角を合わせていないというのだが、これはどうみてもデザイン上の欠陥である。

子どもたちが10歳くらいになったときに、「関節炎でお悩みの方でも開けられます」という触れ込みの大きめの取っ手のついた薬ビンを買った。簡単に開いて感激した。なるべくその形の薬ビンを買おうと思うのだが、種類が限られる。やはり子どもの誤飲を防ぐほうが優先らしい。

うちは子どもに Child-proof の蓋を開けてもらっている。もう息子たちは「子ども子ども」した子どもではないのだ。


          *


今朝起きたら、やはり無視できない痛みが残っていた。

親指と人差し指の間の水かきみたいなところはよくなったが、親指の根元周辺に痛みが移動した。テニスひじのフィジカル・セラピーをしていたとき、これとそっくりの痛みが左の親指に起こった。

整形外科医に診てもらったときにはすでに痛みが消えていて、原因はわからなかった。その後はごくたまに腫れている感じがするくらいで、痛くはない。

右手もそれと同じように一時的なものだったらいいのだが、こうしょっちゅう関節のトラブルが起きるとちょっと気になる。

私は右利きなので、右手が100%でないと非常に困る。

関節炎の薬をもう一粒飲んだ。これからアイスパックをして、右手を極力使わないようにしなければ。

そう言いつつダラダラとタイプしてしまった。親指はスペースバーとタッチパッドのボタンを押すだけだが、骨も筋肉も神経も手全体や肘につながっているらしいので、少しでも負担を減らさねばならない。またフィジカル・セラピーに送り込まれてはかなわない。

しかし、こういうときにかぎって、なぜかいろいろ起きるのだ。

ルーマニアへの送金問題が再浮上して、でもそのことで私は初めてG氏とメールのやり取りをして、ルーマニア女のフルネームもわかったという具合である。

他にも書きたいことはたくさんあるが、しばし休憩。

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