スポンサーサイト

--.--.-- (--)


上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。



クリック募金を始めました。下記サイトにて協賛企業のリンクを各社1回クリックすると、1円ずつ募金できます。
    JWordクリック募金

 |  スポンサー広告

<今日の英語> 2010年7月掲載

2010.08.01 (日)



7/2/10
It's now or never.
やるなら今だ。

7/3/10
You need to baby it.
そっと扱わねばなりません。

7/6/10
It was a cakewalk for him.
彼にとっては一方的な勝利だった。

7/7/10
You are breaking up.
通話が途切れかかっています。

7/8/10
Our phone is ringing off the hook.
うちの電話が鳴り止みません。

7/11/10
Don't lose sleep over it.
眠れないほど心配するな。

7/12/10
No one covers for me.
私の代わりをしてくれる人はいない。

7/17/10
Leave it where it was.
あったところに置いておけ。

7/19/10
It all sounds like gibberish to me.
全部でたらめにしか聞こえません。

7/20/10
Wish me luck!
がんばってきます!

7/21/10
Do you want any of this?
これ、ほしい?

7/26/10
I apologize for the confusion.
混乱させてしまって申し訳ありません。

7/27/10
It will turn up.
出てくるよ。

7/29/10
Mrs. Peabody was a boldface name.
ピーボディ夫人は有名人だった。

7/30/10
I tossed old makeup in the wrong shade.
合わない色合いの古い化粧品を捨てました。

スポンサーサイト



クリック募金を始めました。下記サイトにて協賛企業のリンクを各社1回クリックすると、1円ずつ募金できます。
    JWordクリック募金

 |  言語  |  コメント(1)

幼児のむごい死

2010.08.02 (月)



大阪で23歳の母親が3歳と1歳9ヶ月の子どもたちをマンションに置き去りにして死なせた。

食べ物も与えず、エアコンも入れず、1ヶ月以上も放置したらしい。胃も腸も空っぽの白骨化しかけた遺体が発見されたという。

本当にやりきれない。

日本のニュースは、だいたい朝日のトップページに載る記事しか読まないが、虐待事件の報道がまた増えた気がする。昔と比べて表面化しているだけか、それとも絶対数が増えているのか。

私は自分が母親になれるかどうか5年も迷ったし、今でも子どもは苦手だ。

そういう私でも、子どもの虐待には強く反応する。特に、物心のつかない幼児に対しては、どこにも持って行きようのない憤りでいっぱいになる。

北海道で子ども3人が車の中で焼死した事件も悲惨だったが(その話は以前に書いた)、今回も胸がつまる。

黙っていられなくて、夫にも子どもたちにも事件の概要を話した。

彼らは「ひどいね。」と言ったきり、黙った。


        *


この母親はブログで子どもへの愛情をつづっていたという。

幸せな自分を演出したかったのかもしれないが、そのときは、たぶん本当にかわいかったんだろう。

その後、離婚し、幼児2人を抱えて風俗店で働き始めた(この女性は1人で生活費を稼いで子どもを育てようという妙に生真面目な一面があったと思われる。実家や元夫や福祉に頼らなかった、あるいは頼れなかったのだろうか)。

どんなに呼び名を変えても、つまり売春である。

セックスレスの私が言うのもなんだが、見知らぬ男の性欲処理なんて、誰が好き好んでやるものか。お金のために選んだ仕事だ。

そうやってせっかく稼いだお金を、彼女はホストにつぎ込んだらしい。

産後うつではないにしろ、離婚後の精神状態はふつうではなかったと思われる。体も心も疲れ切って、自分をちやほやしてくれるホストにしがみつくことで、現実から逃げようとしていたのかもしれない。そこまで追い詰められていたら、もう子どもをかまってやる余裕はない。

ただし、どんな理由であれ、彼女のやったことは殺人である。

まだ赤ん坊と言ってもいい子どもたちの不安と苦しみを想像するだけで、たまらない。


         *


いったい日本の児童相談所は機能しているんだろうか。

早くも3月末には、同じマンションに住む女性が児童虐待ホットラインに通報している。その後、同じ女性が2回通報した。

いずれも翌日または当日に相談所の職員が来たにもかかわらず、一度も部屋に入らず立ち去っている。

通報を受けて48時間以内に確認するのが規則だというが、ドアをノックして不在票をドアにはさめばいいのか。郵便配達じゃあるまいし、子どもを直接見ないで何がわかる。

お役所仕事の典型である

「緊急性がないから警察に通報しなかった。」という相談所の言い訳にもあきれた。

事件が発覚してから、マンションの他の住民も幼児の泣き声や母親を呼ぶ声を聞いたとマスコミの取材に答えている。相談所は、聞き込みもせずに緊急ではないと判断したらしい。

プライバシー保護にピリピリしている日本では、マンションの管理人といえども、簡単に部屋に入ることはできないのかもしれない。でも、この部屋は風俗店が借りていた。なぜオーナーに連絡しなかったのだ。


         *


アメリカには、Child Protective Services (CPS:児童保護サービス)という公の機関がある。

たとえば、ニューヨーク州のCPSウェブサイトは、スペイン語・中国語・ロシア語・アラビア語対応で、通報を呼びかけている(通話は無料。24時間受付)。

CPSは通報後24時間以内に調査を開始し、もしその子どもと兄弟姉妹が危険な状況にあると判断すれば、彼らを直ちにCPSの保護下に置く。つまり、家から連れ出すのである

こういうやり方では、誤解で取締りを受ける人も出てくる。あるいは、親権争いにからんで偽の通報をする人もいる。CPSはやりすぎだという批判もある。

しかし、虐待の可能性を見過ごさないためには、そういう危険を冒しても、「疑わしきは罰する」くらいの気持ちでやらねばならないと思う

たいていの虐待は密室で行われるからである。

ここまでしても、アメリカの児童虐待の被害は止まらない。ケースワーカーの仕事量が多すぎて見回りができなかったり、書類が見落とされたり、親に言いくるめられたりする。

日本の手ぬるい児童相談所(名前からしてよくない。おっとり相談している場合じゃない)が、今回も子どもが白骨死体になるまで気がつかなかったのは当然かもしれない。

幼い姉弟が寄り添うように死んでいたという光景が頭を離れない。


        *


もう何年も前に補習校で見かけた母子を思い出した。

その日はバザーがあった。私は食べ物や日用品を売っている本会場から離れたところにある古本売り場にいた。

朝の混雑が過ぎて、十数人があちこちで本を選んでいたのだが、その中に3歳くらいの男の子を連れた日本人の母親がいた。子どもの顔からして、父親も日本人。駐在か永住かはわからない。

私はかなり長いあいだ古本売り場にいた。その母子はいつからいたのだろう。

男の子は退屈したらしく、だんだんぐずり始め、最初は「ママー、おなかすいたー。お菓子、買ってー。」と母親にまとわりついた。本会場で見たのだろう。

母親は一切無視して、立ち読みをしている。

そのうち、男の子はギャンギャン泣き出した。

私はうるさくて本選びに集中できなくなり、イライラした。泣き声は、英語で wail という表現がピッタリくるような、悲嘆にくれた長いうめき声になった。

しかし、母親は知らん顔。平然と本を読んでいる。

そのうち、男の子は「ごめんなさいー。許してくださいー。わたしがいけないんですー。」をしゃくりあげながら繰り返すようになった。

ちょっとふつうじゃない言い方だなと思って、私は母子に目をやった。

ああやって許しを請うように躾けてるんだろうか。あの子はそうすれば母親が自分の方を向いてくれると知っているんだろうか。

でも、彼女は世間の目がまったく気にならない様子で本に没頭している。

彼女は息子をたたいたり、怒鳴ったりするそぶりは見せなかった。まるでそこにいないかのように振舞っていた

私は一瞬、彼女はたまたまそこにいるだけで、男の子の本当の母親はどこかに行ったのかと思った。

そのうち、母親は本を数冊手にとって会計で支払い(その間も息子は泣き叫んでいた)、「もううるさいわねえ。帰るわよ。」とぼそっと言って、息子を連れて立ち去った。


         *


その場にいた人たちはチラチラ見ながらも、だれも話しかけなかった。私も傍観者の1人だった。

やっと静かになってほっとした反面、もしかしたら彼女は夫に虐待されていて、いつもあんなふうに謝っていて、息子はそれを聞いて覚えたんだろうかとふと思った。

ああいう育て方を信念にしている人かもしれない。甘やかさないようにしているのかもしれない。しかし、彼女の態度は異様だった。

すでに子どもに手がかからなくなっていた私には、彼女がとても若く見えた。海外での子育てに行き詰っているんだろうか。ご主人は知ってるんだろうか。

私自身が孤独な子育てで苦しんだせいか、よくないことを想像した。

もう母子の顔も覚えていないが、男の子の悲痛な訴えは耳に残っている。



<今日の英語>

You can make a difference.
あなたは世の中をよくすることができる。


NY州CPSのサイトより。「誰かの人生に影響を与える力があなたにはあります。虐待を疑ったら、今すぐ通報してください。」



クリック募金を始めました。下記サイトにて協賛企業のリンクを各社1回クリックすると、1円ずつ募金できます。
    JWordクリック募金

 |  社会  |  コメント(5)

図星を指されて怒鳴る夫

2010.08.04 (水)



長男の部屋でプリンターと格闘していると、精神科医から戻った夫がやってきた。

「Gから電話があったって、次男から聞いたよ。今から連絡してみる。」と夫。

夫は目の前で私が何をしているか全然考えないで、いきなり話しかける。

次男には、「ダディが帰ってきたら、留守電に入ってるG氏のメッセージを聞かせてあげて。」と指示しておいたのに、ゲームに夢中で、電話があったことしか伝えなかったらしい。

G氏が今日は重要なミーティングに出ていて、結果がわかりしだい夫に連絡してくることになっていた。

そうでなくても、私は仕事関連の電話には出ないことにしている。私が伝言を書き取るよりも、機械に録音させるほうが効率がいい。だから、今回もわざとG氏からの電話には出なかった。

G氏は、すべてうまくいったこと、疲れているから今から寝ること、詳しい話はまた明日と言っていた。夫が連絡を取ろうとしてもつかまらない。


       *


私はプリンターをそのままにして、夫の部屋のドアをノックした。ノブを回そうとしたら、鍵がかかっている。

どうして帰宅してすぐに鍵をかけるのよ?G氏からのメッセージ、留守電に入ってるけど、聞いたの?」とドア越しに言った。

夫は部屋から出てきて、G氏に頼まれたことで集中してやらなくていけないからとかなんとか言い訳をした。

どうせルーマニア女から携帯にテキストが入ったんでしょうよ。

「ともかく留守電を聞いて。」と私は先に立って台所へ下りて行った。

「G氏はあなたが外出していたのを知っているんでしょ。どうして携帯にかけないのかしらね。あなたはいつも持ち歩いているし、彼は番号を持っているんでしょ。」

私は嫌味を言った。

「どうして携帯にかけなかったのか、知らない。彼はぼくの携帯にかけるときもかけないときもあるんだ。」

一度もかけてこないくせに。」

私が盗み見たテキストメッセージの履歴は、ほとんど全部がルーマニア人からだった。


         *


留守電の再生ボタンを押し、夫をその場に残して、私は長男の部屋へ戻った。

ドアに背を向けてプリンターを直していると、夫がまたやってきた。

「メッセージを聞いたよ。パイロット・プログラムが許可されたそうだ。ぼくも昨日眠れなくて、疲れている。」

「ミーティングが成功してよかったじゃないの。眠いなら、お昼寝したら。」と私。

「さえぎるな!まだ話の途中だ!」と夫は怒鳴って、ドアのフレームをバンッと叩いた。

私は何もしていない。なんで怒鳴られなくちゃいけないのだ

不愉快になって、私は黙った。

夫は、さっきの電話はG氏が車からかけてきたものであり、だから夫の携帯にはつながらなかったらしいなどとグダグダ言い、晩ご飯は何を食べたらいいのかと聞いた。

昨日のキャセロールの残りを食べてくれと、私は夫が精神科医に出かける前に言ったことを繰り返した。

夫は自室へ入り、鍵をかけた。キーボードを叩く音が聞こえた。

ルーマニア女に返事しなくちゃねえ、と私は白けた。

G氏が携帯にかけなかったことを指摘されて、夫はうろたえたのだ。携帯を肌身離さずに持ち歩く言い訳は、G氏との連絡だった。その下手な嘘がばれそうになった。

それで動転したからと言って、なぜ私に怒鳴る?

これが結婚した当時なら、私はメソメソ泣いただろう。そんなに人に怒鳴られたこともない私は、夫の怒り方が怖かった。夫は気の強い同僚の女性をひどく泣かせたくらい、きついのだ。

しかし、20年も経つと、「またか。」と呆れるだけで、涙は出ない。もちろん不愉快なことには変わりはないが、鍛えられて、まともに相手をする気にもなれない。


          *


しばらくして夫は階下へ下りて行き、ゲームをしていた次男に「何時間、やってるんだ?!」と怒り、電子レンジでキャセロールを暖める気配がした。

5分もしないで食べ終わった夫は、私の部屋へやってきた。

「キャセロールを食べたよ。Gのスタートアップはこれで重要なハードルをクリアした。もう休んでるかもしれないが、彼にメールを出しておかないと。それから。」と夫は言いかけて、

いったい何が気に入らないんだ?!」と、黙っていた私にまた怒鳴った。

「さっき私が途中で話したら、さえぎるなって怒ったからよ。あなたが話し終わるまで待ちます。」と白々しい私。

夫は二言、三言続けてから、「これで話は終わりだ。」と言った。

「G氏のプロジェクトが支援されることになって、よかったじゃありませんか。」と私。ほかに何が言える? ルーマニアの話なんか持ち出して、また怒鳴り声を聞くのはごめんだ。

夫は出て行き、やっと静寂な時間がやってきた。

そのあとも何度か夫と顔を合わせたが、私が黙っていると、夫は「まだ怒っているんだろう?」と尋ねた。

「いいえ。別に。でも、どうして私が怒鳴られなくちゃいけないのか、わかりません。」

「今日はイライラしていたんだ。」

だったら、私に八つ当たりしてもいいのか。


         *


こういう気の短さは躁鬱病とは関係ないと思う。単なる性格だ。

今は穏やかな義父も、若い頃はかなりの瞬間湯沸かし器だったらしい。今でも、ときおりその片鱗が見える。ただし、私には絶対にそんなことはしない。

うちの息子たちは口論もするけれど、兄弟仲はいい。殴り合いのけんかはしたことがない。根が優しい。

現地校でも補習校でも、「長男(次男)くんはとても優しい子です。」とよく言われたし、通知表にも書かれた。社交辞令もあっただろうが、対立を好まず、人の役に立ちたがるので、そういう印象を持たれるのだ。

ティーンエージャーになり、私に口答えはするが、可愛いもんである。今のうちにもっと反抗期らしいことをしないと、成人してから危ないんじゃないかと、逆に心配になるほどだ。

いや、夫の亡き母は「小さい頃はあんなにいい子だったのに、どうしてこんなことに。」と反抗期の夫を見て嘆いたというから、それは関係ないかもしれない。

ともかく、息子たちには怒鳴り散らす男にはなってほしくない。そういう遺伝子があるだけに、私は気を揉む。


         *


もう何年も前に、どっきりカメラみたいな番組を見たことがある。

その日のテーマは、温和で知られる人たちをどうやって怒らせるかというものだった。

何人かがひっかかって、感情的になったり、あからさまに敵意を示したりする様子が映し出された。趣味の悪い企画である。

PBSの Mister Rogers' Neighborhood という子ども番組のホストだった Fred Rogers が標的にされた。

製作にも関わっていたロジャーズ氏は、見るからに穏やかな人で、気の短い私は番組の悠長なぺースがじれったいくらいだった。

どっきりカメラは、そのロジャーズ氏に新しい子供向け番組の企画委員会に参加してほしいと頼んだ。

怒らせ役の人は、こころよく引き受けたロジャーズ氏を、殺風景な部屋に連れて行った。ロジャーズ氏は業界でも一般にも広く知られており、受賞も数知れない。

「すみません。テレビ番組のミーティングなのに、テレビやビデオの機材はまったくないんです。」と怒らせ役。

「いや、かまいませんよ。何もなくても、話はできますから。」とにこにこするロジャーズ氏。他の人たちはここで、「それじゃあ仕事にならない。」とつっかかったりした。

「XさんもYさん(他の有名人ゲスト)も来られないそうです。」

「来られる人だけでいいと思いますよ。」と落ち着いたロジャーズ氏。

細かいところは忘れたが、ともかくあの手この手でロジャーズ氏を怒らせようとしたのだが、ことごとく失敗した。ついに、「実はこれはあなたを怒らせる企画でした。」と白状する怒らせ役。失礼な!と怒るどころか、

「おや、そうだったんですか。ぜんぜん気がつきませんでした。」といつものおっとりペースのロジャーズ氏。

彼は本当に優しくて怒らない人だというのが番組の結論だった。

ロジャーズ氏は「いや、怒るときは怒りますよ。」と笑っていたが、うちの夫のように理不尽な八つ当たりはしなかったと思われる。

ああいう人と結婚していたら、穏やかな毎日だろうなあと時おり空想する。

もっとも、ロジャーズ氏が妻に隠れてルーマニア女にお金や花を贈ったり、テキストでたわごとを書き送ったりするところは想像できない。そんなことをしないから、妻に図星を指されて血相を変えることもないのだ。



<今日の英語>

Since when is ice cream so expensive?
アイスクリームって、いつからこんなに高くなったの?


プレミアムやアーティザンと称するアイスクリームが非常に高い値段で売られていることに驚いたお客の一言。



クリック募金を始めました。下記サイトにて協賛企業のリンクを各社1回クリックすると、1円ずつ募金できます。
    JWordクリック募金

 |   |  コメント(0)

英文を読み上げてくれるサイト

2010.08.05 (木)



<今日の英語>に載せるフレーズは、私が単なる思いつきで選んでいる。

ブログを始めてから18ヶ月。毎月20のフレーズを書いたとして、360件か。案外貯まるもんだ。

もっとも、どれくらい記憶に残っているかは怪しい。どこかで使うチャンスはないかなあと思いつつ、行動範囲の狭い私はそういう機会が訪れないまま、忘れてしまう。

毎月のまとめは記憶を呼び起こすはかない努力なのだが、たった3週間前のものですら、「こんなの、書いたっけ?」と首をかしげる始末。

そのうち、「まさにこういうときに使うべきではないか!」という状況になって、その言い回しがパッと口から出る確率は低い。1時間くらい経って、「そういえば、あの時にああ言えば。」と思い出したりする。

アメリカに住んでいても、せっぱ詰まっていない人間はこの程度である。


         *


英語学習のサイトは山ほどある。

素人が脈絡もなく集めたフレーズの出番はないと思うが、こんなものに興味を持つ人もいるらしい。

この英語と解釈が正しいという保証はありません。」という一文をどこかに入れるべきか迷う。英語しか理解しないアメリカ人と21年もアメリカに住みながら、私は自信がないのだ。

辞書を引き、検索しても不安なときは、子どもたちに尋ねる(夫に聞くと、説明がくどい上、語源やら他の例まで持ち出すのでなるべく避けたい)。

「こういう言い方、する?」「女の人が言うとおかしい?」「このスラング、どういう感じに聞こえるの?」

彼らはネイティブ・スピーカーではあるが、英語が母国語でない人に説明する訓練を受けていない。

日本人が「は」と「が」の違いや「ぼくはウナギだ」の説明に苦慮するのと同じく、私の質問に頭をかしげる。しかも、私には日本語で解説しなければならないというハンデもある。

「どっちでもいいよ。」「しゃべるときに、そんなこと考えてないもん。」という返事がままある

それじゃあ困るのよと思いつつ、「まあ適当でいいか。」と私もそんなところだけはアメリカになじんでいる。


        *


<今日の英語>の単語が読めないので、カタカナを書いてほしいというコメントがあった。

私もロシア語を習い始めたときにそう思った。どうにかキリル文字を覚えたあとでも、まずカタカナでだいたいの音を予想してから読んだりした。

しかし、ロシア語の長い単語をカタカナで書くと、かえってわかりずらい。しかも、発音がかけ離れている。ラとあっても、RなのかLなのかは文字を見ないと判別できない。それだけ余分な時間がかかり、イライラしてくる。

私のロシア語は初歩レベルで停滞しているが、カタカナに頼ることはやめた。

英語をカタカナで表記するのも難しい。It をイットと書くと、音は itto になってしまう。そう発音しても、文脈でわかってくれるアメリカ人もいるだろうが、カタカナを見ることでかえって英語から遠ざかるような気がするのだ


       *


その代わりと言ってはなんだが、入力した英文を読み上げてくれるサイトを調べてみた。単語なら辞書サイトがたくさんあるのに、文章となるとなかなか見つからなかった。

唯一これならと思ったのが、

AT&T Labs Natural Voices® Text-to-Speech Demo

アメリカ英語、イギリス英語だけでなく、ドイツやイタリアのなまりまで用意してある。ただし、このデモ・サイトには各種の制限がある(個人使用に限る。同一のPCから過剰に入力すると、アクセス禁止されるなど)。

文章ではなく、熟語やごく短いフレーズならば、

howjsay.com

生身の人間が録音しているので、自然な感じがする。新しい単語・熟語が日々追加されている。翻訳機能もある。

日本のサイトでは、

Yahoo!学習の英文を聴こう

読み上げる順に単語がハイライトされていく。個々の発音は正しいが、各単語の機械音声を拾っているらしく、次男に言わせると「ロボットみたい」。あまりおすすめできない。


         *


私はこういうサイトは使ったことがなかった。あることも知らなかった(もっといいサイトがあるのかもしれない)。

それというのも、うちには「歩く英語発音機」が3台もウロウロしているからである

発音に迷うときは、「これ、どう読むの?」と英語のつづりを言う。すると、即座に答えが返ってくる。

「もうちょっとゆっくり言って。」とスピードを調整したり、「もう1回、言って。」と反復させることもできる。しかも、私は指一本動かさなくていいのだ。

しかし、そうやってラクをしていては身につかないのも、また事実である。


<今日の英語>

Don't be so quick to blame the parents.
そうすぐに親を責めてはいけない。


近隣の女子高生がパーティの最中に亡くなった。死因は調査中だが、「親は何をしていたんだ。」というコメントに反論した地元の人の一言。



クリック募金を始めました。下記サイトにて協賛企業のリンクを各社1回クリックすると、1円ずつ募金できます。
    JWordクリック募金

 |  言語  |  コメント(1)

2泊3日の空手キャンプ

2010.08.06 (金)



長男が空手キャンプから戻った。

3日間だけ一人っ子だった次男は、私にいろいろ片付け仕事をさせられながらも、パソコンを独り占めできてゲーム三昧だった。

でも、ゲームの楽しみを共有できないのはつまらなかったらしい。

「お母さん、これ見て! ぼく、今ここ! すごい?」などとしょっちゅう叫んでいたが、「へー。」か「もうゲーム止めなさい。」くらいの反応しか得られなくて、がっかりしたようだった。

兄のありがたみがわかったか。

夫は部屋に閉じこもっている時間が長かったし、プレイデートは先週3件もあったので、今週はなかった。次男のおしゃべり相手はもっぱら私だった。

そのせいか、なんとなく次男の日本語がなめらかになった。

それも、長男が戻れば元の木阿弥。

兄弟間は99%英語である。無理に日本語にさせると、アニメのセリフの棒読みか幼稚園児の会話になってしまう。

補習校でクラスメートと英語で話していた次男に、日本語で話しなさいと命じると、次男もその友だちもやっぱり不自然になった。私にはもっとふつうに話せるのに、不思議だ。友だちや兄弟で話す場面の日本語を知らないせいだと思う。


        *


キャンプに出かける日の朝、あいかわらずおっちょこちょいで詰めの甘い長男は、テントの部品を忘れそうになった。

9時ギリギリに着いたが誰もいない。

そのときになって、長男は「バスは9時半に出発だったのに、お母さんが9時に行くって言うからだよ。」と私のせいにしようとした。

「ちょっと待って。結局、何時に集合するの?

「それは言われてなかった。バスが出る時間だけ聞いた。」

こういうのを間抜けというんじゃないだろうか。しかたがないので、みんなが来るまで駐車場で待つ。誰も来ない。

もしかして、夜の9時半だったらどうしよう。」と青くなる長男。なんで夜に集合するのよ。

やっとミニバンが1台来た。しばらくして長男が話をしに行くと、空手教室の受付のおばさんと何人かの子どもたちが出てきた。

すぐに帰ってもよかったが、バスが来るまで私も待つことにした。

9時半になってもバスは見えず、どうみても全員揃っていない。武道を学ぶ人がこんなことでいいのか。

9時40分になって、長男が私の車へ走ってきた。

お母さん、ぼく、スリーピング・バッグ忘れた!スリーピング・バッグなしでいいと思う?

「寝袋なしでやれるわけないじゃない! どうして持ってこないのよ。私が取ってくるまで、待っててもらって!」と慌てて家に戻った。

リストと照合して持ち物を確認しろとあれほど言ったのに。

とんぼ返りでどうにか出発に間に合った。まったく朝から二往復もさせられてしまった。16歳にもなって、どうしてこう抜けているんだろうか。

長男は、ミドルスクールのときにも、バックパックを家に置いたままバスに乗って学校に行き、悠長に電話をしてきた子だ。

夕方、長男の部屋で懐中電灯を見つけた。

これも持っていくはずだったものだ。ランタン型の明かりは持って行ったが、携帯するには大きすぎる。キャンプは30分ほど離れたところでやるらしいが、どこなのかよくわからない。もう自分でどうにかしてくれと思う。

本当に先行きが思いやられる。


         *


3日目の夕方、空手教室へ迎えに行くと、疲れきった長男が待っていた。

キャンプはかなりきつかったらしい。でも、次回もまた行くのだそうだ。ただし、これは4年に1回だけの開催だという。オリンピックじゃあるまいし、また長男の早とちりか。

家に戻ってよく見ると、長男は痩せていた。

食事はおいしくしっかり食べたと言うが、それだけトレーニングが厳しかったか。

でも、なんだかたくましくなっていた

あいかわらず小柄だが、3日間のアウトドア生活、パソコンなし・ゲームなし・テレビなし、先週買ったばかりで2回練習しただけのテント張り、体力作りや格闘技の練習などで、鍛えられたのだろう。

自信もついたのかもしれない。長男が自分から行きたいと言って申し込んだキャンプだった。

こういうのは、室内でPCをいじるだけのコンピュータ・キャンプでは得られない。

2泊3日にしては高い費用だったが、その価値はあった。

【関連記事】
今年のサマーキャンプ 2010.04.23
73日間の夏休み 2010.06.26



<今日の英語>

You have no qualms about this?
これについて、不安はないんですね?


石油流出の事故処理と責任追及をBPと共同で行うことについて、政府の事故総括責任者をインタビューしたジャーナリストの一言。qualms は、自分の行動やふるまいに対して感じる良心の呵責。複数形で使う。



クリック募金を始めました。下記サイトにて協賛企業のリンクを各社1回クリックすると、1円ずつ募金できます。
    JWordクリック募金

 |  子ども  |  コメント(0)

99週組の人たち

2010.08.09 (月)



失業手当の受給期間が延長されることになった。ただし、この特別措置は11月30日までなので、その先はどうなるかわからない。

7月の失業率は6月と同じく9.5%だったが、非農業部門の就業者数は前月比で13万1千人減って、2ヶ月連続でマイナスとなった(しかも、6月は前月比12万5千人減と発表されていたのに、実は22万1千人も減っていたことが判明。統計局が10万人単位の集計ミスをしていいのか?)。

市場は6万5千人の減少幅を予測していたのに、実際はその2倍だったわけだ。

政府雇用者は20万2千人も減った。これにはテンプの国勢調査員14万3千人も含まれる。財政難で、国も市町村も人員削減を行っている。日本はどうか知らないが、アメリカでは公務員も安泰ではなくなった

頼りの民間雇用はたった7万1千人しか増えていない。

株価は回復しつつあり、いくつかの経済指数もよくなっているのに、仕事にあぶれている人がこんなにいる。


       *


ラジオでちらっと聞いたところでは、就職活動をあきらめた人が40万人もいるそうだ【下に追記あり】。

いくら履歴書を送っても、面接どころか、何の返事ももらえないのは私も経験済みである。それであきらめられるのは、まだ恵まれている部類かもしれない。

どっちにしても、仕事がないからお金がない、お金がないから物が買えない、物が売れないから企業の業績が伸びない、業績が悪いから人を減らすという悪循環が続く。

政府は景気刺激策を講じているらしいが、私には恩恵が感じられない。

オバマ政権は、失業率が2011年末には8.7%に、2013年末には6.8%まで下がると予測している。

ある研究者によると、そのためには「今後3年間ずっと毎月30万人が新たに仕事に就く」という計算になるらしい。ありえない。

いったいどうやったらそんなに楽観的な見通しが立てられるのだろう。


         *


先週のNYタイムズに、「99週間の後、失業者には絶望しかない」という寒々とした記事があった。

失業手当の最長期間である99週が過ぎれば、収入がゼロになる。これまでは99週(1年と11ヶ月)もあれば、たいてい次の仕事が見つかったのだろうが、この不況では通用しなくなった。

そういう人たちを 99ers(ナインティ・ナイナーズ)と呼ぶのだそうだ。

話はぜんぜん違うが、1849年のカリフォルニアでのゴールドラッシュにやってきた人たちを 49ers(フォーティ・ナイナーズ。49年者あるいは49年組)と呼ぶのに似ている。

7月の時点で、平均失業期間は34.2週間だった。 

1948年に統計を取り始めてから最悪だった6月の35.2週よりは改善されたものの、9ヶ月で仕事が見つかればまだラッキーなほうなのだ。


          *


NYタイムズに出ていた99週組の1人は、49歳の女性。

家賃未払いのためにテネシー州のアパートを追い出され、車1台に荷物を載せて、バーモント州のモーテルに来た。それも、1週間の宿泊料260ドルをかき集めて、どうにか入れたところだ。

レイオフされる前には、テクノロジーの会社で年収5万6千ドルを得ていた。失業してビジネススクールも途中で辞めねばならなかった。それなのに、学費ローンが9万2千ドルもある。

多額の学生ローンを抱える卒業生は多いが、彼女の場合はMBAを取得もできず、借金だけという最悪のケース。もともとそこまでしてMBAをめざす価値はあったのだろうか。

最低賃金からディレクターレベルの仕事まで、応募しまくったが、99週間経っても採用されなかったという。

しかも、モーテル住まいになれば、履歴書に書く住所にも困るし、携帯の支払いができなければ連絡すらもらえない。

教会からガソリンスタンドで使えるギフトカードをもらい、友達から200ドル借り、どうにか生活している。

シェルターに申し込もうとしたら、順番待ちリストがあると言われた。未成年の子どもがいないので、生活保護は優先されない。成人した息子がいるが、1人は南米で英語を教えており(彼には母親に送金する余裕はないのか?)、1人は失業中で友人の家を渡り歩いている有り様。

テネシーでのフードスタンプも、バーモントに転居したことを報告すれば切られてしまう。

これで車が差し押さえられたら、彼女はホームレスになるしかないのだろうか。

車に乗っていて、このままハンドルを切って車を大破させたらどうかしら、と考えることがあります。」とこぼすのも無理はない。


         *


「もうこの財布に入っている140ドルしかない。」という中年女性の話もあった。

そこまで追い詰められている人がこのアメリカには何人いるのか、考えると空恐ろしい。

ただし、貯金がぜんぜんないというのは、いつもお金の心配をしている私には理解しがたい

彼女たちは、貯金する余裕がないほど、それまで背伸びした生活をしていたんだろうか。貯蓄率がネガティブ、つまり収入より支出が多くて平気だった人たちなのか。それとも、毎月ギリギリの生活で、本当に貯金する余裕がなかったのか。

いずれにしても、彼女たちは(なぜか女性の例ばかり出ていた)健康保険だの老後資金だのを心配する以前の生活だ。

99ers の話は、バーモントの女性が1年ぶりに面接までたどり着けたことと、友人が急遽300ドルを送金してくれたことで終わっていた。

アメリカ人はこんな状況でも楽天的に締めくくるのか、と妙に感心してしまった。


【追記】 8/10/2010のNYタイムズに関連記事が出た。
公式な失業者1460万人。仕事がほしいけれど探すのを止めてしまった人が590万人。パートタイムで働いているがフルタイムの仕事を見つけたい人850万人。


<今日の英語>

Welcome to the club.
私もあなたと同じ境遇です。


財政難で公務員の年金支給が難しくなってきた。「年金をカットするなんて、話が違う。」と怒る元公務員に対して、「引退後のための貯蓄については、みんなが大打撃を受けた。我々も同様なんだ。文句を言うのは止めろ。」と民間で働いていた人が一喝した。文字通りには、ようこそ同好会へ。



クリック募金を始めました。下記サイトにて協賛企業のリンクを各社1回クリックすると、1円ずつ募金できます。
    JWordクリック募金

 |  社会  |  コメント(3)

鼻を切り落とされたアフガン女性

2010.08.10 (火)



8月9日付タイム誌の表紙は、夫に鼻と両耳を切り落とされたアフガン女性アイシャだった。

「我々がアフガニスタンから撤退したら、何が起こるか」というプロパガンダ臭の強い見出しがついている。

こういう虐待が、アメリカ軍がアフガニスタンに侵攻するずっと前から起きていたという知識はあったが、写真を見るまではなかなか想像できなかった。

鼻や耳を切り取られても生きているのに驚いた。出血多量や細菌感染で命を落とすか、あるいは辱めを受けて自殺に追い込まれるかと私は思っていたのだ。

いったいどういう神経の持ち主が女の子にここまで残酷な仕打ちをすることができるのだろうか

彼女はまだ18歳。女性というより少女だ。

アメリカ人の援助活動家が彼女を助け出したのだが、最初はトラウマでしゃべることもできなかったという。

10ヶ月間カブールのシェルターにかくまわれ、やっと先週、再建手術のためにアメリカにやって来た(14ヶ月の息子も連れている)。8ヶ月かかるという治療と滞在費用は、カリフォルニアのある慈善団体が全額負担する。

おそらく何百人、何千人という犠牲者の中のたった1人とはいえ、そういう懐の深さはさすがアメリカだと思う。


           *


アイシャは12歳のときに、妹とともに、あるタリバン兵士の一家へ送られた。彼女の叔父が後に花婿となる人の親戚を殺したため、部族の慣習にしたがって、アイシャの父親が実の娘を貢ぐことで決着をつけたらしい。

彼女が思春期を迎えると、そのタリバン兵士と結婚させられた。

彼女と妹は義理家族の家畜といっしょに住まわされ、奴隷のようにこき使われた。また、叔父の罪に対する罰として、頻繁になぐられた。

アイシャは脱走したが、1年後に夫に発見され、連れ戻された。そして、人里離れた場所で鼻と両耳を切り落とされて、出血するがままに捨て置かれた。

どうやって助けを求めてさまよい歩いたか、彼女は覚えていないという。

パシュトン文化においては、妻に恥をかかされた夫は「鼻を失った」と言われる。だから、妻に同じような仕返しをしたという論理らしいのだが、こんな理不尽な話はない。それは「顔がつぶれる」という比喩表現を文字通りに受け取って、顔を殴りつけるようなものではないか。

彼女の父親は一度だけシェルターにやってきて、婚家に帰るよう説得した。彼女は拒否したのだが、実の娘がこんな目にあったののに、夫の元へ戻そうとする父親も私の理解を超えている。

「他国の風習や文化を尊重せよ。」とよく言われるが、彼女の顔を見たらそんなきれいごとはどうでもよくなる

彼女の10歳になる妹はまだその家にいるらしいが、状況はわからない。でも、妹に怒りの矛先が向けられているのは想像がつく。

アイシャは読み書きができない。タイム誌に自分の顔が出ていることについては、これが他の女性たちの助けになるかどうかわからないと言い、「私はただ自分の鼻を取り返したいだけです。」と語った。


           *


アメリカは9年もタリバンと戦っているのに、結局何も変わっていない気がする。

アメリカ軍がアフガニスタン部族の思想を数年やそこらで変えられる見込みはないし、だいたいアフガン女性を助けるために戦争しているのではない。9/11の報復と二度とあのようなテロが起きないようにするために戦っているのだ。

事実、アイシャはアメリカ軍がいるときにこんな目にあった。軍事力でどうにかできる問題ではない。

だからタイム誌の見出しはこじつけに思える。

もちろんアメリカ軍がそこで戦争をしているからこそ、こういう写真が表紙に出るのであって、世論の関心を引くことができる。

しかし、アイシャに同情しつつも、「女性の人権が踏みにじられているのはアフガニスタンだけではない。コンゴやサウジアラビアやインドはどうする? そこにも戦争をしかけるのか?」というコメントが少なからず寄せられていた。

Our boys or their girls―うちの男の子(アメリカ軍兵士)かあちらの女の子、どっちが大事か―という問いかけをした人がいた。これ以上、アメリカ人の犠牲者を出したくないのだ。

それに、泥沼化したアフガニスタンよりも、アメリカ国内の緊急課題をどうにかするのが先じゃないかという話になってくる。


           *


2ヶ月ほど前にNYタイムズに出ていた動画を思い出した。

アフガニスタンの荒涼とした僻地で、やっぱりまだ少女のような子どもがこれでもかとむちで叩かれていた。彼女たちは13歳と14歳で、老人との強制的な結婚から逃げ出したという名目の処罰だった。

むちをふるった男たちはタリバンではなく、地元の部族長だった。

私は、こいつらを後ろから思いっきり蹴飛ばしてやりたくなった。

回りには男たちがずらりと座り込み、まるで余興のように見物していた。もちろん誰も止める人はいない。女性の姿は見えなかった。

でも、小さい男の子が何人かいた。彼らはこんな風景を見て育つのだ。そして、大人になったら、同じように少女をむち打つのか。

自分が少年だったころにもしかして恋した少女とか、自分の娘や孫娘への愛情とか、そういうことは忘れてしまうんだろうか。

私はフェミニストでも活動家でもないけれど、少女が虐げられているというニュースがとても気になる。

せめてもと思い、「アフガニスタンの女の子がこんなひどい目にあってるのよ。」とうちの息子たちに話す。




クリック募金を始めました。下記サイトにて協賛企業のリンクを各社1回クリックすると、1円ずつ募金できます。
    JWordクリック募金

 |  社会  |  コメント(1)

屋根張替えの工事完了

2010.08.11 (水)



契約書にサインして1週間後、ジョンから電話がかかってきた。

「あさって工事をしたいんですが、ご都合はいかがですか。」

何の予定もないので、承諾する。お金は払いたくないが、早く終わらせたい

「では、明日のうちに資材を届けます。それから、作業員を連れて最終確認に行きたいんですが、いいですか。」

屋外の工事だから天気に左右されるとはいえ、いきなり明日、あさってか。

ダレルの会社もそんな感じだった。他のプロジェクトとの兼ね合いやと天候で、直前にならないとわからないのだろう。私は子どもの送迎と買出し以外はたいてい家にいるので、まあいつでもいい。

夫に工事の予定を伝えたが、興味はないらしい。

私だって興味はない。誰もやってくれないからやっているだけなのだ


         *


翌日3時ごろカレーを作っていたら、玄関のベルが鳴った。

次男に「カレーを見ててよ!」と言いつけて外に出ると、ジョンとヒスパニックの男性が3人いた。そのうちの1人アレックスが責任者だと言う。

アレックスは英語は聞けばわかるが、話すのは片言。他の2人は、スペイン語しかできないらしい。

不法移民かなという考えが頭をよぎる

ちゃんとやってくれるだろうか。

ここ10年くらい、汚れ仕事や力仕事に来るのはメキシコ人(あるいはエクアドル、グアテマラなど)がほとんどである。契約まではビジネスオーナーである白人がやり、実際の作業はメキシコ人にやらせる。

ちゃんと仕事ができれば、どこの国の人でもかまわない。雑な仕事をしたり、私を騙そうとしたりするアメリカ人もいれば、真面目に働くエクアドル人にも会ったことがあるのに、ヒスパニックというだけで不信感を持つのは私の偏見だ

「金曜日にはあなたも来るんでしょう?」と私。

「いや、アレックスに任せてあります。今日すべて打ち合わせをしましたから。」とジョン。

「でも、作業が終わったら、一応の確認には来るんでしょう?」

いや、その必要はないです。アレックスは腕がいいし、先週はxx通りの家で屋根を直してきたばかりですよ。彼がベストです。」

アメリカ人は自信たっぷりの人が多いが、コントラクターは特にそういう傾向が強い。私はかえって不安になる。ジョンも気がついたと思う。でも、「ご心配なら、見に来ましょうか。」とは言わない。


         *


ジョンは、かばんから契約書を取り出した。

「ここにサインとイニシャルをお願いします。メールしたのと同じものです。」

「この間、サイン済みのをFAXしたでしょう。」と私。

「うまく印刷できなかったんです。それに、やっぱりオリジナルのほうがいいですから。内容は同じですよ。どうぞもう一度読んでください。」

2ページにぎっしりの契約書なんか、とても読む気がしない。それでなくても、私は次男がカレーをほったらかしにしてゲームに夢中になっているのではないかと気が気ではない。

金額と箇条書きの作業工程だけ確認して、さっさとサインした。

私はだんだんどうでもよくなり、最後は適当にしてしまうことがよくある。もう考えるのもめんどくさいのだ

「工事は1日で終わると思います。たぶん気がつかないうちに終わってると思いますよ。」といやに明るいジョン。

そして、古い屋根板を捨てる大きなコンテナの置き場所などを決めて、彼らは帰って行った。


          *


金曜日。

朝7時40分ごろから外で人の気配がする。でも、誰も玄関のベルを鳴らさない。

8時ちょうどに作業が始まった。このあたりの敷地は広いが、それでも工事音は響く。だから8時まで待っていたのだろう。

Tarp と呼ばれる青い防水シートが窓を覆って、家の中が海の底みたいに青くなった(私は海の底を見たことがない。そういう言い回しをよく聞くが、本当は太陽の光が届かない暗闇じゃなかったっけ)。

それから、バリバリと今の屋根板をはがす音、下に投げ落とす音、かなづちやのこぎりの音で、猫たちは飛ぶように地下室へ駆け下りて行った。

元の屋根板は工業用ホチキスでいいかげんに留めてあったと聞いた。かなづちの音がするということは、たぶん手抜きはしていないだろうと自分に言い聞かせる

外の様子を見に行こうと思ったが、上からいろいろ降って来て危険すぎる。

いつのまにか、猫がそろそろと姿を見せた。物音はするが、家の中には誰も入ってこないことに気がついたらしい。

途中30分くらいのお昼休憩で静かになった以外は、夕方まで工事が続いた。

アレックスが「終わりました。」の挨拶をしに来るかと思っていたが、結局一度も顔を合わせることもなく、いつのまにかみんな消えて、静まり返った。


          *


巨大なコンテナは約束どおり土曜日に引き取られた。でも、屋根板の余りはガレージの外の芝生の上にカバーをかけて置いてあった。

将来の修理のためにほしい顧客もいるだろうが、私は要らない。

この家に引っ越してきたときもガレージに2包みくらい置いてあり、結局一度も使わないまま、大変な思いをして捨てた。

ともかく重いのだ。1枚はペラペラ(それでも重い)だが、10枚も重なると持ち上げるのは大変だった。

ガレージの中に置いても、劣化が激しいらしい。「保管しても無駄です。」とあるDIYサイトで読んだので、引き取ってもらうことにした。

何でも取っておきたがる夫には内緒である

ジョンにその旨メールすると、半日もしないうちに跡形もなく消えていて、ジョンから「片づけました。」というメールが来た。対応が素早いのはいい。

アレックスたちは、サイディングの修理も契約書どおりにやってくれた。

屋根の修理は信用するしかない。しょせん素人が遠目から見て判断できるものではない。

ジョン宛てに7900ドルの小切手を書きながら、屋根の上で実際に作業した人たちの取り分はいくらなのかなと考える。

次は玄関の修理とペンキ塗りとストームドアの設置。寒くなる前になんとかしなければ。資金はどうする?

ジョンの会社に頼むつもりではいるが、私には立て続けにいくつものプロジェクトをこなすエネルギーはない。しばし休憩が必要である。

【関連記事】
屋根張り替えの見積もり 2010.07.19
屋根張り替えの契約成立 2010.07.27



<今日の英語>

Do you know off hand if I'm going to see the doctor today?
今日はお医者に行く日かどうか、パッとわかるかね。


精神科医の診察が毎週から隔週になった夫。すぐ記憶があやふやになるらしく、壁掛けカレンダーとアウトルックの両方を愛用している私に「今週はどっちだっけ。」と尋ねる。off hand は即座に、準備せずに。



クリック募金を始めました。下記サイトにて協賛企業のリンクを各社1回クリックすると、1円ずつ募金できます。
    JWordクリック募金

 |  生活  |  コメント(0)

愚かな男がまた1人

2010.08.12 (木)



HPのCEOマーク・ハードが辞任に追いやられた。

早い話が女がらみのスキャンダルなのだが、昼メロだってもう少しうまく脚色するだろうというくらい、出来の悪い話である。

クビの理由は、出張接待費用の不正確な精算ということになっている。しかし、HPの契約業者がハードをセクハラで訴えたのが発端だった。

この女性ジョディ・フィッシャーは50歳のシングルマザー。

HPのためにマーケティング関連のイベントを企画し、重役クラスの接待をするのが仕事だった。どういうわけかハードに気に入られて、2人きりで10回近く食事に出かけたという。


        *


その辺で止めておけばいいのに、「どういうわけか」という事実がズルズル出てくる

フィッシャーは、ポルノまがいのB級映画に出ていた怪しげな経歴の元女優だった。HPは彼女と契約する前に身元調査をしなかったと見える。

セクハラ訴訟のために彼女が選んだ弁護士は、タイガー・ウッズやブリトニー・スピアズに雇われたこともある有名人。そのあたりからして、タブロイド誌に売り込みをしているようなものだ。

ハードはフィッシャーからの手紙をHPの取締役会に提出した。

HPは直ちに独自の調査を行い、セクハラの事実はなかったと判断した。そして、フィッシャーとハードは何らかの形で和解した。具体的な訴えの中身はわからずじまい。

でも、zero tolerance(いかなる違反も容赦しない)が建前のアメリカでは、いったんセクハラのケチがついたら、まあ終わりだ。

この元女優はそのへんのことがわかっていなかったようだ。

辞任に驚いた、悲しいなどととコメントしている。弁護士の差し金かもしれないが、そんな他人事みたいなことを言っている場合ではない。

また、「マークとは不倫をしていないし、親密な関係はありません。」と表明し、「彼のご家族とHPのご幸運をお祈りしております。」と間の抜けたメッセージを出している。

疫病神の彼女にそんなお祈りをしてもらって、どうする?


          *


HPの取締役員会は、ハードの経費精算も見直した。

すると、明らかにフィッシャーとの食事なのに、他の人の接待あるいは自分だけの食事であるかのように申請していたのが判明した。

忙しいCEOは当然アシスタントか秘書にそういう雑用を任せるのだが、せこい小細工をさせたものだ。

精算額は、それぞれ千ドルから2万ドルの間。

ハードの年俸は3千万ドル(25億円?)だった。千ドル程度の経費は、普通の人の10ドルくらいの感覚じゃないだろうか。どうしてわざわざ精算して墓穴を掘ったのか。自腹で払って、ペーパートレイルを残さないようにしようという知恵は働かないのかね。

うちみたいに奥さんが家計を管理しているとしても、あれだけの収入があれば、秘密口座の一つくらいどうにでもなりそうなのに。

それに、HPのCEOともなれば、もう少しまともな女が手に入っただろうに、どうしてこういう得体の知れないオツムの弱い女に手を出すのか

染めた金髪と豊胸手術とボトックスで若作りした、見るからに品のない女。

セクハラの手紙を受け取ったときのハードの驚愕が目に浮かぶようである。おそらく、その瞬間まで、軽い情事を上手に楽しんでいるつもりだったんだろう。


          *


フィッシャーはお金目当てのいわゆる Gold-digger なのだろうか。

証拠もないらしいセクハラの訴えで、いくらか和解金を受け取ったのかもしれないが、相手は大会社のCEOである。なんでそんなところで妥協するのだ

もっとうまく立ち回って、いくらでも貢がせればよかったのに。あるいは、離婚させて後妻に収まるべく画策するとか。

それなのに、あっさりクビにさせてしまうとは、なんともったいない

ハードは、経営者としては有能だったのである。

退職手当は推定3460万ドル(約30億円)。生活の心配はこれぽっちもない。でも、契約更新の交渉中だったので、もしクビにならなければ、向こう3年間で1億ドル(円に換算するのもあほらしい)の報酬になるはずだったのだ。

もっとも、彼もこれで引退する気はないらしく、パリス・ヒルトンのアドバイザーをしているイメージ・コンサルタントを雇って、名誉挽回のキャンペーンを始めるそうな。


        *


マーク・ハードの奥さんは沈黙を守っている。

彼女は夫とフィッシャーの関係に気がついていたのだろうか。

ある英語のサイトに、「奥さんは莫大な慰謝料が手に入るんだから、同情する価値なし。」という書きこみがあった。たまたま夫が有名だったために、世間に恥を晒されたという苦しみはあるだろうが、この程度の浮気で離婚するとは思えない

私の経験がそう言わせているのである。まあ、私の場合、若かったし、子どもたちが幼かったし、夫は超高給取りでもなかったから、条件が違いすぎるか。

ミセス・ハードは、わざわざマスコミの餌食になることはない。

尻拭いは夫本人にやらせておいて、奥さんは彼の稼いだお金で好きにやればいいのだ。

【関連記事】
なぜ男は情事を隠すのが下手なのか 2009.06.27
カップル社会と「浮気された妻」 2009.06.28
結婚40年目の破局 2010.06.02



<今日の英語>

I think I'd leave it at that.
もうそこまでにしておきます。


ミシェル・オバマが娘や友人たちとスペインで豪華な休暇を過ごした。警備などで大金がかかり、この不況下でなぜそんなことをやってるんだと非難を浴びた。ホワイトハウス報道官は「オバマ夫人は私人であって、この旅行は娘さんとの私的な旅行でした。この件については、もうそこまでということで。」と逃げた。



クリック募金を始めました。下記サイトにて協賛企業のリンクを各社1回クリックすると、1円ずつ募金できます。
    JWordクリック募金

 |  社会  |  コメント(2)

やっぱり私に聞いてほしい夫

2010.08.14 (土)



朝早く台所のカウンターでパソコンをしていると、夫がやってきて言った。

「少しは気分がよくなったかね。」

昨日は特に何もなかった。小さなことにいらついたりしたが、普通にふるまっていた(つまり、いくらか文句を言った)つもりだったし、右ひじは完治していないが、体調は悪くなかった。

"Just fine." という返事しか思いつかない。

私の朝一番の楽しみで、紅茶を飲みながらNPRラジオを聞きつつNYタイムズを読んでいる。

子どもがまだ起きて来ない静かな時間は貴重である。それに、いくら慣れても、英語を読むには日本語の何倍も集中しなくてはならない。なんで邪魔をする?

私は生返事をして画面に戻った。


            *


夫は睡眠パターンと同じく、食事もかなり不規則である。減量が一段落してからは、もうセロリとハマスだけという極端なことはしなくなったが、早朝や深夜にターキーとチーズのサンドイッチを作ったりする。

私はモニターの文字を黙って追っていた。夫はサンドイッチを作り始めた。

「昨日はまたおかしな夢を見たよ。でも、眠れないっていうことはなかったな。」と独り言みたいにしゃべり始めた。私は、「ふーん。」くらいの相槌をした。

しばらく間があって、夫が私に聞いた。

きみはぼくがどういう気分か、ぜんぜん聞かないね。」

あーあ、また始まった。こういう話は定期的に持ち上がる。

「何を聞けばいいのか、わからないのよ。子どもたちに聞いてもらったら?」

「まだグーグー寝てるよ。それに、あいつらじゃどうしようもない。内容はなんだっていいんだ。昨日は眠れたの? 3時間ずつかな。それは大変だったわね。いや、そうでもないよ。気分はどう?落ち着いてる。それはよかったわね。G氏のスタートアップはどんな具合?まあまあかな。」

一人二役の会話を延々と続ける夫

「ほら、なんでもいいんだよ。君がそういうことに興味がないのはわかってるけど。」


         *


やはり夫はアメリカ人と結婚すべきだったのではないかと思う瞬間である。私はいっしょに住んでいる人に向かって、毎朝そんな質問をする気になれない。

日本人でもそれらしい会話ができる人はいるだろうし、努力してできるようになる場合もあるだろうが、私はそうではない。

私だって時には「何か聞いてあげなくちゃ!」と自分に言い聞かせ、覚えているときはあれこれ夫に聞いてみる。でも、あまり関心がないので、長続きしない。それに、聞いた内容もすぐ忘れる。

そうでなくても、夫の返事に対して答えようがないときがよくある。

だいたい夫は私に自分が見た夢について詳しく話したがる。私が聞かなくても言う。私はあいづちを打ちながらも、ぜんぜん聞いていない。支離滅裂なありえない話はおもしろくない。

私には共感とか思いやりとかいう資質が欠けている。つまり、利己的なのだ。興味があるふりだけでもすればいいのだろうが、そういうエネルギーや時間が惜しくなる。

それに、私は夫にきょうの気分はどうのこうのと聞かれると、うっとうしい。単なる挨拶がわりの How're you feeling today? であっても、なんらかの返事をせねばならない気になる。それも、めんどくさくい。

もしかしてこういう情緒的な冷たさには正式な名称(診断?)があるのかもしれない。

しかし、こんな私でも非常に関心のあるものは存在するのだから、夫がその対象でないのが問題なのか。


          *


私が夫に関心があるかないか、その気持ちを言葉に出すか出さないかという話は、これまでにも何度もあった。夫は深刻な口調のときもからかっているときもあった。

それにしても、結婚して21年も経ったのに、今だにそういうことを持ち出す夫のしつこさには驚く

私が「察しの文化」で生まれ育ったことは、夫は頭では充分わかっている。そして、私という個人の性格もよーくわかっているはずである。

いいかげん慣れるとか諦めるとかしてもよさそうだが、この調子では、30年や40年いっしょに住んでも、同じ要求をしてくる可能性が高い。

しかし、夫にとっては大事な問題らしい。

「じゃあ、こういうアイディアはどう?」と私は提案した。

「あなたが私に聞いてもらいたいことを1件ずつ小さい紙に書いて、箱に入れる。私はその箱から毎日1枚取り出して、それを読み上げる。くじ引きみたいに。」

そうすれば、私は何をどう聞けばいいのか迷わないし、多少変則的ではあるが、夫の望みもかなう。

本気でそんなことをするつもりはない。夫が一人二役でいやみったらしく会話をしてみせたので、私はカチンと来たのだ。

私のアイディアを黙って聞いていた夫は、いかにもがっかりした顔で言った。

"Just one?"

冗談半分、本気半分といったところか。

せっかく妥協案を出したのに。こういうことを言われると、私は今週はわざと何も聞いてやらないぞと思う。

【関連記事】
他人を退屈させる3大トピック 2009.09.21
どうしてぼくのことを聞いてくれないんだ? 2009.10.14



<今日の英語>

He polished off the meal.
あいつは、食事をあっという間に平らげた。


次男の食べっぷりを評した夫の一言。



クリック募金を始めました。下記サイトにて協賛企業のリンクを各社1回クリックすると、1円ずつ募金できます。
    JWordクリック募金

 |   |  コメント(6)

怪しい封筒

2010.08.15 (日)



差出人の名前がない白い角封筒が郵便受けに入っていた。

セキュリティ封筒という、中身が透けないタイプのものだ。受取人は夫。差出人の住所は私書箱になっている。

薄くて硬い四角いものが手に触れた。プラスチックか。番号が並んでいる感触がある。いやな予感がした。

助手席に座っていた次男に聞いてみる。

「この中身なんだと思う?」

「クレジットカードじゃない?」

夫は私に内緒で新しいクレジットカードを作ったのだろうか。あるいは、どこかのメンバーシップ・カードだろうか。

私は最近夫の携帯の履歴を見ていないが、夫は相変わらずしょっちゅう充電している。週2回のお医者の予約以外はめったに家を出ないくせに、家にいる間もずっと自室に持ち込み、つけっぱなしにしているせいだ。

いつものマスターカードの明細には、ルーマニアの生花店での2回の買い物以来、それらしきものはない。

私がお金の管理をしているので、夫の動きは逐一わかる。クレジッドカードだけでなく、銀行からの現金引き出しも、私に見つからずにやることはほぼ不可能である。

勝手に開封して、届かなかったことにしようかと迷ったが、台所のカウンターの上に目立つように置いた。夕方には封筒が消えていた。

夫は何も言わない。


         *


夫が台所にいて、子どもたちもリビングルームでこちらの会話が聞える場所にいたとき、私は夫に聞いてみた。

「ここにあった封筒、開けたの? 次男がクレジットカードみたいだって言ってたけど。」

「あれは間違いなんだ。申し込むつもりじゃなかった。キャンセルしたと思ったけど、できてなかったのかな。これからキャンセルするから。」

また見え透いた嘘をつく夫

クレジットカードの申し込みには、いろんな情報を入力しなくてはならない。うっかり申し込むなんてありえないし、そもそも申し込みを試みたことで「有罪」なのだ。

すでにうちにはクレジットカードが2枚ある。キャッシュバックのためにそれだけにチャージしている。新しいカードを作る必要は全くない。

これは、夫がルーマニアに使うための口座だ。支払いは PayPal か。あるいは、夫がタイ女のときに作った銀行口座にいくらか残りがあるのか。全部は閉鎖しなかったのかもしれない。

「クレジットカードを作ったり、すぐキャンセルしたりすると、クレジットスコアに響くじゃないの。」

私はわざとルーマニアの件を持ち出さなかった。

「いや、大丈夫だよ。心配しなくていい。」

そう言って、夫はそそくさと2階へ上がって行った。


         *


どうしてあんなことをするんだろう。

ルーマニア女とチャットしたければすればいい。でも、お金を渡すとなると、話がちがう。

長期療養中の間は、これまでの半額しか給料がもらえない。しかも、来年3月には職場復帰を要請されるかもしれない。でも、夫の部署はレイオフばかりで、夫のかつてのポジションはもうない。

G氏のスタートアップはまだ利益を出していないし、先行きがどうなるかわからない。そうでなくても、私がお金のことでいつも不安になるのを夫は知っている。

「夫の稼いだお金だから。」と、見て見ないふりをしようとしても、夫がコソコソやっていることの一つ一つが、私の心の底に溜まっていく

夫が自室に鍵をかけるのも不愉快だが、私はふだんは自由にさせている。

急ぎの場合などでノックしても反応がなかったり、ドアが開くのが遅かったりすると、「鍵をかける必要があるの?」と嫌味を言うくらいだ。でも、夫はやめようとしない。


         *


夫のクレジット・レポートを取り寄せれば、たぶんこの新しいカードの発行人や使用額がわかる。もしかしたら、私の知らない銀行口座やカードの情報もレポートに載るかもしれない。

新しいカードがクレジットカードである証拠はない。

やはり開封すべきだったか。そして配達ミスだと知らん顔しておけばよかったのだ。

夫がシャワーに入っている間に、財布の中を調べるという手もある。精神衰弱でERに連れて行かれたときも、財布を私に渡そうとしなかった夫である。私に見られたくないものがいろいろ入っている。

でも、子どもたちが夏休みで家にいる間は、夫の部屋で探しものはできない。

私がルーマニア人への「献金」をどう思っているか、彼らは知っている。以前はいろいろ話したが、もう子どもたちを巻き込まないことにしたのだ。

他の誰にもこんな相談はできない。

このブログだけが私の confidant (秘密を打ち明けられる相手)である。




クリック募金を始めました。下記サイトにて協賛企業のリンクを各社1回クリックすると、1円ずつ募金できます。
    JWordクリック募金

 |   |  コメント(5)

夫の相談相手?

2010.08.17 (火)



夕食ができたが、夫は自室から出てこない。

夫は食事より他のことを優先する人間なので、食事で邪魔されるのを嫌う。だから、その日によって呼びに行ったり行かなかったりする。今日は子どもたちと私だけで済ませた。

でも、これ以上置いては冷めてしまうし、かたづかない。私は2階へ上がって行き、夫の部屋のドアの前に立った。

睡眠時間が不規則な夫は、いつ寝ているかわからない。下手にノックして起こすときに限って、やっと寝付いたばかりだったりする。また、G氏と話をしているときは、よっぽど急ぎの用事でもない限り、ノックしないことになっている。

ドアに鍵がかかっているので、そっと開けることもできない。ドアに耳を当て、キーボードをたたく音や話し声、椅子のきしむ音、いびきなどで判断するのだ

「彼女にはオーストラリア人のボーイフレンドがいたらしい。それっきり連絡はないな。」

誰のこと? ルーマニア女?

夫は声をひそめているのでもなく、普通に話している。きっと私たちが階下にいると思っているんだろう。

パソコンに悪態をつき、Fワードを挟みながら、誰かと話している。

G氏とはかなりフランクに話し、議論の最中は汚い言葉で大声でまくしたてる。でも、これはビジネスの話ではない。

夫はG氏のスタートアップにアドバイスしたり、資料を集めたりするだけで、正式に雇われてはいないが、将来のビジネスパートナーになる可能性のある人にそんな話をするだろうか。

ぼくの妻がERに付き添ったことがあっただろう?」と夫。

そこまでプライベートな事情を知っている相手は、やはりG氏か。オンラインで知り合ったというミシガンあたりのジョンという男もそうかもしれない。あるいは、先週久しぶりに電話のあった、昔いっしょに仕事をしたことのあるカリフォルニアのスティーブか。

「ERから戻ったときに、彼女はこれまで一度も言ったことがないことを口にしたんだ。まあ、そのERでの心理学者というのが有能だったんだな。短い時間で、ぼくからいろんな情報を引き出したわけだ。セックスレスの話になった。彼女はそこで初めて罪悪感を持ったらしい。あなたがそんなにしたいなら、セックスしてもいいと言ってきた。でも、その時点では、もうぼくはセックスしたくなくなっていたというわけだよ。」

夫は相手に呼びかけないので、誰かわからない。

でも、こんな話をすることのできる相手がいることはわかった

もう少し立ち聞きするつもりだったが、エアコンが動き出し、頭上の通風孔から大きな音がして、ドアの向こうの会話はほとんど聞き取れなくなった。


         *


しばらくして夫がやってきて、パソコンのデータを消してしまって、やり直していたと言った。

「バックアップしたほうがいいんじゃない。」と私。

「バックアップはいつもしてるよ。ほんとに使いにくいプログラムだ。」

「子どもたちと私はもう夕食を食べたんだけど。あなたのはテーブルに置いてあるから。」

「今から食べるよ。」と夫は台所へ下りていき、リビングルームでゲームをしていた子どもたちに機嫌よく話しかけ、夏休みの社会科の課題であった博物館にいつ行くか、そこでどういう調べ物をするかを相談する声が聞えた。

そして、テレビをつけて、3人でゲラゲラ笑っていた。

私はドアを閉めて、さっき立ち聞きした夫の会話を思い起こした。

確かに私はER騒ぎのあとで、夫がかなり前に買ってきた女性用ジェルを使ってみたこと、効果があると思われること、夫がセックスしたいなら試してもいいことをメールした。

夫は、私の申し出を受けると言い、今日が明日になり、別に今すぐでなくてもということになり、そのままになっていた。

躁鬱病の治療で夫は複数の薬を処方されている。50代後半という年もあって、私は夫が不能になったのかと思った。

本当のところはわからない。

しかし、夫は私のせいで長い間セックスレスであり、今さら私を相手にしたくないということを誰かに言いたかったのだ。


          *


夫はもしかして私を拒否することで私を罰しているつもりなのだろうか

私はむしろ安堵していたのに。下半身を貸すだけのセックスなら、どうってことないとも思っていたが、やりたくないのにお勤めだからと我慢してやるのは惨めなもんだ。

それにしても、一夫一婦制とか貞淑とか浮気とかポルノとか売春とかテクニックとか思いやりとかお金とか義務とかコントロールとか、どうして人間のセックスはこうややこしいんだろう。体の交わりそのものでなくて、セックスに付随するものがありすぎるのだ

他の動物みたいに、子孫を残すためにある時期だけ相手を選んで交配して平然としていられたら、セックスレスあるいは過剰要求といった性の不一致問題はなくなるだろうに。

ただし、それと引き換えに理性と知性を捨てるのは惜しいし、今さら類人猿に戻ることもできないのだから、つまらない妄想だ。

でも、セックスが元凶らしきトラブルを見聞きするにつけて、無心に眠りこけている猫に「あんたたちは単純でいいねえ。」と言いたくなる。


<今日の英語>

Tap water will be fine, thanks.
お水でいいです。


ある女性ジャーナリストがレストランで雑誌のインタビューを受けた。飲み物は何にするかとウェイターに聞かれたときの返事。レストランによっては、water を頼むとボトルに入ったミネラルウォーターを持ってこられるときがある。Tap water は水道水。これは無料。



クリック募金を始めました。下記サイトにて協賛企業のリンクを各社1回クリックすると、1円ずつ募金できます。
    JWordクリック募金

 |   |  コメント(2)

新たな病名ヘルニア

2010.08.18 (水)



夫が主治医ドクターAの診察から帰ってきた。

ふだんは毎週の心理学者と隔週の精神科医だけだが、長期療養を認めてもらうためには主治医の診断書も会社に提出しなくてはならない。

今回は、5月の診察のフォローアップだった。

わりと早く戻った夫に聞いた。

「ドクターAは何て?」

ヘルニアだって。」と下腹部から足の付け根に向けての部分を指差した。支える筋肉が弱ってきたのが原因だという。見た目ではわからない。

夫は痛みに弱く、しょっちゅう頭痛だの腹痛だの騒ぐのに、今回は静かだ。痛みはないのか。でも、多少は自覚症状があったからこそ、お医者も見当をつけて調べたと思われる。

手術したほうがいいらしい。でも、局部麻酔で簡単に済むと言ってたよ。それから、職場復帰するべきだとも言ったな。」

ドクターAは夫の置かれた状況を知らない。おそらく、ぱっと見にはパニック・アタックや不安症の影もない。心身ともに健康だと思われるのだろう。

ヘルニアにはいろんな種類があるらしい。私は、ヘルニアと聞けば脱腸を連想するが、身近にヘルニアで悩んでいた人はいないので、よく知らない。

夫の場合は、おそらく inguinal hernia (鼠径ヘルニア)。


          *


ヘルニアに関するサイトを読んでいたら、50歳以上の男性に多いという記述があった。

年を取るにつれて、いろんな症状が現れる。

義父の場合は、心臓発作にバイパス手術、膝と腰の痛みに、聴覚の衰え。胆嚢炎。睡眠時無呼吸。前立腺肥大に尿漏れ。

どれに遺伝的要素があるのか知らないが、夫もあと20年もすれば、病気のスーパーマーケットになる可能性が高い。

看護するのは私か。(先に私のほうが弱ったらどうする?)

しかし、義父は今年の夏も後妻であるリンといっしょに、キャンピング・トリップと称して、ワイオミングだかコロラドだかに遠出した。普通の旅行でも荷物は大変なのに、彼の場合は大量の薬や医療器具、オムツなどを積み込まねばならない。

もともと「人生は素晴らしい」という考えの持ち主なので、これくらい障害ではないと思われる。

リンはもちろん出歩くのが大好きな楽天家なのだから、15歳も年上の夫に持病があるからと言って、家にこもったりしない。そういえば、今月は上の娘とハワイにも行ったんだった(義父は留守番)。

お似合いの2人だ。

あの前向きな2人には、私や夫の精神状態は理解できないだろう。


          *


ドクターAは、夫にヘルニアの専門医を紹介してくれた。

しかし、夫は予約をしぶっている。なんだかんだと理由をつけて、先延ばししようとしている。手術が怖いのだ。

健康保険がいつ切れるかわからないのに、そんな悠長なことをしている暇はない。それに、今は症状が軽いけれど、たかがヘルニアとほっておいたら、大変なことになるらしい。

部分麻酔であっても、本人に車の運転はさせられない。私が送り迎えをすることになる。学校が始まる前に手術してもらおう。夫を説得して、専門医の連絡先を聞き出さなくては。

こうやって次から次へといろんなことが起こるのである。一つずつ片づけているうちに一生が終わるんだなと思う。

佐野洋子か誰かのエッセイに、こんな一節があった。

「ねえ、生きるってどういうこと?」と非常に落ち込んでいる友人が尋ねる。

死ぬまでどうにかこうにかやるってことよ。別にたいしたことやらなくていいのよ。」と自分に言い聞かせるかのように言う。

なるほどと思った。

そして、私はどうにかこうにかやっている。


<今日の英語>

I didn't mean to sneak up on you.
こっそり忍び寄るつもりじゃなかったんです。


スーパーでシリアルの棚を通り過ぎたのに気づき、戻ろうとしたら、すぐ後ろに他の人がカートを押して立っていた。ぶつかりはしなかったが、ちょっと驚いた。彼女も近過ぎたと思ったのだろう、こんな風に謝ってくれた。



クリック募金を始めました。下記サイトにて協賛企業のリンクを各社1回クリックすると、1円ずつ募金できます。
    JWordクリック募金

 |  医療  |  コメント(0)

「不幸な日本人妻」

2010.08.20 (金)



最近、初めて私のブログに迷い込んだらしい女性から、こんなコメントが寄せられた。

今までに不幸な日本人妻を嫌というほど見てきました。幸せな人より多いと思います。

なるほど私のブログは、


『スイートなダーリンとラブラブ(もうこんな言い方はしないのか)で、とってもハッピー エキサイティングでステキなアメリカ生活をエンジョイ&充実してま~す!今日はここでランチを食べて~あっちとそっちへ行って~こんなものを見て~これを買って、大満足! はいっ、世界一幸せな私の証拠写真!!』


という類とは対極にある。

でも、私は自分が「不幸な日本人妻」だと思っていないので、傍からはそう見えるのかとちょっと驚いた。
 
「日本人」をはずして、単なる「不幸な妻」だったらどうかと考えてみたが、それもピンと来ない。そんなに不幸な気がしないのだ

夫は躁鬱病で、休職中で、給料は半額になって、短気で、物を溜め込み、私に隠れてよろしくないことをやっていて、私たちはセックスレスで、私は抗うつ剤を手放せず、用事がなければ外出せず、友達もいなくて、仕事もなく、いつもお金のことを心配している。

こうやって羅列すると、一般的には不幸な人の部類に入るのかもしれない。

でも、精神的な不安定さや高血圧や高コレステロールなどの問題はあっても、まあみんな(猫も含む)健康体だ。夫のヘルニア専門医には予約を入れた。

現時点でのキャッシュフローは少ないが、こつこつ貯めて増やした資産はかなりある。家のローンはあと3年で支払いが終わるし、ほかに借金はない。子どもたちは飛びぬけて優秀ではないが、日本語を覚えてくれたし、友だちにも恵まれ、トラブルに巻き込まれることもない。

私はご飯やお菓子を作ったり、ちょこっと掃除や洗濯をしたり、子どもの送り迎えをしたりする。それ以外は、本を読んだり、パソコンをしたりする時間となる。

気分の波があったり、ちょっとしたきっかけで悲観的になったりもするが、私は自分の好きなように適当に毎日を過ごしている。

抗うつ剤で精神の均衡が一定に保たれているのか、不快や失望というネガティブなことがあっても、ふわふわした気分の中をなんとなく漂っているような感じがいつもあるのだ

だから、「不幸」がピンと来ないのかもしれない。


           *


私は難しいことを考えて生きているのではない。自信も目標も野心もない。

強いて言えば、苦しみたくないだけである。

私の人生を知らない赤の他人に、妻失格、親失格と断罪されるまでもなく、利己的で怠け者で無能だと自覚している。それなのに、夫や子どもや義父母を自分勝手な私の人生に巻き込んでしまって、ときおりそのことに思いを馳せて愕然とする。

どこかで私が別の(正しい)選択をしていればと思うが、もう遅い。

私のブログ記事は長い。それに、本当は右腕を休ませねばならないのに、けっこう頻繁に更新している。

書くことが私の存在の一部になってきたかなと思う

それでも、ブログに私の24/7の生活は書けない。書くつもりもない。

毎日いろんなことが起き、いろんな思考や感情の交流がある。深く考えずに、その中でほんの一つか二つを気分で選び、私の記憶に残った部分を私の解釈で独善的に書く。

夫や子どもたちやその他のアメリカ人の英語は、日本語だったらこんな感じに聞えるかなと、これも適当に想像する。もちろん録音した会話を再生して書き起こすなんてことはしていないので、イメージでとらえる。

結局、どれも一面的で断片的な記事になってしまう。

そして、読む人は、限定された情報をこれまた自分の方法で短絡的に解釈し、時には共感や反感を表明し、要望し、糾弾し、自分語りさえする。

このブログは学術論文ではなく、損益とも無縁で、何のしがらみもない、ただの作文にすぎない

「へえ、そういう風に受け取られるのか。」と思うこともあるが、情報をたくさん追加すればどうなるものでもなし、誤解や曲解や思い込みをいちいち修正するのは無駄だ。

しょせんは仮想世界での匿名ブログなのだ。

読むも読まないも自由だし、読ませるも読ませないもまた自由

私の底意地の悪さは筋金入りである。


           *


そもそも、一主婦のくだらないゴタゴタ話なんかどうして読むのかなと思う。

もっと有益で、愛想がよくて、おもしろいブログはいくらでもある。

そういえば、かなり前に、「他人の不幸は蜜の味。おほほ~。」という一言を残した人がいた。なぜかよく覚えている。

わざわざコメントするなんてご苦労なこったと思ったが、あれは私を「不幸な日本人女性」と位置づけていたのか。そして、私の「不幸な話」を読んで憂さ晴らしをしていたのか。

そういう読み方もあるかもしれない。

もっとも、肝心の私がそんなに不幸だと思っていないのは皮肉だ。

夫との間にいろいろあっても、毎日はたいてい平穏であり、節約しつつも衣食住には困らず、まあ人生こんなもんだろうと思う。

でも、「夫がもっと穏やかな人だったらよかったなあ。」と思ったことは何度もある。夫の短気と激昂は、結婚生活の始まりから濃い影を落としてきたから。

あるいは、私が偏食でなくて社交的で子育てが上手だったらとか、私がうつにならなかったらとか、私たちの間に溝ができていなかったらとか、私にキャリアがあったらとか。

でも、細かいことを言い出せばキリがない。

実生活の私は、ごく普通のお気楽主婦に見えるだろう。私の実生活での知り合いが、kometto3 と私を結びつけることはまずできないと思う。

ブログなんてそんなもんだ。本当のことなんか、わかりはしない。私のブログに限らず、どんなブログでも同じこと。

読む人には単なるエンタテインメントでしかない

読み終えたら、「…というのは、ただの夢でした。めでたしめでたし。」というセリフを読み手が自分で付け加えるべきだというのが、私の持論である。

【関連記事】
自分が読みたいブログを書く 2009.11.16




クリック募金を始めました。下記サイトにて協賛企業のリンクを各社1回クリックすると、1円ずつ募金できます。
    JWordクリック募金

 |  わたし  |  コメント(13)

盗用と検証

2010.08.21 (土)



「ある海外在住の日本人女性のブログで、あなたのブログにとても似た記述を見ました。」という趣旨の非公開コメントが届いた。

鼻と耳を切られたアフガニスタンの少女についての記事だ。

あの事件はあちこちのメディアに出ていたし、当然いろんなブログのテーマにも取り上げられただろうし、ネットで検索した人も多いと思う。

連絡してきた人が、私ともう一つのブログに偶然たどり着いたのか、あるいは元から両方または片方の読者なのかどうかはわからない。

私はいつものように新聞サイトで情報を集めて自分の感想を書いたのだが、私と同じような感想を持つ人がいたって不思議ではない。

どんなものか見てみようと、そのブログへ行ってみた。

確かに似ている

事件の概要が似るのは当たり前だとしても(それでも、メディアからどの情報を選び取るかは人によってちがう)、新聞記事の本文には載っていない部分でも似ていたのに驚いた。


         *


私があの記事を書いたのは8月10日。あちらの記事の日付けは8月11日。

小説や論文が盗作だとか勝手に引用されたとかいうニュースがたまに流れる。

私はブログを始めるまで公に文章を書いたことはないので、こういう経験はもちろん初めてである。でも、「なんで勝手に私の記事を使うのよ?!」とは思わなかった。

トラックバックしなかったのは疑問だったが、「きっとAさんは私に彼女のブログの存在を知ってほしくないんだろう。」という結論に至った。

「模倣は最高の賛辞」と言われるように、こんな駄文を下敷きにしてくれたのかと薄っぺらい私はちょっとうれしくなったくらいだ。

私がブログを始めたのは2009年2月。Aさんのアーカイブは、2007年の8月までさかのぼる。私よりずっとブログ歴が長い。

私とはかなり生活環境が違うようだが、あえて詳細は書かない。


          *


Aさんの記事を読むと、私の記事のどこをコピーしたのかすぐにわかった。

一字一句そのまま写しているのではなく、単語を変えたり、言葉を付け加えたり減らしたりしている。私の硬い文章を柔らかくするためか(たぶんそれがいつものAさんの文体なのだろう)、「じゃないかな。」とか「~、って思う。」とか「~みたい。」と語尾が変えてある。

しかし、偶然にしてはできすぎと思える箇所がいくつもある

それに、やはりAさんの文体になじんでいないのだ。Aさんの文章は、私のより親しみやすく、とても優しい。いくら変えても、とってつけたような印象を与える。

【あの事件に言及しているサイトは星の数ほどあると思われるが、私の話を元にAさんのブログを探そうとする輩がいるかもしれず(本当にいろんな人が私のブログに来るのだ)、Aさんのブログページを直接ここにはコピーしない(それをしたら今度は私が無断転載の張本人?)。その代わりに、細部をぼかして比較する。試しに以下の例をいろんなバリエーションで検索したが、Aさんのブログはひっかからなかった。】



「パシュトン文化においては、妻に恥をかかされた夫は「鼻を失った」と言われる。」-パシュトンをアフガニスタンに、これに続く説明は類似の比喩で。

「8ヶ月かかるという治療と滞在費用は、カリフォルニアのある慈善団体が全額負担する。おそらく何百人、何千人という犠牲者の中のたった1人とはいえ、そういう懐の深さはさすがアメリカだと思う。」-語順や単語を入れ替え、短いフレーズを追加。

「うちの男の子(アメリカ軍兵士)かあちらの女の子、どっちが大事か―という問いかけをした人がいた。」-別の日本語訳に。実はこれはNYタイムズに寄せられた250件以上のコメントの一つに過ぎず、多くの人がこう言っているらしいというAさんの見解は正しくない。

「9年もタリバンと戦っているのに、結局何も変わっていない気がする。」-タリバンをアフガニスタンに。Aさんはアフガニスタン政府(カルザイ政権)とタリバンを混同している?

「私は、こいつらを後ろから思いっきり蹴飛ばしてやりたくなった。」-Aさんはこれと酷似した言い回しでコメントに返事をしている。


          *


私は著作権法のことはよく知らない。ブログを作ってみたら、自動的にページの一番下に小さく

copyright © 閉じられたドアの向こう側で ~アメリカ暮らし21年~ all rights reserved.

と出たので、ここに書いたものは私のモノかなとぼんやり思っていた

ブログによっては「当ブログで使用しているすべての文書、画像等及びコンテンツの著作権はxxにあります。無断使用・転載を禁じます。」と大きく書いてある。

それでも勝手に使う人はいるんだろうなと思いつつ、自分のブログでは小さい「copyright ©」の表記だけでよしとしていた。

こんな長い記事を読み、ましてや一部を利用する人もなかろうと思っていた。

今のところ何の被害も受けていないが、私の書いたことがどこかでねじ曲げられて一人歩きするのは困るなと思う。

もちろん、Aさんが私の記事を読んだという証拠はない。まったく偶然に似たような考えを持ったことだってありえる。

だから、仮にAさんが私が今書いているこの記事を読んだとして、「私はあなたのブログを読んだことはありません。私のブログの記事はオリジナルです。」と言われたら、「そうでしたか。そうでしょうね。たいへん失礼しました。」としか答えられない。

いったい plagiarism(盗作・盗用)はどうやって証明するんだろう。

そういえば、子どもに野菜などを食べさせる工夫をこらしたレシピ本で、Jerry Seinfeldの奥さんが訴えられたことがあった。

彼女の書いた "Deceptively Delicious" が、同じ年に出版された "The Sneaky Chef" のパクリだという話だった。しかし、訴訟の1年半後に、連邦判事は原告の訴えを棄却した。有名人の妻が関わっていたために、なにやら騒がしく、控訴だの名誉毀損だのやっていたが、結局どちらの本もベストセラーになって静かになった。


           *


ここからは「Aさんが私の文章を借用した可能性大」という前提で書く。

Aさんは私と同じく文章を書くのが好きらしく、ブログ記事はわりと長い(ただし、更新頻度は私より少ない)。そして、文章も上手だ。

どうして自分の言葉で書かないのかなと思う。一部とはいえ、私の文章なんかを手直ししてツギハギしなくたって、いや、むしろそうしないほうがいいものを書けると思う。

私だっていろんな読み物から影響を受けている。そのつもりがなくても、どこかで聞いたようなことをそっくり書いているかもしれない。でも、一度は自分の中で消化しているつもりである。

とても上手な文章や表現を見ると、自分もあんなふうに書けたらなと思うが、私には変なプライドがあって真似はしたくないのだ。たぶん貸衣装を着ているような居心地の悪い気分になると思う。

みんなをだませても、自分はだませないというアレだ。

Aさんの件は、連絡をくれた人と私自身の単なる思い込みなのかもしれない。

だとしたら、世の中には私と同じ感覚で情報を取捨選択して、同じような考えを持ち、同じような書き物をする人がいるということである。

【追記】 Aさんから謝罪があった。該当記事は削除したとのこと。


<今日の英語>

I don’t know where the morning went.
朝は何をしていたのか、自分でもわからない。


乳幼児が3人もいる忙しいお母さんの一言。「ふと時計を見ると、もうお昼になっていました。いったい午前はどこへ行ったのかしら。」



クリック募金を始めました。下記サイトにて協賛企業のリンクを各社1回クリックすると、1円ずつ募金できます。
    JWordクリック募金

 |  わたし  |  コメント(3)

アメリカの卵

2010.08.22 (日)



カリフォルニア、コロラド、ミネソタなどで食中毒患者が集団発生した。アイオワ州の養鶏場で生産された卵が原因だという。汚染源は特定されていないらしいが、生産者は3億8千万個もの卵を自主回収し始めた。

ニューヨークには出荷されていなかったらしく、リコール対象の14州には入っていない。うちの近所のスーパーでも特に表示はないし、私も普通に買っている。

肉を食べない私にとって卵は重要な蛋白源なので、いつも2ダースは確保してある。

しかも、1ダースは台所のカウンターの上に出しっぱなし。お菓子を作るときに、常温のほうが上手にできる気がするから。それでお腹を壊したことはない。

それでも、「アメリカの卵は生で食べると危ない。」ということはかなり前から知っていた。

だから、どんびえを日本から運んで来て、自家製アイスクリームを作ろうと思ったが、生卵をそのまま使うところで諦めた。

アメリカにもアイスクリーム・メーカーは売っている。そして、生卵の代わりに、殺菌した液体卵(白身だけ。牛乳のようなカートンに入っている)を使ったり、どうやるのか知らないが、いったん生卵に火を通して冷ましてから使ったりする方式だった。そこまでして自家製アイスクリームを食べたいという情熱はなかった。

もともと卵かけご飯は好きではないのでいいのだが、オムレツや炒り卵は半熟で、ゆで卵の黄身は真ん中がトロリとしていてほしい

20年以上アメリカでそうやって卵を食べてきた。食中毒にならなかったのはラッキーだったのかもしれないが、安全のために火の通り過ぎた不味い卵を食べるのはいやなのだ。


          *


アメリカでは卵の生食を前提としていないので、鶏に抗生物質を与えたり、殺菌処理をしたりという日本ではたぶん当たり前の衛生管理ができていないらしい。

売っている卵はまあ普通にきれいに洗ってはあるのだが、「購入者は食べる前に完全に火を通す」のが暗黙の了解か。

「ロッキー」で早朝トレーニングに出る前のシルベスター・スタローンがコップに生卵を何個か割り入れて、そのまま飲み込むシーンがあった。私は気持ち悪いなと思っただけで、サルモネラ菌は連想しなかった。その頃はまだ日本に住んでいたから。

アメリカ人はあのシーンでまず "Salmonella!" と思ったのだろうか。

日本でも、梅雨時の食中毒とか、修学旅行先での集団感染とか、O157の騒ぎとか、たまにニュースで見かけるが、アメリカでのサルモネラ菌や大腸菌感染のほうが被害の範囲も程度も大きい気がする。

生産や流通管理の問題もあるのだろうが、アメリカ人が野菜や手を洗うところを見ていると、日本人よりかなり大雑把だ。鶏肉を切ったまな板を洗わずに、そのままジャガイモを切ったりする。かと思うと、洗剤が少しばかりお皿に残っていても平気だったりする。

だいたいスーパーの店頭で、ブドウをちぎって(もちろん洗わずに)味見をしている人が1人や2人ではないのである

数年前にチリ産のブドウがやはりサルモネラ菌に汚染されてニュースになったのに、気にしないのか。水で洗ったところでサルモネラ菌は消えないのかもしれないが、ぶどう園からスーパーまでにどれほどホコリやバイ菌がつくかも考えないのだろう。

盗み食いをしたという罪の意識なんか、当然のことながらこれっぽちもない。

先週はブルーベリーのプラスチックのケースを開けて食べている人を見た。おもむろにフタをして、そのまま棚に戻して立ち去った。


           *


アメリカの食中毒の話で思い出すのは、小さい女の子が汚染されたレタスを食べて腎臓をやられ、歩くことも話すこともできない障害者になってしまったケースだ。

その頃、うちの息子たちは生野菜を拒否して私は苦労していたので、「ちゃんと野菜を食べるいい子がどうしてこんなことに。」と思った。

彼女のお母さんは、pre-washed と呼ばれる洗浄済みの袋入りサラダを買い、そのままお皿にのせて出した。

ところが、そのレタスの産地は、養豚場(養鶏場だったかもしれない)の近くで土地が汚染されていた。いちおう工場で洗って出荷したのだろうが、除去できていなかった。全国的に有名な会社の製品だった。

お母さんは、「あのとき自分がちゃんとレタスを洗っていれば。」と自分を責めた。もちろん訴訟があって、億単位の補償金が出たが、あの女の子は一生介護の必要な人生になってしまった。

私はあの事件が起きる前から、切って洗ってビニール袋に入っているレタス類はめったに買わなかった。

なにやら独特の気体(窒素?)の匂いがするし、開けた翌日からベトベトしてくる。いろんな葉っぱが入っているのは魅力だが、食べきれないうちに腐ってしまってもったいない。

それで、玉のレタスを買って、葉を1枚ずつはがして洗って千切る。

でも、baby carrots という生食用のニンジンは洗うときもそのまま食べるときもある。小指くらいの大きさで一袋に両手一杯くらいの量がある。皮はあるかないかわからないくらい薄い。

そういえば、あのニンジンも大腸菌汚染でリコールされたことがあったのだ。私はすぐ忘れてしまう。やっぱり洗おう。

余談だが、たまに sushi-grade tuna (お寿司用と同等の品質レベルの新鮮なマグロ)とのふれ込みで、マグロの赤身がスーパーの魚売り場に並ぶ。

目にした途端、「あれを生で食べたら危ない。」と私の頭の中で警報が鳴る。そして、アメリカの魚売りはすごい自信だなと妙に感心する。

でも、私は騙されないぞと思う。


<今日の英語>

You can spit it out if you don’t like it.
好きじゃなかったら、吐き出していいのよ。


偏食の子どもに新しいものを試しに食べさせようと、話しかけた母親の一言。




クリック募金を始めました。下記サイトにて協賛企業のリンクを各社1回クリックすると、1円ずつ募金できます。
    JWordクリック募金

 |  社会  |  コメント(5)

タグ・セールへのお誘い

2010.08.23 (月)



3日前のこと。外出先から戻ると、留守電のメッセージ・ライトが点滅していた。

再生ボタンを押したら、隣のメアリだった。

彼女のドライブウェイはとても長く、隣というよりは裏といったほうが正しい。葉っぱが生い茂っている間は、メアリ宅はうちから見えない。落葉すると、木々の間から遠目に見える。それくらい離れている。

メアリの長女キャサリンは、うちの子供たちのベビーシッターだった。彼女はとっくに大学を卒業して、結婚した。キャサリンの弟2人も社会人となり、裏の大きい家にはメアリとジーンの夫婦だけになった。ラブラドル・リトリーバーが老衰で死んでからは犬の声もしない。

夏の間はジーンが芝刈りをする姿を見るが、私は家の中にいるので顔を合わせない。最後にメアリかジーンとまともに会話をしたのは、2年かもっと前かもしれない。彼らだけでなく、ご近所の誰とも私は長い間話していない。2週間に1回くらい、車で誰かとすれ違い、手を振るくらいだ。

孤立した郊外生活の典型である

特にここは郊外というよりも田舎に近いので、家の敷地が広い。ちょっとしたタイミングの違いで、ゴミやリサイクリングの日にだって何週間もお互いに見ないのだ。道路まで出てよほど外で大きな声で話していなければ、話し声も聞えない。

私以外は派閥みたいなのがあって、それぞれに交流はあるらしい。私はそれで気楽なのだが、たまに会うとなんだか気まずい。適当な話をしてお茶を濁す。

メアリの用事がなんだかまったく予想ができなかった。何か迷惑をかけただろうか。人付き合いが苦手な私は心配になった。


        *


ハーイ、kometto3!元気? お久しぶりね。すべて順調にやってるといいんだけど。今日お電話したのは、9月の18日と19日に Block Tag Sale をやろうという計画があって、あなたもどうかと思って。まだ詳しいことは決まってなくて、こうやって電話で参加者を募ってる段階。もし興味があったら、お電話ください。待ってます。

タグ・セールはガレージ・セール、ヤード・セールとも呼ばれる。自宅の不用品に値札(タグ)を付けて、ガレージや庭(ヤード)やドライブウェイに品物を並べて売る。毎週末、町のどこかで必ずやっている一般的な催しだ。

ブロックというのは、一軒だけでなく、同じ通りのご近所さんが共同で行う場合である。

何年か前にも、別の人が2~3人でそういう企画をしたが、私は参加しなかった。精神的にも肉体的にも、とてもそんな余裕はなかった。

私はアメリカに20年以上住みながら、ただの一度もタグ・セールをやったことがない

3件くらい見に行ったことはあるが、おもちゃや子供服をいくつか買ったくらいで、なーんだこんなものかとガッカリした。しょせんは不用品なんだから、金儲けよりも廃棄処分が目的なのだ。値段も25セントや1ドルから、せいぜい5ドルくらい。


           *


メアリのメッセージを聞きながら、相反する考えが浮かんだ。

家の中を片付けるチャンス! オークションや寄付には不適当なガラクタを一掃できるかもしれない。自分だけでタグ・セールをする才覚はないけれど、ご近所で何件か同時開催すればいろいろ教えてもらえるし、人集めもできる。

でも、夫がどこまで自分の持ち物にしがみつくか。参加すると言って、ほんの少ししか出せなかったらどうしよう。それに、メアリとも他のご近所さんとも、私はすっかり疎遠になっている。急にいっしょにタグ・セールなんかできるだろうか。

だいたいうちの近所の奥さんたちは、ほとんどが仕切り屋だ。学校でのボランティアの顔役みたいな人が揃っている。

表向きはニコニコしているのに、陰口がすごい。私は彼女たちの標的にもならないくらいの存在だけど、なんかややこしいことになったらいやだな。それに、みんなタグ・セールには慣れているだろうから、私だけヘンテコなことをしたらどうしよう

でも、ご近所がみんな参加するのに、うちだけポツンと品物が並んでないのは、それまた気が引ける。

基本的には、どこの奥さんもいい人たちなのだ。陰でどう噂されているか知らないが、あからさまに私を差別する人はいない。

ただし、全員が白人なので唯一のアジア人である私とは微妙に壁がある。私は深入りしたくないので、むしろそのほうが助かるが、こんな共同作業はしたことがない。不安だ。


          *


夫に聞いてみた。

きみがやりたければ、やればいい。ただし、どれをセールに出すかどうか、ぼくの承認を取ってくれ。」と冗談交じりに言った。そして、台所のキャビネを開けて、一番上の段に山ほどあるもらいもののマグカップを指差した。「これなんか、どうかな。」 

そうそう、そういうのを捨てたいの。ちょっと勇気が出た。

次に、子どもたちに聞いてみた。

どれくらいの人が来るかわからないが、値段をつけたり、外に運び出して陳列したり、おつりを渡したり、質問に答えたり、私1人ではとうていまかない切れない。夫は気分が乗れば、うるさいほど手も口も出すかもしれないが、まったく当てにならない。

お母さんがタグセールをやるとしたら、あんたたち手伝ってくれる?

いいよ。」と素直な長男。よしよし。次男は「ぼく、できない。」 いや、あんたもやるのよ。


        *


それでも、丸2日悩んだ。そして、メアリに電話をすると、ご主人が出て、ちょうど出かけたところだと言われた。タグセールに参加しますと伝言を頼んだ。

2時間ほどしてメアリから電話があり、今のところ5軒から申し出があったそうだ。

あの、私これまでタグセールなんか一度もやったことないんですけど。」と私。

私もそうなのよ!」と明るいメアリ。えっ、そうなの? それでブロック・タグ・セールを企画するのか。

「でも、デビーはやったことあるんですって。細かいことは決まってないけど、ローカルの無料雑誌やネットに広告を出したらどうかと思うの。1軒あたりはせいぜい2、3ドルで済むし。それから、看板を作ったりもしなくちゃね。」

そうか、いろいろ相談のために集まるんだな。うちに集まることはないだろう。引きこもり状態の私にはちょっと気が進まないが、参加表明したからには後には引けない。

メアリは、うちの子供たちが9月から2人ともハイスクールだと知って、「まあ、ほんとに?そんなに大きくなったの。早いわねえ。」と、どこの国でも言いそうなセリフを言った。

私はみんながいいと思う方法で進めてもらってかまわないこと、タグ・セールの基本をこれから勉強することをメアリに伝え、私のメールアドレスを教えましょうかと聞いた。こういうことは電話よりメールのほうがありがたい。5人も関わるなら、なおさらだ。それに、毎回どこかに集まって話し合うのも疲れる。

彼女は予想していなかったらしく、「ああ、そういうやり方もあるわね。」とペンと紙を取りに行った。そして、「じゃあ、また連絡するわね。そのうちチャットしましょう。」と電話を切った。

夏の残りをいつものようにノンベンダラリと過ごすつもりだったが、計画変更と相成った。


<今日の英語>

Don't hold your breath.
期待しないように。


先日辞任したHPのCEOの後任探しについて、元HPのエンジニアで今は大学教授となった人が「いま必要な人物は、過去3人のCEOの長所をすべて持っている人だ。そういう人を探し出すのは不可能ではないが、ここ数年の実績からして、期待しても無駄だ。」と皮肉った。

hold one's breath は、気がかりな物事の結果をかたずを飲んで(息を止めて)待つこと。



クリック募金を始めました。下記サイトにて協賛企業のリンクを各社1回クリックすると、1円ずつ募金できます。
    JWordクリック募金

 |  生活  |  コメント(2)

紛れもなく更年期

2010.08.25 (水)



去年の10月に五十肩らしき症状が出て、「ついに更年期本番?」という記事を書いた。

もう疑問符はつけない。

ここ2~3週間で自分が更年期の真っ只中ということはごまかしようがなくなった

生理の周期は、去年から不規則になって、多かったり少なかったり、長かったり短かったり、いろんな意味で予測できなくなっていた。テニスひじは更年期と関係ないと思うが、疲れやすくてだるい。主婦なので昼寝という贅沢ができるのに、それでも寝足りない気がする。

腰痛は前からあったが、特にひどくなったわけでもない。頭痛はもともとそんなにないし、アスピリンを飲めば直る。

更年期本番というにはたいしたことないなと思っていた。

そこへ顔を出したのが「ほてり」である

10年ほど前、卵巣に cyst(嚢胞)ができて、右の卵巣を摘出した。手術後の治療の一環として、人工的に更年期症状を引き起こす薬を飲んだので、ほてりは経験済みだった。

真冬でもタンクトップで、「ねえ、暑くない?」と夫や子どもにしょっちゅう聞いたものだ。

でも、短期間だったし、まだ40にもなっていなかったので、ピンと来なかった。ほてりの感覚もすっかり忘れていた。


         *


今回のほてりは、まず顔だけがカーッと熱くなる。そして上半身から体全体に広がる。

家の中はエアコンが効いているのに、脱げるだけ脱ぎたくなる。そして、やっぱり子どもたちに「なんか暑くない?」と聞く。もちろん暑いのは私だけ。

フーフー言っていると、そのうちサーッと暑さが消える。1日中ほてっているのではないのだ。そうすると、エアコンの寒さに気づく。着たり脱いだり忙しい。

ほてりは、英語で hot flashes と言うのだが、なるほどフラッシュとは言い得ている。

更年期は人によって症状が違うらしい。この程度のほてりなら、まだ軽いほうなのかもしれない。

こうやって、体がシャットダウンしていくんだなと思う。体のあちこちで「この部屋はもう使いません。」とでもいうように、ドアが閉まり、鍵がかかっていくような感じがする。


         *


ほてり以外に顕著な症状は、物忘れ。

冷蔵庫や戸棚を開けて、あるいは地下室へ降りて行って、何をするつもりだったか思い出せない。そういうことが確実に増えている。

もともと記憶力はよくなかったが、更年期の物忘れはそういう能力とは関係ないように思える。

頭の中の引き出しがスムーズに開かないのだ。何かはわかっているのに言葉が出ない。だから、こそあど言葉のオンパレードになる。

お母さん、この頃おばあちゃんみたいだよ。」と子どもたちに言われる。本当にそうなのだ。

日本語でこの有り様だから、英語でも同じ。たぶんもっとひどい。

日本語なら、「ほら、あれ、さっきこうしたやつ、あれ何だっけ?」と子どもに聞けるところが、夫に対してはそれを英語でやらねばならない。

もうまどろっこしいこと、この上ない。

私より10歳年上の夫は、もっと老化が進んでいる。しかし、長年いっしょに生活すれば、お互いに勘でわかることも多い。

"Would you hand me that?" とか "Would you bring me..uh..." とか単語が出なくても、「はいはい、あれね。」と予想がつく。あるいは、夫が私を呼んだだけで、わかるときもある。

私はそうやって夫の言いたいことを先取りできる(こともある)のだが、夫はどうなのだろう。私は夫に日常の細かいことは頼まないので、よくわからない。


         *


ほてりの症状は女性の75%が経験し、1年以上続く人が多いという。半数近くは 5年以上続くという説明もあった。

5年も着たり脱いだりするのかと思うが、案外あっという間かもしれない。

月日の過ぎるのがこの頃とても早い。


<今日の英語>

They are all taken.
全部ふさがってますよ。


レストランの化粧室に入ったら、3つある個室トイレのドアが全部閉まっていた。でも、ここは誰かが使っていてもいなくても、いつもドアが閉じた状態になる。
物音がしなくて人影がなさそうなドアをノックしようとしたら、手を洗っていた人に言われた一言。



クリック募金を始めました。下記サイトにて協賛企業のリンクを各社1回クリックすると、1円ずつ募金できます。
    JWordクリック募金

 |  わたし  |  コメント(1)

未離婚の人たち

2010.08.26 (木)



3週間前のNYタイムズに "The Un-Divorced" と題する記事があった。

Unmarried(未婚)ならぬ、未離婚。結婚生活は事実上終わっているのに、法的な離婚手続きを取らない人たちのこと。

惨めな結婚生活に耐える日本人夫婦と違って、アメリカ人夫婦はダメだと思ったらさっさと別れるという先入観があったので、意外だった。

もっとも、日本でも離婚はめずらしくなくなってきたようだし、アメリカだって別れるときは訴訟を起こしてでも別れるのだが、双方合意のもとであえて「未離婚」というライフスタイルを選ぶ人たちがいる。

たとえば、25年間のほとんどが不幸せだったという結婚生活をしていた58歳のジョン。

転勤命令で単身赴任したとき、夫婦がどうなるかわからなかった。2~3ヶ月経って、2人とも別居が気に入った。子どもたちは巣立ったし、今さら弁護士を雇ってゴタゴタしたくないという。いまだに夫婦として税金を申告し、奥さんはご主人の健康保険に入り、1年に数回会っているという。別居してから、今までにないくらいうまくいっているのだそうだ。

妻のことは好きだけど、一緒に生活するのは耐えられない。

試験的な別居は離婚への準備段階であって、きっちり離婚して結婚生活に終止符を打ち、新たなスタートを切るための手段だと思われているが、ある離婚専門弁護士によると、未離婚者たちはめずらしくないのだそうだ。


         *


他にも、別居したあと、夫のガールフレンドの希望で離婚手続きを取ろうとしていたら、夫が病気になり、奥さんにお金のことを任せることにした。なんだ、今さら離婚する理由はないじゃないかと思い直したケース。

この2人は長いこと別居していたが、Mr.&Mrs. で招待状が届くし、いっしょに出かけもしていた。倦厭の仲ではない。ただ、夫が奥さんとの同居に耐えられなかったのだ。

別居していたが、どちらかが病気になって看病に戻るケースもありうる。

有名人では、投資家のウォーレン・バフェット。

1977年にスーザン(妻)と別居したが、2004年に彼女が亡くなるまで法律上は夫婦だった。その間ずっと彼はガールフレンドと一緒に住み、2006年に結婚した。3人連名のホリデーカードを出したくらい、みんな仲良くやっていたらしい。

フォーブス誌の番付では総資産470億ドルで第3位のバフェットだから、もし離婚手続きをしたらめんどうなことになるだろうとは思う。

それにしても、ウォーレンとスーザンは元鞘に戻るつもりはなかったのだから、正式に離婚してすっきりさっぱりすることもできたはずだ。憎み合っていたら法廷での醜い争いになっただろうが、そうではないのだから。

憎み合っていないからこそ、書類上のことであれ夫婦と見なされても平気なのかもしれない。これが中傷合戦や暴力沙汰になるような夫婦だったら、金輪際離れたいだろうと思う。

社交界のゴシップのネタになるのを嫌って、別居を続け、離婚したと思わせている人たちもいる。死亡欄に出て初めて、「あの2人は離婚していなかったのか。」とわかることもある。


         *


離婚専門弁護士や結婚カウンセラーによると、たいていの未離婚は経済的な理由である

年金や健康保険、税金その他で、結婚しているほうがなにかと有利なのだ。

たとえば10年間結婚していれば、配偶者の年金を受け取る資格ができる。国民皆保険でないアメリカでは、どちらかの配偶者の健康保険に入るかどうかが死活問題にもなりうる。

子どもが泥沼離婚に巻き込まれたり、両親の家を行ったり来たりするのはかわいそうという理由はあまりないらしい。

なによりも、お金が理由だ。この不況で別居する経済的余裕がなく、同居したままの未離婚者も増えているという。

それ以外によくあるのは、惰性。つまり、めんどくさいのだ。

離婚という不愉快なことを避けたい。もう一緒に暮らせないと思うが、離婚手続きは骨が折れるし、手間がかかる。家のローンを払って、子どもを大学に行かせて、それで疲れ切ってしまう。単に結婚生活に退屈したとか、どっちが悪いでもないとかいう場合は、縁を切らなくてもどうってことはない。

「とりあえず6ヶ月別居しよう。」という話が、何年にも及ぶ。

そのうち、離婚しても弁護士が儲かるだけだし、このまま成り行きにまかせておけばいいかと思い、相手が死ぬまで別居しながらも書類上は夫婦を続ける。


          *


離婚には結婚の何倍もエネルギーがいると聞く。

協議離婚であっても、子どもがいたり、家を所有していたら、決めることも相当あるだろう。いったい何枚の書類にサインするのだろうと思うと、めまいがする。

私みたいなめんどくさがりには、正式に離婚するより未離婚状態を続けるほうがたぶん楽だ。

夫と私はもう21年もいっしょに暮らしている。いろいろあったが、どんな修羅場であっても離婚という話は出なかった。

一番の理由は子どもだ。もし子どもがいなかったら、とっくに別れていたかもしれない。

夫はどんな状況であれ、私の経済的な面倒はみると言っていた。それはアメリカ市民ではなく、仕事もなく、渡米後の数年を除いて専業主婦だった私に責任か同情を感じているからだと思う。あるいは自分の息子たちの母親に対する責任かもしれない。

あるいは、私たちが結婚したときに、もしうまくいかなかったらと心配した夫の父に対する約束か。

いずれにしても、私たちは憎み合っているのではない。隠し事はあるし、行き違いもあるし、たまには口論もするが、いたって平穏な日々が多い。

私にも夫にも欠点はたくさんある。でも、基本的な価値観は似ている。それがなかったら、こんなに長く一緒にいられなかったと思う。

セックスレスで、夫と私は別々の部屋に寝て、それぞれの部屋で過ごす時間が多いことを考えると、すでに「未離婚者」の仲間入りをしているのかもしれない。

それでも別にいいのだ。

もともと他人なのに、紙一枚で結婚したことになって、その紙を無効にするために労力と時間をかけ、弁護士に儲けさせるのはもったいないじゃないの、とケチな私は考える。


<今日の英語>

Something made me sneeze.
くしゃみが出た。


アレルギー反応が強い夫。場所によって、やたらとくしゃみが出る。「何かが私にくしゃみをさせた。」という、いかにも英語的な表現。それに、私は夫がくしゃみをしたという事実を目撃したのに、夫はひとこと言いたいらしい。



クリック募金を始めました。下記サイトにて協賛企業のリンクを各社1回クリックすると、1円ずつ募金できます。
    JWordクリック募金

 |  社会  |  コメント(11)

あと10日

2010.08.28 (土)



73日あった夏休みも、残すところ10日となった。

新年度は9月7日に始まるのだが、フレッシュマン(ハイスクール1年生)の次男には、その1週間前にオリエンテーションがある。まだスクールバスが出ないので、朝8時に私が送り届け、2時にお迎えに行く。

ふやけきった脳みそを活性化させるためか、学校はレクリエーションやグループ活動など盛りだくさんな1日にしてくれる。昼食も出る。

子どもが家の中にいるだけでエネルギーを吸い取られる私
にとっては、なんともありがたい企画である。

去年(6月)まで次男はミドルスクールだったので、バスは長男より10分早く、終了時間は15分遅れていた。その微妙なズレがなくなり、2つの学校のお知らせを見なくてもよくなる。課外活動の日も、もしかして2人同時にお迎えに行けるかもしれない。

たった2人でこのざまだ。子どもが3人いたり、もっと年齢差があったりしたらどうなっていたことかと想像する。

私は、いっそのこと年子で産んでおけばよかったと思っているのだ

オムツもナーサリースクールも小中学校も、間をおかずにさささーっと終えられる気がする。長男のときにあれこれやったことを2年経ったらすっかり忘れてしまうなんてこともない。

それでも、長男がハイスクールに入学したときと比べて、今年は気楽である。2人目ともなれば、「なんとかなるわよ。」と余裕ができる。

長男は、何につけても親の緊張と無知の影響を受けてきたのだ。


         *


いよいよ夏休みが終わりそうだというので、先週からプレイデートのお誘いが頻繁にある。

うちにも招待しなくてはと悩む間もなく、次々と誰かが呼んでくれる。

家で遊ぶだけではなくて、ウォーター・パークとか、映画館とか、隣の州でのなんとかフェアとか、バイク・トレイル(自転車専用のコース)とか、あちこちに連れて行ってくれるのだ。

私は長男の友だち2人を映画館へ引率した。

本当はクリスのお母さんが送り役、私がお迎え役だったのだが、彼女は下の子の都合で送ることができなくなり、お迎えならなんとか間に合いそうだから交替したいというのを、私が往復を受け持つことにしたのだ。

何度も行った事がある道で難しくもなく、地図は頭に入っているのだが、どこであろうと、私はよその子どもを乗せるのがとても不安だ。

私はアメリカに来てから運転を習い、ずっと無事故無違反ではあるが、運転も駐車も下手で、しかも方向音痴。

うちの子だけならまだいい。

でも、よその子が同乗していて時速70マイルで飛ばして事故になったら、取り返しがつかない。いくら安全を心がけていても、酔払い運転とか無謀運転とかなんでも起こりうる。

私は映画館の近くで買出しをする予定だったし、彼女にはふだんからよくしてもらっているし、結局お迎えできないとなったら困るしで引き受けたのだが、その夜は心身ともにぐったりしてしまった。

みんなよく平気で遠くまで乗せていけるなあと感心する。


        *


私は遠出に連れて行けないし、うちでのプレイデートやお泊りの回数はよそに比べて少ない。

でも、それでごちゃごちゃ言う人はいない。

「いつもありがとう。」とお礼を言うと、「気にしないで。うちの子も一緒に行ってくれる友だちがいて喜んでるから。」とか「2人も3人も同じ。きっとすごく楽しいと思うわよ。」と気を使ってくれる。

私を頼りにならない外国人だと見なしているのかもしれないが、嫌味のひとつも口にしない。

地下室をプレイルーム兼メディアルームに改装した家(ここでのお泊りが一番多い。うちの地下室もそうやっておけばねえ、と次男と嘆く)とか、プールがある家とか、あらゆるゲーム機器がある家とか、うちより魅力的なお宅が多い。

一軒だけ、1階と2階が別世帯になっているような、狭い階段を上っていく家がある。そこではお泊りをしたことがないが、親たちはなんとなく了解しているし、子供たちも「あの家ではお泊りなしだな。」とちゃんとわかっているようだ。

日本人同士の付き合いにありがちな「いつも呼ぶほうで、招待してもらえない。」とか「うちにばっかり集まってずるい。」といういざこざはない。

親のほうも、送り迎えするより家に集まってもらったほうがいいという人もいる。

私は呼ぶのも呼ばれるのも遠慮したいのだが、そうもいかない。

それで、先日は4人の男の子を午後一杯預かり、夕食を食べさせ、夜7時まで遊ばせた。悪さをする子はいないし、私の言うことを聞いてくれるが、早く帰ってくれないかなあとそればかり思っていた。


       *


あさっては、12時半から夜7時までアンディのお宅。今年最後のプールになりそうだ。

朝夕はすっかり涼しいし、日差しや風が真夏のものではなくなってきた。すぐにでも学校が始まってほしい。

そう言ったら、ニックのお母さんは「私はそう思わないのよ。もう夏休みが終わりなんて早過ぎるじゃない。夏が終わるのが残念だわ。」、アンディのお父さんは「寒いのはいやだよね。」

そりゃ私も寒いのは好きじゃない。でも、73日間も子供が家にいたら(何日かはキャンプやお泊りで留守にした)、うんざりする。早く学校に行けー!と思う。

手がかからなくなっても、彼らが家の中にいるだけで消耗してしまう。そろそろ限界である。

私は開放されたいのだ。

【関連記事】
73日間の夏休み 2010.06.26



<今日の英語>

I think you'd have to ask them.
彼らに聞いてみるしかないと思います。


実子が3人いながら、数人の養子を海外から迎えた女性。それだけ大家族になると、母親の関心が自分に向いていないとお子さんたちが寂しがるのではないかと質問されて。「そういうことは、本人たちに聞いてもらわないと。私には答えられません。」



クリック募金を始めました。下記サイトにて協賛企業のリンクを各社1回クリックすると、1円ずつ募金できます。
    JWordクリック募金

 |  子ども  |  コメント(1)

アメリカの普通のお菓子

2010.08.29 (日)



子どもたちのプレイデートでは、特別なことは何もしない。

あるもので遊び、あるものを食べる。友達と一緒に過ごすのが一番の目的だし、こうしょっちゅう集まっていては「おもてなし」感覚はなくなる。

日本風のケーキやクッキーがアメリカの子どもにいまいち人気がないとわかってからは、作るのをやめた。マフィンやオレオでいい。

うちはコーラやスプライトなどのソーダを飲まない。バースデー・パーティでなければ買わない。でも、みんな承知しているので、文句は言わない(言ったってソーダは出ない)。水かアップルサイダーか無糖無塩の炭酸水を黙って飲む。

だいたいがおとなしい男の子ばかりだ。女の子は一人も来ない。

夕食はどこでもテイクアウトのピザが多い。料理の手間がなくて、誰でも食べられるものというと、自然とそうなる。

先日は、「お母さーん、ニックのお母さんが冷凍ピザでもいいかって聞いてる。」と初めて事前に確認があった。

もちろんいいですとも。一食くらい、なんでもいいのだ。


          *


お互いにお菓子の差し入れもしなかったのだが、この頃シンディだけはお手製のおやつを持って来てくれる。

彼女は粉から作るらしい。箱入りのなんとかミックスに卵と牛乳を加えてオーブンへ投げ込み、「ホームメイドよ!」というタイプではない。たぶんアメリカでは、もはや少数派だろう。

最初は、私がアメリカ風のお菓子を作れないだろうと気を回してくれたのかなと思ったが、他のアメリカ人宅で鉢合わせしたら、やっぱり持ってきていた。今のところ、だれもお返しはしていない。いや、お返しを考えているのはたぶん私だけか。

まずうちに届いたのは、fudge(ファッジ)。

私は一度も作ったことがないし、出来合いのものを買ったこともない。初めてどこかで食べたときは、やたら甘くてネトネトして、「うわー勘弁して。」という代物だった。

その次は、brownies(ブラウニーズ)。

これはおなじみだが、私はブラウニーもおいしいとは思わない。ガトーショコラのほうがいい。でも、息子たちと夫が好きなので、割とよさそうなミックスを使ってたまに作る。

3回目は、s'mores(スモアーズ)。

シンディは玄関で「これ、冷蔵庫に入れておいたほうがいいかも。」とアルミホイルをかけた紙皿を渡して立ち去ったので、何をもらったのかわからなかった。おやつの時間になって、出してみたら、あちこちから「おおーっ!」と手が伸びた。

シート状に焼いたものを食べやすいように小さい四角に切ってある。

私も一切れ食べてみた。すごく甘いけど、おいしい。いかにもアメリカのお菓子だ。どの子もこういうのに慣れていて、こういうのが食べたいのだなということがヒシヒシと伝わってくる。

シンディの息子ニックに「これ、何?」と聞いてみた。

「スモアーズ。」

スモアーズは、キャンプなどでマシュマロを焚き火で焼き、グラハムクラッカーにチョコとはさんで食べるおやつ。私はやったことがない。生のマシュマロの食感は苦手だし、食べたいとも思わない。

シンディの持ってきたスモアーズは、もう少し複雑な味がするし、見かけも違う。断面を見ると、グラハム・クラッカーを使ったベースがあり、チョコレートの層があって、マシュマロが入っている。ピーナツバターの味もする。

「何が入っているの? どうやって作るか知ってる? やっぱり焼くの? それとも冷やして固めるの?」と私はシンディの息子ニックに聞いてみた。

「さあ~。ぼく作ってるの見たことないから。」

しょうがない。本人に聞こう。しかし、今日のお迎えは別のお母さんがついでにニックも拾って行くのだ。

「あなたのママにスモアーズがすごくおいしかったって言ってくれる? よければレシピを教えてほしいって。」とニックに頼んだ。


          *


お迎えがあってから1時間もしないうちに、「ニックがレシピを送ってきたよ。」とチャット中の次男。

私の言ったことをちゃんと覚えていてくれたらしい。

なぜか私はシンディが母親か祖母から受け継いだレシピだと思い込んでいた。しかし、次男が転送してくれたのは、アメリカの料理サイトのURLだった。

まあそれはいいのだが、やっぱりこういう材料になるかとがっくりした。

バター1/2カップ(114グラム)、砂糖3/4カップ(147グラム)、1.5オンスのチョコレート・キャンディバー5本(200グラム相当)、マシュマロ・クリーム1カップ。

ほとんど脂肪と糖分じゃなかろうか。

9インチ四方の容器で作る。これ以外に卵や小麦粉、グラハムクラッカーの粉などが入る。

マシュマロは知っているが、マシュマロ・クリームは聞いたことがなかった。ケーキのフロスティングみたいなものかなと思って調べてみたら、原材料はコーンシロップ、砂糖シロップ、バニラ・フレーバー、卵白。こっちも糖分そのもの。

まだ作る勇気はない。

それにしても、あのスモアーズを一瞬でもおいしいと思った自分に驚く。私の舌もついにアメリカに感化されたか。



クリック募金を始めました。下記サイトにて協賛企業のリンクを各社1回クリックすると、1円ずつ募金できます。
    JWordクリック募金

 |  生活  |  コメント(1)

戸籍の中で生き続ける人たち

2010.08.30 (月)



生きていれば111歳だったはずの男性の白骨死体が7月末に見つかって以来、日本の新聞サイトには毎日のように行方不明の高齢者ニュースが載っている。

「死体と何十年も同居できるなんて。」と私はそっちのほうが気になった。葬式代がなかったのか、めんどくさかったのか。「即身成仏すると言った。」という説明も奇想天外だが、それをほっておける精神状態は尋常ではない。

戸籍のずさんな管理については、いかにもお役所のやりそうなことだと思い、それほど驚かなかった。

古い戸籍をずっとキャビネットに入れたまま、中身を確かめることなく、次の担当に延々と引き継いでいっただけの話だ。

もっとも、「生物学的にまず生きてはいないだろうという人を消し忘れておりました。」というだけならまだしも、年金や祝い金の不正受け取りという実害があっては、もはや放置できまい。


         *


ウィキによると、1994年に戸籍事務の電算化が始まったという。

でも、それはあくまでも「事務」(たとえば、戸籍抄本の写しを申し込むなど)をコンピュータでできるようにしたのであって、これまで紙でやってきた戸籍の書類そのものの電算化はあまりすすんでいないという。財政不足の折に、江戸時代の戸籍のデータベース化にかけるお金はない。

長男がエレメンタリー・スクールのとき、家系図を作る宿題があった。

私は祖父母、曾祖父母あたりまでさかのぼってやるつもりで、戸籍謄本を送ってくれと母に頼んだ。ところが、その話を聞いた親戚の誰かが勘違いして、私では読めないような古いものをお寺から取り寄せてくれた。

大きな誤解だったのだが、せっかくなのでもらっておいた。まだ取ってある。

ああいう文書を入力するには、相当の手間がかかる。

今の戸籍謄本ですら漢字だらけで、私は見るたびに圧倒される。そして、時間が経てば経つほど、「この字、読めません。意味がわかりません。」という人が増えてくる。そんな頃には戸籍の持ち主はとっくにこの世にいないだろうが。


          *


行方不明の高齢者にしても、125歳あたりはご愛嬌だったが、そのうち幕末生まれの149歳なんかが出てきて、SFか怪奇ものの様相を帯びてきた。

単なる書類の不備(抹消し忘れ)なのだから、111歳があれば、150歳だって充分ありうる。

1810年生まれで、生きていれば200歳の人の戸籍が残っているというニュースにいたっては、「よくまあそんなに長い間紛失もせず、記録を保管していたもんだわ。」と別の意味で感心した。

そして、(ありえないが)もし生きていたら、まさに歴史の生き証人。江戸時代から21世紀までの怒涛の200年を体験したわけだ。そういう人の話は貴重である。「私が43歳のときでしたか、ペルリ(ここはペリーでなく、ペルリと発音してもらいたい)の黒船が浦賀に来ましてねえ。」と想像するだけで楽しい。

私の実家のほうでも、75歳以上(寿命が延びた今は、対象年齢を上げたかも)にお祝い品を配ったり、米寿や白寿になると市報に名前が載ったりする。

ヒネクレ者の私は、冷めた目で市報を読む。

長生きがそんなにめでたいのかね。市長のサイン入り表彰状なんかより、おいしい食べ物のほうがうれしいんじゃないだろうか。それに、しわくちゃの写真を撮られて、一般公開してもらいたいだろうか。

私は断る。現金だけもらってお引き取り願う。

田舎だから、まだ人の目がある(信じがたいことに、いまだに回覧板があるのだ。戦時中から使っているような、大きな茶色い紙箱が近所を一周する)。誰かが死ねば、有線放送でお通夜や葬式の情報を流し、町内会で手伝いに出たりする。

身寄りのない人だったら、役所の手続きも町内会の誰かがやるんだろう。でも、なにかの拍子に、うっかり死亡届が出されなかったら、その人は戸籍の中で永遠に生きるのだ。


          *


私が夫と結婚したとき、市役所は私だけの独立した新しい戸籍を作った。

しかしアメリカ人である夫には戸籍がない(アメリカには、戸籍どころか、住民票も転入出届けもない)。本籍がないのは住所がないのと同じなのか、夫の名前と生年月日しか書いてない。

私が筆頭者で、父母の名前があり、「妻 kometto3」となっている。そして、「昭和xx年x月x日アメリカ国籍(夫の名前)(夫の生年月日)と婚姻届出」。

東京のアメリカ大使館近くの港区区役所で手続きしたので、それを実家のある市へ送付。父親の戸籍から新しい戸籍へ入籍という追記がある。

詳しい記述のない夫は、どこかから突然ぬっと現れたかのように見える。

その後、ニューヨークの総領事館で出した出生届を元に、戸籍には長男と次男の欄ができた。夫は、「父」の欄にカタカナで登場する。それだけ。いかにも端役といった風情である。

私はまだ市民権を取っていないので、日本のパスポートを持った日本人だ。領事館に在留届は出してある。渡米前に、市役所で海外転出届をしたので、住民台帳には載っていない(はず)。


           *


仮に、日本国籍を維持したまま、私が死んだとしよう

夫は死亡証明書をもらって、社会保障庁とか投資会社に連絡をするだろう。でも、日本領事館で手続きをするとは思えない。私は何も指示していないし、事務全般に弱い夫がそこまで頭を回せるとは思えない。

そのころ母も姉もすでにいないか、ぼけているとする。ほかの親戚とは疎遠なので、日本側の手続きをする人はいない。おそらく、夫は連絡することすらできない。息子たちも頼りにならない。

そうなると、私が筆頭者になっている戸籍では、私は死んでいないことになる。

百年くらいたって誰かが気づくまで、ずっと生き続けるのだ。
なんだかシュールで、ちょっとワクワクする。

海外に出てそれっきりになった人の戸籍は、きっとたくさんある。「私もその一人になるかもね。」と思いながら、日本の非実在高齢者ニュースを読む。


<今日の英語>

That’s the rule of thumb.
それが大体の目安です。


災害に備えてどれくらいの飲料水を準備したらいいかという質問に、「1人当たり1日1ガロン。おおざっぱに言えば、だいたいそれくらいです。」という専門家の回答。文字通りには、親指のルール。



クリック募金を始めました。下記サイトにて協賛企業のリンクを各社1回クリックすると、1円ずつ募金できます。
    JWordクリック募金

 |  社会  |  コメント(2)

懐柔策?

2010.08.31 (火)



ここ10日ばかり、夫は自室のドアを開けていることが多くなった。

閉じていても、鍵がかかっていないことがある。電話や夕食を知らせるためにそっとドアのノブを回すと、開くのだ。

夫は寝ていたり、本を読んでいたり、ネットサーフィンしていたりする。

暑いせいか、それとも閉め忘れか。まさか、本人は鍵をかけたつもりでいるのだろうか。いや、ボケるにはちと早い。

もちろん、きっちりドアを閉めて鍵をかけている時間もあるが、以前はほぼずっとその状態だったので、夫の部屋の前を通りがかってドアが半開きになっているのを見ると、拍子抜けする。

何かきっかけがあったんだろうかと考えてみた。


         *


2週間ほど前、夫に頼まれて、ある書類を作ったのを思い出した。

子どもが生まれる前は、たびたび入力の手伝いを請け負ったが、ここ数年は特に何もしなかった。実際、夫のほとんどの仕事は私には理解できないほど難解で、エクセルひとつにしても複雑すぎて私が触ったら壊れるんじゃないかと怖くて手が出せない。

今回は、G氏に渡すための、ごく簡単なエクセルファイルだった。資料が手元にあり、それと同じ情報を白紙のエクセルに入力するだけ。私はそういう頭脳を使わない単純作業が得意なのだ。

資料の文字が小さく、前半は虫眼鏡を使ったが、後半は長男に読み上げてもらって入力した。できあがったファイルをメールすると、夫から私と長男宛にサンキューの返事が来た。

夫は私が彼の仕事に無関心だと言って、たびたび機嫌が悪くなる。夫の仕事だけでなく、夫の健康状態や気持ちを熱心に聞いてあげないことも不満らしい。

しかし、私は概して周りのことにあんまり興味が持てないのであって、夫だけを無視しているのではない。

21年間一緒に暮らしているうちに、夫も頭では理解できるようになったらしいが、納得はしていない。あきらめてもいないようだ。だから、これっぽちのお手伝いでも喜ぶ。

でも、ドアを開け放つほどの影響力があるとは思えない。


         *


夫がやってきて、「きみは気に入らないと思うけど。」と切り出した。

ほら、来た。私が一番きらいな切り出し方だ。

私の機嫌が悪くなるのは、お金がらみの話である。私の警戒心を解こうとしてドアを開放するようになったのかとムカッとした。

「ぼくのペーパー・カンパニー用にクレジットカードを作ろうと思うんだけど。」

夫は、20代のころからコンサルティングらしき会社名を持っている。名前だけで、実体は何もない。それでもアメックスが作れたりしたのだ。でも、年会費が無駄に思えて、とっくの昔にキャンセルした。

「今のシティバンクのカードでいいじゃない。」と私。

「eBay が PayPal での支払いを強要するのがしゃくにさわるんだ。」とわけのわからないことを言う夫。オークションなんかもう2年以上やっていないし、取引は小切手でもできるはずだ。

怪しい。

「この間、プリペイドのクレジットカードが来たばかりでしょ。あれ、ほんとにキャンセルされてるの?しょっちゅうカードを申し込んだり、止めたりするとクレジットスコアに響くのに。」

「あれは、キャンセルしたよ。見せようか。別にやましいところはないよ。」と夫は自室からカードが送られてきた封書を持ってきた。

私がカード会社に電話してカード番号と郵便番号を押すと、「いま入力された番号は、こちらの記録と一致しません。」と機械の声がした。どうも機械では不安だ。夫に自分で電話して再度確認するように頼んだ。

夫はどこで新しいクレジットカードの申し込みをするつもりだろう。郵便箱にはしょっちゅう勧誘の手紙が届くが、すべてゴミ箱へ直行である。

カードを作りたい理由といい、私に持ちかけたタイミングといい、すっきりしない。

そうこうするうちに、もう1枚、夫宛ての封書が届いた。

差出人は住所だけで、さわってみると、プラスチックのカードらしきものが入っていた。単なるダイレクトメールの可能性はあるが、もともと猜疑心の強い私は、最初から疑ってかかる。見逃しませんからね、と思う。

これも、夫の反応を見るべく、台所のカウンターのど真ん中に置いた。




クリック募金を始めました。下記サイトにて協賛企業のリンクを各社1回クリックすると、1円ずつ募金できます。
    JWordクリック募金

 |   |  コメント(0)
 | ホーム | 
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。