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<今日の英語> 2010年6月掲載

2010.07.01 (木)



6/2/10
When it's over, it's over.
終わったら、それでおしまい。

6/3/10
He did this to himself.
こうなったのは本人のせいだ。

6/4/10
Always a bridesmaid, never a bride.
万年ブライズメイドで、決して花嫁になれない

6/5/10
Am I making a mountain of a molehill?
私は些細なことで大騒ぎしているんでしょうか。

6/7/10
I left three cheese slices for you.
チーズ・ピザを3枚残しておいたよ。

6/8/10
It's a mixed blessing.
良くもあり悪くもあります。

6/9/10
Her choice of words was unfortunate.
彼女の言い方は残念だった。

6/10/10
The rain is tapering off.
雨は次第に止んできています。

6/12/10
Let’s not throw out the baby with the bathwater.
大切なものまで捨ないようにしましょう。

6/15/10
They are taking it in stride.
彼らは事態を冷静に受け止めている。

6/18/10
Are we good for Monday at eleven?
月曜日の11時で大丈夫ですね。

6/20/10
You are coming apart.
ガタがきてるんだよ。

6/21/10
Turn everything down.
全部消せ。

6/22/10
Your guess is as good as mine.
私にもわかりません。

6/26/10
Someone's left a phone behind.
誰か携帯を忘れていきましたよ。

6/27/10
Somehow it never gets done.
どういうわけか、やらずじまいになってしまう。

6/28/10
I can’t help seeing them.
どうしても目に入ってしまう。

6/30/10
I was beaten fair and square.
彼は正々堂々と戦ってぼくを打ち負かした。

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井戸水フィルター

2010.07.02 (金)



出先から戻ったらしいダレルから電話があった。

「メッセージ受け取りました。オフィスから別の請求書を郵送します。」

「500ドルが正しいんですね。」と私。

「うちは実際にかかった費用しか請求しません。」とダレル。どうしてオフィスが2倍も請求したのか、彼は言い訳もしないが、謝罪もしない

しかし、こんなことで原因究明しようとしても無駄である。「うちの手違いですみません。」なんて言葉はどこを押しても出てこないことはわかりきっている。

郵便で正しい請求書が届くのを待つことにして、電話を切った。屋根の修理は、これが片付いてからだ。


      *


うちは上下水道とも「自前」である

飲料水は井戸水をモーターで汲み上げて地下室のタンクへ貯め、下水は裏庭に埋めてある浄化槽へ行く。

井戸水用のタンクにはポットくらいの大きさの濾過装置が横についていて、定期的にフィルターを換えなければならない(浄化槽も何年かに1回はクリーニングが必要だが、これは専門の業者に頼む)。

この家に住み始めた頃、水道の蛇口から細かい土みたいなもの(夫はこれを silt  沈泥と呼ぶ)が混じって出てきた。

井戸堀りの会社の人が「深すぎたかもしれません。しばらくすれば消えますよ。」といい加減なことを言って、採水点を何フィートか持ち上げた。

それなのに、15年経った今でも、フィルターにはかなりの量が残る

井戸水タンクのフィルターだけでは心配なので、台所の蛇口には Brita をつけている。

      *


フィルター交換は最初のうちは夫がやって、私はただの助手だった。ペーパータオルを渡したり、バケツを支えたりしただけで、ぼんやり見ていた。

まず、タンクやボイラーにつながるレバーをいくつか締めたり開けたりするのだが、どれがなんだか私にはよくわからず、理解したくもなかった。下手な事をして壊すのが怖かったし、汚いのもいやで、夫に任せていた。

でも、夫がフィルターを換えて装置を元に戻すと、なぜか必ず水が漏れてしまい、何度もやり直すはめになった。そのたびに夫はののしり、わめいた。

「私のせいではない」と頭ではわかっていても、見ていただけの私は夫に責められているような気がした。

私はそれを聞くのがいやで、夫に「そろそろ井戸水のフィルターを換えて。」と頼むのもいやで、換えたあと夫がいかにも大仕事をしたという態度になるのがいやで、何年か経ったある日、自分でやろうと決意した

「もしうまく行かなかったら、呼ぶから。」と念のため事前に夫に通告しておいた。夫は「わかった。」と言いつつ、いっしょに地下室へ来ようとはしなかった。

私は説明書を初めてじっくり読んだ。装置についているゴム製のリングに Vaseline (ワセリン)を塗ると、水が漏れないと書いてあった。夫はそんなことは一度もやらず、力任せに締めていたのだ。

どの順番でどのレバーを開閉するのかも覚え、多少の水漏れにも対処できるようになり(一度でできなければ、黙って自分でやり直せばいい。たいてい2度目でうまくいく)、ここ10年くらいは私の担当になった。

こうやって、不愉快なできごとが一つ減った


        *


井戸水なので、水温は非常に低い。真冬はもちろん、夏でも決して楽しい作業ではない。それでも、夫のののしり声を聞くよりマシだ。

フィルターをはずすと、これまでに貯まった泥や濾過中の水でずっしりと重い。

そうでなくても、「使う人のことをほんの少しでも考えたら、こんなものを売るはずがない。」と思わせるくらい、やりにくい。

日本ほどの決め細やかさは求めないが、「もう少しどうにかならんのか?」というものがアメリカには多すぎる。最近でこそ、多少使い勝手のいいデザインも出回ってきたが、10年前の製品には情けないものがある。

しかし、そんなことは言っていられない。

フィルターは半年に1回の交換がお勧めと書いてあるし、沈泥が混じる家の場合はもっと頻繁にやるべきなのだ。

困ったことに、私の右腕の痛みはいっこうによくならない。力仕事ができる状態ではない。

子どもたちは今まで一度もフィルター交換をしたことがない。それどころか、私は彼らが学校に行っている静かなときに済ませていたので、手順を見る機会すらなかったと思う。

子どもたちは要領が悪いが、私より背が高く、なにしろ若い。

夫に期待できない今、子どもたちに覚えてもらうしかない


       *


先週も、天井に付いているセントラル・エアコンのフィルター交換を長男に初めてやらせた。

本当は前にやったことのある次男を呼んだのだが、「次男はいま戦っているから(=ゲームの真っ最中)、ぼくがやるよ。」と長男が代理で現れた。

その代わり、長男がゲームで正念場のときに私が何か頼めば、今度は次男が代わりにやるという暗黙の了解らしい。「ゲームのためなら麗しき兄弟愛」の2人。

フィルター交換は2人がかりになりそうだが、彼らが大人になってもしかして井戸水の家に住まないとも限らない。

夫みたいに下手なやり方をしてわめかないように教育しておくのも、私の仕事である。


<今日の英語>

It's now or never.
やるなら今だ。


ウィンブルドン女子準決勝で、勝敗を左右しそうなポイントを前にコメンテーターの一言。グランドスラムで決勝に進めるチャンスはめったにない。今やらないと一生やらないで終わる。相手に行動を促すときに言うせりふ。



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外側上顆炎

2010.07.03 (土)



3週間くらい前、右ひじに突然ピリッとした痛みが走った。

昔から両手首には時々鈍い痛みが出て、ひどいときは数日続いたが、ひじがこんなに痛くなったのは初めてだった。

そのうちよくなるだろうと思い、サロンパス(Salonpas はここでも売っている)を張ったり、ひじの下にクッションを置いたり、マッサージをやってみたりした。でも、治るどころか悪化する一方で、とうとう蛇口をひねったり、歯磨きのフタを開けるだけで鋭い痛みを感じるようになった。

夜中に痛みで目が覚める。Advil (ibuprofen) を飲んでも効き目がない。

グーグルしてみると、テニスひじの症状と似ている。でも、私はここ2ヶ月くらいテニスはしていない。もっとも、テニスひじという名前にも関わらず、テニス以外の原因でなる人のほうが多いらしい。

これはお医者に診てもらうしかない。独立記念日が近いせいか、すぐに主治医の予約が取れた。


       *


ドクターBは「ハーイ、kometto3! 久しぶりねえ。どう調子は? 今日はどうしました?」と明るく診察室へ入ってきた。

私がひじの症状を説明すると、よくテニスかゴルフをするか、なにかにぶつかったか、繰り返し右腕を使う作業をしたかなどと、立て続けに質問された。

思い当たることは一つもない。だいたい私はあまり動かない怠け者なのだ。

そして、私の右腕を持ち、手とひじを押したりひねったりした。「ここはどうですか。」と言われたとたん、ピリッと痛みが走った。

テニスひじね。それに、かなり腫れてます。」

「パソコンのマウスのせいでしょうか。でも、もう何年も同じのを使っているんですけど。」と私。

「なんとも言えません。テニスひじは原因不明で起こることも多いし。ともかく右腕を休めることです。」

ここ数日、極力使わないようにしてきたが、きき腕なのでそうもいかない。簡単な動作の一つ一つが右ひじに響くのだ。

ドクターBは痛みと炎症を抑える飲み薬を処方してくれた。それから、冷湿布をできるだけ長い間やることと、elbow splint という添え木のついたサポーターを付けることを指示された。

3週間経っても痛みが取れなかったら、ひじにステロイド注射をしてもらってください。整形外科医のドクターFを紹介しておきましょう。」

私はひじに注射されたことなんかない。想像するだけで痛そうで怯む。なんとか飲み薬と湿布とサポーターで治さねば。

せっかくお医者に来たので、飛行機に乗るときに飲むトランキライザーの処方も頼んだ。いつカリフォルニアに行くかわからない。もうあれがないと、飛行機には乗れなくなった。

ところで、あなたの気分は最近どう?」とドクター。彼女は去年の健診のときに、私にはもう抗うつ剤は不要だろうと言ったのだ。

「うーん、まあまあです。薬でコントロールできてると思います。」と私。

夫とルーマニア人との関係は話さなかった。ひじが思ったより悪くて、それどころではない。

ドクターがナースに話しているときに聞こえた「ラテラル・エピコンディライティス」という言葉をカタカナで手帳に書きとめた。おそらくこれが正式な病名だろう
(帰宅して調べたら、やっぱりそうだった。lateral epicondylitis 外側上顆炎
一般には tennis elbow あるいは tendonitis のほうが通りがいい)。


         *


処方された薬 Meloxicam (15mg) を飲んでみた。かなり強力らしい。服用は1日1回となっているが、すでに痛みが和らいでいる。

ドラッグストアにはsplint は置いてなかったが、伸縮素材のサポーターはあった。とりあえずそれを付けている。私は真面目な患者なので、お医者の指示を守る。これから、splint を探しに行く。

たかがテニスひじと見くびってはいけないらしい。最悪の場合は手術になる。

いろいろ調べてみたら、外側上顆炎は

「テニス愛好者でもない中年の女性にも多く発生する」
「30~50歳代の女性に好発し、右側の発生頻度が高いのが特徴」

処方された薬についてきたパンフレットを読むと、「osteoarthritis(骨関節炎)の治療薬」と書いてあった。あれは老人の病気かと思っていた。

閉経を前にして、私の体は急速に老化しているのだろうか。

私はすでに抗うつ剤、血圧降下剤を常用している。去年の健診で貧血だったので、鉄剤も毎日飲んでいるし、産婦人科医から閉経後に備えてビタミンDとカルシウムを飲むようにも言われている。

こうやって年を取るごとに持病と薬が増えていく。

* * * * *

というわけで、右ひじが完治するまで、ブログはゆっくり更新する予定です。

【関連記事】
外側上顆炎 2010.07.03
初めてのコルチゾン注射 2010.12.01



<今日の英語>

You need to baby it.
そっと扱わねばなりません。


ドクターBのアドバイス。右ひじを赤ん坊のように甘やかせてやって、大事にしないと治りませんよ。



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静寂

2010.07.06 (火)



昨日、子どもたちをコンピュータ・キャンプに連れて行った。

施設となる大学は、うちから北へ50分。

アメリカの大学に行かなかった私は、あちこち見て回るつもりだったのだが、キャンパスがあまりに広く、案内人がいないとダメだとすぐにあきらめた。

マンハッタンよりずいぶん北にあるはずの町でも蒸し暑かった。今週は熱波がやってくるという予報である。

睡眠薬の副作用か、夫はフラフラするというので、行きも帰りも私が運転した。

方向音痴の私は、知らないところへ出かける前にじっくり地図を研究し、道順を印刷する。1人で出かけるときは、ほとんど暗記するくらいなのだが、今回は夫が同乗するとあって、そこまでしなかった。

私はオドメーターを頼りにする。

道路Aを何マイル運転したら、道路Bへ曲がる」ということを知りたい。目が悪くて道路の名前がよく見えないし、そもそも名前を読む余裕がないからだ。

しかし、夫は次々と見える道路の名前を読み上げるだけ。そんなことを教えてもらっても、私は自分が今どこを走っているのかわからない。

「出口まで何マイル?」「次のターンまで何マイル?」と聞かねばならない。Googleマップには小数点まで出ているのでかなり正確だが、夫は一つ下の行を読む始末。

今度の車には絶対にGPSをつけよう。」と決意する。

しかし、それでも夫はさすがに私より運転歴が長く、アメリカ生活も長い。私よりは方向感覚が鋭い。大学内の敷地についても一般的な知識がある。

私は構内を運転しているうちに、「自力でここから出ることはできない。」と悟った。そういう意味では、夫が来てくれてよかったのだ。


       *


大学を出たのが、夕方6時ごろ。

私がよく知っているハイウェイに戻るまでは、夫に道案内してもらわねばならない。独立記念日当日のせいか、交通量は少ない。

半分まで戻れば、さすがに私でも余裕が出てくる。

ラジオをつけながら、夫と私はG氏のことやキャンプのことなど、ぽつぽつと話す。そのうち夫は助手席で寝てしまった。

家に入ると、妹猫が地下室へつながるドアの後ろでこっそりお出迎え。

夫は昼の残り物をつまんで、「もう寝る。」と言って自室へ上がっていった。私はしばらく台所にいて、猫に晩ご飯をやったり、夫の使った食器を皿洗い機に入れたりした。

家の中は物音一つしない。

この静けさに慣れるまで、しばらくかかるのだ


       *


今朝も兄猫に早く起こされたが、二度寝して起きたら10時だった。

子どもたちがいないので、話し声がしない。パソコンからゲームの効果音も聞こえない。リビングルームのテレビもついていない。

エアコンが止まると、ひっくり返って寝ている兄猫のいびきが響く。

夫と2人だけなら、ますます料理をしたくなくなる。だいたい私たちが共通して食べるものは少ない。適当にあるものを食べて夕食にすればいいと思っていたら、夫が「ディナーの予定は何?」と聞きに来た。

「そんなの、自分でどうにかしてよ!」と思いつつ、「まだ考えてないけど。」と冷蔵庫に入っていて暖めればすぐ食べられるものを挙げた。

自分でそのうちのどれかに決めればいいのだ。だいたい私は右腕が痛いのに、夫は何を考えているんだろう。

私にとって、この1週間は子どもからの解放であり、4人分の食事作りからの解放でもある


     *


地下室へ下りていったら、長男のゴム草履が置いてあった。持ち物リストと照合しろとあれほど言ったのに。

でも、私は届けない。また長距離を往復する気力はない。それに、ゴム草履がなくても生死に関わる問題ではない。こういう失敗をしてこそ、次回は忘れないようにしようと(たぶん)学習するのだから。

キンダーガーテンからぼんやりしていた長男は、16歳になってもまだこんなことをしている。「バッカだねー。」と話し相手もいないのに、何度も口をついて出た。

そうだ、これから1週間、私は日本語を話す相手がいないのだ

英語しかわからない夫と2人きり、プラス猫2匹との生活。

老後の予行演習が始まった。


<今日の英語>

It was a cakewalk for him.
彼にとっては一方的な勝利だった。


ウィンブルドン男子シングルス決勝でストレート勝ちしたナダルについて、ファンの一言。Cakewalk は19世紀にアメリカ黒人の間で始まった歩き方を競う競技。最も風変わりな歩き方をした人が商品としてケーキをもらったことから。
スラングで、簡単なこと、たやすい仕事。



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早食い競争という愚挙

2010.07.07 (水)



コバヤシという日本人が独立記念日のホットドッグ早食い競争の会場で逮捕されたというニュースをラジオで聞いた。

容疑は不法侵入、乱暴行為と公務執行妨害。

主催者との契約書に署名しなかったために参加できなかった小林氏が、コンテストが終わったとたん、客席からステージに上がろうとしたところを警察に逮捕されたという。

私は肉を食べない。でも、ホットドッグは何度か食べたことがある。

ハムやベーコンと同じく、加工してあれば少しは食べられるので、どうしてもそれしかなければ我慢する。おいしいとは思わない。それどころか、何を食べているのかわからない。「ホットドッグがどんな動物のどの部位からできているか」を考えないようにしているせいもある。

ホットドッグでなくても、一定の時間内にどれだけ大量に食べものを胃に送り込めるかを争うコンテストは醜悪だ

今回の騒ぎで、小林氏の過去の写真があちこちに出ていた。口いっぱいにほおばり、あふれそうになっているのを見るだけで、吐き気がした(わざとこういう映像を見て食欲不振になれば、ダイエットできるかも?)。

あれは「食べる」行為とは程遠い。

ある報道によれば、彼はホットドッグのソーセージとパンを分けて、パンは水に浸してふやかしてから飲み込むらしい。ソーセージは丸飲みだろうか。

どっちにしても、えげつない。せめて、まともに食いつけ!と思う。


        *


ウィキにこのコンテストの詳しい説明が載っていた。

それによると、「1916年に、 4人の移民が誰が一番愛国心を持っているかを示すために、ネイサンズの販売スタンド(1号店)の前でホットドッグの早食い大会を開いたのが起源と伝えられている。」

最初は気楽な早食い競争で始まったが、今では大会運営団体があって、ルールがあって、小林氏のようなプロの大食いもいる(人前で早食いをすることで生計を立てられるのに驚く)。一大ビジネスなのだ。

今年の優勝者の賞金は2万ドル(175万円)。

このコンテストではニューヨーク市長が挨拶をし、マンハッタンでの歓迎行事もある。

Nathan's という一企業のコマーシャルだが、1920年代から遊園地で人気のあったコニー・アイランド(私は行ったことがないが、非常に古めかしい大衆娯楽の場というイメージがある。ディズニーランドに比べると、かなり廃れている)で行われることもあり、アメリカ人にとってはノスタルジックな思い入れがあるようだ。

ニューヨーク市もそのことはもちろん承知していて、市長を派遣しては半ば公式行事みたいに扱っている。トラブルが起きては困るのだ


        *


逮捕の経緯は本当のところどうなのかわからない。

小林氏をサポートする意見もあるが、過去の優勝者であるというだけでステージに上がろうとした彼は考えが甘すぎる

周りにおだてられてとか、優勝者をたたえようと思ってとか、自分にも食べさせてもらえると思ってとか、自分がチャンピオン(去年もアメリカ人に負けたのに)だと証明しようと思ってとか、新聞によって話が違うが、3万5千人の観客がいる会場で、運営者でも招待客でもなく参加資格を持たない人間が勝手にステージに駆け寄ったらどうなるか、常識でわかろうというものである

警察やセキュリティ・ガードは群集コントロールのためにいるのだ。武器を持ったテロリストでなくても、不審な動きをする人間がいたら、取り押さえるのが仕事である。理由なんか関係ない。

しかも、NY在住という小林氏は英語が話せないらしい。「通訳を通して」という断り書きがついたコメントしかない。それでどうやってステージで誰に何を伝えるつもりだったのか。

ステージ前にいた警察官を押して、マイクをつかもうとし、取り押さえられるとバリケードにしがみついて抵抗したと警察は言う。

自分は過去に6回も優勝したんだから、観客も主催者も自分のことは知っている、応援してくれていると思い込んで、余興のつもりでやったとしたら、小林氏は自分を買いかぶりすぎている。

参加したいなら、契約書に署名すべきであって、ルールを守らない人間が自分の要求を認めてもらえると期待するなんてカン違いもいいところだ。主催者側から見れば、トラブルメーカー以外のなにものでもない。


       *


小林氏は"Free Kobi" というわけのわからん主張を書いたTシャツを着ていた。

「アメリカは自由の国だ」と自分の都合のいいように解釈するとこうなるといういい見本である

これまでは特殊技能者としてのビザを発行してもらっていたそうだ。逮捕歴がついた場合はどうなるかわからないが、私の知ったことではない。運営団体は、今後のコンテストへの出場停止も検討すると言う。

休み休み書いているうちに、拘置所で一晩過ごした小林氏は自己誓約により保釈金無しで釈放された。8月に出廷だそうな。

ああ、くだらない。大事なニューヨークのリソースを無駄遣いしないでほしい。


<今日の英語>

You are breaking up.
通話が途切れかかっています。


あるラジオ番組へリスナーが電話をかけてきたが、接続が悪くて切れ切れにしか聞こえない。聞きづらいので会話を打ち切ろうとした司会者の一言。



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子どもがいないと

2010.07.08 (木)


コンピュータ・キャンプが始まって早4日目。

金曜日の午後にはお迎えに行かねばならない。早すぎる。

2人ともティーンエージャーなので、とっくに手がかからなくなったはずなのに、彼らが家の中にいるだけでどれほどエネルギーを吸い取られているかがよくわかる。

私は「疲れる前に寝る」のがモットーの手抜き主婦。

ふだんからさぼりまくっているが、今週は気力・体力ともに合格レベルなのだ(充実しているとはあえて言わない。別に何もしていないから。右腕を休めるという格好の言い訳もある)。

子どもがうろちょろしないだけで、余計なストレスがたまらない。やっぱり私は子どもが苦手だと思う。


       *


家の中がとても静かで猫がリラックスしている以外に、いつもと違うのは

  • ああしろ、こうしろと子どもに何度も同じ事を言わなくてすむ。
  • 私と子どもの日本語による口論に、夫が文句を言う機会がない。
  • 子どもの習い事やプレイデートのための送り迎えがない。
  • 物が移動しない。散らからない(夫1人ならたかが知れている)。
  • 洗濯物がとても少ない。
  • 皿洗い機が1日でいっぱいにならない。
  • 牛乳やシリアルが減らない。
  • 私の英語が上達した

夫は日本語がわからないし、かかってくる電話でもお店でも英語しか通じない。人間との会話はこの4日間ずっと英語だけである。

「子どもたちには日本語、夫には英語」と切り替える必要がない。

夫は話し相手がいないせいか、いつもより頻繁に私に質問をしたり、報告したり、話題をふったりする。私は適当に相手をする。

もともと高尚な議論をするわけではないが、昨夜あたりから私の英語がいつもより流暢になった気がするのだ

「楽に話している」という自覚がある。


       *


猫に一方的に話しかける以外は、日本語で会話する相手がいない。こうやって日本語で文章を書くのが唯一の発話(?)である。

日本語のテレビもビデオも見ないし、ネットで日本語の番組を探すこともしない。それはいつものことだし、たった数日で母国語が影響を受けるはずがない。

でも、子どもたちが家を出て、夫と2人だけの生活に戻れば、少なくとも会話は毎日英語だけとなる。

日本語は絶対に忘れないという自信はあるが、使う機会が極度に減れば、どこか変わっていく可能性もある

終いには、ちょっとヘンな日本語を話すヒトになるかもしれない。たぶん自分では気がつかないで。

それはそれでいいのだ。隔離された日本語になるのだから。私の日本語は、ガラパゴス諸島のイグアナみたいに、独自の進化をすると考えよう。


<今日の英語>

Our phone is ringing off the hook.
うちの電話が鳴り止みません。


このところの猛暑で、ニューヨークシティのサービスセンターに問い合わせや相談の電話がひっきりなしにかかっているという。ラジオ局のインタビューに答えた担当者の一言。



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躁鬱病と生命保険

2010.07.11 (日)



夫と私は2つの生命保険に入っていた。

1つは夫の会社が保険会社と提携しているもので、もう1つは夫の所属するある団体で申し込めるものだった。どちらもグループ割引の料金だったが、会社のほうがもっと優遇されていた。

両方合わせればまあまあの金額ではあったが、もっと増やそうかなと考えているうちに夫はパニック・アタックで休職扱いとなり、しばらくして躁鬱病と診断された。

給与は short-term disability の3ヶ月間は100%支払ってもらえたが、それからは long-term disability という長期の規則が適用されて、半額になった。また、401Kには新たに1ドルも入れられなくなった(これまで貯めた分はもちろんそのまま残っている)。

でも、健康保険が引き続き同じ条件で使えるのはありがたかった。アメリカの保険問題を初めて身近に感じた。

生命保険については、保険料の通知が何度か来た。夫に聞くと、「会社を辞めたら保険も切られるだろう。」とのことだった。私は健康保険と同じく、保険料も給与から差し引かれているとなぜか思い込んだ。


      *


保険会社から、保険料未払いにつき契約打ち切りという知らせが来た。ただし、書類を提出し、審査に合格すれば従業員として再度加入を認めるとある。

夫はこういうことに関わりたがらないが、私が代わりに電話すると「本人ではない」と言う理由で相手は何も教えてくれない。

夫のいる前で私が電話し、担当者が出たら、夫に受話器を渡し、私が代理で話をしてよいという許可を出してもらわねばならない。なぜか夫はそれさえもいやがった。

やっとのことで話ができた。やはり会社は天引きしていなかった。とりあえず審査の書類を送ってもらうことにした。会社が提供する保険では、既往症があっても入れることにはなっているが、保証はない。

不安になって、うちの自動車保険と火災保険を任せている代理店のミシェルにメールした。彼女は有能で率直で信頼できる。

「夫と私の生命保険の見積もりをお願いします。夫はパニックアタックと躁鬱病で休職中ですが、保険に入れるでしょうか。」

しばらくして、ミシェルから電話が来た。

「ご主人はどんな薬を飲んでますか。」

私はすぐに答えられない。何種類も試した上に、どの薬が何のためなのか覚え切れない。

「夫に確認してメールします。躁鬱病だと、生命保険に新たに加入するのは無理ですか。」

「状況によりますね。薬の種類、どれくらいの期間か、自殺しようとしたことがあるか、入院したことはあるか、現在の症状はどうか。一概には言えません。」

「夫は会社を休んでいるんですが、その場合はどうなりますか。」

「絶対無理とは言いませんが、難しいですよ。でも、うちには生命保険の専門家がいますから、ご相談に乗ることはできます。」

私は電話を切った。

ミシェルの口調から、夫が復職するまではまずだめだろうと思った。

夫はなぜか平気そうだ。最初からあきらめていたのだろうか。

夫が死んだら、あとのことは残される私と子どもたちの問題だ。少なくとも、彼らが大学を卒業して就職するまでは、いろんな意味で夫の後ろ盾が要る。


          *


躁鬱病の人も加入できる生命保険を調べてみた。

あることはあったが、いくつかの条件をクリアしていないと話にもならない。そして、4つも5つも申請してすべて断られたという人たちの相談があちこちに出ていた。

夫のように long-term disability で働いていないケースはまず却下される。カウンセリングは毎週、精神科医には隔週で通院している点もマイナス。

自殺をほのめかした夫をERに連れて行ったのも、だめらしい。入院をしないで帰ってきたのはまだしもよかったと思われるが、「ERに行ったという事実」がいけないのだろう。

夫が復職して、2~3年間は仕事を休まず、入院もせず、投薬で症状がコントロールされ、家族や友人らのサポートがある場合に限って、おそらく高めのレートで加入できる。運がよければ。

ミシェルには連絡しないことにした。たぶん彼女も何も言って来ないだろう。

「誰でも自殺で死亡した場合は生命保険が下りないはずなのに、自殺の可能性が高いという理由で躁鬱病の人が加入できないのはおかしい。」という怒りのコメントをたくさん読んだ。

うつ病の場合はどうか。躁鬱病よりは軽症と見られているのだろうか。リサーチ疲れでまだ調べる気になれない。

どっちにしろ、体の病気よりもメンタルな問題を抱える人に世間は厳しい。これだけ抗うつ剤が処方されているアメリカでも、私は誰にも自分の病歴を話さない。

私は最初からそんなに高額の保険には入っていなかった。無収入の私が死んでも、夫と子どもの生活に金銭的な影響は少ないから。

もし今から加入金額を上げようとしたら、審査に通るだろうか。私はもう10年も抗うつ剤を飲んでいるのだ。

主治医のいうように、服用を止めたほうがいいのか。今は一錠20mg。半分に減らしたことはあるが、元に戻した。あれほど抵抗のあった抗うつ剤なのに、今は中止するのに二の足を踏む


         *


退職した場合の生命保険について、夫の会社のサイトで読んだ。あまり詳しく書いてない。

退職時の年齢が65歳ならば、退職と同時に5000ドルに減らされる。65歳未満ならば、退職直前の加入金額の50%(ただし最大は2万5千ドル)になり、65歳になったらやはり5000ドルに下がる。毎月の保険料がいくらになるのかは書いてない。

5000ドル? 44万円? 葬式代だけは出すということか。

でも、2006年度のニューヨーク州での成人葬儀代金は平均7150ドルだったというデータがある。これはフルサービスの場合で、通夜と葬儀の手配一切、遺体の輸送、エンバーミングその他の準備、施設の使用料、霊柩車、リムジン、棺を含む。ただし、お墓の費用は含まれない。

私は葬式もお墓も要らないが、死体の火葬は必要だから、運送料と火葬代金と骨壷は払わねばならない。

私は死んだら土に戻りたいので、裏庭に埋めてもらえたらいいのだが、遺言にちゃんとそう書いたかどうか思い出せない。

生命保険のことから始まって、「死」の事務的なことをあれこれ考えた日だった。


<今日の英語>

Don't lose sleep over it.
眠れないほど心配するな。


自分の結婚式の細かい段取りで悩んでいる女性に、「そんなに気にしないで大丈夫。どっちの親族が何人来て誰が誰と入場したかなんて、あなたと花婿以外はすぐ忘れますから。」とアドバイザーの一言。



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お金の不安

2010.07.12 (月)



保険の件がきっかけで、なんだかお金のことが気になってしょうがない。

夫の収入が半減して1年以上になり、お金が増えない生活にも慣れてはきた。

収入から家のローン(これには固定資産税のための積み立ても含まれる)を差し引くと、数字の上ではどうにかやっていけるように見えた。

でも、実際はオーブンレンジを買い換えたり、自動車の修理をしたり、キャンプ代を払ったりして、マイナスになってしまった。煙突設置に1万ドルを払った。これから屋根の修理でさらに5千ドルがかかる。

そういう予想外の出費のために非常用のお金を用意しておいたので、そこから出せばいいのだが、少しずつ残高が減っていくのは心細い


       *


なにか私でもできそうな仕事はないかと探してみる。

日本語が必要とされる仕事はこの近くにはない。騒音や人ごみに耐えられないくせに、「都会に住んでいたらなあ。」とこんなときだけ思う。

在宅ワーカーの募集にいくつか応募してみたが、それっきり。

私は年を取っただけで、特別な知識も技術も資格もないことを改めて知る。自分が悪い。しかも、テニスひじのおかげで、今はたとえば書類のファイリングやスーパーのレジすらできないのだ。

子どもが生まれるまでアメリカでしばらく事務をやっていたが、ほんの3~4年だった。もう16年前のことだ。すっかり置いてきぼりになった。

こんなに長い間、私は何をしていたんだろう

失業率9.5%のアメリカで、私の入り込む余地はない。

私の労働期間は短すぎて、社会保障年金のためのクレジットが足らない。だから、受給資格がない。

もし夫が死んだら、私は彼の半額だけ寡婦年金がもらえるはずである。ただし、その頃、市民権の有無が影響しないとも限らない。やっぱり早いところ市民になるべきか。

答えが出ないまま時間だけが過ぎていく。


       *


夫の休職期間をいつまで延ばせるのか、よくわからない。会社としても働かない人間にいつまでも給料を払うわけにいかないだろう。

最長26週間という数字をどこかで見た。だとすると、来年の3月。あと9ヶ月か。

夫はあれほど追い詰められた職場には戻りたくないらしい

夫の部署が縮小されてレイオフされた人が戻ったという話は聞かない。大きい会社なので、他の部署で何か見つかる可能性もゼロではないが、この不景気ではどこも厳しい。

会社の規定では、長期休職者は職場復帰してから30日間は社内でポジションを探す努力をし、それでも見つからない場合はレイオフの対象となる。夫は、「たぶん今戻っても、仕事は見つからないだろう。」と言い、むしろそれを望んでいるようだ。

夫が会社を休んでいる間に、私は改めて大きな会社の福利厚生のありがたさがわかった。

夫に元の職場に戻ってほしいのはやまやまだが、夫の気持ちを考えるととても口に出せない


         *


夫は私に Linkedin に登録しろと言う。仕事を探すなら、ネットワークしないとだめだ。

でも、私はそこに登録するほどの履歴もスキルもない。あれはプロフェッショナルのサイトだから私とはレベルが違うと言っても、夫はしつこい。

仕事を見つけたいんだろう?

夫は私に働いてもらいたいのだ。パニックアタックになる前にも、もし私が働いていて健康保険があれば、自分は仕事を辞めたいとときどきもらしていた。

私が何もできないでいるうちに、こんなことになってしまった。

出費を控えないと貯金が減るという話を、無収入の私からは持ち出しにくい。足らなければ、私が稼げばいいという話になるのだから。

夫からの登録依頼メールに答える形でサインアップしたら、夫は、私が日本でいっしょに働いたことのある人たちともリンクしていた。そんなことは今日初めて知った。中には、私が二度と関わりたくないアメリカ人と日本人がいる。

私は、名前とメールアドレスだけ記入した自分のプロフィールを密かに未公開にした。




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何もわかっちゃいない

2010.07.12 (月)



夜中に3回も目が覚めた。

うつの時と同じような精神状態だった。

じっとしていられない。心がはやる。四方八方から追い立てられているような気持ちになる。喉元から胸まで大きな重しがあって、身動きが取れない。集中しようと思っても、いろんな考えが破片のように散らばるばかりで、ぜんぜん考えがまとまらない。このまま朝が来なければいいと思う。

簡単なことがとてつもない難題に見えてくる。自分を叱咤激励してシャワーに入り、迷いに迷って結局ハンバーガーを作って疲労こんばいする。

こんなことでは、抗うつ剤は減らせない。

でも、ブログは書ける。書かないともっと不安になる。なぜかわからない。


       *


G氏のスタートアップは、政府関係の機関がパイロット・プログラムに資金提供をしてくれるかどうかの瀬戸際だ。

G氏個人でミリオン単位のお金をつぎこんでいるので、G氏の奥さんは機嫌が悪いという。それはそうだろう。

もしビジネスが起動に乗れば、夫に正式に参加を要請すると思われる。

今の会社には見切りをつけているらしい夫だが、まだ雇用中の身分だ。G氏の会社に入るにはいろいろ問題があり、一筋縄ではいきそうにない。

そういう手続きが片付いたところで、今の家を売って引っ越すのにも時間がかかる。もう1年以上も売りに出されている家が近所には何軒もあるのだ。

夫が単身赴任するにしても、2ヶ所の生活費が出せるだろうか。スタートアップはまだ利益を出していないのだ。子どもの学校はどうする?

何もかもが先行き不透明で、私は落ち着かない


       *


豪邸に住むお金持ちがローンの支払いをやめているという記事がNYタイムズに載っていた。

レイオフもされず、不動産の価値は上昇し続けるという前提で家を購入したのに、両方の目論見が外れたのだ。どうせ売れても元は取れない。差し押さえになるまではタダで住み続けるのが得策だと考えたらしい。

でも、そういう人たちは景気がよくなれば、またいい仕事に就けるんじゃないだろうか。私自身は景気がどうあれ、おそらく状況はあまり変わらない。

失業保険の受給期間が終わった人はどうなるんだろう。

財産を食いつぶすまで生活保護はもらえないんじゃないだろうか。そうなったら、どんな仕事でもやるんだろうか。

私は時給8ドルなんていう地元の求人を見て、そんなに安くては割に合わないと考える。そんな贅沢が言えるということは、まだまだ余裕があるんだろう。


        *


家のローンはあとほんの数万ドル、3年で払い終える。

夫も私もいろいろ薬に頼っているが、重病ではないし、まあ普通に生活している。子どもたちも猫も健康だ。

住むところも食べるものもあり、パソコンも使える。足代わりとはいえ、車も2台ある。子どもたちの習い事もまだ続けている。誰かに慰謝料や養育費を払ってもいないし、親戚づきあいのトラブルもない。

うちより状況の悪い人たちは、いくらでもいる。

なぜ私はこんなに悲観的なのだろう

結婚当初から贅沢とは無縁だった(里帰りは贅沢か。渡米して最初の10年は、ほぼ毎年日本に帰っていた。でも、それとカリフォルニアにある夫の実家に行くのが唯一の旅行だ)。

最初の家の頭金を払ったら貯金がなくなり、その後こつこつ貯めて今はまとまったお金ができた。

でも、「これで大丈夫」とは思えない。どれくらいあれば安心なんだろう。他の人たちは、どうやって毎年バケーションに行ったり、あれこれ物を買ったり、しょっちゅう外食したりできるんだろう。私たちの生活がなんだか味気ないものに思えてくる。

株価の上下で資産は増えたり減ったりしたが、夫の給料だけは確実だと思っていた。そして、長男が生まれてからのほほんと専業主婦の座におさまった。

20年後にこんなことが起きるとも知らず。

アメリカで頼る人もいない私は、頭の隅っこでいつもお金の心配をしていたのだ。でも、結局それは空回りしていただけじゃないだろうか。

偉そうなことを行っても、実は何もわかっちゃいない。」という気がしてならない。

これまでの生活はすべて夫の庇護があってこその話で、私はまったく自立できないまま、もう少しで49歳になろうとしている。


<今日の英語>

No one covers for me.
私の代わりをしてくれる人はいない。


仕事をしながら子どもの世話に追われているシングル・ファーザーがインタビューに答えて。「私がいないときにカバーしてくれる人がいないので、休めません。」



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歯車の狂い

2010.07.13 (火)



夫の死後、私は夫の受給額の半分しか年金をもらえないと思っていたが、「全額受け取れます。」と教えてくれた人がいる。

調べてみたら、確かに未亡人は100%もらえる資格があると書いてあった。

ただし、規定の定年である67歳まで待たなければならない。60歳から受け取ることも可能だが、28.5%も減額される。さらに毎月0.4%程度が差し引かれる。

67歳。

あと18年。子どもが生まれて高校を卒業するまでの年月と同じ長さだ。

11年後、つまり私が60歳のときに夫に先立たれて生活が困窮しても、最悪の場合は寡婦年金に頼ることができる。

これで大丈夫という保証もないのに、少しほっとした。

私はちょっとしたきっかけで、すぐに目の前が真っ暗になってしまう。客観的に見れば、事態はそんなに悪くないはずなのに、私には悲惨なシナリオばかり思い浮かぶ

貯蓄率の低いアメリカでは、うちはかなり貯めているほうだと思う。それでも、家族の誰かが大病を患ったら、こんな貯金はすぐ消えるだろう。高額医療費のせいで自己破産する人がアメリカには多い。


          *


夫は「お腹を壊した。ふらつく。」と言って、今日のカウンセリングをキャンセルした。G氏と話す以外は、寝たり起きたりしている。

子どもたちはキャンプから戻って、やっと荷物をほどき、いつもの生活に戻った。テニスと空手のレッスンはあるものの、午前中も午後もゲームかテレビか読書くらいしかしていない。あとは右腕をかばっている私の手伝い。

こんなことで大学に入れるのだろうか。

先月、次男がミドルスクールを卒業したときに、Moving-up というセレモニーがあった。

一人一人に修了書が手渡された後、いろんな分野で優れていた子が表彰された。

学年で1番の成績だったり、ミドルスクールの3年間ずっと High Honor Roll だったり、外国語・サイエンス・作文・スポーツその他の分野ごとに秀でていたりで、ハイスクールの卒業式をほうふつとさせた。何でもできる子はいるもので、あれもこれも賞を取っていた。

弱視と車椅子の子もそれぞれ努力をたたえられて、メダルを受け取った。

その中で、毎週スープ・キッチンでボランティアしていた女の子がいた。彼女はもちろんガールスカウトもスポーツもやっていて、教会を通して他のコミュニティ・サービスにも熱心で、しかもお父さんはアメリカ兵としてイラクに駐留しているとのことだった。

ミドルスクールにして、すでに差がついているんだなあとつくづく思った。


        *


次男はハイスクールでテニスをやれたらいいのだが、アスレチック・ディレクターによると、クラブの定員が少なくて去年も10人以上断ったそうだ。

夫は長男にラクロスをやらせたがっている。長男の友だち(彼は学年トップの成績だった)がやっていることもあり、「チーム・スポーツをしないと大学に入れない。」と言い張る。

次男はラクロスなんかやりたくないという。サッカーをやっている友達もいるが、サッカーもいやだという。

いやがるものを無理やりにやらせてもしょうがないと私は思うのだが、夫はこの件になると声を荒げる。

次男は長男よりもずっと成績はいい(でも表彰されるほどではない)。夫も次男に期待しているので、あれこれ要求するのだ。

私は責任を感じ、不安になる

うちの子たちは、大学入学のためのエッセイにいったい何を書けばいいんだろう。何をアピールすればいいのか。夏休み中にもっと何かしなくちゃいけないんじゃないか。長男にはもう遅すぎるんじゃないか。


           *


私たちは子どもを持たないつもりだった。

まだアメリカ生活になじめず、出かけるのも人付き合いも苦手だった私は、子どもを育てる自信がなかった。でも、結婚して4年たって考えを変えた。

産んでからも、「私は母親には向いていない。」としょっちゅう思っていた。

子どもにいろいろ体験させようと、私なりにあれこれやらせてみたが、長続きしたものはない。どれも体験レベルで終わった。

唯一続いたのは日本語教育だった。

でも、それも補習校を辞めてからは下降の一途である。こんなことなら、土曜日にスポーツをさせるべきだったんじゃないかと今さら思い直す。

補習校は遠かったので、土曜日の練習や試合があるスポーツとの両立はできないと私は思い込んでいた。でも、スポーツを優先して、行ける日だけ登校することはできたかもしれない。そうやって賢くやれば、もっと選択肢が残せたのだ。

やっぱり私には長期的な視野がない。


          *


いつから歯車が狂い始めたんだろう

子どもを産んでから
夫と結婚してから
大学を卒業してから
大学生のときから
高校生のころから

さかのぼって行くと、私はいつも何かから逃げていたような気がしてくる。

夫と結婚すれば、子どもを産めば、どうにかなると考えていたのかもしれない人生が複雑になっただけで、私はやはり何かから逃げている。

「夫にはもっとよい妻が、子どもたちにはもっとよい母がふさわしい。」と本気で思うことがたびたびある。よその家の話を聞いて、誰もが私よりも優れているように見えるのだ。

子どもは思うように育たないと頭では理解していても、私がもっとああすればこうすればといつも悩む。そして、その悩みには、正当な理由がある。しかし、子どもたちはもう大きくなってしまった。

今さらやり直しは効かない

「きみはセルフ・エスティームが低い。謙遜しすぎだ。」とよく夫に言われた。

それは20年経っても変わっていない。アメリカ人から見ればたいていの日本人がそう見えるかもしれないが、私の場合は謙遜ではない。自信と主体性がないのだ。

私はアメリカくんだりまでいったい何をしに来たんだろう。

「夫や義父母や子どもたちを私の人生の巻き添えにしてしまった。」という思いで押しつぶされそうになる。





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 |  わたし  |  コメント(27)

持ち直し

2010.07.16 (金)



少しずつ落ち着きを取り戻した。

まだ不安感はあるが、水底に沈んでいたのがゆっくりと浮上してきたような感じになった。

私は夫にも子どもにも何も言わなかったのに、たぶん顔に出ていたのだろう。夫には「なにかあったのか。」と聞かれ、長男には「おかあさん、どうしたの。こわい顔してるよ。」と言われた。

精神的に追い込まれると、抑揚のない話し方になる。あれはなかなかごまかせない。

でも、私は長男には心配をかけたくなかったし、夫に私の気持ちを打ち明けたくなかった。それで、適当な言い訳をしておいた。

そうして、カラ元気を見せながら、心の中の重しを少しずつ動かそうとした。まだ読んでいなかった日本語の本を次々と読んだ。

抗うつ剤の量は増やさなかった。

子どもの送り迎えや買出し(次男をお供に連れて行く)はこなしているが、やはり朝が来るのはとてもいやだ。

精神的な問題は、アメリカにいる数少ない知り合いにも、日本の家族にも話せない。夫がパニックアタックを起こす前ならともかく、今の夫では無理だ。カウンセリングにも行きたくない。

だから私は誰にも話していない。話せる人がいない。たぶんこれはよくないんだろうが、それが現実なんだからしょうがない。

ブログが唯一の捌け口になっている。


        *


なぜこんなブログを読む人がいるのかわからない。

「アメリカ人と結婚してアメリカに住んでも、すべてがバラ色ではない」という(当たり前の)ことに興味を持つのだろうか。もし私が日本人と結婚して日本に住んでいたら、似たような状況でも誰も読まないんじゃないだろうか。

それはともかく、私は自分が書きたいから書いているだけだ

こんなことを書けば受けるだろうとか、ああいうふうに書けば読む人が増えるだろうとかは考えない。そんな義務感を持ったら、私は書けなくなる。

そして、こんな自分勝手なブログに、同情や励ましや助言を期待するのはおこがましい。相互リンクも相互訪問もしない、無愛想なブログだ。

論争をする場だとも思っていない。一通り読んで、消したいコメントは断りなしに消す。

ほとんどの人は読み捨てているだけだと思う。それでいい

返事をしない私にわざわざコメントを残す人の気持ちもよくわからない。ただ書きたいから書くのかな。私みたいに。


      *


コメント欄は、新しい記事を書くとディフォルトで受け付けるようになっている。

コメント欄を消さないのは、私のミスを指摘してくれる人がいるからだ。この間は寡婦年金について誤りを正してもらって助かった。私の書くことを鵜呑みにする人はいないだろうが、せめて正しい情報を載せたいと思う。

英語のフレーズの意味を取り違えているかもしれないし、記事の中でまちがった日本語を使っているかもしれない。

これまでもたびたび日本語を直してもらった。たいてい非公開コメントで来る。私は誰でも読めるコメントで「xxはまちがいです。」と注意されても一向にかまわないのだが、私に恥をかかせないように(?)という配慮か。

最近では、「さっぴく」のつもりで「しょっぴく」と書いていた。コメントが来てから慌てて直した。記事を載せる前に読み返したときは、素通りしていたのだ。さっぴくもしょっぴくも、長い間使わなかったことに気づく。

時間が経つほどに、日本語の言い回しや語彙が脳みそからポロポロこぼれていくのか。


         *


いつも長い記事で詳しく書いてきたつもりだったが、たとえば夫のことは一面的な記述しかしていなかったことがわかった。

夫はかなりの悪人だと受け取られているらしい。よく考えたら、私が夫について書くのは問題が起きたときだけだったか。

本人が知ったら、踏んだり蹴ったりだと思うだろう。自分勝手な私との結婚生活に21年も耐えたのに、弁解のチャンスすらない。

3月に去年の確定申告をしたら、税金がかなり戻ってきたのをふと思い出した。

そして、今年の書類を見て、連邦税の源泉徴収額を大幅に減らすことにした。それでも払いすぎになる可能性が高い。夫の会社が契約している保険会社に書類を送り、もう何ヶ月も話していなかった担当者に電話を入れた。

今月の分から適用してくれると言う。これで毎月500ドルは多く手元に残る。株価が少し上がれば、それくらいのペーパー利益はすぐなのだが、今は現金がほしい。

もう誰も弾かなくなったピアノも売ろうと思う。

夫の集めたガラクタでもほしい人がいるかもしれない。もっとも、不景気のせいでオークションサイトはあまり繁盛していないと聞く。

今年アメリカでは100万軒以上の家が差し押さえになるとラジオで言っていた。

アメリカン・ドリームはどこへ行ったんだろう。

私はアメリカで一旗挙げようなんて思ってもいなかったけれど、ささやかな希望はあった。それが何だったのか、よく覚えていない。




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 |  わたし  |  コメント(7)

夫の予言

2010.07.17 (土)



昨日次男をテニスに連れて行くときに郵便受けを見たら、アマゾンの小さい箱が入っていた。

また夫が本を注文したのかとうんざりして、助手席の次男に渡した。

「これ、ダディの?」

「そうじゃない? おかあさん、何も買ってないもの。ダディ宛でしょ。」

The Brothers って書いてある。」

うちは息子2人だが、夫にも弟がいる。義弟が送ってきたんだろうか。義父が夫と義弟のために何か注文したのだろうか。運転しながらでは頭が回らない。

「開けてもいい?」と次男。

「だめ。ダディに渡して。」と私。

夫から頼まれない限り、私は夫宛ての郵便物は開けない。昔はめんどくさがりの夫のためにやっていたのだが、夫が隠し事をするようになってから開けるなというお達しが出た。

そうでなくても、子どもには自分宛てのものしか開封してはいけないと申し伝えてある。

結局私も次男も忘れてしまい、夜寝る直前に思い出して車から取ってきて台所のカウンターに置いた。私は興味がなかったので、住所ラベルも見なかった。


         *


今朝早く台所に下りていくと、アマゾンの箱がそのまま置いてあった。

夫がやってきたので、聞いてみた。

「これ、昨日届いたんだけど。次男が brother 宛てだって言ってた。あなたの弟から?」

「いや、お父さんからうちの息子たちへだよ。まとめて誕生日プレゼントだそうだ。The Brothers だから、うちの2人に決まってるじゃないか。」

そうか。次男は brothers と複数形を使っていたか。

80を過ぎた義父は孫の誕生日を忘れることがある。

夫の弟には子どもが4人いるし、後妻であるリンには3人の孫がいる。しかも、うちだけ東海岸で、年に1回会うかどうかという関係だ。忘れるなというのは無理な注文だ。

夫も私もぜんぜん気にしていない。

だいたい私たちは親戚の誰にもカードすら送らない。それなのに、義父は思い出すと電話をしてくる。そして、夫に息子たちは何をほしいかと聞く。

私はこれ以上モノを増やしたくないので、「何も要らないって言って!お気持ちだけでいいですって!」と身ぶり手ぶりで夫にシグナルを送る。しかし、それでは義父の気持ちが収まらないらしく、何かしら届く。

次男は5月、長男は7月生まれだが、たぶん今年は次男のことを忘れていて、長男の誕生日にハタと思い出したのだろう。律儀な人である。私は今でも「ナントカの日」というのが嫌いで、ほとんど無視しているのに。


          *


「これ、本なの?」と私は "a book" を使って夫に聞いた。

シリアルを食べていた夫は、指をVの字にした。2冊か。

はいはい、two books でしょ。ああめんどくさい。1冊でも2冊でも、私にとっては同じこと。私はこの小さな荷物の中身が何か知りたかっただけだ。

ほんと英語っていやね、単数と複数にこだわって。日本語だったら、ただの book なのに。冊数を聞かれなければ、 book でいいのに。」とからむ私。

「その区別は重要なんだよ。じゃあ、日本語で 2 books はなんて言うんだ?」

Hon nisatsu.

「ほら、そういう言い方があるんじゃないか。」 

夫は、猫は1匹、鉛筆は1本というように日本語には助数詞が多いという豆知識を持っている。悲しいかな、それは単複とは関係ないことを知らない。

「だから、1 book は issatsu、2 books でも nisatsu、 3 books でも sansatsu なの。何冊でも同じ satsu でいいの。」 

夫には理解できないと知りつつ、説明してみた。

「私が年を取ったら、単数も複数も a も the も考えていられなくなると思うわ。英語らしきものをしゃべるだけでいいと思ってよ。」と冗談めかして言ってみた。

夫は急に真面目な顔になった。

きみは年を取ったら、絶対に日本に帰りたくなるよ。保証する。」


         *


私はホームシックではない。出かけるのと飛行機が嫌いなので、移動は大変なストレスになる。夫もそれは承知している。

そんなに日本の食事は作らないし、日本のテレビも見ないし、日本の本も2~3冊ずつ母に送ってもらっている程度である。こちらの日本人との交流も最低限しかしない。夫はそれもわかっている。

ドラえもんの「どこでもドア」はほしいと思う。

乗り物に乗らないで、日本の本屋に行ったり、おいしい和食を食べたり、子どもに日本の暮らしを体験させたりできるから。でも、それはあくまでも一時訪問であって、日本にずっと住みたいのではない。

一番の心配事はお金だが、アメリカ暮らしが長くなるにつれて、「日本にはもう住めないな。」と思う。

気候だったり、複雑なゴミ仕分けだったり、田舎の人の目だったり、理由はそのときどきで変わる。日本のサービスや電化製品や気配りに感動しつつも、日本に戻る自分が想像できない。

ネットでの書き込みを読むと、「老後は日本で暮らしたい。」というアメリカ在住の日本人女性がわりといて驚く。アメリカ人のご主人も移住計画に同意している人。夫に先立たれたら日本に帰るという人。

私はまだ市民権を取っていないのに、死ぬまでアメリカに住むつもりでいるのだ

夫はそう思っていない。これまでにも似たようなことを何度か言われた。

しかし、あんなふうに夫に自信たっぷりに決めつけられると、ちょっと揺さぶられる。特に精神的に不安定なときはそうだ。それに、夫はときどき私より私の本心を見抜くことがある。


         *


「きみのお姉さんが引退して仕事を辞めたら、アメリカに呼び寄せるといい。」と提案されたこともある。

私はすぐに却下した。

姉は英語が苦手だし、運転もできない。私など比べものにならない読書家でおいしいものの好きな人がこんなところに来たって、幸せにはなれない。

夫は、私が寂しくなるだろうと思ってそんなことを勧めるらしい。姉は独身だし、私たち姉妹がとても近しいことも知っているせいもある。

ただし、それがどれだけ無責任な話か、夫はわかっていない。

もし姉がアメリカに移住して、しばらくして私が死んだらどうなる? 姉は言葉もよく通じない異国でそれこそ一人ぼっちになってしまうではないか。息子たちが伯母にあたる姉の面倒を見てくれるかどうかわからないし、彼らに負担させるのはおかしい。

それよりは私が日本に帰ったほうがまだしも救いがある。

日本の年金や高齢者医療がどうであれ、自分が生まれ育った国という安心感は代えがたいのかもしれない

でも、今はそんなことをじっくり考える余裕がないので、問題を先送りする。


<今日の英語>

Leave it where it was.
あったところに置いておけ。


何かを見つけて夫のところへ持って行った次男に、夫が一言。




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屋根張り替えの見積もり

2010.07.19 (月)



追加費用500ドルを1000ドルにされそうになって以来、煙突を設置したダレルの会社は信用できなくなった。

煙突はきれいにできているし、町の検査にも通ったけれど、1週間で終わるはずの工事を何度も延期されたのも気に食わない。屋根の修理は他の人に頼もう。

またゼロからコントラクターを探さねばならない

地元の情報誌でよく見かけたA社について調べてみた。

BBB(Better Business Bureau 商事改善協会)のランク付けでAプラス。苦情の記録はゼロ。1985年創業で、うちから30分ほど離れたところにある。

アメリカ最大の屋根材料会社からの技術証明もある。こういうコントラクターは高いんだろうか。

屋根やデッキなどが売りものらしいが、ダレルと違って、それ以外のリモデルも幅広く請け負っている。うちはあちこち直さなくてはならないので、私は「何でもできる人」を探していたのだ。屋根でうまくいけば、A社に他の工事をやらせてもいい。

ダレルは、傷みの激しい片側だけで5千ドル、全部取り替えるなら確か1万8千ドルと言っていた。

高ければ安心とも限らないが、ケチって雨漏りでもしたらそれこそ目も当てられない。

とりあえずA社に見積もり依頼のメールを出し、留守電も残しておいた。


         *


夜、A社のオーナーであるジョンから電話があった。

私はダレルのことは何も言わずに、ちょっと屋根板がずれているみたいだから見てほしいと頼んだ。

「お宅は築何年ですか?」

「15年くらいです。」

「それでしたら、repair (修理)というより replacement (総張替え)になると思いますが、まず見てみましょう。金曜日の10時半はいかがですか。」

私は承知した。そして、最悪の場合は2万ドル行くかもしれないと覚悟した。

   
         *


当日、10時15分に電話が入った。

キャンセルかと思ったら、「15分ほど遅れます。」とジョン。

携帯が普及してから、アメリカでもこうやって連絡をくれる人が増えて助かる(もっともダレルの見積もり担当は2時間過ぎても来ず、私から催促した)。

それに、地図検索のおかげで、道順を教えてくださいという人も減った。ハイウェイを下りてからうちまではそう難しくないが、電話で道路の名前のつづりを教えたりするのはまどろっこしく、ストレスもたまる。

ジョンは10時45分より少し前に現れた。

私より少し背が高いくらいだから、白人男性としてはかなり小柄だが、肉体労働者らしくガッシリしている。ダレルのような自信たっぷりの態度がなく、静かな感じ。でも、ハキハキ話す。まだ50に届かないだろう。

私はサンダルをはいて、いっしょに外へ出た。

屋根を見上げたとたん、ジョンはアスファルトの屋根板が釘ではなくて、工業用ホチキスみたいなもので止めてあることを指摘した。それはダレルにもその前に修理に来た人にも言われたので、私は驚かない。

ダレルは裏庭のほうはまだ持つと言っていたのに、ジョンに言われて目を凝らすとあちこちにゆがみがあった。

Algae(藻)という白いぼつぼつが遠目にもわかった。私はあれはただの汚れかと思っていたのだ。これでは片面だけ直しても意味がない。

それにガレージの壁のサイディングが一部外れていた(これはタダで直しますとジョン)。暑いのと気分がすぐれないのとで、このごろ家の回りをあまりチェックしていなかったことを思い出した。

ジョンは「見積もりを書いたらお呼びします。」と言い、私は家の中へ戻った。


        *


5分ほどして、ジョンがやってきた。

手に持ったフォルダーには、屋根板メーカーのパンフレット、郡のライセンス、BBBの評価、これまでの顧客200人のリスト、そして手書きの見積もり。

一つずつ説明するジョン。ダレルの会社のカジュアルな見積もりとはずいぶん違う。

8160ドル

ダレルの見積もりとのあまりの違いに驚いたが、ポーカーフェースを装い、ジョンに話を続けてもらった。

「すべての作業を含む金額です。保証契約に240ドルで、合計8400ドル。これは小切手での支払いです。現金ならば、200ドル割引します。」

そんなにいい製品なら、どうして保証契約を追加で売るんだろう。

それに、現金だったら経理がごまかせる、つまり税金を払わないんじゃないだろうか。現金といっても、札束でなくて銀行小切手だろうが、8千ドルもの入金を当局が見逃すはずはない。不渡り小切手で痛い目にあったからだろうか。

前金も不要。屋根には町の検査は必要ないが、メーカーから出来具合を確認する人が来るという。そこでOKが出てからの支払いでいいらしい。

工事の所要日数は1日

よく考えたら、屋根の張り替えは煙突を新たに設置するよりも簡単だ。屋根の上に重なって載っているシングルを外して、付け替えるだけだから。

主人に相談してから、ご連絡します。」というお決まりのフレーズとともに、フォルダーを受け取った。


         *


せっかくなので、玄関の傷んだ箇所を見てもらうことにした。

いくらかかるかではなく、どういう対策があるかという話だけだったが、私が心配していたほど大変なことではないとわかった。修理の相談に乗ってもらい、プロのノウハウを聞いただけで、ずいぶん気が軽くなった。

彼は47歳で、子どもは大学生だそうだ。世間話をしながら、この人なら任せられそうだと思った。人付き合いをしない私は人を見る目があまりないのだが、話しやすさというのは一つのバロメーターになる。

2万ドルを覚悟していたのもあってか、かなりいい印象が残った。

それにしても、ダレルの数字はいったいどこから出したんだろう。やっぱり足元を見られていたのか。

夫は一度も顔を出さなかった。いつものことだが、よくまあ私なんかに任せられるものだ。

精神的に不安定なときに大きな決断をするべきではないというが、私が決めて夫が同意するというパターンになっている。しかたなく、ジョンの置いていった資料を読み直す。


<今日の英語>

It all sounds like gibberish to me.
全部でたらめにしか聞こえません。


うつ病になると体重が増えるという研究発表について、「それはたわごとだ。うつでやせ細るか、拒食症になる人だって大勢いるのに。何を言ってるのかさっぱりわからん。」と批判した人の一言。




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市民権テスト100の質問

2010.07.20 (火)



USCIS(移民帰化局)のサイトに、市民権取得の際に聞かれる100の質問が載っていた。

アメリカ政府と歴史に関するテスト、いわゆる Civic Test である。この100問から10問が出されて、6問以上正解でなければならない。

65歳以上でアメリカに20年以上住んでいる人は、*のついた簡単なものだけ勉強すればいいという注意書きがある。たとえば、

初代アメリカ大統領は誰ですか。(George) Washington
現在のアメリカ大統領の名前は何ですか。(Barack)Obama
アメリカの首都はどこですか。Washington, D.C.
独立記念日はいつですか。July 4

昔は選択肢の中から選ぶ方式だったのに、今は答えを書かねばならない。それでも合格率は92%(2010年5月時点)。

そんなに難しい問題ではなく、むしろ常識といえる。知っているか知っていないかだけで、論文を書くわけではない。

これ以外に、面接官との会話や簡単な書き取りによって英語能力が判定される。さらに、素性調査などがある。

英語のテストには特例があり、50歳以上で20年以上アメリカに住んでいる人は免除される(ただし、Civic Test は受けなければならない)。55歳以上で15年以上住んでいる人も同様。


           *


私はグリーンカードをきちんと更新してきたし、犯罪歴もない。FBIに調査されても何も出てこない。このテストにさえ受かれば、たぶん市民権はもらえる。

子どもたちは、22歳になる前に日米どちらかの国籍を選ばなくてはならない。
長男はあと5年、次男はあと7年。

そうして2人ともアメリカ国籍になったら、私が日本国籍を保持するメリットはまた一つ減る

何年かしたら、アメリカの法律がいろいろ変わるかもしれない。相続税や年金で、市民と永住者との差別が増えるかもしれない。そのときになって、あわてて勉強しても、今よりさらに記憶力が衰えているだろう。

やっぱり今のうちに100問の答えを暗記しておこう。

100の質問には、こんなのもある。

・1900年代にアメリカが戦った戦争の名前を一つ挙げなさい。
World War I, World War II, Korean War, Vietnam War, (Persian) Gulf War

・2001年9月11日にアメリカで起きた大事件は何ですか。
Terrorists attacked the United States.

・第二次世界大戦でアメリカはどの国と戦いましたか。
Japan, Germany, and Italy

・冷戦時代においてアメリカの大きな懸案事項は何でしたか。
Communism


この国には軍隊も核爆弾もあり、いつでも戦争ができる。これだけ失業者がいて、膨大な財政赤字を抱えながら、今もアフガニスタンとイラクで戦っている。

市民になるということはアメリカ側で戦うことだと改めて思う


            *


ここまで書いて、前にも同じことを書いたような気がした。検索フォームで調べたら、ちょうど去年の7月に2つも記事を書いていた


でも、Civic Test のサンプルだけで、正式な100の質問は見当たらない。1年経っても迷いは同じだが、検索能力だけは進歩したようだ。

ふと、日本での帰化プロセスはどうなのか気になって調べてみた。ウィキによると(以下抜粋)、


少なくとも、以下の要件を満たすこと(最低要件)が必要であるが、以下の要件を満たしたからといって必ず帰化が許可されるというものではないこと(例えば、日本語による読み書きができることなどが必要であるとされている)に注意を要する。

1 引き続き5年以上日本に住所を有すること(居住要件)
2 20歳以上で本国法によって行為能力を有すること(能力要件)
3 素行が善良であること(素行要件)
4 自己又は生計を一にする配偶者その他の親族の資産又は技術によって生計を営むことができること(生計要件)
5 国籍を有せず、又は日本の国籍によってその国籍を失うべきこと
6 日本国憲法施行の日(1947年5月3日)以後において、日本国憲法又はその下に成立した政府を暴力で破壊することを企て、若しくは主張し、又はこれを企て、若しくは主張する政党その他の団体を結成し、若しくはこれに加入したことがないこと




再取得制度については「国籍選択をせずに国籍を喪失した場合」しかここには書いてない。

28で日本を出て、たとえば40年間アメリカに住み、市民権も取って、68になって「やっぱり日本国籍を取りもどしたい。」なんていう虫のいい話は通用しないんだろう。


<今日の英語>

Wish me luck!
がんばってきます!


次男のテニス・レッスンを見に行くと、もう1人のコーチがシニア・レベルの試合に出かけるところだった。私がGood luck!と言おうと思ったら、先を越されてしまった。文字通りには、幸運を祈ってください。



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「友だちがすべて」の次男

2010.07.21 (水)



うちの子どもたちは友だちに誘われると、必ず私に許可を取りに来る。

「行ってもいい?」

日本だったら「ナントカくんの所に行って来る!」と飛び出す年齢だ。私が送り迎えしないとどこにも行けない環境だからかもしれない。

近所に次男の同級生クリスがいるが、それ以外の友だちは車で最低5分、一番遠い子は15分離れたところに住んでいる。

次男はクリスからの誘いにも、まず私に聞き、「おかあさんがOKだって。」と返事をする。

しばらくの間、クリスから毎週のように電話があり、辟易していたが、ここ半年くらいはなぜか疎遠になった。スクールバスは同じだし、行き帰りにおしゃべりはするというので、けんかしたのでもない。

次男の仲良しグループとクリスはあまり気が合わないという。プレーデートや誕生日にも彼を呼ばなくなった。

たぶんクリスには別の友達ができたんだろう。次男の興味のないシアター・グループやボーイスカウトもやっている子だから、そちらの交友関係が広がったのかもしれない。あるいは、うちに呼ばれる回数が極端に少なくて、クリスの両親が何か感じ取ったのかもしれない。

「近所に住んでるから友だち」という年ではなくなった


         *


つい去年までは、次男がどこにいっても、どこかの親が付き添っていた。

それが今年の春、初めて友だち3人で映画を見に行った。最初はニックの家に集まって遊び、上映時間に合わせてニックのお母さんが全員を映画館へ送り届けてくれた。映画が終わる時間に、それぞれの親が映画館の駐車場でお迎えという寸法だった。

14歳の男の子が1人でスーパーマーケットにも歩いて行けないところである。安全性でなく(歩道がないという問題はあるが)、距離のせいだ。

彼らにしては、子どもだけで映画を見るというのは、それだけでワクワクする体験だったらしい。自分たちでチケットもポップコーンも買った。

田舎でも犯罪はある。

長男のときもそうだが、夫は子どもが14歳になるまでは付き添い無しで映画に行かせなかった。私は友だちがいれば大丈夫じゃないかと思ったが、映画館はある意味では密室で、しかも暗い。

判断力のない12歳、13歳だけでは心配なのだ。

もっとも、その頃にすでに子どもだけを置いていくお宅もあった。うちは過保護なほうかもしれない。


          *


今日の次男のプレイデートは、もう1歩進む。

最初はニックと次男だけが4時ごろの映画を見に行くという話だった。それが6時半に変更された。友だち仲間のうち、アンディとジョーが来られるまで待つことにしたそうだ。「ぼくも行く。」「ぼくも。」という声があがったのだろう。

映画館といっても、ショッピングセンターの隅っこにある小さいもので、スクリーンは3つしかなく、中もこじんまりしている。

同じ敷地内にマクドナルドがある。

うちはもう何年も行っていない。私の作るハンバーガーのほうがおいしいのだそうだ(材料の質が違うのだから、当たり前である)。

しかし、今日は映画の前にみんなでマクドで食べ、その後そろって映画館へ向かうことになっている。終わったら、親に迎えに来てもらうところは同じ。

14歳にして初めて、友だちだけでマクドと映画。なんとささやかな冒険。

次男は昨日から待ちきれないという顔でソワソワしていた。これが郊外の果て(田舎との境界)で育つ子かと思った。

それにしても、いつのまに次男の仲良しグループはこんなに結束が強くなったのだろう。夏休み中は学期中のように毎日会えないのがほんとうに寂しいらしいのだ。


         *


車の運転ができないかぎり、どうしても親といっしょの行動になる。

それでも大人っぽい子はいるだろうが、うちはもう少し世間の波にもまれたほうがいいんじゃないかというくらい、おっとりしている。幼い。やっぱり男の子は成長が遅いのかなと思う。

類は友を呼ぶのか、仲良しグループはみんなそんな感じだ。

示し合わせてオンラインでいっしょにゲームをやり、テキストでメッセージを送ってはクスクス笑い、同じ音楽をかけて同じ時間を共有している。戦いもののゲームというのが気に食わないが、非常に健全な青少年である。

ニックの家に行く直前までチャットし、「これから家を出るよー。」なんていうメッセージをニコニコして送る。

14歳ともなれば女の子に興味が出てきてもいいはずなのに、いつも男4人(ときには5人)で群れている

誰もガールフレンドはいない。まだ女の子よりゲームがいいらしい。

それとも母親にそんな話をするのは恥ずかしいから、知らん顔しているだけか。でも、夫にもそんな話をしている様子はない。男の子なんだから、こういうことは男親がみてやってほしいものだ。

せめてもと思い、私は「女の子はだいじに扱うこと」「ノーはノーであること」を機会あるごとに話す。

どこまで彼らの意識に残るかわからないが、女に手を上げる男、女をいじめる男にだけはしたくない。


<今日の英語>

Do you want any of this?
これ、ほしい?


冷蔵庫に入っていた飲み物を手に、次男がゲーム中の長男に尋ねた一言。"Any of what?"(画面から目を離せないらしい) "Strawberry milkshake." "No, thanks."というやり取りが続いた。ほしいときにはどう答えるのかを聞いてみた。I'll have a little. / I'll have some. / I will have half of it. / I will have it all.



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なかなか治らないテニスひじ

2010.07.23 (金)



テニスひじと診断されてから3週間経った。

あのピリッとした痛みは消えたが、鈍い痛みはしつこく残っている。

アイスパックで冷やしているときは感じない。夜寝る前に関節炎の薬を飲めば、痛くて目が覚めることはない。

運転するときは右ひじにサポーターをつける。本を読むときもそうする。オンラインで見つけたスプリントも使う(スプリントは期待はずれだった)。

それでも、たとえば包丁を使うときに自由に右ひじが動かないと、どうにもならない。だから、サポーターは外す。

少し痛みが引くと、つい油断して右腕を使ってしまう。ドアを開ける、歯ブラシを持つ、戸棚からコップを出すといった動作は、習慣で右手が出る。


       *


テニスのコーチと話していたら、彼も去年テニスひじをやり(ただし、彼の場合は本当にテニスが原因だった)、3ヶ月も試合ができなかったと言っていた。

ただし、子どもたちにボールを出すくらいはやっていたはずだ。それも治癒に時間がかかった理由かもしれない。

彼のお父さんはフロリダに住んでいて、がんを患っていた。そのためにときどきコーチを週単位で休み、他の人が代理で教えていたことがあった。その後、お父さんは亡くなったらしいが、これだけ広大な国土では親の様子を見に行くのも大変だ。

日本でも北海道と沖縄に離れて住んでいたら、そう簡単に行き来できないだろうが、なにしろ距離が違う。

コーチの1人息子はサンフランシスコに住んでいる。コーチの奥さんは日本人だったが、離婚して日本に帰ったという。

そのせいか、私にいろいろ話したいようなそぶりを見せる。次男のコーチでもあり、私自身も個人レッスンを頼んだ人ではあるが、そんなに親しくもないのに個人的な話をよく聞かされる。

もっとも、そういうアメリカ人はめずらしくない。


        *


こんなことをタイプしているからひじが治らないのだろう。

340ドルで浄化槽のメンテナンスをしてもらい、子どもたちに50ドル払ってエリプティカル・トレーナーという運動器具(夫がダイエットのために2年前に買ったが、ずっと箱に入ったままだった)を組み立てさせ、私はまだ読んでいなかった日本語の本をかたっぱしから読んだ(本を支えるのも右ひじにはよくないのか)。

書きたいことはたくさんあるが、またの機会にする。




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ルーマニアへの花束?

2010.07.24 (土)



クレジットカードの明細をウェブサイトで見たら、AVANTE CONSULTING BUCURESTI ROM への支払いがあった。

$33.08 と$57.14の2件。どちらも 7月19日付。

いったいコンサルタント会社に何をさせたんだろうと検索したら、どうやら花屋らしいことがわかった

合計90ドル。物価の割りに高い。次男のテニスレッスンには、毎週78ドル払っている。それより高い。

チャットの相手に贈ったのだろうか。花束以外のギフトを付けたのだろうか。本当は花屋ではないのだろうか。

夫は明細に「ブカレスト」や「ルーマニア」(実際はROMANIAの最初の3文字)まで出るとは思わなかったのかもしれない。おそらく、バレても平気なんだろう。ルーマニアには、夫が何千ドルもあげた「親しい友だち」がいるのだから。

でも、それはマリウスという男だ。男に花束はあげない。花束の送り先は、私にはバレていない(と夫が信じている)女だ。

お金の心配をして、節約に励む自分がばからしくなる。


       *


夫は何も言わない。私も知らないふりをしている。

500ドル、1000ドル単位で送金されるよりは、花束のほうがましかもしれない。これで夫の精神状態が安定するなら安いものだとも思える。そんなふうに考える私もおかしいのかな。

でも、無駄遣いは不快だ。私は花束なんか要らないけれど、他人の家よりはここに飾りたい。その分のお金で、次男のレッスンを増やしてやりたい。

夫は携帯を肌身離さない。出かけるときはもちろん、いつも自室でつけっぱなしにしている。

テキスト・メッセージが入ると、独特の短いトーンがする。それはルーマニア女からの「チャットを始めましょう」という合図だと私は知っている

夫は最近オンラインで知り合ったというアメリカ人のジョンという男と大きな声でよく話している。

もう成人した子どもが3人もいるミシガン在住のビジネスマンだと言い、夫は私に彼とのやり取りを詳しく語る。子どもたちにもスカイプで会わせたらしい。

ルーマニア人とのチャットをカムフラージュするためか。

そして、ときどき玄関のドアを開けては、携帯を確認する。「ジョンから連絡があったかと思って。」と、ありえない言い訳をする。

いつもスカイプで話しているジョンが携帯にかけてくるわけがない。だいたい、うちは木々のせいか携帯の電波が届きにくいのに、なぜ電話番号を教える? 

みえみえである。


       *


今朝、「携帯が見つからない。」といって夫が騒いだ。

私が彼の携帯に電話してあげると、ベッドの下で鳴っていたという。

もう夫の携帯を盗み読まなくても、どこからどういうメッセージが入っているのか想像がつく。

いつもの「今、話せる?」に加えて、「花をありがとう。」があるんだろう。




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70万人のひきこもり

2010.07.26 (月)



内閣府による今年2月の調査によると、日本のひきこもり人口は推定70万人だそうだ。

ただし対象年齢は15歳から39歳なので、13歳の中学生や45歳の元会社員なんていうのは入っていない。

どうして40歳未満にしたのかわからない。

昔の人は不惑の年だったかもしれないか、私なんか50歳を目前にしてぜんぜん悟りが開けない。52歳のひきこもりだって存在するにちがいない。せめて50歳まで対象年齢を広げるべきだ。


       *


当然ながら、ひきこもりにも程度がある。

厚生労働省(昔は厚生省だった。官公庁の名前の変更についていけないのも浦島花子の特徴?)によると、ひきこもりの定義は「仕事や学校に行かず、かつ家族以外の人との交流をほとんどせずに、6か月以上続けて自宅にひきこもっている状態」である。

私は仕事をしていないし、学校にも通っていない。家族以外の人との交流はほとんどない。でも、さすがに6ヶ月以上自宅にひきこもったことはない。

もちろん買出しとか子どもの送り迎えとかどうしても出かけなくてはいけない用事があるから出かけるのであって、出かけないでいいならそうしたい。

1日でも家の中にこもっていると cabin fever(家の中に長期間閉じ込められることで生じるイライラ)にかかる人もいるらしいが、私は1週間くらい家から出なくても平気である。

誰かが食料と本の差し入れをしてくれたら、自分の部屋から出なくてもいいくらいだ。うまいことに、マスターベッドルームにはお風呂もトイレもある。

アメリカに来る前からそうだった。子どものころからそういう傾向があった。

でも、私は単なる出不精のレベルだと思われる。

辞書によると、出不精とは「外出をめんどうがること。外出したがらないこと。また、そのさま」。

私そのものだ。


        *


厚生労働省によると、ひきこもりがいる世帯数は32万世帯。でも、その数字は2004年の調査に基づいている。

今回の調査結果による70万人がそれぞれ別の世帯に属するとしたら、6年間で2倍に増えたということか。

厚生労働省のページには、ひきこもりの支援センターの表もあった。アメリカにもひきこもりはいるだろうが、そういうサービスは聞いたことがない。

英語では withdrawal と訳す。でも、それを聞くとドラッグやニコチンの禁断症状を連想する。

Social withdrawal (社会的ひきこもり)、social isolation (社会的孤立)のほうが誤解を招かないんじゃないかと思って検索したら、英語のウィキペディアに "Hikikomori" というそのものズバリの項目があって驚いた

日本語をそのまま英語にしてあるのだ。一般的には認知度が低いと思うが、やはりヒキコモリは withdrawal では表現しきれないからだろう。

アメリカにも recluse (隠遁者)や loner (一匹狼)と呼ばれる人たちがいるが、ひきこもりとはニュアンスがちがう。まして日本のような社会現象ではない。

ちょっと検索した限りでは、日本のようなひきこもり実態調査のアメリカ版は見つからなかった。自閉症や広場恐怖症や精神分裂病に起因するもの、あるいは独居老人のケーススタディくらいしかない。


       *


それにしても、ほとんど家を出ない引きこもりが23万人もいるのか。

その中には「近所のコンビ二などには出かける」人もいるらしいが、そうでない人は誰かが食料を差し入れなくては生きていけないではないか。親が面倒を見ているんだろうか。出前を頼むんだろうか。電話をかけるくらいはできるんだろうか。日本は進んでいるから、ウェブサイトから注文できるのもしれない。

「趣味に関する用事の時だけ外出する」のも広義のひきこもりだそうだ。そういう人が46万人いる。

どんな趣味なんだろう。

なんでも配達してもらえそうな日本でも、やっぱり出かけねばならない用事はあるらしい。たとえば野球だって球場まで出かけなくても、テレビで観戦できるし、たいていの趣味はオンラインで疑似体験できそうな気がする。

ひきこもりの人を家から引っぱりだすほどの趣味が何なのか、非常に気になる。


<今日の英語>

I apologize for the confusion.
混乱させてしまって申し訳ありません。


屋根張り替えの契約書に間違いがあった。私が指摘したら、業者から謝罪のメールが来た。



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屋根張り替えの契約成立

2010.07.27 (火)



屋根修理の見積もりができるサイトを見つけた。

うちのデータ(郵便番号、2階建て、ガレージは車2台分など)を入れると、4300~5400ドルと出た。屋根の高さや大きさを少し増やしたら、6000ドルになった。

これで見ると、やはりダレルの18000ドルは高い。いい材料でいい職人がやるにしても、高すぎる。私たちはこの家にいつまで住むかわからないし、屋根だけにそんなお金をかけられない。

ジョンの見積もり8400ドル(8160ドル+保証契約240ドル)はオンラインの見積もりより高いが、妥当な金額に思える。

保証契約について調べたら、不要だという意見が多かった。しかも240ドルのうち、50%はメーカーの儲けになるという。

今のいい加減な屋根でも15年持ったのだ。240ドルは玄関の修理に回そう。

地元の情報誌にジョンの会社の広告があり、「15平方フィート以上の屋根の修理には500ドル割引」というクーポンがついていた。

そうすると、8160-500で7160ドル。現金なら200ドル引きと言っていたから、最終的には6960ドル。

これで手を打てるだろうか。


       *


昼間ジョンの会社に留守電を残したら、夜に折り返し電話があった。

「品質のよさそうなシングルだし、お宅の評判もいいし、240ドルの保証契約なしにしたいんですが。子どもの年を考えると、この家に長く住むとも思えませんので、50年保証は要りません。」と私。

「もちろんかまいません。そのほうが安心というだけのことですから。」とあっさり引き下がるジョン。

「それから、地元の情報誌に載っている500ドルのクーポンは使えますか。」

「えっ、いやあ、まだ載ってましたか。あの広告はずっと同じのを出してるんですよ。それに、この間の見積もりにはすでにその500ドル割引が適用されているんです。」

あのクーポンは客寄せだったのか。ガックリする私に、

「この間お渡しした書類では、私の原価計算がないので、おわかりにならないですね。お見せすべきでした。ともかく、うちはできるだけの値引きをしたあとの数字を出しました。これ以上は無理なんですよ。そのかわり、小切手でも現金払いと同じ扱いにします。」となんだか必死になってきたジョン。

うちに見積もりに来たときに、景気はどうですかと聞いたら、典型的な "Great!" の返事だった。どこの家でも屋根の修理は先送りできないからかなと思っていたが、これだけの不景気で影響を受けないはずはない。

「じゃあ、8160ドルから保守契約分の240ドルを引いて、7920ドルということですね。」と私。

「7900ドルちょうどでいいですよ。」

たった20ドルでも得した気分になるものだ。

「ありがとう。じゃあ、それで契約書を送ってください。」


        *


2ページにわたる契約書が来た。

じっくり読む。

屋根の色が空欄になっている。たいしたことではないが、Charcoal と入れてもらおう。

屋根板の下の合板が傷んでいたら、それも張替えとなっている。合板の厚さによってシート1枚につき55ドルから70ドルの追加料金がかかる。これは屋根板を外してみなくてはわからないのだろうが、こういう予測できない費用は怖い。

ガレージの外壁パネルの無料修理の件は、見積もりの際の口約束通りにちゃんと契約書に書いてある。合格。

1ページ目と2ページ目にちがう金額が書いてある。 $7,900 (JOB TOTAL COST) と $10,400 (JOB TOTAL).  前のクライアントの契約書を下じきにして、元ファイルの数字を変えるのを忘れたのだろう。これは修正してもらわねばならない。

「言った、言わない」の水掛け論にならないように、今度はメールで質問を送り、メールでの回答を頼んだ。

ジョンの経験と築15年といううちの状況から見て、合板の張り替えはまず必要ないでしょうとのこと。これは信じるしかない。

金額はやはりケアレスミスだった。修正版を送りますと言う。

電話では話さなかったが、保守契約を入れない場合はメーカーによる検査はないのだそうだ(そうでなくても、検査は工事が終わって2ヶ月くらいしないと行われないらしい)。 つまり、工事が終わったらすぐに全額支払となる。

株価はまた上がってきたが、まだファンドや株には手をつけないで、いくつかの口座から現金を動かして7900ドルを用意することにした。

家を売るときには、「この屋根は2010年に全部張り替えました。」と、せめてものセールスポイントにしよう。


<今日の英語>

It will turn up.
出てくるよ。


また物を失くして騒いでいる次男に、「そのうち見つかるよ。」と適当なことを言った長男。



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ブロークン・イングリッシュで子育て

2010.07.29 (木)



NYタイムズに「ブロークン・イングリッシュで子どもに教える」と題する読者投稿があった。

投稿者はイスラエルの大学講師で、専門は心理学。

「香港には、片言の英語だけで子どもに話しかける親がいる」という記事について、子どもの情緒的発達への影響を憂うとコメントしている。

これは言語学習についての誤解から生じた現象だという。そして、英語と広東語のどちらかを選ぶ必要はない、子どもたちは違う人(たち)からそれぞれの言語で話しかけられれば、簡単に[easily]二ヶ国語を習うことができる、子どもは3歳までに言語を区別することを覚え、バイリンガルに育つと言い切る。

私は元記事を読んでいなかったが、興味を持った。

この講師は、「親の1人が英語で、もう1人の親が広東語で話せば、子どもは英語を話すようになる。」と書いている。

片親の英語以外は広東語という環境がどれほどのハンデか、わかっているのだろうか。それに、英語がブロークンであるという問題はどうするのだ。

まったく無責任な発言をしてくれる。


        *


うちでは、夫は英語だけ、私は日本語だけでずっと子どもに接してきた。

ティーンエージャーになった今でも、彼らは私に日本語だけで話すが、これまでつぎ込んだ時間とお金と労力の割には、幼稚な日本語だ

それさえ、いつまで続くかわからない。「日本語が話せるなんて、カッコイイ!」と彼らをおだててくれる友だちが頼りである。

両親は日本人なのに、英語しか話さなくなった例を少なからず知っている。

「家の外では英語、家の中では日本語」という理想的な環境であっても、バイリンガルになる保証はない。

兄弟姉妹がいると、子ども同士の会話は英語になる確率が高くなる。一人っ子は、「家の中では日本人の両親と日本語だけ」が徹底しやすいせいか、私の見聞きした範囲では英語訛りのない上手な日本語を話す子が多かった。

一般的に長子が弟妹より日本語がうまいのは、それと同じ理由かもしれない。うちの長男も、3歳でプリスクールに通い始めるまで(そのとき弟はまだ1歳)、私と日本語漬けの毎日だったせいか、次男に比べて自然な日本語を話す。

しかし、なによりも本人の適性がものをいう

うちは兄弟そろっておしゃべりなところがうまく作用したのではないかと思う。

多言語で育つ子は言葉が遅いと聞いて覚悟していたのに、長男も次男も1歳になる前に話し始めた。

長男はよくしゃべる子だなと思っていたが、2年後に生まれた次男に比べたら かなり静かだとわかった。次男は目に入ることや思いつくことをノンストップで ペラペラしゃべりまくり、私は呆然とした。

その後、次男は英語のほうがずっと強くなったが、私には日本語で、兄には英語で、今日も延々としゃべっていた。

時おり、リモコンのmute (消音)ボタンを押すように黙らせたくなる。それくらい、うるさい。


       *


ところで、NYタイムズの元記事は、「広東語でお願いします。」という題だった。

香港在住のフリーランス・ライターが2歳の娘の誕生パーティを開いた。そこで、広東語を話す両親を持ち、香港で生まれ育った4歳の男の子に、筆者が広東語で話しかけたら通じなかった。テーブルにあるおやつのどれがほしいかという簡単な質問を、母親が「完璧とは言えない」英語で通訳せねばならなかった。

なぜそんな育て方をしているかというと、一流のインターナショナル・スクールに子どもを入れるためである。もし家で広東語を話したら、英語での面接試験に受からないのだそうだ。

息子は無事に合格し、妹が最初にしゃべった言葉はすべて英語であったと、母親は誇らしげに語った。

誕生パーティに来た他の親も、たどたどしい英語で子どもに話しかけていた。

英語習得の競争は激しくなる一方で、英語でのプレイグループや幼稚園も増え、インターナショナル・スクールでは北京語を第二外国語として教えるところもある。広東語はない。

筆者は、広東語なしに文化や伝統を次世代に伝えることはできないと心配し、こうやって育てられた子どもたちのアイデンティティも危惧している。

私は香港に行ったことがないので、日常生活で英語と中国語がどう使われているのかは知らない。イギリスの植民地であった香港だからこそ、ここまで極端な話になるのだろうと想像する。


       *


日本でも、子供向けの英語産業はあいかわらず繁盛しているらしい。

必要もないのに、インターナショナル・スクールに行かせたがる親の話も聞いたことがある。

香港の親のように、英語を覚えてもらいたい一心で、自分の子どもに英語だけ(しかもブロークン)で話すという日本在住の日本人父母もいるんだろうか。

20年以上前に出た、日本に住みながら息子には英語とスペイン語で話したという日本人夫婦の本を思い出した。

私はその本を読んだことがない。当時から言葉には興味があったのに、読む気が起こらなかった。なんだかうさんくさいと思った。

この夫婦は言語学を専攻し、留学経験もあるが、日本人である。書評によると、少年は祖母とは日本語で話し、日本の学校に通ったらしい。彼が15歳になるまでの言語習得の記録だという。

その後、彼がどうなったか知らないが(むしろそっちの話がおもしろそうだ)、彼の母国語はいったいどれだろう。日本の学校教育を受けたのなら、思考言語は日本語か。

しかし、親と話すには英語かスペイン語という状況で、どれくらい深く意思の疎通ができたのか疑問である。

人工的に作り上げた言語環境という点も引っかかる。私がこの試みをきわものだと感じた原因はそれか。

友だちが遊びに来たときは、親も日本語に切り替えたのだろうか。遠足の支度とか、宿題の説明とか、日本の学校のことを英語とスペイン語でやりとりするとは、なんともまどろっこしい(そのあたりは本に書いてあるのかもしれない)。

いまだに発音や冠詞で苦労している私からすれば、子どもに間違ったことを教えてしまいそうで身がすくむ。

この夫婦の英語またはスペイン語は片言ではないのだろうが、そんな迷いはなかったとみえる。


         *


子どもが小さいうちは、まだいい。

小学校のころは、日本語で話す苦労は少なかった。

それが、第一言語である英語でもっと深く考えられるようになり、英語の語彙も増えるにつれて、日本語で同じレベルの話をするのが難しくなった。

話の流れで想像できる部分もあるらしいが、私がたとえば社会問題について話すと、「現状って何?」などと話の途中で質問されたりする。私はごく普通に話していただけで、難しい議論をふっかけたのではない。

それでも、日本語は私の母国語なので、時間と忍耐さえあれば、私は子どもに詳しく説明できる。

英語(私にとっての外国語)でも説明できるが、20年アメリカに住んでも、英語は私の血肉とはなっていない。それはやはり日本語なのだ。


        *


NYタイムズに、今度は「インドネシアでも英語優先」という記事が載っていた。

そこでも、英語で授業をする私立学校に通う富裕層の子どもがインドネシア語を解さなくなっているという話である。

しかし、不完全な英語しかできない先生が全科目を教える学校もあり、たどたどしい英語しか話さない親に向かって家庭でも英語を話すように指導することもよくあるのだそうだ。

アメリカ経済が停滞していても、英語の影響力はまだまだ強い。

インターネットのせいで、むしろ破壊的に強くなったのかもしれない。他の言語を駆逐しかねない勢いである。

私だって日本人と結婚して日本に住んでいたら、きっと子どもたちを英会話教室に通わせ、英語のビデオを見せ、英検を受けさせていただろう。

でも、アメリカに住んでいるので、ほっておいても英語が第一言語となり、日ごとに後退する彼らの日本語を危ぶむ。

ただし、英語だけでやっていけるだろうとも思う。英語圏はもちろん、それ以外の国でこれだけ英語を勉強してくれているのである。どこに行っても、誰かが英語を話してくれる。

英語が母国語である夫と息子たちは、なんとラッキーなことか

しかも、自分たちの幸運をわかっていないのだから、おめでたい。もちろん、私の苦労もわかっていない。

英語の発音や文法を直されるのはありがたい半面、ときには「じゃあ今の日本語で言ってみなさいよ!」とささやかな抵抗をしてみる。


<今日の英語>

Mrs. Peabody was a boldface name.
ピーボディ夫人は有名人だった。


昨日亡くなったジュディス・ピーボディの死亡記事より。裕福で社交界でもよく知られた彼女は、熱心なボランティアでもあった。文字通りには、新聞や雑誌に太字(ボールド体)で記載される名前。



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一日に一つ、物を捨てる

2010.07.30 (金)



かたづけアイディアのサイトに、「一日に一つ、物を捨てよう」という呼びかけが載っていた。

捨てなくても、人にあげたり、寄付してもよい。ともかく、家の中から追い出すことがポイント。

クロゼットや倉庫にしまうのは不可。ただし、月末に寄付するための箱に一時的に入れておくのはOK。毎日1つでなくても、月曜日に7つ処分して、1週間のノルマを果たすのも可。

これなら、ものぐさの私でもできるかもしれない。

すでに600人が自分が何を捨てたかをコメントしている。書き込みすることで本人のモチベーションになり、他の人のヒントにもなる。

1年に1000個の物を処分するという目標を掲げる人もいたが、毎日一つだけというのがミソじゃないだろうか

それでも1年で365個の物を減らすことができる計算になる。その間に、新たに物を持ちこまなければの話だが。


          *


私の理想は禅寺みたいな場所である。

なるべく物を買わないようにしている。もともと外出も買い物も嫌いだし、アメリカでほしいものもあまりない。昔から財布の紐は固い。

物があればあるだけ、管理する手間が増える。掃除がやりにくい。ほこりがたまる。めんどくさがりの私は、極力ノー・メンテナンスの生活をしたいのだ。

それなのに、夫はモノが捨てられない(夫の収集癖については前にも書いた。その記事はこちら)。

ガラクタでもなんでも取っておきたがる。もう絶対に着ない服も手放さない。主寝室のクロゼットの4分の3は夫の持ち物である。

本が多いのに、やたら本を買う。増える一方の本を収納するために、また本棚が必要になる。

タダでもらえるものは必ずもらう。

こういう人にこそ「一日に一個捨てる」を実践してほしいのだが、本人にまったくその気がない。

これは夫の家系の特徴なので、義母も義妹も苦労している。

義母は義父の物を内密に処分しているのだそうだ。「少しずつやれば気がつかないから大丈夫よ。あなたもおやりなさい。」と私をそそのかす。彼女はブランド好き、買い物好きなので、私とは対極にあるのだが、配偶者のガラクタをどうにかしたいという点では一致している。


         *


それにしても、どの家にも物が溢れている。

不景気なので買い物を控えていると言いつつ、「そんなものを山ほど買ってどうする?」というような品物をお店のカートに積んでいる人を見る。

この辺はどこも車2台分(ときには3台分)のガレージが付いているのだが、ガレージは物置と化してしまって、車はドライブウェイに停めている家もある。ときおりガレージのドアが開いていると、ごちゃごちゃの内部が見えたりする。

うちのガレージには車が入る。でも、地下室が大変なことになっている。9割が夫の持ち物である。

男には物に囲まれて安心したいという本能がある」という説をどこかで読んだ。

一般論だが、コレクターというのは男に多いんじゃないだろうか。

大昔に狩猟に出て、つかまえた動物の頭なんかを洞窟に飾ったりした名残りかもしれない(原始人が本当にそんなことをしていたかどうか、私は知らない)。

今度はいつ獲物が手に入るかわからないという不安をなだめるために、過去の獲物(の残骸)を捨てられないという仮説はどうだろう。

こんなくだらないことを考えている間に、物を1つ捨てなくては。


<今日の英語>

I tossed old makeup in the wrong shade.
合わない色合いの古い化粧品を捨てました。


かたづけサイトへの投稿より。



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