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<今日の英語> 2009年9月

2009.10.01 (木)


[英会話] ブログ村

9/1/09
Who runs this house?
この家を取り仕切ってるのは誰だ?

9/2/09
I'm open to any suggestions you may have.
どんな提案でも受け入れます。

When and where is it expected to hit?
いつ、どこに上陸すると思われますか。

9/3/09
It's a big question mark for Nadal.
ナダル(のパフォーマンス)は大いなる疑問です。

Friday is iffy.
金曜日は微妙です。

9/4/09
This isn't rocket science.
これは全然難しいことじゃない。

Just thought you might want to know.
きみが知りたいんじゃないかなと、ふと思ってね。

9/5/09
Sorry, I couldn't resist.
すみません、つい言いたくなって、抵抗できませんでした。

9/6/09
That was an eye-opener.
それは私の目を開いてくれた。/目からうろこだった。

9/7/09
I could be wrong.
違ってるかもしれないけど。
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愛人ごっこ その56

2009.10.01 (木)


(前回その55の続き)

「今日、パヴェルから電話があったのよ。元気でやってるって。今はトレーニングでスケジュールがぎっしりなんですって。」

昼間、彼に会ったことには触れなかった。もちろん、そこで何をしたのかも。

「今年は日本から帰ってきたら、キャンプにも参加するんだろう。また週末にでも呼んでやればどうかね。」

「そうね。キャンプで会ったら聞いてみるわ。」

「キャンプが終わっても、また残ってキッチンで働くのかな。大学はどうなってるんだろう。」

「子どもじゃないんだし、ちゃんとやってるんじゃない? いつドイツに戻るのか知らないけど。私たちはちょっとお金を貸しただけでしょ。そのことを彼がいつまでも負担に思うのは、なんだかいやなのよ。」

「別に追求するつもりはないね。卒業まで応援したいとは思ってるけど。」

私と夫は、パヴェルがいい若者であることについては意見が一致するのだった。

・・・

私が日本にいる間、パヴェルとはほとんどコミュニケーションがなかった。

私は体験入学の件で忙殺されていたし、彼は平日はキャンプ、週末はキッチンで忙しく働いた。

キャンプ施設のオフィスにあるパソコンは、いつでも使えるわけではなかった。しかも、メールには誰に読まれてもいいことしか書かないようにしていたので、まどろっこしい。

私はリュベを聴き、日本の書店でロシア語会話の本やCDを探した。時差ぼけで朝早く目覚めると、NHKのロシア語講座を見たりした。

日本滞在も残り少なくなったある日、パヴェルに短いメールを出した。

「もうすぐNYに戻ります。しばらくは時差ぼけに悩まされそう。でも、子どもたちの参加するセッションが始まるころには、だいぶ治ってると思います。パビリオンで会えるのを楽しみにしています。できれば、その前に一度電話してくれるとうれしいんだけど。」

折り返し、彼から返信があった。

「元気? 日本はどうですか。キャンプが始まったけど、2年目だから余裕です。宿舎の電話は使いにくいので、キッチンから電話するよ。あなたにとても会いたい。」

・・・

パヴェルは私がいない間、夫には連絡しなかった。電話すれば、夫が遊びに来いと誘うのがわかっていたから。パヴェルは、夫と2人だけで会うのを避けているようだった。

今年は去年と違って、パヴェルと一緒にいられる時間がかなりある。

ただし、キャンプが終わるまで平日は抜けられないし、週末はキッチンで働く。キャンプが終われば、夜はプールでライフガードもするだろう。家に来れば、夫と子どもたちがいる。学校が始まるまで、昼間私1人になることはまずない。

そう簡単に逢瀬はできないのだった。

でも、障害がある分だけ、2人きりで過ごす時間は濃密になる。

私たちの間には何の約束もなく、期間限定の愛人関係であることはお互いに承知していた。そして、裏庭での再会によって、予期していなかった2年目が現実のものとなりつつあった。

(次回その57に続く)



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 |  愛人

モノが捨てられない夫

2009.10.02 (金)



次男は友だちが多い。最近は集まるメンバーが同じで、なんとなく持ち回りのようになっている。ただし、アンディのお宅には、なぜか次男1人だけ呼ばれることが多い。

この間、初めてそこの地下室を見る機会があった。迎えに行ったら、「2人でピンポンをやってます。いい勝負ですよ。見ませんか。」と言われたので、地下室へ下りていった。

階段はむき出しの木だったが、地下室は天井も床も壁も真っ白。天井には埋め込み式のライトがたくさんあって明るい。

「いい部屋ですね。」

「この家を買ったときはこうじゃなかったんです。使わないのはもったいないから、リモデルしました。卓球台を置いたら、外が雨でも雪でも楽しめて、わりといいですよ。」

よそのお宅の地下室にはあまり行く機会がないが、内装をして暖房も入れて居住スペースとなった地下室、いわゆる finished basement もご近所にいくつかある。地下室全部でなくて、半分だけ内装済み、半分はコンクリート打ちっぱなしというのもある。

うちの近所の地下は地上のフロアと同じ面積なので、かなり広い。地下全体が普通の部屋として使えると、家を売るときにセールスポイントになる。

     *     *     *

帰りの車中で、「いいわねえ、あの地下室。」「床はタイルで気持ちよかったよ。」と地下室談義に花が咲いた。そして、これまで何度もやったように、「うちもあんな風にしたいなあ。でも、無理だねえ。」とため息をつくのだ。

なぜなら、うちの地下室は夫の持ち物であふれかえっているから。

私のモノもないとは言わない。でも、子供用の日本語の本や補習校で使った教科書、昔のスーツケースくらいである。日本語関係のもの以外には執着はない。

それに対して、夫は何を保管しているか。

古い雑誌(1970年代のコンピュータ雑誌を誰が読む!?)やとっくに廃れた機種のマニュアル。10年、15年以上前のコンピュータ(持ち上げられないくらい重い)や周辺機器。ビデオコレクション。模型電車コレクション(子どもが小さいときに収集した。おそらく躁状態のとき)。eBay にはまっていたときに売ろうと思って買い集めたスター・ウォーズのおもちゃ(これも躁状態で)。昔飼っていた猫がぼろぼろにしたソファ。IKEAの家具(まだ組み立てていないものもあり)。自分が子どものときに遊んだおもちゃ。自分がボーイスカウトをしていたときの何やかや。自分が独身のときに使っていた汚い家具。

pack rat (いろんなものを巣の中に貯め込む習性のあるネズミ。転じて、不要な物を収集し捨てられない人のこと)の典型である。 hoarder とも呼ばれる。

夫の所有物は、壁一面にぐるりと付けたスティール製の棚に収まりきれず、直接床に置いたりして、地下室の3分の2を占めている。天井に届きそうなくらい積み上げたものもある。

     *     *     *

夫は本が捨てられない。

大学の哲学の本から、ペーパーバック、子どものときに読んだ本、時代遅れのマニュアルまで、取っておく。自分の部屋はもちろん、次男の部屋のクロゼットに何箱も本が入っている。

私が1人で使っている主寝室の壁にも、今年になってガラス戸付きの書棚を3つも取り付けた。そこにはハードカバーの本が入っている。

これだけで気が狂いそうになのに、カリフォルニアの父親やアリゾナの弟からたまにダンボールが届く。中身は、夫の昔の持ち物や、夫の父が着られなくなった昔の服などである。

これは血筋だったのか。

夫の継母や義妹と会うと、必ず「うちの中を占拠する不用品」の愚痴が出る。結婚する前にはわからなかったのだ。気付いたかもしれないが、物を大事にする人だなどと都合よく解釈したのかもしれない。

主寝室にあるクロゼットは中で体操ができるくらい広いが、その4分の3は夫の服。私は定期的に服を寄付しているけれど、夫はもう絶対に入らないサイズの服や流行おくれのスーツなども手放さない。どこかのトレードショーでただで配っていたTシャツなどもそう。

テレビで coat drive (冬のコートの寄付を呼びかける運動)が出ると、さりげなく、「うちにあるコート、いくつか寄付しない?」と提案してみる。

夫は一応賛成するが、私に任せない。「どんなのだったか、後で見てみるよ。」と絶対にやりもしないことを言い、結局また何年もたんすの肥やしになる。

     *     *     *

数年前、どうしても捨てなければならないカーペットなどを廃品回収業者に引き取ってもらったことがある。

業者のお兄さんに「もっと他にも持って行ってもらいたいものがたくさんあるんだけど、主人が手放さなくて。」と言うと、「どこのお宅も同じですよ。捨てたがるのはたいてい奥さんで、旦那はモノにしがみついてますね。どうしてかなあ。」

男のほうが精神的にモノに依存しているのではなかろうか。自分とモノを同一視しているから、離れられないのである。

夫の言い訳は、「いつ必要になるかわからない。もう簡単に手に入らない。」 

強迫観念に捕われ、モノに所有されているのだ。もちろん、そうでない男もいるだろうけれど。

私は禅寺みたいに何もない部屋が理想(ベッドは必要)なのに、これだけのモノに囲まれている。地下室はいつも目に入るわけではないが、積み上げられた段ボール箱の数を考えるだけで、ぞっとする。

だいたい家が広すぎるのだ。

東京の狭いアパート暮らしなら、こうは行かない。一時期あまりにもモノが増えて、夫は storage (倉庫)を借りようとしたことがある。私は必死で抵抗した。そんなところを借り始めたら、それこそ際限がなくなる。

ときどき、この家に引っ越してくる前の、空っぽの状態にしたい衝動に駆られる。そして、本当に必要なものだけを家の中に入れるのだ。

地下室を居住スペースにできたらなあ。夫が死んだら、すぐに廃品回収業者に電話するぞ!

その前に、この家から引っ越すときはどうなるか、今から戦々恐々としている。


<今日の英語>

We have a lot to catch up on.
積もる話がたくさんあります。


昔の恋人と60年ぶりに出会って結婚した男性。「別れてから何があったか、お互いに知っておかないとね。しかも、私たちには残された時間があまりないから、急いでやらないといけません。」



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チョコレート中毒

2009.10.03 (土)


私は物心ついたころから甘党である。特に、チョコレートはほとんど中毒とも言える。

チョコレートならアメリカにもあるが、田舎のスーパーで売っているチョコレートは、私にとっては単なるキャンディ。チョコレートとは別物である。

たとえば Hershey's ハーシーズのチョコを食べても、チョコを食べている気がしない。口当たりがよくない。いかにもアメリカという香料の風味。これがチョコレート? こんなもの食べて太りたくないと思う。Godiva もそんなにおいしいと思わない。

隣の州のTrader Joe's に行くと、ベルギー・チョコレートと書いたのが並んでいる。悪くないが、それでも森永や明治のほうがおいしいと思う。あれは、日本人向けに加工されているのだろうか。

うちの近くには、生チョコレートを扱うような高級店はない。

旅行嫌いな私はヨーロッパに行ったことがないが、行くとしたらチョコレートを食べに行くのである。すごくおいしいのを売っているというイメージなのだが、アメリカに比べたら(比べてはいけない?)当然か。

子どもが学校に上がってから、日本に行くのは真夏だけになった。今年も7月から8月にかけて4週間滞在したのだが、あの暑さと湿気ではチョコレートを買う気が失せる。道中溶けてドロドロになりそうな不安がある。

そして、NYに戻れば、空気は乾燥し、朝夕は秋のように涼しい。あーあ、日本でチョコレートを買ってくればよかったなあと後悔する。

     *     *     *

私の場合、あまり周期に関係なく、チョコレートが無性に食べたくなる。食べたいときが食べごろである。

ウィキペディアによると、チョコレートを漢字で書くと「貯古齢糖」だそうだ。まるで暴走族のような当て字。あまりおいしそうではない。

チョコレートがニキビや鼻血の原因になるという説には、科学的根拠がないらしい。よし。

最近では、カカオに含まれるポリフェノールの薬効成分が動脈硬化を防ぐという話がよく持ち出される。特にダーク・チョコレートがいいと言う。だから、お店にはカカオ分70%なんていう板チョコも売っている。私は苦いのはだめなので、買わない。

健康にいいどころか、脂肪やカロリーの取りすぎの危険のほうが大きいと思うが、そんなことはどうでもいい。食べたいから食べるのみ。

     *     *     *

チョコレートが食べたいのに手元にないと、頭の中がチョコレートのことでいっぱいになる。出かけたくないのに、スーパーに行く用事がないかなあと考える。そして、Lindt の甘いチョコレートを1枚買う。これは夫にはもちろん、子どもたちにも見せない。私のショルダーバッグの中に隠す。

一口食べると、落ち着く。やっとチョコレートにありつけたという高揚感がある。そこでやめておけばいいのだが、一口で終わることはできない。だいたい半分は食べる。そして、残りの半分は再びバッグの中にしまっておく。

食べたいときにすぐ食べられると思うだけで、安心する。まさに、チョコレート依存症。

チョコレートが違法ドラッグでなくてよかった。多少後ろめたいときがあるけれど、白昼堂々とチョコレートを購入できるありがたさ。

私は戦争が嫌いだが、その理由のひとつは「甘いものが配給制になったら困る。」という非常に低レベルの心配なのだ。

カカオ産地の労働条件は過酷だとか、天候不順でカカオ豆の収穫が落ちたとか聞くと、カカオの供給や如何にと心配になる。中毒患者は自分がハイになることしか考えない。

チョコレートを止めたら寿命が5年か10年延びます(たとえばの話)と言われても、私はチョコレートを食べる。チョコレートなしに長生きする意味はない。


<今日の英語>

We have a few sprinkles.
雨がパラパラ降っています。


天気予報官が地元の天気をレポートしたときの一言。ほんのわずかの小雨。



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 |  わたし  |  コメント(5)

禁断症状

2009.10.04 (日)


チョコレートについて書いたら、いろいろとコメントをいただいた。

 (いつもありがとうございます。諸般の事情で個々にお返事できませんが、
  すべて拝読しております。)


やはり日本のチョコレートは点数が高い。そうそう、季節限定なんていう楽しみもあった。アメリカでは、ハロウィーンやバレンタイン用にただラッピングの模様を替えるだけで、中身は同じという能のなさ。

Lindt の輸入が止まったら困るのは、私だけではないのだ。

Fairway というスーパーのオリジナル板チョコがいけるらしい。しかも安価。アメリカでも、あるところにはあるのか。

ヨーロッパのチョコレートを食べ慣れていたら、アメリカのは口に入らないだろうなあと思う。どうやって加工したら、あんなにまずくなるのだろう。貴重なカカオ豆を粗末に扱わないでもらいたい。

     *     *     *

チョコレートは口の体温(?)でとろりと溶かすのがよい。じわ~っと溶け始めると、カカオと砂糖の微妙な配合が口の中に広がる。カフェインが脳に達すると、それまでの飢餓状態から開放される。チョコレートはだんだん小さくなるけれど、舌の上に残る最後の塊りもいい。

チョコレートの話を書いて、コメントを読んで、またこんなことを書いていると、しっかり禁断症状が現れる。

ハロウィーンで近所の子どもたちに配るものは買ってあるけれど、あれはキャンディ。

やはり、非常用チョコレートの貯蔵が必要か。

このへんは地震はないけれど、ブリザードで出られないことはある。万が一見つかったら、生き延びるための高カロリー食品と説明できる。夫も子どもたちも、私のチョコレート中毒を知らない。そこが中毒患者たる所以である。

     *     *     *

スーパーでチョコレートを買うと、他の食品とは分けて置くレジ係がいる。あるいは、袋詰めをしている私のほうへ、チョコレートだけ差し出してくれる。

バレてるな。」と思う。

レジ係は、私が自分のためにこっそりチョコレートを買ったのを知っている。だから、他の食品と混じって袋に隠れてしまうと、家に着く前に探せなくて困るだろうという親切心で、「はい、今のうちにかばんに入れて。」と言いたげに、気を回してくれる。

レジの当人がそうなのか、そういう教育をされているのか、「チョコだけ渡して。」というお客がいるのか。

私だけではないのだ。でも、見栄っ張りの私は、「あら、そんなことしてもらわなくても。私は堂々と持ち帰りますから。」という顔で、他の食品と一緒に袋に入れる。でも、どの袋に入れたかはしっかり覚えておいて、車に詰め込むときにチョコレートだけ取り出し、そこでバッグに移すのである。

     *     *     *

たまには「みんなで食べるチョコレート」という名目で、チョコのついたクッキー (輸入品多し)や、1つずつ包装されたボール型のLindt のチョコレートを買って帰る。

そこで、アメリカ人の夫は困ったことをしでかしてくれる。

チョコレートを冷蔵庫に入れてしまうのだ。うちは真夏だって、夫がエアコンをがんがんに入れている。冬も室内温度はそんなに高く設定していない。だから、チョコレートが溶けるなんていうことはない。

それなのに、夫はやたらと冷蔵庫に入れたがる。冷凍庫のときもあった。

「そんなことしたら、チョコレートが台無しになるじゃない!」と私が怒って取り出すのだが、夫は冷やしたほうがおいしいと考えているふしがある。どこでそういう間違った教育を受けたのだろうか。

アメリカのキャンディチョコなら、どうせ私は食べないから、それでもいい。私も食べるものには、風味や口当たりが損なわれないよう、「冷蔵庫に入れるな!」というメモを付けねばならない。

これ以上書くと、禁断症状が悪化しそうなので、チョコレート談義は(とりあえず)ここまで。


<今日の英語>

The proof of the pudding is in the eating.
論より証拠。


次男がプロジェクトの計画をあれこれしゃべっていたときの、夫の一言。こうすればうまく行くという話だけではなくて、実行しなくちゃだめだな。直訳: プディングがうまくできたかどうかは、食べてみなければわからない。



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 |  わたし  |  コメント(1)

愛人ごっこ その57

2009.10.04 (日)


(前回その56の続き)

NYに戻った私たちは、旅の疲れと時差ぼけで、だらけた数日を過ごした。まだ夏休みは半分残っており、子どもたちは翌週からキャンプに参加することになっていた。

パヴェルは、平日の自由時間はあまりない。それでも、ある日の夕食の後、キッチンのスタッフが使うらしい電話から連絡してきた。

「お帰り。待ってたよ。来週からだね。大丈夫?」

「大丈夫だと思うわ。私はともかく、子どもたちはキャンプをすごく楽しみにしてる。あなた、どっちかのカウンセラーになりそう?」

「それは初日にならないとわからない。ぼくからリクエストできないし。」

「あなたが担当でなくても、朝ちょっとだけ話をしてもいいかしら。」

「もちろんかまわないよ。でも、気をつけないとね。」

カウンセラーは毎年ほとんどが入れ替わるが、ディレクターやそのアシスタントたちはずっとそこで働いている。人前では、あくまで良き友人として振舞う私たちだったが、親密な関係をかぎつけられないとも限らない。

パヴェルのために、そういうややこしいことは避けたかった。

「今度の週末は、カウンセラーみんなで遠くに出かけるんだ。もう1ヶ月以上もここにいるから、息抜きにね。ディレクターたちも来るんだよ。ぼくも行くんだけど、日曜日の夜はライフガードを頼まれてる。赤十字の資格を持ってるのが少ないから、ピンチヒッターに呼ばれてね。今度はトーマスと一緒。」

彼は声をひそめて続けた。

「日曜日の夜、プールに来られる?」

日曜日には子どもも夫も家にいる。抜け出せるだろうか。

「私は行きたいけど、何か言い訳を考えなくちゃ。もし行けなかったらごめんなさいね。」

・・・

日曜日の夕食が終わって、夫はテレビを見ていた。

「明日からキャンプなんだけど、ちょっと買い忘れたものがあるから、ドラッグストアに行ってくるわ。確か9時まで開いてたから。」

「今から? 大丈夫か。」

目の悪い私は、夜の運転が苦手だった。でも、夫は自分が代わりに行こうと動く人ではない。

夏は8時でもそんなに暗くない。私は子どもたちを夫に任せて、車を出した。嘘をついたという罪悪感はなかった。

・・・

プールの外の駐車場に車を止めて、建物の中に入り、ロッカーからプールへ通じるドアを開けた。その夜は、どこかの障害者と付き添いのグループが8人ほどで貸切っており、閑散としていた。

水泳パンツとTシャツ姿のパヴェルは、私に気がつくと、プールの向こう側にいたトーマスに何か言って、こちらへ向かって歩いてきた。

私はトーマスに手を振った。ハンガリー語なまりの強い彼の英語はさっぱり聞き取れなかったが、去年のカヌー遊び以来、親しみを持っていた。もしかしたら、トーマスは去年から私とパヴェルの関係を知っていたかもしれない。誰にも内緒のはずなのに、なぜかそのほうが私には嬉しかった。

パヴェルはドアを開けてロッカーに入ってきた。私たちは抱擁とキスの合間に言葉を交わした。

「よく来てくれたね。どうやって抜け出したの?」

「キャンプのために買い物に行くって。だから、あんまり時間がないの。それに、あなたもライフガードをしなくちゃ。」

「大丈夫。トーマスに頼んであるから。それに今日はほとんど無用なんだ。でも、給料はもらえるし、こうやってあなたに会える。」

私は彼のシャツの下に手を入れて、滑らかなひんやりした肌を撫でた。彼の手は私の反応を確かめながら動き、ささやいた。「あなたがほしい。」

「それは私も同じだけど、しばらくは無理よ。さあ、もう戻らないと。トーマスが変に思うわ。」

私たちはしばらく抱き合っていたが、パヴェルはドアを開けてプールへ戻った。こちらを見つめていたトーマスと目が合った私は、また彼に手を振ってから、車に急いだ。

トーマスは気づいている。でも、彼は人の情事に口を挟むような野暮な真似をするタイプではない。

(次回その58に続く)



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 |  愛人

女装の大男

2009.10.05 (月)


子どもたちを連れてスーパーに出かけた。カートを押し、重い荷物を運ぶための労働力である。

駐車場は混んでいたので、入り口からだいぶ離れたところに車を停め、並んで歩き始めた。子どもたちは英語でゲームの話をしていたが、私はそういうときでも日本語であれこれ話しかける。子どもたちは生返事。

頭の中で夕食はどうしようと考えていると、向こうからスカートをはいた女の人が歩いてくる。膝丈でストレート。休日の田舎ではスカート姿はあまり見かけない。

ばっちり化粧をしている。赤い口紅が遠めにもわかる。まあ、めずらしい。私なんかスッピンで外出しているのに。

それにしても、ずいぶん大柄な人ね。肩幅もあるし。だから、ああいうブラウスが着られるのかな。

あと3メートルくらいですれ違うときに、「ハニー! クリームチーズ買うの、忘れたわよお~。」という野太い声。

え?と思って見たら、真っ赤な口紅の周りに青々とした剃り跡があった。

思わず振り向くと、その大柄の彼女(彼)は連れ合いらしい男の人の方へ近づいていった。相手の男はごく普通の人。トランクを開けていた。ハニーって、あのひと!?

     *     *     *

思わず子どもたちに言った。日本語だから、周りの人にはわからない。

ねえねえ!今の見た? あの女の人、男じゃないの? どう見ても、男よ。髭剃りの跡があったもん。どうもがっしりしてるなあと思ったのよ。」

「おかあさん、そんなことどうでもいいんだよ。

「だって、こんな田舎で女装の男なんか見ないじゃない。ここに15年住んでるけど、初めて見たのよ。あーびっくりした。」

子どもたちは、なんで私が驚くのかわからないような顔をしている。学校の性教育の賜物か、テレビドラマの影響か。

長男の通うハイスクールには、学校が後援している Gay Straight Alliance というクラブがある。女装の男子生徒はいないらしいが、ゲイまたはレズビアンを公表している生徒はいるという。

「驚かない? 私だって、サンフランシスコやマンハッタンなら驚かないけど、こんな田舎で女装だから、驚くじゃない。」

「別に。その人の趣味なんだから、ほっとけば。着たい服を着ればいいじゃん。」

まあ、そりゃそうなんだけど。私はリベラルのつもりだったが、頭は古いのかもしれない。性嗜好は本人の自由だと常々思っていたので、こんなにびっくりした自分に驚いた。

今の子どもたちがそういう人に偏見なしで接することができるなら、それは進歩だと思う。

近くで見ればどうみても男なのに、この田舎で堂々と女装して出歩く彼(彼女)の潔さ。相手の男の人と仲良くやってるんなら、それでいいのだ。

「あの髭剃り跡さえなければねえ。惜しいわねえ。」としつこい私を、子どもたちはもう相手にしない。


<今日の英語>

This is not an open-and-shut case.
これは単純明快な事件ではない。


CBS のトークショー・ホスト David Letterman がスタッフの女性たちとの関係をネタに、CBSのプロデューサーからゆすられた事件で、容疑者の弁護士が「これは、一目見ればわかってすぐ終わりという単純な訴訟ではない。もっと複雑な背景がある。」と一言。



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 |  アメリカ人  |  コメント(1)

「いいご身分だねえ。」

2009.10.05 (月)


夫は長期療養者として休職中だが、勤務先から給与の半分と健康保険は引き続き支給されている。元々の給料が平均以上だったので、今のところそれほど貯蓄に手をつけなくても、生活できる。

私は、長男を産んでからはずっと専業主婦。去年3ヶ月ほど自宅でテンプの仕事をした以外は、この15年間無収入である。

ずっと仕事を探そうと思ってはいたが、レジュメを送ってもほとんど返事がなく、最近は求人欄も見ない。

株価が少し回復したので、総資産もその分持ち直した。紙の上の数字なのに、「贅沢しなければやっていけるし、このままでいいか。」と怠け心が出る。健康保険や年金のことを考えると、ほんとうはそんな悠長なことを言っていられないのだけれど。

     *     *     *

結婚当初から、贅沢とは無縁な生活ではあった。

だいたい結婚式もしなかったし、指輪もない。別にほしくなかったから。夫も私も社交嫌いで、私は出かけること自体がきらい。このへんにグルメレストランはほとんどないし、ブランド品には興味がない。車は10年も乗っている。

数少ないまとまった出費は旅行。それも、家族のいるカリフォルニアと日本だけ。どちらも宿泊費は要らないが、3人または4人の飛行機代は大きい。もし日本に行かなければ、その分お金は残るのにと思う。

国際結婚をしていて、それぞれの実家に里帰りするたびに貯金が目減りしてしまい、他に旅行ができないという話をときどき聞く。それでも、里帰りは最優先なのだ。

もう辞めてしまったけれど、補習校の高い授業料もバイリンガル教育の必要経費だった。

そういうことにお金を出せるくらいの収入はあったわけだ。少なくとも、食べるために私も働きに出ないとやっていけないという日はなかった。

もしお金がなかったら、しなくてもいい喧嘩をしていたかもしれない。20年も結婚生活が続いたかどうかもわからない。お金があればすべての問題が解決するわけではないが、精神的な余裕が違うと思う。特に、言葉や文化背景が違う相手と外国暮らしをする場合は。

もっとも、これからはどうなるかわからない。

   *     *     *

夫が仕事を休んでいることは、母にも姉にも伝えていない。実際はほとんど以前と変わりなく、普通に生活しているのだけれど、心配させたくないから。アメリカに移住してから、母に悪いニュースは知らせずにやってきた。

母から見ると、私はパートすらしない専業主婦で、家事も育児も適当で、人付き合いを避け、子どもだけを連れて日本で4週間も過ごし、散財するというお気楽人間。

寝転がって本を読み、長々とパソコンをする私を横目に、母は子どもたちに聞いた。

「あんたたちのおかあさん、いつもこんなことやっとるの?」

「うん。それと、おかあさんね、いっつも寝てる。」

母はあきれて、私に言う。

いいご身分だねえ。嫁姑のごたごたもないし、小姑もいないし。ご飯作らんでも、掃除せんでも、怒られんし。好き勝手して、食わせてもらって。」

その通りなので、私は反論しない。

   *     *     *

夫は私に向かって「誰に食わせてもらってるんだ?」と言ったことがない。

仕事でストレスがたまっているときに、「会社に行きたくないけど、テーブルに食べ物を並べるためには行かないと。」とこぼしたことはごく稀にある。私に何か頼んで、私が迷惑そうな顔をすると、「ぼくは今仕事中だから。」というのもあった。

それだけでも、私はちょっとムカッと来たりした。でも、実際、私の稼ぎはゼロなんだからしょうがないと思う。

レストランで私が支払いをすると、夫が「払ってくれてありがとう。」と言う。私は「あなたのお金から出てるのよ。」と答えると、「それでも、ありがとう。」と言う。私は馬鹿にされてる気になる。

何かお金を使うときに、「あなたのお金だから。」と言うと、「なぜ? 2人のお金だよ。」と言う。

私がお金を管理していて、私はふだん何かを買うときに夫に許可をもらうなんてことはしない(高額の場合は事前に伝えることもある)。だから、それもあながち間違いではないけれど、やっぱり夫の稼いだお金は私のものではない。

何とかしなくちゃなあと思いつつ、「いいご身分」の私はいつまでたってもお気楽主婦のままなのだ。


<今日の英語>

She was way out of line.
彼女は非常に出すぎたまねをした。


他の部署のアシスタントが頻繁に長い提案メールを送ってきて、迷惑していた人。「私は無関係だから今後は送信先からはずしてくれと頼んだら、自分の上司に告げ口し、さらに私の上司まで伝わって、私は叱られました。まったく的外れの、勝手なことをする人です。」 out of line は列からはみ出るの意。



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 |  わたし  |  コメント(5)

私は、私が、私の。

2009.10.06 (火)


横浜に住む姉と電話していたら、話の途中で姉にさえぎられた。

「なんか、日本語おかしくない?」

「私の日本語? どこが?」

やたら、『私は、私が』って言ってない?

「そう? 自分では気がつかないけど。」

「子どもたちはいつも言うよね。『ぼくのおかあさんが』って。言わなくてもわかるのに。My mother をそのまま訳してるのかな。」

バイリンガルの子どもたちの頭の中はわからないけれど、そう言われると、私の「私は、私が、私の」は普通より多いかもしれないという気がしてくる。

英語で自分のことを話すときは、当然 I (私)から始めるし、自分の持ち物なら my を付ける。くどいけど、そういう文法なんだからしかたないし、誰のことなのかはよくわかる。

(それでいて、私が夫に英語で話すと、he や she や they がなんだかごちゃごちゃになってくるのはなぜか。)

やたら「私、わたし、ワタシ」と繰り返されたら、それは聞き苦しいだろう。もしかして、ブログでも「私」の出番が多すぎるかもしれない。

子どもたちと違って、私の英語はもともと学校英語と受験英語。ネイティブ・スピーカーとは違う。私の母国語が日本語であることに揺るぎはないのだが、20年もアメリカに住んでいる間に、日本語が英語の影響を受けていた可能性はある。

補習校を辞めてから日本語を話す相手は、姉と子どもたちだけになった。日本のテレビも見ないので、日本語(話し言葉)のインプットが少ないのは確かだ。

     *     *     *

私の母は私とは対極にあり、俳句みたいにしゃべる。


「この間もらっただよ。」

「誰に? 何を?」

「楽器屋さん。長男のところに子どもがいなくてねえ。くやしいだらあに。あんな言い方せんでもねえ。おみやげだって。」

「誰が誰に何を言ったのよ。誰がくやしいのよ。」

尋問しないと、何の話だかさっぱりつかめない。

こういう母なので、メールも謎解きのよう。主語の省略はもちろん、1つのセンテンスの中で話題がころころ変わる。まったく関係のない話が、突如として現れては消える。

ヴァージニア・ウルフじゃあるまいし、意識の流れの通りに書かれちゃ困るわよ、読み手のことを考えてよ、と思う。

姉は、「もうあの人、へんてこなメッセージを留守電に残すもんだから、止めてほしいわ。言いたいことを思いつくままにしゃべってんのよ。しかも独自の文法で。頭、痛くなる。」

こういう状況で、私と母の両方を相手にコミュニケーションを取らねばならない姉が、一番の被害者である。


<今日の英語>

I'm not taking sides.
どっちの肩も持たないよ。


次男があるゲームを買ってほしいとうるさい。私は不要だと思う。長男の意見を聞いたときの返事。どっちに転んでも恨まれるからね。Take sides はどちらか一方の側に付くこと。



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愛人ごっこ その58

2009.10.07 (水)


(前回その57の続き)

キャンプの新しいセッションが始まった。初日だけは受付のテントに寄って、どのグループか確認しなくてはならない。そして、毎朝の集合場所であるパビリオンへ子どもを連れて行く。

薄暗くて混雑していたけれど、パヴェルはすぐにわかった。どうやら長男のグループ担当になったらしい。つい口元が緩む。他に、地元のアメリカ人の女の子2人がいる。

「おはよう。」と手を差し出すと、彼も手を伸ばし、私たちは素知らぬ顔でちょっと長めの握手をした。へたなお芝居をしているような気分になったが、彼は指で私の手のひらを撫で、私はこっそり爪を立てて、合図した。

「今度は長男のほうね。よろしく。」

もっと話したいけれど、他の親もやってきて慌しい。

「じゃあ、また夕方。」と手を振ると、パヴェルはすばやくウィンクした。

次男のカウンセラーはオーストラリアの男の子で、いかにもアウトドア派という感じだった。パヴェルでなくてがっかりしている次男も、すぐ慣れるだろう。

出口の近くにトーマスが立っていた。彼はパヴェルよりもっと背が高く、もっとひょろりとしている。ただでさえ彼のハンガリーなまりの英語は聞き取りにくいのに、パビリオンの中はけたたましい。

「おはよう。元気?」と話しかけると、トーマスが何か答えたのだが、どうもよくわからない。適当に相槌をうってごまかした。

・・・

子どもたちをキャンプに預けたら、私は夕方まで開放される。パヴェルにロシア語で話してみようと思って、日本で買った会話の本を読む。カレンダーを見ながら、彼が昼間出かけられるのはいつかなと考える。

お迎えの時間が近づくと、家を出て、パビリオンでみんなが戻ってくるのを待つ。私はパヴェルの顔が見たくて、いつも早めに行った。

「初日はどうでした?」

「みんな一度はここに来たことがある子ばかりで、去年のグループより年上だから、ずいぶん楽です。」

「お迎えの署名をしなくちゃね。」

彼は私にボールペンを手渡した。私はさりげなく彼の横にぴったり立って、名簿にサインした。そういうときしか、私たちの体が触れ合うときはない。私たちは目を合わせて、お行儀よくにっこりした。

ここにいる誰も、私たちの本当の関係を知らないのだ。秘密を共有するのは楽しい。

・・・

このセッションは、土日の休みをはさんで2週間のプログラムだった。そのあと、最後のセッションがまた2週間あって、やっとすべてのサマーキャンプが終わる。

それまでパヴェルを呼べるのは週末だけだった。でも、他のカウンセラーの目もあって、外泊は目立つ。ディレクターもあまりよく思わないだろう。

私は子どもたちが参加する2週間だけ、毎日2回パヴェルに会うことができた。

不審がられないように、前みたいな長話はしないつもりだったが、つい話し込んでしまう。次男の方のカウンセラーにはおはよう、また明日だけなのに。

私はトーマスをカムフラージュに使うことにした。

用もないのに、2日に1回はトーマスの所によって、どうでもいい話をするのである。彼の英語はほんとうに聞き取れなかった。アメリカでいろんなアクセントに慣れているつもりでも、あんなにわからない英語は初めてだった。

でも、私がパヴェルだけでなく、他の誰かとも立ち止まって話をするというポーズができればよかったので、そんなことはどうでもいい。

彼の目は、「あなたがパヴェルと?本当に?」と私に問うているようにも見えた。

トーマスはちょうど私とパヴェルの中間の年齢だったと思う。パヴェルによると、トーマスは変人で哲学者なのだそうだ。ハンガリーの学校でロシア語を習わされたのに、ソ連に反発して絶対に覚えようとしなかったという。だから、パヴェルとトーマスは英語で話す。

ときおり、トーマスに打ち明けたくなるときがあった。「私とパヴェルのこと、知ってるんでしょ。」 

なぜそんな気持ちになったのか、わからない。見せつけたいのか、驚かせたいのか。内緒の愛人関係のはずなのに、ふと秘密をばらしたくなるのだった。

(次回その59に続く)



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 |  愛人

もう1つの豊作 

2009.10.07 (水)


Crabapple を植える前から、毎年もう1つの豊作があった。

それは、大粒の丸いどんぐり

acorns


窓を開けると、ボタボタボタと音が聞こえるので、引っ越してきたばかりの頃は何事かと驚いた。

探さなくても、枯葉とともに足元にいくらでも落ちていて、デコボコの地面を歩いている感じがする。前庭から森に近づくと、頭の上に降ってくる。高いところから落ちるせいか、当たると痛い。

     *     *     *

長い間、玄関の階段の下にシマリスchipmunkが住んでいた。チップマンクという名称が覚えられない私が、「マンチキン」(オズの魔法使いに出てくる小人たち)と呼んでいたら、その名前が定着してしまった。

それが階段をうろちょろするたびに、猫がしっぽを忙しくパタパタして、ガラス越しにミャッと甲高く鳴いていたのだが、去年あたりから姿を見ない。「マンチキン、来ないねえ。」と見張っている猫に話しかけてみる。

猫が怖かったのではない。前足でどんぐりを抱え、立ち上がって悠々と食べていたし、ガラスに手をかけて家の中を覗き込んだりして、猫をからかっていたのだから。

どこかへ引っ越したかと思ったが、子どもたちがどんぐりを並べておいたら、きれいに消えていた。じゃあ、まだ住んでるのだろうか。あるいは他の動物か。

     *     *     *

そういえば、こんなにたくさんどんぐりがあるのに、今年は例年よりリスsquirrelの数が少ない気がする(注: 私は squirrel が発音できない)。

私はネズミが苦手なので、リスも好きではない。リスはネズミにそっくりなのに、あのふさふさのしっぽでずいぶん得をしている。

ご近所一帯に大量のどんぐりが落ちているから、うちに来なくてもいいのだけれど、どうも気になる。

これまでは、どんぐりの食べ過ぎか、むっちり太ったリスが何匹も木を上ったり下りたりしているのがベッドルームの窓から見えたのに、どうしたのだろうか。

タイミングが悪いだけかもしれないが、レイチェル・カーソンの「沈黙の春」ならぬ、沈黙の秋の警告だろうかという考えが頭をよぎる。今年は、蜂や蛍やトンボもいつもより少なかったと思う。

環境問題にもあまり関心がない私だけれど、自然が身近にあるだけ、東京に住んでいたときよりも気になることが多い。

とりあえず、食糧難になったら、この大量のどんぐりで食いつなぐか。どんな味かは知らないけど。


<今日の英語>

I couldn't get around to it.
そこまで手が回らなかった。


出しっぱなしだったDVDを片付けろと夫に言われていた長男。すぐできたはずなのに、「やろうと思ったけど、余裕がなかった。」という言い訳をした。



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ハイスクールのオープンハウス

2009.10.08 (木)


現地校が始まって1ヶ月。オープンハウスの季節である。

子どもたちがキンダーガーテンに上がって以来、夫はなんだかんだ理由を付けて逃げるので、私一人で出かけている。

平日の夜に保護者が学校を訪れ、教師の顔を見て、学科の内容や採点方針などの話を聞くだけなのだが、これが疲れる。

まず、長男のハイスクール。まだ2年目だし、大学進学のこともあるし、ぼんやりした子なので、行かざるを得ない。

学校側が事前に郵送してきたスケジュールによると、夜7時から10分間はオーディトリアムで校長やPTAによる全員向けの説明。そのあとは、子どもの初日の学科スケジュールにしたがって、親が各教室を回るとなっている。

校舎が広くて、迷う。すぐには目指す教室にたどり着けない。生徒のボランティアが道案内役としてあちこちに立っているのは、そのためである。

各教室での説明は8分間。移動に3分間。階段を上ったり下りたり、通路を行ったり来たりの大混雑。

終わったのは9時近かった。

     *     *     *

10年生の親は、だいたい半数が出席していたと見られる。それでも駐車場は満杯で、芝生の上や向かいの小学校に停めた車もたくさんあった。9年生から12年生の親が一度に集まるのだから、半数程度の出席でちょうどいいのかもしれない。

先生は自己紹介をし、プリントを配り、スマートボードというパソコンにつながった黒板で、早口に説明をする。なにしろ8分間である。

私はアメリカの学校に行ったことがなく、英文学や歴史ならともかく、物理や数学の語彙が乏しい。でも、学習内容を理解するのが目的ではないので、適当に聞き、適当にメモする。

ベルが鳴ると次の教室に移動するのだが、その前に先生のところで名乗り、握手してから出る。

非白人は、1クラスに2~3名程度。長男は私と似ているらしく、「ああ、長男くんのお母さんですか。」とすぐわかってくれる。

懇談会ではないので、ほんの15秒程度。それでも、先生と言葉を交わすと、なんだか安心する。できの悪い長男については先生とのメールのやり取りもよくあるのだが、一度だけでも会っておくとやりやすい。

説明の間に、「みなさんとお子さんの名前、電話番号、メールアドレスを書いてください。」と用紙が回ってくる。オープンハウスに出席する親は教育熱心と見なされるのだろうか。電話番号もアドレスも9月の学年始めに提出済みだけれど、先生は記録を残したいらしい。

質疑応答の時間はほとんどない。時間があっても、質問する人はあまりいない。

ハイスクールともなると、希望に満ちたキンダーガーテンやエレメンタリーと違って、一種のあきらめというか、現実を受け入れるという空気が保護者の間に感じられる。

     *     *     *

校長やスタッフとの懇親と称して、カフェテリアにお菓子や飲み物が用意してあるのが常だが、私の口に合わないクッキーやブラウニー、コカコーラしかないし、早く帰りたい。寄らないで、車に戻った。

たったこれだけで、何の効果があるのかわからない。行くだけ行ってみたというところか。

本当に話ができるのは、何ヵ月後かの個人懇談会である。そちらはもっと参加率が低いらしいが、私は毎回、ほぼ全員の先生と予約を取る。それはそれで、英会話の練習みたいな気分になるのだ。

あとは、子どものスケジュールに従って校内を動くので、こんな感じで毎日やっているんだなという疑似体験ができることか。

     *     *     *

家に戻ると、長男が「どうだった? 先生に会った?」などと聞く。

もう先生方の名前を忘れてしまった。しかたないので、科目で言う。

「おかあさんは数学の先生がいいな。もうお孫さんもいるんだってね。ベテランだし、ぜんぜんあせってないし、説明がわかりやすかったわよ。いかにも数学が好きですっていう感じ。教えるのも上手そうだし。ああいう先生なら、私も数学ができたかもしれないなあ。」 

どの先生もまずまずの印象を受けた。あとは長男の努力次第。

それにしても、最新の Mac がずらりと並んだ Computer Graphics の教室。8センチはあろうかという、分厚いテキストの数々。大学のリサーチペーパーみたいな宿題。ついこの間、絵本を読んで3行の感想文を書いたり、九九を習っていたと思ったのに。

もう私が手伝えることはない。


<今日の英語>

Take it with a grain of salt.
うのみにするな。


FTC(連邦取引委員会)が、製品の評価をするブロガーがお金や品物を受け取っている場合はそれを明らかにせよというルールを作るらしい。「そんな規制は不要。どんなに賞賛されていても、消費者は話半分に聞くことが肝要だ。」という一意見が載っていた。

直訳は、一粒の塩を加えて食べなさい。塩気のないもの(信用できない話)はそのままでは食べられないことから。



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躁うつ病の波

2009.10.09 (金)



夫がわざとらしいくらい低めの小さい声で話す。眠れない、悲しい、落ち着かないとこぼす。

躁うつ病の「うつ」の方か。

もう半年も投薬をしているのに、なぜ未だにこんな状態なのかわからない。次から次へと別の薬を処方し(てんかんの薬まであった)、用量を変え続ける精神科医に不信感を抱く。

調べてみたら、躁うつ病の治療は長期戦で、個人差はあるものの、急性期治療に3ヶ月、継続期治療に6~9ヶ月、予防的維持に1年以上かかるらしい。とすると、夫はまだ治療の途中であって、症状がコントロールされているのではないのか。

わかったような、わからないような話だが、しょせん自分以外の人間の精神状態なんか理解できない。それが20年間も一緒に暮らしている夫婦であっても、同じことである。少なくとも、うちの場合は。

     *     *     *

私は10年以上前にうつ病を患い、今も薬を飲んでいるけれど、それでも気分が落ち込むことはある。

特に、秋の始まりがよくない。ひどいうつ病になったのがちょうど今の季節だったこともあり、これから寒い冬が来ると思うだけでどんよりする。

でも、自分の精神状態について夫に話すことはない。

ただし、姉はそれを知っているので、私が「落ち葉が散っててねえ…。」と話すだけで、「ちょっと、また言ってる。危ないよ。秋だから、しょうがないか。おいしいものでも食べたら?」と先手を打たれることがある。

抗うつ剤のおかげで、極端に落ち込むことはない。ただ、窓の外に赤や黄色や茶色の葉っぱがひらひら舞って、あれだけ緑の葉っぱを茂らせていた木々が枝だけになっていくいるのを見るとなんとなく悲しくなるだけ。

もともと季節性うつ病の傾向があったのかもしれない。

出かけたくないけれど、なるべくお日さまに当たったり、ビタミン剤を飲んだりしてみる。抗うつ剤の威力に比べたら、それらがどれくらい役に立つのかわからないが、なんとなく気休めにやってみる。

     *     *     *

夫は、毎日私に自分の体調やら精神状態やらを報告してくれる。私はどう返事したらいいのかわからない。

食欲がないと言いながら、ハンバーガーを2つ食べて、パンプキンパイを2切れ食べたのは誰? 悲しいというわりに、テレビを見て笑っているのは? ささいなことで、一人でののしったりするのはいつものこと。

私が最悪のうつ状態だったときには、何も食べられず、眠れず、じっと座っていられないくらい追い詰められた。だから、夫のことは「その程度でうつなの?」と冷たい目で見てしまう。

もうやめると約束したのに、ヨーロッパの支払い代行業者へのおかしなチャージがクレジットカード明細にいくつも出てくる。夫は、「躁うつ病のせいだ。」と言うが、私は単なる言い訳じゃないかと疑っている。9月後半からの3週間だけで12回もあった。合計350ドル。躁状態がそんなに続いていた様子はなかった。

     *     *     *

躁うつ病の治療をしないと、躁とうつの間隔がだんだん短くなり、症状も重くなるらしい。メンタルヘルスのサイトには、「周囲の理解とサポートが大事です。」と書いてある。

私にできるのは、夫がやりたいようにやらせることだけ(まあ、それにも限度があるけれど)。私が「大丈夫?」と心配顔をしても、どこかに無理があって、しらじらしい気がする。感情を言葉にする努力を怠った結果である。

いや、もともと他人に関心がないから、同情することもあまりない。努力してどうにかなる問題ではないのかもしれない。

夫の精神科医に、「奥さんも一度来てください。」と言われたら困る。「あなたがすべての問題の元凶です。」と分析されても、あながち間違ってはいないと思うから。

「じゃあ、どうすればいいんですか。」と聞いてみたい気もする。私が無理に自分を変えたら、今度は私の精神の均衡が破られるんじゃないんですか。私を守るのは私しかいません。


<今日の英語>

I think I'm coming down with something.
なんだか病気になりそうだ。

アレルギー持ちで気管支の弱い夫の一言。ちょっと体調がおかしいと、すぐこう言う(狼少年)。



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義父の衰えと convalescent home

2009.10.10 (土)



胆嚢手術のあと、リハビリをして自宅に戻っていた義父が、また病院に担ぎ込まれた。

夫が知ったのは、すでに退院してからのこと。継母のリンは、「生きるか死ぬかの問題じゃないから、わざわざ連絡する必要はないと思って。」 

家の中でも歩行器を使っていた義父が、キッチンのカウンターにあった果物を取ろうとして転び、頭を切ったのだそうだ。怪我の程度はわからないが、2~3日入院し、そのあとは convalescent home と呼ばれるリハビリ専門施設で1週間過ごしたらしい。

ナーシングホーム (老人ホーム)とどこが違うのか調べたら、convalescent home は病気が治ったら退院するのが前提で、nursing homeは死ぬまでそこで暮らすというものだった。日本語訳は、病後療養所。

リンは、義父の身体が不自由になったら老人ホームに入ってもらうと前々から公言していた。

義父より15歳も年下だといえ、彼女だって70歳。それに義父は洋ナシ体型で、小柄なリンには引っ張り起こすこともできないと思う。無理して共倒れになるのが目に見えている。

     *     *     *

入院や治療、リハビリ施設での支払いはどうなっているのだろう。

政府の Medicare (65歳以上向けの医療保険制度)か、義父が長年勤めた会社の退職者向け健康保険か、あるいは個人で入っている保険か。足らない分は貯金から出しているのだろうか。

長男である夫に金銭援助してくれという依頼は一切ない。


もともと義父は人に世話になるのが好きではない。私たちがカリフォルニアに行っても、義父がニューヨークに遊びに来ても、食事や観光の支払いはやらせてもらえないのが常だった。私は「早くレシートを取って。あなたが先に行って、みんなの分を払って。」と夫をせっついたものだ。

義父母が経営していた小さい会社でベンダーの支払いが遅れたことがあった。1ヶ月だけ5000ドル貸してほしいと夫に電話があって、私はすぐに小切手を送った。

義父がどういう人間かよくわかっていたので、ためらいはなかった。借用書もなにも要らない。1ヶ月以上でもかまわない。特に余裕がある時期だったのも幸いした。

義父とのやり取りは、すべて夫にやらせた。彼サイドの家族だから、私は介入すべきではないと思った。もし5000ドルが戻ってこなくても、それは夫のお金だから、どうってことはないのだ。

1ヶ月後、小切手を送ったという連絡があった。「助かったよ。ありがとう。少ないけど、利子を付けたからね。」と言う。そんなことしなくていいのに。

受け取った小切手には、充分過ぎる利息を加算した金額が書いてあった。20年間でたった1度のことだった。

     *     *     *

元気に長生きしそうだった義父も、80歳を過ぎてから弱ってきた。きっとリンに口止めしているのだろうが、夫や私に知らせないことが他にもあると思う。

3年位前からオムツをしている。それも、リンが私にそっと教えてくれた。「大きいほうがトイレでできなくなったら、ナーシングホームよ。」とリンははっきり言った。彼らの間でそういう話をしているのだろうか。

ナーシングホームに入ったら、もう出てこられないのだ。

そうすると、リンは gated community の素敵な家で一人暮らしか。彼女には娘が2人いて、1人はカリフォルニアだから、年老いたらそちらに引っ越すかもしれない。

うちの夫や彼の弟と暮らすことは、まずありえない。しょせんは血のつながりがないステップ・ファミリーである。それに、私は夫の継母と同居できるほど辛抱強くない。

私は一人でいるのが好きだし、子どもたちの世話になるよりは老人ホームに行きたい。

でも、ビンゴ・ゲームや工作や体操なんかをやらされるのはいやだな。「そういうことには興味がないので、自分の部屋で本を読んでます。夕食には顔を出します。」と断ろうか。アメリカの老人ホームの夕食って何が出るんだろう。「引きこもってると、ボケますよ。」としつこかったら、「引きこもりは今に始まったことじゃないですから。ほっといてください。」と言って顰蹙を買うのだ。

私より夫の老後が先に来るのだが、どっちにしても先立つものが必要である。夫が長生きしすぎて、私の分の老後資金が目減りすると困るなあと、また勝手なことを考える。


<今日の英語>

Don't you think that's a little premature?
それはちょっと時期尚早だと思いませんか?


オバマ大統領のノーベル平和賞受賞についての、あるアメリカ人のコメント。まだ具体的な功績はないし、だいたいイラクとアフガニスタンで戦争をしている国の現職大統領ですよ。



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アメリカの老人ホームのメニュー

2009.10.10 (土)



アメリカで老人ホームに運良く(?)入れた場合、どんなものを食べさせられるのだろうと思って、調べてみた。

たとえば、こんなメニューが見つかった。他も似たり寄ったりである。

朝はオートミールかシリアル、オムレツかスクランブルエッグ、パンケーキとベーコン。昼はポットロースト、スパゲティミートボール、チキンカツレツ、ステーキ。付け合せはじゃがいも、ゆで野菜、サラダ。夜はスープとサンドイッチか、チーズマカロニ。

昼食を一日のメインの食事にしている施設もある。肉が多い。魚(サーモンのグリル、オーブンで焼いた白身魚、フィッシュ・パイなど)は金曜日だけ。どこもデザートは毎日あるけれど、果物以外は期待できない。

今後ベビーブーマーの入居が増えたら、ベジタリアンメニューやお寿司を出してくれないだろうか。このままでは、白米やしょうゆや味噌がきっと恋しくなる。


     *     *     *


カリフォルニアにある「敬老引退者ホーム」は日系人のための施設である。2005年のルポに詳しいことが載っていた。

1日3度の食事つきで、そのうち少なくとも1食は日本食。ある日のメニューとして、これが紹介されていた。

朝食: ハワイアンブレッド、ベーコン、ポテトナゲット、梨とプルーン。選択メニューは、スクランブルエッグ、オートミール。

昼食: 大根の田楽、バーベキュー・ミートボール、ご飯、きゅうり入りグリーンサラダ、ボストンクリームパイ。選択メニューは、豆腐、うどん、焼き魚、チキン。

夕食: カツ丼、もやしの味噌汁、きゅうりの漬物、フルーツ。選択メニューは、豆腐、サルスベリーステーキ、サバ味噌、ピザ。

なるほど、さすが日系。夕食の選択メニューがなんとも言えない。


     *     *     *


当時のデータによると、124部屋が常に満室で、スタジオで2年以上、1ベッドルームでは4年以上の順番待ちだそうである。60歳から入居資格があるというが、今から申し込んでも、私が入りたい頃には待ち期間がさらに延びていると思われる。

毎月の料金は、スタジオに1人で住むと1570ドル、1ベッドルームに1人で住むと1800ドル、2人で住むと2100ドル。今ならもっと高いはずである。

食堂の席は決まっているんだそうだ。共通点は日本人であることだけという、ぜんぜん気が合わない(かもしれない)人と隣り合わせになって、1日3回食事をするのか。

偏食で協調性のない私には、困った老後が待っている。

「特に高齢者にとっては、食事の重要度は高い。どんなに海外生活が長くても、高齢になれば日本食が恋しくなるというもの。」とルポライターが書いている。

私は、活字とパソコンと猫のほかには、食べ物くらいしか楽しみがない。高齢でなくたって、日本食は恋しい。

【追記】 米国内の日系高齢者施設リスト

【関連記事】
アメリカでの老後 2009.06.15



<今日の英語>

I feel limp as a dishrag.
よろよろだよ。


お腹の調子が悪いという夫の一言。dishrag (布巾)みたいにぐにゃっとして力が入らない様子。



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愛人ごっこ その59

2009.10.11 (日)


(前回その58の続き)

子どもたちのキャンプが2週間で終わると、しばらくパヴェルの顔を見られなくなった。たまにかかってくる電話でも、人目があってあまり親密な話はできない。声を聞くと、余計に会いたい気持ちが募った。

それでも、夏の終わりは確実に近づいてきて、サマーキャンプは終了し、海外から来たカウンセラーのほとんどはアメリカ国内や中南米の旅行に出かけた。残っているのは、パヴェルとトーマス、それにやはり旧共産圏からの女の子2~3人だった。

彼らは、年間を通して活動している施設の方で、引き続き働くことになっていた。キッチンやプールだけでなく、人手が足らないところを何でも手伝う。どれくらい給料をもらっていたのか知らないが、彼らの本国より稼いでいたのは明白だった。

・・・

アメリカの学校が始まる前に、パヴェルは何回か家にやって来た。

午後から来て、子どもたちと遊び、パソコンを使い、夕食を食べ、テレビを見て帰る。あるいは、一晩泊まっていく。

もちろん、私が送り迎えをした。2人だけになれるのは、車の中だけだった。私たちは周囲を確かめてから、ためらいがちに唇を重ねた。

「今日は呼んでくれてありがとう。」

「今度はいつ来られる? 電話してくれたら、迎えに来るわ。」

「アメリカ人のスタッフが休暇を取るみたいなんだ。ぼくの休みはそのあとかな。でも、どうしても会いたいときは休むよ。」

「それは学校が始まるまで取っておいたら? 夏休みが終わらないと、子どもたちがずっと家にいるから。主人も同僚や上司が入れ替わりで休んでいて、家で仕事する日もなんだか多いし。最近は出張もないのよ。一時期はあれだけ東南アジアに出かけていたのに。」

パヴェルは何も言わずに、手を伸ばして私の身体に触れた。

暗がりであっても、車の中では愛撫までにとどめておいた。去年の最後の夜みたいに、車の中でやるのは私の気が進まなかった。パヴェルもそれを知っていたと思う。

・・・

彼は一度だけ自制心を失った。

夕食が終わり、夫が遊びつかれた子どもたちを寝かしつけていたとき、私とパヴェルは2人だけでリビングルームにいた。

夫がしばらく戻ってこないのをいいことに、私は身体をパヴェルに押し付けた。彼は私を抱きしめ、飢えたようなキスをした。お互いの身体を探りながらも、耳は2階の方に集中していた。

「夜はだめだね。」

「どうして?」

「だって、いつもご主人がいるから。彼がいるのに、あなたとセックスするわけにはいかない。」

「でも、したいんでしょう。」

「もちろん、そうだけど、我慢する。」

「そうね。やっぱり、そうしたほうがいいと思うわ。」

・・・

夫が階段を下りてきた。

「私も疲れたから、もう寝るわ。明日の朝はパヴェルを送っていかなくちゃいけないし。」

「ぼくも明日は早いけど、ちょっとだけパヴェルと話をしてから休むよ。」

2人をリビングルームに置いて、私は寝室に引き上げた。

眠りに落ちて、それからどれくらい時間が経ったか。私のドアをかすかにノックする音と、夫の名前を呼ぶパヴェルの囁き声が聞こえた。

(次回その60に続く)



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愛人ごっこ その60

2009.10.12 (月)


(前回その59の続き)

私はハッとして飛び起き、ドアを開けた。

「パヴェル、どうしたの。パソコンが壊れたの? 主人はこの部屋にはいないのよ。」

彼はドアの隙間から体を滑り込ませて、私の寝室に入り、ドアを後ろ手に閉めた。私は黙って鍵をかけた。

「あなたに用があるんだ。ご主人じゃない。」

「私たちは別々の部屋で寝てるって、言ったでしょう。」

「それは聞いてたけど、万が一ここにいたとしたら、ぼくがあなたを呼ぶと怪しまれると思って。」

もし本当に夫が私と同じ部屋にいたら、どうするつもりだったんだろう。真夜中に起こさねばならないほどの用事なんか、ありはしないのに。

パヴェルは私を抱きしめると、「今日は我慢するって約束したのに。眠れないんだ。どうしてもほしくて。あなたが。」

彼は自分の欲望に負けて、夫が同じ屋根の下にいるのに、私の部屋に忍び込んできた。性欲が理性を押し退け、彼を突き動かしたのだ。空恐ろしいと思った。

でも、彼を追い返す気にはなれなかった。

「主人は、起きないと思うわ。」

・・・

私たちはそっとベッドに入った。パヴェルは私をせわしなく刺激し始めた。一刻も早く、私が彼を受け入れられるように、そして自分をこの欲望から解放するために。それでいて、「もし見つかったらどうしよう。ぼくはなんてことをしているんだ。」と呟いた。

「見つからないわ。鍵もかかってるし。万が一の場合は、ベッドの向こう側に隠れることね。」

私には、夫は起きないという妙な自信があった。恐怖心や罪悪感はなかった。それより、早くことを済ませなければと考えていた。

彼の我慢の限界が来ていたので、その点は心配無用だった。私たちは声をあげないように、音を立てないように、いつもと違う緊張と興奮に刺激されて交わった。彼は崩れ落ち、私は取り残された。これは、彼のためだけの行為なのだ。

「ありがとう。ごめん。」

「そんなこと言わなくていいの。すぐに出て行かなくちゃ。」 私はせっかくパヴェルの希望をかなえてやったのに、彼がここで発見されるのは嫌だった。

彼は急いで服を着ると、私にキスをした。そして、また「ありがとう。ごめんね。」と囁いて、ドアの向こうに消えた。

・・・

目が冴えてしまった私は、たった今のできごとを反芻した。

私とパヴェルは、いつからこんなに大胆になったのだろう。夫は本当に眠っていたのか。パヴェルはなぜあんな危険を冒したのか。

若いオスの体に潜む原始的なもの。彼は、私が彼を拒否しないと本能でわかっていたに違いない。

やることだけして立ち去った彼を単純でかわいいとすら思ったが、それと同時に寂しくもあり、欲求不満にさせられた不快感も私は自覚していた。でも、受け入れたのは私の選択なのだから、彼を恨むのはおかしいのだ。

(次回その61に続く)



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洗濯物を外に干す権利

2009.10.12 (月)


NYタイムズに、洗濯物を外に干すことの是非に関する記事が載っていた。

一般論として、アメリカではあまり洗濯物を外に干さない。うちの近所はどの家にも乾燥機があって、天候に関わらず、機械で乾かす。あんなに乾燥しているカリフォルニアの家でもそうだった。

地下室に干しているお宅を見たことがあるが、太陽の光が当たらないし、なんだかカビ臭くなるのではないかと気になった。

clotheslines (物干しさおではなくて、縄跳びみたいなナイロンの紐)や clothespins (洗濯バサミ。日本のより長い)はスーパーに売っている。洗濯洗剤のコマーシャルでは、戸外に張った紐に白いシーツがはためいたりする。でも、ふだんはほとんど見かけない。

ここも田舎だが、もっと田舎に行くと、木と木の間にロープが張ってあって、洗濯物が干してあるのに出くわす。珍しいというか、懐かしい気持ちになる。

うちの子どもたちは、洗濯物を外に干した経験がない。それこそTVや絵本で見るだけだった。

だから、私の実家で母が物干し台に上がって洗濯物を干すのを不思議がった。屋根が見えるので、遊び半分で上ったり下りたりした。そして、乾いた洗濯物に触って、「わー、パリパリしてる。」と笑った。

     *     *     *

私の住む町で、洗濯に関する条例が取り沙汰されたことはない。

ご近所は一戸建ての集まりで、homeowners association (住宅所有者組合)のような監督機関はないから、自粛しているのだ。敷地は広いし、裏庭が見えない家も多いが、外に干すのは皆が躊躇していると思われる。

実際、外に運んで一枚ずつ干すより乾燥機に入れるほうがずっとラクだし、天気に影響されない。柔軟シートでふんわり仕上がる。

私は乾燥機が好きである。

洗濯機が洗ったものを放り込んでスイッチを押すだけで、一仕事した気分になる。ついでに、たたんで仕分けする機能があれば、言うことなし。

鳥や鹿、リス、ラクーンなど、野生の動物に汚されたり、花粉や土ぼこりがついたりする心配もいらない。家事の省力化という観点からも、アメリカでは乾燥機に軍配が上がるのは当然か。

洗濯物を外に干せない理由として、「誰かに盗まれるから。」という人がいる。下着泥棒ではない。おそらく、人の裏庭に忍び込んで、シーツでもシャツでもよさそうなのを頂戴していくのだろう。私にはそういう発想は出てこない。

アメリカでも開拓時代はもちろん、乾燥機が普及する前は外に干したはずなのだが、いつの間にか「洗濯物が庭にはためいていると、景観を損なう。」と批判されるようになった。また、外に干す人は乾燥機も買えない低所得者という偏見がある。さらに、そのせいで不動産価値が下がってしまうと論じる人もいる。

     *     *     *

ところが、最近のエコロジー・ブームと不況のために、外に干すことを見直す機運があるらしい。

NYタイムズによると、外に干すのを禁止した地方の条例を州政府がくつがえす所が増えているという。

去年はコロラド、ハワイ、メイン、バーモントの4州で、またフロリダとユタではそれ以前に、「洗濯物を外に干す権利」を保護する法律ができた。乾燥機は家庭の電気消費量の少なくとも6%を使うという、環境問題への配慮を理由に挙げている。

でも、「そんな細かいことに州政府が口を出すな。」という反対意見も出たりして、一筋縄ではいきそうにない。窓の外には木々や花を見たいのであって、他人の下着なんか見たくないと主張する人もいるのだ。

「洗濯物を外に干すなんて、ごくささいな問題に見えるが、これには個人の権利、私有財産、階級、美観、環境といろんな問題がからんでくる。」と、アメリカでの洗濯物論争をテーマにしたドキュメンタリー映画を作ったスティーブン・レイク氏(イギリス人)が述べている。

かなり昔、日本で近所のピアノの音がうるさくて人を刺し殺したという事件があったが、去年ミシシッピ州では洗濯物が引き金となった殺人事件が起きた。「外に干すな!」と何度も苦情を言うのに嫌気がさした男が、相手を撃ち殺したのだそうだ。

そこに至るまではいろいろあったのだろうが、洗濯物で殺されてはたまらない。


<今日の英語>

They should throw the book at him.
彼を重く罰するべきだ。

32年前の13歳の少女に対する暴行容疑で身柄を拘束されたロマン・ポランスキーについて、夫のコメント。この book は法律の本の意味。実際に本をぶつけるのではなく、法律を厳しく適用せよということ。



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真夜中の轟音

2009.10.13 (火)


うちの周りは一日中ひっそりしている。朝や夕方は通勤の車が何台か走り去り、昼間は芝刈りや落ち葉集めのモーター音が聞こえる以外は、しーんとしている。犬の吠える声がたまに遠くで聞こえるくらいか。

住宅が並んでいるけれど、それぞれの敷地が広く、木々に囲まれている。タイミングを逃せば、何ヶ月も隣人に会わなかったりする。

人付き合いがめんどくさい私には、まことに快適な環境である。

1年に数回、その静けさを破る大音響がする。

昨夜がそうだった。私の眠りは深いのだが、それでも「ドッシーン!」は耳に届く。またかと思って、そのまま眠り続ける。

朝、ベッドルームのブラインドを開けると、案の定、大きな木が倒れていた。バキバキッ!やメリメリッ!は無くて(聞こえないだけかもしれない)、いきなりドッシーンと轟音が来るのだ。なぜか、真夜中が多い。

falltree1


今回の倒木現場は前庭。道路から深い林があって、そこから前庭の芝生、さらに家へとつながっている。芝生と林の境目の辺りだった。

写真では細く見えるが、これでも両腕で抱えきれないくらい太い。弱っているから倒れたはずなのに、重くて私1人ではびくともしない。

子どもを産んでおいてよかったと思うのは、こういう時である。長男は宿題がどうのこうのと言い訳を並べ立てたが、次男は案外こんな仕事が好きだ。

「のこぎり、ない? ぼく切るから。」

「あれじゃ切れないって。」

それでも、なたをガレージから持ち出して、弱そうなところに打ち下ろし始めた。ヨロヨロとほんの少し幹を削ったくらいで、もうゼーハーゼーハーと喘ぐ。

とにかく、もう少し森の中へ移動させようと2人でやってみたが、半回転もしない。また日を改めて、長男も入れて3人でどうにかすることにした。(夫はやる気がないので、最初から数に入れない)。

     *     *     *

ここは原生林を切り開いた土地なので、家とドライブウェイ、前庭、裏庭以外には、昔からの木がそっくり残してある。

道路や他の家から見えないようにしたかったため、うちは他の家よりも木が多い。特に夏は葉っぱが生い茂って、ほぼ完全なプライバシーが保てる。秋冬でも、道路から距離があるので、枝の間から家が透けて見える程度である。

死ぬまでこの家に住んでもいいなと思ったのだが、メンテナンスが大変なのだ。芝生はもちろんのこと、木がこんなにやっかいだとは思わなかった。

15年間の間に、何度か木を切り倒してもらった。根っこが腐っていたり、家に近すぎたり、大きくなりすぎたり、そのままにしておいては危ないからだ。

最初に見積もりをもらったとき、1本500ドルだった。私は聞きまちがえたかと思った。じゃあ、4本切ったら、2000ドル?日本に2往復できる金額じゃないの。その後、もっと大きい木を頼んだら1本800ドルだった。

切った木は粉砕して wood chips にしてもらい、植木の周りにまけばいいのだが、それも重労働(チップスを運んで広げるのは、切り倒し代に含まれないので、私たちがやらねばならない)。

     *     *     *

モノが捨てられない夫は、木を切り倒すのも消極的だ。業者が切り倒したほうがいいですよと言ったのに、ケーブルでつないで保たせているのが2本ある。見るたびに気が気ではない。

嵐のあとに大きい枝が落ちていると、ヒヤリとする。庭を一回りして、これは倒れたとしても角度からして森の中へ倒れるだろうとか、これは木の幹がはげてきてるから危ないかもしれないとか、素人なりに判断する。

大きい木には、それなりに特別なトラックやクレーンが必要だし、500ドルは妥当なのだろうが、痛い出費である。切り株以外なにも残らないので、やけに損した気分になる。

だから、昨日みたいに、自分でうまく倒れてくれるとありがたい。

木の根元が残ってしまってみっともないが、まあほっておけば、そのうちくずれてくる。弱ってきたら、なたでもつるはしでも使って、削ることができる。

そんなことをしながら、「東京でアパート暮らしをしていたときは、作業ブーツを履いて森の中でこんなものを振り回す自分は想像できなかったな。」と、時折 感慨にふける。


<今日の英語>

I feel the weight of the world is off my shoulders.
大変な肩の荷が下りた感じです。


NYのコンドミニアムを売って、賃貸アパートメントに引っ越した女性の一言。これまでは、細かいルールに従わなくちゃいけなかったし、共有部分の修理でかなりのお金を徴収されるのが大きな心労でした。それが消えて、すっかり気楽になりました。



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どうしてぼくのことを聞いてくれないんだ?

2009.10.14 (水)


私はいつまでたってもアメリカ風の振舞いが苦手だ。

スーパーでレジ係にハーイとにこっとしたり、初めて会った人に握手をしたりするのはさすがに身についた。でも、ハグやキスは20年経ってもぎこちない。

人付き合いの悪い私なので、せいぜい夫の親戚か、ご近所または夫の数少ない交友で特別に親しい人だけが相手なのだが、それでも身構える。ぜんぜんサマになってない。キスは air kiss さえまともにできない。

それでも、久しぶりに電話で話したり、会ったりすると、How are you? How have you been? How are you doing? という社交辞令はさらりと言える。

補習校を辞めてから、数ヶ月に1回だけ日本人と会う。アメリカに長く住んでいる人の中には、私に抱きつく人もいる。ハグがうまいなあと感心する。

日本人同士でハグするのは、傍から見ると不自然、あるいは無理をしていると受け止められるかもしれない(夏に日本に行ったとき、ハグは見なかった。都会では違うのだろうか)。

そういう風習をモノにした人が、ここはアメリカで、私もアメリカ生活が長い永住者だからという判断でハグしてくるのだ。

突っ立っているのも悪いので、私も相手(たいてい女性。男性もたまにいる)の背中に手を回して、ギュッとやってみる。さすがにキスはない。

     *     *     *

外向けにはなんとか調子を合わせている私だが、夫にはそんなことはしない。キスどころか、ハグもしない。子どもにも、赤ちゃん時代を過ぎたらしなくなった。

そのへんは夫もわかっているはずなのだが、たまに私に不満を言う。

きみは、ぼくの調子がどうだか、ぜんぜん聞いてくれないね。

それは正しい。

なのに、夫のほうは毎日3回は私がどんな気分か、何をやっているのか尋ねる。私はそれがうっとうしいとすら思っているのだ。

(どうって言われても、別に何も。普通です。取り立てて言うことはありません。)

頭が重かったり、肩や腰が痛かったりすることはあるけど、いちいち報告する気になれない。本を読んだり、ネットをしているときに、何をしているのかを(英語で)説明したくない。

How are you today? などは単なる挨拶だと思ったが、子どものときからずっとそれを言われている人には、もっと意味のあるものなのかもしれない。

不満そうな夫に、私は告げた。

「でも、私は子どもたちにもそんなこと言わないし、姉にだって聞かない。元気?なんて聞かなくても、声の調子でわかるもの。つまり、あなただけに聞かないんじゃなくて、誰にでも聞かないのよ。

夫はハッとした顔をした。

自分だけのけ者にされているとか、私が関心をもってくれないとか、考えていたのだろうが、私はそこまで器用ではない。夫は、そういう人間と結婚し、20年間一緒に暮らしているという事実をいつになったら受け入れるのだろうか。

     *     *     *

こんな会話は初めてではない。いいかげんに気がつくとか、あきらめるとかすればいいのだが、何ヶ月か経つと、また同じことを言い始める。

しょうがないので、How are you feeling today? と聞いてあげると、お腹はいいけど眠れないとか、変な夢を見て疲れているとか、落ち込んでいるとか答える。

それで私にどうしろと言うのだ。

「まあ、大変ね。薬飲んだら? もう少し寝たら?」くらいしか言いようがないではないか。ポジティブなことだって、「まあ、よかったわね。」で終わってしまう。

夫は「ぼくだって誰かに言いたいんだ。猫に話すわけにいかないじゃないか。」と言って、立ち去った。

あら、私は一日じゅう猫に話してるけど? 

いいことも悪いことも、楽しいことも頭にくることも、なんでも猫に日本語でしゃべる。猫が理解できなくてもいいのだ。いや、理解できないからこそ、いいのである。最高の聞き役になってくれる。

そういえば、私は猫にだけは、「今朝はどこ行ってたの?元気?今日は鼻が濡れてる?」とか「どうして缶詰食べないの?(妹猫は気まぐれ) 食欲ないの?」などと、こまめにお伺いを立てている。でも、私は言いっぱなし、猫は聞きっぱなし。

猫のほうも「お腹すいた。遊んで。ドア開けて。」くらいしか要求しない。

夫のように、聞いてほしい、同情してほしい、関心を持ってほしいなんて、めんどうなことはない。アメリカ人同士の夫婦だったら、お互いに毎日そんなことやってるんだろうか。やろうとしなくても、「おはよう」の感覚で自然に口をついて出て、ついでに「かわいそうに」とハグするんだろうか。

夫は私を変えることはできないので、この次はアメリカ人の奥さんをもらってもらうしかない。


<今日の英語>

It's about time we put it to rest.
もうこの件を収めてもいい頃です。


学校の改築予算がやっと通った。賛成派の人が「20年間も論争してきましたが、今回の投票で承認されたのだから、もう終わりにすべき時期に来ています。」とコメント。



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すごく迷うなら、たぶんどっちでも同じ

2009.10.15 (木)


私が愛読している日経ビジネスに、「ロジカルシンキングの達人になる」という連載がある。

ビジネスマン対象のコラムを、ぐうたら専業主婦の私が読んでどうしようというのでもない。ただ楽しみで読む。

先日は「あれもこれもできる!時間倍増の秘訣」というテーマだった。

     *     *     *

私は済んだことをああでもない、こうでもないと振り返って悩むことが多かった。

特に、日本人の集まりに参加したあとは、なまじ日本語の細かいニュアンスがわかるために、「あのときこんな言い方してよかったかな。あの人がああ言ったのは、どういうつもりだったのか。」などと気になった。

疲れる会合に出るのは止めて、そういうことは減ったが、今さら変えられないことにどれほど時間を費やしたかを考えるだけで、もったいなかったと思う。

年とともにたいてい吹っ切れるようにはなった。でも、優柔不断は性格なので、なかなか直らない。

卑近な例で言うと、アメリカでスーパーに行くとする。りんごが山積みになっている。できるだけ傷のついていない、新鮮でおいしそうなりんごを選びたい。そう思って、手に取ったりんごを引っくり返して点検する。

こちらでは、傷がついていたり、一部変色していても、普通に売りに出ている。日本に手に入るようなりんごを買おうと思うと、やたら買い物に時間がかかる。そんなことだから、よけいに出かけるのがいやになるのである。

子どものアスレチック・パンツをオンラインで買うにも、ダークブルーとロイヤルブルーのどっちがいいか、何十回もクリックしてまだ決まらない。子どもはどっちでもいいと言うのに。

先述のコラムに「どちらにしようかとても迷うなら、きっとどっちでも一緒」という言葉があった。

迷うことに時間をかけるより、どっちかに決めてしまって、選んだほうを成功させることに時間をかけるべきだというのである。

確かにどれだけ時間をかけても、持ち帰るりんごは似たり寄ったりだし、服装にこだわらない子どもたちにとっては、ロイヤルでもダークでも単なる青なのだ。

     *     *     *

時間だけはたっぷりある私は対象外なのだろうが、生産性を挙げるためのコツも書いてあった。

「忙しいからできない。」という人の本当の理由は、時間ではなくて、そのことに対して自分の気持ちが強くないからだという。

私は「時間がない。」という言い訳は使えない。単に、やる気がないからやらないのだ。しかも、それが許される環境にあるという最悪のパターン。

コラムの著者は「アクセルを踏む・ブレーキを放す」という例えで、どうしたらやれるようになるかを説明している。なるほどと思うが、家事は、進歩が見える・評価される・金を払う・名誉がかかっている類のものではない。

私の場合、家事ではアクセルが踏めそうにない。でも、目標を小刻みにするなど、ハードルを下げることは可能かもしれない。

「今日は絶対これだけはやる。」ということを1つだけ決めて実行するのはどうだろうか。

それさえ終われば、あとはどうでもいい。他の用事はすべてオマケと考える。

1つだけというのがミソである。つい欲張って、3つも4つもやることを決めると、2つできても達成感がなく、すぐに挫折する(私の場合)。そして翌日以降、何もしないで終わってしまう。一番やるべきことには、ほとんど手をつけないまま。

とりあえず、今日の唯一の目標はIRA(個人退職金口座)の件で投資会社に電話すること。

これはもう4ヶ月も先延ばししてきたのだが、今年度中に片付けないと税金に影響する。それはずっとわかっていたのである。わかっていてもほったらかしておいたという横着さ。

そうだ。こうやってブログに宣言するのも、動機付けになる(かもしれない)。

【追記: 電話完了。書類再送付。もっと早く行動すればその必要はなかった。】


<今日の英語>

They are taking no prisoners.
彼らは徹底的にやるつもりです。


飛行機のエンジンに吸い込まれて甚大な被害を起こす Canada geese (ガンの仲間)を捕獲するために、公の機関がNY周辺で活動している。「一羽でも多く捕まえるのが目的で、そのためには積極的に行こうということです。」というレポーターの一言。元の意味は、「捕虜を取らない」。つまり、捕虜にするのでなく皆殺しにする。



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愛人ごっこ その61

2009.10.16 (金)



※ これまでの話(その1~60)をカテゴリから番号を選んで読む。

(前回その60の続き)

翌朝まだ夫が起きないうちに、私はパヴェルを送って行った。

私たちの間にはまた1つ秘密ができていた。夫が寝ている家で私たちが関係を持ったということは、紛れもない事実なのだった。

「昨日はごめん。もう二度としないから。」

「そうね。昨日はラッキーだったと思うわ。もう少し慎重にやらないとね。もし主人が起きてきたら、どうするつもりだった?」

「何も考えてなかった。あなたがほしい。それだけしか頭になかった。恥ずかしいよ。」

そこまで彼に求められたことは私の自尊心をくすぐったが、彼の欲望を満たせるなら誰でもよかったのだろうかという考えがよぎった。

それからは、夫が家にいるときはパヴェルを刺激しないように気を配り、私だけ早めに寝室に引き上げるように心がけた。

私は、まだパヴェルとの関係を断ち切るつもりはこれっぽちもなかった。

・・・

現地校の新学期が始まって、やっと私は子どもたちから開放され、日中は一人で過ごせるようになった。

毎週1回くらい、午後早くパヴェルを迎えに行き、2人だけで逢瀬を楽しむ。

まだマンネリという雰囲気はなかったが、彼はときどき違うことをしてみたいようだった。私は、それよりもキスや愛撫で彼と体を触れ合っているだけのほうが好きだった。性交が終わると、ベッドでの時間も同時に終わるような気がして、交わるのはなるべく後にするために、彼をじらせた。

終わるとシャワーに入って、服を着て、何事もなかったかのように、キッチンに下りていって話をする。

彼はベラルーシに帰ったときに出会った女の子の写真があると言って、パソコンを開いた。ちょっとけばけばしい化粧をした若い女の子だった。Tシャツの下にはちきれそうな乳房があった。ホテルの一室で写したのだろうか。

「かわいい娘さんね。ホテルに行ったの?」

「うん。ホテルといってもすごく安いところがあるんだよ。すごく積極的な子でね。ぼくのことが気に入ったんだって。他の写真も見る? ちょっと危ないのもあるけど。」

クリックすると、彼女の裸体が出てきた。恥ずかしそうな様子はまったくない。そして、彼女の体に反応したらしいパヴェル自身の写真もあった。お互いの写真を撮り合ったのか。ポルノグラフィというには、彼女の笑顔が自然過ぎた。

「まあ。こんなこと、してたのね。」

「彼女はいい子だったし、セックスもよかったけど、それっきり。写真を送るよって言ったんだけど。」

「こんな写真をメールしちゃだめよ。どこへ流れるかわからないし。」

「うん。わかってる。こういう写真を撮ったのは初めてだったけど、おもしろかったよ。」

私は自分の美しくもない裸を写す気はさらさらなかった。でも、彼がこの若い娘の裸を写し、パソコンに保存していることに嫉妬した。

この娘は誰とでも軽く寝てしまうような子なのだろうか。そんなのにパヴェルがひっかかったのかしら。へんな病気をもらわないといいけれど。

私とパヴェルが一緒に過ごすのは短い夏の期間だけだったし、私たちの間には現在も将来もコミットメントのない関係なのだから、独身のパヴェルはいくらでも遊んでいいのだった。

彼が特定の恋人に身も心も奪われ、のろけ話を聞かされるよりは、そっちの方がずっといいと思った。

(次回その62に続く)



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「気球騒動」と恥の概念

2009.10.17 (土)


昨日、コロラド州で6歳の男の子が気球に乗って行方不明という事件があった。

私はNYタイムズの速報で知ったが、その後はラジオやテレビでも逐一報道されて大騒ぎだった。3時間後に発見された気球に誰も乗っていなかったため、捜索続行。夕方6時になって、男の子が自宅の屋根裏から姿を現し、一件落着した。

朝日新聞でも短い記事が載っていたので、世界中で報道されたと思われる。

外国の、しかもハッピーエンドで終わったニュースだから、その程度の扱いなのだろう。アメリカで詳細な報道に接した私は、ニュースはうのみにしてはいけないなと久々に思った。

もちろん外国にいてもネットで当地のニュースはいくらでも入手できるが、言葉の問題もあり、やはり自分に影響のあるニュースのほうが大事。気球騒ぎのような事件は、あっさりと読んで終わるのが常ではないだろうか。

私は日本のニュースを毎日ネットで読むが、おそらく概要しかつかめていないと思う。いろんなサイトでじっくり情報を集めることもないし、週刊誌も購読していない。住んでいないと情報量が違う。第一、関心が持てない。だからニュースの上っ面しか把握できない。

完璧で公正な報道はありえないから、真実を知るのは難しい。

それにしても―。

     *     *     *

今回の気球騒ぎについては、かなり早いうちから、「これはでっちあげではないか。」というコメントが現れた。

気球に詳しい人が、6歳の男の子が空に浮かぶためには、バルーンの大きさやヘリウムの量はこれくらい必要だと計算式を書いて、写真で見る限りこの気球ではありえないと説明していた。

そのうち、この一家は Wife Swap というアメリカのリアリティー・ショーに出ていたことが発覚した。

2家族の奥さんが、何週間かお互いの家で相手の夫・子どもたちと生活をするという番組だそうだ。極端に違う家のほうがおもしろいだろうから、当然そういう人たちが採用される。

TV出演について報じたレポーターが、「奥さんの Mayumi は」と言ったとたん、私は「まあ、日本人!?」とぎょっとした。

私のような引きこもりには、テレビに出るなんて大金を積まれてもご免こうむりたいのに。自ら応募して Wife Swap に出たのだろうが、それが本人の意思なのか、ご主人に強制されたのか。日系アメリカ人かとも思ったが、ネイティブ・スピーカーの英語ではなかった。

     *     *     *

そんなことを考えていると、次々とこの一家についての話がメディアに載る。Youtubeビデオも流れた。

初めて見たが、唖然とした。モザイクやビープ音をかけなければならない粗暴な言動。夕食を投げ合う子どもたち。自分たちは宇宙人の末裔だと話し、竜巻を追いかけるという危険な趣味に子どもを同伴する夫婦。口汚く、物を投げつける夫。

視聴率のためのやらせかもしれないが、いやはやこういう人たちと知り合いでなくてよかったと思う。

私は子どもたちがよくない言葉を使うと、その場でたしなめる。「今の言い方は何?」 Fワード(これは使用不可なので子どもたちは言わない)でなくても、相手を馬鹿にしたりこきおろしたりする言い回しはある。兄弟間でもそれは見過ごせない。食べ物で遊ぶのは、小さい頃から厳禁。

適当な子育てをしている私でも、譲れないところはあるのだ。

良識のある人なら、この一家を見ただけで、アメリカ人と結婚してアメリカに住んでいるアジアの女性がみんなこんなものだとは思わないだろうが、メディアが知らない間に偏見を植え付けるところが怖い。

     *     *     *

夜のネットワーク・ニュースでも取り上げられ、家族が自宅の庭で報道陣に囲まれた映像が流れた。見つかってよかったと繰り返す自称科学者の父親に、レポーターが捜索について質問したのだろう。取ってつけたように「警察の協力に感謝している。」 母親は「奇跡です。」とトンチンカンな返答。この事件のどこが奇跡?

久々におもしろいニュースだった、子どもが無事でよかったと喜ぶ人がいた反面、捜索費用はこの夫婦に請求すべきだとか、こういう無責任な親から子どもたちを保護するべきだという批判も多数あった。

私は、なぜこのお母さんは謝らないのだろうかとまず思った。

日本的な感覚が抜け切らない私は、「お騒がせして申し訳ありません。」という一言と頭を下げる姿を期待してしまうのだ。

それをヘラヘラとカメラの前に一家揃って並び、いくら子どものしたこととは言え、どれほど迷惑をかけたかをまったく気にしていない様子が情けない。

謝る=罪を認めるという図式が頭にあるのだろうか。

いや、上の子どもが弟が気球に乗って飛んでいったと伝えてから、30分も経ってまずテレビ局に電話をし、それから警察に捜索を依頼したという父親である。悪いことをしたとは思っていないのかもしれない。むしろマスコミに騒がれて本望か。

このために、コロラド上空では飛行機の運航が変更され、本当に助けが必要なところへ向かえたはずの警察・救急要員が無駄な捜索に回された。人件費やヘリコプターの使用料だけでも莫大である。

事件のあと、CNN のインタビュー番組で、どうしてみんなが探しているのを知りながら屋根裏から出てこなかったのかと聞かれて、6歳の当人が「だって、これはテレビのためだって言われてたから。」とポロリ。

両親は必死でフォローしようとしたが、コメント欄を見る限り、完全にほされた模様である。

あー、恥ずかしい。


【追記: 警察の強力→協力に修正しました。変換ミスのご指摘ありがとうございます。他に見落としがありましたら、ご連絡ください。】

<今日の英語>

It was clearly a hoax.
明らかにでっち上げだった。

何時間も気球に乗っていたはずの少年が、自宅の屋根裏から発見されたことを受けて寄せられたコメント。悪ふざけもいい加減にしてもらいたい。



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未亡人クラブ

2009.10.18 (日)


母は、15年ほど前から女学校の同窓会をやっている。

子どもが家を離れ、祖父母が他界した頃から、地元に残っていた仲のよい数人で食事会を始めたらしい。それを聞きつけた同級生たちが、「私も入れて。」ということでどんどん話が広がり、毎年1回という定例同窓会になった。

「10月はお祭りがあって忙しい」という、よくわからない理由で11月に開くのだそうだ。20人くらいが集まるらしい。メールが使いこなせない人たちなので、同窓会の通知は昔懐かし電話連絡網である。

同級生の3分の1が夫に先立たれたと聞く。

半世紀の間にお互いどんなことがあったのか、詳しいことを知っている人も知らない人もいるらしいが、その日は楽しくおしゃべりをして、おいしいものを食べる日なのだそうだ。

田舎なので、しゃれたお店があるわけもなく、調理師の免許を持っている母が一時期お弁当作りを手伝っていた料亭のお座敷を借りる。会費は3000円。

     *     *     *

私は同窓会に出たことが一度もない。

アメリカに移住してからはもちろん、東京に住んでいたときもそのために田舎に帰ることはなかった。勉強は好きだが学校が嫌いだった私は、学校関係の集まりは気が進まない。

エアメールで細々と連絡を取っていた数少ない友だちともすっかり疎遠になり、今では年賀状すらない。自然消滅するべくしてなったものだから、それでいいと思っている。

それなのに、同窓会があるからと実家にわざわざ電話をくれる人が未だにいるのだ。母は「せっかくだけど、娘は遠くて来れんで、申し訳ないねえ。」と謝る。近くでも、私は行かないわよ。

     *     *     *

この夏日本に帰ったとき、母に聞いてみた。自分のには出たくないのに、母の同窓会には興味があるというひねくれ者である。

「女学校の同窓会でも、来ない人いるんじゃない?」

「おるよ。あんたみたいな変なのが。せっかく誘っとるだに、あたくし興味ありませんから、結構ですって。」

「そんなはっきり言う?もう少し遠まわしに言うんじゃない?」

「いーや、あの通り。つんけんしとるわ。あんた、そっくり。」

「そういう人にはどうするの。」

「もう2度と電話せえへん。来たい人だけで楽しくやるだわ。

ああ、そう。まあ、さっぱりしたものだ。

母の同級生には、田舎の郵便局で働いていて、局長さんのお妾さんになった人がいる。仲のよかった人が何度か誘ったが、遠慮して出席しないという。「2号さんだろうがなんだろうが、だーれも気にしとれへんのにねえ。

みんなそれなりに苦労をしてきたはずで、夫の浮気や暴力やお金の苦労、姑のいじめ、離婚に病気にグレた子ども、なんとなく話は伝わるのだろう。「女学校を卒業してから、それは平穏な人生でございました。」という人はあまりいないようである。

     *     *     *

食事のあとは、甘いものとおしゃべりで瞬く間に時間が過ぎる。そこから二手に分かれるのだそうだ。

電車で帰るグループは駅に程近い母のところへ、遠くから来ていて一泊する人たちはホテルへ。そこでお待ちかねの2次会となる。もちろん運転手には、生き残っているご主人が徴用される。

未亡人たちは、お互いの家に行くにも、まったく気楽である。ご主人がいるからお邪魔かしらとか、友だちが来たら不機嫌になるかもとか、夫の食事を用意しておかなくちゃとか、そんな心配は一切無用。

女学校がそのまま半世紀移動したようなものだ。どれくらいけたたましいか、何を話しているのか、こっそり見学したくなる。

     *     *     *

私は、母の友人関係を密かに「未亡人クラブ」と名づけている。

このネットワークは一人暮らしの母だけでなく、私や姉にとっても心強い。ふだんも一緒に買い物に行ったり、夕食を共にしたり、(私のもっとも苦手とする)日帰り団体バス旅行に出かけたりする仲間である。

同級生の中には、ご主人でなく、本人がぼけて入院している例も何人かある。そういう人のところへも集まってお見舞いに行くのだそうだ。

会話ができる程度ならば、多少つじつまが合わなくても普通におしゃべりして帰ってくる。そして、あの施設はどうの、この部屋はどうのと、将来に備えてしっかり視察してくる。それもまた遠足みたいなもので、楽しいらしい。

母が言う。

「旦那さんを亡くしてすぐの人は、ちょっとめそめそしとるだよ。でも、次の同窓会にはケロッとしとる。そんなもんだよ。そういやあ、ひーちゃん(私は知らない人だが、母はそんなことお構いなしに話す)なんか、旦那が死んだときは涙なんか出なかったけど、飼い猫が死んだときは大泣きだったわ~、って。笑っちゃうねえ。皆で、そうよねーアハハーだったよ。」

この未亡人クラブは明るい。そして、平均寿命までまだ10年あるのだ。


<今日の英語>

You are so thick sometimes.
きみは、ときどきかなり鈍いね。

Skype でファイルが送付できることを知らなくて話がかみ合わなかった私に、夫が一言。次男によると、それほど軽蔑した言葉ではないそうな。



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惰眠をむさぼる猫の悟り

2009.10.19 (月)


猫は夜行性のはずなのに、人間に飼われているうちに夜もぐっすり眠るようになったのだろうか。

うちの猫を見る限り、朝ドライフードを食べたら、しばらくうろうろするが、また寝る。私が昼食のためにキッチンに降りると後をついてくるが、朝たくさん食べた日はそのまま寝続ける。だいたいそんなに動いていないんだから、お腹がすくわけがない。まだ4歳なのに(もう4歳か)。

そして、私の昼寝にもしっかり付き合う。夜行性の名残りなのか、やっぱり昼間は眠いらしい。

夕食は必ず食べる。そして、また私のところに来る。ベッドの端っこで身づくろいしたあとは、丸くなって寝る。起きているかと思うと、いつの間にか目をつぶってひっくり返っている。つついても起きない。

私が寝る支度をしていると、今度は本格的に寝る。そのために、きちっと態勢を整えるのがよくわかる(トイレに行き、熟睡できる位置を確保する)。おそらく朝までずっと寝ている。夜行性はどうなった?

私もよく寝るほうだが、猫には負ける。ここまで無防備に一日中寝ていていいのかと心配になる。

あんたたちのお母さんはりっぱな野良猫だったのよ。今の姿を見たら嘆くわよ。

     *     *     *

むかし実家と祖父母の家では犬を飼っていたが、犬のスケジュールについてはあまり記憶にない。

犬もこんなによく眠るんだろうか。

散歩が必要なだけ、犬のほうが起きてる時間が長いような気がする。それに、ご主人様のお役に立つのが生きがいのような犬は、いつでも馳せ参じるように待機してるんじゃないだろうか。

まあ、猫には明日の予定とか、昨日遣り残した仕事とか、物的欲望(去勢した猫なら性的欲望も)というものがない。「今この瞬間だけ」が大事なのだ。あるいは、3分前に長男に捕まえられたとか、私が缶詰を開けたら1分後には食べられるとか、せいぜいその程度の幅しかないような気がする。

いま生きている。それだけ。

毛皮の模様のせいで、哲学者みたいに苦悩している風情の猫がいるが、何も考えていないはずである。

ある意味ではそれもすごい。すべての猫は悟りの境地にいる(口の悪い夫は、猫の頭は空っぽだと言うが、それがつまり悟りなんじゃないの)。

     *     *     *

長男が、「いいなあ、ぼくも猫になりたい。宿題もないしさあ、学校行かなくていいし。朝起きなくていいし。」とグチグチうるさいので、こう言い返す。

「猫はチョコレートもコロッケも食べられないわよ。それに、気持ちよく寝てるところを自分の何倍もある人間にいきなり引っつかまれて、連れ去られるのよ。そりゃ恐ろしいでしょうよ。あちこち撫でられたり、ぎゅーぎゅーに抱っこされたりして、解放してもらえないしねえ。

第一、あの手じゃ、DSもパソコンもできないけど、いいの?

そこだけは長男も譲れないようである。


<今日の英語>

Get that look off your face.
そんな顔をするなよ。


ムスッとしていたらしい長男に夫が一言。ぼくは疲れていただけなのに、と弁解した。不愉快そうな、あるいは失望した表情をしている相手を励ますときのセリフ。



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あれは私だったかもしれない

2009.10.20 (火)


私にとって一番身近なアメリカ人は夫である。渡米してから、まず夫を通していろんなことを見聞きし、経験した。

「典型的なアメリカ人」というものは存在しないと思うが、夫はあまり普通ではない。だいたいこの私と結婚する気になっただけでも、分かろうというものである。

夫の家族は、継母の関係も含め、やっぱりちょっと変わっていると思う。でも、ごく常識的な範囲であり、ミドルクラスの普通の生活をしている。

アメリカに来た当初は何もわからなかった。夫が読む新聞を読み、夫が見るテレビを見て、夫が行くところに付いて行った。

夫の話す英語は特別格調高いものではないが、語彙や知識は豊富で、学ぶところはたくさんあった。もしかしたら、私の英語は男っぽいかもしれない。ちょうど、奥さんから日本語を習う外国人の英語がどことなく女っぽいように。

渡米して1年後に車の免許を取り、事務職を得て、少し世界が広がってきた。そして、子どもが生まれてからは専業主婦になり、ご近所や学校でまた別のアメリカ人たちと接触するようになった。

表面的な付き合いがほとんどだったせいか、トラブルに巻き込まれたことはない。家の中ではいろいろあったが、夫婦の間だけのことである。

20年間のアメリカ生活が私に与えた影響はどんなものだったか、自分ではよくわからない。アメリカナイズされたとも思うし、日本的な価値観はしっかり残っているとも思う。

     *     *     *

先日の気球騒動について、コロラドの一家を事情聴取し、家宅捜索した地元当局が「あれは自作自演であり、売名行為であった。」と発表した。

NYタイムズの記事によると、まだ逮捕されていないものの、3つの felony charges (重罪)が検討されているそうだ。夫婦で犯罪をおかすべく共謀したこと、未成年保護に怠慢であったこと、そして公務員を操作しようとしたこと(操作妨害)。

最後の罪が確定したら、最長で懲役6年と50万ドルの罰金である。

また、虚偽通報により、misdemeanor (軽犯罪)も加えられるかもしれないという。さらに、連邦レベルでの捜査も予定されている。

警察は CPS (児童保護サービス)に協力を要請しているので、子どもの虐待という点でも疑われているのだ。

夫婦は2人とも俳優志願で、ロサンゼルスの俳優養成学校で知り合ったのだそうだ。税金未払いで訴えられたり、他にもお金を踏み倒したり、ビジネスパートナーを殴ったりという過去が報道されている。

例のリアリティTV番組 Wife Swap に2回出演したが、それっきり。自分たちの一家をTVシリーズ物にするというアイディアを売り込んでみたが、取り上げられなかったらしい。子どもをダシにしたこの気球騒動(2週間前から計画していたという)で巻き返そうと思ったのかどうか知らないが、まったく裏目に出てしまったわけだ。

事件後も自宅前で1時間も取材に応じ、当日夜と翌朝には、子どもたちを連れてあちこちのTV番組に出演した。

私はTVを見なかったが、アメリカ人とか日本人とかいう枠を超えて、あの夫婦の思考回路は普通ではない。

     *     *     *

基本的な作法も身についていない子供たちを平気で人前に出せる神経は、どこから来るのだろう。

日本人である母親は、子どもたちの言葉遣いや態度がどれくらいひどいのかを理解していないとしか思えない。彼女の英語や振舞いも、生活を共にしているうちに見覚えたのだろうか、粗暴なご主人にどことなく似ている気がした。

こんな事件が起きる前でも、Wife Swap に出演した一家がどれほど顰蹙を買ったのか、わかっていない。もはや、そういう感覚すら失くしたのかもしれない。

彼女のご主人の最終学歴は高卒で、「科学者」ではない。どうやって生計を立てているのだろう。大学を出なくてもきちんと働く人はいるが、この人はそうではなさそうである。

夫の暴力が原因で、去年は少なくとも2回、警察が彼らの家にかけつけたそうだ。警察は家から出てDV犠牲者のシェルターに移るようマユミさんを説得したが、彼女は夫を訴えることもせず、そのまま一緒に暮らしているのだ。

共依存という言葉が浮かんだ。

彼女は、ご主人に影響されておかしくなったのだろうか。俳優になりたくてアメリカに来たのだろうに、世界中を騒がせ、彼女の子どもを心配した人たちの心を弄んだ刑事事件の容疑者として恥をさらしてしまった。

この女性にはまったく面識がない。性格も経歴も、私とはまるで違うようだ。

でも、まかりまちがって私がこういうアメリカ人と出会っていたら、私も彼女みたいな道を歩んだかもしれない。そういう可能性はゼロではないと思うと、ぞっとした。

日本人同士での結婚だってどうなるかわからないのに、アメリカ人と結婚して誰も知り合いのいないアメリカに移り住むのがどれだけリスキーか、と今頃になって考える。


<今日の英語>

I'll see you in a little bit.
じゃあ、ちょっと出かけてくる。

定期的に血液検査を受けている夫。30分で戻るので、こう言って出かける。



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愛人ごっこ その62

2009.10.21 (水)


(前回その61の続き)

ある日、思いがけないチャンスが到来した。

夫にはヨットを趣味とするイギリスの友人がいたのだが、近々ニューヨークに行くからヨットに乗りに来ないかというお誘いである。来週の週末なんかどうかな。

「マイクは引退してから奥さんとヨットで出かけているんだそうだ。子どもたちは喜ぶと思うけどね。きみはどうする?」

「私は船もだめ。絶対に酔うから。それにマイクの奥さんには会ったこともないし、私は行かないわ。」

「そう言うと思ったよ。じゃあ子どもだけ連れて行くとマイクに返事しよう。週末と言っても補習校はどうしたらいいかな。」

私は病気と一時帰国以外の理由で補習校を休ませたことはなかった。夫も1回休むと追いつくのに大変だということは承知していた。

そこで、当日は私が朝送って行って、夫が1時に迎えに来るまで学校で待つことにした。私は一人で帰宅し、彼らはその足でマイクのところへ向かい、1泊して、日曜日の夕方に戻る。

その夜は私しか家にいない。

・・・

私はパヴェルにメールした。

「来週の週末、泊まりに来ない? 夫と子どもたちはよそに出かけるから、誰もいないの。土曜日の3時にお迎えでいかが?」

「休みを取るよ。3時に待ってる。」

これまで何度彼と一緒にベッドで過ごしたことか。

いつも昼間の慌しい時間だった。初めて一晩中同じベッドにいられると思うと、心臓の鼓動が早くなり、1年前に初めて体を重ねたときのことを思い出した。

それから、夫に気取られないように、「ここんとこ人手が足らなくて忙しいんですって。」とそれとなく言う以外は、パヴェルの話はしないことにした。

子どもたちはパヴェルも一緒に来てほしいとねだったので、「忙しいんだから無理よ。それよりヨットから落ちないようにしてね。マイクの言うことを聞いて、ずっとライフジャケットを着てるのよ。」と話をそらせねばならなかった。

私はそ知らぬ顔でその日のために食料品とワインを買って、待った。

・・・

土曜日の朝、いつものように子どもたちを急き立て、補習校に向かう。遠い道すがら、頭の中でもう一度今日の計画を考えてみた。

こんなにうまい具合にパヴェルと2人きりの夜が持てるものだろうか。もしかして夫は1泊しないで、土曜日の夜に戻ってくるつもりではあるまいか。そして、パヴェルが私のベッドにいるところに踏み込む。

最初から、その晩はパヴェルが遊びに来ると言っておこうか。いつもみたいに、TVとビデオを見て、パソコンをやりたいんですって。子どもたちの相手もしなくていいし、静かでちょうどいいんじゃない? 

そうすれば、少なくとも彼が家にいてもおかしくない。でも、同じベッドで?

2,3日迷ったが、やはり何も言わないでおこうと決めた。これが夫の罠だとしても、パヴェルと2人きりで夜を過ごせる魅力には抗えなかった。

(次回その63に続く)



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「今これをやれ!」作戦

2009.10.21 (水)


手抜き専業主婦の私は、時間だけはたっぷりある。

それなのに、何ごともはかどらない。やる気がないからできないし、今日やらなくても明日か明後日、もしかしたら来週やってもそれほど困らないことが多いので、そんなことがまかり通る(そして、こんなブログをつらつらと書いている)。

先日やっと投資会社に電話したのは、これ以上ほっておくと税金の支払いが増えるという切羽詰った理由があったからである。

「1日1つだけの To-do-list 」によって、その後も気の進まなかった保険会社への連絡やら次男の服の繕いやら、なんとか済ませた。

しかし、1日に1つというのはあまりにも歩みが遅い。

何かいい方法はないかと思っていたら、Now Do This (今これをやれ)というそのものズバリのサイトを見つけた。

わたし好みのすっきりしたデザインで(というか、ほぼ真っ白)、宣伝もリンク集もないのが気に入った。

英語のサイトだが、edit list, save, cancel, done だけというシンプルさ。登録も不要。日本語でも入力できるし、ちゃんと表示される。

これは、すでに1年以上前から出回っていたらしい。オフラインでも使えるというレビューがあったが、どうやったらいいのかわからなった。

     *     *     *

とりあえず、パソコンをやっているときはこれも開けておくことにする。毎朝あるいは前の晩に、やるべきことを記入する。そして、1つずつ着実にクリアしていくという寸法である。

「やり終えた!」という達成感が必要なので、あまり大きな仕事は書かないほうがいい。たとえば、洗濯機を回す・乾燥機に入れる・洗濯物をたたむに分けたほうが、1つずつ消して次に進める(めんどくさがりもここまで来ると…)。

ちなみに、今日の「今やれ!」はこんな感じ。

  • 猫の爪を切る
  • ロールケーキを焼く
  • 昼寝をする
  • Wood chips を植木の周りに撒く
  • 夕食のメニューを考える
  • 夕食を作る
  • 熱いお風呂に入る

仕事ばっかりでいやにならないように、休憩や楽しみも入れてみた。このプログラムでも、最初の設定は take a nap.(昼寝をする)である。

私の場合、「本を読む」は default だから、あえて入れない。猫トイレの掃除のように、絶対にその日にやらねばならないものも入れない。

書いた順番に出てくるので、時間軸に沿って書いたほうがいいと思う。後回しにするという選択はない。だから、やりもしないことを書かないほうがいい。

リストに書いたことが無くなると、all done!(ぜんぶ終わった!)という文字が現れる。

メモ用紙にやるべきことを書いて(あるいは Outlook のタスク管理などで)それを忠実にこなせる人なら、こんなものは不要である。

「忙しい人ほどよく働く」というのは本当だなあと思いつつ、爪切りを片手に猫を探す。


<今日の英語>

You’ll be off the hook.
窮地を抜け出せます。


元の会社の上司と縁を切りたいのに、いつまでも親友みたいに誘われて困っている人の相談。それでは、あと2週間ばかり「仕事が忙しい、疲れている、新型インフルエンザにかかった」と繰り返しなさい。ハロウィーンまでには、解放されますよ。元は、hook(釣り針)から外れることから。



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日本人との遭遇

2009.10.22 (木)


久しぶりに遠出して、隣の州の Trader Joe's まで買出しに行った。

午後の早い時間で、わりと混んでおり、カートを押しながら狭いお店を歩いていると、近くで「ママー」と子供の声がする。

ふと見ると、3歳くらいの男の子がカートに乗っていて、私より一回りは若い東洋人の女性がそばに立って冷凍食品を選んでいた。

「なあにー。」とお母さん。

日本人だ。

このへんは、うちの近所よりは日本人が住んでいるのだろうか。何週間かぶりに見たナマの日本人だった。

     *     *     *

私の夫が一緒に来なくてよかったとほっとする。夫は、どこかで日本人に会うと、「話して来なよ。」とやたら私に勧める。日本語はできないのに、聞けば日本語ということがわかるらしい。

最近は、私が補習校で知り合ったごく少数の日本人としか付きあう気はないことがようやく夫にもわかってきて、それほどしつこく言われない。それに私の出不精が悪化したせいで、日本人に出会う機会そのものが減った。

アメリカに来た当初、それから子どもができた頃は熱心だった。まるで、日本人の友だちがいないと私がアメリカで生活していけないと思い込んでいたかのように。

夫に言われるまま、私から話しかけたこともある。そして電話番号を交換して、家に招いたこともある。でも、今は一切そういうことはしない。もうめんどくさいのだ。

私にその気がなくても、向こうから「日本人ですか。」と声をかけられたこともあるが、なぜか身構えてしまった。

だから、子どもたちと一緒でなくてよかったと思う。私はどこにいても子どもたちとは日本語で話す。一緒に出かけると、わかる人には私が日本人だとすぐばれてしまうのだ。かといって、英語に切り替えるつもりはない。

     *     *     *

夫は、たとえば飛行機の中でも隣の人に話をするらしい。私はなるべく関わらないようにするというのに。

日本に行ったときも、たまたま同じところに居合わせた赤の他人(明らかに日本人ではない人)に話しかけたりした。友達になろうとか、仕事のためにコネを作ろうとか、そういうのではない。単に、英語が通じるアメリカ人同士、ちょっとおしゃべりするだけである。

アメリカ人の得意な、表面だけのその場限りのお愛想。でも、聞いていると、かなりプライベートな情報を出したりする(一番言わないでほしいこと: 「ぼくの妻は日本人です」)。

スーパーで並んでいる間に、ぜんぜん知らない人と話すことの延長線にあるのかもしれない。

     *     *     *

TJで男の子を連れた女性は、結局私が日本人だとはわからなかったと思う。私は一人で何もしゃべらなかったし、見ただけでは日本人、中国人、韓国人の区別はつかない。だいたい服装からして、私は日本人には見えなかったかもしれない。

それをいいことに、私は知らん顔をして買い物を続けた。

帰りの車の中でちょっと思い返す。

若い人だけど、いつからアメリカに住んでるのかな。今はネットで情報が手に入るからいいな。子どもは混血には見えなかったから、ご主人は日本人かな。駐在か留学か。ごくまともな人みたいだった。「こんにちは」くらい言ってもよかったかな。

でも、私とは日本人であること以外、ほとんど共通項がなさそうな相手であり、別に付き合う気もない私は、黙ってすれ違っておいてよかったのだと思った。


<今日の英語>

There is always room for improvement.
常に改善の余地はあります。


PBS (Public Broadcasting Services)ラジオの寄付の呼びかけに応えた視聴者の一言。PBS はいい番組が多いので毎日聴いていますが、それでも、いつだってもっとよくすることはできますよ。



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まさかの転職と引越し?

2009.10.23 (金)


夫は1年前に会社でパニック障害を起こし、休職して自宅療養しているのだが、ここ2ヶ月ほど昔のつてでスタートアップの会社を手伝っている。もちろん無給。

会社そのものはかなり前に設立されたので、スタートアップと呼ぶのは語弊があるかもしれない。でも、正式な従業員はいない。各国に散らばったデベロッパーやコンサルタントの集団だという。

その会社がついに本格的に始動し始めたらしい。

毎日夫と電話している創業者のG氏は、来月にはオフィススペースを決め、弁護士に雇用契約書を作らせるという。ベンチャー・キャピタリストの融資がうまくいったのだろう。

     *     *     *

夫が今の会社に戻っても、おそらくポストはない。

15年勤めた大きな会社だが、ご多分にもれず、大幅なリストラをしている。夫の上司も、「本調子になるまで戻ってくるな」とそれとなくほのめかす。

いよいよ貯金を崩して生活しなくてはいけないかと思っていたが、この新しい会社は本気で夫を雇う気でいるらしい。G氏は夫の精神状態を知っている。他の会社なら、まずふるい落とされると思う。就職活動をしなくていいだけ、ラッキーかもしれない。

夫も毎日何かやることがあったほうが安定しているように見える。収入を得るためだけでなく、やはり男には(人間には?)仕事が必要なのか。

ただし、どんな雇用条件なのか私は知らない。儲けもないのに、給料がもらえるのだろうか。小さい会社なので、今のような福利厚生はまったく期待できない。それに、事業がうまくいかなかったらどうなるのかという不安はある。

夫は、今の会社でもその前の会社でも十数年勤務した。どちらも大会社で、私はこのまま定年まで勤めてくれるといいなとぼんやり考えていたのだ。

この年になって、転職・引越しは想定外であった。


     *     *     *

「来年1月からGの会社で働くかもしれない。予定として教えておこうと思って。」と夫が言う。

メリーランド州では通勤できない。NYで自宅勤務というわけにはいかないのだろうか。夫はまず自分だけで赴くつもりでいる。アパートメントを借りるのか、ホテルに住むのか。詳しいことは何も決まっていない。

NYの家をすぐに出ることはできない。不動産業界はほんの少しだけ回復の兆しが見えてきたくらいで、この町にももう何ヶ月も売家の看板がいくつも立っている。

こんなことなら、前々から考えていたキッチンの改造をやっておけばよかった。ペンキも塗り直さねばならないし、猫が引っかいたカーペットも替えなくてはならない。外のライトも古くなった。

15年も住めば、あちこち傷んでくる。

夫も私も、家のメンテナンスについての才覚はゼロ。業者を探すにしても、こちらが無知なだけ騙されそうな気がして、ためらうのだ。そうこうするうちに、時間だけが過ぎて行き、いざ売ろうとするときに慌てふためくのである。

     *     *     *

もし引っ越すとなると、子どもたちの学校をどうしよう。ティーンエージャーが転校して新しく友だちを作るのは、どれくらい大変なのだろう。アパートメントに住むとしたら、ペット可のところを探さなくては。

一番影響がないのは、引きこもり専業主婦の私か。

私こそ、どこに住んでも同じなのである。日本食品店がせめて車で1時間半のところにあるとか、車の運転がしやすい静かなところとか、要望はあるが、優先順位は低い。

夫に新しい仕事が見つかりそうだというのはありがたいけれど、定住型の私には州を越えての引越しは気が重い。

アメリカ人はこの広い国の中をよく行ったり来たりするなあと思う。

そもそもアメリカくんだりまで来たのは、移動が好きな人たちなのかもしれない。ピルグリムもパイオニアもそんな感じがする(ちょっと古い国勢調査によると、アメリカ人は毎年6人に1人、平均して1人当たり一生に11.7回の引越しをするそうな)。

そうだ、地下室にある大量のガラクタ(夫の宝物)と書棚いっぱいの本はどうする? モノに執着する夫を、どうやって「この際、一斉処分!」という気にさせるか。

駐在家庭のように数年ごとに引っ越しする(それも海外へ)なんて芸当は、私たちにはとてもできない。


<今日の英語>

Let me know when you are done.
終わったら知らせてくれ。


夫が次男に頼みごとをしたが、「今、何かやってるところだから、できない。」と言われてひとこと。どうせゲームでしょ。終わりませんよ。



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