スポンサーサイト

--.--.-- (--)


上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。



クリック募金を始めました。下記サイトにて協賛企業のリンクを各社1回クリックすると、1円ずつ募金できます。
    JWordクリック募金

 |  スポンサー広告

人間不信の原因解明

2009.09.01 (火)


私が帰ってほぼ1週間経っているのに、未だに妹猫が地下室から出てこない。

昼間は、たまに地下室の階段の一番上まで来て顔を覗かせるが、ちょっとでも物音がするとすぐ地下室へ逃げる。夜だけ、いつの間にか私のベッドに登ってくる。それも、地下室から2階まで全速力で駆け上がって、私の部屋に飛び込むという感じ。

不可解なのは、キッチンを一番避けているらしい点である。これまでずっとキッチンの片隅に猫の食事スペースがあって、平気だったのに。

だから、食事も夜中に食べるが、あまり口に入らない。たくさん出しておくと兄猫が妹の分を食べて太るし、かといって少ないと妹には残らないしで、なかなかうまくいかない。

ともかく大きな音をいやがるのは、きっと獣医のケージを開け閉めする音と似ているからじゃないかと思った。

それにしても、どうしてキッチンがだめなのか。通るのも怖いなんておかしい。

     *     *     *

夫に、どうやって猫を捕獲したのかをもう一度詳しく説明させた。

地下室からかごを2つ持ってきたまではよかった。ところが、「賢くてすばしっこい妹猫を先に。」と私が教えた鉄則に従わず、ちょっととろくて動きも遅い兄猫を最初にかごに入れてしまったのである。

「妹は近寄っただけで、どこかに消えてしまって、しかたなかったんだ。とりあえず、1匹だけでも捕まえようと思って。他にどうしろと言うんだ?

もちろん、マスターベッドルーム以外のドアは全部閉めておいた。あちこち調べたら、妹猫はソファの奥にいたけど、どうしても出てこない。それで、台所から鍋を持ってきて、ガンガンたたいた。そしたら、飛び出してきて、一目散に2階に走っていったよ。

だから、あとを追っかけて、ぼくもベッドルームに入ってドアを閉めた。知らん顔してずっと本を読んでいたら、あっちは逃げようと思ってか、ドアを引っかいていた。今度は、バスルームに追い込んだ。

そしたら、シンクの中にうずくまってね。これで捕まえられると手を伸ばしたら、がりっと腕をやられた。ぼくに捕まえられるよりはましだと思ったのか、バスルームに持ち込んだかごの中に自分から入ってくれたわけだ。3時間かかったよ。」

     *     *     *

これでわかった。妹猫はお鍋の金属音がいやなのだ。そして、おそらく夫が鍋を探してキッチンでガタガタやっていたのも覚えている。だから夫がキッチンにいるとき(最悪のパターン)は、絶対に姿を現さない。

ただでさえ先に捕まった兄猫がかごの中で悲壮に鳴いていて、恐怖心でいっぱいなところへ来て、夫が思いっきりお鍋をたたいたんだから、大変なトラウマになってしまったらしい。

「まったく、ソファの方を動かすっていう考えは思い浮かばなかったのかしら。」と長男にこぼしてみたが、「ダディには無理だよ。」

今回、家事全般のマニュアルは残したが、そこには猫の捕獲方法は書いていない。まさか私たちの留守中に夫も家を空けるとは思っていなかったから。

気長に妹猫の回復を待つしかない。


<今日の英語>

Who runs this house?
この家を取り仕切ってるのは誰だ?


猫を驚かさないように、くしゃみをしない、大声を出さない、静かに歩く、特にキッチンでは極力音を立てないようにと夫と子どもたちに頼んだところ、夫がこんな返事をした。もちろん、メス猫でしょ。
スポンサーサイト



クリック募金を始めました。下記サイトにて協賛企業のリンクを各社1回クリックすると、1円ずつ募金できます。
    JWordクリック募金

 |   |  コメント(0)

釈然としないアメリカの新学期

2009.09.02 (水)


うちの学校区は Labor Day (9月第1月曜日の祝日)の翌日に始まる。

今年はそれが2週目になるため、新学期初日は9月8日である(義母は、「まあ、それじゃ遅すぎるわよ!」とまた余計な一言を言ってくれた。私が決めたんじゃありませんよ。)

だからこそ、8月後半まで日本に滞在できたのだけれど、さすがに学校モードに持っていかねばならない。

留守中に、学校からSupply List (生徒が新学年に用意すべき文房具のリスト)が郵送されていた。それを見て揃えればいいだけのことなのだが、毎年なんとなく釈然としない気持ちになる。

     *     *     *

7月8月は、どこの文房具屋でもリストを手にした親子が店内をウロウロしている。お店のほうも、Back-to-School セールと称して、学用品売り場を前面に押し出して拡大する。

うちもそういう親子だったし、見慣れた風景だが、どうして学校で一括購入して、親から集金しないんだろうと不思議である。個別に買い物に行く世帯数と全員が費やす時間やガソリンは、いったいどれくらいになるのか。なんとも不経済で効率が悪い。

でも、お店は書き入れ時だから止めてもらっては困るだろうし、買い物そのものが楽しい人もいるらしい。ご近所にも、「こーんなに買うものがあって、いやあねえ。」と文句タラタラなわりに、どんなに苦労していくら散財したかを自慢するお母さんがいた。

なにより、アメリカ人にとって新学期の準備とはこういうものという観念があるかぎり、この年中行事は終わりそうにない。

     *     *     *

初めてそういうリストを見たのは、長男がキンダーガーテンに上がったとき。

顔も見たことがない担任から、夏休み中に封書が届いた。それまでも周囲を見てなんとなく知っていたけれど、自分の子どものことなので真剣になった。

もちろん言われたものは全部揃えるつもりでいたが、ノートや色鉛筆の他にペーパータオルやティッシュ2箱、液体石鹸などもあったのには驚いた。

まだ小さいから汚すせいだとは思ったが、これをクラス全員、たとえば20人が持って来るわけか。そんなにたくさん、どこに収納するんだろう。共同で使うのかな。でも、持参しなかったと誤解されるのはいやだから、一応名前を書こう。

この先生はベテランだったが、大雑把だった。バインダー1冊とあるだけで、何インチなのか書いてない。色鉛筆だって何色かわからない。インデックスカード1冊と言われても、どのサイズかわからないし、線があったほうがいいのか白紙がいいのか。1冊に何枚あればいいのか。

へんなところで日本人的な生真面目さが顔を出し、そんなことで悩んだりした。

適当に判断したけれど、こういう先生は他にもいた。また逆に、メーカーまで指定した先生もあった。それはそれで、違うメーカーのものしかなくて困ったものだ。エレメンタリーでは、それこそ先生によって、同じ学年でも、リストの内容が違うことがだんだんとわかった。

その後、低学年の教室でボランティアをしたとき、必ずしも全員が指定されたものを用意していないのだとわかった。12色の色鉛筆とあったのに、6色だったり18色だったり、バインダーの厚さが違ったり。赤いフォルダーでも、少しずつデザインや色合いが違って、揃わない。

なあんだ、そんなにしゃかりきに「正しい」ものを探さなくてもいいのか、と拍子抜けした。

     *     *     *

そして、子どもたちの学年が上がるに連れて、だいぶ気楽に新学期が迎えられるようになったのだが、今度は別の問題に悩まされた。

前年度のノートが兄弟合わせてたとえば8冊もあって、それぞれほんの20ページくらいしか使われないことがあった。もったいないので、メモ帳にでもしようと、ずっと貯めていた。そんな使いかけノートがどんどん増えていくのだ。

だいだい、ノートは低学年が1年間に1科目使うにしては厚すぎる。半分でも使えばいいところである。だから、最近はなるべく薄いのを探すことにしている。もっとも、ハイスクールになってからはルースリーフがほとんどになっているが。

そうやって新学期初日にスクールバスを待っていると、ご近所の奥さんたちが子どもたちを連れて集まってくる。

最初の頃は、みんな靴やバックパックも新品なので驚いた。私は壊れていなければバックパックは続けて使うし、靴だって足に合っていれば、9月だからと新品を履かせるつもりはなかった。だから、真っ白い靴の中で、うちの子だけ目立った気がした。

「やっぱりアメリカ人のお母さんたちみたいにはできないなあ。」と落ち込んだこともある。今は、ぜんぜん気にしないし、だいたい子どもたちだけでバスを待つので、どうなっているのかすら知らない。

     *     *     *

去年からは、子どもたち自身に本当に必要なものだけリストアップさせ、まずは近所のドラッグストアで調達する。ないものだけ、高速に乗って大きな文房具屋に出かけることにしている。色鉛筆なんか手元にあるのを適当にセットにすればいいのだ。

あふれるほどの鉛筆やらノートを見て、アメリカの子は、こういう新品(でも、品質は日本製より相当劣る)を当たり前のように毎年買ってもらえると疑わずに育つんだなあと思う。

3 年前の使いかけのノートが捨てられない貧乏性の私は、「新品のノートがなくたって、勉強する子はするのよ。どんなりっぱな文房具を持っていたって、勉強しない子はしないのよねえ。そういえば、このあいだ写真で見たアフガニスタンの学校は窓ガラスもなくて、教科書も仲間で、鉛筆は1本ずつじゃなかった? アフリカで、地面に木の棒で文字を書いてた子もいたねえ。」と子どもたちにイヤミを言ってみる。


<今日の英語>

When and where is it expected to hit?
いつ、どこに上陸すると思われますか。


ローカルラジオで、ホストが天気予報官にハリケーン情報を聞いたときの一言。



クリック募金を始めました。下記サイトにて協賛企業のリンクを各社1回クリックすると、1円ずつ募金できます。
    JWordクリック募金

 |  社会  |  コメント(2)

<今日の英語> 8月掲載分

2009.09.02 (水)



8/28/09
It's easier said than done.
口で言うほど簡単なことではない。

8/29/09
Don't make it either-or.
あれかこれかどっちかだなんて、しちゃだめだよ。

8/30/09
People get so worked up about this.
この話になると、人は冷静でなくなる。

Why don't you just let it go?
もう忘れたら?

8/31/09
It didn't appeal to me very much.
あんまり気に入らなかった。

Why are you crouching on the floor?
なんで床にしゃがんでるの?



クリック募金を始めました。下記サイトにて協賛企業のリンクを各社1回クリックすると、1円ずつ募金できます。
    JWordクリック募金

 |  言語  |  コメント(0)

ジーンズが嫌い

2009.09.02 (水)


新学期の洋服についてコメントいただき、そういえばうちの近所では、初日に新しい服を着せる家がほとんどだったと思い出した。特に女の子はそうだった。

前日に値札をはずしたばかりとわかるくらい新品で、またお母さんたちも「あのシャツは、どこそこでいくらで。」と声高に話していた。女の子同士でも、お互いをチェックする。女の子は大変だと思うときである。

うちは、夏休みに着ていた服そのままで登校させた。新学期と言っても9月初め。8月とどこが違うのか。それに緊張する初日だからこそ、着慣れた服のほうがいいということもある(わたしのようなめんどくさがりには、そういう言い訳が便利)。

アメリカに比べると、日本の新学期はずっと落ち着いていると思う。

新しい学年に対するわくわくした、ちょっとこわい気持ちはどこでも同じだろうけれど、アメリカは新学期狂想曲とでも呼びたいくらい、浮かれている。やっと子どもが学校に戻ってくれるという意味で、親が浮かれたくなるのはわかるけれど、商業主義に踊らされている気がしてならない。

     *     *     *

文房具だけでなく、洋服もやはり Back-to-School の売り上げは大きいらしい。うちにもカタログがたくさん届いている。

私は買い物も外出もきらいなので、服はほとんどオンラインで買う。

うちの子どもたちは、ティーンエージャーになっても、なぜか私の買う服を黙って着る。服に執着がない。男の子でも服にうるさくて困るという、近所のお母さんもいるのに。

カタログのときは、注文する前に見せて「これ、どう思う?」と一応は聞く。Tシャツは、変なメッセージの書いていないもので、絵の得意な長男が好きそうなイラスト入りか、あるいは無地・ストライプなど、ごく普通の服なので、子どもたちも反抗の仕様がないのかもしれない。

唯一困るのは、長男も次男もジーンズをはかないこと。

幼児のときは、ウェストがゴムになっているデニム生地のズボンもはいたが、ナーサリー・スクールくらいからまったくはかなくなった。何度か買ってみたが、きらいだという。

実は、母親の私もジーンズをはかない。1本も持っていない。最後にはいたのは、東京で大学生をしていたときか。

最近はストレッチ素材も出て、アメリカならではのゆったりサイズもあるけれど、一日中はいていたいと思うほど履き心地のいいジーンズに出会ったことがない。それに、デニムの肌触りがどうも好きになれないし、お腹のボタンやジッパーも苦手。なによりも、自分にはジーンズが似合わないことを自覚している。

そういう私といるからではないと思うが、子どもたちもジーンズは嫌だと思い込んでいるふしがある。

だから、チノパンツやらカーゴパンツやら、冬ならコーデュロイ生地のパンツを買わねばならない。ジーンズをはいてくれたら、1年中それだけで助かるのに、と自分のことを棚にあげて思う。

     *     *     *

あと1週間で夏休みも終わりだが、スーパーやドラッグストアの季節もの売り場はハロウィーンのデコレーションでいっぱいである。学用品のスペースは申し訳程度になった。

もっとも新学期セールは、まだ前年度が終わらない6月からやっていたか。

こうして、9月になったばかりだというのに、10月31日のハロウィーン。それが終わる前に、11月末のサンクスギビング。それが終わる前に、クリスマス。こんな感じで、実際のカレンダーよりも2ヶ月くらいは早い売り込みが始まる。

1年中追い立てられているような気分になるときがある。しかも、商魂たくましいというか(お店なんだから当然か)、あれも買え!これも買え!と目の前に突きつけられるようで、ゲッソリする。

年を取って、時間の経つのが年々早く感じられるのもあって、「ちょっとスローダウンしてください。」と誰にともなく言いたくなる。

でも、私みたいな購買意欲のない人間ばかりじゃ、アメリカ経済も回復しないだろうなあ。今からハロウィーンのショッピングをする人たちこそ、必要なのかもしれない。


<今日の英語>

I'm open to any suggestions you may have.
どんな提案でも受け入れます。


新学期を前に、担任とどういう関係を築くべきかという質問に、教育アドバイザーが答えて。こんな風に、先生の言うことに耳を傾けますという気持ちを伝えなさい。コミュニケーションが大事。



クリック募金を始めました。下記サイトにて協賛企業のリンクを各社1回クリックすると、1円ずつ募金できます。
    JWordクリック募金

 |  子ども  |  コメント(1)

お抱え運転手

2009.09.03 (木)


夏休みが残り少なくなったところで、子どもの友だちからお誘いの電話がかかってくる。特に今年は4週間も日本にいたこともあり、「8月はぜんぜん遊べなかったね~。遊びに来ない?」

二人ともまだ時差ぼけが完全に取れていないのに、もちろん返事はOK。ありがたいことに、自分の家に呼んでくれる子ばかりなので、その点は気楽である。

ただし、次男の友だち一人が同じ通りに住んでいる以外は、どこも歩いて行ける距離ではない。

お抱え運転手としての私の生活が再開した。

遠い子は片道15分以上。近くても5分はかかる。いったん送り届けて、そのお宅のお母さんと少し世間話をして、家に戻り、数時間後にまたお迎えのために車を出す。

これが日本(特に私が育ったような田舎)だったら、たぶん小中学校の友だちの家には歩いていける。高校でも、自転車で行ける範囲だった。

子どもたちが小学校で体験入学をしたとき、同じクラスの子たちが実家に遊びに来てくれたことがあった。もちろん徒歩か自転車。しかも、突然ピンポーンと現れた。アメリカで、先に連絡して時間を決めておくプレイデートに慣れていたので、ちょっと戸惑ったことを思い出す。

     *     *     *

うちより年上の子どもたちを持っていたお母さんが、自分の子どもが運転免許を取ったときのことを話してくれた。

「これでお抱え運転手から開放されるのは確かなんだけど、特に免許取り立ての頃なんか、子どもが帰ってくるまで心配で居ても立ってもいられないのよ。ティーンエージャーの事故が一番多いというし、なんといっても運転は経験でしょ。

でも、いつかは一人で運転できるようにならないと、やっていけないから、免許を取らせないわけにいかないしね。子どもの運転する車に乗るのも、怖いのよ。降りたらグッタリするわ。」

矯正歯科医の待合室に、アーケードにあるような車の運転ゲームが2台置いてある。長男と次男がやっているのを見たが、猛スピードで信号でもほかの車でもなぎ倒して行く。それで得意になって、「お母さん、ぼくの運転見た? すごいでしょ。」と自慢するのだから、やっていられない。

     *     *     *

アメリカでは、日本のように教習所に何ヶ月も通わなくても免許が取れる。だいたい、アメリカで教習所というものは聞いたことがない。インストラクターと一般道路で練習するのが普通だと思う。

私も30歳直前に初めて運転を習ったのだが、ちょうど実家の近くで廃校になった教習所があり、日本に帰ったとき、1週間だけそこで父に手ほどきしてもらったのが唯一の練習だった。

短気な夫よりプロのインストラクターに習おうと思って家に来てもらったら、いきなり車に乗せられ、「キーを入れるのはわかる? アクセルとブレーキはわかるね?」と言われてご近所を回った後は、いきなり初日にハイウェイだった。

「ハイウェイに乗れないのは、運転できないのと同じ。さあ、行きましょう。」とインストラクター。

いくら助手席にもブレーキがあって交通量の少ない時間帯とはいえ、あんなに恐ろしい目にあったことはない。

そして、5回くらいレッスンをしてもらい(筆記は自分でテキストを見て勉強したら、受かった)、次の週には路上テスト。インストラクターが試験官と顔なじみだったせいか、1回で合格してしまった。

最近はシミュレーターで練習するらしいが、それでも日本に比べると練習時間が大幅に少ないはずだ。こんな適当なテストでいいのかと不安になる。

長男はあと2年もすれば、免許を取れる年になる。そうなれば、私の運転手の仕事が減るけれど、事故の不安がつきまとうのか。トランキライザーを手放せそうにない。

それよりはお抱え運転手のほうが精神的にラクだなと思いつつ、子どもたちに「xxの家に行っていい?」と聞かれるたびに、「今日こそは絶対に家を出ないつもりだったのに。」と心の中でつぶやく。

まあ、誘ってくれる友だちがいるのはうれしいことだわと、「いいよ。何時?」と出かける算段をする。


<今日の英語>

Friday is iffy.
金曜日は微妙です。


天気予報官の一言。水・木と晴れて気持ちのいい日が続きますが、金曜日は微妙です。iffy は不確実な、疑わしい、あやふやなという意味。



クリック募金を始めました。下記サイトにて協賛企業のリンクを各社1回クリックすると、1円ずつ募金できます。
    JWordクリック募金

 |  わたし  |  コメント(1)

愛人ごっこ その36

2009.09.03 (木)



※ これまでの話(その1~35)を
最初から読む。またはカテゴリで話の番号を選ぶ。

(前回その35の続き)

私とパヴェルは毎日メールしていた。疑われそうなことは、用心して書かなかった。私は平気だったけれど、彼が心配していたから。

彼のドイツ行きがあと数日に迫り、いろんな手続きや宿舎の引き払いなどでパヴェルは忙しくなった。アメリカを出る前にもう一度ドイツ領事館に行かなくてはならず、マンハッタンからバスで空港に行くつもりだと言う。

私は夫に、心配だから私も一緒に領事館に行って、彼がバスに乗るのを見届けたいと伝えた。

夫は別に異存なかった。ついでに、キノクニヤで日本語の本でも買ってきたらどうかね。

・・・

出発前夜、彼は私の家に泊まることになった。領事館に朝一番で着くためには、かなり早い電車に乗らなくてはならない。宿舎よりうちのほうがずっと駅に近かった。

もう何ヶ月も一緒に働いたキッチンの仲間が、送別会をしてくれるという。それが終わったころに私がお迎えに行くことになった。

9時半に着いて車の中で待っていると、大きな荷物を持ったパヴェルがやってきた。

「送別会はどうだったの? あなたがいなくなって、さびしくなるでしょうね。」

「うん。みんなよくしてくれたし、ぼくももう少し一緒に働けたらいいんだけど、大学の授業が始まるから。なんか今年の夏は、夢を見てるみたいだよ。」

「そうね。私もそんな感じ。ねえ、忘れ物はない? じゃあ、行きましょう。」

車をいつもの方角へ向けようとすると、パヴェルがさえぎった。

「左じゃなくて、右に行って。パビリオンのほうに。」

道路をはさんだ向かい側。彼と初めて出会ったパビリオン。そこにも広い駐車場があった。

私が駐車場に乗り入れて車を止めようとすると、彼はそこじゃなくて、あっちの奥のほう、と指差した。彼がこんなふうに行き先を指定するのは初めてだった。

私は予感があったが、何も言わずに彼の言うとおりに暗がりに車を止めた。

(次回その37に続く)


<今日の英語>

It's a big question mark for Nadal.
ナダル(のパフォーマンス)は大いなる疑問です。


US オープンでの解説者の一言。怪我でトーナメントを離れていて、ランキングもNo.3 に落ちたナダルが果たしてどんな試合をするかわからない。



クリック募金を始めました。下記サイトにて協賛企業のリンクを各社1回クリックすると、1円ずつ募金できます。
    JWordクリック募金

 |  愛人

医療費解決、それでも高額

2009.09.04 (金)



コロノスコピー費用のうち、保険会社に2回も却下された病院の設備使用料、備品費と検査費がやっと認められた。

保険会社に2回連絡してもだめだったが、3回目は病院にもメールしたのが功を奏したのかもしれない。あきらめないでよかった。もっとも、簡単にあきらめのつく金額ではなかったので、戦う覚悟はできていたけれど、やれやれである。

総額$6623のうち、私が払うのは$590。

1割以下なので、こんなものかとあきらめつつ、それでも高額だという思いは消えない。保険会社の書類にも病院からの請求書にも、内訳が書いてあったが、もともとの請求金額が適正なのかどうか、確かめる方法はない。

今度から、ちょっとした病気でクリニックに行く以外は、保険会社から見積もりをもらっておいたほうがいいだろうか。そうでないと、おちおち検査もできない。

日本でもサラリーマンの自己負担はすでに3割になっていると聞く。それでも、国が自己負担の限度額を決めているし、請求額はアメリカよりも日本のほうが低いのではないだろうか。

つまり、自己負担に限って言えば、アメリカで1割払うよりも、日本で3割払うほうが安い場合があるのではないかと思う。

長男が小さいときに日本で熱を出し、無保険で病院に行ったことがある。初診料その他すべて自腹で払ったけれど、保険なしでこれだけか、安いなあと思った記憶がある。

     *     *     *

すでにコロノスコピーから2ヶ月半経っていたからか、病院の会計から電話がかかってきた。

「もしすぐに全額払えないようでしたら、分割でもいいですよ。ご希望の金額で。毎月10ドルでも20ドルでも。もちろん、利子は付きません。」

次男のキャンプ代、日本とカリフォルニア行きの費用、獣医への支払い、次男の歯列矯正(前払い)などで、クレジットカードの残高がふだんの倍以上になっている。一度に払えないことはないけれど、無利子なら先延ばししたいところである。

「じゃあ、100ドルずつの半年払いでいいですか。」

「承知しました。それでは、別途請求書をお送りしますので、お確かめください。最初の支払日は9月30日です。お支払いありがとうございます。」

そんな先でいいのか。それに、私が今払えないという証拠はないのに、あっさり許可していいのか。

     *     *     *

後で見たら、請求書の下に「経済的事情ですぐに支払いができない場合は、ご相談に応じますので病院に連絡してください。集金代行業者に回されますと、あなたのクレジット・ヒストリーに影響する可能性があります。」と書いてあった。

これだけ失業率が高いと、無保険者が増えて、医療費が払えない人も大勢いるのだろう。保険があっても、自己負担分を払う余裕がなくなっているのかもしれない。病院もチャリティではないので、代金を回収しなくてはならない。だから、少額ずつでも払ってもらいたいのだ。

もし私が毎月20ドルずつ払うとしたら、30ヶ月かかる計算になる。支払いが終わる前に、他の病気にかかりそうである。


<今日の英語>

Just thought you might want to know.
きみが知りたいんじゃないかなと、ふと思ってね。


もったいぶった夫の一言。真夜中に夫が台所に下りて行ったところ、夫をずっと避けていた妹猫が現れて、ニャーンと鳴いたそうだ。そりゃ、猫が心配だから知りたいことは知りたいけど、まだ許してないと思うわよ。



クリック募金を始めました。下記サイトにて協賛企業のリンクを各社1回クリックすると、1円ずつ募金できます。
    JWordクリック募金

 |  医療  |  コメント(1)

愛人ごっこ その37

2009.09.04 (金)


(前回その36の続き)

「この辺でいい?」

「うん。このシート、後ろに倒れる?」

「倒れるけど、あなた、まさかここでしたいの?」

「だって、ご主人がいるから家でやれないよ。ぼくは明日からドイツだし、今夜が最後のチャンスだから、どうしても今やりたいんだ。いい?」

私は車の中でやったことなんかない。高校生じゃあるまいし。だいたい、パヴェルはこんなに背が高いじゃないの。どうやってやるのよ。

「大丈夫。ぼくがリードするから。」

あなた、ベラルーシでこんなことよくやってたのね。可愛い女の子を相手に。まったく子供だと思ったら。

彼はさっさとジーンズを脱ぎ捨て、私の服を脱がせにかかった。いつもよりもっとあせっているみたいだった。それでも私にいつものキスをして、唇と舌と指で私を挑発し始めた。

・・・

もし警察に見つかったら、逮捕されるかしら。それでなくても、こんな田舎ではすぐ町中のうわさになるかもしれない。

あそこのお宅の日本人の奥さん、キッチンで働いていた若い外国人とできてたんだって。旦那の留守に家に引っ張り込んでたらしいよ。キャンプ場の駐車場でやってるのを見つかったって。人は見かけによらないよねえ。旦那は知らなかったんだろうなあ。…

パヴェルのしたいようにさせながら、そんなことを考えた。

「もう、いいかな? もうがまんできないよ。」

「それより、いつまでもこんなところにいられないわ。」

それをイエスと受け取って、彼は私の中に上手に入り、狭い社内で激しく動いた。私は暗くて彼の喜ぶ顔が見えなくて残念だと思った。あっという間に終わった彼は、私にタオルを渡して、自分はさっさと服を着た。

「さあ、あなたの家に行かなくちゃ。」

私はなんだかムッとした。

「ちょっと待って。私はまだ服を着てないわよ。きれいにしてからでないと、家の中に入れないじゃないの。あなたはすっきりしたでしょうけど。それに、こんなに慌てていたら、感じるどころじゃないわ。」

思いがけなく強い口調でそう言うと、パヴェルはハッとして、

「ごめん。今夜が最後だから、どうしてもメイクラブしたかったんだ。怒った?」 ほんとに済まなそうな顔をして謝った。そして、私が服を着るのを手伝いながら、熱のこもったキスをした。

・・・

ほんとに今夜が最後なのだった。

私たちは、私は、いったい何をしているのだろうか。

彼はドイツに着いたら、私のことなんかすぐに忘れてしまうだろう。大学生活に夢中になって、そのうちガールフレンドでも作って、私にするのと同じように、こうやって上手なキスをするに違いない。

「さあ、もう帰りましょう。これ以上遅くなると、主人が怪しむわ。」

(次回その38に続く)


<今日の英語>

This isn't rocket science.
これは全然難しいことじゃない。


i-Phone 利用者が、AT&Tネットワーク・サービスの遅さについて文句を言った。たくさんアプリケーションがあったって、使いものにならない。要は電話をかけるという簡単な話で、ロケット科学みたいな高度な論理が必要なわけじゃない。



クリック募金を始めました。下記サイトにて協賛企業のリンクを各社1回クリックすると、1円ずつ募金できます。
    JWordクリック募金

 |  愛人

見ていられないサフィナ

2009.09.05 (土)



楽しみにしていたUSオープン・テニス。

今年で引退するマラット・サフィンがあっけなく1回戦で負けて、がっかりである。どこかのサイトで彼の写真を見たファンが、"This guy is pure sex!" とコメントを残していた。なるほど、その通り。

彼の場合、見かけがいいだけでなく、試合中やインタビューでのパーソナリティがいい。声もセクシーだし、ロシア語なまりの英語がキュート。それがもうすぐ聞けなくなる(見られなくなる)と思うと、ほんとに残念である。

今回も記者会見でウィットに富んだ回答をしていた。その中で、女子ランキング1位の妹ディナラ・サフィナについて、「彼女を守ってやりたい。みんな、彼女をほっておいてくれ。」という発言があった。

サフィンとサフィナの両親はタタール系ロシア人。特にお母さんはまるっきり中央アジアの顔をした、ロシアのおばちゃんである。サフィンもそれでエキゾチックな魅力があるのだと思うが、妹はかわいそうにとても美人とは言いがたい。

それはともかく。

サフィナはランキング・システムのポイント計算で、1位にランクされているが、いまだに4大大会で優勝したことがない。準決勝、準々決勝あたりまでは行くのだが、みじめなくらい一方的な試合で負けることが多い。本人も、自分の敵は自分だと言っている。プレッシャーに弱いらしい。

今週も、1回戦で危うく負けそうになった。TVの解説者が、もし負けたら、1位の選手が初戦敗退するのはUSオープン史上初めてだと繰り返していた。なんとか逆転勝ちしてくれたが、2回戦もエラーの多い、フルセットの試合だった。

本人もどうしてうまくいかないのか、悩んでいる様子がありありで、もう見ていられないのである。普通はランキングの低いほうが underdog (弱い者)なのだが、ナンバーワンなのにそんな風に見なされる彼女がかわいそうになる。

解説者も、「ディナラが勝つだけで、ほっとしますねえ。」と言い、「あのネガティブなコーチはどうにかならんのでしょうか。」と、いつも苦虫を噛み潰したような顔で応援のそぶりもない例のコーチをけなした。

     *     *     *

もともと4大大会のトロフィーをかかげたことがないナンバーワンとして、プレッシャーを抱えていたところへ、セリーナ・ウィリアムズが「グランド・スラムで1度も優勝していない人がナンバーワンなんておかしい。ランキング2位の自分こそが真のナンバーワンだ。」と言い出して、さらに追い詰められた。

セリーナはいやみったらしく、「彼女(サフィナ)は、ちっぽけな試合で優勝してナンバーワンなのよね。私はグランドスラムで優勝してナンバーツーをキープすることにするわ~。」とほざいた。

私はもともとセリーナの試合は美しくないので好きではなかったし、彼女が負けたときの記者会見での愛想の悪さと自分を負かした相手をほめないのに嫌気が差していたけれど、ああいうコメントはほんとに醜い。

本当のチャンピオンはそんなケチをつけたりしない。1位になりたければ、セリーナももっとたくさんの試合に出てポイントを稼げばいいのだ。

そうやって非難すると、人種差別だ!と問題をすりかえる輩が出てくるから困る(セリーナは黒人)。

ウィンブルドンの準決勝で、ヴィーナス・ウィリアムズがサフィナを一方的に破ったのだが、記者会見で、ナンバーワンがこういう試合をするのは女子テニスの評判を落とすのではないかという質問に対して、ヴィーナスは「あなたは女子テニスを馬鹿にしているんですか。」と気色ばんだ。

そして、「女子テニスの現状はすばらしいと思います。私たちはいい試合をしていますよ。ディナラはいい選手ですし、私は彼女を尊敬しています。あなた(記者)もそうすべきです。」と切り捨てた。

サフィナのエラーだらけで見せ場がなくて、決していい試合ではなかった。セリーナのコメントをいくらか修正しようとしたのか、本心はどうあれ、ヴィーナスを見直した。

    *     *     *

ごひいきのサフィンが負けてしまったので、これからはデル・ポトロとソダリングを追いかけることにする。フェデラーが6連覇でも、ナダルやマレーが初優勝でもいいけれど、応援したい選手(いい男)はそれとは別である。

女子の優勝は、ウィリアムズ姉妹以外なら誰でもいい。

サフィナが優勝するのは、今のところほとんど奇跡。でも、サフィンだって、「20歳のときにサンプラスを破って初優勝したのは、まさにミラクルだった。」と昨日コメントしていたではないか。これからサフィナが(もし)勝ち続ける間は、ハラハラしどおしになる。

【関連記事】
サフィン最後の試合 2009.11.12
「何かが足らない」全豪オープン 2010.01.23
サフィン復活 2010.03.26



<今日の英語>

Sorry, I couldn't resist.
すみません、つい言いたくなって、抵抗できませんでした。


ラジオのアンカーが、くだらない駄洒落の後に言った一言。すごくピッタリな駄洒落が思い浮かんだので、くだらないと思いつつ、つい。



クリック募金を始めました。下記サイトにて協賛企業のリンクを各社1回クリックすると、1円ずつ募金できます。
    JWordクリック募金

 |  社会  |  コメント(0)

愛人ごっこ その38

2009.09.05 (土)


(前回その37の続き)

パヴェルを連れて家に戻ると、夫が起きて待っていた。リビングルームのカウチに座ったまま、振り向かずに私に聞いた。

「ずいぶん遅かったね。」

「名残惜しいのかなんだか知らないけど、送別会がいつまでも終わらなくて、待ちくたびれちゃったわ。明日は早いから、私もう寝るわね。あなたもパヴェルをいつまでも引き止めないでよ。パヴェル、もうゲストルームもシャワーもわかるでしょ。じゃあ明日の朝ね。」

そういって、私はそそくさと2階に上がって、シャワーでなく、バスタブにお湯を入れた。熱いお湯に体を沈めて、自分の体を見た。車の座席であんなに慌ててやらせるんじゃなかったわ。でも、彼の言うとおり、最後にもう一度だけと思ったら、あれしかなかったのよ。

もうパヴェルとは終わり。

とたんに寂しさが襲ってきて、これまでにパヴェルと交わした会話や彼の愛撫やうれしそうな顔を思い出した。夫がいなければ、このベッドで朝までいっしょに過ごせるのに。May-September affair は、結局どっちかが置いてきぼりになって終わるのかもしれない。

・・・

翌朝、まだ夫も子供も寝ているときに、パヴェルと私はキッチンで紅茶を飲み、トーストを食べた。もう秋になっていて、朝の風は冷たかった。

私は彼をよく覚えておこうと思って、彼の顔から目を離さなかった。彼が旅立ちを前にわくわくしているのが伝わってきた。

そっとガレージに下りて、車に乗り、駅に向かった。今日でお別れなのに、これから何時間かずっと彼と二人きりでいられると思うと、うきうきしてきた。

こんなに朝早くても通勤客らしき人たちが数名乗っていた。私とパヴェルは2人がけの席に座って、手をつないだり、肩を寄せたりした。そして、思い出したように、ドイツのことや今日のスケジュールなどを静かに話した。

「6月にキャンプカウンセラーとしてアメリカに来たときは、こんなふうにドイツに帰るとは思ってもいなかったなあ。大学に合格するかどうかもわからなくて、なにもかもが宙に浮いたままだった。でも、ぼくはあなたに出会った。」

「そうね。こんな偶然ってないわよ。キャンプはほかにもたくさんあるし、あなたがうちの子のグループ担当でなかったかもしれない。それより、あなたがビザのことで私に電話してこなかったら、キャンプで終わりだったわ。」

夫がタイで女を買って以来、私と夫の間が最悪の状況になり、その後やっと私がなんとか立ち直りかけていたときだった。もし1年前なら、とてもキャンプカウンセラーと長話をする精神状態ではなかった。

いろんな条件がうまく重なった出会いだった。

・・・

「あなたの親切は忘れないよ。一夏の間だけの愛人だったとしても、ぼくはあなたを愛してる。いつもあなたの幸せを願ってる。」

「ありがと。私もあなたに幸せになってもらいたいの。あなたの結婚式には呼んでくれるんでしょ。花嫁さんに会いに、ベラルーシまで行かなくちゃね。」

「その前に、大学の卒業式に来てくれるとうれしいな。今度はぼくが空港までお迎えに行って、あちこち案内してあげる。ドイツだけじゃなくて、ベラルーシもロシアも。」

私は彼の素朴な言葉を、たぶん実現しない物語だと思って聞いていた。

(次回その39に続く)



クリック募金を始めました。下記サイトにて協賛企業のリンクを各社1回クリックすると、1円ずつ募金できます。
    JWordクリック募金

 |  愛人

日本で服を買わなかった理由

2009.09.06 (日)


日本でデパートやショッピングセンターに行ったのはほんの数回だったが、服は買わなかった。というか、買えなかった。

まず、店頭のマネキンが異様に細い。アメリカのマネキンも人間より細く作ってあるけれど、日本のはむしろ薄いのか。そして、小さい。

その薄くて小さいマネキンが着ている服のサイズを想像して、お店に入りそびれた。

ふだんから日本の雑誌やカタログを見ていれば抵抗ないのだろうが、3年ぶりに、しかもその前の滞在中も洋服を買わなかった私には、日本の服がずいぶん変わったものに見えた。

今年の流行なのか、幼稚園のスモックみたいな長めのトップと、黒いスパッツ。細くて足にぴったり張り付くジーンズ(これも裾が折ってあったりする)。そんな服を着る自分が想像できなかった。

実際に街中でもそういう格好をよく見かけた。あの湿度と気温で蒸れないんだろうか、と余計な心配をしてしまった。それに、トップというよりはワンピースくらいの丈なのに、それでも下にスパッツをはいている人がいた。

髪を切ったときに美容師に聞いたら、「ナマ足が出せないんですよ。みっともなくて。」とのことだった。彼女は水泳選手だったそうで、上背も肩幅も体の厚みもあり、どんな洋服でも着こなせそうなのに、せっかくのすらりとした足をスパッツで隠していた。

アメリカでは、ナマの足つまり素足がみっともないという感覚はないと思う。

そうでなければ、脚の形や皮膚の状態がどうであれ、年齢に関係なく平気でショートパンツにサンダルで出かけるはずがない。

     *     *     *

私がアメリカで買う服は、流行ではない、カタログのいわゆる定番と呼ばれる安価なものばかりだけれど、それでも立体的に作ってある。手に取ってみた日本の服は、平べったく感じた。

そして、日本の服のサイズを忘れてしまっていたことに気づいた。20年前、いや10年前と比べても、私の体型はすごく変わった。裁断のせいか、9号なんか子供服みたいに見える。絶対入らない。

若い子用の服は感覚が違うなと思って、ミセスのコーナーに行くと、一挙に色が渋くなって、デザインもこれまた私の予想と違っていた。普段着を探しているだけなのに、アメリカで見慣れている服とこんなに違うものかと不思議だった。

東京ならもっと選択肢があったかもしれないが、買いに行く気力もお金もなかったため、早々にあきらめた。

     *     *     *

結局、ユニクロのブラトップを2枚買っただけである。それも、実家の近くにはお店がなかったので、オンラインで注文した。

1500円のところ、セールで990円。安い。

ブラトップに似た製品は前にアメリカで1枚買って持っていたが、それは30ドル以上した。ユニクロのは、それより格段に着心地がいい。ずっとニュースで聞いていただけのユニクロを入手して、やっと「一般人」に近づいた気分である。

マンハッタンの SOHOにも Uniqlo が出店したが、うちからは1日がかりの外出になるので、行きそびれていた。

でも、この値段でこの質なら、一度は買い物に行ってみる価値があるかもしれない。これからの季節、ヒートテックというのを見てみたい。

一度も Costco に行ったことがないのが発覚して(別に隠していたわけではないけれど)、補習校の友人たち、特によく出歩くらしい駐在の奥さんたちに驚かれた私である。「夏に、ユニクロの服を初めて買ったのよ。」と感動していては、また同情されそうである。


<今日の英語>

That was an eye-opener.
それは私の目を開いてくれた。


大学で建築を専攻するつもりだった女の子が、Studio Art のクラスで担当教授の話に啓発され、美術も併せて勉強することにした。目からうろこでした、という一言。



クリック募金を始めました。下記サイトにて協賛企業のリンクを各社1回クリックすると、1円ずつ募金できます。
    JWordクリック募金

 |  生活  |  コメント(1)

愛人ごっこ その39

2009.09.06 (日)


(前回その38の続き)

電車がグランドセントラル駅に着いて、私たちはドイツ領事館に向かった。日本領事館はパーク・アヴェニューの一等地にあるけれど、ドイツのはもっと静かな通りの、ごく普通のビルディングの中にあった。

用のない私が付き添ってややこしいことになるといやだったので、私は入り口で待っていた。彼の言葉どおり、パヴェルはすぐに降りてきた。手続きはあっさり終わったらしい。

私たちはコーヒーショップに入った。今朝は早かったし、彼はもうおなかがすいていたようだった。大きいサンドイッチやサラダを頼んで、黙々と食べた。私は少しだけ食べて、彼を見つめた。

この青年は、ズタズタになっていた私の精神を立ち直らせてくれた。彼に出会うまで、私がどれだけ痛手を負っていたか、彼には到底わからないだろう。

私は彼に何を求めていたか自分でもよくわからないけれど、私は彼がほしくて、そして手に入れた。

私たちはお互いの秘密を共有し、共犯者になった。私たちの親密な、でも割り切った関係。この先、私はそれをよりどころにしよう。

・・・

「ねえ、あなたドイツに行ったら、若い女子大生に目移りしちゃうでしょうね。」

「ガールフレンドより、まずは勉強だよ。それに仕事も探さなくちゃいけないしね。ぼくはあなたに甘やかされてしまって、ぼくと同じくらいの年の女の子じゃ、だめかもしれない。」

「ベラルーシのお母さまが嘆くわよ。」

「ぼくの友だちやいとこなんかは、もう半分以上結婚したかな。でもね、自分でアパートを借りられなくて、親と住んでいるんだ。それで子どもが生まれても、やっぱり出て行けない。ぼくはそんなふうになりたくない。まず自立したいんだ。」

私は彼が大学を卒業して、いい仕事を見つけて、彼があこがれているような生活ができるといいなと思った。

「あなたなら、きっとできるわ。ドイツで困ったことがおきたら、すぐ連絡するのよ。突然私のところに来て、今すぐにお金を貸してくださいってことは、もうしちゃだめ。時間が経てば経つほど、オプションがなくなるだけよ。」

時間に流されているだけで何もしない私は、自分のことを棚に上げて、彼に言い聞かせた。

「ありがとう。すぐ連絡するよ。約束する。」

私は、彼が私のことなどすぐに忘れてしまうだろうと思いながら、彼と目を合わせ、彼の滑らかなひざをたたいた。もうこの脚と絡み合うこともなくなるのだ。

(次回その40に続く)



クリック募金を始めました。下記サイトにて協賛企業のリンクを各社1回クリックすると、1円ずつ募金できます。
    JWordクリック募金

 |  愛人

スタート・アップに転職?

2009.09.07 (月)


今の会社に15年間勤めてきた夫は、パニックアタックと躁うつ病で去年の終わりから休職している。

長期療養者のための保険で給料の50%が支払われるし、健康保険もそのままなのはありがたい。さすがに大きい会社だけあって、福利厚生が手厚い。

でも、休職期間も永遠には続かない。来年の3月に最終的な見直しが予定されている。そのときに夫が職場復帰すべきだと判断されたら、それに従わざるを得ない。

戻ったところで、夫の元の部署に仕事があるという保障はない。他の部署でもかまわないのだが、これだけのリストラの後では競争が激しいだろう。精神的な問題で1年以上も職場を離れた夫は、どうみても不利だ。

夫は、今の上司に定期的に報告の電話を入れている。彼女自身、公私ともに問題を抱えていて、それだからこそ本来は内密であったリストラをそれとなく夫に教えてくれたらしい。

当分は自宅で静養せよとのこと。つまり、仕事はないのだ。私自身も仕事のあてはない。まともに探していないのだから、あるわけがない。

     *     *    *

私がNYに戻る直前、夫は「昔の仕事のつながりで、x氏から転職の打診があったよ。」とさらりと言った。

私はその人の名前を覚えていなかったし(しょっちゅう異動があって、とても覚えきれない。私が彼の仕事に興味を示さないことも、夫の不満の一つ。でも、私はだいたい自分以外のことにそんなに関心が持てないのだ。内助の功のカケラもない)、出発直前の慌しさで詳しい話はできなかった。

NYに帰ってきてから、夫は3日置きにx氏と2時間以上もの長電話をしている。

ビジネスプランを聞いた夫は、その仕事に興味を持ったらしく、「もし引き受けるとしたら、もっと性能のいいPCを買わなくちゃならん。」と言い始めた。

今のご時世(8月の失業率は9.7%。新たに216,000の仕事が消えた。過去12ヶ月で失われた仕事の数は600万)、どんな仕事でも文句の言える筋合いではないが、これは Start-up、つまり起業家によるできたての会社。

すでに会社として機能しているのかどうか、夫も資金提供しなくてはならないのかどうか、私は知らない。

IPO バブルやハイテク・バブルを思い出すと、失敗する可能性の方が大きい気がしてならない。私は risk-taker(リスクを負っても冒険する人) ではない。夫と結婚してアメリカに移住したのは、例外中の例外である。

でも、どういう形であれ、収入が得られて、夫もその仕事にやりがいがあるなら、受けるべきだろうか。ただし、夫が躁状態で舞い上がっているのでなければ。

     *     *     *

実際にどういうオファーが来るのか。それは、まだまだ先の話である。今は単にアイディアの提供者として協力しているらしい。

その会社はメリーランド州をベースにするという。行ったこともないところへ引越しか。出かけるのが嫌いな私は、移動も苦手。

夫の父は、南部で生まれ育って、イギリスに留学して、NY州のバッファローに住み、子どもが家を出た後は南カリフォルニアに引っ越した。アメリカは広いので、引越しのスケールも私の許容範囲を超えている。

子どもたちの学校のことも心配だが、せっかく見つけた歯医者に主治医、地理を覚えた町、日本食品店、東京への直行便があるNYを離れるのは気が進まない。

まして、メリーランドに引っ越して、夫の仕事がうまくいかなかったらどうするか。

夫の能力を買ってくれる人がいるのはありがたい反面、リスクの大きさにおののく。


<今日の英語>

I could be wrong.
違ってるかもしれないけど。


地方の予備選を前に、お向かいの庭先に立候補者の立て札が立っている。夫は、あれは民主党だと思うと言うが、自信はないらしい(本当は共和党)。謙虚な一言。



クリック募金を始めました。下記サイトにて協賛企業のリンクを各社1回クリックすると、1円ずつ募金できます。
    JWordクリック募金

 |   |  コメント(0)

愛人ごっこ その40

2009.09.07 (月)


(前回その39の続き)

空港行きのバス乗り場まで行く途中で、彼のボストンバッグをくくりつけていたカートが壊れてしまった。手で持ち運ぶには重過ぎる。

私は彼にゆっくり来なさいと言い置いて、先に立ってその辺のお店を探すことにした。ここはマンハッタンなんだから、お金さえ出せば何でも手に入るはずだ。

パヴェルといると、なぜかいろんなことが起きる。そして、驚くべきことに、たいていの場合、私は対処できるのだった。

信号待ちをしているときに、角に旅行バックのお店が見えた。中に入って、もう少ししっかりしたカートを買い、難儀しているパヴェルのところに戻った。

「はい、これ。付け替えましょう。」

「どうしたの、これ。」

「すぐそこで売ってたの。あなたへのプレゼント。こんなのが最後のプレゼントなんて、ロマンチックじゃないわね。」

彼はお礼の言葉もそこそこに、新しいカートに付け替えた。やっぱり付いてきてよかった。

・・・

彼は空港までの片道切符を買った。私は空港までは付いて行かない。

何時のバス?

1時半。

もうあと少しね。

うん。わざわざ来てくれてありがとう。カートを買わせたりして、ごめんね。

いいのよ。ドイツでもベラルーシでも使えるでしょ。ドイツなら何でも売っていると思うけど、必要なものがあったら送るわ。

彼の目はすでにドイツのほうを向いていた。私となんでもない話をしながらも、彼の頭の中はドイツでの新しい生活のことでいっぱいのように見えた。

・・・

彼のバスが来た。私はその場を動かなかった。

彼は私を抱きしめてキスすると、

「さよなら。ぼくの大事なひと。ほんとにありがとう。言っておくけど、これで終わりじゃないよ。あなたがドイツに来るか、ぼくがアメリカに来るか。また会えるんだから。」

「気をつけてね。ドイツからメールをちょうだい。落ち着いてからでいいのよ。」

彼は軽い足取りでバスに乗り、私から見えるところに座り、手を振った。

あまりきれいでない窓ガラスから見える彼の顔をもう一度確かめて、手を振り、私は一人で歩き始めた。

(次回その41に続く)



クリック募金を始めました。下記サイトにて協賛企業のリンクを各社1回クリックすると、1円ずつ募金できます。
    JWordクリック募金

 |  愛人

テクノロジーの進歩についていけないとき

2009.09.08 (火)


「くるねこ」ブログで、人気ブログランキングのバナーが毎回違うイラストになっている。なるほど、そういうことができるのか。

試しにプロフィールの写真で作ってみた。その結果がこれ。↓


狭い所にぎゅうぎゅうに詰め込まれた感じ。画像の扱いが下手だとこんな風になってしまいます、という見本ができた。機能しているのかどうかも不明。

日本ブログ村ではどうかなと見たら、自作バナーはかなり自由に使っていいらしいことがわかった。ところが、やり方が書いてない。

なお、具体的な自作の方法は
大変申し訳ございませんが、
「自作」ですのでご自身で研究をお願いしております。
ご自身でお調べくださいませ。

要するに自分でやれということか。この、お役所みたいな文言はなんだろう。

参考サイトを見てやってみたが、どうもうまくいかない。しばらく保留である。こういうとき、時代に取り残されているなあとしみじみ感じる。

     *     *     *

理系科目は苦手だったが、パソコンの基本はどうにかなった。ただし、ソフトの中身はわからないし、興味もない。それで支障のない生活なので、進歩しない。

ブログを始めてから html の初歩はわかったけれど、応用力はゼロ。とても白紙からサイトを作る知識はない。

もっとも、これだけ簡単になっていれば、そんなことはできなくてもいいのだろうが、わからないというのはくやしいもんである。そして、頭の体操のつもりで、ちょくちょく html をいじってみる。

それとは別に、パソコンの使い方そのものにおいて、子どもたちは私とはまるで違う世界にいる気がしてきた。

まずメールをしない。友だちとは、steam というインスタント・メッセージか、オンラインゲームの中で話しているらしい。

だから、私がおもしろそうな記事をメールしても、ぜんぜん反応がない。「メール送ったけど、読んだ?」と聞くと、「まだ。」

読みなさいよ、とせっつくと、何日ぶりかに受信箱を開くのか、「うわー、20通もある~。」と驚く。読まなくてもいいジャンクメールらしいが、メールしないなら何のためにアドレスがあるのかわからない。

     *     *     *

私の祖母は、10歳のとき初めて家に電燈が灯ったという時代の田舎の人である。

「落ちれへんかと思って、交代でこうやってすぐ下で待っとっただよ。」と両方の手のひらを上に向けて、電球を受け止めるような格好をして見せた。

そして、祖母はファクスの仕組みが理解できなかった。私が送信してみせると、

「あれ、紙がこっちへそのまま出てきたやあ。あっちへは届いただかん? こんな大きい紙がどうやって電話の中を通っただかねえ。」

深く考えないで、そういうものだと思えばいいのよと言ったのだが、おばあちゃんはテクノロジーについていけてないなあとかわいそうでもあり、素直というか単純なところがおもしろくもあった。

それが、30年、40年後の自分の姿だとは夢にも思わず。

うちにはTVとビデオとDVDのリモコンがなぜか5つも6つもあって、私がボタンを押すと画面がしばしばザーザーになるので、このごろはリモコンを手にすると、子どもたちに「ああ、ぼくがやるよ。」と止められてしまう。

面倒なので、最近は「ボリューム下げて。ニュースに変えて。」と言うだけで、子どもが操作する。そうやって、ますますテクノロジーから置いてきぼりにされるのであった。

それにしても、リモコンに何十個ものボタンが本当に必要なのか。私には、電源、音量、チャンネル変更、TV・ビデオ・DVDの切り替えボタンだけがあればいいのだけれど。


<今日の英語>

He must go through sneakers like crazy.
彼はスニーカーを何足もめちゃくちゃに履きつぶすにちがいない。


USオープンでコート中走り回っている選手について、解説者がコメント。



クリック募金を始めました。下記サイトにて協賛企業のリンクを各社1回クリックすると、1円ずつ募金できます。
    JWordクリック募金

 |  わたし  |  コメント(1)

愛人ごっこ その41

2009.09.08 (火)


※ これまでの話(その1~40)を最初から読む。またはカテゴリで話の番号を選ぶ。

(前回その40の続き)

パヴェルがドイツに行ってしまってからの数日間、私は何をしてもうつろだった。悲しいとか寂しいとかいうよりも、人恋しくて、彼の腕や胸や唇の感触を取り戻そうと虚しく試みた。

彼が帰った翌日にゲストルームを片付けたとき、彼の残り香がシーツにあるのに気づいた。洗濯をするふりをして地下室に持って行き、長い間シーツに顔を埋めた。そして、すべてきれいに洗った。

夫の前では彼の話をしないように気をつけた。もうNYにはいないのだし、いつまでも思いふけっている理由はない。

でも、誰かに話したくてたまらなかった。「おかあさん、いつもパヴェルのことばっかり、しゃべってるね。」と言われながらも、子どもたちだけにはよく話した。

「パヴェルはもう大学に通ってるかしらねえ。ビザは大丈夫だったかしら。どんなところに住んでると思う?マンハッタンでカートが壊れてね、新しく買ったのよ。また壊れてないといいけど。」 

まだ小さかった子どもたちは、やはりパヴェルがいなくなってつまらなかったらしく、「今度はいつ来るの?」とよく私に聞いた。when (いつ)ではなくて if (もし)なのに。

     *     *     *

彼の夢だったドイツでの大学生活。NYの田舎での数ヶ月や私たちの秘密は、すでに遠いものになってしまったのかもしれない。

でも、彼はこれで終わりにはする子ではないと信じたかった。

私は彼に貸した4000ドルを彼の銀行口座に入れたままで、ドイツでの生活が落ち着いたら引き出すという話にしておいた。

私から彼にメールを出すつもりはなかった。落ち着いてからでいいと言ったのは私。彼にうっとうしく思われるのはいやだった。一夏の愛人関係だとわかっていたのに、遠くに行った彼にまとわりつくようなみっともない真似はしたくなかった。

いても立ってもいられなくなると、彼がくれたロシアのCDを聞いて、心を落ち着けた。

夫は、そんな私に気がついていたのかどうか。

ときどき、「パヴェルから連絡はあった?」と私に尋ねた。「まだよ。忙しくて、とてもそんな余裕はないでしょう。」と、私はぜんぜん気にしていないという風を装って答えた。そのくせ、一日中メールをチェックしていた。

(次回その42に続く)



クリック募金を始めました。下記サイトにて協賛企業のリンクを各社1回クリックすると、1円ずつ募金できます。
    JWordクリック募金

 |  愛人

子育てに向かない母親

2009.09.09 (水)


やっと今日から新学期が始まった。

2人ともティーンエージャーなので、家にいてもたいして私の邪魔をするわけではないが、出かけてくれるとホッとする。ともかく、子どもたちが家にいるだけでエネルギーを吸い取られるような気がするのである。

私は本当に子育てに向いていない。

子どもたちが小さいときは、新学期の朝になると近所のお母さんたちと「これで開放されるわねえ。」と喜んだものだ。でも、中には目に涙を浮かべている人がいた。

たいてい、一番下の子がキンダーガーテンに上がったときだった。そして、午後のお迎えで会うと、寂しくて泣いたのよなどと言っていた。嬉し涙の間違いじゃないの?

     *     *     *

長男がキンダーガーテンに入ったとき、2歳下の次男はやっとナーサリースクール。長男が1年生になっても、まだナーサリースクール。あのときほど、年子で産んでおけばと悔やんだことはない。

ようやく長男が2年生になって、次男もキンダーガーテンまでバス通学するようになり、あのときの開放感は大きかった。これで自分の時間が持てると思った。

子どもたちの成長はそれなりに楽しみだったけれど、子育てに向かない人間というのはいるものだ。やはり利己的な人間は、子育てみたいに自己犠牲の伴うことに、心のどこかで抵抗していると思う。

昔、実家で買っていたミケは避妊手術をしていなかったので、しょっちゅう子猫を産んだ。田舎なので、納屋のネズミ退治にと貰い手はいくらでもあったそうだ。母によると、ミケは子育てが上手だったという。かと思えば、育児放棄する猫の話も聞いた。

猫でも人間でもいろんなのがいるのである。

     *     *     *

めんどくさがりの私の対極にいるのが、夫の実母フランシス。

彼女は夫が大学を卒業してしばらくして癌で亡くなったので、私は一度も会ったことがない。写真と、あとは夫や夫の父の話を聞いただけである。

夫が通った小学校は自宅から近かったため、フランシスの希望で、昼食は自宅で取った。毎日、昼休みに歩いて家に向かうと、母親がドアのところで待っている。そして、いっしょにお昼を食べて、また一人で歩いて学校に戻る。

「途中で道がカーブしていたんだけど、ぼくの姿が見えなくなるまで、母はいつも見送ってくれてた。ずごく寂しくかったんだって。ぼくは子どもだったから、深く考えなかったけど。」

それが夫だけなのか、夫の弟もそうだったのか、夫の記憶は不確かだ。

どっちにしろ、私にはできない。せっかく学校に出かけたのに、毎日お昼に帰ってくるなんて、考えるだけでうんざりする。「どうして帰ってきたのよ? 学校のカフェテリアで食べればいいじゃない。」なんて言いそうである。

でも、そういうのは古き良き時代の話。

今なら、小学生を一人で自宅に往復させる学校はないと思う。うちのような田舎の学校でも、子どもたちが学校にいる時間帯は入り口が施錠してある。セキュリティでぴりぴりしているのだ。

おかげで、私は平日の昼間はずっと子どもから開放されて、一人になれる(夫は自宅にいるが、彼は昼夜逆転だし、自分の部屋からあまり出てこない)。

正味7時間として、その間にやれることはたくさんあり、やるべきこともいくらでもあるのだが、何もできないうちに子どもたちが帰宅する。もう帰ってきたのかと思い、あーあ晩ご飯はどうしようと悩む。


<今日の英語>

That's for sure.
それは確かです。


USオープンの解説者がこのフレーズを連発していた。わかりきってることは言わないでよろしい。



クリック募金を始めました。下記サイトにて協賛企業のリンクを各社1回クリックすると、1円ずつ募金できます。
    JWordクリック募金

 |  わたし  |  コメント(0)

愛人ごっこ その42

2009.09.09 (水)


(前回その41の続き)

5日目にドイツからメールが届いたとき、私の心臓は嬉しさと不安で飛び上がった。もし彼が「これで終わりにしよう。」と書いてきたらと思うと、すぐには開けなかった。

私たち家族全員宛てと、私だけに宛てたものと、2通があった。どちらも、連絡が遅くなって申し訳ないというお詫びの言葉で始まっていた。

夫と子どもたちが読んでもいいメールは、あたりさわりのない挨拶で、M大学の寮に住んでいること、大学の設備が立派で感激したこと、私たちがプレゼントしたパソコンがとても役に立っていること、NYで世話になったお礼などがつづられていた。そして夫のアドレスにも出されていた。

私宛てのメールにはこう書いてあった。

「ドイツでの大学生活も夢のようだけれど、NYでの数ヶ月も夢みたいだった。あなたのことは一生忘れない。あなたは、ぼくの人生を信じられないくらいにいい方向に変えてくれた。

ぼくはここで一生懸命やるよ。絶対にあなたをがっかりさせたりしない。

4000ドルはもういつ引き出してもいいです。ぼくは、キッチンで働いてためたお金もあるし、すぐにこっちでも仕事を見つけるから大丈夫。ありがとう。」

そして11月の私の誕生日に何かしたい、何か贈りたいと言う。

「パヴェル、私はモノは何もいらないの。ときどきメールくれるだけでいいわよ。それも、時間があるときに。」

働きながら大学に通わなくてはならない彼に、お金を使わせたくなかった。すべて親掛かりで日本の大学を卒業した私には、それがどれくらい大変か想像もできなかった。

・・・

彼と私は頻繁にメールを出し合った。地理的に離れても、なぜか私たちの関係は切れなかった。

私はうれしかったけれど、一方で彼が義務感からそうしているのかもしれないという気持ちがぬぐえずにいた。でも、今はメールが唯一のつながりで、私はそれを手放すつもりはなかった。

そして、毎日パヴェルからの報告を心待ちにした。

ジュディに大学への奨学金を与えた足長おじさんも、こんなふうに彼女の毎月の手紙を待っていたのかなとおかしなことを思ったりした。私もある意味ではパヴェルのスポンサーだったから。

「ガールフレンドできた? どんな子か教えて。」

「大きな教室で講義があって、ぼくのすぐ横に座ってた子がすごくかわいかった。話してみたら、ちょっといい感じになって、もしかしたら週末に出かけるかもしれないよ。」

パヴェルは人懐こい。誰とでも友だちになってしまうところがある。ベラルーシでの生い立ちがそうさせたのだろうか。ドイツでそんなことをして危ない目に合わないだろうか。悪い女に引っかかりはしないだろうか。まずは勉強と言っていたのはパヴェルだったのに。

しっかりしているようでどこか抜けている、素朴な彼が心配になった。でも、小うるさい親戚の叔母さんみたいにはなりたくなかった。

「まあ、手が早いのねえ。うまくいくといいわね。あせっちゃだめよ。またデートの報告して。」

そういえば、何度目かに一緒に過ごしたベッドの中で、「私はあなたの mistress (愛人)っていうことになるわね。」と私が言うと、彼はその響きがいいと喜んだ。

私は彼をがんじがらめにするつもりなど毛頭なかった。私たちはそういう関係ではないのだ。

<次回その43に続く>



クリック募金を始めました。下記サイトにて協賛企業のリンクを各社1回クリックすると、1円ずつ募金できます。
    JWordクリック募金

 |  愛人

セックスレスと使途不明金500ドル

2009.09.10 (木)


私が日本に行く直前に、夫が言った。「PayPal へ500ドル入れたいから、そのアカウントと連結している銀行へ送金しておいてくれないか。」

「少ない額じゃないわね。何に使うの。」

「いや、使うかどうかわからないけど、いざという時すぐにお金を動かせないと困るから。銀行から PayPal への送金は、3日はかかると思う。」

「250ドルじゃだめなの。」

「できれば500ドル入れておきたいなあ。」

夫はそれまでにもクレジットカードで不審なチャージを重ねていた。私は密かに調べて、いずれもヨーロッパベースの支払い代行会社であること、アダルトサイトにつながるのもあることを突き止めた。そういうサイトだからこそ、堂々と支払いのできない人のために、代行ビジネスが成り立つのだろう。

     *     *     *

もう何年間セックスレスなのか思い出せない。

もともと「おつとめ」でしかなかったところへ、次男出産後に私が重度のうつ病にかかり、夫がタイで女を買っていたことから夫婦関係は最悪の状態になった。それも、私が現場を押さえたことで、ある意味、決着がついた。

私はもう夫の好きなようにさせようと決めた。その代わり、やりたくもないセックスはしない。

ことさら宣言したのではないが、暗黙の了解となって、何年も経った。ごくごく稀に夫がその話題に触れる以外は、あたかも解決済みかのように日常が過ぎていく。

私は夫のメールが読めなくなったので、夫が裏で何かしているのかどうかわからない。唯一動きがつかめるのは、クレジットカードのチャージ。

でも、送金先がわからないように、オンラインで支払う方法はいろいろあるらしい。

ヨーロッパの支払い代行会社もその一つ。金額と回数が増えていくばかりだったので、ある日、これは行き過ぎていると夫に忠告した。夫は自分もそう思うと認め、もう止めると言ったが、完全には止めていない。躁うつ病のせいだというのは言い訳にしか聞こえない。

それから、「オンラインで知り合ったゲーム仲間にみんなでプレゼントする」というおかしな理由で、150ドルをマネーオーダーで郵送したことがあった。本当は何のお金だったのか、とうとうわからずじまいだった。現金の盲点だ。

     *     *     *

そして、今回の現金500ドルである。

PayPal は夫が作ったアカウントなので、私にはアクセスできない。使うかどうかわからないと夫は言っていたが、未だに手付かずということはありえないと思っていた。

転職の可能性が出てきてから、夫はデスクトップを買い換えたいと言い出した。今日、オンラインで見つけたのが499.99ドル。

クーポンを探してみたら、PayPal で支払うと10%のキャッシュバックというのが見つかった。夫に伝えると、一瞬の沈黙の後、「PayPal にはそんなに残ってないよ。

「1ヶ月前に500ドル入れたでしょう。使うかどうかわからないって言ってたじゃない。」

「残高は見てみないとはっきりしないけど、500ドルも残っていないのは確かだ。それに、このデスクトップは税金と送料を入れたら500ドル以上になるから、どっちみち PayPal からは払えないよ。」

夫は500ドルを何に使ったか、言わない。つまり、言えない理由があるのだ。それが、アダルトサイトなのか、個人なのか、夫はひた隠しにしている。

     *     *     *

私は夫が何をしようと気にしないのではなかったか? 

行為の点ではそうだが、お金は別である。将来私が使えるかもしれないお金を、よその女が使うのがいやなのだ。セックスを拒否しているのは私なのだから、セックス・フレンドを作りたければどうぞ、でもお金は使わないで、というのが本音である。

特に、私が知らないうちに100ドル単位のお金がどこか知らないところに回されると、とても不愉快になる。我ながら勝手だと思うが、実際そうなんだからしかたない。セックスレスとお金の問題がどこかでつながっている。

でも、うちにあるお金は、ほとんど彼が稼いだもの。結局は、夫が500ドルをどう使おうと、わたしがあれこれ言える筋合いではない。

「x氏との仕事に必要なんだから、じゃあクレジットカードで買ったら?」と答えるしかないのだった。


<今日の英語>

I like it the way it is
私は今のままが好きですね。


観光客誘致のため、地元のレストラン兼B&Bを大々的に改装する計画について、常連さんが「いいことかもしれないけど、私は今のままで気に入っている。」と一言。



クリック募金を始めました。下記サイトにて協賛企業のリンクを各社1回クリックすると、1円ずつ募金できます。
    JWordクリック募金

 |   |  コメント(0)

愛人ごっこ その43

2009.09.10 (木)


(前回その42の続き)

パヴェルとこんな風にメールしていることは、夫には内緒だった。

読まれて困ることはお互いに書かないように気をつけていたけれど、余計な詮索をされたくなかった。

「パヴェルから何かニュースはあった?」とたまに夫に聞かれると、「やっと落ち着いたみたいよ。」とか「最近はメールが来てないわね。」とか、適当に答える。

私とパヴェルはいい友人であり、本当はそれ以上の関係だったが、いい友人というのも嘘ではなかったので、私は平然としていられた。サマーキャンプで子どもたちと一緒に写したパヴェルの写真を、堂々とベッドルームに飾った。

そして、パヴェルがいなくなってからも、ロシア語の勉強を細々と続けた。

それは彼が私にくれた贈り物でもあった。彼が話す言葉というだけでなく、ロシア語の美しさに惹かれていた。フランス語や中国語の音がきれいだとよくいうけれど、ロシア語には暖かさと音楽的な魅力があると思った。

補習校への道すがら、車の中でかける音楽はリュベ。「アメリカにいて日本語を習いに行くのに、ロシアのポップミュージックを聴くなんて変じゃない?」と子どもたちに聞いたが、「変じゃないよ。」

・・・

パヴェルが教室で出会った女の子とは、その後進展しなかった。恋人探しは、彼がベラルーシ出身だということが案外ネックになっているようだった。

でも、職探しの方面ではうまくいった。彼が見つけたのは、バーの仕事だった。学校が終わってから、夜中の2時まで。ただし、毎日ではない。

ヨーロッパではアメリカほど禁煙が規制されていないだろうと思い、彼の健康が心配だった。それに、お酒がらみのごたごたに巻き込まれるのも気がかりだった。

でも、彼は大丈夫、心配しないでと返事をくれた。いくらもらえるのかは知らないが、NYにいたときキッチンの仕事をして、カウンターやテーブルで働くのも抵抗はないらしい。大学を休まないでできるのが一番のポイントだった。

大学では、とりあえず英語を専攻するつもりだと言う。日本の大学しか行ったことがない私には、アメリカやヨーロッパの大学の仕組みはよくわからなかった。ドイツで英語?

夫は、英語よりもっと就職に有利な科目を勉強したほうがいいんじゃないかと言ったが、私はパヴェルが自分で見つければいいと思って、反対しなかった。

事実上の国際語となった英語のネイティブ・スピーカーである夫には、英語をマスターしたいという外国人の気持ちはわかるまい。パヴェルの英語は下手ではないけれど、もっと上達できる。

そして、ドイツでの大学生活を始めたパヴェルに、他人にはもちろん、自分の子どもや夫にもやらないくらいの励ましと賞賛を書き送った。

・・・

私たちはちょくちょく些細なことを知らせ合って、率直に意見を述べた。離婚とか結婚とかいうややこしい話をしなくていいのは気楽だった。若い恋人同士のような、将来はどうするのかというわずらわしい問題は、私たちの間には存在しなかった。

希薄な友人関係しか築けない私が、この若い愛人には心を開くことができた。母や姉にも話せないうつ病や夫の浮気のことを知っているのは、彼だけであった。

(次回その44に続く)



クリック募金を始めました。下記サイトにて協賛企業のリンクを各社1回クリックすると、1円ずつ募金できます。
    JWordクリック募金

 |  愛人

アメリカの婦人科検診 その1

2009.09.11 (金)



年1回の婦人科検診 (annual gynecological exam) に行ってきた。

医者は白人の中年男性である。最初の子を産むまでは女医を探したが、その後は医者の性別はどうでもよくなった。

追加の医者やナースが必要なくらいの難産だったので、男でも女でもまず医療従事者なのだと受け取れるようになった。それに、年のせいか、昔のような羞恥心はなくなった。

むしろ、同性である女医よりは、男の医者(男医という言葉はないか)のほうがビジネスライクに話ができる。英語という外国語で話すために、ワン・クッション置けるのもいい。

女医に質問すると、「ああ、それはたいしたことないです。普通です。」と簡単にあしらわれることが多かった。私の経験では、概して女医のほうが女性患者に対して厳しい。


     *     *     *


ナースから、診察台においてあったピンク色の布のガウンを手渡される。「開いてるほうを後ろにして着てください。全部脱いでね。着替えが終わった頃に、また来ますから。」

名前はガウンだけれど、ペラペラの割烹着の袖をフレンチ・スリーブにして、後ろを腰の辺りでひもでしばるようなシロモノ。肩からずり落ちる。しかも、布が重ならないので、たぶんおしりは丸見え。個室だから、ナースと医者以外は入ってこないし、診察する箇所がプライベートなところなのだから、当然か。

子どもを2人普通に産んだあとは、そんなことも気にならない。

ずっと前は、白い紙のガウンだった。どうせ数分着るだけだし、使い捨てで洗濯の手間が省けるのだろうが、なんとも着心地が悪かった。動くと破れそうだし、ガサガサするし、体に沿わない。ここ数年はずっと布製で、助かる。

ところで、開いているほうを前にするのか後ろにするのか、しっかり聞いたつもりでも毎回着替えの途中で迷う。乳がんの触診もあるから、前が開いたほうがいいかも、と一瞬考えてしまう(後ろ開きが正しい)。

ガウンにはサイズがあるのだろうか。私の3倍はあるようなアメリカ人女性もいるのに、こんなガウンが着られるんだろうかと心配になる。

それにしても、診察台(ベッド)が高い。おしりの当たるところに敷いてあるパッドを動かさないように、かつガウンが脱げないように、飛び上がって座るのは小柄な私には大変である。


     *     *     *


ナースが戻ってきて、まず体重を測った。レバーを手で動かして水平になったらパウンドの表示を見るというアナログな体重計。

そのあと、これまではなかった身長測定をした。早い人は40代で閉経して、骨が弱くなるから、私にもその項目が追加されたらしい。そういう年になったかと軽いショックを受けた。

ナースは体重・身長・血圧をカルテに記入しながら、処方薬や既往症などの質問を始める。渡米当初は語彙不足でわからなかったことも、20年も住めば慣れるものである。なまじ日本語でなんと言うのか知らなかったりする。

ずっと以前に、ある女性コメディアンのモノローグをTVで見たことがある。

OB/GYN(産婦人科)って、どうして愛想がないのかしらねえ。だいたい普通は、元気?とか世間話でもするのに、イキナリ「最後の生理はいつ?」でしょ。そんなこと、覚えてられないわよ。毎回、ぎくっとしない? 女として、当然毎月の生理日を記憶にとどめなくちゃいけないのに、あんたは失格って言われてるみたいで。しょうがないから、壁のカレンダーみて、適当に答えるわけよ。

観客の女性たちは、身に覚えがあるのか大笑いだった。事務的なナースの模写がそっくりで、いまだに検診に行くたびに思い出す。

「では、ドクターを呼んできますから。」と、カルテを片手にナースはドアを閉めて出て行った。

いつもカルテをじっくり読みたいと思うが、たいてい個室のドアの外側の書類ケースに入れるらしくて、診察室に置いていってくれない。

(次回その2に続く)


<今日の英語>

He is toast.
あいつは終わりだ。


全国中継されたオバマ大統領の演説中に、「うそつき!」とありえない野次を飛ばしたサウス・カロライナ選出の Joe Wilson 下院議員について、タイムズ読者が一言。Toast  には、焼いたパンや乾杯のほかに、俗語で破滅、大きなトラブルという意味がある。



クリック募金を始めました。下記サイトにて協賛企業のリンクを各社1回クリックすると、1円ずつ募金できます。
    JWordクリック募金

 |  医療  |  コメント(0)

アメリカの婦人科検診 その2

2009.09.12 (土)



(前回その1の続き)

ノックの音とともに Hello, how are you? とドクターが入ってきて、握手をする。

このところ産婦人科系の疾患のない私は、年に1回しか来ないが、ドクターはいつもキビキビと元気がよくて、upbeat というのはこういう人だなと思う。

Good, good! というのが口癖で、6月に私がようやくコロノスコピーを受けたと知って、「それはよかった。じゃあ、今日は直腸触診はやりません。」

カルテを見ながら、何か質問は?と聞き、そして、マモグラフィー(乳房X線撮影)の処方箋を書いて、私のバッグの上に置いてくれる。これも毎年同じ。


     *     *     *


この頃に、ナースが戻ってきた。産婦人科検診では必ずナースが同席する。たぶん医療訴訟を防ぐためだと思う。信頼できるドクターであっても、女性ナースの顔を見るとなんとなくほっとする。

ドクターは、何か始める前に必ず説明をする。たとえば、「まず甲状腺を診ます。」と入ってから、私の首に手を当てる。いきなり触ったりしない。「Good, good.じゃあ背中を見せてください。はい、深呼吸。」 深呼吸するたびに、Good, good.と言われて、安心する。

そして、じっくり背骨を触った。骨粗しょう症は背骨からサインが出るのだろうか。年老いた祖母の背中がひどく曲がっていたのを思い出した。

体の前にも聴診器を当てた後、「胸を見ますから、寝てください。腕は頭の下に組んで。」

乳房を片方ずつガウンから出して、乳がんの触診である。ドクターは毎回同じことを言う。「自己検診は毎月やってください。とっても大事です。生理のあと。シャワーの中で。石鹸を付けた手で。」 

ほとんど録音のように聞こえる。きっとこれまで何千回も口にしたフレーズだろう。悪い患者である私は言いつけを守らないのだが、きっとやらない人が多いからこそ、ドクターも毎回全員に注意するのだ。

私なんか、いかにもやってませんという顔をしているに違いない。


     *     *     *


ドクターは私の右足首をつかまえて、「はい、こっちの足をここに。」 左足も同じようにして、診察台の端っこから伸びている金属製のわっかに置いた。おしりをもっとベッドの端っこまでずらさなくてはならない。

もう恥ずかしいという年でもないが、何度やってもこの姿勢ほど無防備なものはないと思う。アメリカに来て、初めてOB/GYNでこうやれと言われたときはショックだったけど、ほかに方法はない。

でも、そんなことを考える間もなく、pap smear(子宮頸部細胞診)のための speculum(膣鏡)が体の中に入る。カチャカチャという金属音がして、ちょっと冷たくて、皮膚が引っ張られる感じだが、痛くない。これは人によって違うそうで、気の毒に、痛い人は大変らしい。

そして、細長い棒の先っぽで中をこする感覚がある。出産のために子宮内の感覚は鈍く作られているはずだけれど、全くの無感覚ではないのだ。2回細胞を取ると、金属の器具もはずされる。この結果は、2週間くらいして私の家に郵便で報告が届く。

あとは pelvic exam (骨盤内診察)だけである。

ドクターは片手をお腹に置いて、内側と外側から子宮や卵巣の状態を探るわけだが、どうしてもお腹に力が入ってしまう。リラックスしてくださいと言われるまでもなく、力を抜こうとするのだが、かなり抑えられるので、そうリラックスもできない。

手を動かすたびに、Good, good. そうやって安心させるのもお医者のテクニックかもしれない。

それにしても、触感で異常がわかるなんてすごい。こんな風に、人の体に手を入れて診察しようという人たちの存在自体がすごい。アメリカの医療費は高くて困るけれど、お医者にはいい報酬をあげたいとも思うのだ。

はい、起きていいですよ、何か質問はありますか、と再度聞かれるが、今は婦人科系のトラブルはない。「では、また来年の今頃に。」と明るく握手して、ドクターは診察室を出て行った。


      *     *     *


私は日本では一度も産婦人科に行ったことがない。だから、こんなものだと思っている。

日本での婦人科検診では、お腹の上にカーテンの仕切りがあって、患者は診察中の医者が見えないとどこかで、読んだ。昔の話なのか今もそうなのかは知らないが、おそらく女性の羞恥心を考えての対応だったのだろう。

アメリカでのやり方に慣れているというか、それしか知らない私からすると、顔も見えない人に下半身をさらけ出すほうがよっぽど不安で不気味である。


<今日の英語>

It turned out okay.
うまくいった。


スーパーのレジで、店員が同僚に休暇の話をしていた。飛行機が遅れて、その後キャンセルになって、その日はホテル泊まり。でも、ホテルもディナーも飛行機会社持ちだったし、翌朝の飛行機に乗れたから、結果としてOKだったけどね。



クリック募金を始めました。下記サイトにて協賛企業のリンクを各社1回クリックすると、1円ずつ募金できます。
    JWordクリック募金

 |  医療  |  コメント(0)

愛人ごっこ その44

2009.09.12 (土)


(前回その43の続き)

パヴェルがドイツに着いて1ヶ月もしないうちに、大学の寮を出てアパートに引っ越すというメールが来た。

何かトラブルがあったのかと心配したが、そうではなかった。

M大学から45分ほど離れたK市に、彼の親戚の女の子が住んでいて、彼女のアパートで間借りするのだ。寮のほうが大学に近くて便利だし、安く上がると思ったが、彼は他の町に住んでみたいらしかった。

「彼女はオクサナ。ドイツ人と結婚して、ドイツに住んでいるんだけど、ビザの関係で働けないんだ。

ご主人はダミアンっていうんだけど、ちょっとうまくいかなくて、いま別居してるんだって。

彼は建築関係の仕事をしていて、収入もよくて大きいアパートに住んでる。すごいいい人なんだよ。それで、ダミアンはよくオクサナに会いに来て、一緒に食事をしたりしてる。」

「親戚といっても、結婚している女の子でしょ。ダミアンは、あなたがそこで暮らしていいと言ってるの?」

「うん。ぼくとダミアンは最初から意気投合して、ぼくたちだけで出かけたりもするんだ。それに、オクサナとぼくの間には恋愛感情はないからね。ぼくは家賃も払うんだよ。」

おかしな取り決めだと思ったが、若い子たちは平気なのかもしれない。これがヨーロッパ風なのだろうか。こじれた夫婦関係に巻き込まれなければいいけど。

・・・

パヴェルはさっさと大学の寮を引き払い、オクサナのアパートに引っ越した。そして、K市からM大学までトラムという電車で通学を始めた。そんなことも楽しそうに書き綴ってきた。

ドイツ語を流暢に操るパヴェルだが、同郷の彼女とロシア語で話し、ベラルーシの料理を食べるのは楽しいのだろう。

私は複雑な気持ちになった。男女が一緒に住めば何が起こるかわからない。パヴェルの好きなようにさせるしかないと頭ではわかっていても、嫉妬が私を蝕んだ。

奥さんのところによく若い男の子を住まわせるものだと不審に思った。でも、奥さんにベタ惚れらしいダミアンにとっては、かえってそのほうが奥さんが他の男を連れ込まなくて好都合なのかもしれない。

3人にとって、これは単に利害が一致した同居なのだと思い込もうとした。

ベラルーシ人のオクサナはとてもいい子なのに、なぜかドイツ人の夫とはうまくいかない。ダミアンはよく働き、奥さんのためにあらゆることをしてきたのだが、彼女はそれが当然のこととして振る舞い、そのうち自分から家を出てしまったという。

夫婦の問題は当事者にしかわからないものだが、いったい何が不満なのだろうか。これも国際結婚ではあるが、私とはずいぶん事情が違う。

ともかく、パヴェルが大学入学早々、ややこしいことにならないように願った。

(次回その45に続く)



クリック募金を始めました。下記サイトにて協賛企業のリンクを各社1回クリックすると、1円ずつ募金できます。
    JWordクリック募金

 |  愛人

ペーパータオルを使いすぎるアメリカ人

2009.09.13 (日)



私はケチだが、ペーパータオルは割といいものを買う。

安いものを買ったら、ペラペラで吸収が悪かった。点線が入っていてもうまく切り離せず、ホルダーからロールごとガタッと落ちてしまう。それなのに、すぐ破れる。しかたなく何枚か重ねて使うので、結局は節約にならないことがわかった。なにより粗悪品は精神衛生上よくない。

アメリカに移住するまでペーパータオルなど使ったこともなかったのに、今ではキッチンとマスター・バスルームの壁にホルダーを付けて、すぐに取れるようになっている。

※アメリカのペーパータオルは、日本のキッチンペーパーより薄く、揚げ物の油切りにはいまいち。ロール状で、点線の切れ目が入っている。うちにあるものは、1枚あたり11インチ(28センチ)四方で、60枚分つながっている。

お金はかかる、ごみは増えるで、よくないとは思いつつ、使い捨ての便利さとバイ菌が広がらないという点で手放せない。

それでも、1回に1枚ずつ点線のところで切り、ちょっと水気を拭いただけなら、シンクの隅っこに置いて後で掃除に使う。もったいなくて、すぐには捨てられない。


     *     *     *


私がけなげな努力をしているのに、夫は意味もなく大量に消費してくれる。

夫は1枚だけ取ることは、まずない。ガラガラッとロールを引っ張って、必ず2枚以上を出す。もしかしたら最低3枚かもしれない。ともかく、勢いよく引っ張って、出ただけ使うようなところもある。

それでいて何に使うのかというと、たとえばプラムを1個食べるとする(何もしない夫だが、プラムは好きなので、自分で切る)。お皿かまな板を出せばいいのに、ペーパータオルの上にプラムを置き、果物ナイフで半分に切り、種を出す。食べたら、そのままにして立ち去る。

だから、二重三重にしかれたペーパータオルとその上にプラムの種が1粒、そしてプラムのジュースが数滴飛び散っている光景を私はしばしば目にする。

今さら習慣は変わらないだろうとあきらめて、最近は夫に何も言わない。そのかわり、夫を反面教師として、これがいかに無駄であるか、もったいないかを子どもたちに説明する。

ローストチキンを食べるときは、夫にさばいてもらう。そうすると、ペーパータオルのロールが3分の1は消える。チキンが油っぽいとはいえ、いったいどうやったらそんなに使えるのか。

こういう夫は、ファーストフードなどでも、やはり大量のペーパーナプキンを掴むのである。外出先のトイレでも、手拭用のペーパーを何枚も使っていそうな気がする。

だから、たまに夫が環境問題について話をすると、「地球温暖化の心配よりも、まずペーパータオルを使うのを減らしたらどうなのよ。」と心の中でしらける。


     *     *     *


それでも、食べ物関連ならまあ許そう。夫は、鼻をかむのにもペーパータオルなのである。しかも、2枚重ねる。

すぐ横にティッシュペーパーの箱があるのに、わざわざ硬いほうのペーパータオルを使う。ティッシュではやわらかすぎて、勢いよく鼻をかむと破れるそうだ。

私はティッシュもいいものを買っているつもりである(ただし、学校への寄付はストアブランドの安物)。柔らかくて肌触りがよい。ペーパータオルで鼻をかんだら、痛いではないか。

夫は自分の部屋にもペーパータオルのロールを持ち込む。そして、ゴミ箱があふれるくらいに大量に使う。

私は何に使ったのか知っているけれど、プライベートなことなので夫を問い詰めたりしない。私が相手をする必要がないなら、そのほうがよっぽどいい。そして、ごみの日の前日に、大きい黒いゴミ袋を渡して回収する。

こうして、買い置きのペーパータオルはまたたく間になくなる。


     *     *     *


アメリカ人はペーパータオルを大量に消費する。」と思い込んでいたが、カリフォルニア在住の夫の父や継母はそうでもないのである。

年代のせいなのか、もったいない精神なのか、わからないけれど、彼らのキッチンではペーパータオルはうちの10分の1くらいしか出番がない。だいたい細くなったロールが隅っこに置いてあるだけ。バスルームにもない。

そのかわり、dish cloth とか dish towel と呼ばれるコットンのキッチン用タオルを何枚も使う。義母はきれい好きなので、キッチンタオルも清潔。まとめて洗濯機で洗い、引き出しにしまう。

私もキッチンタオルは使うけれど、ついペーパータオルに手が伸びる。もしかしたら、「日本人って、案外ペーパータオルを無駄に使うね。」と夫の家族に思われているかもしれない。

アメリカ人日本人と、簡単に括れないか。


<今日の英語>

It's really bubbling over.
すごく吹きこぼれてるよ。


スパゲティをゆでながら他の料理をしていた私に、夫が一言。じゃあ、かき混ぜるとか火を弱めるとか、なんとかしたら? それに、泡がボコボコに吹きこぼれそうになっているだけで、まだ溢れ出してません。



クリック募金を始めました。下記サイトにて協賛企業のリンクを各社1回クリックすると、1円ずつ募金できます。
    JWordクリック募金

 |   |  コメント(3)

愛人ごっこ その45

2009.09.13 (日)


(前回その44の続き)

勉強とアルバイトで忙しいパヴェルからのメールは、だんだん間遠になったが、毎回届くメールはかなり長文だった。彼の英作文は、ロシア語かドイツ語の影響を受けているのか、私がふだん見慣れている英語とはちょっと違う気がした。

オクサナとの同居も、私が心配したようなことは起きず、うまく行っていた。

オクサナとも彼女の夫ダミアンとも友だちであるパヴェルは、夫婦が言い争いをしても、中立の立場を取っていたらしい。ときおり両方から話を聞かされたり相談を持ち掛けられたりするが、口を挟まないようにしているとのことだった。

ベラルーシの「独裁者」ルカシェンコ大統領が国際ニュースに出るたびに、彼は祖国のイメージが悪くなると憤った。彼は本当のベラルーシがどれほど素晴らしいかを私に訴え、いつか私をベラルーシに案内したいと書いてきた。

それは実現しそうにないプランだったので、私は聞くだけにしておいた。そして、私へのメールが彼の負担にならないように、私からもあまり頻繁に書かないように努めた。

一夏の愛人ごっこはもう終わったのだから。

・・・

ある日、パヴェルがドイツから電話してきた。

受話器をとった瞬間に、国際電話らしい間があって、きっと日本からだろうと思った。それが、最初のハローでパヴェルだとわかり、私は呼吸が止まるくらい驚き、子どもたちは大騒ぎになった。

「国際電話なんか高いんでしょう。メールでいいのよ。」

「大学のコンピュータ・センターからかけてるから、大丈夫。」

「そんなとこの電話、使っていいの?」

「うん、みんなやってるから。それにメールじゃなくて、たまには声を聞きたいと思わない?僕はあなたの声が聞きたいよ。」

彼の声を聞いて体の芯が熱くなったが、夫が在宅していたので、怪しまれるような会話はできなかった。あたりさわりのない話をしながらも、彼と2人だけで過ごした時間がよみがえって来た。

「昨日ドイツの郵便局からパッケージを送ったから、楽しみにしてて。気に入ってくれるといいけど。」

「まあ、そんなことしなくてもよかったのに。でも、ありがとう。届いたらメールするわね。」

私は夫に気取られないように平静を装いながらも、ドイツからの郵便をソワソワと心待ちにした。

(次回その46に続く)



クリック募金を始めました。下記サイトにて協賛企業のリンクを各社1回クリックすると、1円ずつ募金できます。
    JWordクリック募金

 |  愛人

学歴コンプレックス?

2009.09.14 (月)


私の両親は夫との結婚に反対し、夫に詳細な履歴を書くように要求した。3年間付き合ったのに、夫がアイビーリーグ卒だということはそれを読むまで知らなかった。

そのときも、「へえ、そうだったの。」と思ったけれど、肩書きに弱く、世間体を気にする両親を説得するのに都合がいいと考えただけだった。

彼の父親が奨学金でオックスフォード大学に留学したことも、夫の履歴に書いてあった。

まあ、すごい。」これで私の両親もだめとは言わないだろうと思ったが、夫が「戦争直後のGIビルで行けたんだ。」というのを聞いて、そんなものかと納得した。あとになって、そうあっさり行けるものではないことを知った。

義父がそこで物理の博士号を取得したことも、おそらく書いてあったのだろうが、履歴の日本語訳に忙しかった私には深く考える余裕がなかった。忘れたまま、十数年経った。

つい2~3年ほど前、何かの拍子にそのことを夫から聞いて、驚いた。夫も私の反応に「えっ、知らなかったの?」と驚いた。夫にしてみれば、当然知っていると思って、ふだんわざわざ持ち出すことではなかったらしい。

夫のアイビーリーグはともかく(競争の激しい今なら、自分は合格しないだろうと夫は言う)、義父は頭がいい。理系に強いだけでなく、歴史などにも詳しく、無教養な私は、もし日本について質問されたらどうしようとドキドキしたものだ。

     *     *     *

私は日本の女子大卒。アメリカで学校に行ったことはない。

同じ大学を卒業した姉によると、「知っている人はよく知ってるけど、知らない人は全然知らない」大学なのだそうだ。もちろんアメリカでは無名に近いが、それで卑屈になったことはない。

私のいとこは15人以上いるが、ほとんどが大卒で、有名校も少なくなかった。でも、大学に行くのが当たり前みたいな時代になっていたし、私自身がまあまあの大学に行ったことで、いとこたちの学歴は別にどうとも思わなかった。

2歳上のいとこは東大。

彼は虚弱だったが、頭脳明晰で、田舎の高校から初めての東大生として騒がれた。成績がよかった彼なので、私は別に驚かなかった。それより、男の子なのに背が低くて、スポーツもできなくて可愛そうだと不憫に思っていたのだ。

彼は修士号を取ってから、大企業の研究所に就職した。そして、勤務しながら、ロボット工学か何かの博士号を取得した。

     *     *     *

そのうち、母の年の離れた弟の子どもたち(つまり私のいとこだが、15歳も年下)2人も、揃って東大に合格し、大学院まで進んだ。一人は修士号を取って、就職し、もう1人は博士号取得後そのまま大学に残り、今は海外の研究所にいる。

彼らは都会の進学校にいたし、塾にも通い、専業主婦だった叔母が付きっ切りで面倒を見ていたと聞いた。叔父も頭がよかったので、血筋だと母は言う。

他にも年の離れたいとこたちがいるが、知名度の高い大学に進んだ。

夫の継母の長女には一人娘がいる。彼女は自費でやはりオックスフォードに留学した。どういう学位を取ったのか何年いたのかしらないが、その後アメリカに帰ってきて、今度はスタンフォードの大学院に入った。

     *     *     *

このあたりから、私はわけのわからない焦りを感じ始めた。

特に、いつも白昼夢を見ているような長男の成績が下がり、字が下手、作文が下手、計算が遅い、飲み込みが悪いということにイライラしてきた。

長男のように勉強の苦手な子が生まれたということは、私のせいだろうか。私のところで、頭脳明晰なDNAが排除されてしまったのか。私の育て方が悪かったのか。

こんなに大学入学が難しくなっているアメリカで、もし長男がどこにも入れなかったら、義父にどう説明すればいいのだろう。

義父は、私にプレッシャーをかけるような言動は一切しない。義母は、例によって、オックスフォードよ~スタンフォードよ~と、孫娘の自慢をするが、あれは彼女の趣味なのでほっておこう。

勉強だけが人生じゃない。学歴がすべてじゃない。

それはわかっているし、私なんか4年も大学に通って、いったい何を勉強したのか疑問なのである。大学コンプレックスを抱かないために行ったようなものだと思っていたが、今こうやっておかしな心理状態に陥っている。

私自身の学歴コンプレックスというよりも、母や義父に認めてもらいたいからか。

私の評価は、子どもがいい大学に行って、いい仕事に就くことで決まるのか。「勝手にアメリカに行ってしまったけれど、ちゃんと子育てして、一流大学に入れました。」と報告して、誰かに誉められたいのか。

ボ~ッとしている長男を見ながら、そんなことを思う。生まれる前は、健康でさえあればよかったはずなのに。


<今日の英語>

You seem somewhat distracted.
ちょっとぼんやりしてるみたいだね。


パソコンに向かっているときに夫に話しかけられたので、適当に返事をしていたら言われたせりふ。Distracted は何かに気を取られて、集中していない様子。



クリック募金を始めました。下記サイトにて協賛企業のリンクを各社1回クリックすると、1円ずつ募金できます。
    JWordクリック募金

 |  わたし  |  コメント(7)

愛人ごっこ その46

2009.09.14 (月)


(前回その45の続き)

数日後、外出先から戻ると、ガレージの外に黄色い横長の段ボール箱が置いてあった。アメリカでは見かけないその色と Luftpost の文字で、一目でパヴェルからだとわかった。

持ち上げてみると軽い。それに中身が動く。箱自体もなんだか薄いダンボールで、頼りない。それなのに、短いテープで2箇所とめてあるだけ。よくこれで無事に届いたものだ。私はカリフォルニアに荷物を送るときだって、荷造りテープでぐるりと巻くのに。

2階にいた夫には何も知らせないで、箱を開けた。

緑とピンクで刺繍された細長い布、ロシア語の文字が埋め込んである精巧な寄せ木細工の置物。そして、絵葉書のセット2つ。

これらが緩衝材もなしに、ただ大きい箱にポイポイ入れたような形で入っていた。輸送の途中で相当動いただろうに、どれも傷にはなっていなかった。いかにも若い男の子がやりそうな、カジュアルなパッキングで笑いがこみ上げてきた。

パヴェルに荷物が届いたことをメールしなければ。

「この間は電話をありがとう。今日、パッケージを受け取りました。細長い布も木の置物も、ベラルーシのものかしら。置物には、あなたの故郷の街の名前がロシア語で書いてあるみたい。わざわざベラルーシからドイツに送ってもらったの? 忙しいときにありがとう。」

絵葉書は、大学のあるM市と住んでいるK市のものがそれぞれ4枚ずつ入っていた。いかにも観光客が買いそうなものだったが、町の名所や風景が私の想像をかき立てた。

「絵葉書はいつでも見られるように冷蔵庫に張ったのよ。磁石でポケット式だから、ときどき入れ替えるつもり。あなたの大学はお城みたいに見えるわ。」

その夜、キッチンに現れた夫は、絵葉書を見て、「パヴェルから? へえ、よさそうな所だね。」 そして、布と置物を見て、少しだけキリル文字が読めるらしい夫は「これはベラルーシからか。彼らしいな。」

「何も要らないって言ったんだけど。さっき、お礼のメールを出しておいたわ。」

・・・

パヴェルからの返事はすぐに来た。

「もう届いたの。よかった。あの布は、ぼくのおばあちゃんが作ったんだ。伝統的な織り方で、結婚式や他の儀式なんかにも使うものなんだけど、あなたの好きなように使っていいよ。置物はベラルーシの伝統工芸で、どっちも母に送ってもらった。あなたの誕生日に間に合うように。」

「ずいぶん長い布だと思ったけど、セレモニーに使うものなの。そんな大事なものをいただいていいのかしら。しかも、おばあさまのお手製の。」

「あなたのことは、ぼくの家族みんなが知ってるよ。おばあちゃんはぼくがそんなにお世話になった人に、ぜひあげたいって。いくつも持ってるから、大丈夫。一つだけあなたのために選んでもらった。

ぼくの町の絵葉書があなたの冷蔵庫に張ってあるなんて、なんだか変な気持ちだなあ。ご主人が気にしない?」

パヴェルがドイツに行ってしまっても、私は彼とつながっていて、そのことは夫にも隠さなかった。

パヴェルは私の愛人であっただけでなく、ファミリー・フレンドでもあったのだ。それは、私たちの関係をカムフラージュしてくれた。

(次回その47に続く)



クリック募金を始めました。下記サイトにて協賛企業のリンクを各社1回クリックすると、1円ずつ募金できます。
    JWordクリック募金

 |  愛人

くしゃみと Bless You!

2009.09.15 (火)


たいていのアメリカ人は、周りにいる誰かがくしゃみをすると、すかさず "Bless you!" と言う。

知人だけでなく、たとえばスーパーですれ違っただけの赤の他人に対しても、そうなのだ。言われた人は "Thank you."  一回で済めばいいが、連続くしゃみの場合は、
"Bless you."
"Thank you."
"Bless you."
"Thank you."

と繰り返しになる。

Bless you とは、God bless you つまり、神の祝福がありますようにという意味である。もっとも、毎回そこまで考えて口にしているとは思えない。

夫はたまに "Gesundheit." (ドイツ語で健康の意)とも言う。今調べてみたら、他にもそういう言葉をかける国があるらしい。

日本にいたとき、くしゃみといえば、「誰かが自分の噂をしている。」というくらいで、くしゃみに関するあいさつはなかった。単なる生理現象である。

だから、アメリカに来たばかりのときは、Bless you がなんとも居心地が悪かった

     *     *     *

宗教心のない私は、自分から言うのはもちろん、自分に言われるのも嫌いだった。礼儀として、言われたらありがとうと返事をするが、20年経った今でも自分の口からブレスユーは出てこない。

だから、うちでは、誰がくしゃみをしても知らん顔。あるいは、「寒いんじゃない?セーターでも着たら?」と提案する。

そういう家で育った子どもたちは、アメリカに住んでいるのに ブレスユーに慣れていないような気がする。しつけの悪い子だとか、礼儀知らずだとか思われてるかもしれない。

言われたらサンキューと答えるように説明しているが、私のいないところで実際どうなのかわからない。長男は、「学校ではちゃんとブレスユー言ってるよ。あたりまえじゃん。」 私以上に頑固でアンチ宗教の次男には聞き忘れた。

子どもたちがブレスユーを言いたいなら、別に言ってもいいのである。

     *     *     *

「日本人なのに、無理して言わなくたっていいじゃない。だいたい、どこの神さまが風邪を予防してくれるっていうのよ。」と融通の利かない自分を棚に上げて、私は長いこと平然としていた。

子どもが補習校に上がってから、おおぜいの在米日本人に会うようになった。

英語しかできない親や、現地のカストディアンや警備員などもいるのだが、そういう人たちがくしゃみをするとこまめにブレスユーを口にする日本人を見て、驚いた(日本人同士ではしていなかったと思う)。

それは、駐在か永住かにも滞米年数にも関係ないようだった。駐在者のためのマニュアルにでも書いてあるのか、郷に入れば郷に従えなのか、うらやましいほど平然とブレスユーなのである。

人間の適応性は、こんな小さなことにも現れるのだ。

単なる挨拶、そんなもんだと素直に思えばいいのだろうが、頑固な人間はそれができないのである。宗教の話を抜きにしても、私の体から発する音は無視してもらいたいし、私も無視したい。

だから、スーパーでくしゃみしそうな人がいると、さりげなく、でも足早に、立ち去る。他のアメリカ人が回りにいれば、彼らが言ってくれるけれど、くしゃみさんと私が2人だけという状況が困る。

そして、私自身がくしゃみしそうになると、かみ殺す。あるいは、誰もいそうにない売り場に移動する。

     *     *     *

カリフォルニアで私がくしゃみをすると、義父母はブレスユーと言うので、私はサンキューと言う。でも、彼らがくしゃみをしても、私は何も言わない。外国人だから期待されていないのか、私の性格を熟知しているせいか、非難されたことはない。

夫はNYの家では言わないのに、カリフォルニアなら(たぶん、うち以外のどこでも)、普通のアメリカ人みたいにブレスユーを欠かさない。

あれは一種の条件反射なのか。

私が嫌がるのを知っていて私には言わないはずの夫も、子どもたちやたまに私にもつい「神の祝福」を祈ってくれる。私は、「あれほど嫌いだって言ってるのに!」と内心ムカッとしながら、無視を決め込む。

日本ではこんなうっとうしいことはなかったなあと思いつつ、何年アメリカに住んでも、ハグもキスもブレスユーもできない自分に呆れてもいる。


<今日の英語>

This is an easy way in.
(何か習いたいなら)これが簡単な入り方だ。


イギリスの議会が映し出されたTVを見て、長男がイギリスの政治はよくわからないと逃げようとしたところ、夫が「わからないなら、ちょうどいい。こういう番組は、入門編として取っ付きやすいよ。」と一言。



クリック募金を始めました。下記サイトにて協賛企業のリンクを各社1回クリックすると、1円ずつ募金できます。
    JWordクリック募金

 |  言語  |  コメント(2)

愛人ごっこ その47

2009.09.15 (火)


(前回その46の続き)

11月。私の誕生日の2日前に、パヴェルからグリーティング・カードが届いた。

勉強とアルバイトで忙しい彼に郵便局まで行かせるのは悪いと思って、メールでいいと言ったのに、それでは彼の気が済まなかったようだ。

大きなカードの中は、ドイツ語でハッピーバースデーらしきことが印刷してあり、その下に私への深い感謝と控えめな愛情の言葉が書いてあった。

「あなたの願いがすべてかないますように。あなたには幸せになってほしい。」

私と夫の間に何があったかを知っている彼は、私に同情していた。表面的には夫と穏やかにやっていたけれど、パヴェルはそれではよくないと思っていた。彼の理想は、私たち夫婦が心の底から打ち解けて、やり直すことだった。

何ヶ月もの修羅場を過ぎてようやく落ち着いてきたところで、それ以上は無理な要求であることをNYにいるときも話したのに、彼は私と夫が今の危機を乗り越えられると信じていた。

私とベッドを共にしながらも、彼はいろんな意味で夫を尊敬し、親愛の情を持っていた。でも、パヴェルの存在は私の精神安定剤でもあるのだ。彼自身もなんとなくそれをわかっていたらしく、解けないパズルに取り組んでいるような表情を時折見せた。

・・・

11月も終わりに近づいて、私はパヴェルに送るクリスマス・プレゼントのことで頭がいっぱいになった。

実家ではクリスマスは祝わなかったし、姉と東京に住んでいたときも特別なことは何もしなかった私は、アメリカに来ても同じだった。子どもが生まれるまでクリスマスツリーを飾らなかったし、夫婦の間で贈り物はしなかった。

もともと結婚指輪にすら興味がない私は、結婚記念日とかお互いのバースデーとか、そういうことに関心がなかった。ほしいものは自分で選んで自分で買うほうがいい。夫も進んでプレゼント交換をしようというタイプではなかったので、そんなところでは気が合った。

義父母からは毎年贈り物が届いたが、もらいっぱなしであった。子どもが生まれて、ようやくツリーを買い、ストッキングをぶら下げ、プレゼントを包み、地味ながらクリスマスらしいことをするようになった。でも、私は面倒だなと思い、子どもたちへのプレゼントは夫に任せ、ほとんど傍観者だった。

それが、パヴェルにはあれもこれも送ってあげたくなったのだ。

どんな部屋でどんな暮らしをしているのかよくわからないのに、フリースの毛布やシャツ、靴下などを買い集めた。パヴェルが好きだったアメリカの Twix というキャンディーで、段ボール箱をいっぱいにしたかった。

パヴェルは「あなたにはもう充分よくしてもらったから、贈り物はいいよ。ぼくは今の生活に満足しているから。」とメールしてきたが、クリスマス・イブが彼の誕生日でもあったので、何かしてやりたかった。ロシア正教のクリスマスは1月7日だったが、ドイツにいる彼は12月25日も祝うらしかった。

・・・

オクサナにも何かお礼をしなくてはと思った。同居人にだけプレゼントが届くのは、気分がよくないかもしれない。

「オクサナはどんなものがほしいと思う? あなた、何かアイディアない?」

「そんなに気を使わなくていいよ。」

「でも、あなたに部屋を貸してくれてる人でしょ。何かあげたいのよ。」

パヴェルは、そういえば電気ポットの調子が悪いから、新しいのがあると喜ぶと思うと書いてきた。アメリカとヨーロッパでは電圧やコンセントの形が違うだろうか。それに、郵送途中で壊れないだろうか。

彼と相談して、アマゾンのドイツのサイトで買い、直接オクサナ宛に送ることにした。大学時代に2年間かじっただけでほとんど忘れているドイツ語の画面を見ながら、これもパヴェルと知り合わなかったらありえないことだと思った。

(次回その48に続く)



クリック募金を始めました。下記サイトにて協賛企業のリンクを各社1回クリックすると、1円ずつ募金できます。
    JWordクリック募金

 |  愛人

Del Potro 優勝とセレモニー

2009.09.16 (水)


USオープンテニス決勝で、デルポトロがフェデラーを破って初優勝した。

まだ20歳の彼は、ランキングこそ世界6位だけれど、グランドスラムでの決勝進出も初めてで、大舞台でのプレッシャーが心配された。

それに、6フィート6インチ(198センチ)の体は、試合が長引くとへたれてしまうことが多かった。でも、今年のUSオープンでは、「動きがいい。フィットネス・トレーニングを強化したようだ。」と解説者が語っていたので、期待が持てた。

      *     *     *

しかし、相手は6連覇を狙うフェデラー。すでに1セット目を先取して、2セット目も手堅いプレイだったので、このまま勝つかと思われた。ところが、デルポトロがタイブレークで2セット目を取得。

サフィンほどではないが、デルポトロもいい男だと思っていた私は、がぜん若いアルゼンチン人に勝たせたくなってきた。

3セット目はまたフェデラーだったが、4セット目は再びデルポトロが取り、フルセットになった。

4セット目の終わりごろから、フェデラーがなんだか老けて見えた。28ともなれば、4時間も戦ったらそりゃ疲れるだろう。デルポトロのスタミナも心配だったが、それ以上にフェデラーが先にくたばるかと思えてきた。

ファイナルセットは、フェデラーらしくもなく崩れてきて、6-2でデルポトロが勝った。よかった、よかった。

ナダルは謙虚で好感が持てるが、デルポトロも試合が終わると、ほんとに優しそうな、性格の良さそうな子なのである。Gentle Giant というあだ名もある。

ところで、優勝したとたんに、デルポトロは強くてスイートだとかセクシーだとかキュートだとかコメントする女が現れる。あら、私なんか去年からそう思ってたわよ、と対抗したくなる。

      *     *     *

試合は4時間を超え、CBSはレギュラー番組に切り替えたいのがありあり。せっかくの優勝セレモニーが、見るからにはしょられた。賞金とレクサスの話だけで終わりそうになる。

デルポトロが「スペイン語でひとこと言っていいですか。」と司会者に聞いたら、信じがたいことに No と断られた。それでもあきらめずに、Please と頼み込むと、ようやく「時間がないから、短くやってくれ。」

優勝した瞬間に泣いて、そのあとも赤い目をしていたデルポトロは、それまで持ちこたえていたが、マイクを持ってスペイン語で観客と、おそらくアルゼンチンに向けて話し出すと、感極まってまた涙。

グランドスラム初優勝の感動場面だから不思議ではないが、母国語と感情のつながりをかいま見た。

     *     *     *

プロデューサーから早く終われとせっつかれていたらしい司会者とCBSに対しては、ネット上で痛烈な批判が浴びせられた。恥知らず!英語とアメリカ資本主義だけが世界じゃないぞ。司会者とテニス協会会長は二度と顔を見せるな!

かろうじて通じる程度の英語でなく(それだって、1分足らずの質疑応答)、きちんと思いを伝えられるスペイン語でスピーチさせてやればいいのに。アメリカはまた世界に恥をさらしたか。

よく聞くジョークをNYタイムズのスポーツ欄に投稿した人がいた。

「2つの言語を話す人は何て呼ぶか、知ってる?」
「バイリンガル。」
「じゃあ、1つの言語しか話せない人は?」
[アメリカ人。」

スポンサーあってのUSオープンだが、大急ぎで終わったセレモニー直後のTV番組は実にくだらないコメディーでさらにガックリした。しかも、rerun つまり再放送だったそうだ。

これがテニスでなくて、野球やアメリカンフットボールなら、まったく違う扱いになっていただろう(といっても、私はどっちも見ない)。やはり、アメリカではテニスはマイナーなスポーツらしい。


<今日の英語>

That's his bread and butter.
あれが彼の主要なスキルです。


デルポトロの強力なフォアハンドを評した、解説者の一言。Bread and butter は文字通りにはバター付きパン。そこから、生活基盤に係わるもの、飯の種、本業という意味に使われる。



クリック募金を始めました。下記サイトにて協賛企業のリンクを各社1回クリックすると、1円ずつ募金できます。
    JWordクリック募金

 |  社会  |  コメント(0)
 | ホーム |  次のページ
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。