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外国暮らしのストレス

2009.07.01 (水)



冷蔵庫は壊れるし、保険会社は費用を払わないと言ってきた。子どもは夏休みで家にいるし、あと1ヶ月足らずで日本に行かねばならない(日ごとに億劫になっている)。

朝起きたときから、ウツウツとした気分である。こういうときは早めに抗うつ剤を増量しないといけない。

今日から20mgにする。

効果はすぐには現れないという。でも、医薬的にはどうであれ、いつもの2倍の量なのだ、心理的には即効性がある。私の場合はそう。そして、トラブルに立ち向かう元気と勇気が出てくる。

もともと一錠20mgで処方されたのだが、このところずっと半分に切って10mgだけ飲んでいた。

飲み始めたときは、服用に抵抗があって、主治医ドクターBにもなるべく少量で短期間にしたいと訴えた。でも、当時の状況をよくわかっていたドクターは、「あなたは病気です。まずよくなりましょう。」と私を説得した。

そして何年も過ぎて、私はもう大丈夫だから抗うつ剤をやめたいと申し出た。

でもドクターはまだやめてはいけないと言い、処方箋をくれた。もうどれくらい飲んでいるのか覚えていない。

途中で勝手にやめようとしたこともあったが、結局手放せなかった。だから、うちのキャビネにはいつも私のための抗うつ剤があり、なぜか夫にも知られずにいた。私は毎日飲んでいたのに。

ここ数日のようにストレスの多いできごとが続くと、まず薬を増やそうと考える。それ自体、ある意味では依存しているのかもしれない。

*     *     *

外国に暮らすと、自分では知らないうちにストレスがたまっていくものだ、とどこかで読んだ。

私は日本よりはアメリカのほうが暮らしやすいし、これからどうなるかわからないが、経済的にもそれほど苦労していない。子どもの将来は心配だし、夫の仕事や老後も不安だが、毎日それで悩んでいるのでもない。

それでも、自分の生まれ育った国ではないところで、外国語を話す人たちに囲まれて暮らすというのは、どこかに無理があるのか。体と心のどこか深いところ緊張感を強いられているのか。

もっと若いときから日本とアメリカで交互に暮らした人はどうなんだろう。

うちの子供たちは日本語を理解するが、英語のほうが断然強い。日本に長期間住んだことはない。

母親である私と日本語で意志の疎通が図れても、日本語が母語とはいえないと思う(母語・母国語・第一言語の違いに関するウィキのページはこちら)。だから、日本は母親の生まれた国というだけで、かなり親しみはあるけれど、彼らにとってはやはり外国らしい。

「明日からずっと日本に住むって言われたら、どうする?」と長男に聞いてみたら、「えー、ずっと? 死ぬまで? 困るよ。ぼく、わからない言葉があるもん。」 言葉以外にも困ることはあると思うが、まず言葉の心配をするのが興味深い。

*     *     *

私の抗うつ剤服用は、外国生活とは直接関係のない(と自分では思っている)事情が原因なのだが、突き詰めていけば、外国で孤独な子育てをしていたことが発端なのかもしれない。

アメリカに来て20年経って、今さらどうしたいわけでもないが、ふと考えた。

そして、抗うつ剤を増やし、目の前の課題に取り掛かる。


<今日の英語>

Plain and simple.
単純明快なことです。


紫外線をブロックするという洋服のカタログより。これを着れば危険な紫外線から身を守ることができます。難しい話ではありません。
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 |  わたし  |  コメント(3)

<今日の英語> 6月掲載分

2009.07.01 (水)


6/30/09
School is out.
学校は休みです。

You nailed it.
まさにあなたの言うとおりです。

6/29/09
What's wrong with my refrigerator?
うちの冷蔵庫はどこが壊れているんですか。

6/28/09
I beg to differ.
失礼ながら、同意いたしかねます。

6/27/09
It makes my blood boil.
はわらたが煮えくり返るくらい、カンカンに怒ってます。

6/26/09
He is pretty laid-back.
とても気さくで大らかですよ。

6/25/09
He is driving me nuts.
彼のせいで気が狂いそうです。

Can you keep it down a bit?
少し静かにしてくれない?




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トラブルその1 医療費

2009.07.02 (木)



冷蔵庫とコロノスコピー費用。金額からして、まず医療費から片付けることにした。

夫のコロノスコピー費用をよく調べてみたら、麻酔900ドルと施術1950ドルで総額2850ドル。私の6600ドルとずいぶん違う。私の場合は、クリニックでなく病院の施設を利用したからだと思われるが、それにしても2倍以上かかっている。値段のガイドラインはどうなってるんだろうか。

すでに保険会社にはクレームの見直しをメールで頼んだが、こういうことはやはり電話が確実。

EOBに書いてあった番号にかけると、例によって生身の人間はなかなか出てこない。

おまけに被保険者である夫の誕生日を入力したら、「ご本人のクレームなら1、扶養家族のクレームなら2を押してください」と機械が言う。私のクレームなので、2を押すと「このクレームの性質上、プライバシー保護のため、情報を公開することができません。」と機械にはねられた。

そんなこと誕生日を入れる前に言ってよと思いつつ、今度は自分の誕生日で本人を選び、やっとメニューに入れたが、何についてのお問い合わせですかと次なるメニュー。なんとかたどり着くと、「ご案内のラインはすべて他のお客様に対応しております。しばらくお待ちください。」

スピーカーフォンにセットして、パソコンでNYタイムズを読む。こういうときのパソコンは時間つぶしにもってこいである。おそらく10分以上待たされたと思うが、気にならない。

*     *     *

やっと人間の声がした。

「カスタマーサービスです。お名前と生年月日をどうぞ。」

さっき入力したわよと思いつつ、答える。私が私本人であることは電話では確認しようがないと思うが、彼らもマニュアル通りにやっているだけなんだから、こんなことでイラついてはいけない。目的は保険会社にお金を出させることなので、ごく穏やかに話を進める。

komatta3様ですね。今日はどのようなお問い合わせですか。」

「昨日コロノスコピーのEOBを受け取りましたけれど、保険ではカバーされないと書いてありました。これについては、すでにメールで問い合わせていますが、保険の対象になっていると思います。」

「メールは確かに承っております。お返事まで3日かかりますが、すでに再審査の部署に回されている模様です。ただ今、クレーム内容につきましてお調べいたしますので、しばらくお待ちください。」

落ち着いた感じのお兄さんである。慣れているようだが、クレーム処理も大変な仕事だろう。特に医療関係は金額も大きいし、病気で苦しんでいる人を相手に議論するなんてストレスの極みだと思う。

私は病気ではないし、時間はあるので、またPCでニュースやウィンブルドンのスコアを読みながら、いつまでも待てる。

*     *     *

「お待たせしました。これは病院が医療コード入力を間違えたせいだと思われます。コロノスコピーは確かにkomatta3様の保険でカバーされるべきものです。メールとは別に、あらためて再審査へこの件を送付しました。結果が出るまで14日かかります。」

ほらね、やっぱりそうなのよ。保険会社も病院も間違いをする。そして、患者が指摘しないとそのままになってしまう。6600ドル払いなさいと言われて、鵜呑みにしてはいけないのだ。

「ありがとう。じゃあ、EOBの修正版を待ってます。病院のペーパーワークのせいだったんですね。それで、コロノスコピーの費用は保険会社が払ってくださるということですね。」

保険会社や投資銀行との電話は録音されていることが多い。だから、私もお兄さんの説明を復唱しておいた。そんなこと言ってないとか、そういう意味じゃないとか、万が一もめたときの対策である。

何につけても自分のことは自分で守るべきだが、もともと疑い深い私はアメリカに住んでますますその傾向が強まった。

カスタマーサービスがこう言っても、まだ安心できない。本当に単純なコード入力ミスかどうか、実際に何パーセント払ってくれるのか、正しい、つまり私のほしいEOBを手にするまでは戦いモードである。


<今日の英語>

The grass is chewed up.
芝生がボロボロにはげています。

ウィンブルドンの解説者の一言。ラウンドが進むに連れて、じゅうたんみたいだった芝生がはげてくる。土のコートと変わらないところもあって、選手はやりにくそう。chew up はかみ砕く、くしゃくしゃにするの意。



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 |  医療  |  コメント(2)

トラブルその2 冷蔵庫

2009.07.02 (木)


さて、冷蔵庫。

しつこくいろいろ試してみたが、やっぱり冷たくならない。食べ物はごくわずかしか入れていないし、アイスパックで冷やしているので、なんとか腐らせないで済んでいる。しかも、それほど不便を感じなくなってきた。

頑固で融通の利かない私でもこうなのだ。人間の順応性に驚く。

フリーザーはちゃんと動いているので、アイスパックや水のボトルを凍らせ、何時間かたったら冷蔵庫で溶けたものと入れ替える。牛乳も小さいカートンにしたし、卵は室温でも腐らない。冷たい飲み物がほしくなったら、製氷皿から氷を出せばよい。

冷蔵庫がなくても生活できるかも、と一瞬考えたくらいである。

子どもたちは食べ盛りなので、これが永遠に続くと困るが、大草原の小さな家では冷蔵庫がなかったはず。それに比べて、うちはフリーザーがまだあるし、冷蔵庫だって自分では冷やせないけど、密封性の高い特大のアイスボックスにはなるのだ。

*     *     *

ちょっと離れた町によさそうな修理屋を見つけて、メールと電話で連絡を入れたが、半日経っても返事がない。やる気あるのかしら。それとも、景気が悪いから、買い替えより修理の需要が高くて、忙しいのかな。

あまり期待できそうにないので、またシアーズのサイトで修理の予約を入れる。一番早くて2日後。でも、独立記念日の連休前でよかった。

まず来て、どこが悪いか調べて、修理の見積もりを出すのに75ドル。

長男のプレイデート先で冷蔵庫の話をしたら、「修理は高いわよ。新しいの買ったら? S市に安いお店がなかったかしら。独立記念日のセールがあるかもね。それと、ミルクは常温保存できるのがあるわよ。」

Parmalat でしょ。いや、あれは開封しなければ常温でいいけど、いったん開けたら要冷蔵なのよ(まさかアメリカ人って、開けても冷蔵庫に入れないの?)。

彼女が親身になってくれたので、S市の電気店サイトを見るが、シアーズとあまりかわらないし、扱っているメーカーは2社だけ。やはり、まずは修理にする。

*     *     *

は、サーモスタットだけじゃないかとか、フリーザーは動いているんだからどこか接続が悪いだけじゃないかとか、根拠もなく楽観的である。

あなたがおかしなサイトで無駄遣いしたり、赤の他人に200ドルあげたりしなければ、そのお金でとっくに買い換えてるわよ、と言いたいのを押さえる。

私が外出先から戻ると、夫が「冷蔵庫、冷たくなってる気がするよ。」

開けて触ってみるが、冷たくない。私がこまめにアイスパックをフリーザーから行ったり来たりさせているから、生暖かくないだけである。

夫は修理代が惜しい。新しいのを買うのも惜しい。フリーザーだけは動いているから、捨てるのも惜しい。そして、ガレージか地下室に残しておいたらどうかなどと言って、私の神経を逆なでする。

「前と変わってないじゃない。冷たくありません。

夫はそうかなあと言いつつ、例によって「きみに任せるよ」モードに戻った。


<今日の英語>

I can take only so much.
これ以上はごめんです。

NPRラジオで、料理本についてのインタビューより。ここ数年、セレブリティ・シェフと呼ばれる人たちがやたらテレビに出たり、自分のクッキングショーを持ったり、本や料理道具を売ったりしている。あんまりにも露出が多くて食傷気味だが、それでも次から次へとシェフがマスコミにデビューする。もうたくさんすぎます。受け入れるにも限界があります。



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 |  生活  |  コメント(3)

愛人ごっこ その4

2009.07.02 (木)


(前回その3の続き)

ベラルーシについて調べるほどに、未知の国への憧憬が強くなった。

アメリカに来てからは、日本に居たときのような異国への興味が薄れていたのに気がついた。毎日の生活が外国になったからか、アメリカでの暮らしや仕事、結婚生活、子育てとめまぐるしい日々で余裕がなかったからか。

抗うつ剤が手放せない状況にあっては、好奇心や冒険心などひとかけらもなかった。

そして、タイ女の件が発覚して、たたきのめされて、どうでもよくなって、やっと自分を解放することができた。

は何がやりたいのだろうか。


・・・

キャンプのお迎えは4時だが、10分も早く着いてしまった。

グループによってはもうパビリオンに戻っていたけれど、パヴェルはいなかった。その日のプログラムでプールが最後だったりすると、小さい子の着替えで手間取るのだ。あるいは、カヌーをすれば道具を片付けたりしなくてはならない。

私の頭の中にはベラルーシについての覚えたての知識が入っていたが、出会ったばかりでいきなりあれもこれも話すわけにはいかない。

なによりも、私は彼のアクセントに慣れていないし、子どもたちの歓声やカウンセラー同士のおしゃべりで、パビリオンの中は相当うるさい。もとから子どもが好きではない私には、うっとうしいことこの上ない。

やることもないので、他のカウンセラーを観察する。

若いわね。特に男の子。女の子は色気づいていて、キャンプといえど、肌を出しすぎだわ。西洋人は老けて見える。それに肉付きがよすぎる子たち。きれいな女の子は2人くらいか。

大学生がほとんどらしいが、Counselor-in-Training (CIT) と呼ばれるカウンセラーの卵をしている地元の高校生もいる 。彼らは無給だが、来年カウンセラーに応募するときに経験を買ってもらえる。グループごとにカウンセラーが2人、CITが1人付いている。

・・・

子どもたちが列を作ってパビリオンに戻ってきた。パヴェルは背が高いし、やせているので遠目にも目立つ。

「ハイ、パヴェル。今日はどうでした?」

「次男君はプールが好きなんですね。楽しそうでしたよ。」

「ときどきここのプールの会員になってたの。日曜日の午前中だけ一般にもオープンしてたから。キャンプ中はないみたいね。

あのね、あなたベラルーシの人だって言ってたでしょ。わたし、ベラルーシ語があるなんて知らなかった。ロシア語をしゃべってると思ったの。White Russia っていうくらいだから。」

「ベラルーシ語はロシア語とよく似てますよ。でも違いますけど。」

「あなたは両方できるのね。」

「ええ、でも学校ではロシア語だったし、ロシア語を話すほうが多いかな。祖父母とはベラルーシ語です。」

「そう。私、あのキリル文字が読めないのよ。すてきだと思うんだけど、英語のアルファベットに似てるようで違うし、不思議な文字もあるし。」

「ぼくは英語を覚えるとき、逆でした。ロシア語に似てるけど、違ってた。」

「あなた、どうやってベラルーシからアメリカに来られたの? このキャンプにいるベラルーシの人ってあなただけでしょ。他にはどこの国から来てるの。」

「ルーマニア、ハンガリー、チェコ、オーストラリアかな。それから…。」

旧共産圏が多いのだ。年齢からしてソ連崩壊後の世代゙だけど、アメリカが見たいのかな。

「ぼくは、ドイツから来たんです。」

「どういうこと?」

「ベラルーシの大学のときに他の国が見たくなって、ドイツで1年間オーペアをしました。」

「オーペアってアメリカだと女の子というイメージだけど、ヨーロッパじゃ男の子もやるのね。じゃあ、あなたはドイツ語もできるってことね。」

「はい。ドイツ語はベラルーシの高校のときから勉強しました。」

「それプラス英語ね。英語は大学で? あら、でもベラルーシの大学には戻ってないの?」

「オーペアの1年が終わって、帰ろうかと思ったんですけど、キャンプ・カウンセラーになればアメリカに行けると聞いて、ベラルーシからよりもドイツから応募したほうがよさそうだったから。」

この子はおもしろい経歴を持ってる。それに4ヶ国語をあやつる。英語はロシア語なまりがまだ強いけど、ここに2ヶ月いれば上達するだろう。

ベラルーシのルカシェンコ大統領はヨーロッパ最後の独裁者なんて批判されてるのに、よく脱出したものだ。

「おかあさん、お腹すいた。もう行こうよ。」

もっと話をしたいけれど、今日はこれまでか。

でも、パヴェルのことがだいぶわかってきた。ドイツ経由だったのか。だから、どこから来たのか聞かれて一瞬とまどったわけだ。

ちょっとわけありの子かもしれない。

(次回その5に続く)


<今日の英語>

Everything seems to click for her.
すべて彼女の思い通りに運んでいるようです。


ヴィーナス/ラドワンスカ戦での解説者の一言。過去にウィンブルドンで5回優勝したヴィーナス。あっさり勝って、準決勝へ。



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 |  愛人

愛人ごっこ その5

2009.07.03 (金)


(前回その4の続き)

次の日も私の目はパヴェルを探した。

朝と夕方、毎回会えないこともあった。カウンセラーはキャンプ場から5分ほど離れたところにある宿舎で寝起きし、キャンプ施設のダイニングホールで朝食を取っているらしかった。そして、歩いてパビリオンまでやってくる。

ひとつのグループに3人のカウンセラーがいたので、名簿にサインするときにパヴェルがいないこともある。私は彼に会って話したくて、サインしたあともなんとなくその場に残ったりした。

キャンプの朝はパビリオンで子どもたちが歌ったり、予定を確認したりするし、帰りはカウンセラーだけのミーティングや片づけがあるしで、ほんの一言、二言しか話せない日もある。

どの親も名簿にサインするとすぐ立ち去る。子どもなしで過ごせる7時間は貴重なのだ。私もそうだけれど、パヴェルと話したい気持ちのほうが日ごとに大きくなっていった。

ときどきパヴェルに何か聞いている親がいると、イライラしたが、私も彼と話したいので、どいてくださいと言うわけにいかない。でも、私がいつまでも待っているので、そのうち譲ってくれる。

・・・

「オーペアって何をしたの。」

「3人子供のいる家で、子どもたちを学校に送っていったり、お迎えに行ったり、ランチを食べさせたり、勉強をみてやったりしてました。自由な時間もたくさんあって、初めての外国暮らしだから珍しくて。その家のご主人は会社社長で、とってもよくしてくれました。家族の一員みたいに扱ってくれて、特に一番下の男の子にはすごくなつかれました。」

まだ思いつめた表情をしていることが多いけど、パヴェルは少し微笑むようになった。なにか心配事があるんだろうか。

「アメリカに来る前に、一度はべラルーシに帰ったんでしょ。お母様、アメリカは危ないって心配してた?」

「とにかくちゃんと食べさせてもらえるか、それだけです。ここにはダイニングホールがあって、お腹いっぱいになるって電話しました。」

「あなた、ほっそりしてるからじゃない。アメリカの食べ物、口に合うの。」

「おいしいです。ぼくは何でも食べられます。それに、カウンセラーの食事はただなんですから。」

食べ物に文句を言わないこういう子でなければ、ドイツで他人の家に住み込みで働いて、またアメリカでキャンプカウンセラーなんかできないのだ。

それに親に頼らずに、自分の力で生きてるところがけなげじゃないの。若いからできることね。

・・・

「ベラルーシの首都はミンスクでしょう。お家はどこなの。」

「ブレストの近くです。ご存知ですか。ポーランドとの国境にある。」

確かブレスト条約というのを習わなかったか。第一次世界大戦のあとの講和条約?どんなやつだっけ。もっと歴史を勉強しておけばよかった。

「ブレスト条約の名前だけ知ってるわ。家に帰って、地図で見てみなくちゃ。」

パヴェルは不思議そうに私を見た。

ベラルーシに興味をもってくれて、とてもうれしいです。ドイツでもそんなことなかったし、アメリカに来てからは誰もどこにあるかすら知らないみたいだったから。でも、どうして?」

「わたし、外国が好きなの。特にあまり知られていない国。それに、外国の言葉も好き。」

―それに、あなたの国だけじゃなくて、なぜかわからないけど、あなたにもとっても興味があるから―。

「あなたとロシア語で話せたらいいんだけど。ドイツ語は大学でちょっとやったけど、Danke と Bitte しか覚えてないわ。」

「でも、英語はすごく上手ですね。次男君から日本人だと聞きました。」

「そんな上手じゃないと思う。長いこと住んでるし、夫は日本語がぜんぜんできないの。そのかわり、子どもたちには日本語を教えたから、日本語を話す相手ができたわ。」

「ご家族はこちらにいらっしゃらないんですか。」

「だれも。夫の家族もみんなウェストコーストだし。」

「さびしくありませんか。」

「ううん、わたしホームシックになったことはないのよ。今は電話もメールもあるし。仕事もしないで、お気楽な毎日。特に今週と来週はあなたが子どもを預かってくれてるから。」

この青年には、私と夫との間の問題など想像できないだろう。それに、彼は2ヶ月だけアメリカにいるただのキャンプカウンセラーなのだ。気晴らしにおしゃべりの相手にしたいだけ。

・・・

そうこうしているうちに、最初の1週間が終わってしまった。

「土日はカウンセラーもお休みでしょ。何をするの?」

「キャンプ・ディレクターの家でパーティしたり、みんなでバーに行ったり。楽しいです。」

キャンプのない週末はおもしろくなかった。子どもを預けられないことよりも、朝と夕方の数分間パヴェルに会って話ができないのがつまらなかった。

月曜日が待ち遠しい。

(次回その6に続く)


<今日の英語>

Don't shoot the messenger.
関係ない人を責めないで。


私のシャツの下はパジャマじゃないかと夫が言う。違います。これはキャミソール。まったく洋服のことでケチつけるのは母だけかと思ったわ、と日本語でつぶやくと、夫は長男に「マムは何て言ったんだ。」と聞いた。その通り訳すと、夫がなんだってーと叫んだ。長男が抗議する。ぼくに怒らないでよ。ぼくはただのメッセンジャー。メッセージが気に入らないからって、ぼくに罪はないんだから。Don't kill the messenger. ともいう。



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 |  愛人

愛人ごっこ その6

2009.07.03 (金)


(前回その5の続き)

「ねえ、パヴェルを驚かせたくない? ロシア語でおはようって言ってみない?」

週末もベラルーシやロシアについて調べていた私は、スパシーバ(ありがとう)しか知らなかったロシア語を覚え始めた。そして、簡単なフレーズや数字を紙に書いて、冷蔵庫のドアに貼った。

私が日頃から言語に興味を持っていることを知っている夫もキリル文字を見て、「これはロシア語じゃないか。また手を広げたもんだね。」

「次男のキャンプカウンセラーがベラルーシの子なの。でも、ドイツでオーペアをしていたんですって。ちょっとおもしろいのよ。」

「ぼくはモスクワに行ったことがあるけど。ベラルーシか。そりゃまた。」

・・・

ふだんから私は地元の人に比べて、きれいな格好をしていた。おしゃれというより、周りが適当すぎるのだ。中にはパジャマじゃないかと思わせるようなヨレたタンクトップにしわしわのショーツ、破れたゴムぞうりなんて人もいた。

だから、私がちょっとしゃれた服を着ると目立つ。細いかかとのストラップ・サンダルに細い編みの生成りの麦藁帽子、ミディアム丈で透明感のあるブルーのサマードレス。

おませな女の子が寄ってきて、「あなたのドレス、わたし大好き。」なんてささやく。「ありがとう。あなたのTシャツもかわいいわね。」とおせじの一つも言ってあげる。

今週から薄化粧をする。ほんの数分しか会わないのに。パビリオンに近づくと、心臓が高鳴る。彼はまだほんの子どもだ。

「ハイ、パヴェル。週末はどうでした。子どもたちから解放されてよかったでしょ。」

「ええ、ぼくは子どもが好きですけど、昨日はリラックスできました。次男君、おはよう。」

Доброе утро. パヴェル」

Доброе утро! わお、ロシア語覚えたの。すごいよ。」

「あなたを驚かそうと思って、きのう練習したのよ。まだ『おはよう』だけ。」

まさかこんな田舎でロシア語で挨拶されるなんて思ってなかったのか、ほんとにうれしそうだ。やっぱり2週目になると、もっと打ち解けられる。

・・・

「ベラルーシって、まだソ連みたいなの? ルカシェンコ大統領のよくない話を読んだわ。」

「ぼくがミンスクの大学にいたとき、当局から圧力がかかって、行動を慎まないと大学にはいられないぞと教授におどされた友だちがいます。賄賂が横行してるし、ルカシェンコじゃだめですよ。」

「あなたはだいじょうぶだったの。よくドイツに出られたわね。」

「外国に出るのはそんなに難しくないんです。外からは独裁なんていわれてるけど、そんなにひどくないですよ。ぼくの両親も祖父母も普通に暮らしてるし、平和です。すごくいい国です。よその国から偏見をもたれるのはいやだなあ。」

「あなたはベラルーシが好きなのね。」

ベラルーシがきらいで国を出たのではないのだ。でも、チャンスがほしいのだろう。母国でのんびり生活するという選択もあったはずなのに。

「ぼくの生まれた国ですから。家族も友だちもいるし。すごくきれいなところですよ。あなたに見せたいなあ。」

この子はいい子だわ。スレてない。

「あなた、おいくつなの。」

「21です。」

落ち着いてるし、休学してドイツに行ったりしていたから、勝手に25歳くらいだろうかと思い込んでいた。21。若すぎる。

「ほんとに若いわ。いいわね。私の半分じゃない。」

「あなたもお若く見えますよ。ぼくの母は41だから、同じくらいですか。母も若く見えますけど。ぼくの大学に申込みについてきて、あなたの分は?って聞かれたくらい。今でももてるんですよ。」

私は子どもを生むのが遅かったから、うちの子はまだ小さい。下手すると、パヴェルは私の息子にもなりうるのか。よそのおばさんに母親自慢? マザコンかしら。でも、お母さんが好きなのは悪いことじゃない。

それにしても、21歳ね。ほんの子どもじゃないの。

(次回その7に続く)

<今日の英語>

I'm not getting any younger.
これからは年を取るだけだ。


31歳のトミー・ハースがウィンブルドン準決勝前のインタビューで一言。これから若くなることはないんだから、今年のチャンスを生かさないとね。でも、彼の相手はフェデラー。



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 |  愛人

冷蔵庫復旧 その1

2009.07.04 (土)



修理の前に連絡が来ることになっていたが、夕方5時になっても電話がない。シアーズにかけると、「はい、明日伺うことになっております。」

前日に連絡しますとウェブには書いてありましたけど、まだ誰からも電話がありません。」

「はい、ご連絡します。」

なんだか電話が遠いし、話がかみ合わない。それにこの人インドなまりがある。

「確認のメールではモデル番号がわかれば事前にお知らせくださいとありました。うちのはAmana の Dxxxxです。」

「承知しました。ただいま、データに入れました。」

「それは修理人に伝えてくださるんですね。部品の準備もあるでしょうし。」

「はい、そのようになっております。」

なんか不安だなあ。マニュアル通りにやってるのがありありだ。とりあえず、明日時間通りに現れたらよしとしよう。

7時半ごろ、シアーズのコンピュータから電話があった。機械の声で、「明日、8、AM、から、12、PM, の、間に修理に伺います。シアーズをご利用いただき、ありがとうございます。」

あら、ちゃんと電話してきたわ。ちょっと早まったか。それだけ私はシアーズの約束なんか信用してなかったってことね。

*     *     *

午前中は次男のテニスがある。朝9時から11時半。夫はまだ寝ている。9時前に来ることはないだろうが、念のため長男に言い聞かせる。

「もし電話があったら出てね。道がわからなかったら教えてあげて。できるでしょ。もしピンポーンって来たら、ドア開けて冷蔵庫がどこにあるか教えてあげて。それで、ダディは病気で寝てますって。お母さんはすぐ戻りますって。」

こういうのも勉強のうちである。仮想世界では相当いろんなことができるらしいが、子どもたちは実生活では幼稚園児と一緒。

11時。夫が起きてきた。

「シアーズがまだ来ないのよ。午前中に来るはずなんだけど。もうすぐ次男のお迎えだから、もしシアーズが来たら、お願いね。」

11時15分。電話が鳴る。

「シアーズの修理人です。これからお宅に向かいます。あと10分で着きますので。」

ちょうど私が出ている時間だ。夫はお迎えに行かないし、しょうがない。夫に言い残す。

「今から来るって。まず原因を調べるだけで75ドルよ。修理にいくらかかるか、見積もりをくれるはずだから。」

次男を迎えに行く道すがら、シアーズのバンとすれ違った。早く戻らなくては。夫も長男も危なっかしくて任せられない。

*     *     *

ところが、テニスは最終日のために、表彰したり、写真を撮ったり、景品を配ったりしてなかなか終わらない。たかが町のキャンプでおおげさな。いらいらして待つこと10分。やっと次男が車に向かって歩いてきた。

お迎えのとき名簿にサインするという話だったが、次男のグループ担当は初日から「あなたは顔でわかるから、いいわ。」と言っていた。実は、サイン用の名簿など始めから用意してなかったのが2日目にわかった。いいかげんというのか、平和というのか。

大急ぎで家に戻ると、シアーズのバンの後ろのドアが開いて、おじさんがごそごそやっている。話は中でしようと、家に入ったら夫が台所にいた。

「いま、シアーズが来たよ。」

「外でバンを見たけど、もう帰るんじゃないでしょうね。どこが壊れてるって。」

「サーモスタットがイカれていたって。部品が車にあるか見に行ったらしいよ。」

「修理することに決めたの? いくら? 見積もりはもらった?」

「いや、まだ。500ドルくらいなら直す価値があるんじゃないかな。」

あれだけ、見積もりをもらってからと言ったのに。私の機嫌を損ねたと思ったらしい夫は心配そうに言う。

「どうしたの。彼が戻ってから聞いたらいいじゃないか。」

「もちろん聞くわよ。500ドルなら私は新しいのを買うつもりていたのに。だいたいあなたが200ドルも赤の他人にあげたりするからいけないのよ。」

「何のこと?」

まったく、自分の下手な作り話くらいちゃんと覚えておきなさいよ。言うまいと思ったけれど、ついイヤミが出る。

「ゲームで知り合った仲間に、みんなでプレゼントしたんじゃなかったの。あのお金があれば、迷わずさっさと修理してもらうわよっ。」

夫は「わかってる。」とかなんとかつぶやいて、「もう2階に行っていいかな。あとはやってくれる?」とそそくさと出て行った。

やっぱりじゃないの。もしそれがほんとなら、あなたの誕生日には200ドル分ちゃんと返してもらってよ。

(次回その2に続く)

【関連記事】
今度は冷蔵庫 2010.06.29
トラブルその2 冷蔵庫 2010.07.02



<今日の英語>

He is dead from the neck up.
あいつは脳みそが死んでるんだ。


長男にリサイクルを出しておいてと頼んだのに、まだやっていない。夫が降りてきて、私がまた言うと「えー、忘れてた。」 何回頼んだと思ってんのよ。夫にこぼすと、あいつは首から上が死んでるのと同じ。聞いてないし、頭も使ってない。要するに鈍いんだよ。そのわりに、ゲームには集中力が発揮できるのはなぜ?



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 |  生活  |  コメント(0)

冷蔵庫復旧 その2

2009.07.04 (土)


(前回その1の続き)

修理のおじさんが部品を手に戻ってきた。KFC のカーネル・サンダースを一回り小さくしたような、おじさんというよりおじいさん。

「ご主人には説明しましたが、フリーザーの奥にあるサーモスタットが壊れてます。部品は車にありました。いま見積もりを差し上げますから。」と言って、パソコンをたたいた。

226ドルです。部品も修理費も診断の75ドルも、全部込みで。」

まあ予算内か。1年365日として、226ドルなら1日1ドル以下。1500ドルで新品を買っても、税金に配送と引き取りを入れたら、もっと高くなる。まだ7年目なんだから、直そう。

「じゃあ、修理をお願いします。フリーザーの中身を全部出さないとだめでしょうね。」

フリーザーの奥は、おそらくサーモスタットが壊れてから付きはじめたと思われるがびっしり張り付いていた。

おじさんは奥のパネルをはずし、直径1インチくらいのサーモスタットを引っ張り出して、電線をプチプチ切った。そして、新しい部品をつなぎ、パネルを戻して、4つのねじをパワードライバーできゅんきゅんと回して、修理完了。

所要時間3分。

これだけ?

「サーモスタットがパネルの向こう側にあったということは、私がフリーザーにたくさん入れ過ぎて傷つけたんじゃないですね。」

「そういうことはないです。この部品は金属疲労で、パカッと割れるんですよ。今日取り付けたのは別のモデルですから、こういうことは起きません。なぜか GE も Whirlpool もまだ古いタイプの部品を使ってますけどね。」

壊れるとわかっている部品をなぜやめないのか。

「どのタイプが納入されるか、部品業者によっても違うみたいですよ。」

そんな適当なやり方をされては困る。うちのは7年目でだめになったけど、ふつうはどれくらい持つのだろう。

「10年以上持つのもあるし、2年でだめになったのもあります。こればかりはですね。」

今回の部品は金属疲労を起こさないというけど、まったく違うところが壊れるんじゃないかと不安になる。でも、これで再び冷蔵庫が使えることになった。

*     *     *

226ドルとは別に、保証サービスをお求めになりませんかと聞かれた。1年で85ドル。意味無し。

「今日の修理は1年間保証されるんでしょう。」

「いいえ、90日間です。」 やっぱり意味無し。3ヶ月持てば、1年間持つんじゃなかろうか。そのあと壊れたら、今度こそ買い換えよう。

断って、小切手を切ろうとする私に、おじさんは

「クレジットカードでもいいですよ。」

私もそのほうがいい。最近はアメリカでもPC持参の修理人が増えて、サテライトでネットにつなぐ。

でも、うちの周りはなので、家の中ではだめだった。おじさんは車に戻ってやってみると言う。なんとかつながったらしい。印刷したレシートを持ってきてくれた。

修理代191ドル、部品代18ドル、これに税金が加わって合計226ドル。

電気に詳しい人なら自分で部品交換できるんだろうなあ。夫の父なら自分でやりそうだ。夫も私もまるでダメなので、できる人にお金を払ってやってもらうしかない。

「冷蔵庫のコンセントを抜いて、24時間そのままにしてください。ドアは開けてもあけなくてもあまり変わりません。まだ中には何も入れないで。24時間後にコンセントを入れて、2時間待ってから食べ物を入れてください。温度設定は真ん中にしてください。一番冷たくしてもしょうがないですよ。」

せっかく空っぽにした冷蔵庫なので、隅々まできれいに掃除をすることにした。

そしてフリーザーも24時間使えないので、冷凍してあったものをどんどん加熱していかねばならない。キッチンのカウンターの上は、さながらビュッフェである。

「どんどん食べなさいよ。ノルマがあるからね。食べて、食べて。」

ふだんは大食いの次男もさすがに食傷気味。それでも鶏肉の竜田揚げは、山ほどあったのがみるみる消えていった。やれやれ、チキンを無駄にせずに済んだ。

*     *     *

翌朝、冷蔵庫の前にペーパータオルが3枚敷いてあった。昨日のうちに夫がやったのだろう。

見ると、溶け出した氷か霜が漏れたらしく、床がぬれている。子どもたちを動員して、冷蔵庫を何回か移動し、床にたまった水をふき取った。これはおじさんは教えてくれなかったなあ。常識なのかもしれない。

12時。めでたくコンセントを入れると、頼もしいウイィーンという音が聞こえた。空っぽのせいか、あっという間に冷たくなった。

これから子どもたちを荷物係にして、スーパーへ買出しである。


<今日の英語>

You need a good eye.
ものを見極めるいい目が必要です。

NYタイムズの不動産コラムより。中古のコッテージを見つけて改造したカップルの一言。見かけは悪くても、しっかりした造りで私たちにピッタリ。こういう掘り出し物を見つけるには、目が高くないとだめね。have good eyes (複数形)は視力がいいの意。



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カチンと来る日本語

2009.07.05 (日)


息子たちはアメリカ生まれのアメリカ育ち。夫とは英語私とは日本語だけで話す。

補習校は小学校でやめてしまったが、まだ私とは日本語でしか話をしない。今さら英語で話すと、お互いになんだか気恥ずかしいのだ。

もっとも、最近は日本語の中の英単語の割合が増えてきたような気がする。あるいは、「definition って日本語で何て言うんだっけ。」と質問しながら話すことが増えた。

私も日本語でちょっと難しい話をするときには、「憲法ってわかる?constitution のことよ。」と解説しながら話す。どの言葉を理解しているのかわからないので、先走ってしまうのである。もっと信用してどんどん話を進めればいいのだろうが、わからない話をされていやになっても困る。そのへんのバランスが難しくなってきた。

*     *     *

ところで、息子たちはまあ流暢な日本語を話すが、ネイティブスピーカーである私にはやっぱり外国育ちの日本語だなあと思わせることがよくある。

頭の中で翻訳しているとは思わないが、明らかに英語につられている言い回しをする。

「いま来るよ。」 どっちの方向よ。あんまりしょっちゅう言われるので、私はどっちが正しいのかときどきわからなくなってしまう(正しくは、行くよ。)

「シャワー取っていい?」 シャワーを取り外してこわす気?(正しくは、入っていい?)

「ぼく、薬、取った。」 薬を盗んだの?(正しくは、飲んだ。)

「これ、ダディがぼくにあげた。」 どっちがあげて、どっちがもらったのよ。(正しくは、ぼくにくれた。) 

これは give において、渡す側と受け取る側との関係というか、立場の違いが区別されないからだと思う。

同じく、「ぼくにあげて。」「ぼくにくれて。」 頻繁に起こるので、私も本当はどっちが正しいのか忘れそうになる。(正しくは、ちょうだい、ください。)

「ダディ、持ってくるよ。」 モノじゃないわよ。第一、あんな重い体、運べるの? (正しくは連れてくる)。

こういう言いまちがいは、補習校にいた両親とも日本人の家庭のバイリンガルの子どもでもやらかしていた。親は絶対にこういう言い方をしないのに、頭の中で回線接続ミスが起きるらしい。

*     *     *

こういう素朴な間違いと違って、カチーンと来て、黙っていられないのがある。

私がオムレツを焼いていると、台所に来た次男が「ぼくのも作った?」

ちがうでしょ。ぼくのも作ってくれた?でしょ。人にやってもらうんだから、ぼくのためにやってくれてありがたいという感謝の気持ちを伝えなくちゃ。

放課後のイベントに参加したためにいつものバスに乗れなかった長男が、「もしもし、おかあさん? いま終わったよ。迎えに来たい?」

ちがうでしょ。それじゃあ、私がすごくお迎えに行きたいみたいじゃないの。それで、しょうがないなあ、じゃあ迎えに来させてあげよう、みたいじゃないの。私は家を出たくないの。迎えに来てくださいって言えないの。せめて、迎えに来てにしてよ。

悪気のなかった息子たちは私の剣幕にキョトンとする。

帰国子女が日本で煙たがられるのも、こういう誤解が多分にあると思う。

海外で自分の意見を発表することをしつけられたハキハキした態度も関係しているかもしれないが、生意気に聞こえるのである。

うちの母や姉はびっくりするかおもしろがってくれるかで、あまり摩擦はないが、心の中では「まったく母親のしつけがなってないわね。」と思われているかもしれない。

これから日本に行く前ににわか敬語教室・話し方教室をやらねばならない。

そして、私の英語もネイティブスピーカーをぎょっとさせているんだろうなあと思い、青くなったり赤くなったりするのである。


<今日の英語>

How could you not see that?
どうしてあれが目に入らないんだ?


片付けが大の苦手な長男へ、夫の一言。床にタオルが落ちてるじゃないか。こんな大きなものが部屋のど真ん中にあって、どうして拾わないんだ。見えないわけがない。すぐ片付けろ。それがね、あの子の目にはほんとに見えないみたいなのよ。私だって何十回言ったと思う?それなのに、ゲームのときには、画面の隅っこに出てる米粒みたいな敵がしっかり見えてるんだから。



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ムカッとする英語

2009.07.06 (月)


夫の使う英語表現で、私が慣れるのにずいぶん時間がかかったのがいくつかある。

たとえば

Why don't you ask the bank?

なぜきみは銀行に聞かないのだ!?と非難されているような気持ちになる。

本当は、「じゃあ、銀行に問い合わせてみたらどうかな。」くらいのごく軽い提案というニュアンスである。それなのに、Why don't you を日本語に直訳してしまうものだから、なんで責められるのか、理由を説明しなくちゃいけないのかと思ってしまう。

夫は私がいやそうな顔をするのを見て、不思議だったにちがいない。そのうち、あちこちで Why don't you を耳にして、ああそうかとわかった。それでも、一瞬ムッとする。

それから、

Do you want to call the doctor?

きみは医者に電話したいのか。したいんだろう。だったらきみに電話させてあげるよ、みたいな押し付けがましさ Do you want to感じる。

いや別に電話なんかしたくない。あなたのスケジュールもわからないし、やってほしいなら、どうして Will you とか Please とか言えないのよ。

これも夫はごく気楽に私の意向を尋ねているつもりらしい。きみがお医者に電話したほうがいいかもね、どう?くらいのニュアンスらしい。

*     *     *

余談だが、日本人がよく間違って使う表現に had better がある。たとえば

You had better go there today.

今日そこに行ったほうがいいですよ、と軽く言ったつもりが、「今日そこに行くんだ!さもないと (Or else) とんでもない目に会うぞ!」というような命令口調の脅しに近い強い表現なのだ。

今の英語教育はどうだか知らないが、私が学生だったころは had better =「 したほうがよい」と習った。それが尾を引いている。

軽く言いたいときは、You might want to go there today. あるいは、それこそ Why don't you go there today?

たまに日本人の英語を聞いていて、この表現が出ると冷や汗が出る。もちろんそうやって強く言うべき状況もあるだろうが、知らずに使っているのが明らかな場合もある。

脅してるんじゃないですからね、誤解しないでくださいねと解説したくなる。

そういうとき、日本人特有のあまり喜怒哀楽のない表情で話すと、効果(逆効果?)てきめん。言われた方もぎょっとするだろう。

やっぱり会話のときは、なるべく明るくにこやかに話そうと肝に銘じる。

そうすれば、こちらに敵意がないのはわかってもらえるから。たぶん。


<今日の英語>

Owning my own business was not on my radar.
自分で商売をやることは、意識していませんでした。


NYタイムズのインタビューより。投資銀行のキャリアを捨てて、ハーゲンダッツのフランチャイズを始めた女性。ビジネススクールにも行きましたが、そのときはビジネスオーナーになるなんて全く眼中にありませんでした。文字通り、彼女のレーダーには映っていなかった。



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愛人ごっこ その7

2009.07.07 (火)


(前回その6の続き)

私はパヴェルが他の人に呼ばれたり、プログラムが始まったりするギリギリまで、ずっと彼と話をした。他のカウンセラーには挨拶だけして、すぐにパヴェルのところに行った。

中にはカウンセラーと長話をしている親もいたが、たいていは自分の子どもがキャンプでどうやっているかについてだった。

それに比べて、私たちときたら、ロシア語やベラルーシ語、ベラルーシの政治体制、ベラルーシの生活、ベラルーシとロシアの関係など、およそキャンプ・カウンセラーと話す話題ではなかった。

あの東洋人の母親はカウンセラーをつかまえて何してるんだろうと思われたに違いない。いい年してパヴェルに気があるんじゃないかと勘ぐられたかもしれない。でも、私は周りなんかぜんぜん見えなかったし、気にしていなかった。パヴェルのすぐ近くに立って、顔を見て、会話して、夢中だった。

パビリオンの中は子どもたちの歓声でうるさくて、かなり近づかないと話ができない。顔を近づけて、お互いの耳元でしゃべるようになった。

・・・

あるとき、チェルノブイリの影響について話していたとき、めずらしく彼が気色ばんできた。ちょっと落ち着きなさいと彼の腕をそっと叩いた。薄い筋肉がついた滑らかな肌。うぶ毛すらないような、つるりとした、弾力のある若い肌。

「すみません。つい。」

「あやまらなくてもいいのよ。でもあんまり声が大きいとよくないと思って。場所が場所だから。チェルノブイリはほんとに大災害だったから、そんな話を持ち出した私がよくなかったわ。でも、あなたたちは逃げなかったの。」

「ええ。だいぶ距離があったし、ぼくたちはずっと西のほうだったから。でも、ぼくはほんのこどもだったから、何もわかりませんでしたけど。」

では、彼の色の白さやつるりとした肌は放射能とは関係ないのだ。健康ならそれでいいわ。じゃあ、もっと楽しそうでもいいのに。彼にはまだ何かある。

私は彼のことが何でも知りたかった。

・・・

「キャンプが終わったらどうするの。」

「うーん、まだ決めてないんです、どうするか。」

夏だけのカウンセラーのビザでは、アメリカにもそう長くいられないだろう。ベラルーシに帰るか、またドイツかどこかで仕事を見つけるか。

「せっかくベラルーシの大学に入ったのに、卒業しなくちゃもったいないじゃない。」

「それも選択肢の一つですけど、ほんとにどうするかまだわからないんです。」

生まれ育った環境のせいか、あるいは21歳という年齢がそうさせるのか。危なっかしいと思い、でもうらやましくもあった。

普通に大学を出て、少し働いて、結婚し、子どもを生んだ私は、レールからそれたようなそんな人生ではなかった。アメリカに移住したのでさえ、結婚した相手がアメリカ人だったから当然のようにそうしただけであった。

パヴェルは私に隠していることがあると思った。キャンプに来た子どもの親にうちあける話ではないのかもしれない。

私は彼の将来についてそれ以上聞くのをやめた。

(次回その8に続く)


<今日の英語>

He just toughed it out.
彼はただ戦い抜いた。


優勝者としてのフェデラーについて意見を求められたロディックの一言。危ないときでも彼は勝負がつくまで耐え抜く。いかにも平然と簡単にやってるように見えるから、この点はこれまでもちゃんと評価されていないけれど。彼は対戦相手にこれっぽちもあせりなんか気取らせないで、厳しい局面を乗り越えるんだ。



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 |  愛人

愛人ごっこ その8

2009.07.07 (火)


(前回その7の続き)

キャンプ最終日の前夜、子どもたちに言った。

「カウンセラーにサンキューカードを書かない? パヴェルにはロシア語でありがとうって書いたら喜ぶと思うわよ。」

次男はキリル文字を一つずつ書き写し、自分の名前をサインした。

私はパヴェルに会えるのも明日で最後だと思い、沈んでいた。キャンプはあと2つのセッションが残っていた。つまり彼は少なくともあと1ヶ月はNYにいるのだった。でも、うちは今のセッションしか申し込んでいなかった。

今からでも入れてもらえるかもしれないが、結局キャンプは終わるのだ。

私はパヴェルに宛てて、この2週間彼と話をしたのがどれだけ楽しかったか、手紙を書いた。そして、一期一会という日本の言葉を説明した。

ベラルーシに生まれ育ったあなたと、日本で生まれ育った私がNYの田舎で会う確率なんて、いったい何百万分の一でしょう。この夏、こんなめぐり会いが待っているとは夢にも思いませんでした。

同封したお金は、2週間の楽しい講義のお礼です。あなたの好きなように使ってください。

・・・

最終日の夕方、どこのグループでも握手や抱擁が見られた。

次男が「いままでありがとう、パヴェル。」と言ってカードを渡し、彼は封を開けて、「こっちこそありがとう、次男君。楽しかったよ。ロシア語、上手に書けたね。すごいよ。」と次男を抱きかかえた。

次男が友だちと連れ立ってジャングルジムへ向かうのを見届けてから、パヴェルの手に私の封筒を押し当てた。そして、「この中にお金が入っているの。ほんの少しだけど。次男がとってもよくしてもらったから、そのお礼。それに、私のおしゃべりに付き合ってくれたから。」と早口で言った。

彼の白い顔がぱーっと赤くなった。

「あの、そんなことしていただかなくてもいいんです。ぼくも楽しかったですから。」

「たいした金額じゃないって言ったでしょ。素直に受け取りなさい。大人の言うことにはさからっちゃいけないの。他の人に見つからないようにね。」

「ありがとう。あなたは本当に親切な人です。お会いできてよかった。」

そして、私たちは初めて握手をした。大きな、それでいて繊細な、さらりとした手だった。

彼の写真がほしかった私は、子供たちをパヴェルの横に立たせて何枚か写した。

「じゃあね。さよなら。もう До завтра (また明日)じゃないのが寂しいわね。元気でね。」

そうして、2週間が終わった。

・・・

パヴェルに会えなくなってからも、私はいつも彼のことばかり考えていた。そして、キリル文字を勉強し、3週間かけて読めるようになった。ロシア語のフレーズをいくつも覚えた。

キャンプは8月の終わりまである。まだパヴェルはここにいる。すぐにでも会いに行ける。

でも、もう行く理由はないのだ。

あのお金、どうしたかな。たった50ドルだけど、彼にとってはもっと価値があるんじゃないかしら。20ドルじゃ少ないし、でも100ドルだと負担に思うかと、50ドルにしたんだけど、100ドルのほうがよかったかな。

子どもたちに「おかあさん、パヴェルのことばっかりしゃべってるね。」と言われて、はっとした。

そうなのだ。朝起きてから寝るまで、彼のことで頭がいっぱいだった。何とか会う口実はないだろうか。小さいフレームに入れてベッドルームの棚に飾ってある写真―彼だけでなく、子どもたちも一緒に写っている―を眺めた。

でも、9月になって学校がはじまり、また毎日の生活に戻って、以前ほどはパヴェルのことを考えないようになった。

それでも、ロシア語の魅力に取り付かれた私は、いろいろ本やCDを買って勉強だけは続けた。そういう新しい楽しみを教えてくれた彼に感謝した。

・・・

9月の何日だったか、まだ早い頃だと思う。夕方、電話が鳴った。

受話器を取ると、「ハロー?」というくぐもった声が聞こえた。接続がよくないのか、ノイズがある。

私の心臓はドキンと一度大きく打った。パヴェル―。

ついに来た。なぜか、こうなることはずっと前からわかっていたような気がした。

彼に渡した手紙には、何か困ったことがあれば電話するようにと私の電話番号を書いておいた。でも、あれからすでに1ヶ月以上経っていたのだ。

「次男君のおかあさんですか。ぼく、パヴェルです。覚えてますか。キャンプの。」

「もちろんよ。元気? どこからかけてるの? あなた、まだNYにいたの?」

「元気です。あの、ぼくはあなたに会って話したいことがあるんです。お願いがあって。でも、お金を無心してるんじゃありません。」

「お金でもなんでもいいわよ。遠慮しないで、言ってちょうだい。」

「電話でなくて、直接会ってお話ししたいんです。これから伺っていいですか。できればキャンプまで迎えに来てくれませんか。」

「今ね。次男が昼寝をしているの。タクシーを呼んでいらっしゃい。」

そう言って私は道順を教えた。

子どもを起こして車に乗せてもよかったけれど、いくらか私は警戒していた。電話ではできないそんな深刻な話ってなんだろう。自力で私の家に来る価値があるかどうか、彼に判断させよう。彼の意図を見極めたいと思った。

「わかりました。じゃあ、すぐに伺います。お家にいてくださいね。待ってて。」

「大丈夫よ。どこにも行かないから。電話してくれてありがとう、パヴェル。」

(次回その9に続く)


<今日の英語>

Those words have rung in my ears for all these years.
あの言葉がずっと私の耳に残っていました。


NYタイムズの結婚アナウンスメントより。高校時代からの恋人に結婚を申し込まれたけれど、まだ早すぎると断った女性。がっかりした男性は「二度とキミとはデートしない!」と言って去ってしまった。二人ともそれぞれ恋愛をしたが、結婚にはいたらなかった。彼女は何度か彼に連絡を取ろうと思ったが、10年以上前に言われたこの一言がずっと頭にあって、ためらった。結局、彼からメールして二人は交際をやり直し、このたびめでたくゴールイン。



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 |  愛人

愛人ごっこ その9

2009.07.08 (水)


(前回その8の続き)

都会と違って、ここにはタクシー会社が2社くらいしかない。パヴェルが電話しても、すぐには配車できないかもしれない。でも30分ちょっとあれば来られるだろう。

45分経っても、彼は現れなかった。タクシーがつかまらないのか、お金がないのか。それとも気が変わったのか。

パヴェルがうちに来ると知って、子どもたちは興奮していた。そして、長いドライブウェイの端っこまで行って待つと言う。それは危ないから、せめて玄関で待ちなさいと言い聞かせなくてはならない。

すぐには来ないわよとクギを刺しておいたのに、まだ時間の感覚が発達していない子どもたちは、何度も「まだ? まだ来ないの?」とうるさい。

1時間を過ぎて、もしかして用事ができたかもしれない、今日は来ないかもしれないと子供たちをなだめて、子ども部屋に行かせた。

私があきらめてかけていたころ、二階の窓から見ていたらしい子どもたちが「車が来た!パヴェルだよ!」と叫んだ。

・・・

本当に来たんだろうか。深呼吸して、気持ちを落ち着かせる間もなく、彼はデッキの方から姿を見せた。目と目が合った。

私たちは歩み寄り、ごく自然にごく軽く、初めて抱擁した。彼の体臭はほとんどわからなかった。

「こんにちは。どっちから入っていいかわからなくて。突然すみません。」

「あやまらなくていいの。そっちは裏口だけど、どっちでもいいわよ。お久しぶりね。もう子どもたちが喜んじゃって困ったわ。タクシーが来なかったの?」

「運転手がこのへんの地理に疎くて、ぐるぐる回ってしまいました。遅くなってごめんなさい。」

彼は携帯電話なんて持っていなかったし、だいいち森に囲まれたうちの周辺では携帯はつながりにくい。

「大変だったわね。ともかくお入りなさい。なにか飲み物でもいかが?」

最初に会ったときと同じ、思いつめた顔をしたパヴェルは何もいらないと言い、電話でできなかった話を始めた。

・・・

「あなたに言わなかったけれど、キャンプに来る前にぼくはドイツのM大学入学願書を出していました。ベラルーシのぼくを受け入れてくれるかどうか、確率は半々だと思って、家族とドイツのホストファミリーにしか話をしてませんでした。

8月になっても返事が来なかったから、やっぱりだめだったとあきらめていましたが、一昨日手紙が来ました。今度のセメスターから大学に行けるんです。」

「まあ、よかったじゃない。Mっていう町の名前、聞いたことがあるわ。キャンプの後どうするかわからないって言っていたのは、そういうことだったのね。それで、ドイツに行くかどうか迷ってるの?」

「いえ、行きたいです。こんなチャンスは逃したくない。でも、大学はぼくの銀行にお金がないと、学生ビザは発給されないと言ってきました。ぼくはオーペアをしてお金をためて、カウンセラーの仕事もして、いくらかあるんですけど、それでは足らないと言われました。」

―なあに、やっぱりお金の話じゃないの。ドイツの大学っていくらなのかしら。アメリカと違ってヨーロッパは無料だと聞いてたけど、授業料じゃなくて生活費かしら。

「それで、お金を貸してほしいんです。知り合ったばかりのあなたにお願いするべきじゃないとわかっていますが…。」

「あら、そんなことないでしょ。それにあげるんじゃなくて、貸せばいいのね?」

「ええ、銀行の残高証明を提出して、ビザが下りたら、すぐお返しします。」

「銀行にはいくらあればいいの?」

「それが大学の書類にはいくらとは書いてないんです。ぼくはいま1000ドルあるので、たぶんトータルで3000ドルあればいいんじゃないかと思うんですが。」

お金に余裕のあるときだった。2000ドルならたいしたことない。それに、あげるんじゃないんだし。

「私はあなたに貸してもいいんだけど、に聞いてみないとね。このごろ帰宅が遅いから、今夜夫と話して、明日あなたに電話してもいいかしら。」

「あんまり時間がないんです。期限までに残高証明を送らないと、入学許可が取り消されます。」

会社に電話してみようか。でも、夫はパヴェルのことは話だけで、一度も会ったことがない。1日遅くてもだめなのかしら。ほんとに大学に必要なお金? 

私は迷い始めた。

(次回その10に続く)


<今日の英語>

It's a drop in the bucket.
それは焼け石に水です。


NPRラジオで経済学者の一言。フード・スタンプ(アメリカ政府が生活保護者に発行する食料配給券)をもっとたくさん発行しても、経済成長には結びつかない。全体から見て、効果はいかにも少ない。a drop in the ocean とも言う。



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愛人ごっこ その10

2009.07.08 (水)


(前回その9の続き)

そのとき、ガレージの開く音がした。子どもたちが「ダディーだ! ダディ、パヴェルが来てるんだよ!」と走っていく。

電話もしないで、めずらしく早い帰宅だ。虫の知らせだろうか。いずれにしても、都合がいい。

「ハイ。パヴェルが来たのよ。突然。相談したいことがあるんですって。覚えてるでしょ。次男のキャンプ・カウンセラーだった子よ。ベラルーシの。」

「ああ、覚えてるよ。相談ごとって?」

私は夫とパヴェルを引き合わせた。パヴェルはひどく緊張していた。

・・・

「彼ね、ドイツの大学に合格したんですって。でも、銀行口座のお金が足らないんですって。残高証明を大学に送って、ビザが下りたら、引き出せばいいんですって。お金、貸してあげない?」

「そりゃ、いいけど。いくら?」

「大学は最低いくらとか金額を言わないんですって。それで、彼の貯金が1000ドルあるっていうから、3000ドルくらいでいいらしいの。だから2000ドル貸してあげるのはどう?」

「合計で3000ドル? それっぽっちでいいのかな。5000ドルくらいあったほうが確実じゃないか。4000ドルにしないか。」

「ありがとう。ねえ、パヴェル。来た甲斐があったわね。」

「お二人とも、本当にありがとうございます。そんなに大金を知り合ったばかりのぼくに貸してくれて、感謝しています。必ず返しますから。約束します。ご親切は一生忘れません。」

「そんな大げさに考えなくたっていいの。あなたを信用してるから、大丈夫よ。じゃあ4000ドルの小切手を切るわ。」

私はこの青年を助けることができて、うきうきしていた。本当に5000ドルでビザが下りるのかどうか、わからなかったけれど。

パヴェルはドイツのシティバンクに口座を持っていた。そこで、アメリカでシティバンクの口座を作り、彼の手持ちのドルと私の小切手を預け入れ、残高証明を出してもらうことで話が決まった。口座の持ち主が彼でありさえすれば、ドルでもユーロでも関係ないらしかった。

運良く、うちから30分くらい離れた町にシティバンクの小さい支店があり、翌朝私がパヴェルをそこに連れて行くのだ。

・・・

私も夫も、借用証書なんか作る気は全くなかった。考えもしなかった。私はもちろんのこと、夫も人助けをしただけだと思って、すべて口約束だった。

私は夫があっさりと2倍の金額を申し出たことに驚いたが、あとになって、彼の父もかつて知人の息子の大学進学を援助していたと聞かされた。彼にとっては、そう突飛な話ではなかったのかもしれない。

それに、パヴェルの素朴な人となりで信用できると読んだのだろう。

夕食をいっしょにどうかと誘ったが、彼はキャンプ施設で夜の仕事があったので、私の車で送っていくことにした。

私一人で行きたかったが、てっきりパヴェルが泊まって一緒に遊んでくれると思っていた子どもたちは、「ぼくも行くー。ぼくもー。」とちゃっかり車に乗り込んでしまった。

幼い子どもたちには大人の話は理解できないだろうが、私はパヴェルと二人だけで話したかった。でも、夫は子どもがいっしょのほうがよかったのだろう。

私とパヴェルがこんなに親しいとは予想していなかったに違いない。当の私ですら、パヴェルが本当に目の前に現れて戸惑ったのだから。でも、これは当然の成り行きだという気もしていた。

もうとっくにヨーロッパに帰ったと思っていた彼と再び会えた。

2週間、朝と夕方だけしか話をしなかったけれど、彼は私なら手を差し伸べてくれると考えたのだろう。そして、それは正しかった。

秋には彼はドイツへ行ってしまうが、これで終わりにはならない予感があった。

(次回その11に続く)


<今日の英語>

It won't break the bank to do it.
それほどお金のかかることではありません。


お金のかからない夏休みの過ごし方をアドバイスしていた人の一言。無料コンサートもあるし、ピクニックをしてもいいし、遠くに行かなくても楽しめます。それをするのに銀行がつぶれることはありません。



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アメリカの郵便受け

2009.07.09 (木)


アメリカには表札がない。日本のように、住人の苗字が玄関に打ち付けてあったり、塀に埋め込んであるようなものは見たことがない。エステートと呼ばれる邸宅には意匠を凝らしたサインが表示されることもあるが、あれは表札とは違う。

その家の ID は、郵便受けに書いてある番号ということになる。

一戸建ての場合、ドライブウェイを出てすぐの道路わきに郵便受けを設置する。地面に杭を打って、郵便を入れる箱を取り付けるのは、各自の責任である。

郵便局の規定で、道路から6~8インチ入ったところ、高さは42~46インチと決まっているが、どの家もごく適当に建てているらしく、規定よりもかなりまちまちの高さと引っ込み(出っ張り)具合である。

郵便受けの箱のサイズにも規定がある。ふつうはホームデポなどで売っているものを買えばいいのだが、材質やら色、デザインがいろいろあって迷う。

私など、郵便局指定の1種類であればどれほどラクかと思うのだが、郵便受けのデザインに凝る人もいて、「これは特注だな。」とわかる。そして、つるバラを植えて、支柱にからみつかせたりする。

*     *     *

今住んでいる家は新興住宅地の新築だったため、前の住人が残していった郵便受けというものがなかった。自分たちでやらなくてはいけないと知ったとき、かなりショックを受けた。

なぜか郵便局の人が来てやってくれると思い込んでいたのだから、おめでたい。

もちろん私はそんな作業をしたことはない。夫だって父親の手伝いくらいはしただろうが、あとはアパートやタウンハウス住まいで、管理人の仕事だった。

まずは、地面を掘る道具。コンクリート、それに支柱や郵便箱、貼り付ける番号まで調達せねばならない。

簡単そうに見えるが、このへんの土は粘土質で固く、一筋縄でいかない。しかも、大きい岩があちこちに隠れているので、運が悪いと十分な深さに達する前に岩にぶつかる。そうすると場所を変えてやり直しである。

今でこそかなり平気になったが、土を掘るとミミズが出てくる。田舎なので大きい。しかも1匹や2匹ではない。私は爬虫類が苦手なので、鳥肌がたって、ギャーッと叫ぶ。もう近寄れないと涙声で訴えて、夫を怒らせた。

支柱をまっすぐに立てるのは至難の業であった。もたもたしているとコンクリートは固まってしまう。地面からの高さも測らなくてはいけないし、想像以上に大変な思いをした。

そして、一戸建てはいやだとつくづく思った。ずぼらな私には向いていないのである。

*     *     *

そうやって苦労して立てた郵便受けであるが、ずっと立っていてくれない。

あるときはお向かいに配達に来たトラックに轢かれ、あるときは除雪車になぎ倒され、またあるときは支柱の根元が腐ってポキッと折れた。

郵便配達人は、郵便受けが倒れていると配達してくれない。ぐらついていてもダメらしい。そのときは、自分で郵便局まで取りに行かなくてはならない。

真冬だったりすると、悲惨である。なまじ雪が深ければ凍りついてなんとか倒れないで春まで持つ。そして雪が解けたら、またやり直し。

いつだったか、近所の郵便受け(箱の部分)がいくつも壊されたことがあった。バットでたたいたみたいにへこんでいた。犯人はわからなかったが、ティーンエージャーのいたずらだろうという噂だった。

うちにはなぜか被害がなかったが、郵便受けはほんとにストレスの元になりうる。昨日までそこに立っていたはずの郵便受けがコケているのを見るほど、ガックリくることはない。

*     *     *


昔は、どの家にも Jones とか Brown とか郵便受けに苗字が明記してあったらしい。今でも、ご近所で一割くらいはそうなっている。

ところが、世の中がせちがらくなってくるにつれて、セキュリティの問題となった。ホームセキュリティの番組で、専門家が名前を書くなと助言していた。

郵便受けの前を通りかかれば、その家の住所はもちろんわかる。そして、苗字がわかれば電話帳で(今ならネットで)電話番号が探せる。電話して不在ならば、空き巣のチャンスである。

何年か前、実家に帰ったとき、郵便受けに住所と家族全員の名前が書いてあるのを見て、ギョッとした。母は昔からずっとそうしていたのに、気がつかなかったのだ。もしかして、電話番号まで書いてあったかもしれない。いくら田舎でも無防備すぎる。

最近は防犯意識も変わってきて、そんなことをする人はいないのだろう。でも、表札はまだあるんじゃないだろうか。ずっと日本に住んでいたら疑問にも思わないような、こんなことがときどき気になる。


<今日の英語>

I could care less.
どうでもいいです。


不景気で建築業界にも影響が出ている。景気がいいときは、奇抜で使い勝手の悪いビルが簡単に許可されていたので、そういう害がなくなったのはよかったらしい。街頭インタビューされたブルックリンの住民の一言。スタジアムなんかいくつも立てられたって、どうせ私たちにはチケットが買えやしない。それより私たちが住める住宅をなんとかしてほしいわ。どの建築家のデザインかなんて、ぜんぜん気にならない。全く興味ありませんね。



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レシピ: パン焼き器なしで作る食パン

2009.07.09 (木)



=== 簡単レシピ その 9 ===
パン焼き器なしで作る食パン

  1. 2カップ容量の計量カップにイースト1袋と砂糖小さじ2を入れ、ぬるま湯1/3カップを加えて混ぜ、3~5分置く。
  2. フードプロセッサーにドウの刃をセットし、強力粉4カップ、塩小さじ2、無塩バター大さじ3を入れて、20秒混ぜる。
  3. 上記1に冷たい水1カップを加え、フードプロセッサーをオンにして、少しずつ流し入れる。
  4. 水分が全部吸収されて、ドウがボウルから離れたら、そのまま60秒こねる。
  5. 深めのボールにドウを移し、サランラップをぴっちりかけて、1時間30分置く。
  6. 膨らんだドウをゲンコツでたたいて空気を抜き、パウンド型に入れてサランラップをかけ、45分置く。
  7. 375°F(190℃)のオーブンで35分焼く。

  • 1カップはアメリカサイズの240cc。
  • イーストは RapidRise Highly Active Dry Yeast を使用。1袋は1/4オンス(小さじ2と1/4。7グラム。)
  • バターは冷たいものを1センチ角に切る。
  • パウンド型はごく標準の 5 x 8 インチサイズ。ノンスティック加工。
  • 2次発酵が終わる15分前にオーブンをONにすると、時間が節約できる。

*     *     *

うちにはパン焼き器がない。フードプロセッサーにブレンダー、ホットサンドイッチ・メーカーにグリル、もちろん電子レンジもある。これ以上モノを増やしたくなかったし、ナマケモノの私がしょっちゅうパンを焼くとも思えなかったからである。

お菓子はときどき作ったが、パンはイースト菌が難しそうで、長いあいだ手を出せずにいた。

それで、アメリカのスーパーでおいしくもないパンを買った。ときどきアーティザン風のパンを買ってみた。食パンよりはおいしいが、たいしたことはない。遠出して日本食品店に行ったときは必ずイギリスパンを買い、「こういうのがうちの近所で売っていたらなあ。」と思った。

アメリカのバンは、うっかり2週間くらい部屋に置いても、なぜかかびない。空気が乾燥しているせいもあるだろうが、添加物がたっぷり入っているのだろう。それでもがまんして食べていた。他にないのだから、しかたない。

そんなとき、NYタイムズで「こねないパン」レシピを見てやってみたら、できた。温度計なんかなくても、適当にやればいいのだ。イーストが恐くなくなった。

こねないパンは長男のお気に入りとなり、何度も作った。

*     *     *

そうこうするうちに小麦粉が値上がりして、スーパーの食パンは1袋4ドルするようになった。バラ売りのロールパンも以前は1個33セントだったのに、55セントになった。あいかわらずおいしくない。

フードプロセッサーを買ったときについてきた小冊子をパラパラと見ていたら、White Bread のレシピがあった。

フードプロセッサーはもう10年以上前に買ったけれど、パイ皮か、野菜のみじん切りくらいにしか使っていなかった。ドウをこねるための刃なんか一度も使ったことがなかった。本体はいつもカウンターの隅に出してあったけれど。

読んでみると、それほど難しくない。ダメもとでやったら、すんなりできた。元レシピは今ひとつぼんやりした味だったので、塩を増やした。

こちらは次男の大好物になった。

なぜかほんのり甘い。砂糖はほんの少ししか入っていないのに不思議である。全粒粉やオートフラワーを混ぜてみたが、いまいちだったので、ただの白いパンに落ち着いた。こねないパンとちがって、作り始めてから3時間でできあがる。

日本製のパン焼き器とは比べものにならない味だろうが、私はこうやってフードプロセッサーでこねてオーブンで焼く。


<今日の英語>

It really blew my mind.
ほんとにビックリしました。


マサチューセッツ州で魚を直接消費者に売るビジネスを始めた女性の一言。ネットでPRしたら、予想を大幅に上回る1000名もの人がサインアップした。文字通り、心を吹き飛ばされるほど驚き、圧倒されるの意。



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愛人ごっこ その11

2009.07.10 (金)



※ これまでの話(その1~10)を最初から読む。

(前回その10の続き)

パヴェルを送っていく車の中で、私は彼にいろんなことを尋ねた。

サマーキャンプの最後のセッションが終わってから、何をしていたのか。
キャンプ施設でどんな仕事をしているのか。
まだ残っているカウンセラーは他にもいるのか。
ベラルーシの家族とはどうやって連絡を取っているのか。
いつから大学が始まるのか。
大学で何を専攻するのか。

彼は真面目に一つずつ丁寧に答えた。彼の英語はまだロシアなまりが強かったが、きちんとした英語だった。パビリオンの喧騒の中ではなく、静かな車内での話はわかりやすい。

彼はサマーキャンプが終わる前に施設の責任者と話をして、ビザが切れるまで働かせてくれるように頼んでいた。このキャンプは未成年者の更生施設とも提携していたので、一年中稼動していた。

彼が得たのはダイニングホールでの仕事だった。キッチンのスタッフとして食事を準備し、片付けや掃除もする。

「あなた、料理できるの? 大変な仕事ね。大食堂だし、疲れるでしょう。」

「アメリカの料理は簡単です。だいたい冷凍品を暖めたり、あとは野菜を切ってサラダにしたり、ほとんどできあがってるものばかりですから。それに、僕は大学のときもオーペアをしたときも料理はやりました。」

「キッチンのみんなは親切にしてくれる?」

「ええ、いい人たちばかりです。ぼくがM大学から合格通知をもらって、みんな喜んでくれました。でも、お金を貸してくれる人はいなかった。みんなお金がないって。」

うちもお金持ちではないけれど、あのキッチンで働く人たちよりはずっと余裕があるのは確かだった。

・・・

彼はほとんど休み無しで働いているようだった。

車がないので、ふだんは宿舎からキャンプ施設まで自転車で移動し、ときどきキッチンの仲間の車で出かけると言っていた。宿舎には古いテレビしかなかったが、それもケーブルが故障して見られない。およそ娯楽とは縁のない生活だった。

事務所にパソコンがあったが、誰も使っていないときに使わせてもらえるだけである。

また、彼は赤十字のライフガードのコースを受講し、監視員の資格を取った。この日の夜の仕事もプールだった。

ベラルーシに比べたら、ここの給料(おそらく最低賃金)はかなりいいのだろう。大学に行く前に目いっぱい稼ぎたいのか。こんなに若いのに。いや、若いからできるのかもしれない。私が貸すお金もきちんと返しそうだ。

・・・

「明日は9時半にここにお迎えに来るってことで、いかが? それでS市のシティバンクまで一緒に行きましょう。子どものスクールバスが9時だから、そのあとでないとだめなの。」

「お忙しいのに付き合わせてすみません。ほんとにありがとうございます。」

「あら、わたし全然忙しくないのよ。仕事してないんだもの。それに、もう謝まらないで。あなたみたいな人の力になれて、うれしいんだから。でも、今日は私に電話するのに勇気が要ったでしょ。」

「はい。ぼくのことを知らないって言われたらどうしようかと思いました。それに、いきなりお金を貸してくれなんて。」

「あなたにはお金が必要で、たまたま私たち―夫と私だけど―には貸せるお金があっただけ。あなたの将来へのちょっとした投資だと思ってるわ。もちろん、無利子でね。」

彼が私に心から感謝しているのがわかった。こういう子だから、私は惹かれたのだ。

・・・

話をしたい相手と話していると、時間が指先からこぼれるように消えていく。あっというまにキャンプ施設に着いてしまった。

子どもたちが「パヴェル、また来てね! 今度は絶対ぼくたちと遊んでね。」とせがむと、彼はOKと返事して、車を降り、プールの建物へ向かって駆け出した。

そのすらりとした後姿を見ながら、そうだ、彼を家に呼ばなくてはと思った。彼をつかまえるにはどうすればいい?

(次回その12に続く)



<今日の英語>

She’s jumping the gun.
彼女は早まったことをしている。


アラスカのペイリン知事が任期途中で辞職するという報道に対する、NYタイムズへの読者コメント。2012年の大統領選の準備だとしたら、それは早まったことをしていると思います。時期尚早で軽はずみな行動です。競技で使うピストルの合図よりも早く飛び出す(フライングする)ことから。



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 |  愛人

愛人ごっこ その12

2009.07.10 (金)


(前回その11の続き)

翌朝、夫が会社に出かけ、子供たちがスクールバスに乗ると、パヴェルを迎えに車を走らせた。

今日は二人きりで過ごせる。

銀行に行って、口座を開き、戻ってくるまでに1時間半はかかるだろう。昼食はどうしよう。彼は休みをもらっていたけれど、夕方からキッチン、夜はプールで働くと言っていたから、そうのんびりはしていられない。

子どもたちは4時に帰ってくる。せっかくの休みを子どもの相手でつぶすのはかわいそうだ。とすると、子どもが帰る前に彼を送っていかなくてはならない。

ともかく、今日は彼の口座に入金するのが目的だと思いなおして、駐車場へ乗り入れると、彼がプールの建物の前にあるベンチに座っているのが見えた。約束通りだ。もっとも、彼が大学にいけるかどうかの瀬戸際なのだから、当然といえば当然か。

私に気がついたパヴェルは、大股で歩いてきた。やっぱりほっそりしているけど、がりがりではない。薄い筋肉が適度に付いていて、しなやかな体である。ボディビルダーみたいな体は私の好みではない。

「おはよう。早めに着いたと思ったけど。いつから待っていたの?」

「おはようございます。5分くらいです。あなたを待たせてはいけないと思って。迎えに来てくれてありがとうございます。」

「必要な書類持ってる? 銀行の口座を作るには社会保障番号がいるけど。それに何か身分証明書がいると思う。」

「キッチンでお給料を貰ってるので、番号はあります。あとは、関係のありそうな書類は全部ここに持ってきました。」

「じゃあ、大丈夫ね。口座の名義はもちろんあなただけど、住所はうちの気付にしたらどうかと思うの。これから明細書なんかも届くだろうし。」

「そうですか。ご迷惑でなければ、お願いします。そうしていただけると。」

「じゃあそうしましょう。私はシティバンクを使ってないけど、手続きはどこでも同じだと思うわ。」

・・・

銀行に着くまでの30分間、また私と彼はいろいろな話をした。キャンプの短い時間に話したベラルーシやロシア語についてではなく、もっぱら彼自身のことだった。

私はささいなことも聞き逃すまいとした。そして、ベラルーシの大学生だった彼、ドイツでオーペアをしていた彼の姿を想像した。まだ21歳なのに、私なんかよりずいぶんいろんな体験をしている。でも、やはり21歳、ときおり言うことが幼い。

私と目が合うとにっこりと微笑んだ。私にずいぶん気を使っている。彼にとって4000ドルは大金だ。

銀行の窓口で口座を作り、さっそく小切手を預けた。これで残高は5000ドル近いはず。

ふと、この小切手が換金されるのにどれくらい時間がかかるかと聞いてみた。「5日間です。金額が大きいので、2日目で500ドル、3日目で1500ドルといった具合です。だから全額となると5日間ですね。」

それでは間に合わない。なんとか一両日中にできないかと聞いたが、だめだった。「これが現金か、あるいは銀行小切手ならその場で残高に反映されるんですが。」

パヴェルに会えることで頭がいっぱいだった私は、銀行間の決済に要する時間を考えていなかった。これでは何のために小切手を切ったのかわからない。

「パヴェル。この小切手が換金されるのを待っていたら、ビザは下りないと思うわ。もう一度戻って、今度は私の銀行に行きます。そこで銀行小切手を用意して、もう一度シティに来ましょう。それしか方法がないもの。」

彼は銀行の仕組みがよくわかっていないようだったが、私に従ってまた車に舞い戻った。

また4000ドルにすると、同じ金額で混乱しそうだ。こっちは5000ドルにしよう。3000ドルでは、夫の言うようにギリギリかもしれない。

・・・

予定外の問題で彼は少し慌てていた。まだ21歳だし、1年前まで閉鎖的な旧共産圏で暮らしていたのだから、無理もない。私は彼を保護したくなった。

私の銀行に行き、窓口で5000ドルの銀行小切手を作らせた。そうして、シティバンクに戻って入金し、無事に6000ドルの残高証明がもらえた。あと5日すれば4000ドルもクリアして、総額1万ドル。もしだめなら、その証明もファクスしよう。

パヴェルは、合計9000ドルものお金を私が融通することに恐縮していた。

「いいのよ。これは非常時のために用意しておいたお金なんだから。今がまさに非常時じゃないの。ビザが下りて、あなたが無事にドイツに行って、入学手続きが終わったら返してくれればいいの。返してくれなかったら、M大学まで集金に行きますからね。」

彼の不安を取り除こうと、からかい半分で言った。彼の行く大学、彼の住む部屋を見てみたい。もちろんそんなことはできない。

彼は私に恩を感じているが、私はもっともっと手助けしたいのだ。あと1ヶ月近くはNYにいるらしい。

その間にできることはたくさんありそうな気がした。

(次回その13に続く)


<今日の英語>

You have just lucked out.
うまくやったなあ。


兄猫は毎朝私を4時に起こしては、叱られる。でも、今日は次男がバナナケーキをほとんど一人で全部食べてしまって、私に怒られた。一部始終を聞いていた夫が兄猫へ言った一言。これで家の中で一番悪いのは、おまえじゃなくて次男になったよ。自分では何の努力もしてないのに、ラッキーだね。―それでも、明日の朝はやっぱり4時起きで、首位奪回でしょうよ。



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 |  愛人

愛人ごっこ その13

2009.07.11 (土)


(前回その12の続き)

銀行の用事が終わって、私は彼に家で遅い昼食はどうかと誘った。彼は素直に承諾した。

家には誰もいない。昨夜はほんの短時間だったし、緊張していた彼は家のことは何も覚えていないだろう。

車の中からリモコンでガレージのドアを開けると、

「いま、何をしたんですか。自動で開くのですか。」と目を丸くした。

「ここにリモコンがついてるだけ。私も初めて見たときはびっくりしたわ。アメリカ人ってなんてナマケモノだろうって。降りて手で開ければいいのにね。でも、今では私も甘やかされてしまって、これがないと不便でやってられないの。」

ガレージからキッチンへ入り、私がサンドイッチを作る間、彼にはテレビのリモコンを渡して、好きな番組を見るように言った。ふだんはラジオすらない生活なのだ。ここにいるときくらい若者らしく遊ばせてあげたい。

・・・

そうして、誰もいないキッチンで二人で静かな昼食を取った。もう1時半を過ぎていた。

「今日は何時に戻ればいいの?」

「5時からキッチンの仕事があるので、それまでに。子どもたちはいつ学校から戻るんですか。」

「バスが4時なの。子どもの相手なんてつまらないから、その前に送って行きましょうか。」

「いえ、遊んであげるって昨日約束したから。ぼくは何もお礼できないので、せめてそれくらいは喜んでやりますよ。今日は30分くらいしかありませんけど。」

「そう。ありがと。でも、お礼なんか気にしないで。じゃあそれまではここでリラックスしてればいいわ。テレビがつまらなければビデオでもいいし。好きに選んでね。私のパソコン、使う? サンドイッチじゃ足らないでしょう。クラッカーでもリンゴでもほしいものは勝手に食べていいのよ。」

彼と同じ空間に二人きりでいる。それだけで私は浮き足立っていた。

彼の母親は私と同じ年齢だとふと考えたが、そんなことどうでもよかった。女性の初婚年齢が二十歳そこそこの国なのだから。

彼にただもっといろいろしてあげたくて、たまらなかった。

・・・

子どもたちの話し声が聞こえると、パヴェルはドアの陰にかくれた。

「ただいまあ。わー、パヴェル! 来てたの?! ねえ、ぼくの部屋に来る? それか、外でかくれんぼしない?」

私は子供たちとパヴェルを取り合った。

「パヴェルは疲れてるの。今日は遠くの銀行に行ったし、これから仕事があるし。あんたたちの相手なんかさせられないわよ。」

日本語で話したので、彼にはわからない。でも、子どもたちは彼を2階に引っ張って行ってしまった。彼は私にウィンクを送った。大丈夫ですから、と言いたげだった。

子どもたちはカウンセラーを独り占めできて、有頂天になっていた。おもちゃを見せてはしゃぎ、今度は下りてきて、外で遊ぶという。私はあきれていたが、パヴェルはぎりぎりまで相手をしてくれた。私はかくれんぼなんか付き合っていられない。

「まだ、帰っちゃダメー。」と言い張る子どもたちを車に載せて、パヴェルを送って行った。

「今日はありがとうございました。ビザが下りたら、すぐにお知らせしますから。そしたら9000ドル引き出してください。」

「そんなに慌てなくて大丈夫よ。でも、無事にビザが発給されるといいわね。それより、子どもたちの相手をしてくれてありがとう。私、子供の遊びに付き合うの、苦手なのよ。ベビーシッター代を払わなくちゃね。」

彼は子どもたちにまた来ると約束し、車を降りた。

たった数時間いっしょに過ごしただけで、私とパヴェルの間には違う空気が満ちていた。なにか濃いもの―後援者と受益者というだけの関係ではない―が現れ始めていた。

彼はそれに気が付いているのだろうか。

(次回その14に続く)


<今日の英語>

It's time to move on.
次に移るべきです。/新しいことを始める潮時です。


NYタイムズのコラムニスト Maureen Dowd がまたペイリン知事について書いた。うんざりした読者からの一言。もうペイリンの話はやめて、次の話題に進みましょう。



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愛人ごっこ その14

2009.07.11 (土)


(前回その13の続き)

それからの1週間、私とパヴェルは主にメールで連絡を取り合った。

「おはよう。昨日は子どもたちと遊んでくれてありがとう。今度はいつ来るのってうるさくて困ります。あなたは朝も昼も夜も働いているから、忙しいと思うけど、もしお休みが取れたら教えてください。」

「おはようございます。ぼくはまだ半分子どもみたいだから、子どもたちと遊ぶのは楽しいです。ここのキッチンのスタッフは交代で休んでいるので、スケジュールを確認してみます。

何度も言いましたが、あなたとご主人が全くの他人であるぼくを信用して、9000ドルものお金を貸してくれたことに深く感謝しています。」

「あなたは車がないんでしょ。どこかに行く用事があったら、いつでも言ってね。」

彼は遠慮ばかりして、なかなか私に頼もうとしない。それでも何度かやり取りをしているうちに、気安くなったのだろう。

「実は、ドイツから持ってきた水着がプールの消毒でずいぶん傷んでしまったので、新しいのを買いたいのです。あと3週間はプールの仕事があるので、どうしようかと思っていました。もしお時間があれば、明後日に休みを取ります。」

そんな簡単なことで悩まなくていいのに。私はもちろん快諾した。

・・・

10時に彼をお迎えに行くと、彼はいつものようにベンチで待っていた。お金の件が片付いたからか、あの思いつめたような表情が和らいできていた。

このへんはしゃれたお店なんかないけれど、少し離れたところにモールがある。彼はカウンセラーやキッチンの仲間と前に行ったことがあると言っていた。

アメリカのどこにでもある普通のモールだが、品物があふれて、安いものは信じられないくらいの安さである。ドイツに1年間住んだのなら、見慣れているかもしれない。でも、ベラルーシのデパートはこうじゃないだろうと思う。

彼は自分で支払いを済ませた。

「せっかくモールにいるんだから、他に必要なものとか見たいものとかないの?」

これだけでおしまいにしたくない私は聞いてみた。そしてミュージック・ショップやドラッグストアなどをいっしょに見て回った。

白人が9割の町である。ヒスパニックや中国人もいるが、たいていは労働者の顔。昼間からモールで買い物なんかしているのは少数派。

私とパヴェルはどういう関係に見えるのだろう。

お店のウィンドウに映った二人は、いかにも場慣れしていない若くて背の高い白人の男と、どうみても彼より年上で彼の買い物に付き合っているらしい小柄なアジア人の女。

ときおり視線を感じたが、私は全く気にならなかった。

・・・

買い物を済ませて、お昼時になり、私は彼を近くのレストランに連れて行った。

彼はランチメニューを一生懸命読んだ。私も初めてのレストランでは何を頼んだらいいか決めるのに時間がかかる。注文を取りにきたウェイターにもう少しあとでと追い返し、パヴェルにもゆっくりでいいからと声をかけた。

そして、真向かいに座った彼を観察した。真剣な表情、アラバスターの肌、案外しっかりしたあごの線、そして薄い唇。21歳―。若すぎる。

やっと注文が決まり、私たちは話を再開した。

「このあと、どうするの。仕事は何時から。」

「キッチンは休みをもらったので、夜のプールだけです。7時から。」

「また家に来る? 今日はも早いと思うけど。」

「ええ、ぜひ。ご主人にもちゃんとお礼を言いたいです。子どもたちとは水鉄砲で遊ぶ約束があります。」

「銀行小切手を追加したことは私から話してあるから大丈夫よ。彼はああ、そう、って言っただけ。だいたいお金のことは私がやってるから。子どもたちは適当にあしらってね。ほんと自分勝手なんだから、子どもって。」

「ぼくもまだ子どもですよ。彼らもぼくを仲間だと思ってるんじゃないかな。」

他愛ない話をしながら、彼はテーブルの下でを動かした。背の高い彼は足も長い。彼の足首が私の足にぶつかった。ソーリーと謝る彼に言った。

「窮屈そうね。伸ばした方がラクでしょ。そのままでいいのよ。」

そうしてレストランにいる間ずっと、私たちの足は重なり合っていた。

(次回その15に続く)

<今日の英語>

I don't want to break the bank.
あまりお金をかけたくないんです。


保険会社のコマーシャルより。男性が店舗に入ってきて一言。経済的に無理のない範囲でやれる保険を探しています。銀行をつぶすような真似はしたくないので、そういう保険商品をください。



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 |  愛人

愛人ごっこ その15

2009.07.12 (日)


(前回その14の続き)

食事代は自分が払うと言い張る彼を無視して、私は支払いを済ませてレストランを出た。並んで歩きながら、どちらからともなく何度か腕と手が触れた。

車の中はいつもより少し静かだった。私たちはお互いの足を感じていたことについては何も言わなかった。

そのかわり、彼は私のことをいろいろ尋ねた。

いつからNYに住んでいるのか。
夫とはどこで出会ったのか。
日本を離れて、さみしくないか。
日本の家族はアメリカに来るのか。
ヨーロッパに行ったことがあるか。
ここの暮らしは好きか。
私の好きなものは何か。

私はいいことも悪いこともあるけど、ここが私の家だと思うし、ホームシックにもならないでごく普通に暮らしていることをぽつりぽつりと話した。

抗うつ剤を飲んでいることや、夫がタイでを作っていたことなどは言わなかった。そんなことをこの若者に話したってどうにもならない。

「今日は夕食を早めにして、一緒に食べましょう。仕事に間に合うように送っていくから。」

スーパーで夕食の材料を調達し、家に着くと、パヴェルは荷物をキッチンに運んでくれた。夫は買出しに付き合わないし、私が戻っても手を貸さない。「手伝いはいるかね。」と口先だけで動かない。

「わたし、いつも一人でやってるから大丈夫よ。あなたは中に入って、テレビでも見ていて。」

「二人でやればもっと早いでしょう。それに、ぼくのためにたくさん買ってくれたんだから、せめて運ぶくらいやりますよ。」

私は彼がを感じすぎているのがいやだった。ベラルーシの平均月収が400ドル相当だから、9000ドルを借りた彼としては無理もないけれど。

私は彼がそういう義務感でなく、私の家に来るのが好きだからという理由で来てほしかった。

・・・

子どもたちが帰宅し、パヴェルを見てまた歓声を上げ、水鉄砲を持って外に行ってしまった。窓から走り回っているのが見える。ほんとに子どもみたいに楽しそうだ。

しばらくして夫も帰ってきた。

「今日はモールとレストランに連れて行ったわ。仕事は7時からですって。だから夕食を早めにしていっしょに食べようと思ったんだけど。」

「いいよ。ぼくも彼と話したいね。子どもたちが彼を解放してやればの話だけど。」

夕食が始まると、ほとんど夫とパヴェルだけがしゃべった。夫が質問し、パヴェルが答え、夫が他の話へつなげていく。子どもたちは遊び疲れたのか、おとなしい。夫はパヴェルが気に入ったようだ。

早々に食事を済ませて、夫は自分のビデオコレクションや本棚を見せてはまだ話をしている。あなたこそパヴェルを解放してあげなさいよと思い、あと15分したら彼を連れて行くからと口を挟んだ。

「宿舎にはテレビもビデオもないのか。そりゃ退屈だろうね。よければいつでも来ていいんだよ。ぼくはできないけど、妻が送り迎えしてくれるだろう。」

「ありがとうございます。お金だけでなく、いろいろよくしていただいて本当に感謝しています。」

「いや、お金のことは妻に任せてあるんだ。あげたんじゃなくて、貸してるだけなんだし、もう気にしないでいいよ。あれできみが大学に行けるようになったら、ぼくたちもうれしいね。」

子どもたちは今日は送って行かないと言い、でもこの次は泊まってよとせがんだ。夫も、そのほうがゆっくりできるだろうと言い添えた。

私は黙って聞いていた。

(次回その16に続く)

<今日の英語>

Don't lose it.
カッとなるな。


片付けのできない次男の部屋が悲惨なことになっているらしい。先に見てきた夫の一言。この場合の lose blow up (激怒する)の意。She just lost it. 彼女は怒り狂った。



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エビングハウスの忘却曲線

2009.07.12 (日)


最近忘れっぽくなった。人の名前が出てこない。息子を呼ぼうと思って、猫の名前を呼んだりする。

私の祖母には10人以上の孫がいて、よく集まったのだが、ゆりこを呼ぶのに、祖母はゆりこ以外の全員の名前を次々に呼んで、やっと最後にゆりこが出てきたりした。

みんなで笑っていたが、もはや笑いごとではない。

物の名前も出てこないので、やたら「こそあど言葉」になってしまう。

実家の母はいつもそうで、「それ、あっちにおいて。」と言うので、「何をどこに置くのよ。」と聞き返すと、「あれよ。そっちに持っていけばいいの。」 「せめて、色とか形とかヒントを言ってよ。大きいの、小さいの? 私から見て、右手にあるの、左手にあるの?」

会話でなく、尋問である。

まあ昔からそういう人だったねと笑っていたら、自分もそうなってきていて、愕然とした。

うちの家系はアルツハイマーはいないし、長生きした祖母も最後まで頭ははっきりしていた。いくら何でもボケだとは思わないが、若いときと明らかに違う。

*     *     *

エビングハウスの忘却曲線というのがある。

ドイツの心理学者ヘルマン・エビングハウスが、人間はいったん記憶した言葉をどれくらいの時間が経ったら忘れるかという実験をした結果を、縦軸に記憶(忘却)率、横軸に時間を取ってグラフ化したものだ。

結論は、人間の記憶は指数関数的に減少するというものであった。

20分後には42%を忘却し、58%を覚えていた。
1時間後には56%を忘却し、44%を覚えていた。
1日後には74%を忘却し、26%を覚えていた。
1週間後には77%を忘却し、23%を覚えていた。
1ヶ月後には79%を忘却し、21%を覚えていた。

つまり、1日経つと、覚えたことの4分の3を忘れている

でも、4分の1は覚えているわけだ。それほど悪くないんじゃないかと思う私は、困ったものである。

ただし、この実験に使われた言葉は、意味のないアルファベットの羅列(jor, rit, pek など)で「子音・母音・子音」の無意味な音節だった。記憶の手がかりになるものがないので覚えにくい。

また、ヒントがあれば思い出せる再認可能な忘却と、ヒントがあっても全く思い出せない完全忘却(恐ろしい定義である)との区別がないので、エビングハウスの実験は批判されるが、それでも、客観的に数字で示したことは評価されているらしい。

*     *     *

しかし、私が直面しているのは高尚な概念ではない。毎日の生活の場面での些細なことなのだ。たとえば、

昨日の昼食に何を食べたっけ?―食いしん坊の次男に聞く。
明日の空手は何時だっけ?― 習っている長男に聞く。
この英単語、どういう意味だっけ?―ネイティブスピーカーの夫に聞く。

買い物リストをきっちり書いて、それをカウンターの上に置いてスーパーに出かけることがある。それでも、紙に書いただけでだいぶ記憶に残っているものだ。手と目と脳はつながっているのだなと実感する。

夏休みで子どもたちが家にいる日は、どっちかを連れて買い物に行く。荷物を持たせるためであるが、彼らの脳みそをメモ帳兼記憶装置にするのである。

スキムミルクまだあったっけ? シリアルはどれがないか知ってる? じゃがいも、うちの野菜カゴにたくさんあった? おかあさん、あれを買わなくちゃって言ってなかった? ダディが何か買ってきてって言ってたような気がするんだけど、覚えてない?

*     *     *

<今日の英語>を記事ごとに書くのも、記憶トレーニングを兼ねている。耳にした英語を覚えておいて、ブログを書くときに思い出せばいいのであるが、これもしょちゅう忘れる。

また子どもの出番である。「いまの言い回し、覚えた? ブログに書くからちゃんと覚えておいてよ。そのへんに紙ない?」

こんな私なので、Outlook のリマインダーをフル活用している。なんでも書き込む。だから、PCに向かっていると、しょっちゅうポ~ンと言う音が鳴る。そしてリマインダーのポップアップが出て、あーそうそう、と思う。

キッチンのタイマーも1日5回は使う。最近困ったことに、タイマーが鳴っても、はて、これは何のお知らせか?と一瞬思い出せないことがある。

これはよくない。

そろそろ、「xx分にxxすること!」とポストイットに書いて、タイマーに貼らないとダメだろうか。


<今日の英語>

She has learned a hard lesson.
彼女は、苦い思いをして教訓を学び取った。


ワシントン・ポスト紙の発行人であるキャサリン・ウェイマス。彼女の自宅で行われる政府要人のための夕食会に出席する権利を、1回2万5千ドルでロビイストと財界指導者に売ろうとした。苦境にあえぐ新聞界での苦肉の策であったが、新聞の信頼性を疑われて即キャンセルした。しかも、マーケティングの独断で招待状が発送されたなどと弁解している。ハーバード・ビジネススクールを出て、ポストで12年も働いていた彼女だが、今回は高い授業料を払って厳しい教訓を得た。



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レシピ: バナナとくるみのケーキ

2009.07.13 (月)



=== 簡単レシピ その 10 ===
バナナとくるみのケーキ

  1. オーブンを350°F(175℃)にセットする。
  2. パウンドケーキ型にアルミホイルを敷き、Pam をスプレーする。
  3. 荒みじんにしたくるみ1/2カップをトースターオーブンで軽く焼く。
  4. 小さいボールに小麦粉1と1/4カップ、塩小さじ1/2、ベーキングソーダ小さじ1を混ぜておく。
  5. 室温で軟らかくしておいた無塩バター1本をハンドミキサーで攪拌して、クリーム状にする。
  6. 砂糖1/2カップを加えて、さらに混ぜる。
  7. 卵2個、バニラ小さじ1/2を加えて、さらに混ぜる。
  8. 熟したバナナ3本をナイフで切りながら加え、さらに混ぜる。
  9. 上記3をふるいながら加え、しゃもじで混ぜる。
  10. 上記2をしゃもじで混ぜる。
  11. 型に流し入れて、平らにし、55分焼く。

  • 1カップはアメリカサイズの240cc。
  • くるみはこげやすいので注意。
  • それぞれの攪拌時間は1~2分。
  • バナナはだいたいつぶれたらよい。

*     *     *

これは Banana Walnut Bread というのが元レシピだが、パンというよりはどうみてもケーキに近い。しかもオリジナルは砂糖が1カップだった。バナナで十分甘いので、半量の1/2カップにした。

バナナケーキのレシピはいろいろあるが、これは泡立ても不要だし、小麦粉とくるみ以外はハンドミキサーで次々と攪拌するだけ。バターさえ軟らかくしておけばすぐできる。

ただし、カロリーは高い。

私はまだ青いくらいのバナナが好きなので、キリンみたいに黒いポツポツが出ているバナナは食べない。黒バナナはたいてい夫が片付けてくれるが、あまりに軟らかくなると誰も手を出さない。

もう少し早ければ、皮をむいて冷凍庫に入れ、スムージーにしてもいいけれど、うちでは「熟し過ぎたらバナナケーキ」と決まっている。


<今日の英語>

I keep running through the story in my mind.
その話を頭の中でずっと思い返している。


NYCの地下鉄で、子どもをひどく叩いている黒人の母親を戒めた白人女性のコメント。その母親は「あんたには関係ないよ!」とののしり、2人の白人男性以外、周りにいた大勢の人は誰も加勢してくれなかった。自分はどうすべきだったかと、今もそのときのことを最初から最後まで思い浮かべて自問している。



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アメリカ人の軽~い「おもてなし」

2009.07.13 (月)


11時半に次男のテニスキャンプにお迎えに行くと、「今日、ニックがうちに来ることになってるよ。」と言う。

「そんなこと、聞いてないわよ。」

「きのう何回も言ったよ。ねえ、いい?」

いいも悪いも、ニックはすぐそこに立っている。それに、2週間前ニックの家に泊まりに行ったばかりである。そろそろお返しの時期か。

「うーん、何も用意してないんだけど。ニック、お昼はスパゲティでいい? トマトソース食べられる?」

「はい。スパゲティ好きです。ママに電話しなくちゃ。」

そう言って、ニックは携帯を取り出し、これから次男くんのところへ直接行くからと告げた。あちらは了解済みらしい。ほんとに次男は私に何回も言ったんだろうか。まったく記憶にない。

夫は薬の副作用で寝ているが、しょうがない。キャンプのコーチに説明して、ニックと次男を車に乗せて家に向かう。

*     *     *

以前の私なら、そんな急な来客はたとえ子どもであってもお断りであった。お客の来る前にはちゃんと掃除して、お菓子も用意して、心の準備もいるから。

もともとおもてなしは苦手である。

ところが、子どもたちが大きくなるに連れて、やたらとよそのお家に招かれる。おやつだけのプレイデートが多いが、学校が半日だと、お迎えついでにお昼も食べさせてくれることもよくある。

そうしてアメリカ人のやり方を知った。

近所のクリスの家になぜか正午によばれた次男を連れて行くと、クリスのお母さんが「いっしょにお昼どう?」と誘った。私は好き嫌いが多いので、遠慮する。お昼のことは聞いていなかったので、次男にもすでに家で食べさせてきた。

クリスはターキーサンド゙がいいと母親に言い、彼女は冷蔵庫からターキーの薄切りを出し、食パンにマヨネーズを塗ってターキーを挟み、そのままお皿にポンとのせて、クリスに渡した。

レタスもトマトもチーズもない。半分に切ってもいない。クリスはかぶりついた。そして、彼の母親が「あなたと次男くんも、ほんとにいらない? このターキーおいしいわよ。」と言う。

半ば呆然とした私は、また断った。そして、お迎えの時間を確認して、家を出た。

そうか。サンドイッチなんかああやって出せばいいのか。なんだか感心してしまった。

*     *     *

長男がやはり学校が半日のときに、別のクリスの家に呼ばれた。夕方お迎えに行って、お礼を言い、車の中で長男に聞いた。

「お昼ご飯、何をごちそうになったの?」

「フレンチフライ。」

「それから?」

「フレンチフライだけ。」

「だけ?」

「そう。フリーザーから出したやつ。」

私はフレンチフライ、つまりフライドポテトはじゃがいもから作る。冷凍品はまずくて食べられない。

「あの、ほかに出なかったの。ホットドッグとかチキンナゲットとか。」アメリカの家庭で出しそうなメニューを並べてみた。

「ううん。フレンチフライだけだった。」

これにもびっくりした。呼んでもらったのだから、文句を言う筋合いではない。実際、子どもたちは遊ぶのが目的で、お昼ご飯なんかどうでもよかったのだろう。

そうか。フレンチフライだけでもいいのか。1食くらい栄養が偏っても、たいしたことないのだ。

*     *     *


前に次男がニックの家に呼ばれたときのこと。ニックは食が細くて、手足も細い。食べ盛りの年なのに、次男が言うには、ニックのランチはヨーグルト1個とグラノラ・バー2本。まあいろんな子がいるからね。

夕方お迎えに行くと、ニックのお母さんが「二人ともお腹すいていないっていうから、お昼は何も食べてないのよ。」とちょっと困った顔で言う。

テニスを3時間やってお腹がすいていないわけがない。でも、「いいんですよ。朝たくさん食べたし、そうでなくても、うちの子いつも食べ過ぎてるから。」と言って、辞した。

車の中で次男に聞く。

「ニックのお母さんがあんたたちお腹すいていないから、ランチなしだったって言ってたわよ。」

「うん。ぼくお腹すいてなかった。」

「そんなことありえないでしょう! ニックはどうだったのよ。あの子は何を食べたの?」

「ヨーグルトとクッキー2枚。」

「それだけ? あんたは?」

「ぼくはクッキー1枚だけもらった。チップス・アホイ。それで、ずっとゲームしてた。」

私はそういうクッキーは買わない。

案の定、家に着いた次男はキッチンで貪り食った。

そうか。子どもがおなかすいてないといったら、あげなくてもいいのか。1食抜いても死ぬわけじゃない。

そういえば、次男がダニーの家に5時間遊びに行って、何かもらった?と聞いたら、「水。」と答えたことがあった。

*     *     *

もちろん、たかだか子どものプレイデートだから、こんな感じで許されるということはある。

私なら、いくらお腹すいてないと子どもたちに言われても、キッチンのカウンターに座らせて、サンドイッチでもパスタでも出すだろう。そして、3時になったらおやつの時間である。

少食のニックに、「サラダはどう? ガーリックトーストもっと作りましょうか。飲み物のお代わりは?」などとついあれこれ勧めてしまう。パスタだけ出すなんて、どうにも落ち着かない。

いまだに日本風のおもてなし感覚にとらわれている私は、息子たちに「おかあさん。気にしすぎだってば~。どうでもいいんだよ。アメリカは~。」と呆れられつつ、なかなか割り切れないでいる。


<今日の英語>

It didn’t take up much space.
たいして場所を取らなかった。


ポスト紙のクロスワード・パズルを楽しみにしていたおじいさんの一言。予算カットと紙面節約で、土曜日のパズルが去年キャンセルされた。あれは土曜日のわしの楽しみだったのに。パズルはそんなに大きくなくて、紙面をたくさん使ってたわけじゃないのに。



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愛人ごっこ その16

2009.07.14 (火)



※ これまでの話(その1~15)を
最初から読む。またはカテゴリで話の番号を選ぶ。

(前回その15の続き)

彼が泊まりに来る機会はなかなか来なかった。キッチンの仕事は朝早く、プールの仕事が終わるのは夜遅かった。休めばその分だけ給料が減る。

それでも、何度か都合をつけて、私の家に来た。たいてい、どこかに行く用事があって昼間のうちに私と出かけ、そのあと家に来るのがお決まりだった。

私たちは挨拶代わりにいつも軽く抱擁した。私は、どうしてこの子の体臭はこんなにかすかなんだろうと不思議だった。

彼はいつも礼儀正しく、あいかわらず私に気を使っていた。

・・・

あるとき私が2階から降りてくると、駆け上ってきた彼と階段の途中で出くわした。「ソーリー。2階の本棚を見に行こうと思って。」と言う彼の無邪気な顔が目の前にあり、私は彼の薄いにすっと私の唇を重ねた。

彼はびっくりして、口ごもった。

「何をするんですか。ぼくはあなたがとても好きだけど、こういうことは―。ぼくはそんなつもりでは―。」

「私もあなたがとっても好き。どういうつもりって言ったの?」

「だって、あなたは結婚しているじゃありませんか。りっぱなご主人がいる。」

「そう見える? りっぱなご主人様はタイにを囲っていて、ばれたら私を罵倒したの。あの女とは手を切ったと白々しく約束したあとも、こっそり会おうとしたのよ。私ね、証拠をつかんで現場を押さえたの。電話でだけど。

それで、もうすっかりどうでもよくなったわ。自分を責めるのをやめて、夫に合わせるのもやめて、夫には好きにさせることにしたの。もちろん夫とはセックスもしないし、別々の部屋で寝てる。そういう結婚よ。」

「知らなかった。でも―。」

「そうね、知らなかったと思うわ。だって表向きはごく穏やかにやってるもの。これ、カウンセラーと主治医以外には誰にも話したことがないのよ。

あなた、2階の本はこの次にして。もう戻らないと仕事に遅れるんじゃない。」

そうして、私は彼を車で送って行った。二人ともあまりしゃべらなかった。彼が降りるときに、初めてさっきのキスについて触れた。

「さっきはごめんなさい。こんな年上の女にキスされて迷惑だったわね。忘れましょう。私もどうかしてたと思うわ。あなたがあんまり可愛くて。だって、あなたほんとにいい子だもの。でも、これからも遊びに来てくれるでしょ。」

彼は私の手をぎゅっと握り、

「謝らないで。ちょっとキスしたくなることは誰にでもあります。ぼくは気を悪くなんかしてませんよ。言っておきますが、お金を借りているからじゃないです。また連絡します。」

彼は私の頬にすばやくキスして、微笑み、車から降りた。

・・・

そんなことがあったあとも、私たちは毎日メールを出し合った。

「昨日は驚かせてごめんなさい。」

「気にしないで。ぼくの母も久しぶりに合うと唇にキスするときがありますよ。」

私はあなたの母親と同じ扱いにされてしまったの?

「自分が年を取っているなんて言うのはおやめなさい。あなたはまだまだ若い。それに、本当に若く見えますよ。とても二人もお子さんがいるとは思えません。」

日本人は若く見えるのよ。それでも21歳の青年と並んだら、すぐばれると思うわ。

「ぼくには、ご主人がどうしてそんなことをしたかわからない。でも、あなたがすごく傷ついたのはわかります。ぼくを信じて打ち明けてくれたと思っています。ぼくは誰にも口外しません。ぼくはまだ子どもかもしれないけれど、それなりにいろんなものを見てきています。」

パヴェルは自分の両親のことを書き送ってきた。

(次回その17に続く)



<今日の英語>

He kept tabs on her.
彼は彼女がどうしているかをいつもチェックしていた。

NYタイムズの結婚報告ページより。行き違いがあっていったん別れたカップル。男の方はずっと彼女がどうしているか把握していた。共通の友人などから彼女の噂を聞いたり、ちょっと目立つ仕事をしていた彼女が話題に出ると、聞き逃さなかった。そうして、何年後かに再会。二人ともお互いが運命の相手だと悟り、このたび結婚式を挙げた。



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 |  愛人

愛人ごっこ その17

2009.07.15 (水)


(前回その16の続き)

パヴェルの両親は、弟と一緒にベラルーシ西部の町に住んでいる。

母親はナース。父親はソビエト時代は地元の工場で働いていたが、いまはシベリア地方で建設作業に出ている。ロシア、しかもシベリアだったら、ベラルーシの何倍も稼げる。ただし、仕事は厳しい。

父親は定期的に列車で帰国し、また出稼ぎに行く。そういう生活である。真面目に働いて送金している家族思いのいい父親。

しかし、パヴェルは自分の父親を殺そうとしたことがあるのだった。

・・・

「父はぼくが小学校に入った頃から、アル中になっていました。最初は仕事が終わってから酔っ払っているだけだったけれど、そのうち仕事に行けなくなって、一日中ウォッカを飲んでばかりいました。

飲んでいなければいいんです。ぼくと弟をつりに連れて行ったり、サッカーをしてくれたりしました。

でも、だんだん暴れ始めました。そして、母をひどく殴りました。学校から帰ると、家の中がめちゃくちゃでした。父が投げたお皿やウォッカの瓶が割れて床に転がっていました。

母は泣いてお酒をやめてくれと頼んだのに、父はそんな母を殴りました。

ぼくは祖父母に助けを求めたけど、だれにも父を止められませんでした。ぼくと弟は毎日暗い気持ちで学校に行き、家に戻るのが恐かった。

ぼくたちは子どもだったけれど、母を守らなくてはと思っていました。だから、父が母を殴ろうとするのを二人で一生懸命止めました。でも、父は力が強くて身体も大きくて、ぼくたちのほうが飛ばされてしまいます。

そんな生活が何年続いたか。ぼくは上の学校に上がりました。どうして母が父の元を去らなかったのかわかりません。

・・・

ある日学校から戻ると、父は恐ろしく荒れていました。母は殴られて泣いていました。ぼくはカッとなって、これ以上母をこんなめに合わせられない、父を殺すしかないと思いました。そして、台所へ行って、包丁を取り出しました。

父が死ねば、母が悲しまずに済む。ぼくも弟も平和に暮らせる。

そして、包丁を手に父と母のいた居間に向かおうとしたら、通路に母が立っていました。そして、ぼくを抱きしめてすすり泣きました。母はぼくに「おまえにそんな真似はさせられない。」と言うのです。

じゃあ、いつまでもこんな生活でいいのか。母の幸せはどこにあるのか。

でも、結局ぼくには父を殺すことはできませんでした。すでに嘆き悲しんでいる母をこれ以上悲しませることはできません。

それから父と母の間になにがあったのか、よくわかりません。母は家を出て行こうとしたのか、父を追い出そうとしたのか。なぜ父がウォッカを手放したのか。

父がどうやってアル中から立ち直ったのか、ぼくはよく覚えていません。知りたくもなかった。これまでも何回かお酒はやめるといって、やめたためしはないのです。母はナースだったので、何か伝手があったのかもしれません。

ぼくはいざとなったら父を殺せるとずっと思っていました。

そうして、高校に行って、最初は遊んでばかりいたけど、あるとき急にこれじゃだめだと気がついて、真剣に勉強を始めました。

ぼくがミンスクの大学に合格したころには、父はしらふになっていました。そして今でもウオッカは口にしません。

・・・

母と父は、昔そんなことがあったとは思えないくらい、仲良くやっています。ぼくが家に帰って、父も出稼ぎから帰っていて、皆が揃うとほんとに幸せです。ぼくは父を許したのか、自分ではなんとも言えません。でも、ぼくは父を愛しています。

母も父を愛しています。母がどう乗り越えたのか、ぼくには理解できないままです。

あなたとご主人の間の問題を、ぼくの両親の問題と比べるつもりはありません。でも、仲直りすることは不可能ではないと思います。ぼくはあなたに幸せになってほしい。

ぼくには、あなたの深い傷をどうやって直したらいいのかわからないし、何もできません。ただ、あなたはとてもいい人で、ぼくはあなたに強い愛情を持っていることは確かです。

ぼくが父を殺そうとしたことは、母しか知りません。親友にも弟にも話していません。このことを知っているのは、母とあなただけです。

あなたがぼくを信頼して打ち明けてくれたので、ぼくも同じことをするべきだと思いました。」

・・・

彼の長いメールを読んで、自分と夫のことより、彼がこんな苦しみを抱えていたことを知って、胸が痛くなった。そして、これまで以上に彼を守ってあげたくなった。

私と彼はお互いの秘密を共有し、それからは二人の間にもっと激しい、強く締め付けられるような気持ちが生じた。

私たちは何も口に出さなくても、自分も相手もそれを感じていることを知っていた。

(次回その18に続く)


<今日の英語>

There is no free lunch.
ただ飯なんてない。/ただより高いものはない。


投資アドバイザーの一言。リスクとリターンは表裏一体。元金保証で高利率なんてありえません。もしあるとしたら、そんなうまい話をどうして他人に教えるんでしょうね。それこそがフリー・ランチで、やっぱりただ飯はこの世にはないのです。あったと思ってごちそうになると、損失を出すか、ただ飯の恩を感じてやりたくないことをやる羽目になります。世の中は甘くないと肝に銘じておきましょう。



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 |  愛人

愛人ごっこ その18

2009.07.15 (水)


(前回その17の続き)

3日ほどして、彼から電話があった。

「ビザが下りました! やった、これで大学に行ける! あなたとご主人のおかげです。ありがとう。なんてお礼を言ったらいいのか。」

「まあ、すごいじゃない! よかったわねえ。今どこにいるの?」

「グッドニュースだったので、特別にキッチンから少し抜け出して、事務所のパソコンを使わせてもらってます。信じられない! ぼくがドイツの大学に行けるなんて。」

興奮冷めやらぬ彼にまたおめでとうを言い、電話を切った私はすぐ車に乗って、彼のいるキャンプ施設に向かった。

・・・

すでに何度か来たので、事務所の場所は知っていた。ドアから覗くと、パソコンに座った彼の後姿があった。他には誰もいなかった。

私が来るとは思っていない彼を驚かせようと、後ろからそっと近づいて彼の肩に手を置いた。

「うわあ、来てくれたの!」

そう言って立ち上がった彼は、私をきつく抱きしめた。私たちはしばらくそうやっていた。彼から伝わってくる若さ―若い体温、若いかすかな匂い、若い筋肉、若い肌―に息が詰まりそうになった。

「こんなにいいニュースなんだもの。直接お祝いを言わなくちゃね。ほんとによかった。おめでどう。」

「人生で最良の日って、まさにこれです。あなたには本当に感謝しています。あの、お金はもう引き出してくださっていいですから。利子もつけずにすみません。」

「でも、ビザが下りてすぐに残高が減るのもおかしくない? あのお金、私は今すぐ必要じゃないし、もうしばらく入れておいたほうがいいと思うけど。」

貸したお金を全部引き出してしまうと、彼とのも切れるかもしれないと思った。もちろん、彼の口座にたった1000ドルしかないのは危ないと思ったのも事実だけれど。

結局、1週間後に追加で預け入れた5000ドルだけをまず引き出すことになった。

「夫には私から報告しておくわ。今度はいつ来られる? シャンパンでお祝いしなくちゃね。泊まっていけるといいんだけど。うちにはゲストルームがあるから、あなたの泊まるところはあるのよ。」

彼は、キッチンもプールも人手が足りなくて、しばらくは休めそうにないが、他のスタッフに聞いてみると言った。

本当はもう来たくないのかもしれなかった。

ビザが手に入れば、私にはもう用はない。彼が最初に私のところに来たのは、そのためだったのだから。

次回に続く)


<今日の英語>

Now, where was I?
さてと、どこまで話したっけ?


NYタイムズマガジンのコラムより。会議あるいは食事の最中に、テーブルの下でテキストメッセージを読んだり送ったりすることの是非を問う筆者。相手がいるのに話を中断してメッセージングを始め、終わったらおもむろにこんなセリフを言われる人はどう思うでしょう。その場所が、会議室だろうが手術室だろうが、はたまた寝室だろうが、関係ありません。



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 |  愛人

愛人ごっこ その19

2009.07.16 (木)


(前回その18の続き)

金曜日の朝、パヴェルからメールが入った。

「お子さんたちを明日カヌーに乗せたいんですけど、いいですか。もちろん、日本語学校が終わってから。彼らはキャンプのときにやったから、慣れてると思います。どの子もカヌーが大好きでした。

よければあなたとご主人もご一緒にいらっしゃいませんか。あなた方の好意に対して何もお礼ができないけれど、カヌーの気晴らしくらいは提供できます。」

私はアウトドア派ではない。カヌーなんかさわったこともない。むかし、子どもの頃に川が近くにあったので、川で泳いだり、粗末な木のボートに乗ったりしたことがあるだけだ。

子どもたちはもちろん大喜びで、絶対に行くと言う。夫は興味がないらしい。彼はゲームの方がいいのだ。救命具もつけて乗るのだろうけど、パヴェル一人に子どもを任せるわけには行かない。

「お誘いありがとう。夫は行かないと言うので、子どもたちと私だけ行きます。楽しみにしています。」

・・・

当日の午後4時、なつかしいパビリオン―夏のキャンプはとっくに終了していたので、今は誰もいない―で落ち合った。彼はもう一人連れてきていた。

「カウンセラーをしていたトーマスです。覚えてますか。彼はハンガリーから来てるんですけど、ぼくと同じようにビザが切れるまでここで働いてます。今日は付き合ってくれるというので、いっしょに来てもらいました。」

パヴェルよりもっと背が高く、それこそ痩せてヒョロリとしている。かなり年上に見える。30代前半か。そんな年でよくカウンセラーをやれるもんだわ。ハンガリーでは何をしているんだろう。キャンプのときに見かけたかしら。

パヴェルに夢中だった私には記憶がない。

子どもたちはトーマスと一緒に、私はパヴェルと二人でそれぞれのカヌーに乗り込んだ。何もわからない私は、ただ言われるままに座って、パヴェルの腕がオールを動かすのを見ていた。

「カヌーって初めて乗ったけど、わりと揺れないのね。なんだかいい気持ち。こんな楽しいこと、子どもたちはキャンプでやってたわけね。どおりで次のセッションも行きたいって、ねだったはずだわ。」

「ここはだから、波がないでしょう。子どもたちは覚えるのが早いですよ。」

子どもたちとトーマスはどんどん先に進み、私とパヴェルはだいぶ引き離された。

トーマスが叫ぶ。

「そこに木が倒れていて通りにくいから、気をつけろよ!」

見ると、少し先に大きな木が横倒しになっている。水面から1メートルくらいの隙間があるが、周りは枝が邪魔をしている。下をくぐればいいのだろうか。子どもたちもトーマスも慣れたものね。さっさと通り抜けたらしい。

パヴェルが「ちょっと頭を下げて。」と言い、私がそうすると、何かがカヌーにあたって、グラッと揺れた。スローモーションのように、私とパヴェルは湖に投げ出された。

・・・

きゃあーっと叫んだ私は、水着も着ていなかったし、パニックに陥った。泳げるけれど、この湖がどれだけ深いのか知らなかったし、どうやって転覆したカヌーに戻るのかもわからなかった。

パヴェルはトーマスに「おーい、転覆!」と叫んだ。

子どもたちは私とパヴェルのカヌーが木をくぐれるか、ずっと見ていたらしい。ケタケタ笑って、「お母さんが落ちた! ぼくたちはどんどん先に行こうー!」とトーマスに大声ではやし立てているのが聞こえた。

トーマスはもちろん子どもなんか無視して、カヌーをUターンさせて戻ってきた。大丈夫か、とパヴェルに手を貸してカヌーをひっくり返し、私を引っぱり上げて「もう帰ったほうがいいかな。」と聞いた。

私はせっかくのカヌー遊びがこんなことで終わりになるのがいやで、「子どもたちが楽しそうだし、一周してきましょう」と言った。

子どもたちは私の失態がほんとうにおもしろかったらしくて、いつまでもキャーキャー言っていた。ずぶぬれの母親を見るのは初めてだっただろう。

・・・

パヴェルは本当に申し訳なさそうに何度も謝った。

「いいのよ。私がバランスを取れなかったんだから。それにしても、あんなところに木が倒れていたなんて。子どもたちはうまく通り抜けたわねえ。キャンプでの練習の成果だと思うわ。」

「寒くないですか。ぼくは一体どうしてこんなことに誘ったんだろう。とんでもないことをしてしまった。」

「まだ日が差しているし、寒くないわよ。楽しいじゃないの。こんな経験めったにできないわよ、私の場合。」

私は全身ずぶぬれでシャツもショートパンツも身体にピッタリ張り付いていたが、そんな姿を彼に見られても気にならなかった。そんなことより、これでまた彼とエピソードを共有できたのがうれしかった。

物事はそうやって進展していくものだ。

そうして、前よりずっと慎重にカヌーを操ったパヴェルと湖を一周した。カヌー乗り場に戻ったときは、夕日が沈みかけていた。

(次回その20に続く)


<今日の英語>

It sent my head spinning.
それを聞いて、私の頭は混乱した。


12歳の娘とその友だちに2歳の子を託し、子どもたちをモールに置いて帰宅したモンタナの大学教授(女性)。娘たちが買い物に夢中で、2歳児をストローラーに入れたまま別の売り場に行ってしまい、他のお客が通報。教授は児童を危険に晒した罪で訴られた。その事件をテーマにしたコラムニストの一言。

過保護だとか放任だとかいう語りつくされた議論ではなくて、アメリカに根強く残っている、教育があり経済的にも豊かな女性に対する恨みが根底にあるのではないか。そういう考えが浮かんで、コラムニストの頭の中はグルグルとスピンしたらしい。



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 |  愛人

愛人ごっこ その20

2009.07.17 (金)


(前回その19の続き)

濡れた服はカヌーに乗っている間にいくらか乾いたが、これでは車に乗れないし、やっぱりちょっと寒い。プール施設のシャワーを借りよう。

トーマスにお礼を言って、私たちはプールへ向かった。

パヴェルに子どもたちを任せて、ロッカールームに入り、シャワーのハンドルを回したが、いつまでたっても熱くならない。もう止められたのか、故障だろうか。

しかたなくショートパンツを脱ぎ、車に積んでおいたタオルで下着だけの下半身を被った。シャツは生乾きだったが、どうにか我慢できた。でも、濡れたブラが張り付いて気持ちが悪い。

パヴェルに冷たいシャワーの話をするとますます困った顔をした。それでは、カウンセラーの宿舎に来て乾かしたらどうかと彼は提案した。夏休み中はカウンセラーが大勢いた宿舎も、今ではほんの数人しか残っていない。

彼が寝起きしている場所を見たかった私は、そうすることにした。

・・・

そこはバンガローみたいになっていて、バンク・ベッドが何列も並んでいた。リビングルームにはルーマニアとチェコの女の子が二人いた。

「まあ、どうしたの!? パヴェルがカヌーでどじったのね。あんた、大変なことしでかしたじゃないの。訴えられるわよ。」と彼をからかった。

彼は私に誰もいない部屋を使ったらどうかと勧めた。タオルを借りて行ってみたが、ずぶぬれになった服はそう簡単に乾かなかった。おそらくプールに併設されたシャワールームを使うのが前提なのか、ここにはシャワーがなかった。

あきらめた私がリビングへ戻ると、彼は子どもたちにクッキーを与えていた。そして「大丈夫?」と心配そうに私に聞いた。私がうなずくと、「ロシアの音楽があるんですよ。」とCDを見せた。

CDケースにはキリル文字でいろいろ書いてあった。

「わたしね、あれからキリル文字の勉強をして、読めるようになったのよ。でも、飾り文字でわからないわ。これ、リュビって読むの? リューブ?」

リュベ。リュベはわりと人気のあるグループなんですよ。ボーカルもいいし、ちょっと聞いてみませんか。」

そうして、私は彼の隣に座り、初めてロシアのポップミュージックを聴いた。何を歌っているのかさっぱりわからなかったが、なぜか懐かしく心惹かれるものがあった。

パヴェルが小さな声で口ずさむ横顔を見つめながら、彼がこんなふうにロシア語で歌うのを聞くのも初めてだと思った。そして何もしゃべらず、彼と目を合わせ、ずっとこうしていたいという気持ちでいっぱいになった。

・・・

そうだ、に電話しなければ。予定よりだいぶ遅くなっている。

「もしもし? あの、私だけど。いま子どもたちとパヴェルの宿舎にいるの。カヌーが転覆して私が湖に落ちてしまったものだから、ここで乾かしてるの。もう少しで帰るから。」

夫は少し不機嫌だった。「危ないなあ。着替えは持っていかなかったのか。子どもたちは大丈夫なのか。」

電話を切って、私はパヴェルにそろそろ帰ったほうがよさそうだと言った。

この宿舎のあたりは坂道で、しかも舗装されていなかった。登るときには気にならなかったけれど、降りるときは私のサンダルが砂利ですべって怖い。辺りはだいぶ暗くなっていた。

子どもたちは借りた懐中電灯で足元を照らしながら、すたすた降りて行った。

パヴェルは何度も転びそうになる私の手をつかんで、抱きかかえるようにして歩いた。そして、車のところに着くまで、私たちはそうしてお互いのを感じながら、黙って、ただ歩いた。

・・・

家に着くと、夫が待っていた。

そして、下半身をタオルで覆った私を見て、そんな格好でいたのかとあきれた。「だって、びしょぬれだったんだもの。」とあしらって、私は2階のシャワーへ向かった。

子どもたちが、私がカヌーから落ちたときの様子をおもしろおかしく夫に報告しているのが聞こえた。

「パヴェルの部屋でロシアの歌を聴いたよ。パヴェルはおかあさんにそのCDプレゼントしたんだよ。」

シャワーの中で、なぜかくすくす笑いがこみ上げてきた。そして、パヴェルのきれいな横顔と体のぬくもりを思い浮かべた。

彼は私と同じことを考えているのだろうか。

(次回その21に続く)


<今日の英語>

I think you may have gone a bit too far.
あなたの考えは、ちょっと行き過ぎだと思います。


子どもをモールに置き去りにした大学教授が訴えられたのは、教育も経済力もある女に対する恨みが根底にあると書いたコラムニストへのコメント。あなたのコラムにはこれまでずっと賛成できたけど、今回はちょっと考えすぎだと思います。教授が母親としての義務を果たさなかったのは事実ですよ。



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