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給料の振込み停止

2009.04.01 (水)


[アメリカ生活] ブログ村キーワード

銀行のウェブサイトで残高をチェックした。毎月2回、15日と31日に振り込まれていた給料が入金されていない。アメリカに来てから20年間、きちんきちんとあった振込みが初めて止まった。

1ヶ月前からわかっていたとはいえ、口座明細をぼんやりと長いこと眺めてしまう。

これからは毎月1回、20日ごろにまとめて2回分振り込まれることになっている。ただし、長期療養中は、夫の勤務先でなく保険会社からの「保険金」としての送金で、支給額は50%である。

4月1日の住宅ローン引き落としのために、当座預金からお金を動かしておいた。4月10日にはクレジットカードの支払いもある。こうやって貯金を崩していくしかないのだ。

節約しても、クレジットカードの残高は毎月2000ドルを超える。どこにも行かなくても、食べ物は買うし、トイレットペーパーや洗剤も必要だし、ケーブル代や電話代もある。ただ家でじっとしているだけでも、お金がかかるんだなあ、と思う。

*     *     *

夫と私は、「利用金額に応じて年間300ドルまでキャッシュバック」というカードを持っているので、なるべくカードで買うことにしている。そして、合計600ドルのリベートを受け取るだけのチャージをする。スーパーもガソリンスタンドも郵便局も子どもの習い事も病院の支払いも車のメンテナンスも暖房用のオイル代も、すべてクレジットカードで払う。

私は借金がきらいなので、毎月かかさずカードの残高全額を支払ってきた。車も現金か、ローンを組んでも1年以内に全額返済した。今あるのは、家のローンだけだ。だから、夫の給料がこれまでのように振り込まれなくても、貯金を回して、利用額全部を支払うつもりでいる。

ミニマム・ペイメント(毎月の最低支払額)だけでいいや、などと絶対に思ってはいけない。あっという間に利息で借入金が膨らむ。臆病者の私は借金が恐い。

外国人である私にとって、最後まで頼りになるのはお金である。

事務処理の苦手な夫に代わって、結婚当初からお金のことはすべて私がやってきた。税金の申告も、住宅ローンの借り換えも、小切手の注文も、投資も貯蓄も私の担当だった。私は経済を勉強したこともないし、エキスパートでもなんでもない。夫がやらないから、引き受けただけだ。

夫は、たまに、「いま、どれくらい現金がある?」とか「子どもの大学資金は、どれくらい貯まった?」と私に尋ねる。そして、私の報告をただ「ふーん。」と聞いている。

去年の秋に自社株をかなり売ったために、当面の生活費はあるけれど(こんなことなら、全部売ればよかったと思うが、あとの祭り)、これまでのように給料が振り込まれないという不安は大きい。

夫は、何をたくらんでるのか知らないが、「ぼくが家にいるこの機会に、きみは旅行にでも出かけたらどうかなあ。猫はぼくが世話するから。」などと私に言う。

若いときならば、「お金が心配で、それどころじゃないわよっ。だいたい私は出かけるのがきらいだって、知ってるでしょっ。」と一蹴したものだが、最近はいちおう夫の顔を立てて、「わかった。考えてみる。」としおらしく返事をする。争うエネルギーがもったいないではないか。

もちろん、考えたって答えは No. である。


<今日の英語>

You pick your battles
(戦う価値があって、しかも)勝ちたい・勝てると思う戦いだけを選ぶことね。


NYタイムズの記事より。自宅オフィスを夫婦で共有すると、夫と妻のどちらかが片付けないために、いざこざが起きやすい。たとえば夫が散らかし魔だとしても、妻が何もかもきちんとしろと夫に要求するのは無駄。それよりは、これとこれだけはやってほしいと頼むのが得策だという。

親子の関係でも、このフレーズはよく出てくる。子供がだら~んとしたズボンで学校に行こうとする。親はきちんとした格好をしてほしいと思う。でも、そこでガミガミ言ってはいけない。それよりは、もっと大事なこと(ドラッグに手を出さないとか、宿題をやるとか)で子どもに譲らないほうが大事だから、妥協も必要である。「なんでもかんでも戦いにしてはいけない」のだそうだ。うちの子がいうことを聞かなくて困るわ、とこぼすと、アメリカ人のお母さんからこう言われたものだ。
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テーマ : アメリカ生活 - ジャンル : 海外情報

 |  生活  |  コメント(2)

<今日の英語> 3月掲載分

2009.04.01 (水)


[英会話] ブログ村キーワード

3/31/09
Go with your heart.
自分の心で決めなさい。

3/30/09
Don't sniffle.
鼻をすするな。

3/29/09
Do you need a hand?
手伝おうか。

3/28/09
I've got to think it through.
じっくり考えてみなくちゃ。

3/27/09
I'm still groggy.
まだボ~ッとしてるんだ。

I really didn’t feel like it.
あんまり食べたくなかったんだ。

3/26/09
This sends a wrong message.
これでは誤解されます。/そんな風に思ってもらいたくないと思っても、そう受け取られますよ。



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テーマ : 英語 - ジャンル : 学校・教育

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現地校のコンサート

2009.04.02 (木)



次男が通っているミドル・スクールでは、クリスマスと春にコンサートを開く。

選択科目なので全員ではないのだが、管楽器や弦楽器、コーラスを取っている子どもが学校のオーディトリアム(講堂というより、小さい公会堂に近い。ステージがあり、映画館のような椅子が並んでいる)で演奏する。

こういう発表会は、キンダーガーテン(幼稚園)やエレメンタリー・スクール(小学校。うちの学校区では3年生まで)でもある。授業時間に親が見に行く。まあ3年生まではお遊戯といったところか。

楽器は、上級小学校の4年生から希望者だけが始める。当初、コンサートと言われて、私はいくらか期待して行った。楽器は習い始めて間もないからいいとしても、コーラスを聴いて椅子からずり落ちそうになった。

ハーモニーがない。全員が同じ曲を同じように歌う。それだけ。

すべて和声や輪唱でやれとは言わない。せめて、一部でも高音と低音のパートにするとか、どこかの節だけ男の子と女の子で分けてみるとか、そういう工夫は一切なかった。

帰り際に、同じ学校に通わせている唯一の日本人女性と会ったので、聞いてみたら、「現地校はこんなもんですよ。」と笑っていた。

それ以来、子どもを送り届け、客席に座って聴くのは、出張や病気でないかぎり、夫の役目になった。

*     *     *

さて、春のポップス・コンサート。

例によって、夫に行かせようとしたが、絶対に見のがせないテレビがあるから(ロストだか、24だか、ヒーローズだか、テレビを見ない私にはさっぱりわからない。題名だけ聞きかじって知っている)と、拝み倒された。

夜7時半開演なのだが、子どもは楽器を持って7時にバンド・ルームに集合とのこと。私はよっぽどいったん家に帰って、終わったら迎えに来ようと思ったが、それもめんどくさいので、オーディトリアムの後ろの隅っこに座って待った。

次男は7年生。日本なら、小6が終わって中1が始まるときである。コンサートでは、6年生から8年生までが学年別グループになって、交代でステージに現れた。

一部のバンド曲は、特に上手ではなかったが悪くもなかった。ひどいのは、ビートルズのメドレーとジャズバンド。音楽的素養のない私が聴いても、テンポがずれているのがありありだ。この子たちには難しすぎる。練習も足らない。

コーラスも、申し訳程度のハーモニーはあるものの、口をしっかりあけている子は少ない。選曲も悪くないのに、まちがえて横の子を突っつき、くすくす笑う女の子たち。

*     *     *

私の姉は日本の小中学校でブラスバンドに入っていたが、放課後はほぼ毎日残っていたし、コンサート前は日曜日も学校に行っ ていた。練習時間も長く、私の父が「高校受験に落ちたら、どうしてくれる!?」と学校に怒鳴り込んだくらいである。

う ちの現地校では、普通は1日おきに少人数の練習と全体リハーサル(各45分間)があるだけ。ジャズバンドだけは放課後練習するそうだが、それも月曜日だけ。

全員がスクールバス通学なので、課外活動も徒歩通学のようにいかない。放課後残った場合は、親が自家用車で迎えに行くか、夕方のアクティビティ・バスに乗るか(定時のバスより止まるところが少ない)。そういう事情があることは確かにあるのだ。特に、音楽に力を入れている学校区ではない。

それにしても。

席はギッシリうまっていて、途中で抜け出すこともできない。腰が痛くなってきた。すぐ後ろで幼児がぐずり、奇声を上げる。拷問である。

ところが、他の親は、一曲終わるごとに割れんばかりの拍手、口笛とブラボー!の歓声。

それ以上にうっとうしいのは、無能な校長がコンサート開始前の挨拶で、子どもたちがどれほど amazing で wonderful で素晴らしいか、毎回持ち上げることである。

コンサートから解放されたのは、9時10分だった。

*     *     *

次男は、私が「トランペットの練習は?」と毎日しつこく言って、やっと10分間だけやる。しかも、そのうち4分くらいは、楽器を磨いたり、楽譜を探したり、「できない~!」と叫んだりしているのだ。

私は忠告した。

「人を呼んでコンサートを開くなら、それなりに練習しなさい。下手なら下手なりに、努力すべきじゃないの?いやいや練習して、いい加減なできばえの演奏を聞かせるなんて、私だったら恥ずかしくて、だれも呼べないよ。

そんなことを言う親は、あの満員のオーディトリアムに何人いただろうか。

息子の友だちのお母さんたちは、だれもがいかにして楽器の練習をさせるか悩んでいるというのに(それとも、練習しないのはうちの息子とその友だちグループだけなのか)。

今回は見なかったが、ステージにいる自分の子どもに花束を持って駆け寄る親もいるのだ。子どももスター気取りで受け取る。

アメリカのほめる文化に、私はいまだになじめないところがある。夫によると、私は単に要求が高すぎるらしいのだが、たかが子どものコンサートを黙って楽しめないというのは当たっている。

「現地校のコンサートに行ってきました。どの子も一生懸命で感動しました。みんな、よくがんばったね!」なんていうアッサリした記事を書けないのも確かだ。


<今日の英語>

You made a wonderful point.
とてもいい所をついてますね。

NPRラジオのインタビューで、ゲストがア ナウンサーのコメントに感心して言ったセリフ。日本人同士の対談やフォーラムでも、「いい質問ですね。」と言うことがあるが、アメリカ人のほうが Good point!とか Good  question!などと会話にふんだんに盛り込む。言われた方もちょっと得意になれる。こんなところでも、ほめたりほめられたりに慣れているんだなあと、謙遜と遠慮で育った私は思う。



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レシピ: えびピラフ

2009.04.03 (金)


=== 簡単レシピ その4 ===
圧力鍋で作るえびピラフ


  1. たまねぎ1個とにんじん1/2本を大きめのみじん切りにする。えび(一掴み)は一口サイズに切る。冷凍グリーンピース1/2カップを解凍しておく。
  2. 圧力鍋にサラダ油大さじ1と無塩バター大さじ1を入れて、たまねぎ・にんじん・えびを炒める。
  3. 全体に油が回ったら、無洗米3合を加えて、炒める。
  4. 水500ccとコンソメの素大さじ1.5を入れて、かき混ぜ、ふたをして強めの中火にかける。
  5. おもりが上がったら、弱めの中火にして5分加熱し、火を止めてそのまま20分蒸らす。できたら、グリーンピースを混ぜる。

  • 野菜もお米も、全体に油が回ればよい。透明になるまで炒めなくてよい。
  • グリーンピースを最初から入れると、バクハツしてしまう(経験者)。


*     *     *


いわばバターライスなのだが、夫や子どもたちはあまり食べない。余った分は冷凍庫で保存する。加熱すればすぐ食べられる米料理があると思うだけで、私は落ち着く。

せっかく作ったのに食べてくれないなんて、と最初はガッカリしたが、この頃は、「これであと2食分は確保できたな。よしよし。」とほくそえむのだ。


<今日の英語>

Moderation is key.
ほどほどが肝心です。


ダイエットのエキスパートが言う。食べてはいけないものはありません。どれくらい食べるかが問題です。赤ワインを飲むと心臓発作が起きにくいというニュースに、医者が言う。だからといって、毎日がぶがぶ飲んではいけません。エキササイズのトレーナーが言う。限界まで身体を痛めつけてはいけません。何ごとも、多すぎず少なすぎず、ちょうどいいくらいにしておきましょう。

こんなにしょっちゅう耳にするということは、それだけ「ほどほどを保つのは難しい」ということではなかろうか。



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アメリカ人の中国語学習熱

2009.04.04 (土)


[アメリカ生活] ブログ村キーワード

次男の通うミドルスクールでカリキュラム・ナイトがあった。来年度(9月)からの教科に関する説明会である。6年生から8年生までの親が、音楽室など広い教室に学年ごとに分かれて、教科主任が巡回してくるのを待つ。

次男はいま7年生。1学年300人なのに、夜7時からの説明会に出席した親は40人足らず。それも、毎回同じような顔ぶれだ。中学ともなると、教育熱心な家とそうでない家とにはっきり分かれてくる。それに、兄や姉が同じ学校に通ったりして、カリキュラムがわかっている人はあまり来ない。

私も行かなくていいかなと思ったが、次男が話を聞いてきてくれと言うので、行くことにした(テキは、私がいない間にゲームをやろうという魂胆だったようだ)。

予想通り、どれも聞いたことがあるような話ばかりだったし、どこのお宅もこのミドルスクールに2年近く通っているので、それほど質問も出なかった。あるテーマを除いては。

それは、中国語。

この町では、チャイニーズレストランとネイルサロン以外ではめったに中国人を見かけない。

ところが、今年度初めて中国語のコースが導入された。中国本土から先生を1人招いて、ミドルスクールの選択科目としたのだ。ただし、外国語としての単位は取れない。それは、スペイン語・イタリア語・フランス語のどれかが必須となっている。

去年の今ごろ、中国語を習いたい人は登録するようにというプリントが届いた。うちは補習校に通っていたし、スペイン語も取っていたし、もちろん英語もある。語学に関してはこれ以上広げたくなかったので、申し込まなかった。

*     *     *

ふたを開けてみたら、予想を大幅に上回る生徒が申し込み、抽選が行われた。中国人の先生については、学校のニュースレターで紹介されていた。本職は教師とあったが、外国人に中国語を教える訓練を受けているとは書いてなかった。任期は一年。ニーハオも知らない子どもにゼロから教えるのだ。

これでは外国語の単位にならないだろうなと思った。カリキュラム・ナイトでも、これは中国のカルチャーを学ぶコースであることを外国語主任が強調していた。おそらく中国語を勉強したことがないであろうスペイン語教師が、親の期待値を下げるのに必死だった。

中国語を学ぶには最低8年かかります。世界で一番むずかしい言葉なんです。中国語というよりも、中国の文化に触れる機会と考えてください。」

その教室にいた唯一のアジア人である私は、

「8年なんて数字はどこから引っ張り出してきたのかね。世界で一番むずかしいのは日本語じゃないの?」

と、そういうときだけ日本びいきになってしまう。

それでも、親たちは、次から次へと手を挙げる。

「うちは今年もコースを取ったので、来年はその次のレベルに進めますね。」
「今度はどんな先生?その人の教育方針は?」
「今年は抽選に洩れてしまいました。来年は優先的に入れてくれるんでしょ。」
「具体的には、どういうカリキュラムが組まれるんですか。」
「今の先生は、来年の先生に引継ぎをする予定ですか。継続的な語学教育が希望なんですけど。」

お金はパワー。日本が経済大国へのし上がり始めたころ、アメリカで日本語学習熱が高まったのと同じ現象が起きている。

補習校をやめてから、日本語や日本人に接する機会が極端に減ったうちの子どもたち。日に日にまどろっこしい日本語になってきた。ひらがなとカタカタがまぜこぜになり、似ているけどやっぱり違う創作漢字を書く。

週2回45分間の授業で、我が子の中国語がものになると信じているアメリカ人の親みたいに、私はおめでたくなれないのだ。

それにしても、アメリカにおける中国の位置付けを肌で感じた日だった。


<今日の英語>

I have nothing else to compare with it.
他に比べるものがないんですよ。


カリキュラム・ナイトに、この学校区で35年間教えて、6月で定年退職する先生がいた。ここは素晴らしい学校区と持ち上げた後、「まあ、私はここでしか働いたことがないし、比較の対象がないから。」とユーモアを交えて締めくくった。



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テーマ : アメリカ生活 - ジャンル : 海外情報

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ブログの世界

2009.04.05 (日)


[アメリカ生活] ブログ村キーワード

いつのまにか、カウンターが1000を超えていた。
 (読んでくださった皆さん、ありがとう。

よくわからないまま登録したランキングにも載っている。自分の書いた文章が不特定多数の人(世界のブログ人口から見れば、ごく少数ではあるが)の目に留まるというのはなんとも不思議な感じがする。

ブログに少し慣れたころ、ブログジャンキーというのをやってみた。30秒おきに次から次へと他の人のブログが現れる。5年も前に開設されたものもある。金儲けや販売広告やお小遣い稼ぎが山ほどある。みんなこんなことをしていたのか。

ブログペットもトラックバックもピンと来ない。その他にもいろいろな機能があって、単に記録を残すつもりだった私は、自分の無知に気づく。白黒まだら模様に携帯をかざすだけで、携帯でもブログが読めるというのは、実際見たことがないので、ちょっと想像できない。

浦島花子である。

プロファイルに「中1です。」なんて書いてあって、驚く。文章の最後にwwと付けてあったり(wが1つや3つの場合もある。なんだろうと思って、ウィキペディアで調べてみた)、奇妙な略語らしきものや小さいひらがなが混ぜてあったりする。

近頃はそういうのが流行りだとどこかで読んだ気がするが、まともに見たのは初めてである。変わった文体だなと思いつつ、読み続けると、船酔いならぬ文字酔いしそうになった。

解読できないことばが出てくる。このあいだは「ベタ」がわからなかった。ベタぬりしか思いつかなかったが、それでは意味が通らない。検索して、だいたいこういう意味だろうとつかめる程度にはなった。若い子の流行語なのか、一般社会でも使われているのか、そこまではわからない。

顔文字や音符やその他の記号がいっぱいのページもある。私は顔文字も笑も泣も苦手である。私の感覚が古いのか、どうにも合わない。すわりが悪い。そもそも、凝った顔文字は判読できないのだ。

*     *     *

ランキングに載っているブログの紹介を読んでみた。

「奮闘」が目に付く。私は奮闘してないから、奮闘記とは呼べないな、何もがんばってないから、がんばってますとも書けないな、と思う。

「国際結婚」。私も世間から見ればそのグループに入るのだろうが、結婚前の気負いは、現実の前にたちまち消え去り、国際結婚という意識は遠い昔になくなった。アメリカに来てから、She is Japanese. あの子は日本人というレッテルしかなかったような気がする。異人種同士の結婚をした人というより、アジアから来た人として見られただけだと思う。

うちは、ダーリンでもハビーでもダンナさまでもなく、ただの「夫」である。ミックス(ミックスといえば、私が日本にいたときはホットケーキミックス、アメリカではキャットフードのミャオ・ミックスしか思いつかない)でもハーフでも王子でもなく、ただの「うちの子ども」である。

姉の言うとおり、20年前の日本語で止まっているのだろうか。

ハーフは20年前でも普通に使われていたはずだが、アメリカで日本人との接触もなく1人で子育てをしていたら、それを意識する環境ではなく、またそんなことに気を回す余裕もなかった。

みんな、よく出かけて、写真を撮ったり、情報を集めたりしてるんだなあ、と思う。このめんどくさがり浦島花子は、竜宮城(自宅と読む。絵にもかけない美しさとは程遠いが、気が付いたら何十年も経っていたところは似ているか)から出る気がないのだ。私は、おすすめのレストランも観光地も新製品も芸能人の話題も提供できない。

ただ、私のごく狭い世界の話を書くだけである。


<今日の英語>

Give it a try.
試してみてください。


ラジオで新製品の宣伝をしていた。タダでお使いになれます。すでに何万人ものお客様にご利用いただいております。気に入らなければ返品すればいいのです。リスクはありません。ともかくお試しください。…しつこいなあ、とラジオを切った。なんの製品だったっけ。



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なぜこうも散らかすのか

2009.04.06 (月)


[国際結婚] ブログ村キーワード

うちのダイニングテーブルには、テーブルクロスがかかっている。これがすぐ汚れる。犯人は夫だ。

やたらにソースやドレッシングをこぼす。大皿から取り分けると、ぽとぽと落とす。巻きずしを出すと、しょうゆが飛び散る。パンくずが散らばる。食事が終わって食器をどかせば、食べこぼしや食べかすが一面に広がっている。

だいたい西洋料理でナプキンが必需品ということは、食べながら汚すからではないだろうか。和食にナプキンはついてこないではないか(袱紗や懐紙は別もの)。ナイフとフォークより箸のほうが制御能力が高いのも一因かもしれない。

夫がシャワーから出ると、バスマット2枚とその周辺が水びたしになる。マットはシャワーのすぐ外に1枚、それから1歩あるいて、バスタオルに手が届くのだが、その前にも1枚置いてある。どうして、洪水になるのかわからない。

夫は、自分で台所に下りていき、お茶かコーヒーを入れる。それだけで、どうやったらここまでよごせるのかと思うくらい、よごす。本人は自覚していないらしい。

昔は、いちいちカリカリしていたけれど、これは死ぬまで治らないとわかったので、私はうるさく言うのはやめた。その代わりに、夫の出したものはこまめにしまう。コーヒーをかき混ぜたスプーン、ティーバッグの紙袋、その他どんどん片付ける。

不思議なのは、その日の午後あるいは翌朝、また飲み物を作るときに、前に使ったもの、出しっぱなしにしたものがそこにないという事実にどうして気が付かないのかということだ。

スプーンが歩いて食器洗い機に入るか。ティーバッグがゴミ箱に飛んで行くか。

*     *     *

息子たちにはそうはさせじと、「ほら、これ出しっぱなし。」「使ったら、元に戻す!」といちいち言う。ぼんやりしている長男は、朝起きると、ぼーっとキッチンのカウンターに座って、お皿やフォークが並ぶのを待つ。

「ここはレストランじゃないわよ。」

というと、「あ。」と言って、動く。

食べた後、「ごちそうさまでした。」と言って(なぜか挨拶だけはちゃんとできるのだ)、立ち去ろうとする。私は再び、

「ここはレストランじゃないわよ。」

遺伝なのか、個人の性格なのか。アメリカ人だからか、男だからか。なかなか進化してくれない。

次男は、長男よりも自分のお皿を片付ける習慣はついているが、自分の部屋は竜巻が通り過ぎた後のようになってしまう。長男もディナープレートとフォーク、ナイフは下げるが、なぜかコップや小さいお皿を持ってくるのを忘れる。

そういえば、フランシス(夫の実母)も息子たちに Mom と呼ばれて、

「いいえ、私はあなたたちのお母さんではなくて、メイドのモリーでございます。

などとイヤミを言ったことがあるそうだ。彼女も私と同じく、2人の息子を育てた。


<今日の英語>

It's my fault.
ぼくのせいだ。


テーブルクロスのしみを見て、夫が言う。誰のせいかは、言われなくてもわかってるわよ。罪を認めるのはいいんだけど、じゃあこれからどうやったら汚さなくて済むかは考えないわけね。それに、ソーリーはあまり聞かないな。汚そうと思って汚したわけではない、不可抗力だったとでも?



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不審なチャージ

2009.04.06 (月)


[国際結婚] ブログ村キーワード

クレジットカードの支払い期限が近づいたので、改めて明細をじっくり見た。

あやしい項目がいくつかある。支払い先はすべてヨーロッパ。ポルトガル、フランス、アイルランド…。$29.99、$66.99、$41.99、$35.57…。

しばらく前に、夫がオンラインゲームかソフトウェアで試したいモノがあるから、見慣れないチャージが出てくるかもしれない、とかなんとか言っていた。しかも、最近、自分の部屋の鍵を閉めていることが多い。

予防線を張っていたな、と思う。何か、私に知られたくないことをやっているのだ。

Googleしたら、少なくとも1つの会社は、アダルト関連の会社の決済をしているフロントであった。また、この会社に一方的にチャージされて困っているという人たちの投稿も他のサイトにあった。

限りなく、黒に近いグレーだ。

アダルトサイトを見てはいけないとは言わない。そんなことに腹を立てる時期はとうに過ぎた。アダルトサイトの世界市場規模は「携帯だけで」2008年度は10億ドルになったと読んだ。PCを含む数字は知らないが、巨大市場であることはわかりきっている。世界の人口の半分は男。うちにも1人いるわけだ。バッカじゃなかろうか。

でも、そのお金は夫が稼いだもの。何に使おうと自由ではあるが、こんなときに無駄遣いしなくてもと思う。タダでいくらでも手に入るのに。

だいたい、お金は私が管理しているのだ。それに、女の直感と追跡能力を持ってすれば、へたな小細工なんかすぐばれる。

使い道はどうであれ、支払いの義務があるかどうかだけは確認しなくては。

何だかわからないチャージがあるときに、いつもそうするように、「このチャージに覚えがあるか、よく見て。」と夫にメールした。クレジットカード会社のウェブサイトから、日にち、会社名、金額、すべてコピー&ペーストしたら、次回請求分も含めて全部で7件あった。

夫からの返事はまだない。


<今日の英語>

Don't dwell on past mistakes.
過去の過ちをくよくよと考え込んではいけません。


投資家のアドバイス。株が下がったからといって、今さら変えられないことを悩むな。自分の投資方法に間違いはなかったか、見直すチャンスと思え。間違いから学んで、未来に生かせばよい。



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ロンドン経由

2009.04.07 (火)


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東京での結婚手続きと実家での顔合わせが終わった後、夫と私はイギリスへ向かった。

すぐアメリカに戻る予定だったのだが、たまたまロンドン出張が入ったので、私もいっしょについて行くことにした。アメリカ以外の外国は初めてだった。

ホテルはケンジントンにあった。

夫の経費は会社持ちだが、私の分はそうはいかない。朝食のメニューを見ると、目玉が飛び出るくらい高い。夫が1人分頼んで、私は少しだけもらって食べた。トーストも紅茶も卵もおいしかったが、ぜんぜん食べ足りない。おなかがすいたが、我慢した。

チェックアウトするときになって、ホテル代は朝食込みで、しかも私も無料で食べていいことがわかった。食いしん坊の私はくやしかった。旅行慣れしているはずの夫が気が付かなかったこと、自費でもいいからと私に食べさせてくれなかったことを恨んだ。

夫は仕事が終わった後は、本好きの同僚といっしょに本屋めぐりをしていた。私は、昼間、初めてのイギリスで、おそるおそる地下鉄にのり、バッキンガム宮殿やブリティッシュ・ミュージアムを1人で見て歩いた。

ロンドン塔のあたりをとぼとぼ歩いていたとき、そこで働いていたイギリス人のおじさんが、私に向かって言った。

"Smile!"

私はよっぽどつまらなそうな、あるいは悲しそうな顔をしていたにちがいない。おじさんはニコニコして私に手を振った。優しい言葉をかけられて、私は涙が出そうになった。

その夜、仕事と本屋めぐりが終わってホテルに遅く戻った夫にその話をすると、なんだかみじめになって泣けてきた。彼はずっと1人にしてすまなかったと謝った。

出張なのだから仕事優先なのはわかっていた。それでも、どこか期待していたのかもしれない。早くアメリカに行って落ち着きたかった。

*     *     *

アメリカに戻る前に、夫の父のオックスフォード時代の知り合いに招かれた。

ロンドンから郊外行きの電車に乗るため、駅に行ったのだが、どれが目的地に行くのか掲示を見てもさっぱりわからない。大きな荷物を持って、車掌に聞いたが、イギリスなまりが強くてわからない。他の乗客に聞いたら、この電車だという。

荷物を手伝ってもらって、やっと座席に座ると、何かを買いに行っていた夫が走ってくる。なにやってんだ!この電車じゃないぞ!慌てて荷物を降ろす。怒られた私は、目的地に着くまでずっとしょんぼりしていた。


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不審なチャージ その後

2009.04.08 (水)


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あやしいチャージについて、夫がメールを見たとも言わないので、しらじらしく聞いてみた。

「いくつか、わからない請求があるんだけど。ヨーロッパの会社みたい。」

「ああ、それはぼくのだ。たぶん全部そうだよ。」

「なんだか3日置きくらいにチャージされてるよ。カード会社から詐欺じゃないかって連絡が来ないのが不思議だわ。一応、確認してよ。」

「えーと、これもそう。これも。」

夫は、何に使ったのか言おうとしない。

「わかった。全部払わなくちゃいけないってことね。」

「これはどれも請求代行の会社だよ。」

「知ってる。もう調べたから。」

夫は、長男を連れてそそくさと出かけた。

一つ一つは高額ではないけれど、合計したら$400を超えていた。当面の生活費はあるとはいえ、どうしてこんなことをするのだろうか。

夫は「前科」があるので、下手な言い訳はしない。どれくらい私が知っているかを夫は知っているのだろうか。

上司とごく少数の同僚以外、会社とは全くコンタクトがない。もちろん仕事はしていないし、復帰の見込みもない。休職中なのだから、仕事をしなくてもいいのだが、他にやるべきことがあるんじゃないかと思う。

その一方で、20年間、私と子どもたちを養ってきたのだから、これくらいは見逃してやれとも思う。

夫と妻の間で、すべてをオープンにしなくてはいけないとは思っていない。でも、こんなことが起きると、心の中に大きい石が沈んでいくような気分になる。


<今日の英語>

I can't collect my thoughts.
考えがまとまらない。/集中できない。


夫の上司Lさんが、人員削減で仕事は前より忙しいのに、夫を含む部下のサポート、お子さんの病気、ご主人との関係、自分のうつ病で振り回されて、心が落ち着かない日々を送っている。レイオフになっていないだけいいじゃないかと思っていたけど、すごく追い詰められているようなLさんが心配になる。



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獣医にて 免責同意書

2009.04.09 (木)


毎年春に猫を連れて行く獣医へ、今年も行ってきた。

いつも診察や予防注射その他で300ドルかかるので、今年は二の足を踏んでいたのだが、NY州ではRabies 狂犬病の予防注射は法律で義務付けられているとわかった。うちのように、ずっと家の中にいる猫でも絶対にやらなくてはいけないという。

よく見たら、獣医からのお知らせには、FeLV 猫白血病でなくて、FVRCP 猫ジステンパー3種混合と書いてあった。こちらはしなくてもいいらしい。調べてみると、家猫の場合は必要ないと考える獣医も少なくないことがわかった。

Rabies だけにしようかとも思ったが、猫を預けるときによその猫からうつるかもしれないし、感染力の強い病気ということで、両方やることにした。

獣医に予約を入れたいと電話したところ、「注射と定期健診の期日が過ぎてます。」と受付の女性。「今年は健診なしで、注射だけお願いします。」と言うと、彼女はつっけんどんに、

「では、waiver 免責同意書にサインしていただきます。」

つまり、健診をやらないでおいて、あとあと病気が発見されても獣医の責任ではありませんということだ。

どんな法律文書を出されるかと少々不安だったが、、カルテに「健診不要」と手書きで書いてあって、その下にサインするだけだった。アメリカは訴訟社会なのだと改めて思う。私は、仮にうちの猫が来月病気になっても、獣医を訴えるつもりはない。考えてもみなかった。

*     *     *

長男に、「今日は注射だけだから、奥に連れて行くと思うよ。何も見られないから、来てもおもしろくないよ。」と言ったのに、「ぼくも行く。」とやっぱりいっしょに来た。

今年は猫をカゴに入れるのも一苦労。年々賢くなっているのか、朝ごはんは少なめにして、出かける10分前に、ガレージに近い1階のトイレ(意味もなく広い)に2匹をおびき寄せようとしたのだが、まず、賢い妹猫が2階のベッドの下に隠れて出てこない。

「ごはんだよ~。」と呼んだら、食いしん坊の兄猫は近寄ってきたが、どうも様子が違うと感づいたらしい。Uターンして妹猫のところに飛んでいった。

次は、マタタビ作戦。妹猫は「マタタビ」という言葉を知っているし、どこに置いてあるのかも知っていて、袋を出すといつも飛びついてくる。それで、「マタタビ~。」とシャカシャカ振ってみたが、ベッドの下の一番奥で身体を堅くしている。もう一度、兄猫にごはんを見せたが、あと一歩のところで逃げられた。

予約時間が迫っていたので、もう強硬手段しかない。長男がベッドの下にもぐって、猫を私の方に追いやる。まず妹猫の足をつかんで、ズルズルと引っ張り出す。ドアを開けておいたカゴに押し込む。

今度は兄猫。同じように、私がズルズル引っ張ったのはいいけれど、妹より大きいので、ドアの前で両手両足を突っ張り、押し込めない。蹴られたカゴがどんどん遠ざかる。長男がカゴを押さえ、豚の丸焼きみたいに両手両足をつかんで、カゴに入れる。

やっと、捕獲完了。

獣医に着くと、受付と助手がごちゃごちゃしゃべっている。これは2年前でしょ。もう子猫じゃないから。ドクターに聞いてみるわ。でも、データはこうなってるのよ。

待つこと20分。やっと助手が現れて、二匹を連れて行った。3分ほどでロビーに戻ってきたので、それぞれ注射2本をしてもらったんですね、とたずねると、そうです、という。

会計が混んでいたので、座って待っていると、別の助手が現れて、「今日はRabies だけやりました。」

さっき、Rabies とジステンパーの両方だと言われましたけど。いただいたリマインダーにもそう書いてありましたと言うと、「彼女は助手じゃなくて、ただのアシスタント。私が注射をしたんです。今年はRabies だけ、ジステンパーは来年です。それぞれ3年に1回のスケジュールですから。」

私は、両方とも3年に1回なら、どうして1年ずれてるんだろうと思って、何度か聞き返したが、どうもよくわからなかった。長男はわかったと言うので、助手が立ち去った後で聞いたら、小さいときはいっぺんに注射しないようにしていたらしい。

わかったような、わからないような説明で、どうも腑に落ちないが、とりあえずやるべきことを終えてヤレヤレである。

結局、Rabies 1本が$26。2匹だったので10%割引をくれて、計$46.40だった。

家に戻った猫たちは、地下室に隠れたきり、出てこない。


<今日の英語>

You let me know when it is available.
使えるときになったら教えてくれ。


明日、保険のことで初めての場所に出かける予定の夫。直前になって慌てると困るし、迷子になって予約に遅れるともっと困るので、今のうちに子どもたちのプリンターで地図を印刷するように夫に指示した。もとは夫のプリンターだったのだが、いつまでたっても箱から出さないので、私が長男の部屋にセットアップしたもの。ゲームなんかすぐ中断して印刷させればいいのに、今やらないと忘れるぞと思いつつ、そこまで面倒見切れない。



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レシピ: パンケーキ

2009.04.10 (金)


=== 簡単レシピ その 5 ===
パンケーキ

  1. ボールに、小麦粉500ccとベーキングパウダー大さじ1を入れて混ぜる。
  2. 別のボールに卵2個、グラニュー糖大さじ6、サラダ油大さじ1、バニラエッセンス少々を入れて混ぜる。
  3. 牛乳400 350ccを加えて、さらに混ぜる。
  4. 1 をふるいながら3 に入れて混ぜる。
  5. ごく薄く油を引いたフライパンで焼く。

粉は高い位置からふるうと空気が入りやすく、先にふるっておく手間が省ける。フライパンは最初は強めの中火で熱し、いったん火から外してしばらく冷ましてから、弱めの中火で焼くときれいに焼ける。


*     *     *


ホットケーキ・ミックスは、日本食料品店で入手できるが、遠いし、高い。アメリカのパンケーキ・ミックスは、渡米してまもなく、Bisquick  というのを試してみたら、塩辛くて驚いた。それ以来、20年間、パンケーキ・ミックスは一度も買っていない。

いま Bisquick の成分表示(1人分)を調べてみたら、Sodium 1104mg、1日当たり摂取すべき塩分の46%とあった。どこのお店にも置いてあるブランドである。アメリカでは、こんな塩辛い味のパンケーキが普通なのだろうか。シロップをこれでもかというくらいかけるから、甘みと相殺されるのか。

私のイメージするパンケーキ(ホットケーキ)と違いすぎる。おいしくない。

ものぐさな私が日本にいたら手作りしないだろうと思うものがいくつかあるが、これもその一つである。混ぜるだけなので、手作りというのもおこがましいけれど。

食いしん坊の次男は、パンケーキが食べたい日曜日の朝、材料と道具をカウンターに並べる。何年か前に、混ぜるところまで1人でやったら、小麦粉がうまく混ざらず、泣きべそをかいたことがある。今ならちゃんとできると思うが、「お母さん、やって。」と言う。

私が週末は極力なにもしないようにしているのを知っているので、材料を用意しておけば作る気になるだろうという作戦である。バターやメープルシロップまで出してある。

私は次男に「バニラ入れて。」とか「ベーキングパウダー、混ぜて。」とか手伝わせながら、「ホームメード・パンケーキの素」を作ってやる。次男が焼くこともあるが、最初の2枚ができると、ちゃっかり食べる係になってしまう。

私の母が実家で焼くのは、市販のホットケーキ・ミックス。子どもたちは、あれはあれでおいしいと言う。

子どもたちは、あと数年もすれば、家を出て行く。自分の好きなものくらい、自分で作れるようになってほしい、と手抜きレシピを伝授する日々である。


<今日の英語>

Make your own.
自分の分は自分で作れ。


長男は次男ほどパンケーキが好きではないが、弟が食べているとやっぱりほしくなる。私に、「ぼくにも焼いて。」と言う。このレシピでたくさんできるので、2人が食べても余る。それなのに、弟は兄を横目で見ながら、これはぼくが作ったんだからぼくの分だ、という顔でこう言う。ちょっと待て。計量して混ぜて焼いたのは、ほとんど私じゃないの?



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「わたし、1人になりたいの。」

2009.04.11 (土)



今週は現地校の春休み。ついこの間(2月半ば)に1週間冬休みがあり、もちろんクリスマス休暇もあった。それ以外にも、先生の講習会だかミーティングで1日だけの休みもちょくちょくある。なんだかよく休むなあと思う。

1週間なので、前後の土日も使って旅行に出る人たちも多い。

子どもたちが言う。ニックはバハマに行ってる。ジョーも木曜日までどこかでバケーションだって。

うちはプレイデートが2つあっただけで、あとは夫が本屋に連れて行ったくらいである。長男は空手をやっているのだが、空手教室も今週はお休み。

補習校での知り合いからも、バハマに行くというメールが来た。特に駐在の人たちは、アメリカにいる間に近辺を旅行しようと、あちこち出かけるようだ。日本からだとカリブ海は遠いが、NYからなら近いし、安いんだそうだ。

駐在といっても、そうしょっちゅう出かける人ばかりではない。反対に、永住でも、日本への里帰りはもちろん、アメリカ国内、カナダ、メキシコと現地校が休みのたびに出かける人もいる。

私は20年間アメリカに住みながら、足を踏み入れたところはNJ,PA, NY,CT,MA, CA, ALくらいだ。しかも、住んでいる・いた、住んでいたところの近く、親戚がいる、親戚の集まりがあったのがほとんど。補習校では、「もったいなーい!」とよく言われた。「せっかくアメリカに住んでるのに。」

移動が苦手なのだから、しょうがない。それに猫はどうする?

*     *     *

今日は、夫が子どもたちを Dia: Beacon に連れて行くという。わりとよさそうな所だが、私にはちょっと遠い。1週間、子どもたちと夫と顔を付き合わせるのも疲れたので、ここらで解放されたい。家で誰にも邪魔されず、のんびりしたい。

ジーン・バン・ルーバンの絵本で「こぶたくん」シリーズというのがある。よくできたお母さんぶたが、こぶたの兄妹を育てているのだが、ある日、子どもの相手にうんざりしたお母さんぶたは、木に登ってしまう。お兄ちゃんぶたが、「おかあさん、だいじょうぶ? 1人でさびしくない?」と見上げながら聞くと、お母さんぶたは、「ううん。わたし、1人になりたいの。」と答える。

これを初めて読んだとき、うちの子供たちもまだ小さく、私はいつも自分の時間がほしかった。豚でも人間でも、お母さんというのはそういうときがあるのだ。思わず、「そうでしょ! そうなのよ!」と叫んでしまった。こんなに豚に親近感を持ったことは、後にも先にもない。


<今日の英語>

I've run out of tissues.
ティッシュがなくなったよ。


乾燥しているせいか、やたら鼻血の出る長男。慣れているはずなのに、毎回大げさにバスルームにかけこむ。無駄に引っぱり出すので、ティッシュがどんどん減る。とうとう空っぽになったらしい。もうちょっと大事に使ってください。



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アメリカの確定申告

2009.04.12 (日)



私が日本で確定申告をしたのは、一度、歯の治療費が十万円以上かかってしまって、医療費の控除をもらおうとしたときだけである。というのも、日本の会社は源泉徴収だけでなく年末調整もしてくれたからだ。

アメリカでは、一部の例外を除いて、全員が Income Tax Return (所得税申告)をしなくてはならない。私はアメリカ市民ではなく、永住権しか持っていないし、主婦なので銀行や証券会社の利子・利益以外は無収入なのだが、それでも申告の義務がある。

日本の確定申告の締め切りは3月15日。アメリカの Income Tax Return のファイリング締め切りは4月15日。この1ヶ月の差はいったいどこから来るのだろうか。

しかも、アメリカでは特に理由がなくても申告の延長を願い出ることもできる。そのときは、8月15日が提出締め切りになる。それでも申告できないときは、10月15日まで再度延長を願い出ることができる。

10月半ばなどと悠長なことを言っていたら、残り1ヵ月半でその年が終わってしまうではないか。明けて1月には、前年度の納税関連書類が銀行や証券会社から郵便で届き始めるのである。

ただし、4月15日より遅れてもいいのは書類の提出だけで、もしrefund (払い戻し)でなく、owe (支払い義務あり)の場合は、自分で金額を見積もって先に送金だけすることになっている。それを怠ると、未払い分の税金に対して利子を払う羽目になる。なんとも、ややこしい。

*     *     *

夫は、こういう事務処理が苦手である。私が移民ビザでアメリカに来たその年から、ずっと私が2人の申告をしてきた。

当時は、税金計算のソフトウェアがなくて、IRS (国税庁)から届く分厚いパンフレットを隅から隅まで読んで、ワークシートを見て電卓片手に計算した。

私は時間だけはあったし、英語の勉強のつもりでやった。こういうペーパーワークはきらいではなかった。そのうち、夫は中身も確かめず、サインするだけになった。オンラインでできるようになってからは、サインすらしない。

私が死んだら、どうするつもりだろう。

夫は、私と結婚する前のある年、申告しなかったらしく、何年か経ってIRSから通知が来た。私はびっくりして、大急ぎでファイルした。本人は「ああ、そういえば、忙しくて忘れてた。」と平然としていた。

いまは、TaxCut や TurboTax というソフトが40ドルくらいで買える。質問形式なので、Yes/Noで答えたり、会社や銀行から送られる書類を見て、数字を入れたりすればよい。うちは、自宅以外の不動産があるわけでもなし、慰謝料や養育費の支払いがあるわけでもなし、自営業でもない、ごく単純である。それでも、ときどき確信が持てないことがある。

ウェブには情報がありすぎて、かえって答えが見つからない。自分の状況にぴったりあった説明を探すのも至難の業である。

ここまで複雑な税法を理解しているアメリカ人がどれだけいるだろうか。

こんなことを一般市民にやらせ、そのために政府も市民もどれくらいのリソースを費やしていることか。Flat tax (均等税)を推進している人たちの気持ちがわかる。でも、それも金持ち優遇になりそうで、なんとなく納得できないのだ。

私は、ここ数年、TaxCut を使っているが、それでも「間違いがありました。」と税務署から通知が来たことがある。争うのもめんどうだし、市民権のない私は政府と問題を起こしたくないので、言われた通りに追加の支払いをすることにしている。

今年は連邦政府・州政府のどちらからも還元なし。逆に、合わせて4000ドルもの追加納税である。生活費にと思って売った株の利益に課税されてしまったらしい。

「ミドルクラスが一番損だなあ。」とヒシヒシと感じながら、IRS への e-file 送信ボタンを押した。

あと数日で締め切りというのに、夫は「ファイルした? いくら戻る?」とも聞かない。


<今日の英語>

It’s not a pretty picture.
かなりきびしい状況です。


この不景気で、NYC のホテルの客室稼働率が去年同時期の73%から61%に落ちたこと、客室レート平均も$232から$196に下がったことを受けての、NYホテル協会会長のコメント。よく聞くフレーズだが、なぜか辞書には見当たらない。犯罪ものテレビで、現場に駆けつけた刑事に同僚が言う。「ずいぶんひどいよ。」 子どもの美人コンテストの裏側を取材した記者が言う。「えげつないね。」 

これに限らず、いろんな文を読むとニュアンスがつかめます。



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 |  社会  |  コメント(4)

日本人の集まりに行かない理由 その1

2009.04.13 (月)


補習校を辞めてから、日本人に会っていない。この町の近隣に住んでいるごく少数の日本人にもまったく会わない。私から電話もしないし、あちらからもかかってこない。

こんな私でも、子供が小さいときには、どうにかして日本人に出会いたいと思っていた。子どもの日本語能力を伸ばすためには、日本人と遊ぶ機会が必要だと信じていたし、私自身、海外での子育てで相談できる人もおらず、アメリカ人とは表面的な付き合いしかなかったので、日本人の友だちがほしかった。

家から20分くらい離れたモールで、日本語が聞こえたことがあった。夫が、話して来いと言う。日本人女性と白人男性、それに小さいお子さん連れだった。

すみません。日本の方ですか。こんなところで日本語を聞くとは思ってなかったものですから。」


と話しかけると、その人の住まいはシティに近くて、たまたまこちらに来る用事があって、モールに立ち寄っただけということだった。もう少し町の方に行けば、日本人が住んでいるんじゃないですか、と言われた。

私は、せっかく日本人の友だちができると思ったのに、とガッカリした。その人も私には興味がなさそうだった。挨拶をして、そそくさとその場を離れた。きっと、必死に日本人を探している人に見えただろうなと恥ずかしくなった。

*     *     *

それからしばらくして、近くのショッピングセンターでまた日本語が聞こえた。今度は日本人一家だった。日本人のご夫婦と5歳くらいの男の子、2歳くらいの女の子。地元の人という感じがした。うちは長男がまだ2歳にならないときで、次男は私のお腹にいた。

私はまたみじめな思いをするのがいやで、しり込みしていたが、夫は「こんなローカルな店なんだから、きっと近くに住んでるんだよ。子どものためにも話してみなよ。」と熱心だった。夫は、私が日本人とまったく付き合いがないことを気にしていた。

他に話しかけようもないので、ナントカの一つ覚えで、お母さんらしき人に聞いてみた。

「すみません。日本の方ですか。」

隣町に住んでいるAさんだった。彼女は学生時代からアメリカに住んでいて、こちらの生活にも慣れているふうで、他にも日本人を知っていると言っていた。気さくな人で、私は慌てて電話番号を渡し、彼女の番号も教えてもらった。

こうして、初めての日本人の知り合いができた。

彼女は、私の何十倍も情報を持っており、交友関係も広いのがわかった。そのうち、「xxで日本人の集まりがあるから、来ない?」と誘ってくれるようになった。私は次男が生まれたばかりだったし、運転が下手だったので、言い訳を重ねていた。

あるとき、「あさって、おおぜい日本人が集まるんだけど、初めての人もわりといるし、komattaさんもどう?」と電話をもらった。いつも断ってばかりじゃ悪いなと思って、「じゃあ、おじゃまします。」と言ってしまった。

30分くらい離れたところで、お茶とおしゃべりがメインの集まりだが、化粧品のデモと販売もあるということだった。私がためらっていると、「ほしくなければ、買わなくていいのよ。それより、たまには他の日本人に会ってみるのもいいと思うけど。」とAさんは言った。

次回その2に続く)


<今日の英語>

Please spread the news to all your friends.
お友だちみんなにこのニュースを伝えてください。


いったん閉鎖したスポーツクラブが、名前を改めて、いろんなプログラムを再開した。前は、テニス、プール、ラケットボールにジムくらいだったのに、チアリーダーのワークショップやヨガのクラスも始めるという。破産したときの対応のまずさに、評判ががた落ちのクラブ。人数集めに苦労しているのか、うちにもこんなフレーズの入ったメールが来る。手当たり次第にプログラムを増やして、また経営行き詰まりなんてことにならないでしょうね。私は誰にもお知らせしませんので、あしからず。



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日本人の集まりに行かない理由 その2

2009.04.14 (火)


(前回その1からの続き)

約束の日、Aさんは用事があって少し遅れるとのことだった。つまり、私は、誰も知らない集まりに一人で行くことになった。

地図を片手にそのお宅に着くと、すでに車が何台も道路に並んでいた。子どもの手を引いて、ドライブウェイを歩きながら、不安でいっぱいになった。

呼び鈴を鳴らすと、日本人女性がドアを開けてくれたが、「この人、だれ?」という顔をされた。私は勝手に押しかけたみたいな気持ちになって、早くもここに来たことを後悔していた。Aさんの紹介でと言うと、奥から出てきた他の人が、「ああ、聞いてるわ。どうぞ。」と招き入れてくれた。

重役らしい駐在員のお宅で、とても大きい家でインテリアも立派だった。そこに、日本人女性ばかり20人くらいがいた。平日の午後だったので、子どもたちは赤ちゃんから幼稚園くらいで、両親とも日本人か、父親が白人(黒人の血が入った子はいなかった)か一見してわかった。

私は初めてこんな集まりに出て、カチコチに緊張していた。もっときちんとした服にすればよかったと思った。それほど、そこにいた人たちは華やかで場馴れしているように見えた。私の後からも、何人か入ってきた。

そのうち、「ダイニングルームでお化粧品のご紹介をしますから。」と声がかかった。

見ていると、全員がダイニングルームに移動するのでなく、その日新たに来たらしい人たちだけが対象で、他の人はリビングルームやキッチンでおしゃべりを続けていた。

1人の日本人女性が、サンプルやパンフレットを見せながら、セールストークを始めた。私はほとんど化粧していなかったし、買う気もなかったが、途中で抜けるわけにいかなかった。セールスの女性は、その日が初めてのデモだと言い、いかにも素人くさかった。パンフレットに書いてある英語の説明を時々まちがえていた。

化粧品だけでなく、健康食品もあった。買う人の方が多かったと思う。デモを聞かなかった人たちも、「この間の、よかったわあ。」と買いに入って来た。何人かはサクラだったのかもしれない。

私はアレルギーがあるからと断った。「アレルギーがあっても、これはお肌にやさしいから大丈夫ですよ。」とさらに売り込みされたが、「やっぱり、いいです。」とあいまいに笑ってごまかした。

この人はこうやって生計を立てているのか、これはねずみ講かな、新顔の私は買わなくちゃいけなかったかな、もう呼んでもらえないかな、とぼんやり考えていた。

*     *     *

デモが終わって、リビングルームでのお茶会になった。私は長男の好きなバナナケーキを焼いて持っていったが、プロが作ったみたいな手作りお菓子がたくさん並んでいて、気後れした。

いつのまにかAさんが来ていて、私はほっとした。

私以外は、いくつかのグループの知り合い同士らしくて、Aさん以外の誰も知らない私は、もっぱらみんなの話を聞いていた。みんなの会話から、どういう関係なのか、どれくらい親しいのか、なんとなくわかってきた。

その家の奥様という人がわかったので、「素敵なお住まいですね。」と言うと、「自分の家じゃないから。」と顔をしかめて、クスッと笑われた。彼女は駐在で、これはただの借家だと言いたいのだとわかった。それにしても、こんなりっぱな家を借りるだけのお金があって、センスよく飾り付けて、こんな大きな会合を開く才覚はすごいと思ってほめたつもりだったが、そうは受け取られなかったらしい。私は黙ってしまった。

誰かが、「この家のキッチン、家の大きさに比べてずいぶん小さいわね。」と話しているのが聞こえてきた。おおぜいいるので、いろんな話が飛び交う。

少し年配の女性が、「どなたか、サン・ローランのドレス、要らな~い?」と呼びかけた。パーティのために買ったが、もう着ないからと言う。シルクでね、こういうデザインなの。そこから、高級ブランドの話になった。私はサン・ローランなんか買うお金も興味もないし、じかに見たことすらない。「あなた、どう?」と聞かれても、首を振るしかなかった。

そうか、オートクチュールが買える人たちが集まってるのか。

他の女性が、マンハッタンかブルックリンでサブレット(sublet: 自分のアパートメントやコンドミニアムを一定期間又貸しすること)をしているという話をした。私は、サブレットの概念もわからず、とんちんかんな質問をしてしまい、他の人が、「サブレットよ。」と教えてくれて、家に帰って夫に聞いてやっと何のことかわかった。

みんな、いろんなことを知ってるんだな、人に貸せる住まいが都会にあるなんて、私とは住む世界が違うな、と思った。

化粧品の販売をしていた人は、生活のためでなく、「この化粧品がすごくいいから、みんなに使ってもらいたくて」やっていると言っていた。「この次は、xxさんのお宅ね。」と、もう次の集まりが予定されているらしかった。

一方で、新顔の私は、あれこれと質問された。お家はどこなの? アメリカにはいつからいらしてるの? NYにはどれくらい? こちらの大学を出てらっしゃるの? ご主人とはどこで? お子さんは何歳? Aさんとはどこで知り合ったの?

私はなぜかバカ正直に答えてしまった。その日、私の電話番号を聞く人は誰もいなかった。

長男は他の子どもたちと遊び、次男はぐずっていたがそのうち寝てしまった。私は家に帰りたいと思ったが、言い出せなかった。

やっと、数人が帰り支度を始めたので、私もそれに紛れておいとますることにした。Aさんは楽しそうにおしゃべりしていて、帰る気配がなかった。

子どもたちを車に乗せて、慣れない道を戻りながら、どっと疲労感に襲われた。無理に笑顔を作っていたせいかほっぺたが痛かった。場違いな発言や失言をたくさんしてしまったんじゃないかと何度も思い返した。

Aさんはわたしによかれと思って誘ってくれたのはわかっていたが、行かなければよかったと思った。

次回その3に続く)


<今日の英語>

Leave some for me.
ぼくに少し残しておいてよ。

一週間ぶりに学校に行った子どもたち。先に帰って来た次男が、ボウルいっぱいのシリアルを食べている。それを見た長男、大食漢の弟が全部食べてしまうと思ったらしい。シリアルはいつも何種類か揃えているのだが、その中でも2人の一番のお気に入りの甘いやつ。そんなこと言ったって、弟は全部食べるよ。ほしいなら、いま食べるか、どこかに隠しておかなくちゃ。



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日本人の集まりに行かない理由 その3

2009.04.15 (水)


(前回その2からの続き)

子どものためにも私自身のためにも日本人の友だちを作らなくては、と自分を奮い立たせてみたが、この最初の集まりですっかり警戒心が強くなってしまった。

話が合わないし、ものを買わないと居心地が悪いし、なによりも精神的に疲れる。それに、すでにグループができあがっているせいか、見えない壁を感じた。

Aさんさえ仲良くしてくれればいいや。Aさんとだけ付き合おう、と思った。

1週間ほどして、あの大きな集まりにいたBさんから電話があった。私の電話番号はAさんか聞いたという。「今度はうちで集まるんだけど、よかったら来ませんか。」というお誘いだった。

私はBさんがどんな人だったか、なんとなく思い出せた。ハキハキして、明るい人だった。彼女が私なんかに連絡をくれたことに驚き、あの集まりに行った甲斐が会ったかもしれないと思った。でも、私はあのときのことを引きずっていて、子どもが風邪気味だったこともあって、せっかくですが、とお断りした。Bさんは、じゃあまた別の機会に、とあっさり電話を切った。

それからは、ときどきAさんに電話したり、うちに招いたりして、過ごした。気さくなAさんは、私に現地校や補習校のこともいろいろ教えてくれた。私は、「あのとき、お店で声をかけてよかったなあ。」とつくづく思った。

でも、なぜかAさんの家には行ったことがなかった。「じゃあ、今度はうちにも来て。」と何度も言われたけれど、体的な日にちや時間がAさんの口から出ることはなかった。

Aさんの家は、うちよりも密集した地域にあり、コッテージを改築したものだから小さいの、と言っていた。うちだって、この間の家に比べたらごく普通の家だ。私の家にばかり足を運んでもらって悪いかな、と思ったが、Aさんに「お宅に行ってもいい?」とは聞けなかった。

*     *     *

ある日、Aさんから「Bさんのところで集まりがあるから、来ない?」と電話があった。私は、前の会合で懲りていたので、「大勢だとちょっと疲れるから。」とそれとなく牽制した。ところが、Aさんは、今度はもっと少人数で、セールスもないという。

あれから、「皆が避けたがっている人」を呼ばないことにしていたという。こちらの生活が長くて、自慢話ばかりで、年齢もかなり上だし、なんか合わない人がいてね。不動産のブローカーをやってたせいか、やたら押しが強いの。みんな、会いたくないのよね。私は、サン・ローランの人かなと思った。

喉もと過ぎればなんとやらで、私はうちの子どもたちのために、日本語を話す子と遊ばせてやりたいとまた思い始めていた。

Bさんの家は、うちから40分も離れていた。コンテンポラリーなデザインの家で、この間の駐在家族の借家よりもさらに大きいくらいだった。玄関を入ると、吹き抜けになっていて、どの部屋の天井も2階建てくらい高い。台所はプロのような設備で、蛇口一つにしてもうちの安物とはぜんぜん違っていた。

リビングもダイニングも教室のように広く、Bさんはよくおもてなしをしているということだった。

Bさんは気取らない人だったが、私は豪華な住まいに圧倒されてしまった。こんな家なら、パーティもやるんだろうなあ。そんなことは大の苦手なのに、Bさんがすごくうらやましかった。ご主人はアメリカ人で、事業家らしかった。出張が多いとのことで、その日も他の日も一度も会ったことはない。

私以外には、Aさんとあと数人だけで、前よりはずっと気楽だった。私はまた変なことを言わないように、なるべく聞き役に回った。Bさんは、ご主人のことをファーストネームで呼び、会話の端々に何度も名前を挟んだ。

アンドリューは、またヨーロッパなのよ。これは、アンドリューが帰ったら、なんとかしてもらうわ。アンドリューは日本食のほうが好きでね。このソファはアンドリューが選んだのよ。アンドリューはね。

家の中には、結婚式の写真がきれいな額縁に入れられて、いくつか飾ってあった。こんないい暮らしをさせられる甲斐性のあるご主人なんだなあ。ご主人はBさんにぞっこんで、Bさんもそうなんだろうなあ。

夕方近くになると、Bさんはキッチンでシチュー料理の仕上げを始めた。ご主人がいないのに、なぜか大きいお鍋一杯に作っていた。

私は、そろそろ帰ろうと思って、子どもたちが散らかしたおもちゃを片付け始めた。

そのとき、Bさんと他の人の会話から、帰るのは私だけで、他の人は晩ご飯をここで食べていくことがわかった。最初からそういう話になっていたのだが、私だけが知らなかった。他の人たちは、ご主人が不在がちなBさんのお宅でしょっちゅうそんなことをしているらしかった。

私以外はお互いにもっと親しいんだからと頭ではわかっていても、仲間はずれにされたような気がした。どうしてそんな被害妄想にとらわれるのか、わからなかった。

私は夕食に誘われなかったことには気が付かないふりをして、「まだ。もっと遊ぶ!」と言う子どもたちを急かせて、「おじゃましました。」とBさんの家を出た。

次回その4に続く)


<今日の英語>

We set our expectations too high.
期待が高すぎました。

ローカルのレストランについての記事から。前評判と違って、料理もサービスも期待はずれだったと書いてある。何ごとも、期待が大きいと、その分だけ失望も大きい。オバマ大統領が今まさにそういう状況に置かれている。就任後のスピーチやタウンホール・ミーティングで、すぐに何もかもよくなるなんていう非現実的な期待を持たないように、と何度もいさめていた。



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日本人の集まりに行かない理由 その4

2009.04.16 (木)


(前回その3からの続き)

その後も、おもてなし好きのBさん宅のお茶会に何度か呼ばれた。子どもたちは遊びに行きたがり、私はこれ以外に日本人に接する機会は与えてやれないと自分に言い聞かせて、平日の午後3~4時間を日本人と過ごした。

楽しいときも確かにあったが、次第に苦痛の度合いが大きくなってきた。同じようなメンバーで、同じような話をする。どこの誰がどうしたの、自分の夫や子どもがこうしたの。

裕福な暮らしをして、自宅がサロン化していたBさん。ローカル社会に溶け込んでいたAさん。アメリカ事情に詳しく、翻訳の仕事もしていたDさん。しょっちゅうビジネスクラスで一時帰国していたCさん。…

張り合うつもりはなかったが、同じ日本人として、お互いに何かいつも意識していたと思う。それぞれの立場や生活レベルや子どもの能力やその他いろんな要素を計る、いわば見えない定規があった。

話題によって、その場の空気が微妙に動く気がした。

日本語だから、話すときも聞くときも、ことばのニュアンスの細かいところまで神経を使ってしまう。その場でも帰宅してからも、つい考え込む。あのときこう言われたけど、どういう意味かな。あのときこう言ったけど、よくなかったかな。自分に自信がなかった私は、お茶会のあとはグッタリしてしまった。気楽にやろうと思っても、できなかった。

私はだんだん言い訳をして、Bさんのところへ行く回数を減らし、数ヵ月後にはBさんからのお誘いが途絶えた。そのうちAさんとも、たまに私から電話するくらいで、あまり招くことはしなくなった。明らかな意地悪をされたのではないのに、なんとなく心の疲れがたまっていった。

グループの常連になる前に、「いち、ぬーけた。」と抜け出したかったのだ。


そうこうするうちに、子どもたちは大きくなり、現地校で仲良しができ、アメリカ人とのプレイデートに忙しくなった。補習校にも通い出して、毎週1回、同い年の子どもたちに会い、日本語を使う機会ができた。私は、もう無理に日本人と付き合おうと思わなくなった。AさんもBさんも、うちよりずっと前に補習校を辞めていた。

隣町のAさんとは、いまでもたまに町中で出くわす。年に2~3回程度のことである。会えば普通に話すが、うちに遊びに来てとは言わないし、Aさんもいまだに私を招かない。そういう間柄に落ち着いた。

ご主人の名前をしょっちゅう口にしていたBさんは、数年前に離婚していた。

私はぜんぜん知らなかったが、つい2年ほど前、ふとしたことでわかった。Aさんは教えてくれなかったし、今でも私は知らないふりをしている。お子さんはBさんが引き取って、あの家にほど近いコンドミニアムに住んでいた。あれほど円満そうだったBさんが離婚にいたるまで、どんなことがあったのか、あのサロンに集まっていた他の人たちに打ち明けていたのか、私は何も知らない。

*     *     *

幸か不幸か、日本人がほとんどいない町に住んでいる私は、日本人社会から隔離されている。あのときもっと努力すれば、友だちができたかもしれないが、私は放棄してしまった。

それが後遺症で、補習校でも自分から進んで誰かと親しくなろうとはしなかった。だいたい家が遠すぎて、ほとんどの人は私が住んでいる町の名前すら聞いたことがないと言い、「それじゃあ付き合ってもしょうがないわね。」という態度を明らさまにする人もいた。私はそんなもんだろうと思った。

そのうち、子どもたちが仲良しになった子のお母さんたちと話をするようになり、父母会の手伝いをしているうちに自然と知り合いが増えていった。そのころには、私も開き直っていて、周りにどう思われるかがまったく気にならなくなっていた。

補習校は不思議なところで、日本に住んでいたら絶対出会わないだろう、付き合わないだろうという人に囲まれることがある。それに加えて、人の異動がはげしく、しょっちゅう転入出がある。へんにアメリカナイズされて、ひんしゅくを買う言動をする人もいるし、日本から赴任したばかりの、世代が違うと感じさせる人もいる。ごく普通の人が大半だと思うが、まあ本当にいろんな人に会った。

私などは、かなりおかしい人の部類だったかもしれない。


驚くべきことに、私のような変人のどこが気に入ったのか、よくしてくれる人も少なからずいた。ランチに誘ってくれたり、本を貸してくれたり、相談を持ちかけられたりした。私はアメリカでそういう関係が持てたのは初めてだったので、うれしかった反面、あまり深入りしないようにもしていた。そのうち、私の警戒心も少しずつ解けて、肩の力も抜けていった。

補習校を辞めてしまっても、まだ連絡をくれる人たちがいる。たまには遊びに来なよ、と誘ってくれる。私が出不精なのを知っていて、その気になるまで待ってくれる。そのうち行ってみようかなと思う。

いま、私が会う日本人は、無理に親しくなろうとしたのではなく、流れに任せ、ありのままの自分を見せて、「komattaさんは、それでいいんだよ。」と受け止めてくれた人たちだけである。

こうなるまで20年もかかってしまった自分の不器用さにあきれるが、私には必要な年月だったのかもしれない。


<今日の英語>

Am I in your way?
お邪魔かしら?


スーパーでスパゲティ・ソースの売り場に行ったら、カートの上に、割引クーポンをぎっしりファイルしたバインダーを広げている若い女の人がいた。棚にも今週のお買い得品というステッカーがたくさん貼ってあり、彼女はなかなか決められないようだった。私は、いつものがあるかなと首を伸ばした。

彼女のカートが置いてあっても棚は見えたが、私に気がついたのか、こう言いながらカートを動かしてくれた。私はお目当ての品がセールでないのを知って、今日は買わないでおこうと決めたところだったが、せっかくなので、「気にしないで。でも、ありがとう。」と言って、しばらくソースの瓶を眺めていた。



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「アメリカに来たんだなあ。」としみじみ思ったこと

2009.04.17 (金)


夫と結婚してアメリカに移住するまで、私はほんの数回しかアメリカに来たことがなかった。そのうちの半分は2~3週間の滞在だったし、旅行者気分でいた。

道路の右側を運転するとか、やたらと物が大きいとか、どこに行くにも車とか、レストランでチップを払うとか、そういう違いはなんとなく予想できた。もちろん、そういうこと一つ一つに最初は戸惑ったが、「アメリカに来たんだなあ。」としみじみと思ったのは、もっと別のことであった。

夫の住んでいたNJのアパートから町まで1人で歩いたとき、途中にフォード自動車のディーラーがあった。だだっぴろい土地にずらりとアメリカ車が並んでいる。そして、その真ん中に家が一軒包めるくらい巨大な星条旗が空高くはためいているのである。日本で免許を持っていなかった私は、日本のディーラーを知らないが、日の丸が掲げてあったとは思えない。

それまでに夫の運転する車で何度も通り過ぎていた場所だったが、歩いて見上げたのは初めてだった。「本当にアメリカに来てしまったんだ。」と強く思った。

それからは長い間、ディーラーの星条旗が私にとってのアメリカのシンボルだった。

*     *     *

もうひとつは、初めてアメリカの美容院に行ったときのこと。

NJでも日本人のいないところで、当然ながらアメリカ人の美容院しかない。英会話の本を見て、「美容院での会話」を練習し、大き目のところを選んで予約の電話を入れた。

足を踏み入れると、そこは白人だけだった。お店の人もお客も、チラッと私を見る。

椅子に座ると、アジア人の顔が鏡に映った。私の後ろに立った美容師はもちろん白人で、彼女は私の髪をさわりながら、どれくらい切ったらいいのか聞いてくれた。日本人の髪などおそらく切ったこともさわったこともないのだろう。「まっすぐできれいな髪ね。」と言った。

当たり障りのない話を少しだけして、私も彼女もあとは無言だった。あんまり丁寧ではなかったが、背中に水が入るとか、左右の長さが違うとか、本に書いてあったほどひどくなくてほっとした。日本の美容院より随分早く仕上がった気がする。

「これでどうかしら?」とちょっと不安そうに聞く美容師に、ありがとう、これでいいです、と言って椅子から立ち上がった。

椅子の周りには、私の黒い髪の切れっぱしがたくさん落ちている。なにげなく、あたりを見渡した私の眼に、他の椅子の回りに落ちていた、いろんな色合いのブロンドの髪が映った。

ああ、アメリカ人の髪だな。こういう明るい髪の色をした人たちの国でこれから暮らすのだ。


そのころ、日本人の髪はみんな黒かった。茶髪なんてごく一部の不良がやっていただけである。黒でない髪は、私にとって外国そのものだった。

*     *     *

結婚してしばらくたったある日、会社から帰宅した夫が言った。

「いやな気分にさせるつもりじゃないんだけどね。こうやってドアを開けるだろう。ぼくの猫を抱いた日本人の女の子がいるのを見て、あれっと思うんだ。会社にもアジア人や黒人がいるんだけど、自分の家だからかなあ。」

私はいやな気分にもならなかったし、へえーと思って、むしろおもしろかった。何も特別なことをしないでも、夫は毎日驚いていたのだ。単に、長いこと独りで暮らしていたせいなのかもしれなかった。20年経って、さすがに家の中に日本人がいるのに慣れたのではなかろうか。

もちろん当時も一瞬の反応であって、「すみません、家を間違えました!」などと夫が自分の家のドアを閉めたことはない。


<今日の英語>

It gets a little tricky.
ちょっとやりにくくなりますね。/油断できないですよ。


NY市長と議員との関係を解説していたジャーナリストの一言。trickは、ごまかし・策略・巧妙さなど、あまりいいニュアンスがない。trick questionは 引っ掛け問題のこと。



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ミドルスクールでの盗難事件

2009.04.17 (金)


次男の通うミドルスクールは、1年を四半期に分けて、それぞれを 1st から 4th までのMarking Period (採点期間)と呼ぶ。各期終了直後にReport Card (成績表)が郵送されてくる。また各期の半ばにはProgress Report (中間報告)も来る。

兄ほどではないが、次男も宿題を忘れることがあり、アメリカでは宿題の未提出は成績に大きく響く。それで、私は過保護だと思いつつも、ときどきメールで先生方に問い合わせることにしている。

数時間のうちに返信してくれる先生もいれば、メールが苦手だと公言していた先生からは返事がないこともあった。

また、「宿題は全部出しています。」とか「No. 8 だけ未提出です。」という事務的な返事から、「お子さんの今学期のテストは5つあり、各テストの点数は以下の通りです。宿題はxxとxxが期限を過ぎています。授業中は積極的に発言します(あるいは、あまりディスカッションに興味がないようです)。もうすぐxyzのプロジェクトが始まります。詳しくは私のウェブサイトをご覧ください。お子さんはいつも独特なテーマを選ぶので、楽しみです。」などと、至れり尽くせりの詳しい報告まである。

*     *     *

3rd Marking Period が来週金曜日で終わるので、各教科の先生に「3学期の課題は全部出したでしょうか。」とメールを送った。

2時間後に数学のミセスSから返信。#4と#29が未提出とのこと。今学期のこれまでの平均は90点。

次男は、数学だけ飛び級で、2学年先の数学を取っている。つまり2歳上の兄(標準コース)と同じことを勉強しているわけだ。私は次男も特に数学的センスがあるとは思わないが、小学校4年生のときに選抜されて、それからずっとアドバンスコースにいる。

一部の天才的なひらめきがある子を除いては、まだまだ基礎なんだからじっくりやるべきじゃないのかというのが私の持論である。だから、ついていけないときは、すぐに一つ下のコース(それでも標準より1年先)に代えてくれと先生に申し入れている。

アドバンスには仲良しの友だちもいるので、それなりに楽しくやっているらしい。それにしても、宿題を出し忘れるなんて、真剣みが足らないではないか。わからなくて出さなかったなら、飛び級にいる必要はない。

帰宅した次男に、さっそく#4と#29の件を話す。ともかくすぐやって、必ず明日出しなさい。

6時ごろ、次男がゲームをしていたので、宿題はやったの?と聞くと、もうやったと言い、いかにもついでにという感じで、「ぼくのGraphing Calculator (グラフ電卓)が盗まれた。明日テストがあるけど、電卓がないからできないよ。」

グラフ電卓は、昨年8月、7年生に上がる前に買ったばかりである。100ドル以上する。盗まれたことよりも、3時に帰宅してからなぜ6時まで黙っているのか、しかも明日テストがあるのにどうしてゲームしているのか、そっちにかーっとなってしまった。

しかも、次男の話ではなかなか全容が明らかにならない。私は重要参考人を尋問する刑事になる。

どうして盗まれたとわかるのか。落としたんじゃないのか。ロッカーに置き忘れたんじゃないのか。最後に見たのはいつ、どこで? いつないことに気がついたのか。いつ盗まれたと思うのか。誰か心当たりがあるのか。学校のオフィス(事務室)に落し物がなかったか聞いてみたのか。授業後、ミセスSのところへ相談に行ったのか。明日のテストはどうするつもりか。

次男の話を総合すると、こうだった。

ランチのときに、算数とスペイン語の教科書やノートと一緒に電卓をテーブルに置いてから、ランチの列に並んだ。ランチをトレーに乗せてテーブルに戻り、食べ終わって、荷物を持って席を立とうとしたとき、電卓がないのに気がついた(しかも、電卓は一番上に置いていた!)。いじわるをする子が近くのテーブルにいたから、盗られたと思う。時間がなかったので、次の授業に行った。オフィスには寄らなかったし、落し物の箱も見ていない。

*     *     *

ミドルスクールは雰囲気がよくない。うちの学校区(荒れているのではない。田舎のごく普通の学校)だけでなく、ハイスクールに比べてミドルスクールはどこでもトラブルが置きやすいらしい。11歳から13歳までの子どもが狭い廊下やロッカーにひしめき、いじめやいやがらせ、盗みもある。

近所のSMさんの長男も、うちの長男もひどい目にあった。近所の放送局LEさんによると、女の子は女の子でいろいろあると言う。だから、次男の電卓が盗まれることも十分ありえるのだ。

とりあえずは、明日のテストをどうするか。こんなときにかぎって、単元まとめの大きいテストだという。大きいテストは採点の比重も大きい。

まだミセスSに返信していなかったので、お礼と共に、こういうわけで明日は学校のグラフ電卓を貸してもらえませんかと頼んでみた。学校に普通の電卓があるのは知っているが、グラフ電卓まで予備があるかどうかわからない。

だいたい専門的な電卓がないと受けられないテストなんておかしいと思うのだが、他の子どもが電卓を使うなら、ハンデが大きすぎる。学校のオフィスに届出がなければ、まず出てこないだろう。盗んだ(と思われる)子も、もしかして自分のを他の子に盗まれたのかもしれない。

また$100も払いたくないけれど、しかたない。


<今日の英語>

It didn't exist.
そんなの、なかったよ。


夫に、ミドルスクールやハイスクールでグラフ電卓を使ったか聞いたときの答え。そうなのだ。アメリカだって日本だって、30年前は電卓なんか使わないで数学を勉強したのだ。だいたいグラフ電卓なんていう製品すらなかった。それが今では、テストにも電卓を持ってこいと言う。補習校で使っていた日本の教科書にも、問題の横に電卓マークが描いてあったのを思い出す。

「電卓に頼っていたんじゃ、計算は上達しないの。脳みその中に電卓を作らなくちゃだめなのよ。」と力説する私を、子どもたちは旧石器時代の人間を見るような目で見る。そういう私も電卓を使うけれど、学校の計算問題は頭でやったわよ。アルコールやタバコみたいに、未成年には電卓も禁止すべきじゃないの?



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盗難事件の顛末

2009.04.18 (土)


次男が学校から帰ってきた。

「テスト、どうだった? ミセスSは電卓を貸してくれた? オフィスで聞いてみた?」と矢継ぎ早に聞く私に、

「ぼく、テスト、できたと思う。あ、ぼくの電卓あったよ。」

「えっ、よかったー! どこにあったの?」

「ダニーが持ってたの。それで、ランチのときに返してくれた。」

ダニーというのは、次男の仲良しグループの1人である。こういういきさつだったらしい。

次男は、昨日ランチルームのテーブルにノートやテキストを置き、電卓を一番上に乗せた。それから、食事を受け取りに、列に並んだ。ダニーは、お弁当を持ってきていた。次男はランチを買った友達と戻り、みんなで食べた。

ランチのトレイを片付けているときに、誰かが次男の電卓をダニーのものだと思い込み、ダニーのお弁当の袋に入れてしまった。ダニーもゴミを捨てに行ったか、スナックを買いに行ったかで、いなかった。

電卓がないのに気がついた次男は、「あれ、ぼくの電卓、知らない?」と周りの子に聞いたが、その誰か(「誰か知らない」)はすでにおらず、ダニー本人もまさか自分のお弁当袋に入っているとは思わない。

私が一日やきもきしていたのに、ダニーは今朝、次男と顔を会わせたとき、「きみの電卓、ぼくが持ってる。名前が書いてあったよ。ランチのときに渡すね。なんでぼくのランチの袋に入ってたか、わかんないんだけど。」

それで、ランチタイムのとき、電卓は無事に次男のところに戻ってきた。ラッキーなことに、テストは午後2時からだった。

ランチを食べながら、誰かが気を利かせたつもりでやったことが判明したのだそうだ。

*     *     *

私は、ほっとしつつも、むか~っとしてきた。

どうしてダニーは昨日のうちに教えてくれなかったんだろう。あれだけしょっちゅうゲーム中にメッセージを送っているのに、「きみの電卓はぼくのお弁当の袋に入ってる。明日持ってくよ。」の一言が書けないのだ。

ダニーのお母さんも、「次男くんのところに連絡しなさい。」と言わなかったんだろうか。私なら、きっと困っているだろうと思って、すぐ電話するところだ。もしかして、ダニーのお母さんは翌朝までお弁当の袋を開けないタイプか。どうせ明日学校で会うんだから、と思っていたのか。

その名前のわからない誰かも、ダニーの袋に入れたあとで、「電卓置きっぱなしだったから、入れといたよ。」とどうして一言本人に伝えないんだろう。

しかも、どうして「誰か」がいまだに someone (誰か)のままなのか。だいたい同じ子が同じテーブルで食事をするだろうに。ありえない。誰でもいいのか、関心がないのか。

女の子なら、もうすこし想像力を働かせて、うまくコミュニケーションを計るんじゃないかなと思う。男の子は育つのに時間がかかると言われるが、うちはまさにそのケース。同じ年の女の子と比べて、特にこういうところは幼い。

ゲーム攻略の集中力で、コミュニケーション能力を開発できないものか。

ともかく、ミセスSには「お騒がせしました。」のメールを書かなくては。

次男には、電卓はジッパーのついた袋に入れて持ち運ぶこと、できるだけロッカーまでしまいに行くこと、どうしてもテーブルに置いて席を離れるときは、ノートの間に挟んで見えないようにすることを言い聞かせた。ついでに、まちがって誰かの持ち物を持ち帰ったら、すぐに電話してあげること。

「わかった。」
と返事だけはいいのだが、どうにもたよりない12歳である。


<今日の英語>

What do you make of all this?
このことをどう思いますか。/どう判断しますか。

どうにでも解釈できるような、つかみどころのないニュースのあと、番組のホストがゲスト出演していた専門家の見解を仰いだ。こういう質問はインテリジェンスを試されているような気がして、私は苦手である。しかも、私にとっては外国語である英語で答えなければならないと来ている。

今回の盗難疑惑については、ぼけっとしている次男と、何も言わなかった「誰か」と、わりと重いグラフ電卓が入っているのに気がつかず、翌朝まで連絡をくれなかったダニーと、それぞれがもう少し頭を使っていたら防げたことじゃないでしょうか。電卓は次男の首に引っ掛けておくのが確実でしょう。




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実家からの ゆうパック

2009.04.19 (日)


日本で1人暮らしをしている母からゆうパックが届いた。送り状を見ると2月23日受付となっている。2ヶ月近くかかったわけだ。

3年分くらいありそうなお徳用袋に入った海苔、見たことのない日本のクッキー、長男の好きなせんべい「雪の宿」、皆の大好きなウェハース「麦ふぁー」、コンソメの素、お茶漬け、百人一首の本、ゲゲゲの鬼太郎の本、母が録画したドラえもんのビデオ。

前回日本に帰ったとき、100円ショップで見つけた換気扇フィルター。テープで貼り付けるだけで取り替えられるので重宝していたのだが、なぜかアメリカでは見つからなかったもの。

小さな箱は、これだけでパンパンになっていた。

いかにも「日本から参りました。」とでも言いたげに、箱の周りには白い幅広テープがまっすぐに貼ってあり、ふたの内側はしっかりテープで留めてあり、中身はビニール袋の中に行儀よく並んでいた。持ちやすいようにか、万が一テープがはずれたときのためか、ヒモまでかけてあった。

アメリカのオンライン・ストアで買い物をすると、外箱のテープがはずれそうになっていたり、住所ラベルが斜めになっていたりする荷物が届くことがよくある。それでもちゃんと届くし、ふだんは気にもならないのだが、日本からの荷物を受け取ると、「ちがうなあ。」とへんに感心する。

*     *     *

私は4ヶ月に一回くらい、1時間かけて日本食品店に買出しに行く。小さいお店なので、品揃えはイマイチだし、商品の入れ替わりもしょっちゅうで、ほしいものが手に入らないこともある。でも、基本的なものは揃う。それに、アメリカ国内で日本食を郵送してくれるお店があることも知っている。

だから、わざわざ2ヶ月もかけて日本の郵便局から小包を送ってもらわなくてもいいのだが、そうするのが母の楽しみだとわかってから、なるべく安くて軽いものをリクエストするようにしてきた。

「私が頼んだものだけでいいからね。」と言っても、頼んでいない(往々にして不可思議な)ものが必ず入っている。

前回は、私が中学生のころに買ったビートルズのSPレコードが3枚入っていた。まずいなあ、ボケてきたかなあと思ったけれど、実家に置いていあってもしょうがないし、捨てるのがもったいないし、たまたまゆうパックの箱に余裕があったから入れたらしい。うちにレコードプレーヤーがあるかどうかなんて、考えもしない人である。

長男に、「おばあちゃんから荷物が来たよ。」と言うと、中身を見る前から「わーい、むぎファー!」とちゃっかり自分の注文を覚えている。

補習校をやめたので、土曜日なのに子どもたちは朝からゲームをしている。日本からのビデオを見つけた夫が、"Doraemon video from Obaa-chan!" と言って、VTRに入れ、ゲームは後にしてビデオを見ろと言う。夫なりに気を使っているのである。

今日の1時間目はビデオ鑑賞と相成った。この子たちは、もうビデオとネットでしか日本語を聞く機会はない。


<今日の英語>

Deal with it.
(皮肉で)そりゃ残念だね。/ごちゃごちゃ言うな。


朝からオンラインゲームをしていた子どもたち。同じフィールドで助け合うことになっていたらしい。ところが、うまく動けなくていらいらした次男が勝手にログオフしてしまった。約束がちがうじゃないか!と兄が怒った。それに言い返した弟の一言。もともと兄に手伝ってくれと頼まれて、気乗りしなかった次男。ちょっとゲームから出ただけで文句を言われて、頭に来たらしい。どっちもどっちよ。

私はてっきり「落ち着け。」とか「自分でなんとかしろ。」という意味かと思ったら、本人いわく、Too bad! そりゃ残念(と言いつつ、実はぜんぜんそう思っていない)、と同じなのだそうだ。そうなの? 夫によると、Suck it up! ごちゃごちゃ言うな、のほうが近いらしい。要するに、文句言ったって状況は変わらないんだから黙ってろ!ってことね。



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「壬生義士伝」

2009.04.20 (月)


浅田次郎の「壬生義士伝」を読み終えた。

文庫本のカバーから、新撰組の話で柴田錬三郎賞の受賞作品だということはわかっていたが、それ以外の予備知識は皆無だった。しかも、これは補習校の友人が半ば無理やりに貸してくれた本である。

浅田次郎の本は、「鉄道員」と「天国までの百マイル」を読んだくらい。そのどちらにも泣いた記憶があるが、「壬生義士伝」の特に下巻は、ティッシュが手離せないくらい涙が止まらなかった。

私に何か用があったらしい夫と長男も、私の泣き顔を見て、そっとドアを閉めて出て行った。夫が「お母さんは何の本を読んでるんだ?」と長男にひそひそ尋ねているのが聞こえた。

1階に下りていって、「いい本だったわ~。」と誰にともなく言うと、長男が「どんな話なの?」と聞く。日本史が苦手な私は、実はこの本を読んだ後もわからないことがたくさんある。長男も別に日本の歴史に興味があるわけではない。

「徳川将軍が終わったときの、最後のサムライの話よ。」

という、なんともそっけないまとめになってしまった。

ふと、うちの子たちの日本語能力ではこれは読めない、と思った。もしかして、英語に翻訳されているかもしれない。でも、この作品は英語じゃだめだ。英訳で意味がわかっても、原語である日本語の味わいは伝わらない。

自分はこういう作品が読めてよかったと思う反面、子どもたちと共有できないのはちょっとさびしい。

*     *     *

文庫だから、その前に単行本で出たのだろうと調べてみたら、1998年から週刊文春に1年半連載されていて、2002年にテレビの時代劇ドラマになり、2003年に映画化、日本アカデミー賞を受賞しているのがわかった。ぜんぜん知らなかった。

私は、5~6年前にインターネットで日本語が使えるようになるまでは、日本の情報はあまり入ってこなかった。日本のテレビもなかったし、雑誌も新聞も購読していなかった。

バブルの前にアメリカに移住したので、日本のバブルもその後の「失われた10年」も実感がない。アメリカの新聞やテレビの報道で日本の大きいニュースは見ていたし、毎年あるいは1年おきに帰国していたのに、ピンと来ない。移住してからの最初の15年間
、日本に関してほとんど空白になっているようなものだ。

 「壬生義士伝」は、雑誌での連載開始から10年経って、やっと私の手元に届いた。また一つ、空白が埋まった気がする。



<今日の英語>

You can’t tell a book by its cover.
人を外見で判断することはできません。


イギリスのテレビ番組 Britain's Got Talent に出て、いまセンセーションを巻き起こしている Susan Boyle についてのフェミニストのコメント。私は夫が YouTube を見ろと言って知ったのだが、うわー、垢抜けないイギリスのおばさん、無理なハイヒールなんかはいて、すごい二重あごだし、と思った。自分のことを棚にあげて。彼女の歌声を聴いて驚いた。なるほど、本の表紙を見ただけでは中身はわからないのだ。



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アメリカで歯医者に行く その1

2009.04.21 (火)



私の歯はとても弱い。もうあとがない状態なので、3ヶ月に1回、クリーニング(歯石除去)と検診に通っている。今日も行ってきた。

日本の歯医者には20年前にかかったきりなので、私には現在の日米の歯医者を比べることができない。日本もずいぶん進歩したんだろうなあと思う。

アメリカに来てから虫歯になったことはないのだが、日本で30~40年前に治した歯にガタが来ている。

私の母も、そのまた母も歯が弱かったそうだ。

それなのに、私の母は私が小さい頃にぐずると、よりにもよって砂糖水を飲ませた。自分でも寝つきが悪かったのは覚えているので、たぶん寝る前にも甘い水を飲ませたのだろう。母の頭に、歯科衛生の概念はなかった。おかげで、私の乳歯は真っ黒(写真で見た)、私の奥歯はとっくの昔に全滅である。

日本の小学校で歯科検診があると、ナントカのC、ナントカのペケ、とか延々とコメントが続いたものだ。そして、歯医者に行けという通知をもらう。

ところが、田舎なので、お医者の技術も設備も古い。無口なおじいさん先生がやたら神経を抜く。麻酔があっても痛い。独特の消毒臭と機械音。畳敷きの暗い待合室。

私が大学生になった頃、田舎にもやっと次世代の歯科医院ができた。その名も「ホワイト歯科」。バックグラウンド・ミュージックが流れていて、ピンクの制服を着たアシスタントがいて、何かする前に丁寧に説明してくれる。ホワイト先生(と勝手に読んでいた)は私の悲惨な歯をきれいにしてくれたので、うれしさのあまり、かすかな恋心を抱いてしまったほどである。

歯が悪いという自覚があるから、一生懸命磨く。それでも悪くなる。歯医者には行きたくない。さらに悪化の繰り返しだった。これまでに費やしたお金を考えると、口の中にメルセデス・ベンツを住まわせているような気になってくる。

歯で苦労するのは私の代で終わりにせねばと、子どもたちには、

「歯は一本100万ドルだと思いなさい。あと80年使うのよ。虫歯になったら終わりよ。もう代わりの歯は生えてこないからね。」

とつねづね言い聞かせ、2歳から、ドクターGのところで年2回のクリーニングとフッ素塗布は欠かさない。奥歯にはシーラント(溝を薄いプラスティックでふさぐ)をしてもらった。

それなのに、数年前、次男にごく小さい虫歯が2本あると言われたときは、本当にショックだった。私の反応にドクターGのほうがびっくりして、「お母さんのせいじゃないですよ。こういうふうに生えてくる歯もあるんです。本当に初期なので、虫歯ともいえないようなものです。そんなに気に病まないで。」となぐさめられたほどである。

*     *     *

私の歯医者ドクターCは、歯周病の専門医で(といっても、かなりいろんな処置をする)、うちから18マイル(29km)。ハイウェイを飛ばして25分かけて通っている。

もちろん私の住んでいる町にも近隣にも歯医者はたくさんある。それも、一般歯科という虫歯治療や予防を主にするところだけでなく、歯周病から、矯正、インプラント、入れ歯、歯科外科の専門まで揃っている。ただ、その中で「いい歯医者」を見つけるのが大変なのだ。

ドクターCには11年前からお世話になっている。

もともとは、夫がイギリスの元軍医に40年前に治してもらった特殊な差し歯がおかしくなり、私の親知らずを抜いた歯医者に見てもらったところ、ちょっと変わったヤツだけど、腕は確かですよ。」という義歯専門のドクターFを紹介された。その後、義歯をやり直す前に歯茎も見ておけということで、ドクターFの近くで開業していたドクターCを紹介された。

私もドクターFにはお世話になったが、ちょっとどころか、かなり変わった歯医者さんだ。治療の間、ジョークか皮肉を甲高い声でしゃべり詰めなのだ。私の治療をしながらも、隣の部屋にいる患者に大きい声で「お宅の奥さん、どう!? あいかわらず、うるさいかね!?」などと話しかける。

私の口の中を見て、

「なんだ、これは! ほおー。」
「どこでやってもらったの? 日本? ふーん。いつ?」
「これは、もうしばらく持つな。それにしても、こんな形にするかなあ。へえー。おもしろいなあ。」
「おーい、スーザン!(とアシスタントを呼ぶ) xxとxxを持ってきてよ。こりゃ、手間だよ。」

などと独り言を言いつつ、

「キミの歯ね、エナメル質が完全に発達してないよ。」

と恐ろしいことをサラリとのたまう。

しかも、やることがどことなくガサツなのだ。手早すぎるというか、もう少し丁寧にやってもらえませんかと頼みたいような感じがする。私は逃げ出す口実を考えたが、先にドクターFに会っていた夫から、彼が普通じゃないことを聞いていたので(どう普通じゃないの?と聞いても、まあ会えばわかるよ、としか教えてくれなかったけれど)、腹をくくった。

治療が終わってみれば、かみ合わせがよく、痛みも違和感もなく、彼の腕は 一流であった(日本でもアメリカでも、大勢の歯医者にかかった私なので、歯医者を見定める目はあると思う)。ドクターFが治した歯は、その後なんのトラブルも起こしていないし、私の歯にしては丈夫だ。

ドクターFは、「キミは、歯茎もチェックしないとだめだね。」と言い、5分くらい離れたところにあるドクターCのクリニックにも行くことになった。

次回その2に続く)


<今日の英語>

It's not as easy as it looks.
見かけほど簡単ではありません。


歯のクリーニングをするとき、つばを吸い取るsuctionという器具を使う。普通は歯科衛生士(たいてい女性)が判断してやるのだが、今日の人は、私の左手に持たせて、「使ってほしいときに上げてください。ご自分でやったほうがよければ、それでもかまいません。」と言った。それで、何度か自分でやってみたが、思ったより難しく、舌に吸い付いたりしてしまう。歯科衛生士のお姉さんは、「簡単そうに見えるけど、そうでもないのよ。」と笑って、上手にやってくれた。



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アメリカで歯医者に行く その2

2009.04.22 (水)



前回その1からのつづき)

ドクターCの物腰は紳士的だった。丁寧に診察し、穏やかに質問した。私にだけでなく、歯科助手や衛生士に対しても、プリーズとサンキューを忘れない。命令口調なんか聞いたことがないし、大声を出すこともない。

気分が悪くなったらすぐ手をあげてくださいとか、少し響くかもしれませんが、耐えられなければいったん止めますからとか、声をかけてくれた。ドクターFも「ちょっとしみるよ。」などと予告してくれたが、いちいち「ま、たいしたことないね。これくらい我慢できるでしょ。」と一言多い(実際そうだったので、彼の見立ては正しかった)。

「ドクターFと気の合う歯医者なんて、想像がつくわ。」と思っていた私は、ドクターCに診てもらいながら、どうしてこの2人が仲良しなの?と頭の中がぐるぐるした。

ドクターCの腕も確かだった。彼は歯科大学でも教えている。

かみ合わせのために、私の下の前歯だけ矯正したとき、なぜか上の前歯も勝手に動いて、いい位置に収まったらしい。ドクターCは、歯型を見せながら、「これは珍しい例ですので、講義に使わせてください。」と言った。

トラブルの元でしかない私の歯が世の中のお役に立つなんて思いもよらず、「どうぞいくらでも使ってください。」と答えたものだ。

その後も、gum graft(歯肉移植)やscaling(徹底的な歯石除去)やもっと複雑な処置をしてもらい、今に至っている。次男を生んだあとの心身ともに最悪の状態のときから診てくれているので、全面的な信頼を置いている。

だから、ドクターCには私が死ぬより先に引退してもらっては困るのだ。

*     *     *

ところで、初めてアメリカの歯医者に行ったのは、移住後3年ぐらい経って日本で治療した歯が痛んだときで、そのころはまだ定期チェックはしていなかった。

会話にはまあ問題のなかった私も、歯医者の敷居は高かった。専門用語は知らないし、アメリカのほうが医学は進んでいるというイメージを持っていたけれど、あたりはずれが大きそうで、恐かった。

しかも、歯医者も歯科衛生士も大きいマスクをしている。くぐもった声で、ふだん使わない単語や言い回しを言われて、理解できるだろうかという不安があった。しかも、こっちは口を開けているから、「どういう意味ですか。」なんて聞き返せない。

実際は、たいした受け答えは必要なかったし、それで苦労したことはない。それよりも、目を開けると、歯科衛生士の白い肌や、青や緑やグレーの深い目と長いまつげが見えて、またしても「アメリカにいるんだなあ。」という気持ちになった。

幸い、NJでもNYでもひどい歯医者には会わなかった。歯茎に埋まった親知らずを全身麻酔をかけて抜いてくれた口腔外科医など、私の体調を心配して、その夜「私が奥さんに処方した鎮静剤は効いてますかね。大変な手術だったので、身体にこたえたと思いますよ。つらかったら、いつでも連れてきてください。」と夫に電話までしてくれた。私は案外平気で、市販の痛み止めで十分だった。

*     *     *

毎回のチェックアップとクリーニングはこんな感じで進む。6つくらいある治療室は、すべて個室になっている。ただし、ドアはない。

1.歯科衛生士が問診

(挨拶と当たり障りのない天気の話のあとで)今日の体調はどうですか。前回から何か健康面で変わったことはありますか。薬は何を飲んでいますか(すでにカルテに書いてあるが、毎回聞かれる)。口の中で気になることはありますか。

2.口腔癌のチェック

指を喉の右、左、正面にあてて、リンパ腺の具合や腫瘍の有無を調べる。舌をガーゼで包み、舌の下や左右を見る。口の中に指を入れて頬の内側をぐるりと触っていく。

3.歯と歯のすきまチェック

ポケットといわれる隙間ができていないか、とがった金属をぜんぶの隙間に当てて計る。

4.詰め物やブリッジの状態をチェック

5.歯石の除去

6.フッ素塗布とポリッシュ(研磨)

7.ドクターCが入室。最終チェック。歯科衛生士への指示(次回の予約は何ヵ月後にすればいいか、ドクターFに連絡する必要があるかなど)。

8.歯科衛生士による、自宅での手入れ方法コーチ。歯ブラシやフロスなどのおみやげ。


今回は35分かかった。請求は122ドル。そのうち、私の負担は75ドル。

もっと安い歯医者はあるが、ドクターCだけでなく、歯科衛生士も有能で手抜きをしないので、それだけの価値はあると思っている。

それにつけても、生まれつき丈夫な歯を持った人が心底うらやましい。



<今日の英語>

Turn towards me. / Turn away from me.
私のほうを向いてください。 / 私と反対のほうを向いてください。


歯科衛生士が、私の頭をどっちかに向かせたいときに言う。ぼんやりしていると、違うほうを向いてしまうこともあるが、The other way. (そっちじゃないほう)と言い直してくれるので大丈夫。マスクでTurn以外はモゴモゴ聞こえるときは、とりあえずどっちかに傾けておけばいいのかもしれない。

勘のいい人なら、そのとき処置している歯がどこにあるかによって、どっちを向いたらやりやすいかわかると思う。私はさっぱりだめ。これだけ歯医者のお世話になっておきながら、気が利かない患者です。



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勘違い: ロバと座る番

2009.04.23 (木)


私は子供たちと日本語でしか話さない。今のところは、彼らも私に日本語で話してくれる。難しい話をするわけではないので、ふだんは問題ないのだが、ときどき思いもよらない勘違いをすることがある。


<ケース1 ロバ>

次男「ぼく、すごいこわい夢みちゃった。」
私「あらー、そりゃたいへん。どんな夢?」
次男「ぼくの部屋にロバが来たんだよ。」
私「へー。まあ、ロバも大きいしね。どうやって入ってきたんだろ。」
次男「わーって入ってきて、すごい恐いの。」
「でも、ロバっておとなしいんじゃない?」
次男「?」
私「あ、ヒヒーンっていう声が恐いのかな。」
次男 「? ヒヒーンって?」
私「あれ、ロバってヒヒーンて鳴かない? あれは馬だっけ?」
次男 「お母さん! Robber(強盗)だよ、donkey(ロバ)じゃないよ!


<ケース2 座る番>

私(キッチンのカウンターに座った長男に、朝食は) 「何がほしい?」
長男 「ぼく、座る番」
私 「? もう座ってるじゃない。順番なんかあるの?」
長男 「? だから、座る番だってば。」
私 「? いつからそうなの?」
長男 「ずっと前から好きだったじゃない。」
私(弟より早く座りたいってことかな?) 「それで、何がほしいのよ。」
長男 「もう言ったよ。座る番。
私 「あの、食べ物の話をしてるんだけど。」
長男 「だから、座る番! まだ一つ残ってた。」
私 「! もしかして、swirl bun スワール・バンのこと!?」
長男 「そうだよ。なんだと思ったの?」
私 「カウンターに座る順番の話をしてるかと思ったのよ。ほら、座る番…。

*     *     *

どっちも、ネイティブスピーカーである子どもたちの発音についていけなかったからである。私はなるべく英語を混ぜないで話しているので、私の発するのはほぼ日本語のみ。英語であっても、きっちりカタカナ英語になる。たとえば、school bus でなく、sukuuru basu (スクールバス)。

ところが、子どもたちは文法は日本語で、ほとんどの単語も日本語なのだが、知らないことばは英語でしかも正しい発音で言う。

ケース1の場合、たまたま robber という言葉にそっくりな(と私には聞こえる)ロバという日本語があったのと、子供の夢の話なので、強盗でもロバでもまあつじつまが合ったのだ。

ケース2の場合は、正式にはシナモン・スワール・バン(シナモン味の生地を巻いて砂糖がけにした甘いデニッシュ)というのをスワール・バンと呼び、長男が目の前に「座っている」状況だったので、スワール=座るという図式が私の頭にできてしまった。

こういうことは、日本語と英語という二言語環境にある私たちの間でたびたび起こるのだが、この2件は殿堂入りの勘違いだった。

バイリンガルへの道は果てしなく遠い。


<今日の英語>

I'm not chastising you.
きみを非難しているんじゃない。


なんだか寒いと言って、クロゼットで長袖のシャツをさがしていた夫。「いま、洗濯してるから。」と言うのに、いつまでも探している。聞こえないかと思って、もう一度「洗濯機に入ってるの。」と言っても、あっちこっちひっくり返している。「洗濯機だってば。」と言うのと同時に、「あった! ぜったいもう1枚あるとわかってたから、探してたんだ。もっと早く洗濯しろとか、きみを懲らしめようとか思ってやったんじゃないよ。」

辞書で調べたら、chastise はblame (責める)よりももっと厳しい非難で、罰する・叱責する・せっかんするという意味だった。I'm not blaming you.(きみを責めているんじゃない)はよく聞くけれど、今回は自分でもしつこいと思っていたのかな。



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森林保護団体に$10寄付すると、苗木10本が無料

2009.04.23 (木)


毎年4月最後の金曜日は National Arbor Day。今年は4月24日。

森林保護団体 Arbor Day Foundation (直訳すると、樹木の日財団)に$10寄付すると、苗木10本を郵送してくれる。送料無料。詳しくはこちら

(アメリカ国内限定だそうです。その他の国にお住まいの方々、ごめんなさい。)

*     *     *

私は園芸のセンスがまったくない。「すごく丈夫だから、あなたが世話しても枯れないわよ。」ともらった数々の草木や花をことごとく殺してしまった。私の手に掛かると、なぜかサボテンまで枯れてしまうのである。

例外は家の周りに植えてある shrub と称される低木。

このあたりは野生の鹿のコロニーがあり、裏庭にも表にも団体さんでやってくる。1頭いるなと思って見回すと必ず3~4頭いて、最高記録は12頭。そんなわけで、見かけよりも、「鹿が食べなくて、たくましく、手入れが要らない」という観点から植木を選んだ。

Boxwood (つげの木)は強い。よほどまずいのか、何でも食べると悪口を言われる鹿も手を出さない。肥料も水もほとんどやらないし、夏の終わりに電気トリマーでびぃ~~んと刈り取っても、春になるとだんだん元に戻り、夏の終わりには何ヶ月も床屋に行っていないような風情になる。カバーなんかかけなくても、長い冬の雪・霜・氷、なんでも平気である。

名前は忘れたが(興味がないので、草木の名前が覚えられない…)、玄関の階段の両脇に植えた背の高いのは、鹿に食べられる。秋になると、鹿除けの網を張り巡らさなくてはならない。それでも何回かやられて、やせ細ってしまった。

Rhododendron (しゃくなげ)は、少し日陰に植えてしまったせいか、なかなか大きくならない。でも、毎年、濃いピンクの花を咲かせる。

つげの木の並びに2つだけ植えたナントカいうのも、鹿の口には合わないようで、毎年小さい赤い花を付けてくれる。

*     *     *

やめときゃいいのに、あるとき、ふとバラの花を植えようという気になった。つげの木としゃくなげの間に隙間があったからだ。地元の植木屋で苗木1本とバラ専用の肥料を買ってきて、園芸本を熟読した。そしたら、一つだけ付いていたがだんだん大きくなって、花が咲き始めた。

この調子、この調子と思っていたら、ある朝、花だけ忽然と消えていた。せっかく咲いたたった一つの花は、鹿さま御一行のデザートになったのだった。

その後、バラはつぼみも付けず、枝も枯れてしまった。

つげの木以外でうまくいっているのは、台所の窓から見えるところに植えた crab apple (小指の先くらいに小さい赤い実をつける)1本と、道路から少し入った前庭にぐるりと植えた forthysia (れんぎょう)10本。ただし1本は枯れた。その後の調査によると、私が肥料をやりすぎたせいらしい。春一番に残った9本が黄色い花を咲かせる。なぜか鹿は近寄らない。

鹿がどの家の庭にも入り込むこのあたりで、勝算があるのは樹木という結論になった。それも、shrub でなく tree のほうがよい。

家の周りは森なのだが、花の咲く木はない。子どもたちに森林保護団体の話をしたら、「ぼく、やる!野球の二塁にしてるとこがいいな。」「ぼくも!ジャングルジムの下に植える!そしたら、ツリーハウスになるもん。」と非常に乗り気だった。まあ、弟は兄に対抗しているだけなのだが。

1本1ドルだし、私の元では10%の生存率としても1本は育つだろう。全部ダメでも、10 ドル寄付したと思えばいい。

さっそくメンバーになって、10 Flowering Trees を注文した。 あとは、届いてからのお楽しみ。


<今日の英語>

You have a green thumb.
あなたには園芸の才能がある。


私は絶対に言われないセリフ。グリーン・サム、すなわち緑色をした親指を持っている人。きっとその人が触るだけで、どの植物もきれいな緑色になるのかもしれない。反対に、園芸の才能がない人は、brown thumb。私の親指は、さしずめ濃い目のダーク・ブラウンあたりではないでしょうか。触るどころか、ちらっと見ただけで枯れてしまいそうな気がします。



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「ほめられサロン」に行く

2009.04.24 (金)



ライフハック情報を読んでいたら、ほめられサロンというのに出くわした。

ニックネーム、性別、職種を選ぶと、「ほめられたいですか?」というメッセージが浮かび上がり、その下に「はい」とある(「いいえ」はない)。

相手はコンピュータで、プログラム通りにほめ言葉を投げかけているのだとわかっていても、なんだかうれしくなってニヤニヤしてしまう。うれしいと言うより気恥ずかしい。こんな単純な仕掛けなのに、不思議だ。これが言葉の力というものかもしれない。

*     *     *

アメリカの子どもは、ほめられるのに慣れている。日本人でも、赤ちゃんや幼児はちょっとしたことでもほめられると思うが、それにしても、アメリカ人のほめ方は尋常ではない。Wonderful! Excellent! Fantastic! Amazing! Brilliant! Gorgeous! Fabulous! Super! Marvelous! Outstanding! Terrific! (終わりがないので、このへんで)

私も子供が小さいときはほめた。ほめてあげなくちゃと意識しなくても、ヨタヨタ歩いただけでほめたし、スプーンを持っただけでほめた。それが、キンダーガーテンくらいになると、あんまりほめる材料がなくなった。

テストでいい点を取っても、「えらいね。すごいね。」くらいは言っただろうが、アメリカ人のお母さんみたいに手放しでは喜べない。私個人の要求度が高いのか、子どもには言わなくても、「う~ん、答えはあっているけど、字が下手だなあ。」とか「スペルが違っているのに、Aでいいのか?」とか考える。

最近の日本人は、自分の子どもをもっとほめているのだろうか。人前では謙遜しても、家族の中だけなら、アメリカ人並みにほめるようになったのだろうか。

補習校の懇談会で、担任の先生によく言われた。

「お子さんをたくさんほめてあげてください。」

親の都合で日本語と英語の両方を勉強している子どもたちは、本当にえらい。自分がやってみろと言われて、できるかどうか自信がない。補習校の成績が悪くても、通い続けているだけでえらい。

頭ではわかっていても、特に日本語に関しては、「どうしてもう少しがんばって漢字を覚えないんだろう。算数だって、確かめ算をすれば間違いがなくなるのに。」とつい批判してしまう。アメリカ生まれでずっとアメリカで育っても、漢字テストで100点を取る子も実際にいるのだ。

そういえば、補習校の先生に諭されたことがもう一つある。

「他の子と比べてはいけません。」

それも頭ではわかっているけれど、器の小さい私は、しょっちゅうよその子とうちの子を比べてしまう。現地校で成績がよくて賞をもらう子や、学校代表でコンペに出る子や、ボランティア活動をして学校新聞に載る子や、なんだかやたら優秀な子ばかりが目に付く。

大多数の子はそうではないとわかっているのだが、自分の子をありのままに受け止めるというのは私にはなかなかに難しい。

*     *     *

この「ほめられサロン」をカスタマイズできたらなあ、と思う。今は、男性・女性の別と、職種として「一般事務・営業・主婦・デザイナー・プログラマー・自衛隊・建設業・農業・その他」がある。ここに上げられているのは、ほめられない仕事の典型なのだろう。当然、主婦も入っている。

もっと詳しいプロファイルを書き込んで、ぴったり合ったほめ言葉が出るようになればいいと思う。メッセージが英語でも出たら、もっといい。

でも、英語で育った人はほめられてるから、わざわざこんなのを使わなくていいのか。ほしいのはうちの子供たちだけかもしれない。


<今日の英語>

Is this seat taken?
この席、空いてますか。


NYタイムズスポーツ面の見出しから。NYヤンキースの新しい球場では、プレミアムの席がガラ空きだそうな。一席$500から$2500。野球に縁のない私は、普通席が何ドルかも知らないけれど、これはふっかけすぎでしょう。強気が裏目に出ましたね。



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サンタクロースの白いひげ

2009.04.25 (土)



突然、夫がヒゲを剃ると言い出した。

夫は、気まぐれに何度か剃ったことがあったが、ここ10年くらいはずっとヒゲ面だった。鼻の下にもあごにもヒゲをたくわえていた。顔の下半分はヒゲと言ってもいいくらい。ごま塩からほとんど真っ白に変わっていった。

何年か前の冬、夫が子どもたちを補習校に迎えに来たことがあった。私の知人でなんでもズバズバ言うHさんが、komatta さんのご主人って、サンタクロースみたいね。」と初めて見た夫を評した。

他の人が「ちょっと。失礼よ。」といさめてくれたが、夫は何を言われたのかわからないし(案外、喜んだかもしれない)、私は「そうか~。サンタクロースに見えるのか。」とHさんの表現に感心した。

夫はそんなに太ってはいないのだが、お腹はぽっこりしていたし、頭の髪もかなり白くなっていたし、ブルゾン形の上着でよけいにサンタ体型に見えたのかもしれない。

補習校で会った日本人男性は、駐在員・永住者ともヒゲ男は少なかった。あったとしても、口ひげ程度だった。少数のアメリカ人男性でもそうだった。

そこへ、サンタみたいなもさもさヒゲのおじさんが現れたんだから、ずいぶん目立ったんだろう。私は見慣れていたので、世間の目がどんなものか忘れていた。

夫は肌が弱くて、かみそり負けがひどい。それもあって、私は本当は clean-shaven face つまりきれいに剃った顔が好みなのだが、何も言わないでいた。

アメリカは日本よりもヒゲを許容している気がする。夫の同僚でも何人かヒゲを蓄えている人を見た。職種によって違うのかもしれないが、ヒゲを生やした日本のサラリーマンは想像できない。日本で茶髪が市民権を得たように、ヒゲも昔より自由になっているのだろうか。

*     *     *

子どもたちといっしょに、さんざんいろんな形に剃り残して遊び、やっときれいに剃りあがったところで、夫が私に言った。

「仕事の面接に行くときに、ヒゲがないほうがいいと思ってね。このほうが若く見えるし。」

確かに10年は若返った。サンタクロースの長男くらいか。現在療養中の夫は、復帰したら、たぶん新しいポジションなので、社内であっても面接に行かねばならない。

あいかわらず景気は悪いし、私の仕事も見つからない。夫も仕事の話をしないので、最悪このまま早期引退と気をもんでいたが、そうでもないらしい。


<今日の英語>

I’m sure age comes into play.
きっと年齢が関与しているんです。


NYタイムズの記事より。失業率が高く、若い子も中高年も就職先がなくて、競合になっているという話で、69歳の男性が「自分みたいな年寄りじゃ雇ってくれない。」と嘆いて、こう言った。一方で、25歳の女性が "It’s hard to break in."「(経験が少ないと、若くても)入り込むのが大変なのよ。」とも言っている。

私の場合、若くはないし、経験もなし。しかも英語が完璧でない外国人。どちらの話も身につまされます。



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愛読コラム 「人生の諸問題」

2009.04.25 (土)


土日を除く毎日、日経ビジネス・オンラインのメール配信が私の受信箱に届く。会員登録が必要だが、購読は無料。

私は政治経済にそれほど興味がない。半年くらい前に、ビジネスウーマンの姉に購読を勧められたときも、あまり読む気はなかった。ところが、お堅い話ばかりでなく、思ったよりも守備範囲が広い。メールの見出しからおもしろうそうなのだけを選んで、毎日読んでいる。

お気に入りは、

クリエイティブディレクター岡康道と、コラムニストの小田嶋隆の対談
 「人生の諸問題」 (詳細はこちら

私より少し年上のお二人だが、世代が近いだけあって、親近感が持てる。有名人なのかどうか知らないが(私の情報網は狭くて遅い)、学生時代の友人同士こんな話ができるなんていいなと思う。

こんなのもある。

梶原しげるの「プロのしゃべりのテクニック」
http://www.nikkeibp.co.jp/article/nba/20080331/151725/

コンビニ棚から消費が見える
http://www.nikkeibp.co.jp/article/nba/20080725/166305/

ロスジェネ世代の叫び!
http://www.nikkeibp.co.jp/article/nba/20080702/164218/

シネマde青春
http://business.nikkeibp.co.jp/article/life/20081001/172295/


他には、女性実業家や中小企業の紹介、人間関係の対処法、書評、ライフハック情報も載っている。

それらを読んで、アメリカ在住専業主婦の私がどうしようというのではないけれど、へたな小説よりおもしろいことがままある。

私は、日本でもアメリカでもアシスタントの仕事しかしたことがない。若くて無知だったせいも、人付き合いが苦手だったせいもあるが、立ち回りが下手だった。会社だけでなく、生活全般がそうだった。今もそうかもしれない。

今頃になって処世術を読んで、我が身を振り返り、穴があったら入りたい心境に陥る。

そして、再び「人生の諸問題」を楽しく読んで、終わり。全く進歩しない。


<今日の英語>

Heat the kettle. / Heat the water.
お湯を沸かして。

うちは電気ポットでお湯を沸かす。ピーピー・ケトルを使っていたのだが、夫も私も空焚きしたことがあって、火事になっては大変と電気ポットに換えた。保温がないので、お茶を飲むときにスイッチを入れて、そのつど沸かさなくてはならない。ほんの2~3分だが、めんどくさがりで気が短い夫は、こう言って私に頼む。Turn on the kettle.と言うときもある。

私は日本語につられて、boil (沸かす)を使いたくなる(それも間違っていない)。理論的には、水を沸かすとお湯になるんだから、水を沸かしてと言うべき? 私には「お湯を沸かす」のほうがしっくりきます。



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