新たな頭痛の種
2012.05.11 (金)
ハイスクール2年目の次男の成績が下がった。
学校は4半期ごとに点数を出すのだが、各期の途中で中間報告をしてくれる。そこで「課題が未提出あるいは遅延」「エクストラ・クレジット(任意の課題をすれば、加点してくれる)をやろうとしない」というコメントが書いてあり、夫も私も口をすっぱくして、真剣に取り組むように次男に申し渡した。
長男と私がボストンから戻った日の夜、夫がG氏のプロジェクトの資料作りを次男に手伝わせようとしたらしい。
次男はOKと返事したものの、2時間あまり友だちとチャットをしたりゲームをしたりしていて、まったく手をつけなかった。それを知った夫はカンカンに怒った。私は運転疲れでグッタリしていたので、「なんでこんな日にそんなことやってんのよ」と朦朧とした頭で聞いていた。
夫は次男ができなければそれでもいいと思っていたという。問題は、約束しながら知らん顔して時間を無駄にしたことなのだそうだ。
またか!と思った。
次男は返事はいい。しかし、「やる」あるいは「やった」と言いながら、やっていない。本人は嘘をついている感覚はないのだろうが、あまりにもしょっちゅうだと虚言癖かと疑いたくなる。
「牛乳は冷蔵庫にしまったの?」「うん、しまった」
「エクストラ・クレジットの課題はやってる?」「うん、やってるよ」
「洗濯物はカゴに入れた?」「うん、入れた」
もちろん、やってないのだ。
すぐバレルのに、なぜそんなことを言うのだろう。その場をやり過ごせばいいと思っているのか。5歳児のほうがもう少し頭を使う気がする。
*
夫が頼んだのはかなり難しいスプレッドシートで、「ちょっとやってみて、無理だと思ったら言ってくれ」と指示したのに、一つもやっておらず、報告もしなかったのだそうだ。
期限が迫っていたこともあり、それまでの次男のいい加減さが目に余るようになっていたこともあり、夫は罰を決めた。
チャットなし、ゲームなし、カードなし、プレイデートなし。授業が終わったら、友だちと遊んでないですぐ帰宅。自分の部屋は常に整理整頓。おやつなし。宿題はダイニングルームで、就寝時間までそこから出ない。物理の授業で行くはずだったSix Flagsへの遠足はキャンセル。
その他長々としたリストを作った。
次男はメソメソしていたが、ゲンキンなもので二日もするといつもどおりになり、私にもニコニコ話しかけたりした。
私は嫌なことがあると、そうとう長い間落ち込むし、根に持つので、次男の立ち直りの早さに非常に驚いた。
*
しかし、その後もやはり学校の課題を忘れたり、やらなかったり、テストの勉強をしなかったりが続き、3QTRの成績は前期と比べて相当落ちた。
もちろん落第ではないし、B相当の点数はある。微積分のクラスは95点だった。なぜかそのクラスは宿題がほとんどなく、テストさえできればよいらしい。
課題の多い英語や世界史、物理などは、未提出があるとすぐに平均に響く。
「なんでやらないの?」「知らない。忘れてた。」
なんどこのやり取りをしたことか。先生は黒板に毎日の宿題を書いてくれるし、ウェブサイトにも載せてくれる。そうでなくても、授業に出ていれば、なにをすればいいのかわかるはずである。
今は、成績もネットでみられるようになった。各科目のすべての課題につき、期限や点数やパーセンテージがずらりと並ぶ。科目によっては、年度末までの予定がびっしり埋まっている。
忘れたとか、知らないとかいういいわけは成り立たないのである。
夫はもう諦めて、「あのリストは忘れろ。もう勝手にしろ」と言い渡した。
*
しかし、私はそうはいかない。
あらためて次男にいまの成績が大学願書にそのまま反映されることなどを話した。遠足のキャンセルを決めたとき、学科担当の先生6名にメールで連絡し、次男の学習態度についても相談した。
次男はアドバンスのコースもいくつか取っている。先生方も次男の宿題未提出については十分ご存知であり、テストの点数にくらべて提出物の点数が低すぎる(あるいは零点)のに呆れているようだった。
世界史の先生は、「お母さまのフラストレーションをお察しします。私も次男君のapathyに手こずっているので、お気持ちはよくわかります。次男くんは自分の能力を生かしていません」と返事をくれた。
無気力、無関心。
そうなのだろうか。
確かにやる気があれば、もっと一生懸命やるだろう。忘れただの知らないだの、怠けるようなことはしないだろう。
それにしても、9月からはジュニアなのだから、これから追いつこうにも1年半くらいしかない。シニアの1学期までの成績で決まってしまう。
長男の大学受験のプロセスを逐一見ているはずなのに、なぜこんなことをしているのか。
夫は「そんなことをしていると、ガソリンスタンドで働くしかないぞ」と言い、私も「大学に行きたくないなら、テクニカルスクールで自動車の整備士の資格を取るの?」と半ば本気で問うた。いまどき、大卒でなければ、お話にならないのだ。
次男は大学に行きたいと言う。じゃあ、どうして真剣にやらないのよ?
もしや学校でいじめられていて集中できないのかと思ったが、「ちがう」と即座に否定した。長男に聞いても、それはないと思うとのことだった。
今週、またしてもいくつか課題を全部やらなかったことが判明した。夫はまた厳しいルールを決めようとしたが、私はそれは期待できないので、言わせるだけ言わせておいた。夫はどんなルールを決めても、すぐに自分から甘くなるのだ。
*
昨夜、次男と夫は台所で話をしていた。あとで次男の部屋をのぞくと、ベッドの上で泣いていた。
「ダディに怒られたの?」と聞くと、「違う」と言う。
「なんで泣いてるの?」と聞くと、こんなことを話してくれた。
いま自分が学校でやっていることに何の意味があるのかわからない。物理の課題を一つやれば、それで終わりで、僕自身にも周囲の誰にも影響がない。生きていくのに役に立つかどうかわからないのに、そんなことやったったなんにもならない。
「あんた、一つやればってそもそも課題をちゃんとやらないじゃない? そういうことはやるべきことをやってから言ってよ」と私。
次男はそのあともごちゃごちゃ言っていたので、「お母さんがむかし勉強したことは、いまも役に立ってるわよ。高校の勉強なんて、まだ基礎の基礎のレベルでしょ。もし研究者になりたいなら、微積分が必要になるじゃない?」と私も説得力がなくなる。
私がお菓子や料理を作るときに必要なのは、分数や足し算掛け算くらいだ。興味のない科目で習ったことはきれいさっぱり忘れているので、たとえば芝生の発芽の仕組みだってわからない。世界史の記憶もまだらである。
そういう私でも、子どもには「いまの勉強が大事。子どもの仕事は学校の勉強をちゃんとやること」などとしたり顔で言わねばならない。
夫は次男と台所でそんな話をしていたのだそうだ。
「あいつの気持ちはよくわかるよ。ぼくもそうだったから」と夫。
「えっ、そうなの? あんな哲学は大学に入ってからやってもらいたいわ。人生の意味なんて、私50歳になってもわからないわよ。とにかく宿題をやるのが一番大事じゃないの?」と女は現実的な生き物である。
*
ハイスクールのガイダンスカウンセラーに、次男が来年取るコースについて質問し、やる気のなさについて相談した。
「次男君の行動は、この年頃の男の子にはよくあることです」というメールが来た。学校内のソーシャル・ワーカーと話し合ってみるとのことだった。
男の子はもっと単純な生き物じゃなかったの?
女の子のほうが育ちが早いということは、女の子は中学くらいでもうそういう悩みは卒業するのか。
かつて女の子だった自分のことを振り返ると、中学・高校と小難しいことをひねくり回し、いろいろ悩んではいたが、私は勉強はちゃんとやった。少なくとも、大学に合格できるくらいには真面目にやった。
次男はもうすぐ16歳にもなるのに、私は学校のサイトを毎日見て、宿題を出したか、テストの点数はどうだったかを確認している。点数がついてから載る科目も多く、後の祭りになるが、ほっておくと4QTRも悲惨なことになってしまう。
センシティブで泣き虫でぼんやりした長男がやっと大学が決まり、やれやれと思ったところで、長男よりは勉強ができる次男がこんなことになって、私は頭が痛い。
*
どうして母親になんかなったんだろうかと悔やむ。やっぱり私の育て方が間違っていたと自責の念にかられる。どう考えても、私に適性はない。いっさい放棄したくなる。
「それがどうした、生きてりゃオッケー」と自分に言い聞かせても、どんよりしたまま。
「健康で元気がよければ、それでいいのです」という実家の母はお気楽だが、厳しい競争社会アメリカで生きていくには、それだけじゃダメなのよと空しくなる。
しかし、私にできることは限られている。次男の好きな食事を作り、テニスの練習と試合へ送り迎えし、洗濯物をたたみ、次男に合いそうな大学を探す。
あとは、次男の覚醒を待つしかない。
それにしても、「哲学」していたせいで課題を出さないというのは、私の中ではありえない。どうしてもただの言い訳にしか思えない。
自分の義務や責任を果たさずに、なにを寝ぼけたことを言っているのだと呆れた。
それなのに、夫は「次男の気持ちはわかる」などと甘やかすのは、どういうわけだろう。次男に哲学専攻の夫と問答でもさせるか、禅道場へ送り込むか。
私には人類の壮大な命題よりもGPAのほうが大事なのである。
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自己暗示
2012.05.10 (木)
朝、目覚めたら、「今日も絶対いいことあるぞ!」と声に出して笑顔で言う。
夜、寝る前に、「今日も一日頑張れてよかった!」と声に出して笑顔で言う。
かなり前にライフハックで見かけた言葉である。こうすることで、脳が活性化して、疲れにくくなるのだそうだ。
私はこれを疲れ予防というより、自己暗示と受け止めている。
私は毎日が日曜日だし、疲れたら寝ればいい。特に誉められることもなく、がんばらなくてはならないことも少ない。しかし、たまには自分を励まさないと、「もー、やってらんないわよっ」と思うときがある。
そういうときに、これを思い出す。おそらく頭の中で思うだけではだめで、実際に口に出し、笑顔を作らないと効果はないのだろう。
もちろん、「いいことあるぞ!」と言っても、たいていは何も起こらない。「がんばれてよかった!」と言える日はめったにない。
楽観的な人は、自然にこんな考えで行動しているのかもしれない。私は悲観的で心配性なので、悪いほうへ悪いほうへ考えてしまう。抗不安薬のおかげで沈まずに済んでいるようなものだ。
*
このセリフに限らず、私はネットで見かけた言葉をときどきテキストに保存している。
そのままフォルダーの奥深くに埋もれて、二度と読まないのもあれば、iGoogleのページのSticky Noteに張ることもある(ただし、しょっちゅう目に入るのも考えものだ。新鮮味がなくなる)。
たとえば、
Tomorrow Is often the busiest day of the week.
明日は、しばしば最も忙しい曜日である。
One thing at a time.
Most important thing first.
Start now.
一時一事、一番大切なことから、今始めよう。
"No" is a complete answer.
「ノー」はそれだけで完結した答えである。
(ごちゃごちゃ言い訳する必要も義務もなし)
*
歴史上の人物の言葉などもメモする。さすがに長い間言い伝えられただけあって、含蓄のあるものが多い。
子どもたちが思うようにならないときは、山本五十六の「やってみせ、言って聞かせて、させてみて、褒めてやらねば、人は動かじ」。
あちらは元帥、私は一母親だが、悩みは同じ。いや、元帥ともあろう人が苦労しているのだ。私に簡単にできるわけがないと思う。
しかし、こんな言葉を総動員したって、どうにもならないときがままある。
体力も気力もなくなって、子どもにも夫にも愛想を尽かし、あれもこれもやるべきことが山積みになる。なにもかもどうでもよくなる。建設的な助言なんか、「なによ、偉そうに!」と丸めて外に放り投げたくなる。
そういうときは、「それがどうした、生きてりゃオッケー。」(くるねこ)
これで正気を取り戻す。
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芝生の呪縛
2012.05.09 (水)
日中の気温が上がったせいか、裏庭と玄関周りに蒔いた芝生の種がめでたく発芽した。
しかし、まだらである。
びっしり生えているところもあれば、寂しくまばらなところもあり、何も生えていないところもある。
裏庭でハゲているところはまだ何ヶ所もあるので、そちらが優先。先月手がけたところを今すぐやり直す時間も体力もない。
10日で発芽という解説のとおりだったが、まだ芽が出ない種もあるのだろうか。人間だって、のんびりしているのや成長がおそいのや、いろいろある。今からでも顔を出してくれれば、隙間が埋まるのにと私はあきらめが悪い。
おそらく一度だけの種まきではだめなのだろう。考えるだけで、腰が痛くなってくる。もっとも、鉢植えの木や花をことごとく枯らし、サボテンも殺す私にしては、まだらでも芝生の発芽は快挙である。
ネットで見つけたビデオでは、ある園芸家がこんな風に言っていた。
「そんなに難しいことではありません。土と種と水と太陽があれば、芽は出ます。」
園芸に興味がない私は、おそらく常識と思われるこんな話に感動した。そして、芝用の土と、プレミアムと記載してある種を買ってきた。
藁くずの大袋もあったので、生まれて初めて買った。芝生の種まきをしたあとに、さらに藁くずを置いて、水分が逃げないように、風で種が飛ばされないようにするためである。ご近所でときおり見かけて、どこで調達するんだろうと疑問だったが、ちゃんと売っているのだった。
*
ハゲた芝生を直す方法をステップ・バイ・ステップで解説するビデオは、山ほどある。
基本はどこも同じで、案外簡単な話である。土の表面を耕し、芝用の土を追加し、種を蒔き、少しだけ土をかけ、その上にコンポストや藁くずなどをうすく載せ、水をやる。芽が出るまでは1日に2回、水をやる。
園芸家はちょっとしたコツを教えながら、これを実演する。なるほど、これならできそうだと思わせる。たいしたことないじゃないの。
しかし、実際にうちの庭に出てみると、うまくいかない。
2階の窓から見たのと違って、ハゲた部分はやたらと広い。
そうなると、まず固まった土をほぐすのも重労働。そこへ芝生用の土をビニール袋から出す。おそらく栄養分が高いのだろう。真っ黒だ。しかし、さらさらでなく、塊があるので、それをつぶさなくてはならない。
ここまででクタクタになるが、いざ種を蒔く段になると多少元気が出る。ビデオを思い出しながら、なるべく均一になるように蒔く。
「たくさん蒔きすぎるということはありません」というビデオと、「種が多すぎると、競合してよくありません」というビデオがあった。私は下手な鉄砲、数打ちゃ当たる方式にした。
クラブアップルの木に集まる鳥の一団が、「体が重くてもう飛べません」というくらい満腹に食べても余るくらいに蒔こうと思った。
*
種の上にも良い土をパラパラとふりかけ、手やレーキでそーっと混ぜる。「種が埋まっては日光が届きませんし、風で種が飛んでしまっても困ります」という園芸家のビデオを思い出してやってみたが、ちょうどよい加減というのがむずかしい。
自分でも何をやっているのかよくわからない。だんだん適当になった。
だいたいビデオでは、画用紙くらいの広さの地面でチマチマやっていたのに、私は幅1メートル以上のハゲで、ところどころに雑草があったり、地面がへこんでいたりする。会席料理と豚の丸焼きくらい違うのだ。
仕上げの藁くずにしても、「たくさんかけすぎると太陽の光が届きません」となるので、首をかしげながら、こんなもんだろうかとばらまいた。その後の発芽状況からして、おそらくたくさん置き過ぎたと思われる。
ホースを引っ張ってきて、ノズルはシャワー設定にして一面に水を蒔いた。雲に隠れていた太陽が顔を出すと、発芽の条件が全部揃って、期待が高まった。
しかし、発芽するまでの1週間は本当にヤキモキした。
作業を終えた私が家に戻ると、いつもの10倍くらいの数の鳥のウキウキした鳴き声が聞こえた(気がした)。こんなところにプレミアムの種のビュッフェがあるぞ!と鳥が宴会をしたかもしれない。
鹿が踏みつけた跡があったり、急に冷え込んで夜に氷点下近くまで気温が下がったり、大雨になったりした2、3日間は、全滅かもしれないと覚悟した。
植物に話しかけるとよく育つという話を思い出し、「はい、水だよー。飲んでねー。あ、お日様が出てきた。発芽してねー。土も水も太陽もあるでしょ。条件は揃ってるのよ」と地面に話しかけて水遣りをしたが、効果はあったのだろうか。
*
先月手がけたところがどうにか発芽してくれたので、今日は道路沿いの前庭(の一部)に着手した。
木の周りがなぜかかなり広く剥げていて、人目につくところなのでどうにかしなくてはならない。ちょうど午後と明日は雨という予報で、水遣りが省ける。冷蔵庫にはデリで買ってきたハムやターキー、昨日の残り物もあって、夕食を作らなくてもどうにかなる。芝生の種まきをしたら、あとは寝ていいのだ。
しかし、今朝はまったくやる気が起きなかった。「今日やらなくちゃ。条件が揃ってる今日、やるのよ」と何度か自分を奮い立たせてみたが、どうしてもその気にならない。
11時半ごろ昼寝して、起きたら午後2時。
夫は何も言わないが、ゴロゴロしていたのが引け目になって、ちょっと食べたところで一大決心をし、服を着替えて外に出た。そろそろ小雨が振り出しそうな時間だった。
全工程をやる体力も気力もなさそうだったので、まず今日は土を耕して、芝用の土を加えるところまでやり、明日は種まきと藁くずをやるという2段階作戦を立てた。
しかし、いったん土をならすと、また明日ここに来て続きをやるのがもっと億劫に思え、一挙に最後までやってしまった。
除草剤をまく業者が使う黄色いサインを取っておいたので、周囲にぐるりと刺し、ここまではホースが届かないので、大きなジョウロに水を汲んで3往復。雨脚が強くなったので、あとは自然の水遣りに任せた。
先月よりも上手にできたと思うが、腰がパンパンになって、Advilを2錠飲んだ。
*
これは優雅なガーデニングではない。農作業である。
ピルグリムたちが故郷イギリスの庭を懐かしんで芝生を植えたのかもしれないが、国土の大きさを考えてもらいたい。イギリスのコテージ周りにちょっと芝生があるのと、エーカー単位の敷地を芝にしようというのは雲泥の差。
NYはまだしも、カリフォルニアのような砂漠地帯で地中にスプリンクラーを埋め、タイマーで水遣りを管理してでも芝生を維持しようというのは気違い沙汰としか思えない。
ガソリンを使って芝刈り機を動かし、除草剤や化学肥料を大量に使い、それなのに雑草は生えるわポコポコ剥げるわ、ピルグリムのホームシックのために(と勝手に決めつけたが)、今になって私が苦労しているのだ。土いじりにまったく興味も関心もない私が。
「お母さんはね、もう庭なんか要らないの。芝生も植木もめんどくさいの。毎年どれくらい芝生にお金かけてると思う?あー、アパートに住みたいわー」と、子どもたちに訴え、”I wanna live in an apartment!”と夫に宣言した。
しょっちゅう同じことを言っているので、彼らも私の気持ちは知っている。しかし、「じゃあ、引っ越そう」というわけにはいかない。
あと4、5年はここに住むとして、家を売るためにはやはり芝生がみっともないのはだめだというわけで、タンポポやクラブグラスその他の雑草、ハゲたところが目に入るたびに、私は発狂しそうになる。
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やっぱりアメリカ大使館
2012.05.08 (火)
2週間ほど前、中国の人権活動家、陳光誠氏が軟禁されていた自宅から抜け出し、北京のアメリカ大使館に駆け込んだ。
私はこの人のことはよく知らない。サングラスをかけた顔をどこかで見たような、ちらっと聞いたことがあるような気がしただけだった。
その後、アメリカ大使や訪中していたヒラリーをも巻き込む騒ぎになった。
亡命すれば、残された家族や友人を危険にさらす可能性がある。しかし、大使館に助けを求めた時点できっとそのままアメリカに亡命申請するだろうと私は思った。自分だけでなく、奥さんや両親くらいは同伴できるのだろうと思った。
だから、「中国にとどまりたい」として大使館を出て病院に移動したときは驚いた。それなら、なぜ大使館に来たのだ。
ウィキぺディアによると、陳氏は一人っ子政策に反対する集団訴訟を起こしたかどで4年3ヶ月の有罪判決を受け、出獄後は自宅で幾重もの監視網に囲まれて軟禁生活を強いられた。そのあいだにも奥さんが暴行されたり、一族が痛い目に合わされていたという。
そんな状況で、どうして中国当局が自分を安全なところで勉強させてくれると思えるのか。入院中の口約束をあっさり信用できるのか。
案の定、奥さんと再会して身の危険を感じ、一転して今度は「亡命したい」と言い始めた。
行き先はもちろんアメリカ。
「数ヶ月間」休養したいのだそうだ。その後はどうするつもりか、よくわからない。中国に帰国したら(帰国できると仮定して)また軟禁状態、下手すると投獄。そのままアメリカにとどまって、中国国内の人権問題についてアメリカで活動したところで、どれほどの影響力があるのか疑わしい。
行き当たりばったりのような、周囲を不安にさせる陳氏である。
アメリカにコネがある陳氏は下院議会の公聴会に電話で直訴したり、ヒラリーと同じ飛行機で渡米したいと言ったり。微妙な米中関係を一個人がここまでかき回せるのかと感心してしまった。
*
面子をつぶされた中国当局は、面倒な活動家を厄介払いするいいチャンスと思ったのか、出国手続きを始めるようだ。
ニューヨーク大学が奨学金つきで客員研究員のポストを用意すると表明している。陳氏は英語ができるんだろうか。彼が中国の大学で学んだのは鍼と按摩である。法律は独学で勉強しただけで、弁護士資格はない。肩書きは法律家となっている。
「うちの娘は多額のローンを組んで大学を卒業したのに、就職できずに困っている。そういうアメリカ人はたくさんいる。なぜ外国人に奨学金を出して優遇してやるのか。まずアメリカ人を救うべきだ」という趣旨の投稿があった。
これから子ども二人を大学に送る私としては、この母親の気持ちはよくわかる。
中国の弾圧はえげつないと思うが、アメリカの大学の学費高騰もけしからん。自分に直接影響のある後者のほうが切実なのは当然だ。
アメリカは、亡命しないという彼の当初の意向をうっかり信じて、外交上の失態と揶揄された。アメリカ大使は病室で陳氏の返事を辛抱強く待ち、亡命するかしないかの圧力はかけていないと言っている。それなのに、大使館から追い出したと糾弾されて、踏んだり蹴ったりである。
しかし、オバマ政権の面子にかけても、陳氏が無事に出国できるまでは見放さないだろう。
中国の他の活動家がとばっちりを受けて、監視が強化されたり暴力をふるわれたりしそうで、陳氏が「ニューヨークの(年間授業料5万ドルの)大学で、おそらく住居も給料も保証されて、アジア問題を研究するの図」がどうもしっくりこないのである。
*
それにしても、いざとなるとアメリカ大使館だなとつくづく思った。
腐っても鯛。斜陽でも大英帝国。
世界各国でどれだけ嫌われてもバカにされても、やはりアメリカは頼りにされる。
北京の日本大使館に助けを求めた脱北者があっさり送還された事件があったが、大使館の敷地内に勝手に中国の警察部隊がやってきて脱北者を取り押さえたのに対して、日本大使館は抗議すらしなかった。
有事の際に、日本大使館に逃げても無駄である。
たとえばベトナム戦争でサイゴンが陥落した際、人々はアメリカ大使館に向かい、中東で革命が、アフリカで衝突が起きたら、アメリカ大使館でアメリカ政府のチャーター便を待った。
このごろはどうだか知らないが、日本政府は「自力で脱出してください」と自国民をほったらかしにしていた。
私はこの田舎が好きで引きこもっているので、そういうドラマチックなシーンには無縁だが、万が一の場合はアメリカ大使館を目指す。
そうなると、やはりアメリカの市民権を取得すべきか。
夫はアメリカ人で、子どもたちは日米の二重国籍。その家族ということで、ついでに私も面倒見てもらえないかなと都合のいいことを考える。
景気回復のスピードは遅く、失業者は多い。財政赤字は巨額で、貧富の差は広がる一方だし、世界で一番エネルギーを消費しているし(そのうち中国に追い越されそうではあるが)、アメリカも問題だらけである。
いつか、よその国を助ける余裕はなくなるかもしれないが、私が生きている間くらいはまだまだアメリカもどうにかやれそうではないか。
ただし、ジョージWみたいな無能な大統領を2回も選出した人々がいるのは危ない。進化論を否定し、中絶の権利を認めず、銃が野放しで、えせクリスチャンが跋扈するような国になっては困る(すでに一部の国民はそっちの方向を向いている)。
アメリカに亡命するのはいいけど、その後どうするのよ?と他人事ながら思う。
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猫の健診2012
2012.05.07 (月)
去年は猫を獣医に連れて行かなかった。
しかし、今年は「Rabies(狂犬病)予防接種の有効期限が切れます」という葉書が3月に届き、猫たちも7歳を過ぎたので、ここらで一度診てもらおうと思った。
気になるのは、おなかのぽっこりと一度も磨いたことのない歯。
予防注射はCounty(郡)単位で毎年行われる無料クリニックに連れて行けばいいのだが、公示を見逃した。ネットで調べたら、数ヶ月前で、しかも場所はいつもの獣医だった。次回は見落とさないようにしなくては。
しかし、次回は3年後なので、うかうかしているとまた同じことになる。節約節約と言いながら、わたしはまだまだ甘い。
いつも長男は獣医に付き合いたがるが、このごろの慌しさで当てにならない。手助けどころか、むしろ邪魔になる夫は問題外。私1人で連れて行くことにした。前回よりうまくやらねばならない。
予約の3日前に捕獲計画を立て、家族全員に徹底通知する。
地下室にしまってある運搬用のカゴを2階のマスター・バスルームに設置。出発直前でなく、3日前にそれとなく出し、「なんでもないのよ〜ただのカゴよ〜」と日常の風景だと思わせる。カゴの出入り口(金網)は開けておく。
前日に爪切り。芝生の手入れでくたくただった私には、ブラシまで手が回らず。
前夜は地下室に閉じ込め、朝まで出さない。猫をむだに刺激しないように、子どもたちも私も無言で朝食。朝7時20分、彼らは玄関のドアを静かに開閉して登校。
夫には、私が猫を連れ出すまで部屋から出るなと申し渡した。どっちみち寝ていたが、警戒心の強い妹猫は、夫の姿を見るとまずピューッと逃げる。なでてほしいのだが、恐怖のほうが強いので、とりあえずいったん逃げる。安全を確認してから、徐々に近づく。
捕獲作戦には夫の存在が一番のネックである。
*
予約は9時。8時40分に家を出るとして、準備に15分とみた。
8時25分。地下室のドアを開けると、閉じ込めと空腹で不機嫌な猫2匹が飛び出してきた。いつもはそのまま台所で朝ごはんをあげるのだが、片手にキャットフードの袋を持ち(食い意地の張った兄用)、片手にキャットニップの箱(またたび命の妹用)を持ち、2階へ上がっていた。
「あれ、いつもと違うぞ」と習慣の動物である猫たちは不審に思っただろうが、脳みそは私のほうが大きい。なにより、空腹には勝てない。猫なで声というのはこういうんだろうなあと思いつつ、2匹をマスターバスルームへおびき寄せた。
まず私、次に兄猫が続き、妹猫が入って3歩くらい歩いたところで、ドアをばたんと閉めた。
しかし、妹猫のすばやいこと。もう少しでドアでサンドイッチになるところで、冷や汗が出た。頭のいい妹は罠にはまったのがわかったらしいが、これ以上状況を把握されては捕まえられない。ぐいっとつかんで、一挙にカゴに押し込み、ドアを閉めた。
まず1匹。
兄猫はおたおたし始めたが、こっちを捕まえるのは簡単。しかし、妹より大きくて重い。それに手足を突っ張るので、カゴに入らない。しまいには、豚の丸焼きのように両手両足をつかみ、押し込んだ。
二匹とも「しまった!」という顔をして、にゃあにゃあ大騒ぎを始めたが、いったんカゴに入れてしまえばこっちのもの。
一匹ずつガレージに運んで、車の中に入れた。
猫にとっては、2年ぶりの外出である。
*
妹猫は酔いやすく、よだれが出るが、それ以外はどちらも粗相なしで、その点だけはいつも助かる。
駐車場から獣医のオフィスに行くまでも、にゃあにゃあうるさい。騒いでもどうにもならないのだが、身の危険を感じた動物の本能か。
待合室には誰もいない。受付のお姉さんに「猫のウンチはお持ちですか」と聞かれたが、検査してもらうつもりはなかったので持って来なかった。そもそも、2匹はどっちのトイレも気まぐれに使うので、どっちがどれの落し物なのかわからないではないか。
箱を2つ、床に置いて、やっとソファに落ち着いた。
ドアを開けて入ってきたのが、ダックスフント。
キャンキャン、キャンキャン大騒ぎをして、猫の箱に近寄る。猫は目を真ん丸くして、なるべく箱の奥へ身を潜めようとする。こんなモノ見たことないぞと、恐怖と好奇心でいっぱいの顔だった。
例によって、飼い主は「あらあら、猫ちゃんに挨拶したいのねえ。このコ、お尻にデキモノがあって、ちょっとご機嫌斜めなの。ふだんはとってもフレンドリーで、おとなしいのよ」と言い訳を始めた。
私は犬も好きだが、躾の行き届いた、頭も気立てもいい犬限定である。
獣医の待合室で出会う犬は、どうしてこう吼えたり、近くに来てにおいをかいだりするのだろうか。そして、飼い主は引き綱を長ーくして、うちの猫の箱に届くようにして、そのくせ無作法の弁護をするのだ。
あまりにキャンキャンが続いたせいか、うちの猫たちは早々に診察室へ入れてもらえた。
*
ナースが体重を計りにきたので、妹猫をカゴから出す。顔に「パニック!」と書いてある。箱入り娘がいきなり他人につかまれて、冷たいテーブルの上に乗せられるのは相当ショックだろう。
11.05ポンド(5キロ)。2年前より1ポンド増えた。
「カゴに戻さなくていいですよ。診察までこの部屋で自由に歩いて慣れさせたほうがいいかも」というナースの言葉に、妹猫を床におろすと、部屋の隅の椅子の下にもぐりこみ、一番奥の壁にぴっちり身を寄せた。
一部始終を見ていた兄猫は、手足をつっぱってカゴから出ない。カゴをさかさまにして、重力で落とすしかない。
こちらは12.12ポンド(5.5キロ)。体重変わらず。
去勢済みで室内飼いの猫は太りがちだが、これくらいならまだ標準範囲内らしい。減量のお達しはなかった。
ドクターKが来たので、まず妹猫を壁から引っぺがした。
夫にも抱っこされたことがないのに、あちこちつかまれたり、聴診器を当てられたり、耳に検査器具を入れられたり、パニックも頂点に達したらしく、診察台から何度も脱走を試みる。
おしりに予防注射を1本されて、やっと解放。カゴの中に収まる。
兄猫も同じようなものだが、ドクターKが奥歯の表面を引っかくと、ぽろっと歯石が落ちた。前は妹猫のほうが歯石がたまりやすいと言われていたのに、今回、妹はOKだった。
兄猫は生まれつき心臓に雑音があり、聴診器を当てる時間も長かった。
どちらも注射では鳴かない。パニックで固まっていて、声が出ないのか、ちくっとした痛みどころではないのか。
「すみません。次回はもうすこし協力的になるようにします」と私が謝ると、「いや、いい子たちですよ。怖がって逃げようとしますが、シャーシャー言わないし、引っかきもかみつきもしないし、おとなしいもんですよ」とドクターK。
上には上がいるのである。
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「さっき歯石が見えましたけど、歯のクリーニングは必要でしょうか」と私。
「妹はいいんですが、兄猫はわりと歯石がありますね。今すぐどうこうという状態ではないので、まああと1年か2年のうちにはしたほうがいいですね。
ちょっと気になるのが、彼はレベル3なんですよ。雑音の音がいちばん大きいのが6で、いちばん小さいのが1。歯のクリーニングには麻酔が必要ですから、心臓にどう影響するかですね」とドクター。
子猫のうちに心臓の雑音がわかったので、長生きしないだろうと思ったら、7年もごく健康にやってきた。根が頑丈なのだろう。さすがに生粋の野良猫だったお母さん猫の血筋である。
「そうですね。ここまで大きくなって他には問題なさそうなので、麻酔も大丈夫だとは思いますが、理想としてはまずEKGです。」
猫のEKG?
EKGといえば、私も年末の健康診断でEKGをやったら不整脈が出て、そのあとで心臓エコーもやらされた。こんな小さい動物もいっちょまえにEKGかとおかしくなった。
「おいくらですか」といちばん気になることを聞いた。
「125ドルくらいだと思います。詳しくは受付で聞いてください」とのことだった。しかも、麻酔の前には、どの猫も血液検査をして、肝臓の値などを調べるのだそうだ。それから麻酔と歯のクリーニング。日帰り可能。
貧しい国なら人間だって必要なEKGは受けられまいと思いつつ、「夫と相談してから決めます」という定型せりふで診察室を後にした。
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診察室のドアを開けると、すぐに待合室に出る。
そこにいたのが、巨大なブラック・ラブラドル。私より大きくて重そうなのが、鎖をじゃりじゃり鳴らしながら飛び跳ね、ウォンウォンウォンウォン吼えまくった。
私は固まったが、カゴの中にいた妹猫は、シャーッ!と応酬。きっと全身総毛立っていただろう。あんなに大きな動物を至近距離で見たのは初めてだったかもしれない。兄猫は呆然として、役に立たず。
カゴが重いので床に置くと、ブラック・ラブはしつこく吼えては飛び上がる。私は大きい犬が好きだが、うるさいのはかなわない。飼い主がいったん外に連れ出したので助かった。獣医に来て興奮していたのだろうが、こんな小さな猫にあんなに吼えなくたってと、呆れた。
ここの獣医で出会うのは駄犬だけである。駄犬の飼い主は必然的に駄人間に見えてくる。
受付で歯のクリーニング費用を教えてもらった。
EKGは130ドル。血液検査、麻酔、クリーニングで基本は500ドルだが、IVなどが必要になると追加料金がかかるという。毎年2月は動物の歯の特別強化月間とかで、25%オフなのだそうだ。それでも高い。
そんなお金はない。知恵を絞るしかない。
ドクターKがやったように、私も爪でがりっと歯石をはがすことはできないだろうか。ドクターは、時間が経って乾燥したものははがれやすいと言っていた。今からでも歯ブラシをしたらどうだろう(後ほどビデオを見たら、とてもうちの猫にはできないと悟った。爪ではがそうにも、まず口を開けてくれない)。
1日1回はカリカリなので、多少は歯の表面がきれいになると思ったが、甘かったか。犬が骨をかじるように、硬いおもちゃをくわえさせるとか、いっそのこと古い歯ブラシで遊んでやれば、食いついたついでにブラッシングにならないだろうか。
今回のお会計。一匹当たり。
狂犬病の予防注射 $25.20
医療廃棄手数料 $3.00
診察 $58.00
多頭飼い割引で、合計は157.20ドル。
来年の3月には、FVRCP(3種混合ワクチン)の期限が切れる。この予防接種の無料クリニックはない。
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「兄猫の歯に歯石がたまってるって。心臓が悪いでしょ。だからまずEKG。それが130ドル。血液検査と麻酔とクリーニングで500ドルだって。IVが必要になったら、もっとかかるって」と、私は子どもたちに報告した。
値段に驚いて、彼らは無言だった。
「お医者さんはEKG無しでも大丈夫でしょうって言うけど、もしかして歯のクリーニングが終わっても起きませんでしたってことになる可能性もあるわけよ。なんのために高いお金をかけてきれいにしたんだか。本人だって、歯のクリーニングに行ったつもりがそれで人生終わりでしたって、そりゃびっくりするよねえ。でも130ドルなのよ」と私。
私はふだん妹猫のほうを可愛がっているので、お金を節約するために、私がEKGを省くかもしれないと長男は思っただろう。それは正しい。
「とにかく、猫だって500ドル以上かかるのよ。あんたたちに虫歯ができたら1本1000ドルじゃ済まないの。兄猫の歯のためにお金貯めなくちゃ。あんたたちは猫とちがって歯ブラシできるんだから、ぜったい虫歯を作らないように。獣医さんから『目が覚めませんでした』なんて電話がかかってくるの嫌でしょ?」と、この機会に脅しておいた。
猫たちは相当疲れたらしく、当日と翌朝は泥のように寝ていた。
いつもの朝と同じように朝ごはんがもらえると思ったら、わけもわからず獣医に連れて行かれて、ひどい目にあったと思っているだろう。
私だって同じだ。どっと疲れたし、150ドルの出費である。
この2匹で猫は終わりにしようと決意する。捕獲は大変だし、獣医は高い。家中毛だらけだし、カーペットは傷だらけだし、猫砂は重い。朝は早くから起こされ、キャットフードだトイレ掃除だ爪きりだブラシだと世話がかかる。
しかし、8年前に夫の猫が老衰で死んだときも同じ決意をしたのだった。
利己主義が毛皮を着て丸く寝そべっているような二匹を前に、どうしてこんなのもらってきちゃったのかしらと思う。
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